つるぎとくれない(2)
☆ † ♪ ∞
――事の発端は、わずか数分前にさかのぼる。
[同日]
[午前八時四三分]
[公立春日峰高校 一年一組教室]
「えー……つい先日ここに入学したばかりの君たちにとっては愉快な、俺にとっては面倒で悲しいお知らせがあります」
春日峰高校一年一組の担任・
歳は三〇代前半とまだ若い男性教師だが、今ひとつ情熱が感じられない冷めた目や大して手が入ってない髪、シワが残ったワイシャツなど実年齢以上にどこか疲れた/くたびれた印象を与えていた。
「えー……ズバリ、このクラスに早速新しい仲間が増えます」
新しい仲間――その言葉にざわめく教室。
その中において、クラスの生徒が制服姿であるのに唯一のジャージ姿……ランセはなんの反応もなくぼんやりと窓の外を眺めていた。
「仲間が増えるっていうより、ぶっちゃけ昨日の入学式を『旅行先で遊びすぎて地元に帰るのが一日遅れた』とかふざけた理由でブッちぎってただけなんだけどな。その上で『特殊な身の上だから改めてクラスの皆に自己紹介の場を設けてほしい』とかぬかすからこの時間にそれを済まそうと思います。あー……ただでさえクラスの面倒見るのしんどいのに……もうね、別に俺のクラスじゃなくてもいいのにさ……はい、入っていいよ」
生徒の前であるにもかかわらずナチュラルにぼやくシヅカに何人かの生徒は「大丈夫かこの先生」と不安を抱きながらも、クラス中の視線が一斉に教室の入り口へと注がれた。
からり、と教室の戸が静かに開く。
入ってきたのは小柄な少女だった。
身長は一四〇センチほどか。表情も幼く、制服がなければ高校生と判断するのは難しい。
後ろで一括りにした黒髪。身長に不釣り合いなメリハリの利いた体の曲線。
そして一切の光を吸い込みそうな、月も星もない闇夜のような黒瞳。
そんな少女の姿に、教室内で「かわいい」「ちっちゃい」などと声が上がる。
黒髪の少女はそのまま教室の中を進む……ことはせず、入口付近で直立不動となった。
あとに続く者に道を譲るかのごとく。
ほどなく、もう一人教室に入ってきた。
黒髪の少女よりもさらに小柄で、さらに目を引く赤い髪と紅い眼をした少女。
その姿に、「かわいい」「もっとちっちゃい」「赤い」などと教室内が一層ざわついた。
「はい、自己紹介いいよ」
教室の中央に二人の少女が並び立ったところで、投げやり気味に先をうながすシヅカ。
「――
「……
赤い少女・アマネは堂々と、黒髪の少女・コマリは静かにそれぞれ名前を告げた。
「はいはいはーーーい!」
突如、興奮気味に威勢よく手を挙げる女子生徒――
そのむやみに熱い視線はアマネに注がれていた。
「む……早速か。発言を許可する」
「あのっ、アマネちゃんはどこから来たんですかっ!」
初対面であるにもかかわらずなんの遠慮もなく下の名前を呼ぶマユナに対し、口元に微笑を浮かべるアマネ。
名前を呼ばれたことよりも、質問の内容に感心していた。
「うむ。ちょうどいい質問だ。その答えは――これで解るか?」
微笑はそのままにぴっ、とアマネは人差し指を立てた。
「……?」
その人差し指の意味――マユナを始め、他の生徒もそれを理解できずにきょとんとする。
その中でなんとなく、アマネの人差し指が指し示す先を目で追うマユナ。
あるのは教室の天井……そこでマユナはいち早く答えにたどり着いた。
「――イ、
目を丸くしながらおかしなイントネーションで叫ぶマユナ。
数瞬の静寂から――教室は騒然となった。
誰もマユナの発言を
「ああ……静粛に頼む。ここで一つ、私とコマリがお前たちとともにこの学舎で生活するにあたり、誓言を述べておきたい。聞いてくれ」
外見にふさわしくない大人びた言い回し。ともすれば尊大と捉えられかねない言葉。
しかし穏やかな口調と澄んだ声、迷いのない視線が発言に嫌味を感じさせない。聴衆が自然と静聴したくなるような――まるで指導者のような訴求力がアマネにはあった。
ほどなく静まり返る教室。アマネは静かに語り始めた。
「……月の『大亀裂』によって星人が地球圏に来訪できるようになってもうじき半世紀……今もなお地球は観光星として星人の間では人気の惑星だ。そして星間連盟によって策定された地球観光条約の下、地球人と星人はおおむね不可侵の――良好な関係を築けていると、私は信じている」
(……ハナから地球側に選択肢がなかっただけだと思うけどな)
アマネの言葉に胸中で口を挟むシヅカ。実際に口を出さなかったはせめてものアマネへの配慮だった。
「けれども――どの次元においても定められた秩序を乱し、聖域を荒らさんとする無法の徒が存在するのも厳然たる事実だ」
教室内の視線を一身に受けてなお、アマネは一片の緊張もなく言葉を紡いでいく。
唯一、ランセは目を閉じてアマネの言葉を聞き流していた。アマネと、その言葉にも興味がなかった。
「私は、地球が……特に日本が好きだ。ゆえに、この国と人に仇をなす星人とそれに類する改造生体――怪人の存在を私は許さん。もし周囲で地球人のものとは思えない超常被害が出たなら
「はいはいはーーーい!」
突如、アマネの下へ駆け込んでの見事なスライディング土下座を決めるマユナ。いきなりすぎる行動に生徒の大半が言葉を失った。
唯一、ランセはマユナの奇行に対し「だろうな」と言わんばかりに肩を落としていた。
「この乙海マユナ、不肖の身ではありますがなにとぞアマネちゃんの
「うむ……さっきから面白い奴だ。それがお前の望みであるならいいだろう。我が臣下として迎え入れてやる」
「いとおかし!」
アマネに頭をなでられ、テンションが高まったのか自分でも意味がよくわかってない返事をするマユナ。秒速でアマネの臣下が一人増えた。
「このように、来る者は拒まん。最後になるが――」
マユナを席に帰しながら教室内の生徒たちへと向き直るアマネ。
「――この身と名は外敵を欺くための仮初のものではあるが……この学舎でお前たちと一緒に明るい時を過ごしたいという心に偽りはない。侍従のコマリともども、どうか――よろしく頼む」
アマネの言葉に合わせるように、小さく一礼するコマリ。
誰が始めたか――自然に拍手が起こった。たとえ異星人でもアマネの言葉に嘘はないと、教室内のほとんどの生徒がそれを信用した証左。
――たった一人を除いて。
「……それにしても、そこのお前」
「――あ?」
そこで初めて、アマネとランセの目が合った。
「うむ。お前だ。私の話を適当に聞き流せるとは大した奴だな」
ランセの席に近づくアマネ。己の話を聞いていなかったことに対する怒りではなく、好奇心が声色に表れていた。
「……立派な御高説だったのはなんとなくわかった。けど、オレにはなんの関係もない」
「そうか。だが私はお前に興味がわいたぞ。見るからにわかる――お前、相当に強いな?」
アマネの紅い瞳が鮮やかな光を増した。
少女の眼ではなく、捕食者か支配者の眼――「
その眼光は、ランセとマユナにとってアマネの姿を「怪物のようななにか」と錯視させるに充分な威光だった。
脳から背骨の端まで急速に凍りついていく感覚。ランセにはそれに覚えがあった。
圧倒的な存在を前にした時に本能が発する危険信号である。
「――私と望みを賭けて勝負しろ。お前が私に勝てばお前の望みを一つ叶えてやろう。私がお前に勝てば……私の臣下となってもらうぞ」
赤い怪物がランセの顔をのぞき込む。
それは勝負を持ちかけるというより、ランセにとっては確定した未来を突きつける宣告に等しかった。
動物的本能に任せるならば返答は一つしかない。
「――表に出ろ」
静かに席を立つランセ。残された左目に、白刃のごとき冷たい光が宿る。
本能より本心がその返答を選んだ。
それが意外だったのか、一瞬だけ呆気にとられるアマネ。
この場合におけるランセの選択は自ら敗北を選ぶことと同義。それならばあえてこの勝負に乗った真意とはなにか――
(――興味深い)
再び口元に笑みを浮かべ、教室を出るアマネ。ランセもそれに続く。
「……いやあの、もう授業始まるんだけど」
そんなアマネとランセの自由っぷりにげんなりしつつも、止めるだけ無駄だろうと即座に諦めがついたシヅカであった。
――そうして、ランセはアマネに敗北した。
春日峰高校に入学してからたった一日。ランセの高校生活は早くも波乱の海原に投げ出されることとなった。
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