天涯の夜明 4
アズナが物心ついたころから、ときおり夢にうなされていると知っていた。夢の中で少年は、
同時期に、
「『春先に東側の森が燃える』のが見えた。『大きな木とそのまわり』が」
「ええ。落雷があるのよ、杉の巨木に。まわりの木を少し切り倒しておくよう、
「次の三日月の日に、お祝いごとがひとつ。と、その次の夜に悲しみがひとつ。……『
「ウマシビのお産よ。かわいそうに……。子どもは生まれるけれど、すぐに亡くなってしまうのだわ」
母ミトメの見るものと引き比べてみた結果から、クラトのその力は、時の
――〈
クラトの背を
「心わずらわさずとも良いのですよ。慈悲はすでにもたらされているのですから」
苦悩に
――なれど〈
アズナはうしなわれ、ケルスの大地は安定する。助かるのだ、
ほどなくクラトは、
これが最良と感じた流れを見つけたのは、何度目の
*
「ひどいわ」と、
「こんなものを見せるなんて、ひどい」
たった一度会っただけの
前を行く少年――クラトの後ろ姿がけはいで笑った。
「そうだね、ごめん。だけど君には知っておいて欲しかったんだ。君もまた、多くを背負う人だから」
「それは」
イーリエは言いかけて何を伝えるべきか見うしなう。続ける言葉を見つけられないかわりに、すこし、ほんのすこしだけ、つないだクラトの手を強く握った。
互いに無言のまましばし足を進める。ゆるやかな上り坂はまだ
〈
「『最初からすべて決まっているなら、どうして
「バカではないの」
イーリエはうつむいて、またすこし強く少年の手を握る。確かにそこに有るのに、ずいぶんと薄く
「自分なら
「うん。だけど僕は、どうしても
「バカだわ」
くり返して顔をあげる。
「救われる中に自分も入れておきなさいよ」
今度はかすかな笑い声が聞こえた。言われてしまったと笑っているらしい。
「ありがとう、
「なによ、それ」
「約束が欲しいんだ」
「なによ」
「ねえ、どうかな、
重ねて尋ねられ、イーリエは唇をかむ。
わかる。わかってしまった。この
「ひどいわ、わたくしに断れなくしておいて、そんな約束」
また、少年のけはいが笑う。もうほとんど
「そうだね、ごめん。本当は、
つないだ手を今までにない強い力で引かれる。よろめいたイーリエは、声をあげる間もなく、姿の消えた少年の手からしっかりと存在を感じる青年の腕へ渡された。張りのある腕の輪郭を赤い光があわく縁取っている。生きているものの
「ばかクラト……。いるんなら、オレに姿くらい見せろよ」
知っているような、知らないような若い男の声が
「アズナ? ……ではないわよね、子どもではないもの」
「成長したんだよ、こっちが本来の姿なんだって」
ムッとしたようすで、
「
「知らないわよそんなの」
「おまえなあ……。〈
「
イーリエは彼の腕から抜け出し、つんと
横目でチラリとアズナのようすをうかがう。「おい」と目を剥いている顔に、いくらか溜飲が下がった。
「でもアズナなのは認めるわ。こんな無礼者、
「おい!」
さらに眉をつり上げた青年に向き直り、それに、と付け加える。
「〈
「――ッ!」
青年が息を
「オレは、こんなやり方は望んでない。望んでなかった……。だけど」
クラトの頼みだから、と苦痛を
「お願いだ、協力してくれ。〈鍵〉を三つ集めて
イーリエは首を振った。
「無理だわ」
「
「無理なのだったら!」
重ねて否定した。
「
「どうにもできないのか!?」
アズナが悲鳴をあげる。
「だったらオレは、クラトは何のために――」
「少しは落ち着きなさいよ」
「どうにもできないなんて言ってないわ。もう
「なに?」
「もう
アズナが目を
「それじゃ……!」
「なんとしても助けるわよ。わたくしの民だもの」
言い切った次の瞬間、彼女は高々と抱え上げられて悲鳴をあげた。
「ありがとう! 急ぐぞ」
そのまま肩に担ぎあげられ、走り出す青年に荷物のように運ばれる。
「このっ、この
イーリエは、抗議と
かくして彼女は、民たちの待つ戦場で目を覚まし、口を開くや真っ先にアズナを
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