天涯の夜明 2
――兵たちから生体維持分のギリギリまで
〈
星すら消えた黒々とした空に、あわい緑の虹が立った。と同時に、
――イーリエ?
いや、とアズナは目をすがめる。違う。この
「まさか
遠く聞こえるはずもない声に反応したかのように、イーリエがこちらへ顔を向ける。黄金の
あらゆる時間と空間を飛び越え、意識が重なる。小屋で眠る
ひそやかにすすり泣く声だ。かぼそく消え入りそうな、若い女神の泣き声。〈イーリエ〉の泣く声が、夜の底にひびいている。
ああ、そうだ。ずっと泣いていたのは〈
深い闇の
泣くな、と〈
一通り戦場を見回した少女神は、マガツヒの巨大な顔へ視線を据え、
ゾワリとうぶ毛をなぞる
「やめろ!」
と、アズナは悲鳴を上げた。気づいた瞬間悲鳴を上げて、走り出していた。
違う! マガツヒは魔を呼び寄せているのではない。クラトの体のあちこちを裂いて、魔を生み出している!
「やめてくれッ!」
クラトの細胞を、遺伝子を使って、魔を生成しないでくれ!! アズナは叫んだ。クラトをバラバラに、しないでくれッッッ!!!
何かにつまづいて、足がもつれる。投げ出された地に手をつき、マガツヒを振り仰いだ。血を
「目を覚ましてくれクラト――ッッッ!!!」
「
かけ声とともに炎の赤毛が先頭に立つ。タキアだ。アズナは目を
瞳を煮え立つ
マガツヒの巨大な顔が、砂に描いた絵が風に乱されるようにぶれ、書き換わった。
――あれは!
〈
先頭に立つタキアが、剣をかかげ、振り下ろした。
「
力強く
「同じ手が通じると思うな」
ギシリ、と、互いの力を
突如鋭い悲鳴が夜を
悲鳴のもとに目を引かれる。魔を生み出し続けていたクラトのもとにクシの民の一人がたどり着き、
「クラト!」
無意識に、
剣の持ち主を押し
「ダメだ、行くなクラト!」
腕の中に受け止めた親友ごと落下する。抱きしめた少年の体が、手足の先から
「まだっ、まだ……っ、ダメだ! 行かないでくれッ!!」
クラトの焦点をうしなった黒い瞳が、何かを、だれかを、探してゆれた。さまよう視線はわずかの後、ようやくけはいをとらえたのか、自分を抱きとめるアズナの上に定まり、笑みを形作る。
こぽり、と血の泡を
だから。
だから頼むよ、どうか
真珠色の光が、力の抜けたクラトの体から浮き上がる。二つに分かれた一方の光はアズナのうちへ溶け、残る一方は白い鳥のように羽ばたいて、高き
落下するアズナを、吹き上がった強風がすくい上げた。ゆるやかに地におろされた彼に、あかがね色の髪のクスビと見なれた
「アズナはへいき!?」
「
肩にかかる男の手を感じ、ゆるゆると顔を向けた。
「クラト……?」
ひどく心細い声が出た。
「……クラト?」
トクリと何かが脈打つ、胸の内で。
『
『だからアズナ、
記憶にある友のほほ笑みがアズナを満たした。
……涙は、出なかった。
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