それら、叛くもの 2

 北部フェミアの森林部湖で、赤い光が立ちのぼったちょうどそのころ。しろみやおくみやへ向かう通路では、ありえぬ嵐が吹き荒れていた。

 日の柱女神オルメサイアを守るたちが、激烈な風に巻き上げられ、したたかに床へ叩きつけられる。

「血迷ったか、エンシス!」

 こんとうする配下らの姿に怒りを浮かべる女神シャイアへ、両脇に小型の竜巻をしたがえた男はふてぶてしく笑みを返した。

「血迷ってはおらんぞ。おれおれの役割をはたしておるに過ぎん」

「役割だと!? なんの役割だと言うのだ!」

「〈冥の女神マナリア〉が目を覚ました。おれは元よりそれにくみする者だ」

 息をんだ日の柱女神オルメサイアが、次いでそののどからしぼり出したのは、裏切り者めというじゅのうめきだ。

 ほう? とエンシスが片眉をあげる。

「おまえがそれを言うのか、シャイア。いや、日の柱オルメサイアの基礎こんかくリトナジア。〈マナリア〉をあざむき〈ナーシュナ〉たちをせいにこの地に根を下ろしたおまえが?」

 ギリ、とシャイアは――日の柱オルメサイアの基礎こんかくリトナジアは奥歯を鳴らした。

「エンシスおまえ……ッ」

 おまえも同類だろうと低くき捨てる。

制作者ナーシュナを裏切った有機機械つくりものが」

「いいや、おれはナーシュナたちから引き継いだ意志を守ろうとしただけさ。〈水惑星ニュフ・エラ〉へ向かう気が無いおまえに変わり、シェルを作り準備をととのえるためにな」

 歯がみするリトナジアへ、男はたたみかける。

しんりょくをたくわえ、ようやく待ちわびた時が来た。今こそを行い、このを飛び立とう。そのために、まずはリトナジア――、おまえを排除する」

 勢いを増した竜巻が、リトナジアへ襲いかかる。

 肉を刻む千のつるぎと化した暴風の中、器から引きずり出された真珠色の光がくだけ散った。


  *  *


 血だまりに倒れた女を、エンシスは無感動に見下ろした。能力を満足に発揮できぬ崩れかけの器では、たとえ〈最高神〉と称される日の柱オルメサイアであっても、純粋な物理的暴力の前にただの非力な女でしかない。

 エンシスののうを、かつての記憶がよぎってゆく。

 遠い昔、航行中の事故によりこのりざるをえなかったさい、航宙船シェル銀珠エンブリオに乗っていた神々と呼ばれる者たち――すなわち惑星改造および入植の管理チームは、ひとつの決断を迫られた。

 大破した銀珠エンブリオを可能な限り修復し、当初の計画通りに〈水惑星ニュフ・エラ〉を目指すか。計画を断念し、修復した銀珠エンブリオで〈イティケルス共和国連邦〉へ引きかえすか。

 マナリアは計画の続行と〈水惑星ニュフ・エラ〉へ向かう航行を、ナーシュナは計画の断念と連邦への帰還を主張した。いずれにせよ降下直後に自動展開してしまった〈種子〉の回収は課題だったが、現惑星に留まる選択肢そのものは無かったのだ。

 リトナジアは、当初どちらの主張を支持することもなく、最終的に決まった側にしたがうと見えていた。ただ彼女は、破損したシェルで現惑星から飛び立つには、航行に必要な最小限の人員以外、すべてが休眠に入る必要がある。そうみなに伝えた。生命維持にかかる動力も最大限ふり替えなければ、現惑星の重力圏から離脱は不可能だとはじき出したのだ。

 だれもリトナジアの言葉を疑わなかった。だれも――正確にはチームの中でナーシュナ一人はわずかに不審を覚えたようだったが、深く追及することはなく終わってしまった。

 それが野心からのわなだったとわかったのは、ナーシュナが銀珠エンブリオの動力部を組み換え終わり、いざ飛び立とうと管理チームのほとんどが休眠したあとのの段階に入ってからだ。

 リトナジアは、隆起後のまだ不安定な大地に動力部を組み換えた航宙船シェルを沈め、地を安定させるかなめとした。そうすることで、銀珠エンブリオを制御するマナリアとナーシュナをふくむ休眠した者たちを、半永久的に幽閉したのだ。

 彼女が〈最高神〉を名のり偽りのおうこくを打ち建てたのはこのすぐあとだ。

 風のやいばを刻まれ、あらぬ方向へ首が折れた日の柱オルメサイアの器は、完全に息絶えて見える。

 しんりょくの糸をのばし、ピクリとも動かぬむくろがいの内、こんかくの有無を探る。反応無し。この器はうろだ。

 ならばもうこの場に用は無い。人工の神は踵を返す。

 まずはとりふねを使い、〈冥の女神マナリア〉と合流を。その後、かねてよりクシの民を使い居所をつかんでいた者たちから鍵を回収にかかる。航宙船シェルの起動には、根の柱クシドレンシス自身が保持するもの以外にもあと二つ、合計三つの鍵が必要なのだ。〈日の柱オルメサイア〉を破壊した今、偽りの国、偽りの歴史を正すためには、残る〈月の柱オドメサイアス〉と〈旭日の柱オルフレイア〉の保持する鍵を手に入れなければ。

 急ぐ心そのままに、根の柱神人工神エンシスは、足早にとりふねへと向かう。


 先を急ぐエンシスの足音が消え、床を汚す血だまりも冷え切ったころ、壁のすみから、柱の陰から、いくつもふわりと浮き上がるものがあった。

 かけらのような光たちだ。真珠色のちいさな光たちはふわふわと寄り集まり、人の頭ほどの大きな光のたまとなる。

 と、ゆら、と光のたまがゆらぎ、数十もの赤い光の糸が内側から顔を出した。赤い光の糸は、いまだこんとうしたままのたちへ向けてえた獣じみた勢いで伸びると、彼らの表面をこそげ取るようにめはじめる。集めているのは、肉眼ではわからないほどに薄く人間がまとっているしんりょくだ。

 赤い光の舌は、生きた人間たちの上から次々としんりょくをこそげ取り、光のたまへ送り込んでゆく。

 ひととおり集めたしんりょくみ込み終わると、真珠色の光球はいくにも重なり見える女の姿に形を変えた。リトナジア、イズィア、ザリ、……ティーア、プロンティナ、……シャイア。歴代の日の柱オルメサイアとなった女たちの姿が混ざり、薄れ、濃く浮きあがり、また混ざり、薄れぶれながら、壊れた器を捨ててふらふらと歩き出す。

 空洞を吹き抜ける恐ろしげな風の音が響いた。いや、風ではない。真珠色に光る女が発したじゅの声だ。

『……エンシス、……マナリア……、サイアス……、ヒュレイア……』

 歩きながら女は、えんを込めて次々と呪う相手の名をつぶやいてゆく。

 ふと何かに思い当たったようすで、女は歩みをとめた。

『……イーリエ』

 つぶやいた唇が持ち上がる。

わたしのかわいい器……』

 赤くまがまがしいげんげつの笑みを浮かべ、真珠色の女はふたたび歩きはじめる。こんとうしたままころがるたちは、いまだ目覚めるけはいがない……。


「うるさいわね! ちっとも眠れないじゃない」

 寝台でしきりと寝返りをうっていたイーリエは、騒がしさについに耐えかね、かけ布をね上げた。いらだちのままに枕を叩き、隣室へとつづく扉をにらみつける。部屋ひとつ隔ててもなおろうから響いてくるけんそうは、今日の昼前からはじまり、深夜になった今も一向にしずまるけはいがない。

 この騒ぎは、おうこくのはずれの森で異教徒の村が見つかったためなのだという。昼間に問うた侍女まかだちは、いつもの茶の用意をしながら、そうイーリエに答えた。つづいて、討伐のために兵が出されるそうです、とも怯えのにじむようすで口にする。

 大げさすぎるわ。イーリエは茶にそえられた菓子をかじりながら、口には出さずに考えた。異教徒の数が百だか二百だかは知らないが、たかだかその程度、しかもこうから遠く隔たった地の話なのだ。放っておいたところで害があるとも思えないのに。仮に、本当に仮に異教徒がこうまで攻め上ってくることが有ったとしても、この都ははしらがみたちに守られているのだ。根の柱神クシドレンシスの力は知らないが、日の柱女神オルメサイアが力を振るえば、異教徒らは一瞬で灰になるだろう。

 イーリエはにらんでいた扉から視線を外した。わずかに渇きを覚え、枕もとの小テーブルに手をのばす。置かれていた水差しをちょうど持ち上げたとき、聞こえていた喧噪がぱたりとやんだ。

 イーリエ、とだれかが呼ぶ。

『イーリエ、わたしのかわいい〈ラナ〉……』

 いくにも重なった声が響き、扉の下のわずかな隙間から赤い光があふれ出す。

 にじみ出るように女の形をした白い影が像を結んだ。当代の日の柱女神オルメサイアのようにも、また違う多数の女にも見えるみょうな像だ。

『イーリエ、わたしもの……そなたの長らくの望み――成人を祝おう』

 いくつもの顔が重なりぶれて見える白い女の影は、あまりの異様さにこおりついたイーリエを覆うようにのしかかる。

『今こそ融合をはたそう。れを受け入れよ』

 赤い光があふれる。すべり落ちた水差しからこぼれた水が、寝台へとしみこんでいった。

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