災禍、降る 3
まぶたをあげると、したたるような緑が目に飛び込んできた。
夢の生々しさが、あざやかな景色をにじませる。あれは現実ではない、となん度否定しても、胸の中にわだかまるものが出口を求めて暴れた。
からまりあう緑の
ため息にまぜて
イビアスはどうしているかと顔を向けると、変わらずクスビを相手している。
少年は両手で
「なぁ、まだ時間かかるのか?」
かたわらへ近寄って尋ねれば、イビアスからは、「かかる」と返ってきた。
のぞき込んだ手もとでは、
「途中で調整を止めるわけにはいかんからな」
「ふうん?」とアズナは鼻を鳴らした。
不満げに聞こえたのか、イビアスが顔をあげる。
「なんだ?」
「なにが?」
「目が赤い。どうした? 夢でも見て泣いたか」
一瞬言葉につまった。いつものからかいだとわかっていても、当てられたことが腹立たしい。
「ガキじゃあるまいし夢くらいで泣くかよ!」
ごまかし半分にイビアスのすねを
しばらくあたりを廻ってくると投げつけるように言い置いて、そのまま
とは言っても、特に見て回りたいものがあるわけではない。
道を忘れないよう注意しながら、足の向くままに
通路が交わるさいには必ずあらわれるこれらの
歩きまわるうちにアズナが眉間を曇らせたのは、
――なんだろう、なにかやたらと……殺気だってる?
先ほどからくり返し武官らしき人間とすれ違う。
いったい何が起こってるんだ。首をかしげながら、なおも
人影がまばらになってきたあたりで、ふと、向こうから来る人物に目をひかれた。まるっこい印象をあたえるその男は、手にした紙束へ目を落とし、なにごとかをぶつぶつとつぶやいては時折ペンで書き込んでいる。
壁や柱にぶつかりそうになりながら近づいて来る彼に、「ハドリさん!」と声をかけると、まるい豆のような目がこちらを見てぱちくりとまばたいた。
「あれ? アズナ君」
ハドリは金属製のペンを胸もとに刺すと、やや足を早めてアズナの前までやって来る。
「
にこやかな笑顔は記憶の通りだ。一晩やそこらで変わるはずもないといえば、それはそうではあるのだが。
あらためて
ああ、とハドリがうなずく。
「北フェミアで異教徒の村が見つかったんだそうだよ。森に住むまつろわぬ民を討伐するって、日と根の武官に召集がかかったんだ。討伐軍が組まれるから、
アズナの顔から血の気が引いてゆく。
北部フェミアの森にある村。異なる信仰を持つ、まつろわぬ民。
それは、
いったいどこからばれたのか。それもなぜ、今この時機に。
ぐるぐると、「討伐軍」と言葉がまわる。混乱、そして焦燥が、アズナの内を焼いてゆく。
「どうかしたのかい?」
ハドリにのぞき込まれた。
「
「いえ……、なんでも……」
言葉をにごす。理由など言えるわけがない。
どうすればいい。
どうするべきなのか。
――迷ってる場合じゃない! 村に、クラトに知らせないと!
決断するのに時間はかからない。
「なんでもないようには、とても見えないんだけど」
困ったように眉を下げるハドリへ、少年はつめ寄った。
「お願いがあります」
「うわっ、急になんだい」
「もう一度
気迫に押されて半歩
機械技術士が顔を厳しくした。
「それはできないよ、アズナ君。
「だけど!」
――一度はその規則を曲げて使わせてくれたではないか!
友の
「ダメだよ、聞けない」
「ごめんね、アズナ君。だけど今回は――」
唇を噛みうなだれたアズナへ、人の
「ごめんっ、ハドリさん!」
アズナはハドリの胸もとに刺さっていた金属のペンを奪い取った。直後、鋭く尖った先端を彼の
「無理をお願いしてるのはわかってます。でも、オレはどうしても行かなくちゃならないんだ。今すぐに村へもどらなくちゃ」
先端をわずかに肉に食い込ませる。力を込めて刺せば、充分
「アズナ君、きみは……」
なにかを
「お願いします、ハドリさん。
重ねる
「……
だれにも
拘束したハドリに、
壁にほどこされた
制御卓の前に立って、アズナはハドリをうながした。
「目標座標一三〇、三五、〇一。跳躍後接地点においてケルス標準時間軸と同期。
さざ波を立ててきらめいていた水が渦を巻き出し、水盤ごと部屋全体が赤く脈動をはじめる。
「設置完了しました。
じりじりと胸を
「ごめんなさい」
そして、ありがとう。
ほかにわたせる言葉があるはずもない。
きっと醜くゆがんでいたのだろう、まばたきの間だけ向けた笑顔に、複雑な表情が返ってくる。
アズナは大きく息を吸い、突きつけていたペンを離すと同時に、ハドリを脇へと突き飛ばす。そのまま彼は、
すがすがしい木の
目に見えないいく千の
鼓膜を突く絶叫。自分の
昼の星と島影がまじる。
さなか、
耐え切れない苦痛を一身に受け、アズナはバラバラにくだけ散った。
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