災禍、降る 2
――寒いな。
アズナは思った。
寒く、暗いのは、空を覆う灰のせいだろうか。
わずかな赤い光の下、すべての輪郭があいまいに溶けている。うっすらと漂うたまごが腐ったような臭い。湖のざわめき。ぬぐえない違和を抱いていても、長く育った地は
灰のつもる浜は、もとはまるい小石に覆われていた。もっとずっと幼かったころは、
――こちら?
疑問が浮かんだ。いつのまに自分は戻ってきたのだろう。自分はつい今しがた、
ささくれた板戸に手をかける。次の瞬間には、アズナはするりと内側に入り込んでいた。
いや、クラトだけではない。だれもが真剣な顔をして集まり話し合っていた。
何の相談をしているのだろうか、と潜りこんだ部屋の片すみで、少年は耳をそばだてる。
「今日は川原へ下りるあたりを掘ってみた」
クラトを前に弧を描いて座るうちの一人、たくましい腕の男が口を
「水は
「湖に近すぎたか……」
おのおのが落胆にうめいた。
「無理だとおれは、はじめに言ったさ。なあ?」
「ほかの場所はどうだ?」
毛織の肩掛けを羽織った男が尋ねた。ナジだ。先ごろマガツヒに
「いくつかスグナたちが調べておったろう。大そで岩の下は?」
「あそこはまだだ。明日、かかってみる」
うなずくコトワケへ、ほかの者の口から、固すぎて掘れなくはないかと声がかかる。
「いや、人手さえあれば掘れる。くふうは
「うまくいってる」
白髪のまじる男が、呼びかけに答えた。長年日にさらされてしみの浮いた
「覆いの中で育てる考えは、合っているようだ。根もと周りにかぶせた草も土をあたためるのに一役買っておる。上につもる灰は払ってやらねばならんが。
「それはいい」
コトワケが口もとをほころばせる。
「希望が持てる」
「今のところは、だろ。育ってるのは」
ヨヅカが
「冬を越えられるかまではわからんよな。どれもはじめてやってみてるんだ。何が起こるか予想がつかんだろ」
「おい、のんびり試してちゃ
声をあげたのはハザサだ。あいかわらずのひねた目つきだった。
「だいたいな、
鼻息荒く一同を見まわしたハザサの目が、クラトの上にとまった。
「俺は
「
クラトの肩がピクリと
「そうだ
男は一度言葉を切る。
「
まくし立てるハザサをクラトがさえぎった。
「思い上がりもはなはだしい」
「なんだって?」
「
「てめぇっ!」
「そもそもひよっこのおまえが、なんだってそこに座ってるんだ!」
「ここが
答えるクラトには表情が無い。どうしたのだろう? アズナは思う。クラトがクラトに見えない。
「ふざけるなっ! そこは
「そうとも、
なおも
神
言葉をうしない、ハザサが腰からくずれ落ちた。
「
クラトは立ち上がり、男たちを見まわした。
「
だけど、と彼はつづけた。
「
ああそうだ、ねえさんを
男たちがざわめく。もはや脅迫だ。
クラトがふたたび彼らを見まわす。強き神
「マガツヒの件がなくても、
またもやざわめく男たちの
「
集まっていた人々が
最後の一組を送り出して、ほ、とクラトが息をついた。
戦いを一つ終え、ほそい肩に乗せた
友の肩が
「アズナ?!」
ふり向いた友の目は、変わらぬ異質の色だ。
「ずいぶん早くもどって――ああ、違う」
くしゃりと彼は顔をゆがめる。安堵と落胆と、隠し事を見つかったときのばつの悪さと。もろもろが入りまじって見える複雑な表情だった。
「無意識にその姿で
やわらかく笑ったその瞳をあらためて目に映して、アズナはつづける言葉をうしなった。
どうして、と叫びたかった。
どうして、こんな、と。
だれかを
――だれかを
悲しみ。いや、悲しみのまじった
金色に
言葉を探す。唇がわななく。
『……ッ、バカクラト』
しぼり出した声は、どうしようもなく震えた。なじりたいわけではない。だが、ほかにうまく言葉にならない。
「うん。……ごめんね」
笑みをくずさないまま、残酷な友がうなずく。
「
伸びてきた腕が、こちらの肩をやわく突いた。暗闇がアズナを受け止め、やさしくつつみ込む。落ちてゆく感覚。
「自分の体へお帰り」
耳もとでごう、と風が鳴って、暗い赤の光が急速にしぼんでいった。
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