四章 ◆故郷
災禍、降る 1
部屋へもどるやいなや、枕をつかみ壁に投げつける。勢いよく当たり
「なによ! なんなのよあれ、バカにしてるわ!!」
おびえたようすでこちらをうかがう
自分は仮にも最高神の
その上あの子ども。あのアズナとかいうふざけた名の、風変わりな
イーリエはきりきりと奥歯を噛みしめる。
でも、と頭のすみで別の自分がつぶやいたのは、そのときだ。
――でも、はじめてだわ、あんな風に人と
もう一度床をたたこうと枕をふり上げかけた手が、止まる。
――わたくしと同じ年ごろの子どもに会ったのも、はじめてだった。
大人ばかりのこの
布地から飛び出した羽根が舞うのを見るうち、怒りに波立っていた心が
「……けど、あれはきっと
なかば枕に顔をうずめながら、少女は自分に言い聞かせる。あとにも先にも、もうあんな者に出会えるとは思えない。この
「なにが
耳へすべり込んだ声で、イーリエはハッと顔をあげた。
「荒れておるのか、我が
なかば
「眉間にしわが寄っておるぞ?」
ちいさな
頭のうしろがじわりと熱くなる。強制的に脳の接続口を開放され、思考をあばかれる。目のこまかなやすりで
オルメサイアの
「なるほど、根の
「
「アズナとか言った。
「っ……
苦痛に耐え、イーリエは
「それだけではないな。そなたの感情、
女神の黄金が輝きを増した。
「珍かなるものに
しめ上げていた苦痛がやわらぐ。神の
くずおれ、
「
「わかって……おります……」
荒く吸い込んだ息に肩がゆれた。にじんだ涙をぬぐい、少女は顔をあげる。
「わかっております、オルメサイア……っ」
満足げな視線と、次いで
「良い子じゃ、
かすかな駆動音とともに、宝飾の小箱が部屋の端のちいさな
イーリエはうつろな笑みでうなずき、そちらへ向かった。
*
「ううう……すっごく疲れた……」
草の上に倒れこみながら、アズナはうめいた。短い緑がやわらかく
アズナが今いるのは、
植物の生み出すゆるやかなけはいに
半円状の
「
平伏するアズナの頭の上で女神が言った。
動揺しつつあげた視線の先には、黒い瞳がある。イーリエという少女やクラトとよく似た、アズナにとってはなつかしさを覚える色味だ。
「アズナと申す子どもよ、そなたがフェミア王を通さず
「はい――」
試練の時だ――。アズナはごくりと
友の笑みが
「
「ふむ。『マガツヒ』とな。魔ではないのか」
「ありえません」
即答する。魔ではないと最初からわかっている。魔なら
「なにゆえそう言い切るか。くわしく話してみよ」
「はい――」
アズナは、ぐと腹に力を込める。
「深い森、
煮え立った釜の湯気を逃がすように。性急にならないように。まっすぐに
そこはちいさな集落ではない。だがけっして大き過ぎる集落でもない。老人から
村の生活はごくありふれたものだ。夜明けの浅い光に祈りを捧げ、朝日が昇りはじめる湖へ出て魚を
魔からは〈
水のめぐみ、土のめぐみ、
「……そんな風に暮らしていたオレたちの村の、湖に島が浮かびました」
いく度も地がゆれた。
木々や家が倒れ、島が噴き上げる炎と煙で空が暗く灰ににごった。
くさったたまごの異臭をただよわせる水に青白い腹を見せて浮かんだ魚は、打ち上げられた浜で折り重なり、いやらしい色の
たくわえはすこしならある。ほとんどが干した小魚だ。夏から秋、森のめぐみもあるうちは、村は生きられるだろう。
だが、それだけでは冬は越せない。吹く風がすべてをさらう季節は、けっしてやさしくはない。水底に魚が沈み森のめぐみが枯れる冬は、
じりじりと、だが確実にやってくる終わりを予想し、人々の心は静かにゆがんでゆく。
そんなところへ、
弱った
まれにだが、心身ともに強く、
くさりはてた肉の塊に見えたと言う男や、黒っぽい霧のようだったと言う女。あふれる赤い光に
なにをあらわすのかはさっぱりわからず、
「今では、湖に浮かびあがった島からヤツはやってきたんだと、村の
「〈
お願いします、
話し終えアズナは口をつぐむ。変わらずそそがれる黄金の視線を、まっすぐに受け止める。
「そなたの」
女神が口を
「推測は求めておらぬのだがな」
不快と取れる発言に、アズナは息を
「まあ、よい。その
寛容さをしめした女神が、
「そなたの村へ、
「マガツヒを
それで終わりだった。
こうして
視線をあげると、イビアスが低くたれた一枝に手を差しのべるのが見えた。
梢が風を受けたようにざわめき、透明な
「ロゼニア?」
「違う。ロゼニアはまだ眠っている」
「今のはリグリアという」
「て、言われても、区別つかないって」
よく見分けがつくものだ、とアズナは苦笑半分感心する。人の形になれば違うのかもしれないが、蛇体では区別がつかないのだ。なにか目印でもあるのだろうか、とちらりと思う。
「ほかにもまだいるの?」
「いるな。根のクスビは全部で八体だが、ここにいるのはロゼニアをふくめて五体だ」
「へえ」とアズナは軽く相づちを打つ。出払っている残り三体も、ロゼニアがイビアスについていたように、それぞれ別のクシの民についているのか。もしくは、
「根の、ってことは、日や月にもいるってことか」
「本来ならな。月は
「ふぅん」
アズナはふたたび草の上に
「そうか……、ホントは弱いいきものなんだな……」
とろとろとした眠気が襲ってくる。
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