蠢動する神 4
しばらく歩いたあたりで、建物のようすがあきらかに変化した。要所要所に目にあざやかな色彩で〈
生身の人のけはいを感じる
イビアスは、ふところから取り出した機械時計を確認する。
と。
「うそつきじゃない!」
向かう先からよく知った声の叫びがひびいてきた。
「っつか、なんだよイビアスが王太子って! 聞いてないぞ! なんでオレにだまってるんだよ!?」
いまだ少年の
「わたくしが知るわけないでしょっ。バカではないの」
こたえる声はなに者だろう。声の感じからすれば少女のようだ。
「バカって言うなっ、バカっ」
「なんですって!? この
とうとう言い合いをはじめた声は、ちょうど行く手の
――まったく、あの子どもは! 迎えに行くまでおとなしく待っていろと言っておいたのを。あのもの覚えの悪さはなんとかならんのか!?
おおよその事態の予想がついてしまったイビアスは、にわかに覚えた頭痛に、こめかみへ手を当てる。
足を速め
「なにをやっている」
今にもつかみ合いをはじめそうな二人のあいだに割って入るべく、
「イビアス!」
「
声をあげたうち少年はこちらへ
「待っていろと言っただろうが」
両腕を広げて手のひらを天へと向け、害意が無いとしめす。
「
「お
少女もあらためて
「わたくしは、レトナ・イーリエ・ラナ・フェミア。
「ほう?」
「〈根の柱〉の
イーリエと名乗った少女が、ちらりとアズナに視線をやり、次いでにっこりとイビアスに笑いかける。
「それも、
「なっ」
背後で短く声があがる。あまりにも大きな誤解に、アズナが目を白黒している姿が見えるようだ。
「なるほど」
イビアスはうなずいてみせた。一理ある。イーリエが成人し、やがて
しかし調査だけが目的なら、
――それゆえの、「レトナ」か。
「しかし、あいにくこの者は、
またもや声をあげかけるアズナをひとにらみしてだまらせ、次の〈根の柱〉である彼は、イーリエへ皮肉を投げつけた。
「どういうご意味?」
牽制だけではない、いくばくか
イビアスはふたたび挑発を投げる。
「出会われた
カッとイーリエの
「あれはその子どもが!」
「あれはそのガキが!」
少女とアズナから、同時に声があがる。
予想通りの反応に、イビアスは内心の苦さを押し隠した。アズナは横に置くとして、簡単に挑発されてしまう
――まったく。この
イビアスは、薄く口もとに笑いを浮かべ、少女へ言い放つ。
「真実がどうあれ、ほかから見れば、かように見えるということだ。心されたほうが良いな、
「っ……」
たじろいだように少女が息を
「さて、こちらは予定のある身、これにて失礼させていただく。またいずれ。
イビアスは、くやしげに肩をふるわせるイーリエへ優雅に一礼してみせると、そのままアズナをうながして歩き出した。
ふり返ると、置き去りにしてきた少女の姿は、ずいぶんと遠くなっていた。
「どうした、なにを気にしている?」
遅れがちなアズナに気づいたのか、イビアスから声がかかった。
「いや、えっと、さっきのあれさ、ちょっとひどくないかと思ってさ」
やや小走りに彼に追いついたアズナは、横にならびながらそうこたえた。
「だっておまえ、王太子なんだろ? あの子もそうだって……。ってことは、そのうちいっしょに国を治めるようになるわけだよな。だったら、今から仲良くしておいたほうがいいんじゃないのか?」
「今のあれと?」
イビアスが、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「子ども過ぎる。あのまま融合されては――いや、それ以前に、むしろ〈日〉が成人させるかどうかがあやしいな」
わざわざ時間を
噴きあがった感情にアズナは立ち止まり、男をにらみつける。
「そういう問題じゃないだろ! そりゃオレもさっきは腹立てて
感情が高ぶるあまり、涙がにじみそうになる。うずまいているのは
「ああ」と、イビアスがうなずく。ようやく理解したとばかりに。
「そう見えたのか」
伸びてきた手がポンポンとアズナの頭をたたき、安心させるようにクシャリと髪をかきまわした。
「あれは忠告だ、いささかきつめだが」
「そう、なのか……?」
困惑する少年へ、同じく立ち止まった男がたたみかける。
「そうだ。あのままでは遅かれ早かれ
男が浮かべた笑みからは、さきほどイーリエへ向けたものとは違い、あたたかさを感じられる。表面しか見えていなかった自分の子どもぶりに恥ずかしさがこみあげて、アズナは思わず視線を落とした。
「……なら、いい」
固く大きな大人の手がはなれてゆく。ふたたび歩き出したイビアスを追って、少年もまた足を動かした。
「って、そうだ! おまえ、
照れ隠しのかわりにぶつけたのは、思い出したさきほどの不満だ。
「言う必要も無かったからな」
イビアスがしらりとかえした。
アズナはむうと口を
「必要無いって、なんでさ」
「無いだろう。言ったところでなにか変わったか? ああ、おまえの態度が変わるのか。今からでも変えてみるか?」
「っ! 変えるかっ、バカ!」
すでにいつもの調子だ。アズナは、ぷいと視線をそらした。
「なら、ますます必要が無いことだ。
うながされて
近づくにつれて、ゆっくりと扉が開きはじめる。あふれ出す白い光に、少年はそのまま歩み入った。
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