蠢動する神 3
時はいささかさかのぼる。
早々に呼び出しを受けたイビアスが、杖をつき、片
飾り気の無い部屋だ。端末と一体化したちいさな
イビアスは思う。この場所は物が増えず、また減りもしない。エンシスの内面そのものだ。
記憶している限り現
幼いころはそんなあり方の男にあこがれたが、年をとるにしたがって好意は薄れ、むしろうとましく感じるようになっていった。原因は、成長するにつれてあまりにも彼と似すぎてきた自身の容姿かもしれないし、周囲が太子としての自分に
奥の小扉が開いた。面を伏せたイビアスの耳に、靴音が入り込んでくる。次いで、視界の端へ入る
「
くっきりとした声が
「
「
「クスビの姿が見えんな。どうした?」
「ロゼニアは、
「ふむ。休眠に入ったか。……よくもどった、イビアス」
エンシスの唇が、うっすらと笑みを作る。裏腹に目は笑わないままだ。
「もどらぬつもりかと思っていたぞ。なぜ、連絡を絶った」
イビアスはわずかに目を伏せていた。
「……
「ほう。すぐに作り直さなかったのか」
「……
「なるほど、不運がかさなったというわけか」
「
「できた偶然であったものだ」
皮肉げに声が
「まあ、いい」
「巡り見たものの報告をせよ」
イビアスは大きく息を吸った。
「ご報告申し上げます。
クラフタおよびケルス島においては、ともに異常は見られず。
ティアナ西部は群発地震により一部沿岸崩落。住民に不安が広がりつつあり、ティアナ島王の
地震は海峡を越えた先、北部フェミア森林部の火山の活動によると考えられます。
南部フェミアなかほどでは、〈
なお、各地点の
「あいわかった。ご苦労」
エンシスが、ひとさし指で下唇をなぞる。数往復。それから腕を下ろし、ひじ掛けをコツとたたいた。
「……〈
「
イビアスはうなずく。
《
しかし王族に伝わる記録は異なった。
女神が浮かびあがれば、四つの島すべてが沈む。
すべての島が沈むとなれば、第一に考えられる方策として、国をあげてほかの土地へ移り住むというものがある。だがこれは実際的な案ではない。ケルス四島沖の海底より立ち上がり、上空はるか
仮に障壁の外へ調査団を派遣でき、移住できるような大陸や島が発見されたとしても、次には輸送の問題が立ちはだかる。
とすれば、やはり
――表面はともかく、〈日〉と〈根〉の仲はけっして良いとは言えん。
だが、もしも。
もしも、
コツ、とふたたび
「〈根〉と〈日〉とで協議が必要だな。結果あちらが動かぬとなれば、あらためて別の手段を講じよう」
「
知らず知らずのうちに杖を握りしめていた指を、気取られないように、そっとゆるめた。
「ところでイビアス。子どもを一人連れ帰ったそうだな」
エンシスが話題を変えた。
「おまえの興味をひくとは、どのような者だ? わざわざ連れ帰るほどだ、そうとう気に入ったのだろう? かわいいのか? 美女になりそうか?
「は、いえ、それは……」
興味津々といったありさまでこちらへと身を乗り出す男を前に、イビアスは内心舌打ちする。すでにこの男の耳にとどいているとは、予想外だ。おそらく
「お会いになられるほどの者でもない。ただの少年です。たまたま
「なんだ、男か」
乗り出していた身をもどして、エンシスが
「つまらん。ついに
「……ご期待にそえず、もうしわけございません」
イビアスは、腹立たしさとあきれがない
エンシスが、なだめるように左手を浮かせた。
「いや、
聞き
人の
とは言っても。
――子などたいして欲しいと思えんのは、
イビアスは思う。自分の血を引くいきものなど見たくもないと。
エンシスは、将来を心配する
「もういい。下がっていいぞ」と軽く手をふった。どうやら話は終わったようだ。
「失礼致します」
クシの民である男は、一礼して立ち上がる。
そのまま退出しようとする彼を、エンシスが呼び止めた。
「イビアス、隠し事は無いな?」
「ございません」
「……そうか。呼び止めて悪かった」
外へ出ると、
イビアスは気を引きしめ、そのまま
*
扉が閉まると同時に、エンシスはすばやく端末を操作した。常時起動している監視機器につながり、去りゆく背中のようすを観察する。一時的に手首にもぐり込ませた接続子をすぐに切り離すと、彼は黄金の
「こたえるのが早すぎるぞ、
「さて、クシの民で終わるか、まこと〈根の柱〉を継ぐ
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