眠れる水の守り 4
「うれしいね、水があるじゃないか」
広場の片すみに
「すまないけど、
女武官は緑色がこびりついた赤毛をつまんでみせる。武官とはいえ、やはり女性だ。異臭を放つ怪物の体液を浴びたままという状態が、気になるようだ。
アズナたちはひとまずタキアだけを泉のそばへ残し、かすかなしずくの音がひびく
――すごい、これが
アズナは
どんな仕組みが働いているのだろうか、鏡のようになめらかな表面の石壁が内側からあわく発光し、アズナたちの進む先を次々に照らしてゆく。壁の要所要所にほどこされた
「動力は生きているな」
扉をくぐり抜けた先は、床一面が深緑の
「ハドリさん、どうかしたんですか?」
取りついた機械技術士が、難しい顔になっていた。
「ああ、アズナ君。ごめんよ、ちょっと思っていなかった事態でね」
「え?」
「
ええと、と少年は頭をひねる。
「それじゃ、どっかから持ってくればいいんじゃ?」
「ところがそう簡単にはいかないのさ、
別の声が割って入った。ふり向くと、さっぱりと汚れを洗い流したタキアが、扉をくぐるところだった。「待たせたね」と軽く片手をあげた女武官は、大またに歩み寄ってくる。
「アズナ、
「あ、いや。全然」
「なるほど。じゃあ、説明はそこからか。っても、あたしも大ざっぱにしか理解できてないんだけどね」
親切な女武官は、わかりやすく噛み砕き、少年へ知識をあたえてゆく。
「神や
だからそのうっすいものを、
で、そうやって
そういうわけで、
「じゃあ、結局この装置は使えないってことなのか……」
理解とともに落胆がアズナを襲った。
「いいや、使えないことはない」
もどり来たイビアスが口を挟んだ。
「感謝しろよ、アズナ、
「
呼ばれたクスビが進み出る。
「
「
「かまわん。クシの民の契約によってではなく、
「
うやうやしく
「コレヨリ
直後、娘の姿が
黄金の瞳を持つ太い輝きが八条、水盤の
一瞬の静寂。
すぐにさざなみを立てきらめいていた水が
いや、水盤だけではない。部屋全体が脈動している。まるで巨大な生物の心臓に入り込んだかのように。
「起動文字式を」
「あ、はい」
それが制御装置なのだろう
いまや部屋とともに一個の有機体となった水盤が、音高く水を噴き上げる。
声も無いアズナの頭上、音も無く天井が割れた。
空中でこまかく枝分かれした水は、天を恋い
さらにからみあって伸びつづけながら姿を変えていくそれらは、ついに青々と豊かにしげるあまたの葉や枝となった。
遠目に見れば
技術士が
「座標固定完了しました。使えますよ」
イビアスが
「
水盤から離れた
「うわ……」
ためらうアズナの背を、ハドリがポンとたたいた。
「
「あ、ありがとうございます、ハドリさん、タキアさん!」
少年はあわてて向き直り、それぞれに頭を下げる。つかのま出会っただけの
目を閉じ、息を止めて、アズナは
次の瞬間、彼の
『鳥のごとく
耳もとをだれかの声が
『
すずやかな声だ。若く、力強い男の像を
目をあければ半透明の青い
さらさらと光の流れる壁の向こう、頭上には昼だというのに星が見えた。
足もとに目をやると、今度は、はるか
ふらついたアズナの腕を、イビアスが
「気をつけろ。
「あ、ああ」
少年は目をしばたかせる。それから気づいた。なかば以上
「……すごいな、ほんとにすごい……」
自身の立つ横を次々に過ぎ去ってゆく景色をながめて、アズナはもういく度目かわからないため息を落とした。いったい
「自分の意志をしっかりもっていろ。神を動かすのは、いつの世も人の意志だ」
不安を見抜いたのだろうか、イビアスが肩をたたいた。アズナは
そうだ、決めたのだ。自分は一歩を踏み出し、やりとげると誓ったのだ。いつまでも迷い、まどわされていたのでは、
「言っとくけど、オレ、
アズナは男の横顔から視線をはがし、前方にうずまくあわい光をまっすぐに見つめた。
「オレはたしかにガキんちょで、いろいろものを知らなくて、力も無い。できることも少ないさ。けど、人とする約束だけはぜったいだと思ってる。自分がした約束を、裏切っちゃならないと思ってる。だから、投げ捨てない。負けやしない。たとえなにがあっても。親友と約束したんだ――、だから」
「ああ。そうだ、その
隣でかすかに笑うけはいがする。
「忘れるな。人の意志は、なによりも強い」
男の言葉は、なぜかアズナの耳には、男が自分自身へと言い聞かせているように聞こえた。
――イビアスにも、なにかあるんだろうか?
ふとそんな考えが頭をよぎった。一見
少年は頭を切り替える。これから自分がなすべき事へと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。