眠れる水の守り 2
先を歩くアズナたちの靴跡が、緑色の
人の手が入らないまま長く放置されつづけた森の中は、うっとうしいほど濃い緑のけはいに満ちている。突き出した葉枝とすべりやすい足もとのためにうっかりすると見うしないそうになる彼らの姿を求め、タキアは首を伸ばした。
――実のところは半信半疑だったけど、存外使える坊やじゃないか。
木の根元あたりと
古い
「ううん、けっこうきついね」
すぐ前を歩いているハドリがこぼした。見た目にすぐわからないほどにゆるやかとはいえ、ずっとつづく坂道なのだ。ただ歩くにしても足腰に相応の負担がかかる。特に彼は普段激しい運動をすることもない上、身についた肉が
「だいじょうぶかい、ハドリ? おぶってってやろうか?」
「さすがに男として遠慮するよ、奥さん」
息を切らせながらハドリがこたえる。
「アハ。でも
足をすべらせた夫の背中を、女武官は軽々とささえた。
「イビアスはもともとの
「ありがとう。そう言えば前に言ってたね、
「ああ。でも、今ならわかるかな、ああいう人たちだからこそのいろいろがあるんだろうってさ。しかし、あの
「それにしては地図の字が読めてたのがふしぎじゃないかな」
ハドリの指摘にタキアは、たしかにね、とうなずく。
「イビアスは、あの
「あとで尋ねてみるといいと思うよ。隠す理由が無ければこたえてくれる、よね? たぶん」
「ああ。気が向かなくちゃ教えてくれないのも、イビアスなんだけどさ」
最初の異変は足もとのちいさないきものたちだった。厚く落ち葉が
――なんだ? なにを逃げまどってる?
アズナは立ち止まり、あたりを見まわす。すぐあとにつづいていたイビアスも同じく立ち止まり、「どうした?」と声をかけた。
「いや、虫が……」
「虫がどうかしたの?」
タキアとともに追いついた機械技術士が、ふしぎそうに尋ねる。
「なにかくる……」
「なにか来るね」
同時につぶやいたのは、ロゼニアと女武官だ。次いで気づいた
カサ、と朽ち葉を踏む音がした。
カサ、コソ、と。ひそやかな音を立て、朽ち葉の上、逃げる虫たちを踏みつぶして、いくつものけはいが四方から近づいてくる。
低く地をはうそれらの姿を見て、ヒ、と
それらは形だけを見れば、腹ばいになって手足を広げ
ス、とイビアスがふところに手を入れ、魔
「ちがう、イビアス」
ロゼニアが伝えたのと、怪物たちが粉を踏み越えたのは同時である。なにも起こらない。なにも反応しない。つまりは――魔では、ない?
「あれはクスビにちかいけはいがする。とてもイヤな、イヤな――アイテ」
アズナ以外の者たちにはその意味がわかるのか、
舌打ちした
「
「あ、ああ」と、とまどいをおさえてアズナ。
男が
「合図したらハドリを連れて走れ。
「
ロゼニアが表情を引きしめ、次いで、
「タキア、悪いが
「あいよ、まかせな!」
やや険しい
直後。
濃緑の怪物たちが、いっせいに
――来る!
「走れ!」
つづいて、追いすがる怪物どもをたたき伏せ切り捨てながら、しんがりを担うイビアスとタキア。飛び散る濃緑の体液で、森が不自然な緑に染まってゆく。
*
森の奥、古い
ちぢれた黒い髪の少女は地に両手をつき、遠くを
「さあ、正体をあらわしなさい、隠されたもの」
唇を舌でしめし、少女は低い声でつぶやいた。
黒い丸石のつぶを周囲にめぐらせひざまずく少女の足もと、青とも緑ともつかないあわい色の光が
「あなたのために、たくさんのはい
呼応するように、光のざわめきが強まる。クク、と幼い
「抵抗するのね、からまるものたち、その使い手。でも
少女はつぶやくことをやめ、さらに深く集中しはじめた。
*
「ぶ、
全力
「もうちょっと、
「しゃべると、よけい、きつくなり、ますよ?」
聞こえている呼吸の音は、ふいごのような激しさだ。
「わかってる、けど、っ……気をっ、まぎらわし、っ、たい、んだ!」
切れ切れに返ってくる言葉へ、
「っ、しりとりでもっ、しますかっ?」
息切れしながらせいいっぱいの軽口をたたく。肺が悲鳴をあげようとも、口を
あの怪物たちはなんなのか。なぜ自分たちが襲われるのか。ロゼニアが言う、「クスビに近い」という意味は。イビアスの「
わかりにくく隠れた木の根にいく度もころびかけすべりながら、ふるえる足を
「
護りを抜けた影が一体、頭上を飛んで着地した。
迫る牙。追いつくロゼニア。怪物の胴をかぎ爪が勢いよく突き通す。噴き出た緑が降りそそぎ、あたりの朽ち葉をまだらに変える。鼻につく
「ケガは無い?」
尋ねるクスビに「平気」とかえす。アズナはすばやく立ち上がった。すり傷程度は傷には入らない。走れるのなら
巻き込まれた技術士のほうは、少年のようにはいかなかった。立ち上がりかけてくずれ落ち、足を押さえてうめきをあげる。
「やった……」
どうやらひねってしまったらしく、みるみる足首が
「お、男としてご
「いまは聞かない!」
抗議を
離れたうしろで応戦する音。いまだ怪物のけはいは絶えない。ロゼニアがほふったものもかなりの数にのぼったが。あれだけの群れを相手取るイビアスたちはだいじょうぶかと、アズナはそれが気にかかる。
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