緋色の帯の少年 3
しつこくゆすられて目を覚ますと、目の前には緊迫したようすのロゼニアの顔があった。なに、とアズナが尋ねれば、静かにと合図が返ってくる。それから、押し殺した声で、
「死にたくなければさっさとおきて、はやく!」と
「いったいなにが――」
起こったのだ、と終わりまで口にしきれなかった。
すさまじい音を立てて木々の枝をへし折りながら、小山なみのいきものが闇の底からあらわれる。黒い剛毛、三日月形の白い胸もと。熊に似た姿のいきものには、しかし三対もの赤い目を持つ頭が三つ付いている。
「
叫ぶロゼニアの声。
鼓膜をふるわす魔の
紫電がこまかい
手のひらから引き出されたのは、三本の
命中。遅れて血が噴きあがる。超硬度の圧縮空気に、
剥き出した歯をガチガチと鳴らし、間合いをつめるいびつないきもの。怒りに狂うかぎ爪が、
「
走り出すあかがねの髪の娘。地におりた男のそばを
かぎ爪を持つ腕が二対、両脇
金属板がこすれるような鼓膜に刺さる音を
「ゴメン、イビアス、ひとつこわれてしまった」
いったいどんな作用だろうか、くだけた
「気にするな、また作ってやる」
人にあらざるあかがねの髪の娘はうれしそうにうなずいて、「アズナはへいき?」と少年を見た。
「くッ、来るなバケモノッ」
顔を引きつらせ、悲鳴のようにアズナは叫んでいた。さきほどの戦いがあまりに衝撃過ぎたのか、
「バカ者め」
舌打ちしたイビアスが、大またに近づいてくる。えりもとをつかみ上げられ、音高く
「ロゼニアは、〈クスビ〉だ」
「ク、クスビ……? 魔じゃないのか?」
ひりつく
無言でふたたび手があげられる。アズナはとっさに両腕で頭をかばった。
「しかたがないだろっ、ほんとに知らないんだから! ぶつ前に教えろよ!」
つかみ上げていた手が
「
アズナたちの生きるこの地、オルメイス正教を奉じる
《世界がまだ水や油のように形無くただよっていたころ、水の上におりてきた
《
『
〈クシの民〉や〈クスビ〉は、
「俺は
さくさくと草を踏む軽い足音を立てて近寄ってきた娘がイビアスのかたわらに立ち、少年を見下ろす。
「魔は塩基配列のこわれたいきもの。クスビは、はしら神の創造ぶつ。きよいいきもの。いっしょにするのは、とてもしつれい、しつれい――なコト」
クスビの言語だろうか、わからぬ言葉を一部まじえながら少年の考え違いを正した。
「……知らなかったんだよ」
きまり悪くつぶやき、アズナは汚れた尻をはたきながら立ち上がる。
「けど、バケモノなんて言って悪かった。ごめん」
一歩
「アズナは、とてもいい子」
人にあらざる娘がにこりと笑みくずれ、自分よりもわずかに高い位置にある少年の頭をなでる。しばらくはされるにまかせていたアズナだったが、いつまでたっても止まらない手に、さすがに閉口して逃げ出した。
少年がロゼニアの手から逃げまわっているうちに、イビアスが杖先で浅い穴を掘り、
消えかけていた火が
「あの、さ……、あんたたちってすごい力を持ってるみたいだけど、さっきの魔みたいに……ええと、たとえば、マガツヒも
自然と視線に熱がこもる。ふむ、とイビアスが考えるそぶりを見せた。
「
「そういうわけじゃ……」
思わず引いてしまった少年を、
「ただの興味か。たしかに
アズナはヒュッと息を
――銀三十つぶ!
村一つを丸一年養えるほどの額だなんて。
「そんな大金無理だ!」
語るに落ちてしまった。
「ろくに話しもせずに
追討ちをかけた男が、にんまりと人の悪い笑みを口もとに浮かべる。ひっかけだったとようやく気づいてうろたえる少年に、アズナ、とかたわらで聞いていたロゼニアが声をかけた。
「かくしたまま、たのむの、よくないコト。ききたいコトやたのみたいコトがあるなら、ちゃんと話せばいい。そうすれば、ワタシたちをうごかせる」
少年は唇を噛む。マガツヒとそれにともなうもろもろを人に話すには、ある危険を村に呼び寄せる覚悟がいるのだ。しくじれば最悪の場合故郷はうしなわれ、多くの者の身があやうくなる。村に残る親友の未来を考えても、慎重にならなければ。
だが。
――わかってる。どのみち
迷っているだけでは、どうにもならないのだ。アズナはきつく目を閉じて、ふたたび開くと、マガツヒのことを二人に話した。
「なるほど。そこまで強いとなると、どうだろうな……。ロゼニア?」
尋ねられた
「ムリ。ワタシたちではぎゃくにくわれかねない」
では二人よりももっと強い者ならどうなのかといえば、相性とでもいうものがあって、どれほど強くても
「オオマガツヒにたいこうできるのは、日のはしらのちからだけ」
一瞬
「だいじょうぶ、ケルスタニアへいけば、日のはしらめがみとそのけんぞくがいる。アズナがいくなら、ワタシたちもいっしょにいって、めがみにたのんであげる」
肩を落とすアズナに、ロゼニアからはげましの言葉がかけられる。イビアスからも、頼まれれば同道する、と微妙にひねくれた
そうだ、と少年は思い直す。まだマガツヒを
「ありがとう」
アズナは言った。
「オレ、行くよ、
イビアス、ロゼニア、と、この先同行者となる二人に向き直り、深々と頭を下げる。
「
二つの手がこたえて差し出される。
アズナはしっかりと両手でそれらを握りしめた。
こうして彼はあらためて誓いなおした。遠くにある友を思い浮かべて。
かならず
――それが、
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