第7話 不吉は何処へ行った

 階段を降りるにしたがって腐敗臭がきつくなる。

「ネズミどころじゃないと思う、山から何か降りてきて潜り込んだのかも、そこのかごの中」


 井上君が驚いたように、

「どうして(分かる?)」

「美味しいにおいがどこから出てるか分かるでしょ、同じ事」

(声が聞こえることは黙っている方が賢明)


「寒かったのかな、そのボロ布の中で飢えて死んでる、冬に餌を探してどこか隙間から入ってきたんじゃない」

「良く分かるなあ」

「ユーマだからね、アンテナ張り巡らせて情報キャッチ」

「超音波使えるとか」

「どうかな夜目が利くから特に必要でもないけど」

「猫の目か、でも猫は赤く光らんぞ」

「そうだよね、黄色っぽいよね、赤く光る目って何?」

「鬼」

「ユーマは?」

「目の前にいるのしか見たことがない、目は光ってないぞ」

「そう?明るいからじゃない」


 先に降りていた姫ちゃんが、

「光ってはないけど文章にすると『獲物を狙って目をギラギラと光らせていた』って目になってる」

「おお、バレてましたか、どうしたものかね」

「あの子はどうなの?」

 親指と人差し指で丸を作って眼鏡のように顔に当てて言う。


「秋山君?いい子ではある、でもなあ頼りたくなるのは年上なの、中学を出るとすぐ結婚て事になるかも」

「はあ、良い人いるって事か」

「かぐや姫よ、月かどこか知らないけど十六になったら迎えが来るんだって、小さい頃から言われていた、伊佐宵いさよは仮の名前で十六夜じゅうろくや十六夜いざよいがほんとの名前なんだって」

「誰が言ったんだ?」

「お母さん、かなり変わりものよ」


 井上君こめかみを押さえて、

「んーコメントに困るな」

「いいよ、成るようになる、私はヒカルと一緒に高校へ行きたいの、迎えが来られても困る」

「じゃあ気にする事ないだろ」

「そうなんだけど月が恋しいのも事実」

 ここからは見えないが今日は日中に月が出ていてそっちを向いて言う、目を瞑っていても何故か月の位置が分かる私。


「なるほどな、なかなか興味深い」

「でしょ、ユーマは捕まえておかないと消えちゃうよ」

「おっと、これはヤバいな」

「保護者公認だから遠慮しなくてもいいのよ」

「いや先輩それは別、先輩一筋二十年」

「だからキモイって」


 階段を下りて先に降りていた姫ちゃんと後から降りてくる井上君に、

「原因分かったから先に外に出ててもいいよ、取り出したらもっと臭うと思う」

「大丈夫?それなら先に上がらせてもらうけど、井上はフォローするように」

 そう言って原先生はさっさと先に上がっていく。


「仕方ねえな、掘り出すか」

「一人で大丈夫、その代わりお願い聞いて」

「お願い?こえーな付き合えなんて言うなよ」

「それはもう少し様子を見てから、ともかく仲良くしてそれだけ」

「特定の子と仲良くできないって分かってるだろ」


 私は籠の中の布をごっそり動かして、

「分かってます、井上君クラブはここだけ?」

「陸上もな」

「えっ陸上の見学に行ったとき居なかったけどヒカル、日輪さんに頼まれて体験入部したんだけど」

「ほとんど名前だけの顧問、ほっといても勝手にやってる」

「そういう事か、先に上がっててこれ取り出したら相当臭いよ」

「いいのか、一人で持てるのか」

「そんなに大きくない子犬程度だから、あっちょっとだけ待って」


 このぼろ布はカーテンなので余分な長い部分が邪魔になるかもしれない。

数枚上に被ったまま塊の下に両手を入れて持ち上げるとずらずらと長いカーテンがつながって出てきた。


「井上君鋏がないかな」

「鋏か、上見てくるから待ってろ」


 姫ちゃんは外に出ず上で待ってた様で、上にあがった井上君に、

「これで良かったら使って」

「んーカーテンを切りたいんで大きな鋏が無ければ借ります」


 引き出しのような物をゴソゴソする音がして、

「こっちの方がちょっとはましなのでこっち使います、先輩は外で待っててください」

「ハイハイ、普通なら女生徒とこんな所で二人きりにさせられないけど井上の方が狙われてるからお任せするわ」

「そうですね居てもらった方が助かります」

「面白そうだから外で待ってる」

「ひでえ」


 待ってるのも退屈なので、

「まだまだ夫婦めおと漫才になってないね」

 と下から茶々を入れてみる。


「ほらほら恋人が呼んでいるわ」

そういいながら外へ出る音がした。


「たいした鋏じゃないから切れるかな」


そう言って長く垂れた部分を少しづつ紙を切る普通の鋏で切り始める。

「ごめんね、臭うでしょ」

「謝るのはこっちだ、あれそもそもここに何の用が有ったんだ」

「聞いてなかった? 和太鼓の置き場所を探してるの、ステージの下に入らないかと思って」

「ああそういやちらっと聞いてた和太鼓か、大きのか」


 片方が切り離せたので反対側に移りながら。


「直径1メートル高さ1メートル程らしいけど」

「一メートルかそんなに大きくないんだな」

「どうなんだろ、ちゃんと見た事もないから」

「経験なしか」

「ある方が珍しいと思うけど」

「いやご指名なんだろ先輩の」

「うん何故なんだろ体格かな」

「確かに立派な体格だな、三年男子でも負けてるやつの方が多いな」

「そう言われてもちっとも嬉しくないけど、俺には丁度いいくらい言ってよ」

「ま、まあな、いや中学女子には言えん」

「ありがと、それで十分」


 座布団くらいに切り抜けた。

「(カットは)これでいいよ上がろう」

「どうするんだそれ」


 階段を上がりながら、

「裏山に埋めてあげる、儀式をしてあげなくちゃ」

「儀式?」

「うんしてあげないと、『寒いよう』とか『おなかすいた』とか聞こえるかも」

(私には聞こえていた)

「おいおい動物の幽霊が出るって言うのか」

「出ないと思うけど聞こえる人には聞こえる」

「つまり聞こえてたって事か」

「まあね」

「軽いなあ」

「よくある事よ、何億できかないよ死んでいった者たち」

「そりゃまあな、でも普通化けて出ないだろ」

「ふつうはね出てこない、でも痕跡だけは残すものが居るの」


「何者なんだ」

 こっそりつぶやく声が聞こえた。

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