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そして二人は外に出た。
エンデとしては買い物を先に済ませたかったものの、スティアはそうでなかったらしく、村を回ることになった。
柵を左手にするように、二人はゆったりと歩き始めた。所々で村人は膝を付いており、小さく口を動かしていた。
「祈りと懺悔の違いって何なの、エンデ」
「簡単ですよ、スティア。誰かのためか自分のためか、です」
「ふうん。どっちがどっち?」
「祈りが誰かのためにするもの、懺悔が自分のためにするものです」
「博識ね」
「どうも」
やがて二人は、また縦に長い寸胴の建物の前に着く。
そこには昨日と同じような光景が繰り返されている。
「背信の子め!」
「裁かれてしまえ!」
「さっさと消えろ!」
ノアはその場に蹲り、暴力に耐えていた。
この光景を目にした二人の表情には、はっきりとした違いは見られない。しかしその胸中には、色は違えど激しい怒りが渦巻いている。
瞬間、めきりと大地が鳴いた。
「不愉快ね、失せなさい」
静かな声であったが、それは威圧的で刺々しい。ノアを囲んでいた者たちは何か言う前に去ってしまうほどに、恐怖心を煽る響きであった。
その去って行く者たちの背中を、スティアは大きく目を見開いて眺めていた。見る人によっては、それだけで人を殺せてしまうのではないかと考えてしまうだろう。
「スティア」
エンデも怒りは抱えているものの、冷静を装いつつ彼女に笑顔を向ける。
「エンデ。私、決めたわ」
「……その話は後で。それよりも彼は良いのですか?」
「……そうね」
スティアは大きく息を吸い込んでから、ノアの傍らに座り込む。
「大丈夫かしら?」
女性らしい柔らかい色の声に、ノアは顔を上げた。
昨日よりも痣が多く、彼の美しい紅い瞳の片方は瞼が腫れて見えなくなっている。それがよりスティアの怒りを増長させたが、それを表情に出すことはなかった。
「お姉……ちゃん?」
「ひどいことするわね。あなたの綺麗な目が片方見えないわ」
スティアは懐からハンカチを取り出し、それを自らの水の祝福で濡らしてから、彼の左目に当てる。
「あれ……お姉ちゃん、治癒……じゃ、ないの?」
「秘密よ?」
言って、スティアはノアの頭を優しく撫でて自分の胸に抱き寄せる。
「辛かったわね」
「……」
肯定も否定もノアはしない。涙は流すが嗚咽は漏らさず、されど恨み言も口にせず、ただ彼女の胸にその顔を埋めている。
何とも幼気な姿だろうか。
そしてそのような姿に、スティアは更に怒りを滾らせた。
「さぁノア、もう一度顔を見せて? 治してあげる」
「うん」
彼の顔にスティアは右手を触れると、前と同じ優しい光が漏れ、傷を癒した。
「これで元通り。大丈夫?」
「うん……」
ノアはまたスティアの胸に顔を埋めた。
「おうちに帰りましょ、送ってあげる」
「うん」
スティアは彼女を抱きかかえて立ち上がる。その時にちらとエンデの顔を見る。買い物の予定は後回しね、という意味を察したエンデは首肯した。
ノアを抱えながら歩くスティアは相当に目立ち、多くの者たちから奇異の目線を向けられた。だが、勿論彼女らはそんなことを気にしない。
ノアから何度か場所を聴きつつ、やがて三人はノアの家に辿り着く。
スティアはノアを抱えているので、エンデが代わりにドアを叩く。
少ししてからそのドアが開いた。
「はい……」
ノアと顔立ちは似ているが、やつれていた。スティアはノアを下ろして頭を撫でる。
「ノア、着いたわよ」
すぐに母に駆け寄るかと思ったが、ノアは俯いてそこに立っているだけだ。
「……ノア、家に入ってなさい」
「……はい」
母からの冷たい声。事情など知っているはずなのに、母は彼を心配するような素振りも見せない。
ノアの背中が見えなくなると、スティアは母と同じくらいの冷たい声で問いかけた。
「あんたの息子、あの縦長の寸胴建物の前でいじめられてたわよ」
「そう、ですか」
もう扉を閉めようとするが、その隙間にエンデは足を挟めて防いだ。
「ところで懺悔はお済みですか、マダム?」
「えぇ、もう済んでます」
「それなら良かった」
言ってから、エンデは足を引く。
震えるように大きく息を吸い込んだ母は、「何も知らないくせに」などと呟いて、今度こそドアを閉めた。
「……知らないだけで、わかるものなんですけどねぇ」
苦笑しながらエンデはスティアの肩に手を置いた。
「行きますよ、スティア。買い物は今の内に済ませたいので」
「えぇ、そうね」
二人は当初の予定通りに買い物を済ませると、長の家に寄ることはなくそのまま廃屋に戻った。
不機嫌な顔のままスティアは軋むソファへと横になり、
「お茶、温かいやつ」
と言った。
そんな彼女の横暴な態度に、エンデは何も言わずに黙ってお茶を淹れた。まずスティアのカップを渡してから、軋む椅子を彼女の近くに持って来た。そして自分のカップを手に持って、椅子に座った。
「スティア」
「何よ」
ずずず、と音を立ててスティアはお茶を飲む。
「やり方は任せます。ただ、やるなら鐘が鳴ってからです。一応確認しますが……本当にいいのですね?」
「どうでも良いわ、あんな奴らと母親を見たし。ここに裁きの預言書があったとしても、そこに書いているのはきっと、滅ぼすべき、でしょうよ」
「わかりました。では派手に行きましょう、それが私の要望です」
「そうね。ノアの悲哀を吹き飛ばす程の、派手で素晴らしい未来にするわ」
そして二人は懺悔をすることもなく、眠りについた。
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