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 やがて辿り着いた街……いや、村はスティアが望んでいるようなものではなかった。そこはエンデが言ったような長閑で、酪農が盛んそうな、とてもとても静かな村であった。


「ちっさい村ねぇ……」


 スティアはそう零し、村を見渡した。


「小さくはないのですが、牧場の中に村がある……そんな感じの村ですかね」


 エンデのその言葉は的確だった。大きな牧場の柵の中に人間の居住区がまた柵で囲われている。人間の居住区の規模は牧場よりも明らかに小さく、それだけで人間よりも動物の方が多いのではと思えるほどだ。


「あ、なんか集まってるわよ」


 スティアが指差した先には、彼女が言うように人だかりができていた。場所は、縦に長い寸胴のような建物の前だ。


「行ってみましょ、エンデ」

「えぇ。どちらにせよ泊まる場所について聞かないといけませんし」


 二人はその人だかりに向かう。

 人だかりは、寸胴のような建物の入口を半円上に囲むように広がっていた。その中心には、みすぼらしい少年がいる。


「背信の子め!」


 誰かが少年にそう言った。

 続いて。


「悪魔の子!」

「エリストエルム様への侮辱だ!」

「罪人め!」


 少年には言葉だけでなく、石も投げられた。

 そんな光景を見たスティアは、一人の男性を捕まえて「何があったの?」と問いかける。


「あ、あんたは?」

「私のことより子供を虐げる理由を教えなさいよ。あんたら、エリストエルム……様のお言葉に反するっての?」


 エリストエルム曰く。


――若き命は尊ぶべし。


 さて、今の状況は尊ぶと言える状況か? 勿論、否である。


「こ、こいつはエリストエルム様から与えられた力を使って、我々を陥れようとしているようとしてるんだ!」

「それが若き命を虐げる理由になるっての!?」


 乱暴に男を突き放すと、スティアが手を振り、周囲の者を追い払おうとするが、それでも村人は退こうとはしない。


「スティア、貴女も学びませんね。こういった人々と対話する方法はたった一つだけですよ」


 スティアの言葉を聞き入れない彼らを見て、エンデは右腕を高々と掲げた。


「エンデ、ちょっと待ちなさ……」

「これが一番手っ取り早いでしょう?」


 ぱちりと指を鳴らすと、雷が周囲に落ちた。


「雷はいにしえより神の裁きです。その祝福を授かりし私に逆らいますか?」


 額に手をやるスティア。そして落ちた雷に腰を抜かした村人たち。場は一瞬静寂に支配されるが。


「失せろ、次は当てるぞ」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 わらわらと蜘蛛の子を散らすように村人が去って行く。それを見たエンデは得意気

に微笑み、スティアに胸を張った。


「どうですか。これが平和的解決というものです」


 むふー、と鼻息荒く、エンデは褒めろとでも言いたげだが、そんな彼を無視してスティアは少年に歩み寄る。


「酷い目にあったわね。大丈夫?」

「あ……」


 少年の顔には新しくできたばかりの痣ばかりでなく、前からあるようなものも所々に見られた。


「お、お姉ちゃんたちは……?」


 少年は紅い瞳をスティアに向ける。


「動かないで」


 スティアはしゃがんで少年の傷に手を当てる。するとスティアの手から優しい光が漏れ、少しずつ少年の傷を癒していった。


「治す……祝福?」

「そ。治癒の祝福。他に痛い所はない?」

「う……ん。ありが、とう」


 少年の紅い瞳に、スティア自身が映し出される。


「どういたしまして、素敵な瞳の坊や。ルビーみたいで、本当に素敵ね」


 そんなスティアの言葉に少年はさっと目を伏せ、顔を背けた。


……この子のはですね。珍しい」


 いつの間にかエンデはスティアの横に立ち、少年を見下していた。その視線にはスティアと違い、優しさは見られない。まるで汚物を見るような嫌悪、それと軽蔑が感じられる。


「何それ?」


 スティアは少年の頭を一度撫でると立ち上がり、エンデに問いかけた。


「未来視の祝福の派生です。未来視の中でも、その者にとって望まない未来のみを夢として見させるのです。あらゆる未来を自身の意思で見ることのできる未来視の祝福では、瞳は虹色に輝きます。それ以外……悲哀の未来視は彼のように紅く、歓喜の未来視は蒼く、運命の未来視は黄金に。これぐらい覚えておいてください、スティア」

「祝福なんて沢山あるんだから覚えなくてもいいでしょ、無駄よ無駄」

「貴女がそれを言いますか……」


 ため息をついたエンデは、自分の黒いトランクの上に座った。


「ねぇ坊や。ここの長の所に案内してくれない? 私達旅人なのよ」


 少年は頷き、多少悩んだような仕草を見せたものの、スティアの手を取った。


「(あら大胆)」


 どうやらこのまま案内してくれることを悟ったスティアは優しい微笑みを浮かべると、トランクに座っているエンデの肩を叩く。


「行くわよ、エンデ」

「えぇ」


 そうしてスティアとエンデは少年に連れられ、この村の長の家へと案内された。長の家とは言え、他の家と変わらず大きくもなく、威厳のようなものは見受けられなかった。

 少年はドアを何度かノックすると。


「ノアです」


 言って、スティアの顔を一度見ると去って行った。

 少ししてドアが開くと、真っ白で立派な白い髭を貯えた老人が現れた。どこからどう見てもこの村の長であると思われる容姿に、スティアとエンデは内心ほくそ笑む。しかし、そんな二人とは打って変わって長は大層驚いたように目を大きく開く。


「どちら様……ですかな?」

「おや、貴方はですか。ここの村は安泰ですね」


 長の問いに答えず、エンデがそう言った。

 長の瞳は、先程エンデが説明した未来視の内、運命の未来視で……瞳が黄金に輝いていた。


「とりあえず、中へ」


 長はエンデの言葉により緊張を強めたものの、それよりもと彼らを中へと案内する。

 スティアとエンデは互いに顔を見やるが、何も言わずに彼に従い、応接室らしき場所のソファへと座った。


「私はここで長を務めております、ラムルです」

「ご挨拶どーも、私はスティアよ」

「私はエンデ、スティアと二人でずっと旅をしております。旅の目的は探し物です」


 挨拶だけのスティアに比べ、エンデは自己紹介だけでなく旅の目的まで話す。スティアは「ふん」とつまらなそうに悪態をついたが、その意図が長に伝わったかはわからない。


「探し物、ですか……どのようなものですか?」


 身を乗り出して答えたのはスティアだった。


「エリストエルムの〝裁きの預言書〟よ!!」

「さ、裁き、の……?」

「そうよ! あの唯一神エリストエルムが人類を生かすか滅ぼすかの決定を記した預言書! 最高じゃない!? 何も知らずに暮らす人間の未来は決定しているのよ! それを私達は知りたいの! 誰よりも先に! 滅びだとしてもその前に!」


 瞳をらんらんと輝かせるその様に長は茫然とする。


「失礼、ラムル様。つまりですね、私達は旅人である前に歴史家なのですよ。過去に人類を生かすと決めたにも関わらず、何故その予言書に生かすか滅ぼすかを記したのか。裁きの預言書には、理由が記されているとのことですしね」


 エンデが彼女の言葉に付け足し、「ちっ」とスティアは舌打ちしてまた座る。


「そ、そうですか……ここにはそういった書物はございませんね。残念ながら」


 見るからに落胆するスティア、平然を崩さないエンデの対照的な様子に、ラムルは小さく嘆息する。


「あぁスティアの無礼はどうかお許しください、ラムル様。書物がないに致しましても、我々は歴史家です。未来視の祝福を二つも授かるこの村には興味が尽きません。是非三日後の……〝始まりの空〟までいさせていただけませんか」


 この世界は、一週の始まりを告げる〝始まりの空〟。労働に勤しむための〝労働の空〟、体を休むための〝中休みの空〟、週の終わりを迎える前に自然を慈しむ〝自然の空〟、エリストエルムへ祈りを捧げる〝祈りの空〟、裁きへ向き合うための〝懺悔の空〟、そしてエリストエルムから裁きが下る〝裁きの空〟……七日で一週が巡るように出来ている。

 つまり、今日は祈りの空、と呼ばれる日である。


「始まりの空まで……ですか……」

「何か気になることでも?」


 ラムルは逡巡した上で答えた。


「裁きの空が、巡りますので……」


 ふん、とその答えにスティアは鼻で笑う。


「まぁこの村は問題ないでしょう? ですものね」


 言ってのけてスティアは足を組んだ。

 さてどう答えます? 大人として。

 挑戦的な態度を取りつつ、スティアはしっかりと相手の様子を観察する。


「あなた達には理解できませんでしょうが、我々は質素に、エリストエルム様の教えに従い暮らしてきたつもりなんですよ」

「ははっ!」


 それに笑ったのはエンデだった。


「いやはや失礼、続きをどうぞ」


 出会って間もない旅人二人に皮肉を口にされ、それでもラムルは言を繋ぐ。


「私の祝福では、旅人が訪れることのみ夢として映されました。けれど悲哀ではその旅人がこの村を滅ぼすとあの子は……ノアは語っておりますので」

「くっだらない。私達がそんなこと出来るわけないじゃない。それこそ私達が裁かれてしまうわ」


 スティアはわざとらしく肩を竦める。


「えぇ……ですが、もしものこともあります。それに、その……貴方様は、非常にその、攻撃的な祝福を授かっておりますので……」


 ラムルが視線を向けたのはエンデだ。

 先程の行為は既にこの長の知るところになっているのだろう。


「ふむ、耳が早いですね、ラムル様も」

「ここから見えますので」


 ラムルは目線を窓に向けた。


「とはいえご安心を。私の祝福は人には危害がありません」

「そのようなこと……」


 エンデの言葉を信じきれない様子でラムルは言う。そのためエンデは首を振りつつ、「ならば実証しましょうか」と右の人差し指をスティアに向けた。


「この通り」


 ばちり、と火花が散って雷がスティアに走る……が、それは有り得ない軌道を描いてスティアを避けた。


「ご覧の通り、何故か人に当たる前に避けるのですよ。先のような脅し、もしくは火起こし程度しか使い道のない祝福です」


 雷を向けられたスティアは至極つまらなそうに、それを見せられたラムルは胸を撫で下ろす。


「それに裁きが下るのは〝裁きの空〟でも一日の終わりでしょう? ご不安なら空が代わるその前に私達はここを去ります。それならご安心では?」


 続けて放たれたエンデの言葉により安堵したのか、ラムルは近くの空き家を二人に教えた。

 しかし教えられた空き家は、廃墟と言っても過言ではない荒れようだった。辛うじて水道と下水は整えられていたが、それでも錆水が出終わるまで数分はかかったし、窓際のソファは日に焼けて軋み皮はひび割れ、ベッドにはマットもなかった。


「とっても良い場所ね、エンデ」

「そうですね、スティア。ここまで歓待されてしまうと、どうも照れますね」


 互いに皮肉を言い合うと、スティアは軋むソファに寝転がった。エンデは近くの木製の椅子と丸いテーブルをソファの近くに持ってきた。


「お茶でも淹れましょうか、お嬢様。まさか長の家で茶が出ないとは思っていなかったので」

「お願い」


 エンデは自分のトランクからヤカンを取り出して水を入れた。そして竈に薪を入れはせず、〝炎〟を直接くべ、ヤカンを置いた。


「器用ねーエンデは」


 指先に小さな炎を灯したエンデは、ふっ、とそれに息を吹きかけ消した。

 やがて湯が沸くと彼は二人分の茶を淹れ、テーブルに置いた。


「あら、良い茶葉を使ったの?」


 体を起こしたスティアは、その香りにうっとりとした笑みを浮かべる。


「こういう歓待を受けた時は、良い茶葉に限ります」

「それもそうね」


 二人はしばらく黙って安らぎを愉しむが、その安らぎを破ったのはやはりスティアだった。


「教えて欲しいことがあるわ、エンデ」

「どうぞ、スティア」

「未来視の……なんだっけ、あの長の人……名前忘れちゃったけど、その人の未来視の祝福について教えてよ。あのルビーの瞳の子だけでしょ、詳しく教えてくれたの」

「構いませんよ」


 エンデは懐から煙草を取り出すと、指先で〝火〟を点ける。


「未来視の祝福には四種あることは先程説明した通りです。しかし、実際に未来視と言えるのは、瞳が虹色に輝く未来視の祝福のみです。残り三種、悲哀、歓喜、運命……これらはあくまでも未来視の劣化版ですね」


 ふう、とエンデは煙を吐いた。


「ふん。エリストエルムもなんでそんなことしたのかしらね、虹色だけで十分じゃない」


 エンデは肩を竦め。


「さぁ? 偉大なる唯一神も困っていたのでしょう。文明の代わりにこのような特殊能力を授けるのです、数が少なくては恰好がつかない。だから劣化とわかっていても数を多くしたかったのでしょう」


 くく、とスティアは楽しそうに嗤った。


「悲哀、歓喜、運命はそれぞれ未来を夢に見る祝福です。悲哀の説明は省きますよ。歓喜は悲哀と対になっており、その者にとって喜ばしい未来のみを夢として見させるのです。そして運命、あの長のラムルという老獪が授かった祝福。これは、その者にとって運命の岐路となる出来事を夢として見させます」

「ふうん」


 スティアはエンデに手を差し出した。それを見て彼は自分の煙草とマッチを彼女に渡す。彼女は煙草を一本取り出し口に咥えると、マッチを擦って火を点けた。


「それにしても便利な祝福よね。未来のことがわかるんだもの」

「残念ながら、貴女が思うほど便利なものではありません」

「どういうことよ?」

「未来視の……あぁ、未来視の祝福は他と区別するため虹の未来視と言いましょうか。虹の未来視は全てを見れます、それは文字通り全てです。ですが、

「あら、そうなの」


 エンデは煙草を床に落とすと、靴で踏みつける。


「悲哀、歓喜、運命は、あくまでも一つです。無限に枝分かれした未来の内、これらの未来視が見せるのはたった一つのみなのです」

「それで?」

「つまりこれら三種の未来視で見たものは、変えられるのですよ。だから正直当てにならない。その運命を辿らないようにすればいいだけですからね」

「何それ、つまんな」


 細く煙を吐き出したスティアは、再びソファに寝転がった。


「ですが、未来視の祝福というものは、派生を含めそもそもが希少です。今までも出会わなかったでしょう?」

「……そう言えばそうね」

「この村は調べる価値があると思いますね。希少な未来視が二つもありますし、もしかしたら虹も、歓喜もあるかもしれません」

「調べるのには賛成。でも未来視のことじゃあないわ、預言書についてよ。〝裁きの預言書〟は無いって言われたけど、そのままのタイトルで置いてあるなんて私は信じられないもの」


 言いながら、スティアもエンデと同じく煙草を床に捨てた。しかし、彼と違ったのは指先から水を出してその火を消したことだ。


「食事はどうしましょうか?」

「あんたのせいで印象悪いもんね、私達。あんたがどうにかしてよ」

「わかりました、長に私が聞いてきますよ。ほとんど役に立たない貨幣もありますし、それで駄目なら何か渡して温情を頂戴できるよう致します」

「よろしくね」

「スティアはどうされますか?」

「私は少し休んだら散歩するわ」

「そうですか」


 そうして二人はまた黙る。しかしそれはとても落ち着いた、安らかな沈黙だった。

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