例えば誰かの正義と悪と
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それは有体に言えばどこにでもありそうな、決して深くない森だった。
そんな森をある男女が抜けたところだった。
女性はウェストが細く締まったブラウンのロングコートを羽織り、その下には白のブラウス、くすんだ赤色のロングスカート。顔立ちは整っているが、どこか幼さが残り可愛らしさがある。髪は腰まで届く長い黒髪で、緩く三つ編みをして纏めていた。
男性は女性よりも厚い黒のロングコート、黒の襟付きのシャツ、黒いズボンと、黒一色の容姿。髪は銀というよりは灰色で、所々がカールしたくせっ毛。精悍な顔つきをしており、髪色のせいか隣の女性よりは歳を重ねているように見えた。
「酷い森だったわ」
「酷かったですね、本当に」
二人はやれやれといった態度を取りながら、衣服に付いた汚れを叩き落とす。
「早くシャワーを浴びたいわね。次までどれぐらいかしら?」
「地図を見る限り、おそらく一時間もかからないはずです。ここからでも遠目には見え……ないですね」
男性はそう口にして、目を細めて遠くを見たものの、目的のものは見つけられなかった。
「とにかく道案内は任せるわ。私、そういうの苦手なのよ」
「重々承知しておりますよ。とにかく、あそこで休憩しましょう。さすがに私も疲れました」
男性が指差したのは、すぐそこにある廃屋だった。
今とは大分違う作りであるそれは、屋根はないものの休憩には丁度良い。
「旧時代の遺物かしら」
「でしょうね。この辺りは特にそれらが残っているようですし、次の街で目的のものが見つかるかもしれませんよ」
「はっ。そんな簡単に見つかるなら、こんなくだらないご時世に旅なんてしないっての」
女性は前に出て、その廃屋に向かった。それに男性は続く。
廃屋に入ると、女性は手に持っている茶色いトランクを乱暴に放って、椅子らしきものに腰を掛けた。男性はというと、彼女が投げたトランクをわざわざ拾い、自分の黒いトランクを椅子代わりに座って彼女のトランクを脇へ置いた。
「ねぇ、エンデ。次はどんな街だと思う?」
エンデと呼ばれた男性は宙に目線を泳がせてから。
「さぁ……これから向かう街について、前の場所でも知っている人には会いませんでしたし」
そう答えた。
「じゃあどんなとこだと思う?」
「私が素直に答えると、スティアは大概私の意見を否定しますよね?」
エンデはため息をつきつつ、目の前の女性……スティアにそう言った。
「とりあえず言ってみなさいな」
「じゃあ……長閑で酪農が盛んな街が良いです。そして乳製品、特にチーズが名産なら尚良い。ここずっと、美味しいチーズを食べれていないので。それとワインがあると更に良いですね」
エンデは顎に手をやり、答えてみせた。
「以前に食べた、砕いたアーモンドが入った山羊のチーズ。あれは最高でしたね」
「本当に、貴方ってつまらないわね」
「ほらやっぱり、そんなこと言うでしょう」
嘆息したエンデに対して、スティアは肩を竦めて大袈裟に頭を振った。
「真っ先に思い付くのが食べ物って。私達は食い倒れしたくて旅をしているわけではないでしょう? だから貴方はつまらないのよ、エンデ」
「はいはい……私が悪かったですよ。逆にスティアならどういった街が良いと思うのですか」
スティアはよくぞ聞いてくれたとでも言いたげに、鼻息荒く答える。
「そんなの決まってるでしょう! 面白い街よ!」
「私よりもつまらない回答ですね」
そんなやり取りをして二人は一笑すると、腰を伸ばしながら立ち上がった。
「さ、行きましょ、エンデ。きっと驚くほど面白い街があるわ」
「えぇそうですね。行きましょうか、スティア」
エンデはスティアにトランクを渡し、二人は頷きあって廃屋を後にした。
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