第十三章 知らなかったこと

「気のせいかな?」

 でも、気のせいじゃなかった。

 その人影はマー兄ちゃんの彼女だった。

 マー兄ちゃんの彼女は男の人といた。

 その男の人に見覚えがあった。


 マー兄ちゃんの自転車屋さんでマー兄ちゃんとたっくんと働いていていた、もう一人の従業員だった。


「あのっ!」


 俺が声をかけるとマー兄ちゃんの彼女は俺の顔を見てビクッとした。


 おかしいなと思った。


 男の人は笑っていた。

 怖かった。

 すごく怖い人間が目の前にいた。


 そして俺はマー兄ちゃんの彼女から残酷な真実を聞かされた。


「ごめんなさい。正広は私達のせいで自殺したの。私がこの人と浮気してね、この人が店の売上を全部使い込んじゃったの」

「馬鹿だよな。自分で首吊って死ぬなんて。女に浮気されて金がなくなったぐらいでよ。

 ガキてめえ、警察や親とかに俺が店の金を使い込んだなんて言ってみろ。ぶっ殺すからな」

 男は凄みをきかせながら俺をにらみつけて、マー兄ちゃんの彼女だった人の腕を掴み引っ張りながらいなくなった。彼女だった人は俺のことをずっと泣きそうな何か言いたげな顔で見ていた。


 俺は泣き出していた。


 俺はずっと泣いていたんだ。


 どうすることも出来ずに泣いていたんだ。


「ウアァァァッ!」

 坂の上で泣いていた。


『馬鹿だよな。自分で死ぬなんて。女に浮気されて金がなくなったぐらいで』

 ヘラヘラ笑うあの男に俺は何も出来ずにいた。

 

 俺の、心が、あちこちに切り裂かれそうだった。


 マー兄ちゃんは大好きだった彼女と信じていたであろう仕事仲間に裏切られて、自ら命を断ってしまったんだ。


 俺が知ってしまった真実。


 俺が知ったと言うことは母ちゃんたちには秘密にした。

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