●2018年10月5日 【それぞれの日常:A】
6:30 起きる。コーヒーの匂いが漂ってくる。
7:00 リビングで母親と朝食を食べる。
7:45 家を出て登校する。
7:55 登校中は誰も私を意識しない。それぞれが楽しそうに友人と話している。私は下を向いてひとり黙々と歩く。
8:10 学校につく。下駄箱に汚れた袋がたくさん入っている。
8:15 教室に入り席に着く。「おはようゴミ袋!」と男子の声が聞こえる。リュックのファスナーを勢いよく開けて聞こえないフリをする。
8:20 朝読書の時間。隣から聞きたくもない卑猥な言葉が聞こえ、何人かが可笑しそうにクスクス笑う。
8:30 1限は国語。竹取物語を読んでいると廊下から窓の割れる音がして、先生が慌てた様子で教室から出ていく。クラスがざわつく。Bと男子数人がニンマリとした笑顔で教室から飛び出し、廊下に集まる先生の中で勝てそうな男性教員の胸ぐらをつかむ。おびえながらも必死に先生らしく抵抗するその教員を見て、彼らは自分たちの地位をまた一つ上へとあげる。
9:30 2限はガラスの一件で自習になる。女子2人が、私のペンケースについているビーズでできた犬のキーホルダーを可愛いという。「ちょっと見せて!」とペンケースごと奪われ、仕方なくペンを使わなくても出来る読書をする。2限の終わりに「壊れちゃった!」と頭がちぎれた犬が返される。床に散乱したビーズは生徒指導室から帰ってきたB達に足で蹴散らされ、集められない。これは、遠くへ引っ越してしまったHからもらったプレゼントだったこと、言わなかった私が悪かったかもしれない。心の中でのHとの繋がりが、ごみを捨てるのと同じくらい価値のないものであるかのように、笑いながらくしゃくしゃにされていく。
10:30 3限目は数学。クラスの数人のおしゃべりが止まらない。先生は全員が静かにならないと授業を始めないと固く心に誓っている様子だ。でも、止まらない。先生の表情は変わらなかったが、心は揺れているのを感じ,見ていられなくなる。結局終わりのチャイムが鳴るまで、先生は無表情で無言で教壇の前に立ち続け、教室を後にする。Bたちが勝ち誇った顔をしている。他のクラスメイトもそれに合わせて笑う。
11:30 4限目は体育。ペアを作ってダンスの練習をする。女子は「え、どうする?」の一言だけで次々にペアを作っていく。私にはそもそもそれを言える相手もいない。輪に入る権限がない。見かねた先生が私をCのペアに突っ込み、ここだけ3人になる。体裁だけは整えられ、結局輪からは外れたまま、ひとりでダンスの練習をする。
12:30 お弁当の時間。今日は「秋だから」と母親が栗ご飯を作ってくれていた。誰かに見せることも出来ず、心の中で“ごめんね”と謝りながら、ひとり黙々と食べる。
13:00 トイレにこもる。授業がない時間は一番危険な時間だ。休憩時間がこんなに嫌なものになるとは思ってもいなかった。トイレの中は男子からは逃れられても女子からは逃れられず、ドアの外から聞こえてくる暴言の数々を下水に流し続ける。
13:30 5限目は道徳。“今の自分の気持ちを色で表してみましょう”と,A4の紙1枚渡される。事前に連絡があったため色鉛筆は家から持ってきた。しかし持ってきていない人が多く、私の周りの席の人は、「借りるね」と言い終わらないうちからどんどんと好きな色を取っていく。残された色は黒と白だけ。私の心は真っ白なんだ、と思いながら、真っ白な紙に白い色鉛筆でハートを描く。しかしそのうち物足りなくなって、黒い色鉛筆で塗りつぶす。教室を歩いて見て回っていた先生が、私の“気持ち”を見て苦笑いだけして通り過ぎていく。授業終わり、私のもとへ戻された色鉛筆の多くが、半分の短さになっている。返ってこなかった赤色の色鉛筆は、真っ二つに折られて床に投げ捨てられていた。
14:30 6限目は社会。社会の先生はうるさくても授業を進める。淡々と機械的に進める。だから、私も淡々とノートをとる。淡々とノートをとって、自分たちは何でも出来ると思っている彼らを淡々と見返す。
15:20 掃除の時間。ほうきで床を掃いていると、ほこりや靴跡で汚れたノートの切れ端が目に入る。何となく広げると、“A死ね。ゴミ袋はいくらでも代わりがいる”という文字と共に、おそらく私の顔と、それにバツ印がついている。「私はこんなの気にしない」小さな声で呟いて、きれいに折りたたんでちり取りの中にそっと入れる。
16:00 下校。下校の時も誰も私のことを気にしない。一人で黙々と家まで帰る。
16:30 帰宅。母親が柔らかい笑顔で出迎える。「今日のお弁当どうだった?」「うん、とってもおいしかったよ。みんなに自慢しちゃった」母にも自分にも優しいウソをつく。
17:00 勉強。勉強は好きだ。必ず正答があるし、やった分だけ自分に返ってくる。数年後には私はあいつらよりも上にいる。
19:00 家族で夕食を食べる。ここでは私は“幸せなA”でいられる。
20:00 ピアノのお稽古に行く。音楽は私の心を癒してつなぎとめてくれる。唯一私が私らしくいられる時間。
21:00 今日壊された犬のキーホルダーを直そうとしてみる。糸にビーズを通すが,やはりビーズが足りない。少しでもとどめておきたくて、できたところまで接着剤で固定して机の引き出しにそっとしまう。
21:30 お風呂に入る。
22:00 母親と一緒にドラマを見る。母親がココアを入れてくれる。甘くてあったかい。
23:00 明日の準備をする。明日は美術で折り紙が必要であることを思い出し、どうせまた大半がなくなるんだろうなと憂鬱な気分になる。
23:30 就寝。幸せな夢が見られるように、ラベンダーの香りのサシェを枕元に置く。起きたら来年になっていたらいいのになと、そう思いながら瞼を閉じる。
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