閑話 光秀くんは(織田家の)友達が少ない……じゃなくて、居ない

【まえがき】

 明けまして御目出度う御座います。本年も宜しくお願い致しますニャー。しかし終わりが見えない本作でありますが、しっかり趣味として書いて参りたいと思いますニャー。


 光秀くんの性格について

 織田家の新参者、余所者、信長さんの贔屓重用と三拍子が揃っています。これで織田家臣と仲良くなるのは難しいと見ています。されど、彼の人格は悪しきものではありません。何故なら『本能寺の変』という謀叛を起こしても明智家重臣は誰も離れなかったからです。斎藤利三さん、明智秀満さん、明智光忠さん、藤田行政さん、溝尾茂朝さん。全員が光秀くんに殉じています。だから『本能寺の変』の真意が謎になったんですが。

 つまり光秀くんは信長さんの重用で織田家臣の嫉妬を買ってしまい、誰とも仲良くなれなかった。事務的な話以外は出来ない状態で、孤独を極めた。しかし彼は努力家であり、経験不足で分不相応な仕事も苦しみ藻掻きながら努力で乗り越え続けた。明智家臣はそれを間近で見ており、光秀くんと共に力を合わせて歩んでいたのだと妄想しています。

 社長に可愛がられている親戚新入社員管理職。他の同僚の嫉妬が酷いが、努力家で面倒見は良いので部下からは好かれている。ただ、同僚の妬みが激しい為、活躍しても仲良くなれず、誰にも悩みを相談出来ず、精神的には少しづつ追い詰められていく。単純に考えればこんな感じでしょうかニャー?あ、細川藤孝さんは子会社の社長ですニャー。同僚枠にはなりません。


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 明智光秀は意識を取り戻した。彼の側役を務めている従兄弟の明智秀満に助け起こされたのだ。秀満の話によると、光秀は何故か一人で倒れていたという。何かの発作かと秀満が助け起こした様だ。

 光秀は何故、自分は倒れたのだろうと考える。発作?そんなものを感じた記憶は無い。しかし、大変にショックな事があった様な気がする。そう、あれは御禁料押領事件が解決したと自分が喜んでいた時だ。それで自分はどうしたのか?当たり前だが、それをどうにかした人物に礼を言いに行った。当然の礼儀だろう。そこで何を話した?言われた?途端に光秀はブルブルと震え出した。思い出したのだ、あのニャー男に言われた絶望の一言を。


「あ、ああ、あぁ……」


「殿、大丈夫ですか」


 思い出して震える。嗚咽の様な声しか発せない。秀満の心配を余所に、光秀はヨロヨロと歩き出す。


「秀満、帰ろう。金を工面しなければ」


「はっ」(金の工面?)


 秀満は金の工面とは何だ?と思ったが、何も聞かずに光秀に随伴した。それくらい彼の表情は切羽詰まっていた。

 夜も近い逢魔ヶ刻。光秀は坂本にある自分の屋敷に戻る。門番は屋敷の門を開いて主達を迎え入れる。その後、秀満は自分と光秀の馬を雑色に預けに行ったが、光秀は誰かを呼ぶ事もなく項垂れながら玄関の戸をを開く。そこには丁度通りかかった女性が居て、突然帰って来た光秀に驚く。


「おかえりなさいませ、あなた。……ど、どうしたのですか?」


 女性の名前は明智光秀の正室・妻木煕子ひろこ。年齢は22歳で3児の母親である。子供は全員が女の子なので、少し悩んでいるらしい。武家は何よりも男の子、男の子とうるさいからだ。

 それでも夫婦仲は円満である。彼女は光秀に献身的であり聡明な女性だ。光秀が朝倉家に居た時、同僚との軍談を主催する機会があった。しかし光秀はその催しを開く資金確保に難渋した。見かねた煕子は自身の腰まであった長い髪を切って売り、光秀に渡したという。光秀は軍談を開けたと礼を言い、髪の事を詫びた。煕子は髪の手入れが面倒だったから丁度良いと笑ったとの事だ。

 煕子は光秀の尋常ではない様子に駆け寄る。そして肩を支えて部屋に入る。病気や怪我、という感じではないので少し安心したが、とりあえず寝かせる為に布団を取りに行こうと考える。

 すると、奈落の底に落ちたかの様な沈んだ声で光秀は煕子に問い掛ける。


「煕子、屋敷に有る物を換金したら幾らぐらいになるのだろうか?」


「藪から棒に。何かあったのですか?」


「実は、……」


 光秀は事情を煕子に説明した。山科権大納言言継との応対で失態を犯した事。堅田衆の手当てを怠っていた事。それら全てを池田恒興が解決し、彼に怒られた事。そして500貫文の借金を背負わされた事。

 煕子はそれを黙ってジッと聞いていた。


「……という事なんだ」


「まあ……」


「済まない。500貫文もの借金を作ってしまった。うう……」


 光秀は妻に詫びた。今回の借金は髪の毛程度では足しにもならない。家屋敷に家財道具を全て売り払ってもまったく足りないだろう。これまで煕子には多大な苦労を掛けてきた。織田家に禄を得て、少しは報いる事が出来ると思った矢先だ。自分は状況を更に悪化させてしまった。光秀はもう顔を上げられない。このまま床に埋め込みたいとさえ思う。

 話が終わったと感じた煕子はパッと明るい顔をして話し出す。


「あなた、池田上野様と友誼を結ばれたのですね。良かったではないですか」


「……え?何故そうなるのだ?」


 煕子は明るい顔をして、光秀が恒興と仲良くなったのだと喜んだ。その実、彼女は心配していた。光秀が織田家に馴染めていないのではないか、と。その証拠に、光秀を訪ねて来る織田家臣は皆無。呼び出されたと聞けば、全てが織田信長からだった。

 喜ぶ妻を見て、光秀は困惑する。今の話をどう聞けばその結論になるのか。頭の上に?でも付けていそうな表情の光秀に煕子は続ける。


「500貫文なんて大金、私は見た事も触った事もありません。それをポンと貸して下さる方が赤の他人なのですか?」


「いや、500貫文の借金を作らされた、という感じで」


「その500貫文はあなたがこれから朝廷との折衝を行う上で必要な物でしょう。山科権大納言様に嫌われて仕事になるのですか?」


「う、……そ、それは」


 光秀は借金と強調しているが、それは光秀が払わなければならない金額だと煕子は言う。その500貫文を払わずして朝廷との折衝役が務まるのか?朝廷の実務を担う公卿である山科言継に嫌われて仕事に支障はないのか、と。池田恒興はその資金を肩代わりしてくれたのだと主張する。

 光秀は言い返す言葉もない。確かに煕子の言う通りだからだ。


「というか、その500貫文の利息や期限はどうなってるのです?」


「そういえば何も言われてない。返せよ、としか」


「そ、そんな大金を無利子無担保無期限で貸して下さるなんて。友誼どころでは済まない様な……」


 煕子は核心部分に切り込む。500貫文の利息と期限だ。だが、光秀は何も言われていない。その事を思い出した。彼が恒興から言われたのは『500貫文を返せ』、これだけである。

 今度は煕子が顔面蒼白になる。利息も期限も設けず資金を貸す人間がいるとは信じられないと言いた気だ。当たり前だが、利息や期限の後通告はやってはならない。どう考えても、刃傷沙汰になるからだ。池田恒興ほどの人物が知らないなど有り得ない。無利子無担保無期限など、最早返さなくて良いと言われているに等しい。だが、恒興相手に返さないなどという選択肢を取ればどうなるか、推して知るべしだ。煕子には恒興のやっている事が、友誼を超えた温情措置にしか感じられない。

 実際、侍の間でも金の貸し借りはあるし、何なら高利貸しを営む者もいる。有名なのは岡左内定俊であろう。彼は蒲生家で頭角を現し、後に上杉家に仕える。そんな彼は同僚に金を貸しては利息をキッチリ巻き上げる守銭奴として有名だった。金を稼ぎ貯めて彼がする事と言えは、金を床に敷き詰めて裸になって転がる事だったらしい。そして後年、上杉景勝は徳川家康と戦う事を決意する。『関ヶ原の戦い』の発端だ。この時、上杉家は周りを封鎖され、景勝は資金繰りに悩んだという。そこに岡左内が現れて、彼が今まで貯めていた資金を全て景勝に差し出した。こういう時にこそ惜しみなく使わねばならないと彼は語った。というものだ。


「ううむ、小見おみの叔母上が何か言ってくれたのだろうか。伊勢国の時も口添えがあったようだし」


「それですよ!叔母上様は養徳院様と懇意にされてますし。これを機にあなたも上野様と懇意にすべきです」


「そ、そうだな」


 言われてみればと、光秀も気付いた。500貫文という金額にばかり気を取られて、とんでもない温情措置だと気付けなかった。しかし何故、池田恒興が自分にそんな事をわざわざしてくれるのか。

 可能性があるとすれば、光秀の叔母である小見の方だろうと思う。彼女は織田信長の正室である斎藤帰蝶の母親で明智家の再興を願っていた。その為、彼女は娘の帰蝶と共に養徳院桂昌を通して池田恒興に要請していた。明智光秀に功を立てさせて欲しい、と。だから光秀は伊勢国攻略最終局面の交渉を恒興から任せられたのだ。おかげで光秀は織田家重臣の列に並べて、近江国滋賀郡を任せて貰えた。つまり、光秀は出世の取っ掛かりから恒興の世話になっていたと思い出した。

 煕子は養徳院と小見の方の様に、光秀も恒興と友誼を結ぶべきだと迫る。妻の迫力に気圧されながらも、光秀は同意する。


「それに上野様は堅田衆を説得し、手当てのやり方も教えて下さったのでしょう。それは我が家の経営を改善してくれたという事ではありませんか。そこまで支援を受けているのに、上野様と友達にならないのは勿体ないです」


 恒興は堅田衆の指揮を光秀から取り上げず、説得だけして手当てのやり方を指導した。普通、堅田衆が離れかねないところまで行ったのだから、指揮権は取り上げられても仕方がないのにだ。光秀の話から、恒興は明智家の財政を改善しようとしてくれている。煕子は恒興がそこまで世話を焼いてくれているのに、友誼を結ばないのは勿体ないと言う。


「いや、何故かな。彼からは一等厳しい視線を送られていたから。てっきり嫌われているものだと」


「それ、あなたの悪い癖ですよ。ただの思い込みでしょう」


「そ、そうだろうか」


「そうですよ。他人が言う『儲け話』は詐欺でしかありません。所詮は他人だから無責任な事を言いますし、その後に他人がどうなろうが自分が儲かれば良しなのです。だいたい儲け話が本当なら自分で独り占めすれば良いではないですか」


 世の中には二種類の人間が存在している。それは『自分』と『他人』である。親兄弟子供であっても『自分』ではないのなら『他人』である。そして親兄弟子供でもない『他人』は金銭が絡むと悪辣でしかない。平気で人を騙す、偽りの儲け話で根刮ぎ奪うなど、どの時代でもありふれている。騙す側に責任など発生しないからだ。謀る側に責任は無く、謀られる側が責任を取らされる。それが嫌なら謀りを見破り防ぐしかない。それが自分達が生きている『世の中』なのだと煕子は言う。

『儲け話』など、その最たるもの。本当に儲かるなら他人に教えず独り占めすれば良い。教える必要などない。だから他人が儲かる方法を教えるというだけで既におかしいと感じなくてはならない。それが出来ないなら、騙され奪われ責任を取らされる側になるしかない。


「でも、上野様は500貫文もの身銭を切ってくれたのです。あなたが将来的に返済出来ると見込んでくれているのですよ」


 しかし池田恒興は光秀と『他人』であるにも関わらず、自ら痛手を負い、明智家の財政まで改善しようとしている。煕子は全ての『他人』が詐欺を働き、嘘や偽りで罠に嵌める人間しかいないとは思っていない。ただ、見極めよと言っているのだ。

 自分に金が有る時は調子の良い事を言って近付く者は、金が無くなり窮地に陥った時にはあっさり去っていくものだ。自分が窮地に陥った時に、やれやれとぶつくさ言いながら手伝ってくれる者こそ、本物の友とすべきだ。つまり窮地に陥った光秀にやれやれと言いながら恒興が来た訳だ。


「更に当家の財政改善まで考えてくれているではありませんか。離れかけていた堅田衆を説得して下さり、坂本城を湊城とする様にと助言も頂きました。普通は友達でもここまでしてくれる人なんて居ませんよ」


「言われてみれば、凄い事をしているな、上野殿」


「上野様は信長様の義弟で実力的に織田家第二位。更にとても顔の広いお方でもあります。上野様と仲良くなれば、他の織田家臣の方々とも仲良くなれますよ」


 更に煕子は恒興の交友関係にも注目している。光秀は織田家に移籍したのは最近だ。その割に織田信長からかなり目を掛けられている。しかし他の織田家臣は光秀を警戒して近付いて来ない感じがしている。

 だが、池田恒興は織田家臣で交流が無い者などほぼ居ない。当然だ、恒興は産まれた時から織田家臣であり、信長の義弟であり、織田家の準一門というべきなのだから。光秀は恒興と友誼を結べば、彼を介して他の織田家臣とも親しくなれるだろう。

 煕子は池田恒興と友誼を結ぶ事は百利ある事だと感じている。だいたい、織田家の仕事で悩んだ時に、恒興は一番頼りになる相談相手にもなる。一人で悩みがちな夫に居て欲しい人物とも思っている。


「しかし、どうやって仲良くなればいいのか。言葉や態度がかなり厳しいし」


「元々、そういう性格なのではないですか?あまり気にしない方が」


「ううむ、ああいう者と付き合った事が無いからなあ。どう取っ掛かりを作るか」


 恒興はかなりぶっきらぼうな口調である。まあ、あれが素なのだが。光秀の周りにはそういう人物がいなかったので、どう接するか迷う。というか、あの口調の者が幕臣に居たら、流石に品位が問われる事態だ。因みに、恒興は礼節が必要な時と必要無い時は弁えている。


「そんなのは簡単ですよ。叔母上様を犬山に送り迎えすればいいんですよ。私が打診しておきます」


「ん?ああ、小見の叔母上になら私から言っておくが」


 小見の方は現在、娘の斎藤帰蝶と共に京の都に居る。最初こそ、京の都を周って楽しんでいたが、最近は飽きた様で岐阜に帰ろうか悩んでいるらしい。その理由が養徳院と疎遠になりたくない、というものだ。少し前に養徳院が上洛し会えたので、今度はこちらから犬山に行かねば、と言っているとか。彼女を理由にして、自分も付いて行けば自然かと考える。


「いえ、池田家にも連絡すべきですよ」


「え?誰に?」


 それが出来るなら光秀は何も悩んでいない。というか、叔母である小見の方から養徳院に連絡して貰おうと思っていたのだが。いったい煕子は誰に連絡せよと言っているのだろうか?光秀には見当も付かない。


「美代ですよ。遠藤美代。池田上野様の正室の」


「知り合い……なのか?」


「斎藤家の集まりで何度も会ってましたよ。あの娘は私の妹分なんです」


 妻木煕子がまだ十代前半の頃までの話だ。斎藤家では年賀の祝いで家臣や豪族達は家族を連れて集まっていた。これは斎藤道三が主催していた催し物だった。婚前の娘は男性の前にはあまり出ないのが常識なので、彼女等は別の部屋に集まり娘達だけで過ごす事になる。煕子はそこで同じ理由で来ていた遠藤美代と出会い仲良くなった。歳の差は妻木煕子が3歳ほど上となるので、遠藤美代を妹の様に可愛がっていたという。意外な所で縁が繋がっているな、と光秀は驚愕した。

 実のところ、光秀にも覚えが有る。何故ならその催し物は斎藤道三の政略だったからだ。道三は隙あらば領土拡張を狙っていた。その為、年賀の祝いに隣国周辺の武家や豪族にも招待状を出していた。わざわざ断って、斎藤道三との関係を拗らせるのは損と感じた者は参加していた。その中には山内一豊の父親も居たりする。過去には信長の傅役であった平手政秀も来た事があるという。だが、この催し物は年賀の祝いなどどうでも良く、実際は美濃国の娘達を何処の武家の嫁にするか決める為の物だった。そうして後々、斎藤道三が手を出し易くする為の謀略の一環であった。ここで明智光秀は妻木煕子を見初め、山内一豊の父親は遠藤美代を許嫁にする約束をした訳だ。

 この謀略は7年前に斎藤道三が息子である義龍に謀叛され自害した事で途絶えた。しかし結んだ縁は途切れる事なく、意外な者達を結び付けた。斎藤道三が自分の欲望の為に施した謀略は、織田信長を、池田恒興を、そして明智光秀の利益として返ってこようとしていた。既に織田家、池田家、明智家は女性陣によって縁が繋がっていたのだ。


「では、美代に連絡しますね」


「う、うむ、頼む」


 煕子は朗らかに笑って、池田家正室の美代と連絡を取ると言う。おそらく彼女も犬山に行きたいのだろう。久々に妹分の美代に会いたい筈だ。若干、ウキウキした感じで煕子は部屋を後にした。

 一人部屋に残された光秀にはもう絶望感は無い。それより妻の煕子が何だか頼もしく見えてしまう光秀であった。


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【あとがき】


 養徳院桂昌ー小見の方ー斎藤帰蝶

 遠藤美代ー妻木煕子

 実は池田家女性陣の明智家との繋がってたりするのですニャー。恒興くんがどうなってるんだニャーと叫ぶ事態です。

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