御禁料押領問題 その四

【まえがき】

 この小説における明智光秀さんは何故ポンコツなのか?この様な意見を頂きましたニャー。貴重な意見です。ポンコツ呼びは頂きますニャー。これには理由が有って、べくのすけはあえてその様にしております。その理由はズバリ『若い』からです。まだ24歳ですニャ。(恒興くんや信長さん、光秀さんなどは設定上で10年若くなってますニャー)

 光秀さんは前半生が謎とよく言われます。その理由は『何も活躍していない』からです。本来は歴史に埋もれ名前すら残らなかったかも知れません。それが織田信長さん引き上げられ、縁故贔屓からいろいろな仕事を任されドタバタと足掻き、その中で成長し、経験を積んで才能を開花させ、我々のよく知る優秀万能スーパー明智光秀さんになったと考えておりますニャー。

 つまり、これから信長さん(+恒興くん)のムチャ振りが始まり、光秀さんは七転八倒青色吐息で経験を積んでいく訳ですニャー。恒興くんは加減しないって言ったのは、そういう意味ですニャー。

 まあ、べくのすけは若い人をポンコツに書きがちですニャー。今の若い山内一豊くんがいきなり影武者5人用意して不穏分子を処断しまくっていたら怖いでしょう。

 しかし天才は最初から出来る感じで書いているつもりです。上杉景虎さんは軍事の天才、羽柴秀吉さんは割と下品な天才、竹中半兵衛さんは天才サイコパスとしてですニャー。

 恒興くんは転生しているので人生経験値は50年以上有ります。これがチートと言えますニャー。

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 翌日、池田恒興と明智光秀は堅田衆の頭領である居初いそめ三郎大夫安明を訪ねる。堅田は大きな湊ではない。琵琶湖の沿岸で運送業を行う為の舟を留めておく発着場の様な場所だ。故に貨物を載せた舟が出入りする訳ではない。舟だけが並んでいる場所で、依頼に応じて舟が現地へ出入りしているのだ。

 その様を遠くから見て、恒興は効率が悪いなと感じる。荷物の集積や仕分けを依頼者頼みにしていて、荷物の運び入れと運搬だけやっている。それこそ、荷物の集積もやればもっと効率化出来るし、利益も上がる筈だ。雇用も産まれる。

 その方式は木曽三川川並衆なら当たり前の話だし、犬山の河田党でもやっている。しかし、これを行うには『拠点』が必要になる。木曽三川川並衆の拠点は羽柴秀吉があちこちに造った。この拠点を点として線で結ぶ航路を羽柴小一郎が設定し、商人の荷物を無駄無く運ぶ。結果、商人の依頼を残さず受ける事が出来て、流通が促進された。基礎は秀吉が造り、弟の小一郎が運用していたのだ。恒興もこの流通路を使っている。

 つまり現状の堅田衆にこの方式を取り入れるには『湊』が必要となる。荷物が集積出来る程の。さて、恒興の横で馬に乗っている男は理解っているのだろうか?恒興は直接、聞いてみる事にした。


「惟任、『坂本城』は何処に造るつもりだニャ?この辺りか?」


「いえ、街道の側にしようかと。あでででで!?」


 光秀は坂本城の造成地を京の都と敦賀を結ぶ街道の側に決めたと言う。そこは琵琶湖沿岸から少し離れた内陸になる。それを聞いた恒興は馬上で振り向いて、光秀の顔面にアイアンクローを食らわせる。


「破棄しろニャー、バカ野郎」


「な、何故に!?痛い痛い痛い!」


「この立地で湊城を造らんで、何がしたいんだニャー!」


 恒興は光秀の計画を破棄して琵琶湖沿岸に湊を備えた城を建てろと強要する。近江国滋賀郡はまだ最前線に等しい。北方には幕臣の朽木家や高島家が在る。西方には反抗的な丹波豪族達がひしめいている。そして、何より危険なのが比叡山延暦寺が近くに存在している事だ。そんな火薬庫状態の場所に、光秀は平城を構えようと言うのだ。呑気としか言いようがない。平城は政治向きだが、囲まれると終わる。脱出も補給も不可能だからだ。

 しかし湊城は包囲が難しい。堅田衆を味方にしっかり付けておけば、湊部分から脱出も補給もし放題となる。そして兵士が何万人居たとしても、琵琶湖上において堅田衆を上回る事など夢のまた夢である。水の上で水軍衆と戦えるのは水軍衆だけだからだ。

 だからこそ堅田衆にはしっかりと稼がせて、織田家は信頼すべき相手と認識させておかねばならない。織田家が居なくなれば、美味しい稼ぎが無くなってしまうと思わせなければならないのだ。その為に彼等が仕事で便利に使える湊を造れと恒興は言っている。


「しかし、街道を見張る事も大事でしょう?」


「そんなもんは砦がありゃ十分だニャー!それより稼ぎだ。立派な湊城を造って堅田衆に使わせるんだよ。稼ぎを増やしてから、砦を二個でも三個でも造ればいいだろが!」


「はあ、成る程。考えてみます」


 光秀は街道を見張る事も重要だろうと説く。だが、恒興は即座に切り返す。街道を見張るなど砦で十分だと。

 それにだが、街道を見張るというなら既に森三左衛門可成が宇佐山城造成に入っている。池田家と婚姻関係を築いた森家は財政状況を上昇させた。領内を安定させた森三左は信長の命令で宇佐山城を造っている。その目的は京の都の北辺防衛で街道を見下ろせる山の上に構えている。また、彼は嫡男の森可隆を連れて来ており、息子の勉強も兼ねている様だ。

 なので、坂本城を街道の側に造って見張る事に意味はあまり無い。


「ニャんで、この立地で湊城が思い付かないんだよ。このポンコツめ」


「ポンコツとか言うの止めて貰えます?私は農村しか担当した事が無いので、仕方がないじゃないですか」


「農村?何処のだニャ?」


「公方様が朝倉家に居た時ですよ。私は何もせずに居られませんから、朝倉家で徴税任務に就いたんですよ。まあ、朝倉家の侍に怒られましたが」


 恒興は湊城を思い付かない光秀をなじるが、彼は拗ねた様に自分は農村しか担当した事はないと言い訳する。あと、自分はポンコツではないと抗議する。

 光秀が担当した農村とは朝倉家に居た時の事らしい。前将軍の足利義輝が凶刃に倒れると、僧籍に入っていた足利義昭は還俗して朝倉家を頼った。彼は賓客なので仕事をする必要はないが、光秀の様な立場の低い侍は働く必要があった。そこで農村の徴税任務を行ったそうだが、その仕事振りを怒られたとの事。


「怒られたのかニャ?」


「ええ、税を誤魔化す農民を笑って許したら、猛烈な勢いで怒られまして。あの程度でそこまで怒らなくてもいいと思いませんか?」


 戦国時代の農民は割と強かな性格をしている。だから年貢を直ぐに誤魔化そうとする。これを許さないのも侍の仕事である訳だが、明智光秀はというと『仏の嘘を方便と云い、武士の嘘を武略と云う。これを見れば、百姓の嘘は可愛きことなり』と言って笑って許したという。この話は『老人雑話』に載っていて名言とされている。


「そりゃ、ご愁傷さまニャー」


「上野殿もそう思いますか」


「違うニャー。朝倉家の侍に言ってんだ。こんなポンコツ掴まされて可哀想だニャって」


「え?」


「理解らないなら言ってやる。徴税は過不足が有ってはならんのニャー。税を誤魔化した奴を簡単に許したら、またやるだろ。それを見逃していたら、皆が真似をする様になる。下手を打つと常態化してしまうニャー」


 この名言は非常にヤバく、若き明智光秀がポンコツである事をこれ以上なく示している。現代的に例を出そう。

 明智光秀はある税務署の職員だ。彼は市民の脱税を発見した。しかし彼は「大物政治家の脱税事件に比べれば可愛らしいものだ」と言って見逃した。たとえ一万円でも二万円でも許される脱税があるなら、皆がやるだろう。「あの人は許されて、何故自分達は許されないんだ?」と抗議すらする筈だ。さて、貴方が上司や同僚ならコイツをどう処す?という話になる。

 当然ながら、税の誤魔化しを許す光秀を朝倉家の侍達は怒ったし、朝倉家での彼の評価は低い。その話は足利義昭の耳にも入ったのかも知れない。だから織田信長が明智光秀を織田家に移籍させようとした時、何処からも反対意見が出ずにすんなり移籍が成った。普通、家の内情を知る人間を移籍させるなど円満には行かないし、光秀は家臣まで付いている便利な侍だ。それが何も混乱もなく、すんなり移籍している事はおかしいとすら言える。推して知るべし、厄介払いの側面が強いと見るべきだ。


「……」


「お前、もう徴税業務に関わるニャよ。明智左馬助や斎藤利三に任せろ」


「うう……」


「理解ったかニャ、ポンコツ」


「だからポンコツって呼ぶのは止めてくれますーっ!?」


 恒興は徴税業務は家臣の明智秀満や斎藤利三に任せろと言う。若干、不満気ながらも、光秀は頷く。しかしポンコツ呼ばわりだけは承諾出来ない模様。

 その後、二人は堅田の居初屋敷に入り、堅田衆頭領の居初三郎大夫安明との会見を申し入れた。彼は在宅していた様で、直ぐに会える事になった。家人に案内されて入った広間の上座には髭面壮年の男性がムスッとした表情で座っていた。恒興は光秀を連れて、その前に座る。


「お初にお目に掛かる。池田上野介恒興だニャー」


「……居初三郎大夫安明だ。何の用だ?」


 安明はムスッとした表情を崩さず、ぶっきらぼうに返事をした。おそらくは織田家が菅浦衆にしている様な支援を堅田衆にはしてくれないので不信感を抱いているのだろう。まずはその誤解を解かねばと恒興は少し頭を下げる。


「まずは詫びたい。惟任が水軍衆の手当てのやり方を知らぬ故、堅田衆に迷惑を掛けた。済まなかったニャ」


「む、むう。そういう事だったのか。惟任殿は我らに関心が無いのかと思っていた」


 恒興が頭を下げたので安明は驚いた。そして急速に溜飲が下がった安明は事情を聞いて、自分達が感じていた事は誤解であったと知る。彼は光秀が堅田衆に興味は無いと思っていたのだ。そして菅浦衆が織田家の援護を受けて躍進しているのを目の当たりにし、織田家は堅田衆潰しを始めたとすら思っていた。これを放置したら、堅田衆内では反織田家思想すら出ていただろう。


「本人にも反省させるニャー。これからはその様な事は無い様に図らう」


「では、これからは上野介殿が差配するのか?」


「いや、惟任に学ばせるニャ。しっかり教育するつもりだが、足りなければそちらからも意見を上げて欲しい」


「成る程、そうさせて貰おう」


 恒興は堅田衆の指導には当たらない。それは明智光秀に学ばせる事にしている。とりあえずこのポンコツにはいろいろ仕込まないといけないなと恒興は思う。しかし恒興が知っている水軍衆は川並衆なので、湖賊である彼等は細部が異なる筈だ。それ故に恒興は堅田衆からも意見を上げて欲しいと頼む。これを居初安明は深く頷いて承諾する。


「そしてコレだニャ。琵琶湖西岸地域から安土までの優先通行権。織田家から堺会合衆と都商人の契約推薦。宇治川に対する優先通商権だニャー。これらを堅田衆の権利として織田家が認める」


「おお、コレだ、コレ。コレが欲しかったのだ。この辺りに菅浦衆が手を伸ばそうとしていたからな」


 居初安明が欲しかったのは琵琶湖西岸地域に対する優先通行権である。特殊な水軍衆を除いて、全ての水軍衆は縄張り水域で運送業を営んでいる。なので支配者から貰える通行権利は稼ぎの元となる。

 独占権ではなく優先権にしたのも理由は有る。菅浦衆だって契約なら琵琶湖西岸に行かねばならない時もあるからだ。ここで堅田衆が独占権を持っていたら菅浦衆は入れなくなり、最終的には戦争になる。なので優先権とする。これで菅浦衆は堅田衆に問い合わせすれば琵琶湖西岸でも仕事が出来る。

 しかし商人は優先権を持つ堅田衆と調整が必要な菅浦衆、何方が便利に使えるかという話になる。最初から優先権を持つ堅田衆を使えば良いという結論になる筈だ。だから居初安明は通行優先権が欲しかったのだ。琵琶湖西岸で菅浦衆に勝手をされたくないという事情もある。

 本来はコレを光秀が真っ先に確保して持って来ないといけない。案の定、彼は知らなかった。


「菅浦衆との調整は済んでいるのか?無用な衝突は御免被るぞ」


「問題ニャい。菅浦衆の取り次ぎには通告済だ。即座に実行されるニャー」


 堅田衆と菅浦衆は琵琶湖におけるライバルではあるが、積極的に戦いたい訳ではない。どうしても譲れない場合は仕方がないが、基本的に彼等は生活の為に湖賊をやっている。水軍衆同士の戦いは儲からないので、彼等もやりたくないのだ。


「菅浦衆の取り次ぎか。かなりのやり手らしいな。羽柴小一郎とか言ったか」


「それはニャーの婿でな。木曽三川川並衆の収益を倍増させた男だ。今は長浜で開発指揮を執っているニャ」


「て事は、上野介殿が支援していたって訳か。いいのか?菅浦衆にとっては損害になるかも知れんぞ」


 菅浦衆の取り次ぎをしている羽柴小一郎は堅田衆でもやり手と話題になっている様だ。その男が恒興の婿だと知ると、安明は少し厳しい顔をする。

 小一郎が婿なら堅田衆より菅浦衆を贔屓にするものだ。なのに、堅田衆に優先権を与える事は菅浦衆にとっては不利を与えている事になる。恒興が何を考えているのか、推し測る様な眼差しを向ける。


「問題ニャい、菅浦衆には別の手当てを考えている。ニャーは堅田衆と菅浦衆の均衡は重要だと思っているからニャ」


 恒興は損を被る菅浦衆には別の手当てをすると言う。彼は堅田衆と菅浦衆、両方の利益を調整してバランスを取るつもりだと考えている。

 その意見を聞いて、安明も納得した様な顔で頷く。


「そうして貰えると助かる。これなら小月家と刀禰家も納得するだろう」


「居初家と小月家と刀禰家。堅田湖賊三家だったニャ」


「ああ、その三家で堅田衆をだいたい仕切っている。惟任殿にも合議に出て貰おう」


「だとさ。ニャーは山科卿の屋敷に行くから、惟任は合議に出ろ」


「分かりました」


 堅田衆は主に居初家と小月家と刀禰家の三家が持ち回りで頭領を務めている。これを堅田湖賊三家と呼ぶ。頭領といっても他の家を無視する事は出来ないので、三家の当主で合議の形を取っている。この合議に光秀も参加して意見を聞いて貰うと安明から提案される。

 恒興は光秀に合議に出る様に言い渡し、自身は山科言継の屋敷に向かった。


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 京の都までとんぼ返りして来た恒興は山科言継の屋敷に着く。屋敷の門番に面会を申し込むと、直ぐに山科言継の嫡男である山科内蔵頭くらのかみ言経が恒興を出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました、池田上野介殿」


 以前に誠仁親王の伴をしていた時はピクリとも笑わない青年だったが、出迎えた彼は柔らかい笑顔を見せた。恒興が見知った者である事もあるが、こちらが彼の素なのだろう。誠仁親王によく仕えていると認識されたのも大きいのだと思う。


「これは山科内蔵頭殿。お久しゅう御座いますニャー。山科権大納言殿はご在宅ですかニャ?」


「父ですか?上機嫌で昼間から酒ですよ、まったく」


「そうですか。機嫌が治った様でなによりですニャー」


 どうやら山科言継は上機嫌で酒を呑んでいるらしい。山科言経は父親が昼間から酒浸りなのを嘆息する。恒興としては言継が上機嫌なのは都合が良いと胸を撫で下ろした。


「機嫌が治る?父は織田宰相殿の屋敷から帰った後、ずっと上機嫌でしたよ」


「はい?怒っていませんでしたかニャ?」


「私が見る限りは何も。時折、高笑いしてて五月蝿いやら鬱陶しいやら」


「……どうなってるのですかニャー?」


「さあ?私は存じませんので、父に直接聞いて下さい」


 言経によれば、山科言継は織田家の屋敷から帰って来た時から上機嫌だったという。それからは上機嫌のまま、酒を呑んでは高笑いしていると、言経はうんざりした様に話す。

 おかしい。山科言継は怒って帰った筈だ。その後に派遣された信長の使者も追い返される程に。恒興は何がどうなってると首を傾げる。

 しかし言経に嘘を吐く理由は無い。何が起こっているのか?最早、本人に聞くしかないと恒興は思う。


「父上、池田上野介殿が参りました」


「おお、入れ入れ」


 言経が恒興を連れて父親の部屋を訪ねる。彼が声を掛けると、中から非常に陽気な声で入れと返される。恒興は促されて入室し、言経は自分の部屋に戻って行った。

 部屋には何本も空の徳利が置かれ、酒の匂いで充満していた。この匂いが嫌で言経はさっさと戻ったのかとさえ思う。そして部屋の中心にはぶはぁとクサイ息を吐く呑兵衛が座っていた。


「山科卿、御無沙汰しておりますニャー」


「上野介、来よったな!そうれ、駆け付け一杯!オホホホッホホー!」


「頂きますニャー」

(既に出来上がってるニャー)


 愉快そうに酒を勧める山科言継。彼は完全に酔っ払いと化している様だ。

 恒興は彼に寄って杯を受け取り、なみなみと注がれた酒をあおる。その時に山科言継の顔を見る。顔は紅潮しているものの、目は酔っ払いのそれではない。酒に支配されている訳ではなさそうだ。


「ま、お主が来たという事は、この面白い状況も終わりでおじゃるか。しっかり楽しんだので良しとしよう」


「あの……どういう話なのですかニャ?」


「何じゃ、お主は理解らんのか?今回の話の事を」


「ええと、惟任が延暦寺の荘園を押領したら御禁料まで押領してて、山科卿が詰問勅使として来られた、と。そこで惟任が山科卿に端金を贈ったきたので怒った、という話なのでは?」


 山科言継は酒を傍らに置き、恒興に向き直る。彼も恒興が来るのを待っていたらしい。しかしこの洒落にならない御禁料押領事件が面白いとは、いったいどういう事だと恒興は混乱する。

 理解らないのかと問う言継に恒興は知り得る限りの事情を話す。明智光秀が御禁料を押領した事。山科言継が勅使として来た事。そこで光秀が端金を贈った事だ。その説明を言継はウンウンと頷いて聞いていた。


「まあ、概ねはその通りじゃな。しかし欠けておるのう」


「はあ、何が欠けているのでしょうかニャ?」


「何故、麿が叡山ごときに使われねばならんのでおじゃるかああぁぁぁーっ!!」


「ニャー!?」


 突然、言継は大爆発した。恒興がビックリしてひっくり返りそうになる程の勢いだ。言継が爆発した理由、それは今回の件が比叡山延暦寺の都合だからだ。


奴等きゃつらめ、いにしえより今まで散々に朝廷を脅しておきながら、自分達が危機に陥ると恥も外聞も無く頼ってきおる!ニワトリでももう少し記憶力が有るでおじゃああぁぁぁーっ!!」


「は、はあ、そうですニャー」


 比叡山の僧兵達はそれこそ平安期から室町期に及ぶ7、800年に渡り、何か欲しければ強訴を行った。室町期は応仁の乱までは強訴を行っていた。

 応仁の乱の争乱で禁裏はボロ屋敷と化し、政務能力の一切を失った。幕府も幕臣も自分達で忙しい為に朝廷を放置した。朝廷と関係の無い所で起きた戦いは、朝廷を滅亡の淵まで追い詰めた。天皇は崩御しても葬儀すら許可が出ず、遺体は禁裏に放置される有り様。滅亡一歩手前の朝廷をギリギリの所で支えていたのは現代では悪女と名高い日野富子である。彼女は阿漕に稼いだ金を朝廷に注ぎ込んでいた。大半は幕府と夫の趣味に持っていかれたが、それでも天皇家はギリギリで存続出来た。

 その応仁の乱から強訴は意味が無いので行われていない。なので山科言継は比叡山の強訴の酷さを知っている訳ではない。おそらくは先代の山科家当主から聞いているのだろう。この前の油場銭を巡る大規模強訴は恒興が武力で追い返し未遂で終わらせた。だが、それによって、比叡山の僧兵は故あらば強訴に及ぶのだと、言継に認識させた訳だ。その上で、今回は織田家に暴力が通じないからと、朝廷を利用しようという魂胆だ。いい加減、山科言継は頭に来ていた。それはもう怒髪天を衝く勢いで叫んだ。ニワトリの方が記憶力が有るとまで。


「しかし御禁料を押領したのは事実。お上の命とあらばやるしかないでおじゃる。で、行ってみれば惟任のアレよ。これはしめたと思うてな。怒った振りをして帰ったのよ」


「……」


「麿が怒って、織田宰相との交渉が進まなくなった訳じゃ。この状況に延暦寺は大慌てよ。押領された荘園が戻って来ぬからの。その慌て振りを肴に酒が進む進むー!オホホホ、愉快愉快、ざまあみろでおじゃ!」


(なんつー邪悪だニャー。惟任を連れて来なくて正解だったか)


 山科言継としても比叡山の訴えなど無視したかった。しかし織田家による御禁料押領は事実。正親町帝の命令とあれば、やらねばならなかった。鬱々とした気持ちで信長の屋敷に行ってみれば、惟任が端金を贈ってきた訳だ。本来、山科言継はその程度では怒らない。地方に赴いた際に、大名や豪族が一銭も出さないなど幾らでもあったものだ。だが、山科言継は惟任の行いをこれ幸いと怒った振りをして帰ったのだ。

 これで焦ったのは比叡山側だった。労せず荘園が返って来ると考えていた彼等は、交渉が頓挫した事に阿鼻叫喚していた。連日、山科言継の屋敷に来ては織田家の非道を訴えまくっていた。その様子を肴にして、言継は酒ウマーしていたのだ。つまり、明智光秀は出汁だしに使われただけだった。

 恒興はこれ程の邪悪があろうかと顔面蒼白だ。阿鼻叫喚だったのは織田家も一緒だからだ。


「とはいえ、遊んでばかりもおられぬの。上野介も来た事であるし、そろそろ本腰を入れるとするか」


「はっ、まずは今回の詫びも兼ねて500貫文相当を用意しておりますニャー。お納め下さい」


「ホホホ、コレよ、コレ。お主は理解っておるのう。これに免じ、お上には手違いであったと確かに伝えよう」


「はっ、ありがとうございますニャー」


 恒興は今回の詫びとして500貫文相当を用意すると約束し、その目録を言継に渡す。正親町帝への上奏、朝廷内における織田信長の悪評の払拭、関係各所への取り成し、迷惑料といったところだ。現代価値にして1000万円以上、これくらいは必要という訳だ。

 目録を受け取った言継は破顔して喜ぶ。恒興ならばこれくらいの物を用意するとは予想していただろうが、実際に受け取ると嬉しいものだ。


「しかし惟任は大丈夫なのでおじゃるか?奴が朝廷の折衝役になるという事で、わざわざ『惟任』の姓まで用意したというに」


「申し訳ありませんニャー。今後、この様な事が無きよう、しっかり教育致しますので」


「ま、これからに期待かのう」


 山科言継は明智光秀に対し懸念を示す。彼はこれから朝廷との折衝役に就く予定だ。そこで朝廷はわざわざ日向守の官位と『惟任』の姓まで授けている。その彼があの様な分からず屋では先が思いやられると嘆息した。

 それに対し、恒興はしっかり教育すると約束した。恒興が犬山に居る以上、光秀にやって貰うしかない。

 一応だが、もう一人折衝役が居る。『惟住これずみ』という姓を貰った丹羽長秀だ。彼は軍事内政に才能を有している万能武将……と見られているが、思った以上に頭の中は戦争屋であり、外交方面はかなり不得手だったりする。信長は長秀ならやれるだろと任命したのだが、彼は朝廷との折衝はほぼやる気が無く、光秀に丸投げしようとしている。なので、恒興の中では既に戦力外となっている。


「やるべき事は理解っておるな?」


「はっ、押領した御禁料は直した上で返還致しますニャー」


 当然だが、荒らした御禁料は直した上で返却する。返却先は比叡山延暦寺座主である覚恕僧正となるので、比叡山の僧兵に引き渡す事になる。


「それと織田宰相に参内して貰う。お上の前で間違いであったと謝罪する必要がある。理解るでおじゃるな?」


「織田宰相が過ちを認め、武家による御禁料押領が非正当であると示すのですニャー。我が主を必ず説得します」


「それでよい。素直に謝罪に来た織田宰相をお上は益々、信頼を置くであろうのう」


「陛下におかれましては、織田宰相をお信じ下さり恐悦至極に御座いますニャー」


 あとは織田信長自身が禁裏に参内し、正親町帝に直接謝罪する事。これにより織田家は御禁料押領の罪が赦される。そして天皇は織田信長を従えていると内外に示す事になる。最も重要となるのは、如何なる武家であろうとも、御禁料押領はしてはならないと示す事だ。織田信長がやっても良いのなら自分達も、と他の武家に思わせない為だ。


「上野介だから話すのだが、お上は上皇にお登りあそばす心つもりであらせられる。しかし上皇の儀式には退位に新帝即位など多様な儀式があるのでおじゃる。本式でやるならとんでもない大金が必要になる。それを叶えられる者は現状で織田宰相しか見当たらぬ。故にお上としても気を遣っておるのでおじゃるよ」


「有難き幸せに御座いますニャ」


 正親町帝は将来的に上皇になりたいと願っている。もう公然の秘密になってきているが。正親町帝はかなり期待している模様。

 その儀式には多額の費用が掛かる。それを叶えられるのは現状で織田信長しかいない。だから正親町帝は信長に気を遣って、縁の有る山科言継を勅使にした様だ。これまで、織田信長ほど強大な勤皇武家はいなかったのだから尚更だろう。彼が離れたりすれば、応仁の乱時の朝廷が再来しかねない。


「ま、足利尊氏の様に気軽に取っ替え引っ替えされては困るでおじゃるからなぁ。ホッホッホ」


(その人が作った物と敵対するんだから、引き合いに出さないで欲しいニャー)


 足利尊氏の時代に三人の上皇が出ている。彼は上皇に関わる儀式の費用をどうしたのか?ほぼ戦争だけで終わった彼の生涯に資金を貯める事が出来たのだろうか?その秘密は「お前、気に入らないから天皇辞めろ」と言っただけだ。こんな感じで皇統を好き勝手にしていた。元天皇は全て上皇と見做されるので、儀式無しでも上皇にはなる。この様に、足利幕府は初代からして天皇を軽視していた。しかし『錦の御旗』は怖いので確保だけはしていた模様。

 その幕府を反面教師にして打ち倒そうとしているのだから、足利尊氏を引き合いに出さないで欲しいニャーと恒興は思った。


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 恒興は山科言継の屋敷から帰ると織田信長に報告した。事の顛末を詳細に話し、信長は大人しく聞いていた。そして禁裏に参内する事も承諾した。全ての話を聞き終えて信長は一言。


「それじゃ、何か?オレ達は山科卿の趣味に付き合わされた。って事か?」


 今回の騒動は『山科言継の趣味』、この一言に尽きる。比叡山は荘園が返ってくれば良し、正親町帝は信長との関係が悪くならなければ良し、織田家は過ちを認めれば良し。つまり織田家が正親町帝の顔を立てて荘園を返せば終わった話だ。それがこんなややこしい話になったのは、一重に山科言継が元凶だと言える。彼の趣味のおかげで泰山が鳴動したのだから、大迷惑極まりない。これが大物公卿の謀略力かと信長は戦慄していた。


「まあ、そういう事になりますニャー。しかし御禁料押領は事実で御座いまして」


「光秀のヤロウ……、どうしてくれようか」


「惟任にはニャーからすぺしゃるな仕置きをしておきますニャ」


「お、おう」(すぺしゃる?)


 信長は光秀にどんな仕置きに処すか考えるが、恒興は既にすぺしゃるな仕置きを用意したと言う。信長はすぺしゃるって何だ?という顔になった。すぺしゃるは順慶語で『何か凄い』と意味となる。とりあえず信長は恒興に任せる事にした。

 信長への報告を終えた恒興は、同じく帰って来ていた明智光秀と会う。そして今回の件の顛末を語った。山科言継の趣味の部分だけ抜いて。まあ、出汁に使われただけとは知りたくないだろう。


「上野殿、この度はありがとうございます」


「今回は山科卿を宥める為に500貫文を差し出したニャー」


「何と、公卿との折衝は金が掛かるものですね」


「500貫文、お前の借金だから。ニャーに返せよ」


「え?……え??」


 恒興は絶望の一言を光秀に与える。彼が山科言継に差し出した500貫文は全て光秀の借金なのだ。それを恒興が立て替えただけである。その十分の一すら用意出来ないのにどうせよと?光秀は血の気が引いていくのを感じていた。


「えぇ……ぇぇ……」


「じゃあニャ」


 光秀は上手く言葉を紡げなくなっていた。顔面蒼白でガクッと膝から崩れ落ちる。その様子を見て、恒興は別れの言葉を残して立ち去った。


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【あとがき】


 次回は『閑話 光秀くんは(織田家の)友達が少ない……じゃなくて、居ない』の予定ですニャー。元旦に間に合いたいと思う次第で善処致したく候ニャー。光秀くん、まさかの恒興くんを友達と認識してしまう!?


 べ「何故、竹中半兵衛さんがサイコパスなんだ!と各方面から怒られる前に言い訳をしなければ。リポーターの恒興く〜ん」

 恒「はい、ニャーがリポートしますニャ。では最初の方にお話を伺いましょうニャ」

 門「僕は竹中丹後守重門です。よろしくお願いします」

 恒「竹中半兵衛の息子だニャ。では、どうぞ」


 あれは僕が4、5歳の頃です。竹中家で羽柴家臣の軍談をする事になりました。蜂須賀正勝様をはじめとして重臣の方々も居ました。その軍談に父の命令で僕も参加する事になりました。しかし幼児の僕は厠に行きたくなり、席を立とうとしました。そこを父・竹中半兵衛に咎められます。

「お前は何処に行くつもりですか?」

「あ、父上。その、厠に少々……」

「羽柴家重臣の皆様方が貴重な戦話を語ってくださっているのに、お前の下らない尿意ごときで中座させるつもりですか?」

「え?でも、どうすれば……」

「そこでしなさい」

「……」

 ええ、公衆の面前で強制おもらしですよ。家臣の方々は父を宥めてくれましたが、父は頑として聞き入れませんでした。そして幼児の自分が我慢出来る訳もなく……。


 門「思い出して鬱になってきましたよ……」

 恒「はい、お疲れ様でしたニャー。次!」

 官「黒田官兵衛孝高です。聞いて頂きましょうか」

 恒「お、両兵衛の片割れだニャー」


 主君である秀吉様は現物主義で褒美も金銭や財物が主で、感状はあまり出しませんでした。それ故に羽柴家中で殿の感状はレア物と認識されていました。私はある戦で活躍し、殿から感状を貰いました。嬉しくなって、私は周りに感状を貰った事を言いました。そして竹中半兵衛殿が来たのです。

 半「官兵衛殿、殿から感状を貰ったそうで。見せて頂けますか?」

 官「ええ、半兵衛殿。こちらです」

 半「ふむ」

 半兵衛殿は感状を受け取ると、流れる様な動きで感状を焚き火の中へ放り込みました。

 官「な、何をなさるか!?」

 半「官兵衛殿。軍略家とは相手を謀り、時には味方も騙し勝利を掴まねばなりません。その為に、敵は実力が出せない様にし、味方の実力は最大限に引き出す必要があります。こんな紙切れを自慢して、味方の嫉妬を買う必要が何処にあるのですか?」

 官「うぐっ……、も、申し訳ありません」

 私は言い返す事は出来ませんでした。


 官「言っている事は正しいが、焼く前に言ってくれないものか。言われれば私だって、二度と自慢などしないのですが」

 恒「ご愁傷さまニャー。はい、次!」

 ?「匿名希望です。割と恥話なので」

 恒「どうぞニャー」


 僕には実の兄弟の様に仲の良い側役(子供)が居ました。彼は大きくなったら、僕に誠心誠意仕えるのだと言い、僕も彼を信頼していました。そう、あれは僕の父が裏切ったと信長様が決めた時でした。僕はいつもの様に側役と一緒に居ました。その時に突然、竹中半兵衛様が来ました。そしておもむろに、側役の首をすっ飛ばしました。僕に仕えて立派な侍になりたいと言っていた彼は、僕の目の前で物言わぬ生首になりました。竹中様は表情を変える事もなく生首を桶に入れて、家臣にこう言いました。

 半「この首を松寿丸として信長様に届けなさい」

 家臣「はっ」

 そして僕は竹中様の屋敷に連れて来られて、女児の服を着せられました。

 半「今日から君は女装しなさい。言動や振る舞いも女児のものにする事です」

 ?「え、でも……」

 半「出来ないのなら殺します」

 ?「……はい」

 それから僕は父の疑惑が晴れるまで、竹中様の屋敷で女児として匿われていました。女児として扱われるのはかなりの屈辱でした。その後、僕は戦場に出ると敵陣に突撃する様になりました。女児の様だ、などと言われたくなかったからです。


 ?「だけど、僕は理解した事もあります。『目的を遂げる為ならどんな手段も許される』という事ですよ。だから嘘の結婚式で嫁の親を暗殺して、嫁を磔刑に処してもいいんです!!!だって、これが『武略』ってもんでしょ!!!」

 恒「かなり捻じ曲がったニャー」

 秀「そういえば俺も宣戦布告状を捨てられたなぁ」

 矩「私なんて命の危険がある人質に計略付きで送り込まれましたよ。成功しても「私が考えたのですから出来て当然です」としか言わないし!」

 恒「それは本編で書いたから無視ニャ」

 秀・矩「シューン」。°(°´ω`°)°。

 恒「半兵衛、何か言いたい事はあるかニャ?」

 半「小便など毎日しているでしょう。名将の軍談の方が価値が有るなど自明の理です」

 恒「そういう問題かニャー。もっと大切なモノが失われているぞ」

 半「感状が存在していると、また自慢したくなるものです。しかし自分で捨てるのは未練が残るでしょう。なので、私が捨てました」

 恒「他人の所有物ってところを考えようニャ」

 半「匿名希望くんは助かったからいいじゃないですか。殿から助けろと言われましたが、方法は指定されてませんでしたし」

 恒「すげぇ捻じ曲がったんだけどニャ。以上でリポートを終わりますニャー」

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