閑話 順慶の嫁 その後のおまけ
大和国筒井城。
今回は筒井家当主後見役の筒井順政から筒井家臣全員が召集を受けた。彼等は館の大広間に集い、上座に座る筒井順政からの言葉を待つ。順政は大広間を見渡し、家臣が集まった事を確認すると話を始める。
「今日は皆に申し伝える事がある。織田家から申し出が有り、織田信長の娘を順慶の正室に迎える事にした」
「織田家から……」「織田信長の娘とは、また」「筒井家が重要視されているという事か」
順政の話は当主である順慶が織田信長の娘を正室に迎えるという話で、織田家代官の塙直政から報告された。
集まった家臣達は周りの同僚と話して、広間はざわめいた。織田信長の娘が嫁いで来るというので、家臣達は概ね肯定的な反応を見せた。嫁いで来るのが織田信長の実娘なら筒井家は彼から最大級に重視されている事になるからだ。しかし一人の家臣が反論の声を挙げた。
「お待ち下され、順政殿」
「何じゃ?」
「順慶様には確か、足利将軍家から嫁を貰う筈ではありませんでしたか?」
実は以前、筒井順慶の嫁を仲介して貰えるように、足利幕府に申し出ていたのだ。この事は順慶には報されず、叔父で後見役の筒井順政が勝手にやっていた。その頃の筒井家は松永久秀をはじめ三好家からの攻撃を受けていたからだ。なので、順政は幕府の介入に期待して、順慶の嫁の紹介を願ったのだ。しかも三好家は当主の三好長慶が死去して混乱していたので、筒井家が幕府に付くチャンスだと考えた。家臣には周知されていたので、知らないのは順慶の一人である。
「その様には打診したな。しかし打診してから一月もしないうちに義輝公が亡くなられた。当たり前じゃが、それから話は進んでおらん」
しかし、順政の目論見は外れた。順慶の嫁を申し出た矢先に、足利幕府将軍の足利義輝が三好三人衆と松永久通に襲われ横死したのだ。これは筒井順政も青天の霹靂であった。いくら将軍と仲が悪いからと、そこまでするとは予想出来なかった。その後の話は一切進まず、筒井家は松永久秀と戦い続ける事になった。
それ故に順政も家臣達も順慶の嫁の件を忘れていた。というか、それどころではなかった。
その後、織田信長が上洛して三好家を追い払い、筒井家は織田家保護大名となり平穏を取り戻した。順慶は犬山に行き、順政は家臣達と領地直しに邁進していた。そこに突然、信長から通達が来た訳だ。順政の第一声は「あ、忘れとった」であったという。
「では、今の公方様に依頼すべきでは?」
「それも考えたが。最近、どうも幕府と織田家の間がきな臭い。もしかすると割れるやも知れぬ」
「なんと……」
「そう考えた時、どちらと結んでおくのが筒井家の為になるのか。織田家の嫁を断れば織田信長との関係は拗れる。しかし、受け入れても幕府と拗れる訳ではない。ならば織田家の嫁を貰う方が得じゃ」
家臣はそれならば今の幕府将軍に要請するべきと言う。しかし筒井順政は渋い顔をする。彼が手に入れた情報から考えるに、織田家と幕府が決別する可能性が浮かび上がっている。それならば筒井家は筒井家としての利益を第一に考えるべきだと順政は思う。
筒井家は織田信長の娘を受け入れたところで、幕府との交渉には何も影響はないだろう。保護大名だから拒否出来なかったとでも言い訳すればよい。しかし拒否した場合は、織田信長の不興をこの上なく買うだろう。被害が酷い上に、それで幕府が何かをしてくれる訳でもない。何方が筒井家の得になるかは考えるまでもない。
因みに順慶の意思はガン無視である。筒井家の為に受け入れろと普通に考えている。
「しかし、幕府と織田家が決別した時はどうするので?」
「それはその時に考えれば良い。どうせ織田家の嫁が来るのは10年以上、先の話じゃ」
「10年!?いったい何故!?」
「嫁は産まれてから半年らしい。順慶が三十路に入っても正室は15、6となるな」
信長の娘である秀子は産まれてから半年程、輿入れには10年以上先になる見込みである。この辺りは決まりが無く、10歳以下で輿入れする例もある。
「順慶様は光源氏にでもなるおつもりでしょうか……」
「相手は紫の上か。たしかに、二人共に犬山に居るから、そう言えなくもないか」
「「「それは羨ま、……けしからんですなぁ!!即刻、ご当主を連れ戻すべきではっ!!!!」」」
「お前ら、落ち着くんじゃ。座れっ!」
家臣全員が立ち上がり、天に向かって慟哭する様に咆哮していた。『源氏物語』紫式部という才女が残した物語は日の本のあらゆる場所を巡り、男女の恋愛の理想と捉えられている。女性はイケメン偉人に育てられ嫁になるという理想、男性は思い通りの女性を育てて嫁に出来るという理想として。自分達がなれなかったその理想の状況になった順慶に、家臣達の嫉妬が大爆発してしまったのだ。順慶を秀子と引き離す為に連れ戻すべきと、血涙でも流しそうな勢いで順政に詰め寄ってきた者もいる。
筒井順政は何故か荒ぶり出した家臣達を宥めるのに苦労したという。そう、彼は後に語った。
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【あとがき】
暇なので今のうちに部品を書き溜めしたいですニャー。by仕事以外はニートべくのすけ
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