怒りの日 来たれり 後編

 夕方の池田邸。

 池田恒興は妻の美代と藤に連れられて、邸内の廊下を進む。その表情は暗く、まるで処刑場へ赴く罪人の様である。進めば進む程に黒い『何か』が濃くなっている気がする。これを発している源は母親の養徳院桂昌で間違いない。しかし、恒興が過去を振り返っても、これ程の事態は史上最大である。いったい自分は何をしてしまったのか。どれだけ考えても思い当たらない。次第にどうでもよくなってきた。どうせ処刑場の罪人に出来る事など、高が知れている。そして恒興は呟く様に歌う。


「ドニャドニャドーニャード〜ニャ〜、子猫を乗せて〜」


「何の歌やねん?」


「ニャーの心境を歌ってみた」


 恒興は筒井順慶から聞いて知っていた南蛮の歌を改変して歌った。それは本来、市場に連れて行かれる仔牛の歌なのだが。自分は何処かに売られる様に用済みなのかも知れないという心境を歌にしている。


「何を言ってるんですか、あなた様。しっかりして貰わないと困ります」


「それってどういう意味だニャー?」


「お義母様、連れて来ました」


 三人が来たのは池田邸の大広間。その襖を美代が開けて中に居るであろう養徳院桂昌に声を掛ける。

 恒興が大広間に入ると両側にも人が並んで座っていた。池田邸に居る女中や養女達も居たのだ。彼女等も険しい顔付きをしていて、入って来た恒興を睨み付ける。そんな感じを恒興は受けた。やはり、自分が何かとんでもない事をしたのか、と認識した。

 そして奥の上座には養徳院桂昌。微笑みを絶やさない母親の表情はいつも通りだ。しかし、彼女が放つ黒い暗いオーラは誰よりも大きく、天井を通過して立ち昇っていた。恒興にはそう見えた。これが空に渦巻いて光すら逃げられない黒になっているのか、と。因みに、これは池田家に連なる者にしか見えない。だから加藤政盛は無反応だったのである。

 恒興は自分の十字架に磔にされる為に歩く殉教者の様に、養徳院の前まで進む。そして、彼女の前に着座した。既に恒興は覚悟を決めたのだ。


「恒興、来ましたか」


「母上、ニャーが至らぬばかりに申し訳ありません!どうか、お許し下さいニャー!」


 恒興が決めた覚悟。それは『全力土下座で謝る』である。とにかく謝る。何としても、この母親の溜飲を下げなければ自分が生き残る道は無い。そうとしか考えられない。

 しかし、養徳院は溜め息しか吐かなかった。


「何を謝っているのですか、恒興?」


「何をと言われましても、えーと。……出来れば何故にニャーが怒られるのか教えて頂けますと幸いニャんですが」


 とりあえず謝ってみたが、養徳院には通用しない。何を謝っているのかと返されただけで終わった。

 そう、恒興は何で自分が怒られるのか、さっぱり知らない。預かり知らぬ所で、養徳院をはじめ池田家女性連合が全員、大炎上している状況なのだ。


「まさかとは思いますが、恒興、貴方も『あの男』に加担しているのではありませんよね?」


「はい?『あの男』ですかニャ?」


『あの男』って誰だ?と恒興は思う。そう言われても世の中の半分は男な訳で該当者が多過ぎる。じゃなくて、何故に養徳院は相手の名前をぼかす?この母親が名前を暈さないといけない人物などそう居ない。織田家の最高権力者である織田信長でさえ名前で呼ぶのに。そんな人物は知らない男か口にしたくない名前かのどちらかだ。この母親が知らない男への怒りで池田邸の空を歪ませるだろうか。ならば答えは口にしたくない名前となる。

 次に恒興は広間に居並ぶ顔ぶれを見る。池田邸の女中から養女達まで勢揃いしている。全員が怒気に満ち満ちた表情をしていて背筋が凍る。森勝、加藤小雪、前田慶は居ない。幸鶴丸とせんも居ないので彼女らはその世話をしているのだろう。前田慶は知らん。あとは上座に母親の養徳院桂昌。その周りに正室の美代、側室の藤、妹の栄が居る。そして知らない女性が一人、恒興は見た覚えがない。その横に木下寧々が居る。ん?寧々が居る!?と恒興は気付く。


(おね殿が居るって事は、まさかアイツか!またやらかしやがったのかニャー!)


 恒興も把握した。寧々がここに居るからだ。そして彼女は誰よりも怒りで血管が切れそうになっている。表情は正に鬼の形相、般若というより毘沙門天レベル。少しでもつつこうものなら大爆発しそうな程だ。恒興でも背筋が凍る。

 寧々が犬山に居る理由。それは今日、犬山にて養徳院の教えを受けた女性達が同窓の集まりを開いていたからだ。もちろん寧々も出席していて、彼女は呼び出すまでもなく犬山に居た訳だ。そして養徳院から話を聞いた寧々は大絶賛ブチギレ中で真っ黒なオーラを立ち昇らせている。


「あの、母上。おね殿の隣に居る御婦人は何方様ですかニャ?」


「紹介しましょう。こちらは中国地方の大名である山名家の姫君で山名潮さんという方です」


「は、初めまして」


 紹介された潮は恒興に緊張した様に挨拶した。髪が腰まである可愛らしい少女で、育ちの良い感じを恒興は受けた。


「あ、はい、初めましてニャー。……て、ニャんで山名家のお姫様がウチに?」


「潮さんは因幡国から遥々、犬山まで旅をして来たのですよ」


「山名、山名……。ニャんの関係が?はっ!そういえば少し前に秀吉が山名家の懲罰に行ったニャー。……まさか、あのヤロウ」


 山名家と聞いて恒興は考える。もちろん秀吉と山名家の接点だ。そして恒興の脳裏にある事が思い浮かぶ。それは羽柴秀吉の軍勢が山名家に対して幕府の懲罰を行った事だ。懲罰は幕府の命令で織田家が行ったものだ。そこに不思議は無い。問題はそこで秀吉が『何を』したのかという事だ。


「潮さんは子供を身籠っています。もう言わなくても理解りますね?」


(秀吉ーっ!アイツ、戦争にかまけて『うっひょひょーい』しやがったニャーっ!しかも山名家の姫に!)


 秀吉はしっかりやっていた。恒興はその行為を『うっひょひょーい』と形容した。意味は各自にお任せしよう。もちろんなのだが、織田家において戦地での兵士の暴虐行為は死罪となる。上洛以前はまだ徹底出来てなかった。しかし織田信長は織田家が朝廷から頼りになると思われる為に、織田家全軍に徹底させている。なので恒興も家臣に徹底させている。

 しかしそこはやはり組織、上級の侍は見逃されるという風潮がある。それを戒める様にと信長は重臣に通達している。なのに徹底すべき秀吉が率先したやらかしたという事だ。


「子供を身籠った事で彼女は家中から冷遇され、家族からも見放され、家を追い出されたのです。なので子供の父親を探して、身重な身体で犬山へ来たそうです。そこで美代と藤が出会い、事情を聞いたという顛末ですよ」


「ニャる程、了解致しましたニャー、母上。ちょっとアイツを処して来ます」


 潮は秀吉のせいで家中から冷ややかな目で見られ、家族からも見放されて追放されたという。それで秀吉を探して犬山まで来たらしい。いや、通り過ぎているのだが、潮は世間知らずで織田家の事を尾張国の大名としか知らなかった。だから秀吉は尾張国に居るとしか思わなかった様だ。

 大名家の姫なら世間知らずも仕方ない。恒興は少女が見た目に依らずド根性の持ち主な事に驚く。それはそれとして、恒興は秀吉を『処す』と宣言する。


「既に小一郎殿に手紙を送りました。彼なら不埒者を捕らえてくれていると期待しています」


「はっ、小一郎ならやってくれる筈ですニャー」


(秀吉、またやりやがったニャー。ただで済ますと思うなよ。ていうか、ニャーは完全にとばっちりじゃねーか!)


 養徳院は既に小一郎に報せた。池田恒興の養女である澪の婿となった小一郎に養徳院は期待していた。彼であれば事の重大さに悟り、秀吉を確保するだろうと。恒興も小一郎ならばと太鼓判を押す。

 恒興はこの件が完全にとばっちりだと認識した。そして恒興にも怒りの炎が灯り、全身から黒いオーラを放つ。この大広間で黒いオーラを放っていない者は潮だけになっていた。

 そう、この黒いオーラは池田家に連なる者だけが感じ取り、放出出来る物だ。ただ、『池田家に連なる』の範囲が割と広く、他家から嫁いで来た美代や藤、池田邸の女中から恒興の養女、木下寧々や篠原松といった教え子達、果ては織田信長まで放つ。だから恒興は信長が怒っていると直ぐに判る。まあ、素早く言うと養徳院桂昌の教えを受けた全員が使える様になる。因みに加藤政盛の様な鈍感な者だと何も感じない。勘の良い者だと威圧を感じて慄く事だろう。効果はそれだけである。


「恒興、理解っていますね?今回の第一義とすべきは潮さんと子供の安泰です。それ以外は貴方に任せます」


「お任せ下さいニャー!」


 今回の件での最優先事項は潮と子供の安泰だと養徳院は告げる。それ以外は全て恒興に任せられる。恒興は大きな声で返事をして大広間を後にした。

 恒興は走り出して直ぐに池田家政務所に向かった。そこにある男が居ると思ったからだ。そして予想通り、ある男はそこでまだ仕事をしていた。


「長安、やっぱり居たニャー」


「どうしたんスか、殿?こんな時間に」


 そのある男の名前は土屋長安。池田家の内政を司るとまで存在感を高めている。人の4倍の働きをしながら人の4倍の時間を働くとまで言われ、周りを戦慄させている池田家で最も過労が心配されている男だ。最近に来た増田長盛が優秀なので少しは楽になったと長安は話しているらしいが、まだ働き過ぎである。本人はもう池田家政務所に住んでいる様なものだ。


「いや、お前も帰れって言いたいところだが、今回は丁度良いニャー」


「事後処理っスよ。で、丁度良いって何っス?」


「お前が発案して作った早馬を使いたいんだニャ」


「『伝馬宿てんましゅく』っスね。犬山から岐阜、安土、膳所、京の都とようやく形になったっス」


『伝馬宿』とは大規模な町に設置された早馬の拠点である。この伝馬宿は敵の侵攻など緊急性のある情報を最速で伝える事を使命としている。その為、伝馬宿は24時間で稼働し、総勢20人近くの人間が交代で詰めている。比較的短い区間を走るなら人も馬もそこそこの疲労で走り切れる。それをリレー方式で繋いで最速を出すという訳だ。今のところ、犬山から岐阜、安土、膳所、京の都に設置されている。夜間に馬を走らせる事もあるので、街道が整っていないと危ない為だ。因みに犬山の伝馬宿は鵜沼にある。馬が木曽川を渡る手間を省いた結果である。


「今から堺までどれくらい掛かるかニャ?」


「翌朝っス」(ドヤあ)


「よし。この書状を天王寺屋の義祖父殿に届けてくれニャー」


「了解っス」


 堺まで書状を届けるのにどれくらい掛かるか聞く恒興に、長安は翌朝だとドヤ顔で答える。自信満々な長安の答えに満足して恒興は早馬を出す指示をした。


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 次の日の長浜 羽柴小一郎長秀の屋敷。

 羽柴秀吉はここに居た。というか、弟の小一郎によって連行された。養徳院から連絡を受けた小一郎は現状を認識。即座に兄である秀吉の確保に動いた。そして捕縛された秀吉は小一郎の屋敷に軟禁されている。


「いつまで怒っとるんだ、お前ら。勘弁してくれって」


 秀吉は呆れた様に二人に言う。二人とは弟の小一郎とその嫁であり恒興の養女でもある澪だ。この二人が怒り心頭な顔で秀吉の前に仁王立ちしているのだ。


「勘弁だ?おい、兄者、何度でも言ってやるよ。いったい何してくれてんだよ。俺達の結婚まで吹き飛ばす気か!?」


 養徳院から手紙が来た小一郎は冗談ではなかった。もしかしたら、この件で小一郎と澪の結婚は無かった事にされかねない。養徳院は短絡的ではないが、それくらいの力は持っている。だからこそ小一郎は危機を察知し素早く動いて秀吉を確保した。

 小一郎は怒っている。浮気は止めろと何度も注意したし、山名家懲罰戦でも止める様に言った。いくら秀吉でも軍規違反はすまいと思っていたが甘かった。兄は何と他大名の姫に手を出すという外交問題付きでやらかしたのだ。


「浮気の件だろ。そんなの今更じゃないか」


「今回はそれじゃ済まないんだよ!」


「お義父様から頂いたこの『揚羽』を抜く時が来た様です」


「だから怖いってーっ!?」


 澪は養父・恒興から渡された四代目村正の宝刀『揚羽』を懐から取り出して、今にも抜こうとしている。

 秀吉について澪は養徳院から注意する様にと助言されていた。だから彼女は秀吉を義兄として敬いつつも距離は取って防御を固めるつもりだった。しかし、羽柴家に嫁いで来て、数日でやらかしてくれるとは予想外だ。しかも澪の実家である池田邸が大炎上状態になっている。


「もうすぐ上野殿が来る。俺達は詳細を報されてるけど、兄者は上野殿から聞くんだな。流石に今回は俺も怒ってるから」


 小一郎と澪、二人とも怒りの余り、全身から黒いオーラが立ち昇っている。それを秀吉は見る事は出来ないが、何となく二人からかなりの威圧感を受けている。そして秀吉は身体が縮こまって動けなくなっていた。

 そこに庭から三人の男女が入って来た。小一郎と澪が待っていた人物達である。


「小一郎、『アホ』は居るかニャー?」


「こちらで捕らえてあります、上野殿」


 一人は池田恒興。今回の対処を任されているのだから、当然の様に来る。小一郎は捕らえてある秀吉を恒興に見せる。恒興は嗤った、やっと会えたなと。


「澪、ご苦労様。いきなり苦労を掛けてごめんなさいね」


「いいえ。お姉様、おかえりなさいませ」


 もう一人は寧々。寧々は澪に苦労を掛けたと謝罪する。澪は笑って寧々を労った。既に良い関係が築かれている様子だ。


「あれ?何で上野とおねが一緒に帰って来るんだ?」


「おね殿が犬山で同窓の集まりに出席してた事くらい知ってんだろ。ついでに送り届けだニャ。それより、こちらの方がお前に用があるニャー」


「あの、秀吉様。私の事、覚えていますか?」


 そしてもう一人、山名潮だ。彼女は控え目に秀吉に尋ねる。自分を覚えているか、と。


「あ!君は山名家の潮ちゃんじゃないか!久し振りだなぁ」


「っ!……覚えていてくれたんですね。良かった」


「君の様な可愛い娘を忘れる訳ないじゃないか。何?観光?」


 秀吉は潮の事をしっかり覚えていた。しかも状況は何も理解っていない様で、軽口まで叩いている。潮以外の全員の怒りゲージが更に一段上がる。

 しかし、これで確定した。山名潮を襲ったのはコイツだと、全員が確信した。


「決まりだニャー」


「ええ、決まりですね」


「え?何?何なの?」


 恒興と寧々が心底見下げ果てた目で秀吉を見る。秀吉はこの期に及んでも、まだ何の話か理解っていない。浮気くらいで大袈裟な、とでも思っているのだろう。しかし、話はそれで済まないから、全員がキレているのだ。


「お前様。こちらの潮さんのお腹には赤ん坊が居るのです」


「あ、そうなんだ。それは、おめでとう?」


「理解ってんのかニャー?お前の子供だぞ」


「へぇ~、俺の……子供っ!!!!」


 秀吉の顔が面白い程に歪む。流石に自分の子供だと言われて驚愕している。これで秀吉は皆が何を怒っているのか理解した。他所で子供を作ったとなれば、寧々が大激怒するのは当たり前だ。今までは子供までは出来なかったから遊び惚けていた。つまり年貢の納め時が来たのだ。秀吉はマズイ事態になった事をやっと認識した。


「え?嘘ぉ、まさか、あの時の?」


「覚えがあるようだニャ」


「いや、いやいや、俺じゃないかもよ!?」


「潮殿は山名家の未婚の姫だ。婚前交渉が出来たのはお前一人しか存在しねぇぇぇーんだニャァァァー」


「痛い痛いって!」


 恒興は否定しに掛かる秀吉の顔面にアイアンクローをお見舞いする。絶対に逃さんという強い意志を込めて。


「兄者、この期に及んでまだ言い逃れをするのか」


「お義父様、『揚羽』を抜いてもよろしいですか?」


「澪、コレの為にお前が手を汚す必要は無いニャ。ニャーに任せろ」


 秀吉が言い逃れに転じた事で、全員の怒りが更に上がる。澪は恒興から貰った『揚羽』の短刀を抜く許可を取ろうとした程だ。しかし、流石に娘の手を汚させたくないので、恒興は自分に任せる様に言う。


「上野介殿、アレは手に入りましたか?」


「もちろんですニャー、おね殿。おい!持って来いニャ!」


 非常に冷静な能面の様な顔で寧々は恒興に聞く。アレは手に入ったかと。それに応じ、恒興は外に居る親衛隊員に叫ぶ。程なくして重量物を引き摺る音と共に大きな物が姿を現す。全長3m全高2m程になる凝った模様を施された銅製の牛の像が親衛隊員4人掛かりで運ばれて来たのだ。その異様な迫力に秀吉は目を見開く。


「何だ?その牛は?」


「コイツの名前は『ふぁらりすの雄牛』。銅製の模造品だニャ。手に入れるのには苦労したニャー」


「へ、へえ。高そうだなぁ〜」


『ファラリスの雄牛』とは古代ギリシャで制作されたと言われている。残っているのは設計図と逸話だけで現物は既に存在せず、恒興は模造品だと言う。何処かの好事家が文献から面白半分に造ったらしい。

 恒興が堺の天王寺屋宗達に伝馬宿を使い手紙を送ったのは、この『ファラリスの雄牛』を手に入れる為である。宗達は商売として珍しい品物も買い取りしている。日の本の品物だけではなく、南蛮の品物もだ。しかし時折、とんでもない物を持ち込む南蛮人も居る。宗達はその事を話のネタとして、堺に赴いた恒興に語っていた。その一つに『ファラリスの雄牛』があった事を恒興は思い出したのだ。


「コレには大人一人を入れられる。上部の蓋を密閉して閉じ込めて、下から火で雄牛を炙る。すると熱傷と窒息という二重の苦しみを与えて殺せるという処刑道具・・・・だニャー」


「何、その怖いの!?」


「雄牛の中には空気管があって、対象者はそこから外の空気を吸うのだとか。その時に牡牛は鳴き声を挙げるそうです。さあ、お前様、入って貰いましょうか?」


『ファラリスの雄牛』は牛の胴体部分に入れる様になっている。本来は横腹が開いて入るのたが、模造品は牛の背中に開口部がある。ここに大人一人を屈んだ状態で押し込み、蓋を閉めて準備完了。あとは牛の腹の下で焚き火を燃やすのだ。これにより対象者は熱傷を負い、最終的に焼き殺される。しかしこの雄牛はそれだけではない。火によって熱せられるのは対象者だけではなく、周りの空気もだ。熱せられた空気を人が吸う事は出来ない為、窒息していく事になる。その為に雄牛の中には外の空気を吸える管が備えられている。これが一種の管楽器になって、雄牛の口に繋がっている。だから対象者が外の空気を吸うと、まるで雄牛が鳴き声を挙げている様に聞こえるという。そういう趣向が凝らされ見る者を愉しませる処刑道具だ。この『ファラリスの雄牛』が邪悪なのは設計思想から人間を苦しませる目的で制作されているからだ。

 恒興も寧々も目が座っており、雄牛の説明を淡々と話す。その顔や声に何の感情も読み取れない。まるでそれが普通と言わんばかりに。秀吉は恐怖のあまり叫び声を挙げた。


「ヒイィィィ、俺が悪かった!許してくれぇ!」


「本当に反省してるんですか、お前様?」


「それはもう!海より高く、天より深く!」


「では何故、私がここまで怒っているか理解りますか?」


 泣いて赦しを乞う秀吉に、寧々は自分が何に一番怒っているのかを問う。それが理解っていないと、謝罪も反省も無意味である。


「それは他所の女と浮気したからです!」


「……雄牛の中に入って頂きましょうか?」


「ヒイィィィ!違うのーっ!?」


 秀吉はもちろん寧々以外の女性に手を出して子供を作った事だと言う。その答えを聞いた寧々は秀吉に雄牛の中に入れと返す。つまり秀吉の解答は間違っているのだ。


「当たり前です!私が怒っているのは『子供を放置』した事、『身籠った女性を放置』した事です!!何をしてくれてるんですか!潮さんのお腹の子供は『私の子供』なんですよ!!」


「え?そうなの?」


「理解っていないなら説明して差し上げます!この木下寧々は羽柴秀吉の正室なのです!ならば羽柴秀吉がどの女性と子供を儲けようが、その子らは全て、正室である『私の子供』になるんです!いい加減、武家の常識くらい理解して下さい!」


 寧々が一番怒っているのは『子供を放置』した事、『身籠った女性を放置』した事である。何しろ、この産まれてくる予定の子供は寧々の子供になるからだ。人間の赤ん坊は親無しには生存出来ない。秀吉が放置し続ければ、潮だけの力では足りず、その未来は容易に訪れる。つまり寧々は自分の子供を殺されかけているのだ。これが彼女には何よりも許せない。寧々の極大の怒りの源はここである。

 では何故、潮の子供が寧々の子供になるのか?それは武家の常識なのである。武家において、妻が正室と側室に分かれるのは、側室は正室の代わりに子供を産んでいる建前だからだ。だからどの側室が子供を産んでも、それが武家当主の子供なら全て正室の子供になる。

 例えば池田恒興の娘であるせんの母親は側室の藤だ。しかし嫁ぐ時には池田恒興と正室の美代が両親として送り出す事になる。現代の代理母が側室という感じだろうか。しかし、子供達の中でも正室の子供か側室の子供かで序列はある。正室の子供は嫡流、側室の子供は庶子となるので、何事も嫡流の子供が優先となる。家督相続権がそうで、年齢も無視して嫡流の子供が優先になる。なので、時々揉める。

 世界的に見ても王者の息子が母親の違いから争う事は枚挙に暇がない。だからと言って、妻を一人だけにすると断絶の危機が直ぐに訪れる。その問題に対する日の本の答えなのかも知れない。


「奥様、じゃあこの子を産んでもいいのですか?」


「当然です。このお腹の子供は貴女の子供であり、私の子供なのです。共に立派に育てましょうね」


「……はいっ!この子は望まれて産まれてくるのですね。ここまで来て良かった、良がっだでずゔ、ううう〜」


「これから二人で頑張りましょう。よしよし」


 潮は心配だった。寧々が大激怒して子供の存在を許さないのではないかと。寧々をよく知らない為、彼女が夫に対する独占欲で言い出す可能性は高いと潮は心の中で思っていた。

 しかし、寧々は既に潮の子供は自分の子供なのだと秀吉に怒っている。そして潮に子供を立派に育てるべく一緒に頑張ろうと言った。

 潮は泣いた、ようやく泣けた。子供が出来て家を追放された時、彼女は悲しかったが泣かなかった。それは子供の安泰を手に入れるまでは泣いている場合ではないと思ったからだ。頼れる伝手は何でも頼るつもりだったが、家中追放なので親戚には頼れず、世間知らずな彼女は羽柴秀吉しか思い浮かばなかった。だから歯を食いしばって尾張国まで来た。そこで羽柴秀吉には木下寧々という正室が居る事を知り、潮は不安に駆られた。もしかしたら寧々は潮の子供を受け入れないかも知れない。他人が産んだ子供を疎ましく思うのはよく有る話だ。しかし、寧々はハッキリと宣言した。潮の子供は私の子供でもあるのだと。その言葉に潮は赤ん坊は望まれて産まれてくるのだと確信し、彼女は泣いた。その彼女を寧々は優しく抱きしめた。


「おおお〜、美しき親子愛だ。感動だ!」


「ニャーもそう思うニャ。じゃ、感動そのままに雄牛の中に逝こうか?小一郎、手伝えニャー」


「もちろんですよ、上野殿」


「だから反省してるってば!許してくれぇぇぇ!!」


 感動の親子愛だというのは全員一致した見解だが、恒興はお前が言うなと言わんばかりに秀吉を雄牛へ連れて行こうとする。恒興に言われた小一郎も即座に手伝った。

 その後、子供の安泰が確定した潮はこれまでの疲れが一気に来たのか、倒れそうになった。その彼女を寧々と澪が支え、部屋で寝かせる為に連れて行った。


「た、助かった〜」


「秀吉、次にやったらマジで雄牛の中に入れるからニャー。火は点けずとも、狭くて暗い場所に1日くらい放置してやるニャ」


「勘弁してくれ〜」


 恒興は次にやらかしたら、雄牛の中に入れて1日放置してやると宣言する。雄牛は処刑道具であり、火を点けると対象者が死んでしまうので、中に入れて放置くらいしか出来る事は無い。しかし狭くて暗い場所に放置されるだけでも精神的には参るだろう。


「まあ、第一子お目出度うと言っておくニャー。そんじゃ、次はこれニャ」


「何?この書状は?」


「信長様からの召喚状だ。都でこき使ってやるからさっさと来いってよ。荷物纏めて行ってこいニャー」


「何で信長様まで……」


 秀吉への仕置きはまだ終わらない。次は主君である織田信長からの召喚状だ。信長は秀吉を京都所司代の一人としてこき使う気である。


「ニャーの母上を本気で怒らすからだ。今回の件の詳細を母上が信長様に報告したんだニャー」


「兄者、俺は止めろって言ったよな。他家の姫に手を出すとか、軍規違反どころか外交問題じゃないか。信長様は山名家に謝罪の書状を送ったらしいぞ」


「そこまでの事態に!?」


 何故、織田信長が今回の件を知っているのか?それは養徳院桂昌が詳細を手紙に書いて信長に送ったからだ。養徳院からの手紙なので信長は何よりも優先して中を確認した。そして秀吉の所業が発覚、信長は全身から黒いオーラを放って激怒している。そう、目撃した正室の帰蝶から伝わって来た。

 しかも潮は山名家の姫である。これが滅びた大名なら問題は無いのだが、生憎と山名家はちゃんと存在している。しかも織田家と山名家は和議も結んでいる。なので織田信長は謝罪の手紙を山名家に送った。落ち度が織田家にしかないからだ。


「信長様も激怒してるニャー。覚悟して行って来い」


「いや、俺が居なくなったら長浜の開発が……」


「小一郎が居ればお前は要らんニャ。小一郎で足りなければニャーも力を貸す。粘っても信長様の機嫌が悪くなるだけだぞ」


「今直ぐ行ってきまーす!」


 秀吉は長浜の開発を危惧するも、恒興はお前は要らないと言い切る。そもそも長浜の開発は小一郎や浅野弥兵衛長吉に丸投げしているのだから。それに小一郎達で長浜の開発が上手く行かないのなら、恒興も出来る限りは支援するつもりだ。小一郎は池田家の婿なのだから当然だ。とりあえずは本人達にやらせて見てから、支援を決めていく。やれるだけはやらせないと、小一郎が成長しないと思うからだ。

 恒興からキッパリと要らない奴認定された秀吉は京の都に向かって走り出した。


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 寧々と潮を長浜に送り届けた後、恒興は犬山に帰還した。そして事の顛末を母親である養徳院桂昌に報告する。


「という訳で、潮殿は秀吉の側室として娶られる事で落ち着きましたニャー」


「そうですか。子供の為を考えれば妥当ですね」


 最終的に潮は羽柴秀吉の側室として娶られる運びとなった。潮とこれから産まれてくる子供の未来を考えれば、これが最善となるだろう。養徳院もそれに同意する。


「信長様は秀吉を呼び出して京の都で使うとの事ですニャー。泣いたり笑ったり出来なくなるまでこき使ってやると息巻いているとか。母上の手紙が効きましたニャー」


「他家の姫に手を出すなど、普通に外交問題です。同情の余地はありませんよ。ふう」


 養徳院は今回の詳細を織田信長に報せた。彼女にはこの手段が使えると織田家内で認知されていたが、実際に使ったのは今回が初めてである。それだけ養徳院が本気を出した訳で、更に見過ごせない外交問題だからだ。

 養徳院としてもあまり使いたくなかったが、今回は仕方ないと考えている。そして彼女は溜め息を吐いて、チラリと庭を見る。そこには異様な物体が置いてある。


「それで残ったのが、この『ふぁらりすの雄牛』ですか」


「はいですニャー。まあ、次やったらマジで入れると、秀吉を散々に脅しましたのでお役御免かと」


「恐ろしい人間も居るものですね。この様な悪趣味な物を作り出すとは」


「製作者も製作を依頼した者も雄牛の中で死んだと聞きますニャ」


『ファラリスの雄牛』には次の伝説がある。シチリア島アグリジェントの支配者であったファラリスは斬新な処刑方法を欲していた。それに応えてペリロスという男が報奨金欲しさに、このファラリスの雄牛を作製し献上した。ファラリスはこれを早速試したくなり、ペリロスを雄牛に入れて焼き殺した。ファラリスは雄牛を手に入れた上にタダになったと喜んだ。ペリロスは雄牛の最初の犠牲者となった。しかし後年、ファラリスは支配者の座から転落し、雄牛の中に入れられたという。彼は雄牛の最後の犠牲者となった。というものだ。

 この雄牛には火を点けた跡や中に人が入れられた形跡が無いので、好事家の南蛮人が興味本位で設計図から作製した物と見られている。


「正に因果応報ですね。恒興、目障りなので鋳潰いつぶしなさい」


「畏まりましたニャー。銅塊にして仏像の材料にします」


「それは良いですね。尼寺に寄附しなさい。お経を唱え浄化して差し上げます」


「ははっ」


 伝説を聞いた養徳院は『因果応報』だと評した。彼女は雄牛を不快そうに眺め、恒興に鋳潰すように命令する。恒興は銅塊にして仏像制作の材料にすると宣言した。それを養徳院は自分の尼寺に寄附する様にと言う。その仏像にお経を唱えて銅に込められた怨念を浄化しようという事だ。恒興は即座に了承した。


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 後日、山名家此隅山城。

 山名家当主の山名祐豊は弟で一門衆の山名豊安を呼び出した。山名豊安は何の用事で呼び出されたのか分からず、兄である山名祐豊に質問する。


「兄上、私に何かご用ですか?」


「うん。織田家から書状が届いてね。それでお前に聞きたいんだけど、娘の潮ちゃんは何処に行った?」


 潮の名前が出た瞬間、山名豊安の全身からダラダラと冷や汗が出てきた。目は泳ぎ、プルプルと震え出した。そしてガバっと深く土下座をした。


「兄上、申し訳御座いませぬ!」


「いきなり何なのさ」


「娘の潮が羽柴秀吉の側室になっているそうなのです。不埒な娘と追放したのに、敵将の妻になるなど、何という恥の上塗り!」


「……」


 豊安が謝ったのは娘の潮を、当主の判断を仰がずに勝手に追放したからだ。彼は潮の現在を把握していた。潮が羽柴秀吉の側室に収まっている事も。


「今直ぐにでも潮を連れ戻し、座敷牢にでも放り込みますので、暫しの御猶予を!」


「バカな事を言ってるんじゃない。放っておけって」


「しかし、兄上」


「この件で罰とかは無いから。理解った?」


「兄上……。何とご寛大な。有難う御座います!」


 豊安は潮を連れ戻して座敷牢に幽閉すると言うが、祐豊は一蹴した。そんな必要は無いと。そして祐豊は潮に関して不干渉を決めて、豊安に言い渡したのだった。


(ふう。感情的でバカな弟だ。自分で追放しておいて何を言ってんだかね)


 祐豊は知っていた。織田信長から書状が届いて、山名家の姫を羽柴秀吉が娶った事に対する謝罪が書かれていたからだ。祐豊はまず山名家の姫の所在を調べた。そしたら山名豊安の娘の潮だけ居なくなっていた。

 実は、豊安は娘の潮の妊娠が発覚すると烈火の如く怒り、感情に任せて追放していたのだ。潮は家中から追放されたと思っていたのだが、豊安は家中に通達していなかった。ついカッとなって追放しただけだった。そして祐豊に問い詰められるまで黙っていた訳だ。完全に怒られたくない子供の発想であり、祐豊は感情的でバカだと評した。


(潮ちゃんが羽柴秀吉の側室か。予期してなかったけど、これは使える。たしかに織田家には酷い目に遭わされたけど、和議は成った。そして、あの秀吉くんがかなり強い事もイヤと言うほど理解った)


 山名祐豊にも思惑が有って、潮について不問とする決定をした。たしかに山名家は織田家の羽柴秀吉に酷い目に遭わされた。しかし織田家との間には和議が成立している。戦争後の和議は信用出来ないものだ。しかし、織田信長は今回の件を即座に謝罪した。敵対関係なら謝罪などしない。つまり織田信長の中では山名家はもう敵ではないという事だ。これから実の有る交渉が出来る相手なのだ。更に言えば、信長の謝罪文はとても整っていて、誠意すら感じる名文だった。だから祐豊は信長を信じてみようと思ったのだ。……まあ、実情は信長の無礼極まりない文章を、六角承禎が全力改稿し仕上げていたのたが。

 そうなると織田家の交渉の窓口が必要になるが、既に織田家内に居る。というか、祐豊は何もしていないが、潮が羽柴秀吉に嫁いだので彼は山名家の婿になっている。祐豊はこれを奇貨として置くべきと考えた。だから潮を放置しろと命じたのだ。


(問題は毛利家の腹黒クソジジイだ。調べて分かったけど、あの懲罰はクソジジイが幕府に賄賂を贈ってやらせていたんだ。帰って来たら尼子家残党が蹴散らされてたし。まったく、役立たずだよ)


 山名祐豊には不倶戴天の敵が居る。それを彼は『毛利家の腹黒クソジジイ』と呼んでいる。……一応、毛利元就の事らしい。彼は毛利家を止める為に尼子家残党を支援していた。

 しかし山名家は幕府から懲罰を受ける事になり、羽柴秀吉によって散々な目に遭わされた。そして祐豊が領地に帰って来ると、支援していた尼子家残党は吉川元春によって蹴散らされていた。何かおかしいと思って調べてみたら、幕府の懲罰自体が毛利家の要請(賄賂付き)である事が判明した。


(毛利家だけはダメだ!アイツラはマジで容赦が無い。尼子家も、名家である大内家ですら滅ぼしたんだ。大内家は元寇で奮戦し日の本を守護した武家なんだぞ。あのクソジジイは何を滅ぼしたのか、理解っているのか!)


 何故、山名祐豊はそこまで毛利家を嫌うのか?それは毛利家が拡大を続けているから、ではない。毛利元就が大内家を完全に滅ぼしたのが原因だ。

 毛利家は一般的に大内家傘下豪族と周りから見られていた。毛利元就の嫡男と三男に大内義隆の『隆』の文字が偏諱されているのが証明となる。名前の後ろの文字は家臣に与える文字だからだ。これが同盟大名だと名前の前部分となる。例えば、織田家と徳川家は同盟関係なので、家康の嫡男には信長から『信』の字が与えられ『信康』と名乗る事になる。一方で羽柴小一郎長秀は家臣なので信長は彼に『長』の字を与えた訳だ。

 なので毛利元就は当初、反逆者である陶晴賢を討ち、大内家の正統を取り戻すと見られていた。だが、彼にそんな気は無く、そのまま滅ぼした。普通は傀儡当主を据えたり、乗っ取りを画策したりするものだ。全国の下剋上大名達が絶賛奮闘中だ。何故、毛利元就が大内家を再興しなかったのかは謎だが、結果として大内家を滅ぼしたのは『毛利元就』になったという事だ。これが山名祐豊は許せない。

 大内家はその辺の成り上がり大名ではない。平安以前の名家で源平藤橘に属さない『古代豪族』である。古代豪族の大名家は幾つか存在している。九州大隅国の肝付氏や四国土佐国の長宗我部氏、他は神職の末裔だ。

 そして大内家を語る上で外せないのが『元寇』である。大内家は2度に渡る元朝の侵攻に立ち向かい日の本を守護した英雄的武家なのだ。この神聖不可侵とも言える大名を滅ぼした事が毛利元就の最大の汚点であり、現代では『謀聖』と称えられる彼は、戦国時代では『獣畜生』と嫌われていたのだ。

 もう一人、英雄的武家を滅ぼした戦国大名を紹介しよう。それは『龍造寺隆信』である。肥前国の大名だ。この龍造寺家は元々、元寇の英雄的武家である少弐家の家臣だった。しかし家中の争いにより龍造寺家は族滅手前まで叩かれた。残されたのは老人一人と女子供だけ。この状況から龍造寺家兼は齢91にして立ち上がり、龍造寺家を再興を果たした。鍋島清房を味方に付けるなど勢力を増して、曾孫の龍造寺隆信に引き継いだのである。その隆信は更に勢力を拡大し、主家である少弐家を滅ぼした。そんな彼に付けられた渾名は『肥前の熊』。これは熊みたいに獰猛なヤツという意味だ。龍、虎、獅子、鬼以外の渾名はほぼ悪口だと思ってよい。他には狸とか狐とか蝙蝠とかがある。猫も入るのだろうか。


(手を結ぶなら織田信長だ。羽柴秀吉との縁で織田家に交渉する。ゆくゆくは秀吉くんが西に来る様に仕向けるんだ。そうすれば山名家は秀吉くんの援軍が貰える。僕の姪を嫁にしたんだから、彼にはその義務が有る。織田信長には生野銀山を渡したんだ。そのくらいはして貰わなきゃね)


 山名祐豊は毛利元就に対抗する為に、織田信長と手を結ぶ事を考える。そして羽柴秀吉が西側の担当になる様に交渉を掛けていく事になる。たとえ織田家から援軍を得ても、縁もゆかりも無い武将だと山名家の為に必死にはならないだろう。そこを言えば、羽柴秀吉は山名祐豊の姪婿になるので、山名家を頑張って守る事になる。そして彼がとんでもなく強い事も祐豊は理解している。いくら虚を衝いたとはいえ一週間以内に此隅山城まで到達したのだから。それまでに陥落させた城砦は優に30を超える。いくら何でも強過ぎると山名祐豊は秀吉軍団を評価していた。

 織田信長には大人しく生野銀山を差し出したのだから、このくらいはして貰わないと、と祐豊は考えた。


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【あとがき】


 べ「今日の特別ゲストはこちらの方です」

 就「どうも皆さん。山名祐豊曰く、腹黒クソジジイこと毛利元就です」

 べ「山名さんが織田家と手を組もうとしています。これはどうですか?」

 就「アホじゃな。直近に降された相手にすり寄って、家臣が付いてくるのかという話よ。そこをワシがちょいちょいと突付いてやれば、あら不思議、内乱の雨霰じゃ」

 べ「では山名家攻略に行きますか?」

 就「……ちょっと無理かのう。大友家の件があるし、最近は四国で河野家と長宗我部家の問題も出て来おった。河野家は毛利家の従属大名じゃから援軍を出さねばならんのじゃ。」

 べ「大変ですねー」

 就「長宗我部家の伸長が早すぎるわ。史実で長宗我部家の防波堤になる筈だった土居清良と渡辺教忠は何処に行ったんじゃ!奴らが居れば長宗我部家を10年は抑えた筈じゃぞ!」

 べ「……スミマセン。てへ」



 今回の件で産まれてくる子は秀吉さんの長男『石松丸』くんです。6年ほど早産まれです。後に羽柴秀勝と名乗る予定でしたが6歳で夭折したと伝わってますニャー。なので豊臣秀吉さんの実子は石松丸くん、鶴松くん、秀頼さんとなっています。

 宝厳寺の「竹生島奉加帳」という寄進状には「御内方」(正室の寧々)、「大方殿」(母のなか)に続いて「石松丸」、「南殿」とあり、石松丸くんの存在は確定しております。そして「南殿」が石松丸くんの母親で秀吉さんの側室と見られていますが、それを確定出来る証拠が見当たらない謎の女性となっていますニャー。つーか、いきなり出て来ますからね、彼女。普通、結婚までの経緯とかあるはずなんですが。

 石松丸くんは夭折となっていますが、架空小説なので普通に生きます。その要因となるのが小一郎さんの結婚です。小一郎さんは恒興くんの養女の澪さんを娶りましたので、池田家との繋がりを持ちました。その為に小一郎さんは長浜の発展に池田家のノウハウを使えます。また、恒興くんの戦略的にも長浜は発展して貰わないと困るので小一郎さんに対して優遇措置を取ります。その上で肝となるのが風土古都であり、鶏肉と卵が必要なのも語っております。つまり小一郎さんは養鶏場を造り、ノウハウは池田家から持って来ます。そうなれば石松丸くんは良い栄養が摂れ、病気に対する体力も身に付くという希望的観測ですニャー。希望的観測とはそうだったらいいなーという意味です。

 石松丸くんの母親の南殿は諸説有ります。

 ①織田家臣の娘に手を出した説→普通に有り得るけど記録が無い

 ②身分の低い家女房だった→有るには有るけど、秀吉さんの嗜好が身分高いスキー

 ③山名家の姫に手を出した説→ファッ!?

 となります。この小説では③を採用しましたw

 史実で秀吉が山名家懲罰を行ったのは1569年で石松丸くん誕生は1570年です。時期が一致しています。そして織田信長さんの謎人事『中国方面軍司令官に秀吉さんを抜擢』に説明が付くのではとべくのすけは考えた訳です。現代評価なら秀吉さんが相応しいと見られてますが、戦国時代なら有り得ない人事です。何しろ、秀吉さんは直近に『手取川の戦い』で勝手に撤兵したからです。これには信長さんも激怒しており、多少の功績では穴埋め出来ません。なのに秀吉さんは中国方面軍司令官に抜擢されました。播磨国の調略を担当し、毛利家との交渉パイプを持つ荒木村重さんが相応しいと誰もが思っていたのにです。結果として、功績を横取りされた形になった荒木村重さんは謀叛しました。それくらいの謎人事です。

 しかし、そこに山名家の外交があったとしたら?毛利家が迫っている状況で、山名祐豊さんが図らずとも姪婿となっていた羽柴秀吉さんの援軍を欲していたとしたら?

 祐「ねえ、信長さん。秀吉くんを援軍にくれない?ウチさ、毛利家の対処でピンチなんだよ。生野銀山を差し出したんだから、そのくらいはしてくれてもいいよね。ねえねえ」

 信「……しゃーねぇな。分かったよ。秀吉は毛利家対策に当てる」

 祐「よっしゃー!」(秀吉くんが強いのは知ってるからねー。彼は山名氏族なんだから、山名家の領地も守ってくれるはず!)

 という交渉があったのかもと、べくのすけは妄想した訳ですニャー。あ、フィクションですニャー。

 そして悲報 秀吉さんの息子は石松丸くんのみになるかも。いや、茶々さんが、ね……。

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