宗珊塾の子供達

 1563年(永禄6年)夏。

 池田家の家老である土居宗珊は多数の子供達を連れて山道を歩いていた。山道と言っても標高88mしかない山なので登山という程ではない。今回の目的は遠足で幼児でも出来る体力作り、そして犬山城本丸をどう造るかを考えさせる事である。その為に宗珊は生徒である子供達を連れて来た。

 現在の宗珊塾の生徒は加藤孫六7歳、飯尾茂助6歳、小西弥九郎5歳、森兵吉郎7歳、藤堂高虎8歳、脇坂安治10歳となっている。来年には森兵吉郎の弟の森勘八3歳が加わる予定だ。数年後に加藤政盛の子 加藤太郎1歳も来る予定で、その後に池田幸鶴丸 半年も来る予定となっている。つまり、ここで名前を挙げた者は池田幸鶴丸の家臣団を構成する池田家次世代組なのだ。

 一行は山を登り、それ程時間も掛けず頂上までやって来た。そして犬山城の本丸を見上げる。


「何度見ても掘っ建て小屋だよな」


「どう見ても大櫓に壁を張っただけや」


「孫六、弥九郎、ズバリ言うなって」


 孫六と弥九郎は犬山城の本丸を見て呆れ、茂助は二人を窘める。本丸とは言っても2階建てくらいの大櫓に壁を張っただけの見窄らしい物である。上に登る為の梯子が設置されているだけで、中は物置倉庫になっている。

 だが、これが戦国時代では一般的な本丸である。そもそも本丸とは『本丸櫓』と言い、一番高い場所から敵陣を偵察する為に建てられているのだから。それが戦国時代中期辺りからしっかりとした建築物が増えていった。それは下剋上大名や成り上がり豪族が増えた為、立派な城を築いて少しでも権威を上げようという事だ。朝廷の官位や幕府の役職が無くても支配者であると示す為なのだ。

 その意味での本丸は池田恒興には必要無いので放置されている。しかし流石に悪目立ちが過ぎる様になってきたので、建て直そうとは考えている。


「宗珊様、今日はここで何をするんですか?」


「うむ。今日の課題は『犬山本丸をどう造るか?』だ。各々、周りを調べてどの様な本丸が必要か考えるのだ」


 土居宗珊が子供達を犬山城本丸に連れて来た理由。それは犬山本丸をどう造るかを子供達に考えさせるのが目的である。

 各々、周りを調べるという事で周辺を自由に回る事になる。つまりこの山を走り回っても良いという事になる。いつもと違う遊び場だと、孫六や茂助はわくわくした顔をする。それを察した高虎は苦言を呈する。


「孫六達が遊びそうですが」


「それも良い。弁当も持って来たのだから時間は余り有る」


 高虎の忠告に宗珊はそれも良いと返す。山で遊び回って周辺を確認する事も大切だと宗珊は考えている。連れ回しているだけの指導など退屈極まりないだろう。人間、興味の無い事は覚えられない。なら、楽しみながら体験して学習すれば良いのだ。各自、弁当持参で来たのだから時間はかなり有り余る。

 それを聞いた孫六は目を輝かせて走り出す。


「よし!弥九郎が鬼な。茂助、兵吉郎、逃げろー!」


「「おう!」」


 孫六の号令に茂助や兵吉郎も呼応して走り出す。そして何故か弥九郎は鬼に指名された。つまり、『鬼ごっこ』が始まったのだ。


「何でやー!?待たんか、オノレらーっ!」


 鬼の指名に抗議しながら弥九郎も走り出す。その様子を見た高虎は子供だなと呆れた。高虎と孫六では1歳しか違わないが。


「早速、遊び始めましたよ」


「ハッハッハ。元気な事は良い事だ」


 いきなり走り出した子供に、宗珊は元気だと褒めて笑った。

 しかし弥九郎は現在最年少の5歳。子供は年齢が一つも違えば、差がかなり開く。その為、弥九郎はまったく孫六達に追い付ける感じがしない。それを見た安治は軽く屈伸運動を始める。


「どれ、弥九郎が可哀想だし、鬼を代わってやるか。まずは孫六を捕まえてやろう」


「安治、お前が最年長なんだから、少しは手加減しろよ」


「理解ってるよ、高虎」


 高虎に手加減しろと言われた安治は全力で猛ダッシュして走って行った。高虎は手加減する気はあるのだろうか?と、ちょっと不安に駆られた。


「高虎は行かないのかね?」


「いえ、行きますよ。実際に走り回って地理を確認したいですから。では」


 宗珊に促された高虎は地理を確認すると言って走り出した。

 一頻り鬼ごっこを楽しんだ子供達は弁当を使う。弁当はそれぞれの実家で作った物、或いは弥九郎の様に池田邸で作って貰った物だ。実家で弁当を作って貰えたのは孫六、茂助、兵吉郎の三人。弥九郎、高虎、安治は単身で犬山に居るので池田邸で作って貰った。弁当後は少し食休みした。その間、子供達は犬山城本丸の地形について分かった事を話し合う。


「犬山城本丸は結構、急な斜面もあるな。孫六達も気を付けろよ」


 高虎は孫六達に注意する様に言う。犬山城本丸周辺は平地から筍の様に山が突き出していて、特に木曽川側はかなりの急斜面になっている。だから彼等が誤って急斜面に行かない様に高虎は言った。


「分かってるよ。いつも思ってたんだけど、平坦な犬山にここだけ突き出てる感じだよな」


「元々は最前線の拠点だからかな。防衛用の砦を構えるには最適な場所に見えるんだけど」


 孫六は犬山の地形が珍しいと感じる。だいたいの山は幾つかの山が連なったり、形が歪だったりするものだ。なのに犬山城本丸の辺りだけポンと突き出ている。予想としては長い年月で木曽川の流れに削り取られ、犬山城本丸周辺だけ取り残されたのではないだろうか。

 茂助は犬山が元々は国境線防衛用の砦だったと話す。一つだけ突き出した山は砦を建てるには最適と言える。戦争では高所を取れれば有利に戦えるからだ。だから、そこに砦を建てるのは合理的である。


「そやけど殿は犬山を尾張美濃信州を繋ぐ物流拠点にしたんやと、僕は思うで。木曽川を使えるからやろな」


 弥九郎は商人としての視点から話す。恒興は犬山の周辺にある物流路を第一に考えているのではないかと。木曽川や東山道が近い事が要因となっていると見ている。


「やはり元は山砦だったのか」


「鯰尾城もポツンと小高いやまの上にあるし、拠点を築き易いんだろうね」


 安治と兵吉郎も犬山が元は山砦だったのかと認識した。というか、今の犬山の町を見て、城郭と堀の長さを見て、ここが砦だったとはまったく見えない。兵吉郎は実家の鯰尾城に地形が似ているので予想はしていた様だ。

 しかし、それならば全員がある疑問を持つ。


(((何故、こんな場所に経済拠点を構えているのか?)))


 恒興がこの場に居たのなら、確実に「うっせーニャ」と言っただろう。貰った場所が犬山なんだから、しょうがないだろと。当然だが、恒興は当初は犬山を防衛拠点と考えていた。しかし美濃斎藤家を攻略する為に美濃の民衆を引き入れたり、小作人を匿う為に犬山を拡張した。更に彼等を守る為に城壁で周りを囲う総構えを採用した。その後、四国から大量の民衆が来るなど、かなり人が増えた結果、とにかく壁と堀で囲うだけとなり、犬山の防衛力は死んでいった。そして恒興は開き直って犬山の経済発展に思い切り舵を切った訳だ。

 しかし、この恒興の決断は功を奏した。犬山城は本丸周辺こそ山砦として有効ではあったが、周りは平地である為、規模が大きくなるとただの平城となる。なので山城としての堅固さは最初から得られない。だが、木曽川の水運と直結し、東山道という古の街道と近いので、経済的要素は多分に有る。更に広い平地は農業に向き、水資源も豊富とくれば農商業に舵を切ったのは良策だった。

 あとは治安が課題となるが、犬山城の総構えは山賊を防ぐには十分であり、茂助の養父である飯尾敏宗の専門部隊が周辺を見張っている。……なので飯尾家の領地経営はだいたい敏宗の兄で茂助の実父 飯尾信宗が担当している。これまた歪な家政ではあるが、飯尾信宗は前飯尾家当主なので上手くやっている様だ。

 その後、子供達はかくれんぼをして更に地形を確認した。遊びながら学んでいる。それを宗珊は切り株に腰を下ろして眺めていた。机に向かって勉学に励むのも良いが、実地で見て聞いて触って学ぶ事も重要だと彼は考えている。彼は何も指示をせず、子供達の自主性を重んじる。これは宗珊の教育方針だ。何故なら彼等は後々、指揮官となる。ならば、戦地においては自分で考えて答えを出す必要がある。その素養を磨いておこうという方針な訳だ。

 かくれんぼを終えた子供達は宗珊の所に集まった。そして自分達で考えた新しい犬山城本丸の姿を発表した。まずは孫六が先制して声を挙げた。


「俺の考えはこれだ。本丸は壮大荘厳に造り、本丸に続く門も相手に畏怖を抱かせるくらいの立派な物にすべきだ」


「「「……」」」


 まあ、普通の案だ。新しく造るのだから立派な物にするのは当然だ。そして孫六は本丸に続く門も立派な物を備えるべきだと主張した。


「ふっ、流石に誰も反論は無いかな」


「……誰も言わないなら俺が言おうか、孫六」


「高虎か。どうぞ」


 孫六の意見は特におかしくない。それ故に誰からも反論は出なかった。その事に孫六は自分の意見は完璧だと胸を張った。しかし、誰も言わないのであればと、高虎が孫六に意見をぶつける。


「お前は本丸と門が立派なら恐れ慄くのか?」


「そんな訳ないじゃん!」


「……じゃあ、無駄だな」


「あーっ、しまったーっ!」


 高虎は問い掛ける、孫六は本丸と門が立派なら恐れ慄くのかと。孫六は自分が侮られたと感じたのか、即座に否定した。そして、その否定が自分の案すら否定している事に気付き、孫六は頭を抱えた。

 その様子に茂助は笑い出す。


「はっはっは。語るに落ちたな、孫六」


「じゃあ、お前はどうなんだよ、茂助!」


「私の案は門を『多聞櫓』にする事さ。門に大櫓を合体させて迎撃防衛力を上げるんだ。本丸は孫六の案でも問題はないかな」


 自信満々に茂助が出した案は立派な本丸と門は変わらない。しかし彼は門を多門櫓にして防衛力の強化を考えた。多門櫓は松永久秀が多門山城に備えた鉄砲運用を考えた防御門である。門に群がる敵兵を高所から鉄砲や弓で一方的に攻撃出来る。織田信長も多門櫓を真似して、各地の城に造っている。これを茂助は採用すべきと主張する。


「成る程、多聞櫓か」


「感心するなよ、孫六」


「む、なら高虎の意見を聞こうじゃないか」


 孫六は多門櫓があったかと納得する。しかし高虎は間違っているぞと警告する。ムッとした茂助は高虎の意見を聞く事にした。


「あのな、茂助。ここまで敵が来たなら抵抗するだけ無駄だ。もう犬山の町が占領されてるだろうが。防衛力が有って何になるんだ?そもそも敵が来ない事は大前提なんだよ」


「あう……」


 ここは犬山城本丸。ここまで敵兵が来たのなら、それは既に犬山城が占領されているに等しい。この本丸が多門櫓で粘って、どんな未来があるのか。だから敵兵が来ない事は大前提であり、本丸の防衛力など無意味だと高虎は言う。ズバリ指摘された茂助は悄気しょげてしまう。


「お前も語るに落ちてんじゃん」


「うるさい、孫六。最初に落ちたのはお前だろ」


「まあまあ、頭武士なお前らじゃそんなもんやろ」


「「んだとーっ!?」」


 孫六は茂助も語るに落ちたとからかい、茂助は言い返す。そんな二人を見て弥九郎は頭の中が武士だと嘆息した。


「ふっ、この小西弥九郎の案はこうや!見る者を魅了する程、華麗で素晴らしい本丸にするんや。登りやすい道も造って拝観料を徴収。これで大儲けや!」


 弥九郎の案は犬山城本丸を芸術品の様に美しく、華美で華麗な物にする事だ。そして観光名所の様に道を整備して拝観料を徴収し、商売も出来る様にする。戦わない本丸なのだから、見世物にしようという案だ。


「それは誰でも入り放題だろうが!」


「犬山城本丸を観光名所にするんじゃない!」


「ぶはあっ!?何で交差鉞撃クロス・ボンバーやねーん!?」


 商売っ気100%な弥九郎に孫六と茂助は前後からラリアットをお見舞いする。それを交差鉞撃クロス・ボンバーというらしいが、何処から来た言葉なのかは不明である。


「ならば、こういうのはどうだ。本丸に続く道を細く曲がりくねらせる。これで敵兵の大半は転げ落ちるだろう」


「安治、俺の話を聞いていたか?ここまで敵兵が来たら犬山城は落城しているって」


 今度は安治が発言する。彼は犬山城本丸周辺の急斜面地形を利用して敵兵を落とす事を考える。人は大勢だと急に曲がれなくなる。曲がる時に速度を緩める必要があるが、大勢だと後ろから押されて止まれないからだ。こういう仕掛けは山砦に多く、比較的安価で作成出来る。

 源平合戦の一つ『倶利伽羅峠の戦い』は代表的である。逃げる平家軍は木曽義仲に追われ、狭く曲がりくねった道に人が殺到した為、多数の平家軍兵が崖を転落して大損害を出した。

 しかし、高虎はここに敵兵が来たら、その時点で終わりだと先に述べている。


「そうだったか。うーむ、兵吉郎はどうだ?」


「皆に比べると普通かも。私の案は左右対称の四角型本丸で目立たせる、くらいかな」


「良い案だと思うぞ、兵吉郎」


 安治は兵吉郎に話を振る。彼の意見は本丸を目立たせる為に左右対称の四角型にする事を提案する。左右対称、所謂シンメトリーだが、これは人間が美しいと感じる要素だという。しかも資金的にも負担なく行える。

 これは良い案だと高虎も兵吉郎を褒める。


「何だよ、高虎。自分の意見を言ってないじゃないか」


「そうだ、そうだ」


「まあ、意見も出し尽くしたし、そろそろいいか」


 孫六と茂助は高虎に抗議する。高虎は批判するだけで自分の意見を言ってないと。たしかに高虎以外は既に意見を出したので、そろそろ潮時だと高虎も感じる。


「まずは南を見ろ」


「見たけど?」


「一番向こうに何がある?」


「南大門だな。犬山で一番大きい門だ」


「そうだ。そこから北に真っ直ぐ、俺達が居る本丸に向かって大きな道が延びている。これが犬山の大動脈で商人達は皆、この道で品物の搬入搬出をしている」


 まず、高虎は城下を指差す。その南方向の先に何があるのかを問う。その先には南大門があると孫六は答える。犬山は北が木曽川で塞がっているので、東西南に出入口がある。その中でも南の門は尾張国内に向かう物流路として大きな門と道が通っている。その為に多くの商人や住人がこの南大門に続く道を利用している。


「そっか。南大門から真っ直ぐ歩いてくると、イヤでも本丸が目に入るのか」


「それなら見た目はかなり重要だよな」


 孫六と茂助は高虎が言わんとしている事に気付いた。南大門に続く道を多くの人が通るという事は、自分達が今居る犬山城本丸がイヤでも目に入るのだ。だから本丸の見た目は重要なのだと。


「ああ。それであの道の終点には何がある?つまり俺達の目下にあるんたが」


「風土古都やな。今日もえらい賑わっとるわ」


「その直前で道は北東に曲がり、犬山の舟着き場に到る。これが何を意味するか理解るか?」


 そして南大門から続く道は風土古都に到る。そこから左右に道が続き、東西の門、又は犬山の舟着き場に繋がっている。この道が何を意味するか、高虎は全員に問う。


「勿体付けるなよ、高虎」


「安治、これは勉強なんだぞ。答えばかり求めないで、自分達で考えろよ」


 安治は勿体付けるなと言うも、高虎は自分で考えろと返す。その為に来たんだろうと。指揮官ともなればいろいろな状況も自分で答えを出す必要に迫られる。それが出来なければ、犠牲になるのはその部隊に居る兵士達だ。場合によっては自身の命も危うくなる。だから自分で答えを出す事は重要なのだと。聞けば答えを得ようというのは甘えだと、彼は言う。


「うーん、通り抜け易い、とか?」


「それも一つだな」


 孫六は素直に通り抜け易いと見たままの感想を言う。高虎はその感想に笑顔で頷く。


「道幅が広いから物資の輸送に便利もあるよな」


「それはつまり、商売がし易いちゅうこっちゃ。あの道には商家が並んどるしな」


 茂助は大きな道は物資輸送に便利だと、弥九郎は商売がし易いと答える。つまり商売流通に有利な様に造られていると感じた。


「しかしだ。こうなると敵も通り易くなる」


「殿はもしかして犬山を防衛拠点だと考えていない、のか?」


「兵吉郎、良い読みだ。俺もそう見ている」


 だが、それは敵兵が来た時は一息に駆け抜けられる事を意味している。南大門を突破された場合、敵を防ぐ手段が『無い』のである。そこから安治と兵吉郎は恒興が犬山城を防衛拠点として見ていないと感じた。その意見に高虎も同意する。


「どういう事だよ、それ!」


「孫六、そのままの意味だぞ。殿は犬山城で防衛する事を考えていない。最初は考えていたんだろうな。古い堀は明らかに防衛用に造られている」


 孫六は犬山城が城ではないと言われたと感じて声を荒げた。高虎は恒興が犬山城で防衛する事を考えていないのだと答えた。

 また、高虎は犬山の町にある古い城壁や堀は城としての設計がされていると指摘した。その事から最初は犬山は『城』として造られていたと言う。つまり、途中から恒興は犬山を城として造る事を放棄したのだと考えられる。


「じゃあ、徐々に防衛向きじゃなくなったのか」


「犬山の中にいろいろな産業を内包しとるからやろな。防衛力を考えて町を迷路にしてもうたら、商売上がったりや」


 茂助と弥九郎も犬山が徐々に『城』から『町』に変化したのだと理解した。商工業を発展させるなら、人が通りにくい構造は邪魔でしかない。

 三重県松阪市をご存知だろうか?この町の基礎設計したのは名将と名高い蒲生氏郷である。彼の軍事的センスが爆発した結果、松阪城は町を巻き込んだ迷路となり、敵兵はおろか地元住民ですら迷うと言われている。関ヶ原の戦いの折りに松阪城を攻撃した鍋島勝茂はあまりの迷路ぶりに困惑したと言われている。松阪城本丸に向かっているのにまったく辿り着かない。鍋島勝茂は終いにはキレて全て焼き払おうとまでしたらしい。東軍に付く事を意識してか、彼は実行しなかった様だ。当然だが、こんな町の構造では商業は発展しなかった。現代ではだいぶ改善されているが、松阪市に行く機会があったら気を付けて欲しい。


「そういう事だ。殿はおそらく犬山の経済的発展を重視して、犬山城の城としての機能を犠牲にしたんだ。防衛に関しては野戦迎撃するか、他で防衛させるか考えていると思う」


「という事は?」


「犬山城本丸は防衛力を考える必要はない。目立って立派なら良いんだよ。つまり『支配の象徴』という感じなら問題無いんだ」


 高虎は恒興が犬山の経済的発展を重視して、城としての機能は外に展開していると見た。流石に戦国の世で防衛力無しは有り得ない。それなら犬山の防衛は犬山の外にあるのだと考えている。

 だから犬山城本丸に防衛力は無用。『支配の象徴』としての本丸であれば良いと高虎は言う。


「なので俺の案は本丸を品を失わない程度に荘厳壮麗に造る。また、庭もしっかり整備して木々が本丸を隠さない様にする。拝観料は取らないからな。商売をすると安っぽく見られかねない。欲しいのは『権威』『象徴』、これだけだ」


 高虎の案は犬山城本丸を荘厳壮麗に造り『支配の象徴』として相応しい物にする。また、その周辺の木々も整えて、本丸をより目立たせる。また、弥九郎の言う拝観料は取らない。商売をすると『支配の象徴』が安っぽくなるからだ。


「どうですか、宗珊様?」


「ふふふ、よく見ているものだ、高虎」


 全員の意見が出揃ったので、高虎は宗珊に話を振る。宗珊は満足そうに高虎を褒めた。


「高虎の見立て通りでな。殿は犬山城で防衛する事は考えておられぬ。その為に現在、鵜沼城と小牧山城を整備しておる。他には信長様に一宮での築城も願っているところだ。つまり殿は犬山の周りの支城を強化する『支城防衛計画』を考えておられるのだ」


 高虎の意見は正解で、池田恒興は犬山城での防衛を考えていない。その為に犬山城北の鵜沼城を山内一豊に新築させている。これは防衛用の城として設計されている。

 また、犬山城南にある織田信長が築城した小牧山城も整備中だ。こちらは将来的に金森長近が城主となり防御を固める予定だ。ただ、小牧山城は城郭が大規模なので、曲輪を減らす予定ではある。

 あとは犬山城西の一宮付近に築城を要請。これは織田信長も準備が出来次第と返答している。ただ、犬山城東は豪族の領地になっているので未定となっている。

 つまり恒興は犬山の東西南北に支城を築いて防衛する『支城防衛計画』を考えているのだ。その為に犬山は最早、城ではない。壁と堀を備えた巨大な町なのだ。


「……じゃあ、結局は高虎が正解なのか。ちぇっ」


「そうではないぞ、孫六」


「え?」


 孫六は高虎が正解なのかと、若干不貞腐れた。しかし宗珊は孫六にそうではないと声を掛けた。


「お前は犬山城本丸と本丸門を壮大荘厳に造ると言った。これは間違いではない。犬山の規模を考えれば、相応の物が必要だ。出来の悪い物なら、また悪目立ちするだろう」


「は、はい!」


 宗珊は孫六の案で犬山城本丸と本丸門を壮大荘厳に造るというのは正解であると言う。そもそも今の犬山城本丸が粗末で悪目立ちしているから造り直そうというのだから。犬山の規模を考えれば、見る相手を圧倒出来るくらいの物があっても良いだろう。


「茂助は多門櫓だったな。実に面白い」


「本当ですか!?」


「多門櫓はまだ珍しいからな。しかもあれは中に入って高い所から犬山の町を見れるだろう。殿が客人を連れて来た時に話のネタに出来るかも知れぬ。流石に防衛用ではないがな」


「で、ですよねー」


 茂助の案にあった多門櫓も面白いと宗珊は言う。本丸門に採用しても使う機会は無いだろうが、外見としては良く立派な物に見える筈だ。そして恒興が客人を迎えた時にも話のネタとして活用出来る。それは多門櫓がまだまだ珍しい物だからだ。


「しかし城外の門を多門櫓にする事は有効だろう。いくら犬山城で籠城しないとはいえ、山賊の襲来は考えられるのだからな」


「はい!」


 多門櫓が活躍出来る場所は犬山城の外周の門だろう。一応、犬山でも山賊の襲撃は考えられる。その時に多門櫓が備わっていれば、山賊を撃退出来る。まあ、茂助の養父である飯尾敏宗が山賊などを犬山に近付けた事は無いが。


「弥九郎は見た目を良くするのだったな。それは良い。本丸が地味では何の為に建てるのか分からなくなるからな。しかし商売は止めておきなさい。それは武士のやる事ではない」


「はーい」


 次は弥九郎の案だ。宗珊は犬山城本丸を目立たせようと言う弥九郎の案は良いと褒める。ただ商売はしない様に釘は刺しておく。あと武士としての考え方を持つ様にとも。


「安治は本丸に続く道を曲げて登りにくくする、だったな」


「はっ」


「山砦であれば有効だ。これから一軍の将ともなれば野戦築城の機会もある。その時にお前の考えは活きるだろう。研究しておきなさい」


「了解しました」


 安治の案は山砦防衛の考え方だ。これも武将に必要な要素である。今の犬山城には必要ではないが、織田家では戦地での野戦築城を多用する。なので宗珊は安治に更に研究を深める様にと言い渡す。


「兵吉郎は左右対称や四角型といった構造の話だったな。某は建築の専門家ではないが、あまり資金を掛けずに目立たせるのは大切な事だ。資金は有れば有るだけ使えば良いというものではないからな。倹約出来るところは倹約する。重要な事だ」


「はい」


 兵吉郎の案は左右対称や四角型といった構造の話だ。彼の意見の良い所はあまり資金を掛けずに本丸を目立たせられる点だ。資金は無限ではない。武士としては倹約を心掛けるべきだし、資金に余裕が有れば出来る事も増える。それは重要な事だと宗珊は褒めた。


「この様にそれぞれの意見にもそれぞれ良い所は有る。一概に正解不正解という訳ではないし、それぞれの良い所を組み合わせる事で更に良い案になる可能性もある。今回は犬山城本丸という限られた場所の話だ。別の城には違う案が必要になる。その時に役立つだろう。皆、研鑽を重ねなさい」


「「「はい!」」」


 宗珊はそれぞれの案に見所は有ると締め括る。今回は犬山城本丸をお題として出したが、彼等が成長すればいろいろな場所で築城する機会もあるだろう。その時に彼等の意見が活きる事になる。自分で考える事、他人の意見を取り入れる事、そして答えを導き出す重要性を宗珊は説いた。それが戦国時代の武将に必要なのだと。

 そして宗珊は子供達を連れて夕暮れ前に山を降った。


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【あとがき】


 前回では養徳院さんが本気を出した訳ですが、彼女の在り様は小説の架空設定ですニャー。しかし戦国時代にはそのレベルの女性も存在します。今川義元さんの母親 寿桂尼さんは代表と言えますニャー。寿桂尼さんは『女戦国大名』と呼ばれ、この人の存命のうちは武田信玄さんでも今川家に手を出しませんでした。

 他には慶誾尼さんでしょう。彼女は九州肥前国の大名 龍造寺隆信さんの母親です。龍造寺家は少弐家臣で家老の馬場頼周さんと反目していました。そして馬場さんにより龍造寺家の男はほぼ暗殺されました。生き残ったのは龍造寺家兼さん91歳と龍造寺隆信さん16歳、後はそれ以下の年齢の男の子と慶誾尼さんら女性達だけだった。彼等は辛うじて筑後国に逃れ、柳川城主・蒲池鑑盛さんに匿われました。この蒲池鑑盛さんは家兼さんを支援しました。そして家兼さんは鍋島清房さんなどの協力を得て龍造寺家を再興させました。家兼さんは隆信さんを後継者にして死去。享年92歳。龍造寺隆信さんは少弐家と馬場頼周さんを滅ぼし復讐を遂げました。

 しかし慶誾尼さんは危惧していました。息子の隆信さんは少々粗暴であまり人の意見を聞かない。そして鍋島家は龍造寺家において完全に外様であり、いつ離れてもおかしくない。そうなれば龍造寺家は直ぐに崩壊すると見ていました。

 そこで彼女は考えました。鍋島清房さんは正室の奥さんが亡くなっていました。しかし清房さんは継室を迎えていませんでした。そこで慶誾尼さんは清房さんに新しい嫁を紹介すると申し出た訳です。清房さんは断りましたが、慶誾尼さんは何度も打診し、最終的に清房さんは折れました。清房さんは「どうせ鍋島家を繋ぎ止める為に龍造寺家の女性が来るんだろうな」と思いました。

 慶誾尼さんは紹介する女性は鍋島家の屋敷に行かせると言いました。なので女性を乗せた籠が到着した時、清房さんは出迎えました。清房さんが挨拶すると女性が籠から降りて来ました。その顔を見て清房さんは驚愕しました。何と降りて来たのは慶誾尼さん、その人でした。つまり鍋島清房さんの継室になるのは慶誾尼さんという事です。

 驚く清房さんに慶誾尼さんは言いました。息子である龍造寺隆信さんには優秀な補佐が必要だと。そこで慶誾尼さんが鍋島家の正室になる事で、清房さんの息子である鍋島直茂さんを主君の弟にすると。どの女性が母親であろうと、鍋島家の子息は全て正室である慶誾尼さんの息子になるからです。慶誾尼さんはそれくらい鍋島直茂さんを見込んでいた訳です。

 こうして龍造寺家臣の鍋島家は縁戚となり、龍造寺隆信さんと鍋島直茂さんは兄弟となりました。

 慶誾尼お母さんの行動力が半端ないですニャー。

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