三河木綿
1563年(永禄6年)夏。
三河国岡崎城。
ここは三河徳川家の本拠地である。最近に徳川家は松平家から改姓した。三河国の支配権を得る為に『三河守』を朝廷から認めて貰う為の措置である。首尾よく三河守を得た徳川家康は三河国支配を進め、いよいよ遠江国に攻め込もうという勢いだ。しかし、ここである問題が出て来た。
岡崎城本丸近くに徳川家康の屋敷が在る。その一室に二人の男が頭を抱えている。
「何故、こうなった……」
頭を抱えながら一人の男は愚痴る。部屋の主である徳川家康だ。その向かいには彼の幼い頃からの兄役である酒井忠次が座っている。彼も同様に悩んでいる。この二人が悩むくらい、徳川家の現状は厳しいものだった。
「これでは何の為に我々は本願寺と戦ったのか分かりませぬな」
「私はただ当家の権利を取り返しただけなのに、それだけなのに……」
「批判も覚悟の上で、あの三寺を地上から消滅させるまでやったのですが」
問題の一端は『三河一向一揆』であった。この戦いは徳川家vs本願寺というよりは、徳川家vs地元の寺勢力という感じだ。地元の寺勢力の中で最も強勢だったのが本願寺に属する本證寺、上宮寺、勝鬘寺という寺だった。
事の起こりは今川義元が松平家を臣従させた事にある。義元の考えでは、三河国を徐々に支配国にしていくつもりだったのだろう。しかし松平家が弱体化したのをいい事に、別の勢力が三河国で力を伸ばした。それが寺勢力であり、松平家が保有していた利権を奪っていった。これに対して今川義元は三河国支配の為に方々に良い顔をして対策をしなかった。これは家康からすれば巫山戯るなと言いたくなる事案だ。故に松平家の利権を取り戻す為には、まずは今川家から離れる必要があった。そして返せと口で言えば返す様な者達でもない。つまり戦う必要に迫られた訳で、切っ掛けなど何でも良かったのだ。
そして家康は利権を取り返した。これで徳川家の財政は健全化する事はなかった。何故なら、利権の中でも非常に大きい財源が有名無実と化してしまったからだ。
「何故、取り返したら『油場銭』が廃止されるんだああぁぁぁーっ」
「無視しようにも尾張国から安い清油が流れて来て、こちらの油がまったく売れませんからな」
『油場銭』である。というか、油場銭自体が利権と化している状況は日の本全土で変わらない。寺社勢力がやっている所もあるし、大名や豪族がやっている場合もある。こういった利権の奪い合いが乱世の源といってもよい。
ただ最近にこの油場銭の巨大利権を根本からポッキリと圧し折った大名が居る。そう、織田信長である。彼が朝廷に掛け合い、油場銭の廃止を決めて、更に安価で質の良い油を大量に販売し始めた。これにより商人達は織田家の清油に飛び付き、地方の混ぜ物油は売れなくなった。その為に油生産業者は強制的に混ぜ物油を止めざるを得なくなり、油場銭の支払いも拒否した。払えば破産だからだ。また、朝廷からの油場銭廃止令も彼等の油場銭拒否の大義名分となった。当然ではあるが徳川家の油場銭は出て来なくなる。
「『油場銭』は当家の重要財源だったのに、どうしたらいいんだ」
「……ならば、織田家に責任を取って貰うのが筋ですな」
「忠次、出来ない事を言うなよ。織田宰相にそんな事を言ってどうなる?」
頭を抱えている家康に忠次は織田家に責任を取って貰おうと提案する。油場銭を廃止させたのは織田信長なのだから、その補填は織田家にして貰うという事である。その提案に家康は苦い顔をする。いくら油場銭が徳川家の重要財源だからといっても、現状では油場銭は違法行為となっている。これを信長に言ったところで受け入れては貰えないだろう。
この酒井忠次は徳川家至上主義と言える考え方をしており、織田家に気を遣う事は無い。同盟なのだから、徳川家の利益にしなければくらいに思っている。だから織田家のやった事が良い事であれ悪し事であれ、徳川家の不利益になったのなら責任を取れ。そういう論調なのだ。彼のこういう頑なな態度は家康が頭の痛いと思うところだ。
「誰も織田殿に物申せとは言っておりませんぞ。油場銭廃止を大きく働き掛けたのは犬山城主の池田上野介殿だとか」
「池田上野か」
「要は油場銭の代わりを用意出来れば良いのです。池田上野介殿にやって貰うのが宜しいかと」
しかし忠次も家康に無理な心労を掛けるつもりは無い。なので代案として、油場銭廃止を大きく主導した池田恒興に織田家としての責任を取らせようと提案する。結局のところ、油場銭の代わりになる財源を確保出来れば良いのだ。
「それを池田上野に言えとお前は言うのか?」
「いいえ。犬山には三河からの出奔者が多数居る様です。その中には犬山の町造成に関わった伊奈忠家とその息子が居るそうです」
「成る程な、その二人を呼び戻して考えさせれば良い訳か」
とはいえ、家康と言えど恒興に面と向かって油場銭の補填を求めるのは言い難い。それに対しても忠次は案を持っている。以前に反乱を起こした元松平家臣が多数、犬山に匿われているのは周知されている。家康ももちろん知っている。その犬山では内政に深く関わる三河者が居ると、忠次は耳にしていたのだ。その三河者『伊奈忠家とその息子の親子』を呼び戻して考えさせるのが良いという事だ。
「伊奈忠家の方だけで良いでしょう。息子の方は犬山に残し、円滑な伝手とするべきかと。その二人を連携させて織田家の産業に当家が食い込むのです」
「よし、そうしよう。早速、伊奈忠家を呼び戻すのだ!」
「はっ、直ちに」
忠次は呼び戻す者は伊奈忠家一人で良いと言う。息子の方は犬山に残して、忠家と綿密な連携をさせる為だ。
この意見に家康も納得し、伊奈忠家を呼び戻す為に手紙を認める事にした。
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尾張国犬山。
筒井順慶は犬山の町中を歩いていた。同伴者は乃恵と乃々の二人を連れている。順慶にデートというつもりはない。ただ、たまには源二郎とヨネの夫婦を二人きりにさせてやろうと気を遣っただけだ。そんな日も必要だろうと勝手に思う順慶である。
もう一つの目的はろ過器だ。あれからろ過器の商品化が進んでいると思うが、順慶は気になっていた。そこで試作改良をしている村正の息子である勘三郎の工房を目指していた。犬山の風土古都の大通りから路地に入ると、少し離れてはいるが鉄鋼工房が並ぶエリアがある。そこに勘三郎の工房もある。
「やあ、勘三郎さん」
「これは順慶様。ようこそいらっしゃいました」
「「お邪魔します」」
「順慶様のお連れ様ですか。可愛らしいお嬢さん方だ」
勘三郎は順慶のお伴をしている乃恵と乃々を可愛らしいと世辞を言う。しかし順慶が女の子二人しか連れていない事に気付く。
「あれ?順慶様、護衛の方は?」
「居ないよ。三人だけ」
「ダメですよ。順慶様はお大名様なんですから」
筒井順慶は大和国筒井家当主。犬山には保護大名の保証として滞在している建前だ。当たり前なのだが、その保証が危険な目に遭えば恒興の責任問題となる。その為に順慶は出掛ける際には護衛が必要である。つまり、順慶は無断で屋敷を抜け出して来た。本人に大名としての認識が希薄な為、一々護衛を要請するのが面倒くさいと感じている様だ。
「ま、ちょっと出掛けたいだけだからさ」
「殿様が鬼の形相で追い掛けて来ても知りませんよ」
「逃げ足には自信が有る!」
当然だが、この事を恒興が聞けばダッシュでやって来る。順慶は逃げる気満々である。
「いや、そういう話じゃ。それで私の工房にご用ですか?」
「あれからろ過器はどうなったかなーと思ってさ」
「ろ過器ですか。まだ試作の段階ですが、見ますか?」
「お、見る見る」
順慶は勘三郎の工房に来た用件を伝える。ろ過器があれからどうなったのか見に来たのだ。勘三郎はろ過器が未だ試作の段階だと言い、順慶達をろ過器がある部屋に案内する。
奥の部屋に入ると、そこにはろ過器が置いてあった。順慶の作った高さ1m程の物が、何と3mくらいの大きさになっていた。外観も木製というよりは補強の鉄材の割合が高く、ただの鉄製といってもよいだろう。
「ちょ、ま、ナニコレ。俺の身長の倍くらいあるんだけど」
「一つで村人全員の飲料水を確保しようとなりますと、本体を大きくして容量を増やす必要があるんですよ。その分、強固に頑丈にと考えていたら、こんな巨大な物になりまして」
順慶が作成したザル5段分の粗末なろ過器は、十倍以上もの大きさになっていた。順慶が作成した大きさだと数人分の飲水を確保するだけでやっとだ。しかし、ろ過器を使うなら村や町の全員分が欲しい。なので、ろ過器自体を大型にする必要があった訳だ。巨大化したろ過器に順慶は圧倒された。
「これは、運べるんですか?」
「お姉ちゃん、流石に無理なの」
乃恵はこんな大きな物をどうやって運ぶのか疑問に思う。というか、どうやってこの部屋から出すのだろうかと。何しろ、出入口よりろ過器の方が格段に大きい。乃々は無理だと見ただけで悟った。
「いや、そこは工夫がしてあって、分棚式にしたんてすよ」
「分棚式って?」
「ほら、順慶樣が言っていた整備の問題です。全てを一気に整備するのは難しいので、一段を一棚として順番に整備する事にした訳です。運ぶ時も一棚づつで可能です」
このとんでも重量と化したろ過器をどうやって運ぶのか?それはもちろん考えていて、棚ごとに分離する事が出来る様に作られている。運ぶ際には全5層の棚を分離させて、搬送先で組み立てる方式を採用した。また、整備する際も棚を一つ一つ分離させて利便性を確保している。
「おおー、成る程。タンスの様に引き出し型にしたのか!」
「たんす?何です、ソレ?」
「あ、いや、何でもないよ」
(あれ?もしかしてタンスって無いの?これも売れるんじゃね?よし、帰ったら源さんに作って貰おう!)
説明を聞いた順慶はまるで
箪笥は江戸時代中期に現れ、富裕層の間で広まったという。明治時代に西洋式箪笥が庶民の間で人気となり、一般的な家具となったと言われている。
「という訳で、この引き出しを引いてですね、ふんっ!……ふぬぬぬうぅぅーっ!!ウオオオォォーっ!!」
勘三郎は内部を説明しようと、棚の取ってに手を掛けて引く。しかし超重量物と化したろ過器は棚一つでもまったく動かない。顔を真っ赤にして雄叫びを挙げる勘三郎。しかし、ろ過器の棚は物音一つ立てる事すらなかった。
「勘三郎さん、ビクともしてないよ」
「ハアハア、棚一つを引っ張り出すだけでも三人掛かり、持ち上げるなら八人掛かりとなってまして」
「重過ぎないっ!?」
勘三郎は棚を引き出すのに三人、棚を持ち上げるなら八人が必要だと言う。それは勘三郎一人で棚を引き出すなど不可能だ。
順慶はザル5個で作った簡素なろ過器が、こんな超重量物になった事に戦慄する。これが恒興の本気なのだと。
「まあ、整備する時は中身をある程度抜く予定ですから」
「えーと、なら問題は無いのかな」
「いえ、実は耐久性の問題がまだ解決出来なくて、商品化に到ってないんですよ」
「耐久性?」
「底に敷いている紙ですね。なるべく丈夫な紙を使ってるのですが、一回も耐えられない事もありまして」
商品化に当たって、ろ過器が超重量なのは運搬に問題ではある。しかし、分棚にした事で、本体、棚、中身を個別で運ぶ事が可能になり、数人で運べる様になっている。なので全国に向けての販売も可能だと考えている。
まだ問題はある。それはろ過の最終段階で順慶が使用していた『紙』だ。ろ過器が巨大化した為、中身の石や砂もかなりの重量になっており、紙がまったく保たないのである。順慶が作った小さいろ過器なら紙でもそれなりに保っただろうが、この超重量では酷というものだ。
「あー、成る程。紙だもんなー。水に濡れると弱くなるし、この重さだもん」
「そうなんですよ。商品化に当たって、製品も大型化してます。なので紙が重量に耐えられなくなったのでしょうね」
「紙がダメなら布かな」
「ええ、我々も丈夫で安価な布を使う予定です」
順慶は紙を布にする事を提案する。結局はなるべく水だけを透過して小さな汚れを取ってくれれば良いのだ。それは勘三郎も考えている様で、なるべく安価で丈夫な布を使用する予定だ。
「そうか!犬山の絹織物だね!」
「順慶樣、流石に絹織物は高価過ぎますよ」
「お殿様が鬼の形相で追い掛けて来る事態なの」
「どう足掻いても、恒興くんが追い掛けて来るのか」
布といえば犬山織。順慶は閃いたといった感じで提案する。しかし、その案は乃恵と乃々に否定される。犬山織は絹織物であり、安価とは言えない。犬山織が安いと評判なのは、他の絹織物と比べたら格段に安いという話だ。麻布や木綿よりも安いは有り得ない。そして犬山織は増産しても品薄が続いている。乃々はろ過器に犬山織を使おうものなら、恒興が鬼の形相で追い掛けて来ると警告した。
「丈夫な木綿なら三河国の名産品ですよ」
「?どちら樣?」(おー、大谷さん以来のちょんまげヘアーだ)
突然、部屋の出入口に居た男性が順慶達に声を掛けた。順慶が振り向くとそこには壮年の侍が立っていた。腰に刀を差した男性、順慶でも一目で侍と判る。何故なら男性は頭頂部を剃り、後ろ髪を束ねて頭頂部に持って来ている。所謂、『ちょんまげ』ヘアースタイルだったからだ。
順慶は現代で時代劇を観た時、だいたいの侍がちょんまげヘアースタイルであり、侍の証明くらいに思っていた。しかし戦国時代に転生した順慶はちょんまげヘアースタイルの侍と会うのは稀だった。何しろ若い人はたいていポニーテールだからだ。筒井家ではポニーテールか丸坊主しか居ない。犬山でも恒興をはじめポニーテールが多く、池田家臣団の重臣では大谷休伯のみがちょんまげヘアースタイルである。
その男性は順慶達の会話を聞いていた様で、丈夫な布は三河木綿だと推した。三河木綿の始まりは平安時代初期に天竺人(インド人)が三河国幡豆郡に漂着して、綿の種子とその栽培方法を伝えたという。そして室町時代に大陸から木綿織りの技術などがもたらされ三河木綿として特産物となった。その三河木綿を徳川家康の妻である築山殿が支援し、更に発展している。
「あ、伊奈殿」
「お初にお目に掛かります、順慶樣。土屋長安に仕えております伊奈忠家と申します。犬山の町作り、流通や防災を担当しております」
「よろしく。土屋さんとは一回しか会ってないなあ。何か忙しそうだったし」
「あの方は働き過ぎですからな」
男性の名前は伊奈忠家。三河国からの出奔者で息子である忠次と共に犬山に来た。その後、土屋長安に誘われ、池田家で働いている。犬山の町造成拡大に多大な功績が有り、恒興からも名前を覚えられている程の人物だ。
「今日はどうしたんです、伊奈殿?」
「実は私、三河国に帰る事になりまして。それでお世話になった方々への挨拶をと思いましてな。勘三郎殿にもいろいろと協力を頂きましたので」
「そうですか。寂しくなりますね」
「息子の忠次は残りますので、たまには顔を見せますよ」
伊奈忠家は三河国に帰る事になったので、関係各所に挨拶回りしている最中のようだ。つまり三河国出奔の件が徳川家康から許されたという事だ。ただ、許されたのは忠家一人で息子の方は許しが出ておらず、彼は犬山に残る模様。勘三郎は寂しくなると忠家の帰還を惜しむ。
「三河国って恒興くんと関係有るの?」
「いえ、私が三河国徳川家からの出奔者というだけです。この度、帰参が許されまして」
「おお、徳川家!超メジャー大名じゃん!」
「めじゃあ?はっはっは。噂通り、順慶樣は不思議な言葉の使い手ですな」
事情が理解らない順慶は恒興と三河国に何の関係があるのか尋ねる。忠家は自分が徳川家の関係者だと答える。流石に順慶でも徳川家は知っており、超メジャー大名だと評した。まあ、松平家と言われたら、たぶん判らなかったと思われる。
「伊奈殿は徳川家から許されたという事ですね。お目出度い」
「池田の殿からもこれまでの働きを感状にして頂きましたので、徳川家に戻っても頑張りますよ」
「という事は、土屋殿の過労がまた深刻に……」
「そこは私も心配なんですがね……」
忠家は帰郷するに当たって、主君である池田恒興や土屋長安に報告していた。三河者の帰還に制限を設けないというのは最初からの約束だ。恒興は忠家を惜しみつつ、彼の功績を感状に書き記した。池田家でこういう事をやってくれたと書いて家康に見せる為だ。そうする事によって、家康が忠家をその方面で用いる事を期待している。感状とはこういう効果がある。
伊奈忠家は挨拶回りの途中なので、その場を後にした。それを順慶は見送る。その様子は何の感情も読み取れない。まあ、順慶にとって伊奈忠家は知り合ったばかりなので、彼の大変さも何も分からないため仕方ない。ただ、勘三郎はそんな順慶の様子が気になった。
「どうしたんです、順慶樣」
「いろいろあるんだなーって思って」
「はあ」(相変わらず暢気な方だな。天才ってこういうものか。順慶樣は生まれながらの大名だからかも知れない)
順慶は何も理解していないので、とりあえず「いろいろある」で誤魔化した。
勘三郎は主家から追放された侍の大変さを知っている。その為、順慶の様子は奇異に映ったのだ。順慶は最初から大名だから主家から追放された侍の悲哀を知らないのだと感じた。
「そうだ!清良さん知らない?」
「土居殿なら大型水車の検分かと。たぶん木曽川の堤防ですよ」
「大型水車!?それは見てみないと!」
順慶は突然思い出した様に、土居清良の居場所を尋ねる。ろ過器の量産は清良が担当しているので、進捗を聞いてみようと思ったからだ。
勘三郎は土居清良が木曽川の堤防に居ると教えた。清良はそこに大型水車を造ったので、検分の最中だという。順慶は大型水車と聞いて目を輝かせた。というか、とある事情により夕方まで屋敷に戻るつもりが無いので暇なのだ。乃恵と乃々を連れて行ける場所なら何でも良い。
「案内しましょうか?」
「え、いいの?仕事忙しいんじゃ……」
「水車の金具を作ったのは私なんで、調子を見ておきたいんですよ」
「あ、そういう事ならよろしく。乃恵さん、乃々ちゃん、行くよ」
「「はい」」
勘三郎も大型水車に関わっている様で、水車の調子を見に行くついでに案内してくれるという。順慶は乃恵と乃々を連れて大型水車の場所に向かった。
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後日、三河国徳川家政務所。
犬山から出発した伊奈忠家は徳川家康と面会していた。部屋には主君の家康と脇に酒井忠次が居る。忠家は家康に対し深々と座礼した。
「殿、長らくお暇を頂いておりました。伊奈忠家、只今帰参致しました」
「おお、忠家、待っておったぞ」
「殿には大変なご迷惑をお掛けし」
「よいよい、それはもう言わぬ。池田上野介殿からの感状を見たぞ。かなりの働きだと上野介殿も褒めておった。私も期待しておる」
「はっ、有り難き幸せ」
家康はかなりご機嫌であった。恒興の感状に書かれていた内容を見て、彼が徳川家の役に立つと確信したからだ。特に今、家康が頭を悩ませている問題に対して。
「まずは酒井忠次の与力として勤めよ」
「忠家、よろしく頼むぞ」
「ははっ」
伊奈忠家は酒井忠次の与力として務める事になった。面会を終えた家忠は酒井忠次と共に彼の部屋に移る。そこでこれからの仕事の相談をしようという訳だ。
「酒井樣、一つだけ聞いてもよろしいですか?」
「何かな、忠家?」
忠家は今回の帰参に関する質問をする事にした。簡単な話だ、今回の帰参の許しは家忠一人だったからだ。
「今回は何故、私だけ許されたのでしょう?息子は許されないのでしょうか?」
「殿は既に全員を許しておられる。それでも出て行ったのはお前達ではないか」
「そ、それは……」
その質問に対して忠次は嫌味を含んで答える。家康は三河一向一揆の時に離反した家臣達を全員許している。それでは面目が立たぬ、主君に会わせる顔が無いと出て行ったのは忠家達の方なのだ。そう言われて、忠家は言葉に詰まる。
「すまん、意地の悪い言い方だったな。お前だけ名指しで許したのには理由が有る」
「理由と言いますと?」
忠次はふと嫌味が出てしまった事を謝罪する。言うまいと決めていたのだが、つい口に出してしまった。それくらい家康の制止を振り切って出て行った者達に少し怒っていたのだ。それが主君をどれだけ傷付けたのか理解っているのか、と。ただ、家康はもう言うなと彼に申し付けていた。
忠次は姿勢を直して理由は有ると話す。伊奈忠家だけを名指しで許した理由が。
「実はな、今の徳川家は財政難なのだ。戦争続きで戦費が嵩む一方でな。このままでは戦線を維持出来なくなるかも知れん」
「そこまでですか!?」
「そこで、だ。お前には徳川家の財政立て直しをやって貰いたい。あの犬山の町造成に関わったという手腕を見込んでな。新しい産業でも良いし、織田家に売り込める品が有れば良い。その為にお前の息子には池田家に残したのだ。伝手が残っていればやり易いだろう」
「成る程、そういう理由でしたか」
家康も忠次も頭を悩ませている問題。『徳川家財政問題』である。今の徳川家は三河国をだいたい制した。家康が織田家の上洛に付いて行き、徳川姓と三河守の官位を得てからは早かった。当たり前だ、実力が有る家康は三河国に対する支配権を得たのだから。権威と権力と実力を備えたのだから、三河国で家康に対抗出来る勢力は皆無だ。そして家康は次の目標に遠江国を設定し動き出す。……前に、ある問題が出て来た。金が無い、である。このままだと戦線が維持出来なくなり、今川家の反撃に耐えられなくなるかも知れないところまで来ていた。しかも織田家は図らずとも徳川家の利権を破壊した。これで徳川家は更に追い詰められていた。
そこで織田家の内情を知る伊奈忠家を呼び戻して対策に当たらせようという訳だ。簡潔に言うと、三河国の物産を織田家で売れないか?という事だ。その連携を図る為にも、忠家の息子には犬山に残る様にしたのだ。
「ただ、悠長にしている時間は無い。産業を振興するより、何か織田家に売り込む物があればと思うのたが」
「それでしたら、まずは三河木綿でしょう」
「ふむ。しかし、犬山には犬山織があるだろう。大して売れないのではないか?」
「酒井樣、絹と木綿では用途の広さがまるで違います。絹織物は主に衣服ですが、木綿は衣服から雑用品まで使えます。また、犬山で丈夫な布は需要が伸びそうな気配もあります」
伊奈忠家は織田家で売れる物に三河木綿があるという。彼はこれから織田家で木綿の需要が急速に伸びると見ている。木綿は絹織物より安いので衣類だけでなく、雑用品としても使える。これが木綿の利点となる。
例えば順慶が作ったろ過器で木綿が採用されたなら、大量に木綿が必要になる。ろ過器は仕組みからしても木綿が汚れ易い。ならば交換は早くなる筈だ。
更に織田家にはある物に木綿を使う。それは『鉄砲』である。戦国時代の鉄砲は種子島に代表される火縄銃だ。なので『火縄』という着火装置が必要となる。この火縄が木綿なのである。
織田家の内部に居た忠家は織田家の木綿事情があまり良くない事も知っていた。ならば三河木綿を積極的に織田家で売るべきだと考えている。今の状態を放置すれば、池田恒興が綿花栽培まで始めかねない。その前に徳川家こそが織田家に木綿を供給する。それを新たな財源にすべしと。
「成る程な。ならばお前に任せよう」
「犬山に居る息子と連絡を密にし、三河木綿を売って見せましょう」
説明に納得した忠次は彼に任せる事にした。そして忠家は息子と連携して三河木綿を売り込む事となった。もう一度、恒興に会わねばと忠家は思う。池田家に居たのだから、犬山で木綿栽培の予定が無いのは知っている。しかし、あの池田恒興だ。小牧を開拓して何を作付けするかは分からない。もしかしたら綿花栽培も視野に入れているかも知れない。もしそうなら全力で止めなければならない。三河木綿を売り込む為にも。
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【あとがき】
前回のあとがきの補足ニャー。
鍋島直茂さんのお母さんは龍造寺家出身で、主君の龍造寺隆信さんとは最初から従兄弟です。それなら鍋島家が外様とはどういう事?と思われたかもですニャー。あの時点で鍋島家は龍造寺家に対し完全なる外様です。何故か?戦国時代において家と家の縁は当人が存命でないと婚姻関係が切れるからです。だからお母さんが亡くなった直茂さんは従兄弟でも何でも無くなった訳です。だから慶誾尼さんが焦ったという事ですニャー。そして、慶誾尼さんは直茂さんが侮られたら逐一出て来て、「私の息子に何か?」と言いに来たそうです。龍造寺家の評定にも出席してたみたいですニャー。
今回と次回でちょっと時系列が前後してますニャー。次の話は順慶くんの水車見物なので、伊奈さんが三河国に瞬間移動した感じになってしまいますニャー。伊奈さんの方は後日なので。
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