怒りの日 来たれり 前編
1563年(永禄6年)夏。
春が終わり夏の陽射しがキツくなってきた頃、一艘の渡舟が犬山に着いた。その舟からは犬山に訪れた十数人が降りてくる。渡舟には屋根が無く、乗客は陽射しにまいった顔をしながら舟から降りる。降りるとは言うが、接岸部の橋桁の方が舟より高く、乗客達は川並衆の者達に引っ張り上げられる様に降りる事になる。そして最後の乗客である15、6の少女が舟から降りる。少女は溜め息をついて、前方に広がる犬山の町を眺める。
「ふう。ここが犬山、尾張国に入ったのですね。それにしても大きい町」
少女は目の前に広がる犬山の町の大きさに驚く。これまで彼女は京の都、安土の町、岐阜の町と見て来た。犬山の町はそれらと比べても遜色ない。
犬山を眺めて動かない少女に川並衆の水夫が声を掛ける。少女が行き先に迷っていると見えたからだ。
「娘さん、犬山は初めてかい?何しに来たんだい?」
「あ、えーと、人を探してまして」
「当てはあるのかい?」
「名前しか。あ、でも侍の方です」
少女はどうやら人を探して犬山に来たようだ。探し人は侍だという。侍と聞いて川並衆の水夫は彼女に行くべき場所を教える。
「侍か。なら風土古都で聞くのがいい。侍もたくさん出入りしてるからな。この道を真っ直ぐだ。店がたくさんあるから行けば分かる」
「はい、ありがとうございます」
水夫は少女に風土古都を勧めた。少女は探し人の居場所を知らない様なので、たくさんの人に聞くのだろう。それならば風土古都が最適だ。そこにはあらゆる人々が集まる。もちろん、侍もだ。なので少女の情報収集も上手くいくかも知れないと思ったのだ。少女は水夫に礼を言って示された道を進んで行った。
「ああ、美味しそうな香りがします。ここが風土古都でしょうか」
大きな道を辿ると拓けた場所に到る。そこには美味しそうな匂いが充満していると錯覚する程、いろいろな店から漂って来る。こんな美味しそうな匂いを嗅いでいたらお腹が空いてしまう。人を探すどころではないかもと思いつつ、彼女は風土古都の広場に足を踏み入れる。
「何ですか!?この人の波は!?」
少女は風土古都の盛況振りに圧倒される。人、人、人、とにかく人で埋め尽くされている。彼女は何処からこんなに人が集まるのか理解出来ない程だ。まるで別世界に迷い込んだのではないかと思う。どの人から聞くべきか、少女は悩んで立ち尽くしてしまう。
少女が風土古都に圧倒されている頃、護衛を連れた女性二人が話していた。彼女らは籠に乗る前に雑談をしている様だ。
「風土古都に出来た饅頭屋は良かったですね」
「せやろ。風土古都も店がたくさん増えとるでな。ガッツリとした食事からちょっとした
雑談をしている二人は池田恒興の正室の美代と側室の藤である。どうやら彼女達は風土古都に新しく出来た饅頭店に行った帰りらしい。
「いいのでしょうか、こんな贅沢」
「尼寺の預かり娘達が不当労働させられとらんか見張る役目なんやからええの。だいたい饅頭5個も食うといて、よう言うわ」
「二人分ですから!」
藤は饅頭を5個も食べた美代が何を言うのかとなじる。美代はお腹に子供がいるのだから二人分を食べる必要があるのだと反論した。
風土古都には人員不足を補う為に尼寺で預かっている少女達を派遣している。また、少女達が世間で仕事をして生きる事を学ぶ為でもある。しかし彼女達は十代以下なので長時間労働は堪えられない。なので、適度な休憩と賄いの食事を出す事が条件となっている。
しかし、それを守らない店があったら?疲労を無視して働かせる店があったら?空腹の子供を無理矢理働かせていたら?
それを抜き打ちで監視する為に美代や藤、池田家の女中などが頻繁に来ている。たまに養女達も来る。もちろん刺青隊の護衛付きで。
幼い子供の疲労など直ぐに顔に出るから判る。その子供には事情を聞き、違反行為を認定した場合は池田邸に連れて帰る。そして即座に養徳院桂昌に報される。ここまで行ったら店は終わりだ。池田恒興が速攻で動くからだ。今のところ、違反した店は無いが、警戒はし続ける。この監視システムの恐ろしい点は、情報が何処も経由しないで一番上に届く事である。
と、その時に美代は立ち尽くす少女が気になる。
「お藤、あの娘ですが」
「ん?見いひん格好やな。いや、旅姿か?」
「彼女、たぶんですがお腹に子供が居るのではないかと思います」
「たしかにそんな感じやな。それなら何で旅姿なんや?」
「ちょっと聞いてみましょうか」
長い髪を後ろで束ねた少女は、藤の言う通り旅装であった。年の頃は15、6歳と見られる。
美代は少女のお腹に子供が居ると見た。それには藤も賛同する。この辺りは所謂、『女の勘』と言うやつだ。しかし彼女は旅をしている様なので、何か事情があるのかと気になった。なので二人は直接聞いてみる事にした。
「もし。そこの貴女」
「少しええか?」
「え?あなた方はいったい?」
美代と藤に突然、声を掛けられて少女は驚く。呆けていたので不意打ち気味になった様だ。
「貴女もお腹にお子がいらっしゃる様なので放っておけなかったのです」
「ああ、あなたもでしたか」
「せや。見たところ旅姿やな。何処から来たんや?」
「はい、私は因幡国から参りました。あ、
「うちは藤、こっちが美代や」
少女は潮と名乗った。どうやら中国地方の因幡国から尾張国犬山まで旅をしてきた様だ。美代も現在、お腹に子供が居るので、同じ境遇だから声を掛けられたのだと潮は感じた。それで少し打ち解けた様だ。
「美代です。しかし因幡国とは遠いですね」
「せやな、堺よりも遠いわ。アンタ、身重やろ?無理したらあかんで」
「ありがとうございます。でも、この子の父親を探さねばなりませんので」
潮の旅の目的はお腹の子供の父親を探す旅らしい。美代は少し首を傾げる。何故、わざわざ『子供の父親』と言うのか?それこそ『夫』でいいのではないか、と。
「父親を探す?貴女の夫ではないのですか?」
「……はい。私は結婚していませんので」
「あ……。ごめんなさい」
『子供の父親』は潮の『夫』ではない。というか、彼女は結婚していない。それはつまり男性と婚前交渉をしたという事だ。それが彼女の意思なら相手を探す事もなく情報を持っているだろう。
相手を探しているという事は、あまり相手の情報を持っていないという事。戦争中というのは、こういう事が有り得る。美代は自分が無神経であったと反省する。
「美代、そんなん聞いたら可哀想や。ゴメンな」
「いえ、いいですよ。もう実家でも散々に詰られましたから」
「「う……」」
潮は見た感じ、おそらくは武家の娘だ。大抵の武家は婚前交渉を許さない。となれば、彼女が家族に詰められるのも想像に難くない。それがたとえ本人のせいではなくとも。
その事実に藤は憤慨する。
「しっかし頭に来るなぁ。潮はんがそんな目に遭うとんのに、父親の方は何処で何をしとんねん」
「父親の行方は判っているんですか?まだ旅をされるのですか?」
「いえ。たぶんですが尾張国にいらっしゃると思いますので、ここからじっくり探そうかと」
潮の予想では子供の父親は尾張国に居るらしい。ただ居所は知らないので、この犬山から腰を据えて探すつもりの様だ。
「なんや、尾張国におるんか。なら、うちらも探したるで」
「私達というよりは、私達の夫が顔の広い人なので」
相手が尾張国に居るという事で美代と藤は協力を申し出る。流石にお腹に子供を抱えている女性を放っておけなかった。なので夫である恒興の情報網も活用する事も考えている。
「いいのでしょうか?織田家臣の方なのですが……」
「織田家臣なら尚の事、話早いわ。直ぐに見付けたる」
「遠慮なく仰って下さい」
どうやら相手の男性は織田家臣の様だ。ならば話はとても早くなる。織田家臣で恒興が探せない者など存在しないだろう。美代と藤は手早く済みそうだと笑顔になる。
「はあ、この子の父親の名前は『羽柴秀吉』様という方です」
「「羽柴……秀吉……?」」
潮の口からは激しく聞いた事のある名前が出て来た。恒興に調べて貰うまでもない。二人の笑顔は吹き飛び、怪訝な顔で相手の名前を呟く。
(潮はんを襲ったんは『アレ』か。子供ごと放置とか、三枚におろすぞ、ホンマ)
(灰にしてから川に流しましょう。輪廻転生出来なくなると聞いた事があります)
羽柴秀吉と聞いて、美代と藤の顔が険しくなる。藤は三枚におろすと怒り、美代に至っては既に灰にする事を考えている。遺体を灰にしてから川に(海ではない)流せば、輪廻転生が出来なくなるという噂を耳にした事があるからだ。
しかし、納得した事もある。そもそも織田家では民衆への暴虐は禁止されており、兵卒なら死罪案件となる。潮は相手を武士だと言ったので、それなりに身分が高い侍がやったのかと美代と藤は考えていた。身分が高い侍は処罰されにくい事は何処にでもある話だ。と思っていたら、犯人は軍団長であった。それは誰に止められるのかという話だ。
「あ、あの、私、何かいけない事を?」
「いやいや、潮はんは何も悪うないで」
「ここでは何ですので、私達の屋敷に行きましょう。もう少しお話を聞きたいので」
「え?何かあったのですか?」
「その子の父親ですが、私達は知ってますから」
美代と藤は笑顔を取り繕い、潮を池田邸に招待する。彼女からは更に詳しく話を聞かなければならない。そして池田邸に居るある女性にも判断を仰ぐべきだ。
美代と藤は寧々の顔を立てて秀吉の事を気にしない様にしていたが、今回は流石に堪忍袋の緒が切れた。被害は潮だけではない、お腹の子供にも出ているからだ。
「そういう事や。おーい、そこのアンタ」
「はっ、奥様。お呼びで?」
「籠をもう一つ、調達してきて」
「籠を?あ、お客様ですね。直ぐに調達してきます」
「頼むで〜」
藤は護衛の刺青隊の男に籠を持って来る様に言う。男は美代と藤の分の籠は有る筈だと疑問に思うが、直ぐに潮が池田家の客だと気付く。そうと判れば、男は即座に籠を調達しに行った。
池田邸に戻った美代と藤は養徳院桂昌に報告した。話を聞いて養徳院は表情こそ変えなかったが、底冷えする様な声で潮と会うと言った。
「初めまして、潮さん。私は犬山城主の池田上野介恒興の母・養徳院桂昌です」
「は、はい、初めまして。山名豊安の娘・山名潮と申します。えーと、16歳になります」
「山名家……たしか西の有力大名家ですね」
「あ、はい。山名家当主・山名祐豊様の庶弟が私の父になります」
面会した潮は正式に名乗る。彼女の父親は山名豊安で、山名家当主・山名祐豊の庶弟に当たる。庶子なので山名家の相続権は無いが、一門衆に名前を連ねている。つまり山名潮は山名家当主の姪であり、山名家にとって政略結婚に使える姫という事だ。
大名当主と血筋が近いと大名家の姫として扱われる。例えば徳川家康の正室である築山殿は今川義元の姪なので、今川家の姫として嫁いでいる。また後年、徳川家康も自分に近い親戚の姫を徳川家の姫として政略結婚に使った。しかも足りなかったので、徳川家重臣の娘も家康の養女にしてから嫁に出していた程だ。
「美代と藤からだいたいは聞いております。貴女のお腹の子供の事を詳しく聞いてもよろしいですか?」
「はい。あれは今年の春の初めでした。幕府から山名家を懲罰する旨が伝えられました。しかし懲罰は形骸化していて、形だけの罰と歓待や賄賂を受ける場となっていたそうです。なので、ご当主様は受け入れる方針で、懲罰軍を歓待する支度をしていました」
「そうですか。何事も年月を経ると歪むものですね」
今年の春の初め、山名家がいきなり幕府に懲罰される事になった。理由も無理矢理な物で、山名家当主の山名祐豊は賄賂が欲しいのだと理解した。なので懲罰軍の大将を饗して、幕府への賄賂を持って帰って貰おうと準備していた。
養徳院は幕府が歪んでいると感じはするが、関わるつもりはない。
「しかし羽柴秀吉様率いる懲罰軍は宣戦布告状無しで侵攻を開始。山名家の城や砦は次々に攻略されました。その勢いに驚いたご当主様は逃走しました」
「宣戦布告状無しとは。織田家は山賊ではないのですが」
懲罰軍を率いる織田家の羽柴秀吉は宣戦布告も無しに侵攻を開始。戦争になるとは考えていなかった竹田城はあっという間に陥落した。そして山名家本拠地の此隅山城に向かって、道中に在る城砦を猛烈な勢いで攻め落とした。この勢いに恐れを為した山名祐豊は国外に逃亡した。
宣戦布告状無しで戦争を起こしたと聞いて養徳院は目頭を押さえた。彼女は戦場に出た事は無いが、池田家当主ではあったので、武士の掟くらいは熟知している。
「私達も慌ててご当主様の後を追いましたが、敵対していた武田高信が追撃に動き、私達は捕らえられてしまいました。その後、武田高信は秀吉様に私を差し出し……」
「……その辺りは辛いでしょうから、語らなくてもいいですよ」
「あ、はい。後は山名家と織田家の間で和議が結ばれて、私達も解放されました。しかし、少しして私の妊娠が発覚しました。父は敵将の子供を身籠るなど恥晒しだと私を責め、実家から追放処分になりました。それで私は秀吉様を探す旅に出て、犬山まで参りました。せめて、この子だけでも養って頂けないかと思いまして」
「……」
山名祐豊が逃走した後、潮達も急いで逃げた。しかし、山名家と敵対していた武田高信が追撃に動き、彼女らは捕縛されたとの事。そして潮は羽柴秀吉に差し出されたという事だ。
その後、織田家と山名家の講和が成り、山名祐豊は領地に帰還。潮達も解放された。しかし、その後に潮の妊娠が発覚。相手は秀吉しかいない訳で、父親の山名豊安は敵将の子供を身籠った潮を追放処分にした。そして寄る辺を無くした潮は羽柴秀吉を頼って尾張国まで来たという話だった。
藤はベキンっと音を立てて何かがひび割れる様な感じを受ける。しかし何処も割れていない。何の音だろうと思い、音が鳴ったと思う方向を見る。そこには養徳院が居た。そして顔にはいつもの微笑みすら無かった。
(アカン!!お義母様から微笑みが消えたーっ!これ、本気で怒っとる証拠やー!)
(お、お義母様の周りの空間が歪んで見えます!)
美代と藤は見た。養徳院から立ち昇る怒りのオーラを。そして彼女の表情は能面の様な澄まし顔になっていた。いつも優しげな微笑みを絶やさない彼女しか見た事がない美代と藤は驚愕した。
それも一瞬であった。養徳院はいつもの微笑みを取り戻し、項垂れている潮の所に歩み寄る。そして彼女を優しく抱き締める。
「潮さん」
「は、はい……」
「よく頑張りましたね。後はお任せなさい。決して悪い様にはしませんから」
「私は甘えを許されるのでしょうか?」
「ええ、この養徳院桂昌の名に懸けて」
養徳院は潮がとても頑張ったと言い、彼女を撫でる。そして全て任せる様に諭す。潮は自分が甘えてもいいのかと悩むも、養徳院の提案を受け入れ彼女に抱き着く。それは親娘の様に見える程であった。
その日の夕方、池田恒興は池田家政務所から帰宅する準備をしていた。自分の草履を自分で出して自分で履いていた。その様子を目撃した加藤政盛は何故、恒興に伴が居ないのか気になった。
「あれ?今日は殿一人でお帰りですか?弥次郎兵衛や弥九郎は?」
普段であれば恒興には加藤弥次郎兵衛や小西弥九郎が付いている筈なのだ。何しろ彼等も帰る場所が池田邸だからだ。
小西弥九郎は単身で犬山に居る恒興の預かり子だから一人暮らしはさせられない。加藤弥次郎兵衛はそのうちに別の家に引っ越して通いになる予定だったが、妻の加藤小雪が池田家大姫のせんの専属お世話係に就任した為、住み込みに変更されたのだ。だから恒興が家に帰る時は何方か、或いは両者が伴となっている。
「ああ、いろいろあってニャ。ほれ、昼間の」
「あれですか。本当に人騒がせでしたね。大事かと思いきや、ただの連絡間違いとか」
「正に『泰山鳴動して鼠一匹』だニャー。あれの処理で弥次郎兵衛と弥九郎は昼飯時に池田邸に戻れず食事が出来なかったんだ」
「うわぁ、最悪ですね」
今日は政務所で騒ぎがあった。内容は小牧開発の為に揃えた資材が十分の一になっている事だった。足りないのなら追加発注が必要になるが、そもそも9割は何処に行ったという話だ。山賊が奪ったとか、野盗が盗んだとか、横領犯が居るのでは、などの話が飛び交った。その結果、治安担当の飯尾敏宗や資材を発注した土屋長安が走り回り、恒興や政盛も指示や確認に奔走した。その結果、判明したのはある担当者が一つ桁を間違えて報告していただけだった。……現代でも発注で桁を間違うと大惨事になるので気を付けよう。
その騒動を恒興は『泰山鳴動して鼠一匹』と評した。泰山が鳴動する程に皆が騒いで、その原因は鼠一匹程度だったという意味だ。担当者には恒興から厳重注意をし、二人以上で確認する様にと言い渡した。
「ニャーは弁当を持って来ていたから良かったがな。休憩出来なかった二人は風土古都へ行かせたんだ」
「あー、だから居ない訳ですか」
この騒ぎで弥次郎兵衛と弥九郎も走り回り、彼等は昼食を摂る事が出来なかった。なので、恒興は小遣いを渡して二人を風土古都に行かせた。
「という訳で、ニャーは一人で帰宅だ。ま、遠くないしニャー」
「ダメですよ。私が伴をします」
「お、そうか。悪いニャー」
二人共居ないので、恒興は一人で帰宅となった訳だ。しかし、近いとはいえ恒興を一人で出歩かせる訳にはいかない。政盛は自分が伴をすると申し出る。不測の事態は何時起きるか理解らないのだから。
恒興は懐かしいなと感じる。弥九郎が来る前は政盛がいつも伴をしていたものだ。あの頃の犬山は鉄鋼業は始まったばかりで養蚕業はまだ開始していなかった。つまり犬山発展前だった。あれから考えれば、お互いに忙しくなったものだ、と恒興は懐かしく感じる。
そして、そう遠くない道程を歩き、目的地の池田邸が見えて来る。その時、恒興は凍り付く。池田邸上空に見えてはいけない、世界が終焉を迎えそうな『何か』が見えていた。
「ニャんだ?ニャーの家から立ち昇る黒い『何か』が渦を巻いてるんだけど!?ニャんか空が歪んでるんだけど!?不吉過ぎる!」
「そうなんですか?よく分かりませんが」
恒興には見えていた。池田邸上空に黒い『何か』が渦を巻いて収束し、光すら逃げられない黒が発生していると。その黒い渦に巻き込まれる様に周りの景色も歪んでいたのだ。しかし政盛には見えていないのか、不思議な顔をしている。
「いきなり草履の紐が両方切れたニャー!」
「大丈夫ですか?」
気付けば恒興の草履の紐が両方切れていた。歩いているうちに切れたなら理解る。しかし、紐はいきなり千切れたのだ。
「カラスが大合唱してるニャー!」
「珍しいですね」
恒興の周りではカラスが来て鳴き出した。まるで合戦場で腐肉を漁る時の様に。カーカーと不気味なハーモニーを奏でる。
「黒猫の団体がニャーの前を横切り続けているニャー!」
「親子でしょうか?可愛いものです」
更に恒興の目の前を黒猫の親子が5、6匹で行進して行く。もう恒興は不吉な何かが起こる気しかしない。
「政盛!今日はお前の家に泊めてくれニャー!」
「いや、何を言っているんです?もう目の前なのに。ほら、美代様やお藤殿が出迎えてくれてますよ」
「おかえりなさい、あなた様〜」
「おかえりやで、旦那様〜」
二人して狂気染みた笑顔で立っている。その目は虚ろで空を見ているかの様に深い黒。彼女達からは黒い『何か』が立ち昇っている様にも見える。
「ヒイィィィ!?絶対にヤバい何かが起こってるニャァァァー!」
恒興は確信した。これは異変が起こっている。ここから全力で逃げなければならない。加藤政盛は当てにならない。恒興は紐が切れた草履を捨てて逃走した。
「ここは三十六計逃げるに如かずニャー!」
「ちょい待ちや!?」
「三之丞さん、幻柳斎さん、逃がしてはなりません!」
「御意に!」「お任せあれ!」
美代が号令すると何処からか柘植三之丞と柘植幻柳斎が走って来た。池田家諜報機関柘植衆を率いる本物の忍者である二人に恒興が逃げ切れる訳がない。二人はあっという間に恒興に追い付いて来る。
「ニャんでお前らが追って来るんだ!?」
「主命ですので!」
「お前らの主君はニャーだ!」
「ならば『上意』となりますな!」
「チクショー!やっぱり母上の命令かニャー!」
恒興には理解っていた。この元凶は母親である養徳院桂昌だと。だから三之丞と幻柳斎の行動は謀叛ではなく『上意』となる。上意とは上の意志。恒興より上から命令が出ているという事だ。池田家において恒興より上など一人しか存在していない。非公式なのだが。
恒興は二人から逃げ切れる訳もなく、敢え無く捕まる。そして脇を抱えられて罪人の如く引き戻される。その様子に加藤政盛は何が起こっているのかは理解出来ないが、主君を励まそうと声援だけ送る。
「殿、ガンバレガンバレ」
「ニャにがガンバレだ!張っ倒すぞ、政盛ぃ!」
「いやあ、何かは分かりませんが応援だけはしておこうかと」
「イヤだ!ニャーは頑張らないっ!頑張りたくニャァァァい!!」
深く項垂れて歩く恒興は政盛のガンバレに反応する。これから絶望の未来が待っているのに、何を頑張るんだと。この先に待っているのは極大の怒りを宿した養徳院桂昌。頑張って咎人の任を果たせという事かと恒興は受け取る。そして彼は頑張りたくないと叫ぶ。
「気は済んだか?ほな、逝こか」
「お義母様がお待ちですよ?」
「「「殿、頑張って下さーい」」」
しかし、状況は無情にも恒興に味方しない。美代と藤に首根っこを掴まれた恒興はズルズルと門の中へ引き摺られていく。それを加藤政盛、柘植三之丞、柘植幻柳斎は声援と共に見送る。
「テメエら三人、覚えておけよ!ニャーの魂魄、100万回生まれ変わっても必ず恨み晴らすからニャァァァーっ!!!」
恒興の最期の断末魔を残して、池田邸の門はバタンと閉まる。実に魂を込めた叫びだなぁと政盛は感じた。しかし、何故に恒興がそんな深刻になっているのか、政盛には理解らない。なので三之丞と幻柳斎に尋ねる。
「で、これは何の話なんです?」
「さあ?天井裏に居たら美代様に呼ばれただけでして」
「儂も命令されただけですからな」
二人も状況は理解していなかった。彼等はただ呼び出されただけだからだ。そして三人は一様に考えた。
「「「ま、いっか」」」
そして諦めた。きっと自分達には関係の無い事だろうと。明日になれば、いつもの日常が始まるに違いないと思う事にした。
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【あとがき】
恒「『怒りの日来たれり』。ディエ◯・イレのパクリだニャー」
べ「昔、PSPでプレイしました。メインヒロインが断頭台の化身とか胸熱設定に惹かれまして。しかしヒロインの能力は開始早々に主人公の物となり、ヒロインはただのかわいい娘さんになりました。主人公も断頭台を使う事無く、腕ブレードの様に使って……いや、硬質化した様な腕で殴っていただけな感じが……。断頭台とはいったい……。でも厨二っぼいバトルに満足しましたニャー」
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