嫁取物語 後編

 羽柴小一郎長秀は竹中半兵衛重治と別れた後、書状をしたためた。宛先は犬山池田家当主の池田上野介恒興である。恒興に自分の嫁の紹介を依頼したのだ。

 それから小一郎はそわそわしながら仕事をしていた。まあ、当然だろう。結婚は人生の大事だ。2日して恒興から返信があった。紹介する女性を決めたから犬山まで来るようにという通達だった。返事を受け取った小一郎は緊張しながら、若干浮足立って池田邸まで赴いた。


「お久し振りで御座います、池田様」


「久し振りだニャ、小一郎。今回はニャーの紹介を受けるとの事で嬉しく思うぞ」


「はっ、よろしくお願いします、池田様」


 恒興は終始、ニコニコの笑顔でご機嫌である。自分から提案した縁談を受けて貰えたので当然だ。こういう実績を積んでいけば、恒興は織田家内で頼られる存在にもなっていく。また、池田家の通婚圏を拡大する事にも繋がる。


「もう『池田様』ニャんて他人行儀は止めろ。『上野』でいいぞ」


「はい?それはどういう事で?」


「今回、お前に紹介するのはニャーの養女『みお』だ。あの子は養女の中でも最年長で14歳だニャ。妹達の面倒も良く見ている気立ての良い娘だぞ」


「池田家の養女なんですか!?」


 恒興が小一郎に紹介する女性は恒興の養女である澪という少女、14歳だ。彼女は恒興の養女の中でも最年長で、姉として他の養女達の面倒も良く見ている。恒興にとっても頼りにしている少女であり、それ故に良い縁談を持っていきたいと考えていた。誰でも良い訳ではない。羽柴小一郎長秀ならばと見込んでの紹介なのだ。


「これでお前は『池田氏族』という訳だニャ。池田様なんて呼んできたら、お前も池田様だぞと言い返してやるからな。ニャっはっは」


「はあ。では上野殿が良さそうですね」


 小一郎が池田家の養女を娶るのは、彼が池田氏族になるという事。池田家の人間に含まれる事だ。つまり、池田恒興を池田(羽柴)長秀が「池田様」と呼ぶ奇妙な感じになる。だから親しい関係になると、役職名や通称で呼び合うのが一般的となる。


「澪の実父の姓は『松木』。こちらの後継者はいないが、名乗るも名乗らないも自由だ。お前は羽柴姓を名乗って次男以下の男子に与える事も出来るから持っておけ」


「あの、話がとんでもない方向になってません……?」


 澪の実家は松木家で父親は池田家親衛隊で戦死している。しかし彼には後継者となる男児がいない。なので娘である彼女が家督継承権を持っている。養父が池田恒興で澪自身も独自の武家を持っているというかなりの好条件が揃っている。

 また、澪の父親は松木家の次男で、兄の本家が尾張国の小豪族として存在している。なので、小一郎は松木本家から家臣を引っ張る事も可能になる。縁が繋がったという事だ。松木本家としては良い仕官先となる。弟の家が娘の澪を通じて羽柴小一郎長秀に継承される流れだからだ。何処の武家でも問題になる事に、次男以下の子弟の仕官先というものがある。その為、余った男児は寺に押し込まれたり、家を出る破目になる。その問題に一役買う訳だ。

 将来的に二人の間に産まれた男児が父親から羽柴家を、他の男児が母親から松木家を継承する事が可能になる。小一郎が己の才覚で家の規模を大きく出来れば『田分け』も出来る訳だ。両親の何方かが武士の身分なら子供は武士となる。もちろん、武家の規模が大きければという条件は付く。


「という訳で、ニャーが紹介の手続きを整えたんだが、一つ問題が出た。それでお前を呼び出したんだ」


「何かありましたか?」


「澪は養女の中で最年長で妹達の面倒も良く見ている。だから澪はニャーの母上のお気に入りニャんだよ。それで母上がな、婿を見定めさせろと言い出したんだニャー」


(それって、養徳院様の圧迫面接って事ーっ!?)


 ただ、澪は養女達の纏め役でもあったため、恒興の母親である養徳院桂昌のお気に入りでもある。その為、養徳院が澪の婿を直接見定めると言い出したのだ。つまり恒興が小一郎を呼び出したのは養徳院による面接を受けさせる為だった。

 それはただの圧迫面接では、と小一郎は血を吹きそうになる。何しろ相手は織田信長の養母・養徳院桂昌なのだから。


「母上だって澪を出し惜しみしている訳じゃない。ただなるべく良い婿を選びたいだけニャんだ。まあ、お前なら大丈夫だニャ。緊張せずに行って来い」


「は、はあ……」

(緊張するなは無理だって。相手は信長様さえ動かすという養徳院桂昌様なんだから)


 恒興は大丈夫だと言うが、小一郎は緊張で固まる。相手は織田信長でさえ手紙一つで動かせると噂の養徳院だ。不興を買おうものなら織田家で生きては行けないのではないかとすら思える。

 恒興に案内され、小一郎は養徳院の待つ部屋に一人で入る。そして小一郎は一人の女性の前に座り、深々と礼をする。


「お初にお目に掛かります。羽柴小一郎長秀で御座います」


「ようこそ、羽柴殿。私が池田恒興の母・養徳院桂昌です。小一郎殿と呼ばせて頂きますね」


「は、はい」


 養徳院桂昌。

 上座に座る尼僧は柔らかい微笑みを浮かべている。池田恒興の母親にして織田信長の養母。織田家先代・織田信秀の側室であり池田家先代当主。

 織田家が尾張一国だった頃は池田家も小豪族程度であり、養徳院の評価は『面倒見の良い人』程度だった。しかし、織田信長による織田家の超拡大と池田恒興の爆発的な出世で彼女の評価は一変。今や誰も叱れない二人を唯一叱れる人物として、織田家において『最終兵器』扱いされている。


「まずは幾つかの質問をし、貴方を知りたいと思います。恒興から大まかには聞いておりますが、あの子は気に入った者を良く言う癖がありますから。まあ、それは信長様もあまり変わりませんが。ふふ」


「はあ」

(話が大きくてどう反応すればいいんだ)


 養徳院はまるで世間話の様に恒興や信長の癖を話す。それを思い出したかの様に、また微笑む。小一郎としては織田信長や池田恒興を子供の様に話されても反応に困るが。


「小一郎殿は羽柴家でどういう役職に就いていますか?」


「役職……ですか。えーと、特に無いかと」


「?無いとはどういう事ですか?」


「何と言いますか。その都度、仕事を振られる感じで、殆どが兄の代理なんです。兄者が放置した、じゃなくて兄から任せられるもので、他の家臣に引き継げる様になったら次の仕事に掛かるという感じでして。特別に役職がある訳ではないです」


 羽柴家において小一郎は役職を持っていない。それを聞いて養徳院は怪訝な顔をする。当主の弟が役職も無いとはどういう事なのかと。

 そこには羽柴家政の歪さが有る。小一郎はあくまで当主である羽柴秀吉の代理なのだ。本来、彼が取り仕切るべき仕事を小一郎が代行しているのである。なので小一郎は秀吉がやるべき多岐に渡る仕事を行っており、特定の部署を持っていない。役職を持つと仕事の傾向を縛られる事になり、秀吉が便利に使えないからだ。


「そうですか。では小一郎殿は俸給を如何ほど貰っているのですか?」


「え、えーと、100石程になります」


「……。それでどうやって家臣の方々を養うのですか?」


「実は私に家臣は居ないんです。仕事の時は兄の家臣を借りる感じで行っています。なので不自由は無いと言いますか」


 小一郎は答えていて、これで池田家から嫁を貰えるのか不安になっていた。役職は無い、給料は100石、どう考えても池田家ほどの大名に相応しくない様に自分でも思える。しかし養徳院相手に見栄を張っても無駄だ。彼女なら調べれば直ぐに判ってしまう。小一郎は土台無理な話だったかと諦め始めた。

 しかし養徳院は小一郎の話、恒興から聞いた話、寧々から得た情報から頭の中で推測を展開していた。

 役職が無く、多方面の仕事を任せられるのは多才である事の証明だ。いくら肉親でも出来ない人間に出来ない事を振る訳がない。運営が成り立つ筈がない。それは『小一郎が出来る』からに他ならない。

 そして秀吉の代理として功績の大半を兄に持って行かれているという意味だ。だから小一郎自身の名声が低い。

 この形態は武家では一般的と言える。本人には不遇ではあるが、武家全体で考えると当主に功績を集めるのが効率が良いとされる。彼は秀吉の弟なので、他よりも更に功績を搾取されているのだろう。

 小一郎に家臣が居ない為、仕事においては兄である秀吉の家臣を使う事になる。これも小一郎が兄の代理である点が関与しており、家臣無しでも仕事が出来る要因だ。また、小一郎が家臣を持てない要因にもなっている。

 だからこそ小一郎の給料は低く見積もられている訳だ。これで十分なのはあくまで彼が個人であるからだ。


「成る程、良く理解りました。貴方は羽柴家の『家宰』ですね。役職は無くとも、やっている事は一緒です」


「『家宰』……ですか?」


「家宰とは武家当主の補佐です。当主の権限が大きくなると家宰の権限も大きくなります。家宰は当主に代わって家政を仕切る者だからです」


 家宰とは武家当主の補佐代行である。武家の規模が大きくなれば当主の権力も大きくなるが、同時に家宰の権力も大きくなる。有名どころだと足利幕府政所執事の伊勢貞親、鎌倉公方の執事である関東管領上杉家、三好長慶の家宰である松永久秀あたりか。

 足利8代目将軍の足利義政の家宰である伊勢貞親の権勢は絶大であったため、山名宗全と細川勝元が手を組んで彼を追い落とした。ここからあの『応仁の乱』が勃発する事態となった。

 関東では鎌倉公方の足利持氏と関東管領の上杉禅秀の確執から『上杉禅秀の乱』が勃発。ここから凄絶にぐだぐだな関東戦国時代が始まる。

 そして三好家では三好長慶亡き後、松永久秀が家中を仕切り、多方面に被害を出しながら三好家は分裂するという憂き目となった。

 家宰という存在が如何に難しいものか、理解るだろうか?生半可な人物では決して務まらないのである。それを18歳でこなしている小一郎は驚異的と言える。羽柴家の規模が三例に及ばないとはいえ、だ。


「人体に例えましょう。武家当主は頭です。そして家臣は手足。ならば家宰は頭と手足を繋ぐ胴体となります。胴体には心臓が含まれます。つまり小一郎殿は羽柴家の心臓であると言えますね」


「そ、それ程ではないかと」


「いいえ。私は確信致しました。寧々は貴方に居なくなられたら困ると言っていました。それはそうでしょう、心臓が無くなって困らない人間など存在しませんから」


(あれ?意外に高評価なのか)


 養徳院は羽柴家を人体に例える。行動を決定する当主は頭。行動を実行する家臣は手足。頭だけ存在しても何も出来ず、手足だけでも行動出来ない。従って、行動するなら両者が必要となる。そして小一郎は頭と手足を繋ぐ胴体であり、心臓であると養徳院は評価する。小一郎は自分が意外な程に評価されている事に驚く。

 しかし、この話には羽柴家の構造的欠陥も見える。それは小一郎が居なくなったら、羽柴家は簡単に瓦解する事だ。彼が秀吉と家臣を繋いでいるかすがいだからだ。秀吉のカリスマ性、もう一人の鎹と言える浅野長吉がいるので保つ可能性はあるが、小一郎ほどは上手く行かないだろう。養徳院は小一郎を羽柴家の支柱であると見ている。


「小一郎殿の仕事振りに関しては良く理解りました。それでは質問を変えましょう」


「はっ」


「小一郎殿は何故、妻を迎えるのですか?出世ですか?利益ですか?名声ですか?それとも、愛、ですか?」


(これは何が正解なんだ?まあ、いいか。養徳院様に誤魔化しは通用しないだろう。正直に答えればいい)


 養徳院は話題を切り替える。次は小一郎の結婚観だ。何故、結婚するのかという質問だ。そこには結婚への憧れだけで池田家の養女を貰われては堪らないという養徳院の本音も見え隠れしている。

 彼女は理由が欲しいのだ、結婚する理由が。理由の無い結婚などアクセサリーを身に着ける事と同義だ。飽きれば要らなくなる。結婚とは相手を自分の人生の一部とする事だ。それが出来ないのなら、覚悟が無いのなら、結婚などするべきではない。男女、共に。

 この問いに小一郎は答えに悩む。どう言えば養徳院は納得するのだろうと。悩んだ末に彼は考える事を止めた。驕らず取り繕わず、素直に答えれば良い。どうせ、飾ったところで見破られる。自分の目の前に居る女性はそういう眼力を持つ人だから。


「出世は兄がするもので、自分ではないと考えています。結局、兄が出世すれば自分も出世していますので。利益は考えています、自分は少々仕事に行き詰まりがありますので。嫁さんの縁で何か力を貰えないかと思っています。名声は特に要りません。名声が高まればより多くの仕事をする訳で、今でも大変ですから。それに名声は自分の外で高低する訳で今後次第だと考えます」


「……」


 小一郎は素直に答える。出世は秀吉のもので、自分は付いて行くだけだと。利益は考えている。そもそも、恒興の紹介を受けようと思ったのは、長浜の町造成に悩んだからだ。家中で良い意見を得られなかった小一郎は、犬山を育てた恒興の意見を欲した。その縁を得る為に嫁の紹介を頼んだのだから。名声についてはどうでもいい。秀吉の名声は気にしても、小一郎自身の名声など必要ではない。結局、気にしようと気にすまいと、名声とは外の人間の評価で勝手に高低するからだ。

 養徳院は小一郎の答えを静かに聞いている。彼が語り終えるのを待っている。


「愛、はよく分かりません。自分は農村で働き、そのうち嫁さんを迎えるのだと思っていました。兄のおかげで自分の道がかなり変わり、戸惑う事ばかりです。だから上野殿との縁も想像を絶し、ここに座っている事も奇跡と言えます。ですが、嫁さんを迎えるなら、家族として可能な限り大切にしたいと思っています」


「愛ではないと?」


「すみません。自分が幼稚なのかも知れません。まだ、これが愛だと言えるものは無いです」


 最後は愛についてだ。だが、小一郎には愛がどの様なものかは理解らない。彼は結婚について考えた事が無かった。村で働いて、そのうち結婚するのだろう、としか思っていなかった。だから池田家の養女を娶る事になるとは考えた事も無い。全ての事象が彼にとって奇跡の様なもので、付いていくだけで精一杯で考えている余裕すらなかったのだ。

 しかし、小一郎も家族愛なら理解る。だから嫁を迎えたなら家族と同様に大切にしたいと彼は語る。

 自分は愛が理解らない程に幼稚なのだと、小一郎は落ち込む。それを見た養徳院は優しく微笑む。


「ふふふ、正解ですよ、小一郎殿」


「え?」


「まだ会ってもいない男女が愛などと言われても、私が困惑してしまいますよ。そんな薄っぺらな物は愛ではないと両断して差し上げます」


 養徳院は小一郎に答える。それが正解なのだと。だいたい小一郎と澪はまだ会ってすらいない。なのに愛しているなどと言われても、彼の愛は言葉だけなのかと思えてしまうだろう。もし言われたなら、養徳院は「それは愛ではない」と言い切ると宣言した。そして彼女は姿勢を正して小一郎を見る。


「小一郎殿、お聞きなさい。『愛とは育むもの』なのです。つまりはこれからの話ですよ。しかし相手を想い遣れない者の言う『愛』など独善でしかないという事は心に留めておきなさい」


「は、はい」


「貴方の道に行き詰まりが有り、妻の持つ別の力で解決を図りたい。素晴らしい考えと言えます。それはつまり、夫婦が力を合わせて生きて行く事に他なりません。夫婦とはお互いを補完し合い、共に生きる存在です。愛はその過程の中で育まれる事でしょう」


「はっ」


 養徳院桂昌の格言は『愛とは育むもの』。夫婦が協力して共に歩む道の過程で育まれていくのだと彼女は言う。小一郎が道を進むのに力が足りないから嫁の持つ別の力が欲しいというのは幸いであると評する。それは夫婦が力を合わせて生きて行く事に他ならないと。小一郎の願いの為に澪が支え、澪の望みの為に小一郎が協力する。夫婦、お互いが想い遣り、お互いを利用する。これが夫婦の正しい在り方であると養徳院は説く。

 では澪の望みは何か、が問題となる。それは難しい事ではなく、彼女は父親が遺した松木家の再興や繁栄を願っている。その為に恒興の養女になっているのだから。つまり夫となる者が出世すれば、澪の望みも満たされていく。

 ただし、相手を想い遣らぬ愛はただの独善であると警告する。そこから生まれるのは相手への抑圧であり、愛は育まれないと養徳院は言う。


「お話はよく理解りました。下がって結構ですよ」


「はい。では失礼します」


 養徳院は語り終えると面接の終了を言い渡す。それに従い、小一郎は今一度、深々と礼をしてから退室した。

 その小一郎と入れ替わる様に、今度は恒興が入って来る。養徳院が小一郎をどう評価したか気になったからだ。


「あのー、母上。小一郎はどうでしたかニャ?」


「恒興、彼を逃してはなりません。澪との見合いも直ぐに行いましょう。祝言の手筈も整えて下さいね。私も出席しますから」


 養徳院は恒興に言う。小一郎を逃がしてはならないと。既に彼女は澪の婿は小一郎で決まりだと考えている。澪には養徳院から伝える事になる。そして恒興には祝言の準備をする様に申し渡す。

 恒興は養徳院がここまで積極的になっているのは初めて見るくらいだ。小一郎はここまで母に気に入られたかと。


「おお、乗り気ですニャー」


「寧々から聞いていましたので、その資質は疑っていませんでしたよ。それを確信するに到っただけです。しかし……」


「何か気にニャる事でも?」


「澪と結婚したなら小一郎殿は一武家の当主となります。その彼に家臣が居ないのは頂けません。そして家臣を持つには俸給も100石とはまいりませんよ」


「理解りましたニャー。その方面にはニャーから羽柴家に交渉を入れます」


「お願いしますね」


 養徳院は事前に寧々から話を聞いておいたので、小一郎の人柄と才能に関してはあまり疑っていなかった。ただ、直接会って話をしたかっただけだ。小一郎と澪、どちらも不幸にならない様に布石を配しておきたかった。

 小一郎の境遇については恒興から干渉させればよい。恒興も彼がいつまでも弟として搾取対象になっているのは苦々しく思うだろう。小一郎は武家の当主なのだから、まともな評価をせよ。武士の功績を無視するな。この辺りを恒興が秀吉に言えばいい。

 恒興も交渉を了解して養徳院の部屋を後にする。そして恒興の私室で待っている小一郎と合流する。


「小一郎、母上の話はどうだったニャ?」


「はあ、夫婦の心得の様な有り難いお話を頂きました」


「そうか、そうか。まあ、おね殿から母上に推して貰ったから、あまり心配してなかったがニャー」


「義姉上には頭が上がりませんよ」


 小一郎は養徳院との面接は試験というよりは教育だと感じていた。そして上手くいったと感じたのか、彼の緊張は完全に解れていた。


「まあ、困った事があったらニャーに相談しろよ」


「あ、それなら」


「ニャんだ?」


「実は風土古都を長浜にも造りたいんですが……」


「ニャんだとぉっ!?風土古都をだとぉっ!?」


 困った事があったら相談しろと言う恒興。それならと小一郎は風土古都を造りたいと申し出る。それを聞いた恒興は顔を顰めて声を荒げる。


「もしかしてダメですか!?」


「いや、いいニャー。どんどん(秀吉の金で)やれ。何なら運営に携わる家臣を数人貸してやるニャー」


「本当ですか!助かります!」


 恒興は即座に許可を出す。秀吉の資金を使って造れと激推しする。彼は資金を貯め込んでいるのだから。それを実際に稼ぎ出し、総額も把握している男が目の前に居るので丁度良い。

 そして風土古都の運営に関わっている家臣を貸し出す事も約束する。彼等から風土古都のノウハウを学べば、羽柴家臣も経営出来る様になるだろう。

 恒興としても、織田家としても、長浜が発展する事は有益である。というか、発展して貰わないと困る。いずれ足利幕府と対決するなら琵琶湖西岸の道を塞がねばならない。あの道の関銭が足利幕府の重要財源だからだ。しかし、ただ塞ぐだけでは商人が皆困ってしまう。その為に琵琶湖東岸の道を切り拓く事が必要になる。長浜の発展はその第一歩となるだろう。


「これからは澪の実家の松木家縁者も来るだろうからニャー。今のうちに自分の家臣を持つ準備をしろ」


「え?でも俺の給料じゃ……」


「ニャーからも秀吉に言ってやる。お前はもうただの弟じゃニャい。一端の武家当主になるんだから」


 松木家は大きな家ではない。となると、侍として生きられる席はかなり少ない。その為、次男以下の男児は寺に押し込まれるか家を追い出されるか。澪の父親も松木家から出て、親衛隊員となる事で生き残った口だ。

 なので松木家の縁者となった小一郎の下には松木家縁者の次男以下や坊さんを辞めたい縁者が押し掛けるだろう。なので、小一郎は自分の家の中核家臣団を直ぐに構成出来る筈だ。


「松木家にこれはという様な人物は居ますか?」


「たしか縁者に『桑山重勝』という男がいるニャ。丹羽殿の与力だから引き抜いて来い。ニャーから丹羽殿に話を通してやる」


「ありがとうございます。早速、声を掛けてみます」


 松木家の縁者に桑山重勝という男がいると恒興は紹介する。彼は後に羽柴長秀の家臣として活躍し、桑山重晴と名前を変えて最終的に大名にまでなった人物だ。恒興の前世の記憶では、羽柴秀吉が長浜城主になった辺りで羽柴家臣に移籍したはずである。丹羽家でモブ侍をしているをしているより、新興の羽柴家で出世したかったのだろう。ならば、彼は小一郎の誘いに乗ってくる見込みがある。恒興は小一郎が有力な家臣を欲しがるだろうと思いピックアップしておいた。


「今更、気付いたんですが」


「ニャんだ?」


「養徳院様、兄者の名前を一回も言わなかったなと。当主としか」


「察しろニャー」


 小一郎は今更の様に気付く。そういえば養徳院は羽柴秀吉の名前を一度たりとも言わなかったと。恒興はただ、察しろとだけ言っておいた。


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 後日、恒興は私室に澪を呼び出した。小一郎との見合いも終わり、後は祝言を待つばかりである。つまり父親と娘の別れの挨拶だ。


「お義父様、今までお世話になりました」


 澪は深々と恒興に頭を下げる。その瞳に迷いはなく、小一郎を夫とする決意が伺える。その様子に恒興も満足気に頷く。


「うむ、お前には餞別にこれを授けるニャ」


「これは……短刀ですか?」


「四代目村正の宝刀『揚羽』だニャ。お前の家の家宝とせよ」


 恒興は澪に黒漆塗りしつらえの短刀を差し出す。それは四代目村正の宝刀『揚羽』である。恒興はこれを餞別として澪に与え、彼女の武家の家宝とせよと言う。こういう当主伝来の品物が在れば、武家としての格を上げる事に寄与するというものだ。


「この揚羽を私に与える意味は何でしょうか?」


「簡単だニャ。もしニャーと小一郎が敵対する事があったなら……」


「……」


 揚羽を与える意味を問う澪。短刀とはいえ、武器は武器である。その意味は、もしも将来的に恒興と小一郎が敵対の道を選んだ時。


「ニャーにその刃を向けろ。決して夫に刃を向けてはならない」


「そ、それは……」


「それが『嫁ぐ』という事だニャ!覚悟を持て!」


「っ!?」


 恒興と小一郎が敵対の道を選んだ時、恒興はその揚羽の刃を自分に向けろと言った。決して小一郎に刃を向けてはならないと。それが嫁ぐという意味であり覚悟なのだと。もう澪は恒興の養女ではない、小一郎の妻なのだと自覚せよと厳しく申し付ける。


「ニャに、そんな事にはならん。だが、嫁ぐ覚悟はしっかりと持てという話だ。家宝として良い物が有れば、武家に箔が付くというものだニャ」


「はい、お義父様。この揚羽、有り難く頂きます」


 これは覚悟の話であって、必ずしもそうなる訳ではない。澪も納得して揚羽を懐に仕舞い込む。


「達者でニャ。何かあったら母上に手紙を書くんだぞ」


「はい」


「美代や藤、妹達にもニャ」


「はい」


 恒興は最後に養徳院や美代、藤、妹達に手紙を書く様に優しく言う。澪は返事をするが、若干嗚咽が混じる。自分は池田家の娘ではなくなると寂しさがこみ上げて来た様だ。表情は崩れ、目尻に涙が見える。これで親子はお別れなのだと。


「ニャーに手紙してもいいからな!いつでもいいからニャ!」


「分かりましたってば!」


 しかし名残惜しいのか、恒興はまだ言葉を続ける。恒興としても娘を送り出すのは寂しいのだ。流石にくどくなってきたのか、澪も抗議の声を挙げてしまう。最後は何処か締まらない恒興であった。


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【あとがき】


 祝!201話達成ニャー!byべくのすけ(←読者様のコメントで前回が200話だと気付いたヤツ)


 次回は秀吉さんの話『怒りの日 来たれり』となる予定ですニャー。


 結婚は人生の大事であるのは男女共通なのですが、男性キャラと女性キャラでは重さが違うと感じますニャー。男性キャラはいつの間にか結婚してても問題ありませんニャ。主人公以外は。しかし女性キャラは全員が大事となりますニャー。安易なTSの代償と言えます。本作のレギュラー女性キャラの予定を見てみましょう。

 上杉景虎→独身(確定)

 小田氏治→未定(困った)

 林佐渡→未亡人(確定)

 稲葉彦→予定有り(初期設定有り)

 前田慶→未定(困ってる)

 養徳院桂昌→もう再婚しない(必要無し)

 乃恵・乃々→頑張れ順慶くん

 池田(織田)栄→武田勝頼

 森勝→池田幸鶴丸

 池田せん→森可隆

 肥田玄蕃→どうしよう(困る)

 加藤小雪(風魔小次郎)→加藤弥次郎兵衛(菅谷政貞)

 出演予定の真柄姉妹→予定有り(既に草案も作ってある)


 べ「既に3人も困ってる。もう恒興くんでいいかな?」

 恒「巫山戯んな。ニャーは嫡男と大姫を得ているから、妻を増やす道理はニャい。増えるとすれば、それは池田家の戦略だ」

 べ「ですよね~。主人公ハーレムが一番簡単と思える今日この頃だよ」

 恒「安直に増やすからだニャ、バカめ。しかも困ってるのは初期設定組じゃねーか」

 べ「見切り発車はよくないね」

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