嫁取物語 前編

 近江国長浜。

 織田家臣の羽柴筑前守秀吉が治めるこの地は対浅井家最前線となっている。その為、湊造成、堀造成、城壁櫓造成が急務であるとしている。浅井家は池田恒興により打撃を受けたものの、降伏した訳ではない。あくまで織田家の要求を受け入れる条件で講和しただけである。つまり、浅井家がいつ講和を破って襲って来ても不思議ではない状況だ。

 織田家最前線の長浜で軍事方面の開発を優先するのは当たり前と言える。城主である羽柴秀吉はそれでは儲らないと不満気ではある。とはいえ、秀吉の言う事も重要だ。防衛力を維持する為には経済的余裕が必要なのだから。軍事力だけ尖らせても維持出来なければ意味は無い。

 なので羽柴秀吉は軍事も経済も両方整備していくつもりだ。普通の事に聞こえるかも知れないが、そんなに単純ではない。軍事には軍事の、経済には経済の専門家を揃えるものだ。軍事を経済の専門家がやっても無知であるし、経済を軍事の専門家がやっても統制経済とか言い出す。そして羽柴家は割りと軍事寄りの家臣ばかりである。羽柴秀吉の家臣と言えば内政に強い者も揃っているイメージだが、初期はそうでもないという事だ。現在、その無茶振りをされているのは羽柴小一郎長秀と浅野弥兵衛長吉である。


「結構、形になってきましたね」


「堀の造成は最優先だったからなあ。いつ浅井家が動くか分からんし」


 二人は長浜城(掘っ立て小屋)を取り巻く堀水路を見てしみじみ溢す。この堀は敵の攻撃から城を守る要であり、水路は湊とも繋がり、物流の促進も企図されている。つまり軍事と経済の両面を考えた設計だ。経済的に使い易く、軍事的に堅固で。こんな二律背反な贅沢設計をやり遂げ、形にした二人の目からは僅かに涙が溢れそうになる。


「菅浦衆の説得も上手くいって良かったです。お手柄ですよ、小一郎さん」


「ライバルの堅田衆が安土に進出してて、当初は難航したけどな。長浜を菅浦衆優先にする事で何とかなったってとこか」


「あとは菅浦衆を浅井家より儲けさせてやれば、琵琶湖側の防壁になってくれますね」


「ああ、長浜の防衛面はかなり形になったな。けどさ……」


 琵琶湖の東岸辺りに勢力を持つ湖賊が『菅浦衆』である。菅浦衆は浅井家傘下と思われがちだが、彼等は同盟関係に近い。あくまで浅井家に付く事が得になっていただけで、浅井家が稼げないならあっさり離れる。これに対して浅井家が怒っても無駄だ。湖上で菅浦衆に勝てる訳がない。陸上の拠点を制圧しても場所を変えるだけだ。

 菅浦衆の説得には小一郎が当たった。彼を推したのは竹中半兵衛であった。

 これには反対意見も多かった。農民出身の彼では侮られる。武家の恐ろしさを全面に出して交渉出来る者であるべき。と、こんな感じだ。

 対して竹中半兵衛は言う。そもそも菅浦衆は武家を恐れない。湖上なら圧倒的強者だからだ。その為、武家の恐ろしさを全面に出せば、彼等の反骨精神を刺激する。菅浦衆の態度が硬化すると堅田衆にも影響を及ぼす。菅浦衆と堅田衆は商売敵ではあるが、不倶戴天の敵という訳ではない。織田家が湖賊である彼等を尊重しないなら団結して抵抗を始めるだろう。そうなるくらいなら、多少舐められた方がやり易いと半兵衛は主張した。その後に織田家から離れられない程の稼ぎをもたらす事で縛れば良いという考え方だ。これは池田恒興もやっている事だ。

 また、小一郎は主君である羽柴秀吉の実の弟。農民出身でも主君の代理として十分な格を持つ。身内の強みというヤツだ。

 指名された小一郎は菅浦衆と交渉したが、当初は菅浦衆が彼を信用せず上手く行かなかった。しかし、小一郎は粘り強く説得を繰り返した。その結果、菅浦衆の大半が彼の人柄と誠意を知った。小一郎が取り成してくれるなら、羽柴家内での菅浦衆の未来は悪いものではないと認識させるに到ったのだ。

 こうと方針を決めると水軍の行動は速い。菅浦衆は織田家内で確かな地歩を築くべく動き出した。ただ、ライバルの堅田衆が既に安土へ進出していた。なので菅浦衆は長浜を拠点として琵琶湖東岸の物流路を確保すべく行動を開始している。こうして長浜の湖上防衛は完璧と言える完成度となった。……織田家傘下に入った菅浦衆に勝てる勢力は織田家傘下の堅田衆くらいしか見当たらないからだ。琵琶湖西岸は堅田衆、琵琶湖東岸は菅浦衆と住み分けが昔から出来ているという事だ。安土での客取り合戦は熾烈を極める事が予想されるので、織田家で調整する事は必須となるだろう。どちらも織田家傘下ではあるが、織田家内の派閥は堅田衆が明智派、菅浦衆は羽柴派となっていく。

 こうして長浜の防衛面を整えた二人だったが、順風満帆には程遠かった。何故なら。


「長浜の町造成が進んでないんだよなー」

「長浜の町造成が進んでないんですよねー」


 同時に同じ事を言って頭を抱える二人。そう、軍事方面はかなり進んでいるのに、経済方面はさっぱりという状況だった。


「町ってどうやって造るんだ?移住者が全然増えないぞ」


「僕らは南近江でイヤと言う程、砦を造りましたからね。軍事面はかなり理解る様になりましたけど」


「軍事方面ではいろいろと助言してくれた竹中殿は内政方面だとピタリと口を閉ざすし」


「蜂須賀さんと前野さんも湊造成くらいですしね」


 彼等は甲賀攻略戦において、池田恒興の命令で竜王城をはじめ、たくさんの砦を建築した。その為に軍事方面の知識はかなり磨かれている。しかし、経済方面、町の造成に関しては素人レベルだった。何処から手を付けて良いものかすら分からない状況だ。

 軍事方面に関しては助言していた竹中半兵衛は経済方面になると一言も発しない。蜂須賀正勝や前野長康は元川並衆なだけあって少しは助言があったが、湊に関する事ばかりだった。


「唯一の救いは生駒殿か。馬貸しを生業にしていただけあって助言が的確だ」


「生駒家の皆さんが居てくれて良かったです」


 悩む二人の唯一の救いとなったのは生駒親正だ。生駒家は家業として『馬貸し』をやっていた。これは馬を育てると共に運搬作業で馬を貸す仕事だ。彼等自身で陸送を行う事もあるので生駒家は半武家半商家と見られていた。しかし馬を調教するのは武家の立派な仕事であるので、合間に稼いでいた程度だろう。

 生駒親正は陸送のイロハを知っていたので湊、町、街道の位置に関して助言をしてくれた。なので長浜の町設計の下地は出来たという感じだ。


「義兄上は何と?」


「兄者か、早く造れしか言わんぞ。そもそもが兄者の思考は「出来るヤツがやればいい、身分なんか関係無い」って感じだからな。……だから出来るヤツが居ないんだよおおぉぉぉ!」


「殆どの家臣が軍事方面に偏ってますからね。強いのは水上流通くらいで」


 長吉は町の造成に関して秀吉が何か助言をしているか期待した。しかし、小一郎からは何も無いと断言されてしまう。

 そもそも羽柴秀吉という男は適材適所の鬼である。出来ない事は最初からしないし、可能性があるなら工夫して成し遂げる。そして出来る事は出来るヤツに振る。こんな性格をしていて、何でもかんでも自分でやる性格はしていない。究極の中間管理職だ。秀吉の特筆すべきは一見して無能にしか見えない者でも何か出来る事がある筈だと探すところだ。それにより、本来なら埋もれていく才能も開花まで導かれた者は多数と言える。だから後年、秀吉の家臣から成り上がり者がたくさん現れる要因となったのだろう。

 しかし、それが効果を出すのはもっと後年であり、今ではない。小一郎は『今』欲しいのだ。


「まあ、兄者も完全に放り投げてる訳じゃないが。アレを建てたんだ」


「何です?あの掘っ立て小屋は?」


 小一郎が指し示す先には小さな小屋が一軒だけあった。長吉は一見して物置小屋にしか見えなかった。しかし、秀吉がわざわざ物置小屋を建てる訳がないので、素直に聞いてみる事にした。


「兄者が犬山に行った時に風土古都を見てな。絶対儲かるから真似するって」


「アレ、店だったんですか。全然、客がいないみたいですが」


「そうなんだよな。兄者は気軽に真似とか言うけど、アレでどうすりゃいいんだ」


「風土古都には私も行きましたけど、比べ物になってませんね」


 その掘っ立て小屋は秀吉が犬山の風土古都を真似しようと建てた小屋との事。つまり飲食店であり、酒と小料理を出す店らしい。それを建てたのはいいが、秀吉は風土古都の見た目しか知らないので、どう発展させるのか理解っていなかった。そして秀吉は飽きて小屋だけ残された。その後、犬山の風土古都並みに発展させろと小一郎にぶん投げられた。


「ちょっと見てくか?兄者からアレを風土古都並みに流行らせろって言われてるんだ。何か意見が欲しいんだが」


「すみません。今日は祢々の誕生日なので早く帰らないといけないんですよ」


「そうか。それは仕方がないな」


「またの機会に」


「おう、嫁さんを大事にな」


「はい、では」


「……嫁さん、か」


 小一郎は風土古都の意見を求めたが、長吉に断られてしまった。彼の妻である祢々の誕生日だからという理由ではあったが、言える事は無いから誤魔化したというべきか。

 小一郎もそれを察し、彼と別れた。そして小一郎は一人言ちる。その背中は少し寂し気であったという。浅野長吉と別れた小一郎は兄である羽柴秀吉の屋敷に報告しに赴く。小一郎が秀吉と面会した時、彼は食事中であった。


「兄者、長浜の町造成、特に風土古都の事なんだが」


「はぐっ、もぐもぐ。うっんめぇ〜。流石はおねだがや」


「……」


 秀吉は正室である寧々が運んできた料理を物凄い勢いで食べていた。報告に来た小一郎に構わず、正に掻き込むと言った感じだ。兄が自分の話を聞いていない事は明白なので、小一郎は閉口してしまう。

 その様子に寧々からも苦言を呈される。


「お前様。それはいいのですが、今は小一郎さんの話を聞くべきですよ」


「心配いらにゃーて。小一郎は出来る男だでよ。任しといたらええんじゃ。はっはっは」


(いや、町造成は俺の手に余ってんだよ。一緒に考えてくれよ)


 注意されても、秀吉は笑って小一郎に任せておけと言う。彼は優秀なんだから問題はないと。普段なら評価されているのは嬉しいが、現状を知った今となっては苦しいばかりだ。小一郎は手伝って欲しいくらいだが、秀吉にその気は無い様だ。


「そんな事言って。小一郎さんは困っているんじゃないの?」


「大丈夫、大丈夫。それを乗り越えてこそ男ってもんだ。なあ、小一郎。あ、お前も飯食うか?」


「あ、いや、いいよ……」

(兄者、俺の胃は破裂しそうだよ)


 寧々がいくら言っても秀吉は聞く耳を持たない。それどころか、笑顔で飯を食うかと誘って来る。小一郎は腹がキリキリして、それどころではないが。


「大丈夫かい、小一郎さん。何か顔色が」


「大丈夫ですよ、おねさん。ははは、何とかしますから!」


「それならいいけど……」


 結局、小一郎は誤魔化して秀吉の屋敷を出た。寧々に心配させまいとから元気を出して後にしたが、やはり直ぐに気持ちは落ちてしまう。


「はあ……」

(ダメだ。兄者に相談しても何にもならん。結局、自分でやるしかないのか)


 秀吉は自分には出来ないと悟ると、まったく関わらなくなる。素人が手を出しても悪い結果にしかならないと理解っているからだ。金は出して口は出さない。パトロンの理想形なのだが、今回は任される方も専門家じゃないというジレンマだ。小一郎の必要な行動は専門家を雇う事になるが、そんな人物はそこら辺に落ちてはいない。

 そんな感じで肩を落とす小一郎を見て、声を掛ける人物がいた。


「どうかしましたか、小一郎殿?」


「あ、半兵衛殿。って、何で風呂敷袋を持ってるんです?」


 声を掛けて来たのは竹中半兵衛重治。彼は片手に丸めた風呂敷を持っていた。しかもちょっと出掛ける感じの軽装だった。


「妻が風邪で寝込みましてね。私は代わりにお遣いという訳です」


「半兵衛殿がお遣い!?」


「風邪ひきの頼みを断ってケンカするより、引き受けてさっさと済ませた方が合理的だと思いまして」


(凄い考え方するよな、この人)


 どうやら半兵衛は妻が風邪を引いたので、代わりに家の買い物をするらしい。その荷物を入れる為に風呂敷袋を持っていた様だ。

 しかし何故、妻が風邪を引いたら半兵衛が買い物をする事になるのか?それこそ、女中や雑色に頼めば済む話だ。その謎は半兵衛が妻と衝突しそうになったからだ。まあ、病気の人は機嫌が悪いだろう。なので妻の頼みを聞くていで自宅を出た様だ。妻の為、その実、自分の為という考え方である。


「それで?何を悩んでいるのですか?」


(そうだ!風土古都について半兵衛殿の意見を……。いや、無理だわ。この人、城郭の造成に関してはいろいろな意見を出してくれたけど、町の造成に関してはどうでもいいと言わんばかりに我関せずだった。誤魔化しとこう)


 小一郎は悩みを聞かれたので、半兵衛に相談しようかと一瞬だけ考える。しかし、その考えは直ぐに捨てた。この竹中半兵衛は軍事方面にはいろいろと助言をしてくれたが、内政方面になると彫像の様に口を開かない。もう表情からして「興味がありません」と言っている。聞いても無駄だ。小一郎は誤魔化して、この場をやり過ごす事を選択した。


「いやあ、半兵衛殿といい弥兵衛といい、奥さんを大事にしてて良い事だと思いまして。ははは」


「それが悩みなのですか。成る程、小一郎殿は嫁を探しているのですね?」


(何でそうなる!?いや、嫁さんが要らない訳じゃないけど)


 ただの誤魔化しから小一郎が嫁を探しているという謎飛躍して半兵衛に理解されてしまった。そのとんでもない飛躍具合に小一郎が驚愕してしまう。まあ、彼とて結婚したくないと宣言している訳ではない。人並み普通に嫁さんが欲しいくらいは思っている。


「ふむ、考えてみればかなり重要な話ですね。小一郎殿にとって、だけではなく」


「え?俺以外にも、ですか?」


「理解していない様なので、順を追って説明しましょうか」


「あ、はい」


 少し考えて半兵衛は重要な話だと言う。小一郎は自分にとって、そして自分以外にとっても重要だと言われて啞然となる。理解していない彼に半兵衛は説明を始める。


「まず、小一郎殿は厳密には侍の身分ではありません。殿の身分は侍ですが、これは寧々殿と結婚した事で保証されたもの。ですが、寧々殿が保証出来るのは殿一人なので、小一郎殿は入っていないのです」


「はあ、成る程」


 まず、小一郎は羽柴秀吉の弟だが『侍』という身分ではない。侍とは武家名を持つ存在だ。だから小一郎は武家名を持つ秀吉の弟に過ぎない。彼自身は武家名を持っていない。また、秀吉の武家名も木下寧々が保証しているもので、対象は秀吉のみで小一郎は入らない。無理矢理入れるなら小一郎は秀吉の養子になるという方法が有るには有る。

 なので、一般的には既に有る武家名を継承するという方法を取る。主君から絶家した武家名を与えるという方法だ。武田信玄から『香坂姓』を与えられた農民出身の春日虎綱が『高坂昌信』と名乗った様に。

 羽柴秀吉の弟、羽柴家の重臣、織田信長から『長』の字を与えられた、これでも羽柴小一郎長秀は『侍』とは言えない。羽柴家内で彼を侮る者は皆無だが、外ではそうはいかないのだ。半兵衛が菅浦衆との交渉に小一郎を推したのは、菅浦衆が驕り高ぶる武家を嫌うからだ。小一郎の方が菅浦衆に好かれると見た為だ。


「ですが貴方は羽柴家の重臣であり一門衆筆頭格。実力も実績も、誰もが認めるところです」


「ありがとうございます」


「その貴方がいつまでも侍ではないというのは問題なんですよ。羽柴家全体が舐められてしまいます。武士は面子商売です。舐められる要素が有るのは弱点に他なりません」


「そ、それは俺に言われても……」


 しかし、小一郎がこれから交渉する相手は菅浦衆の様な者ばかりではない。中には武家もある筈だ。その時に『侍ではない』が、かなりの足枷になってくる。侍ではない小一郎が交渉に来ただけで、舐められたと怒り出す武家が出るだろう。また、農民を駆り出す程、羽柴家は人が居ないのかと侮る輩も出る。織田信長から『長』の字を与えられているので、織田家内は大丈夫だろう。織田家外だとかなり交渉に支障が出ると予想される。だいたい、羽柴秀吉でも毛嫌いしている織田家傘下大名豪族が居るのだから。西濃豪族とか。事態は深刻と言わざるを得ない。


「なので、小一郎殿の嫁に相応しいのは『武家の娘』となります。殿と同じ様に嫁から侍の身分を保証して貰う訳ですね。それ以外に選択肢すらないと言えます。羽柴家内で憂慮の種になりたければ無理にとは言いませんが」


「選択肢が無茶苦茶狭まった!」


 以上の事から、羽柴小一郎長秀に相応しい花嫁は『出身が武家以上』となる。まあ、公家から嫁が来る事は現状ないので武家の娘だ。選択肢は狭まるが、武家名を持つ家の娘なら誰でもいいので候補くらいは挙がる筈だ。


「羽柴家内の武家の娘を貰うのが手っ取り早いですね。重臣の武家が好ましいので、蜂須賀家か前野家ですか。たしか年長でも2歳の娘さんでしたかね」


「ロリコン道、まっしぐらなんですけどーっ!?」


「『源氏物語』を貸して差し上げましょうか?私の妻の所有物ですが」


 一番早い話は羽柴家内の重臣の娘を嫁に貰う事だ。例えるなら蜂須賀正勝や前野長康の娘が相応しいだろう。一番、年長の娘でも2歳という問題があるが。

 俺はロリコンじゃないと叫ぶ小一郎に、半兵衛は『源氏物語』を貸すと提案する。紫の上を育てろと言いたいらしい。


「……別の選択肢はありませんか……?」


「主君から紹介して貰うのが一般的ではありますが」


「兄者から紹介されるのは、浮気相手くらいしか居ませんよ!?」


「困ったものですね」


 一般的には主君から武家の娘を紹介されるお見合い婚が多い。結婚は家と家を結ぶ行為なので、主君の都合や戦略も関わる。池田恒興はその典型例と言えるだろう。恒興は遠藤美代と結婚する事で奥美濃を素早く制圧したからだ。そして遠藤家を傘下にする事が出来た。

 という訳で、本来は羽柴秀吉が小一郎の嫁を探すべきなのだ。しかし、彼から紹介出来る娘は不倫相手くらいしかいないという地獄の選択肢となっている。小一郎は絶対にイヤだと頭を抱える。これには半兵衛も困った顔をする。


「しかし、羽柴家外から紹介されるとなると、格の問題もあります。少なくとも殿と同等以上の紹介か、その重臣くらいの武家でも良いのではありますが」


「兄者と同等以上って……。それは信長様か織田家重臣格な訳で」


 主君である羽柴秀吉からの紹介が絶望的なら、羽柴家外から紹介して貰う事になる。だが、誰でも良い訳ではない。少なくとも主君である羽柴秀吉と同等以上が求められる。となると、織田信長、林佐渡、佐久間出羽、池田恒興、丹羽長秀、柴田勝家、滝川一益、森可成、明智光秀辺りが候補か。この中だと林佐渡が可能性が高い。彼女は織田家臣の婚姻をかなり取り持っているからだ。羽柴秀吉と木下寧々の結婚を取り持ったのも林佐渡なのだから。しかし、それは秀吉が奉行という林佐渡の直属の部下だったからだとも言える。小一郎の結婚を取り持ってくれるかは、かなり微妙だ。秀吉だって農民出身という事でかなりの武家から敬遠されたものだ。


「難しいですね。ならば、やはり2歳の娘さんを貰う交渉をした方が良いかと」


「いや、だから俺はロリコンじゃ……あーっ!!」


「どうかしましたか?」


「そういえば池田様が嫁を紹介してくれるって」


「ほほう、上野介殿が。それは良い話ですね」


 小一郎は思い出した。かつて池田恒興が自分に嫁を紹介してやろうと言っていた事を。近江攻略戦の最中の話だ。

 犬山の発展と共に池田家の縁はかなり広くなっている。池田恒興自身、家臣の嫁を紹介したり、傘下豪族や重要国人衆に自分の養女を送り込んだりと多岐に渡る。池田家と縁を持って家中の安寧を図りたい者達からは歓迎されている。既に実績十分な池田恒興から嫁を紹介されるのは良い事だと半兵衛は頷く。


(そうか!池田様から嫁さんを紹介して貰えば、俺は池田家と縁が出来る。町造成の事も風土古都の事も詳しく聞けるかも知れない!これが嫁さんと力を合わせるって事か!)


 小一郎は気付いた。池田恒興から嫁を紹介される事は小一郎自身が池田家と縁を持つ事になる。という事は町の造成や風土古都の事も良い意見が貰えるかも知れないのだ。池田家臣の娘なら内政向きな人材を借りる事すら出来るかも知れない。

 彼は結婚とは自分と嫁で力を合わせて生きて行く事だと思っている。正にこれが嫁と力を合わせる事ではないのかと思える。自分ではどうにも出来ない難題を嫁の縁で解決する。これが夫婦の理想の形ではないかと。お互いを必要とする関係であると認識した。


(素晴らしい。もしかしたら池田家の内情が手に入るかも知れない上に、いざとなれば人質にも出来ますね。出来る出来ないは置いても、こちらに損は無い。実に理(利)に適っている)


 一方で竹中半兵衛もこの縁は貴重であると考える。小一郎とは別方向に。何故なら池田家臣の娘であるならば実家の動きくらいは当たり前の様に知っている。そこから池田恒興の考えも見えてくるというものだ。それに将来的に池田恒興と敵対した時には良い人質、或いは交渉材料にもなってくれる。敵対云々は無しにしても、池田恒興と繋がりを持っておくのは有益だ。そして羽柴秀吉に損は無い。情勢がどう転ぼうとも利益のある婚姻であると半兵衛は判断する。


「私としては申し分ないと思いますよ。声を掛けられている以上、無下にするのも良くはありませんし。一度、打診してみては?」


「そうですよね。言ってみます!」


「吉報をお待ちしていますよ」


 竹中半兵衛は小一郎に恒興の話を受ける様に推す。織田家重臣である池田恒興の紹介となれば、羽柴秀吉も否は無い筈だ。周りも納得するし、池田恒興が小一郎の後ろに付いているとなれば、彼を侮る者は格段に減る。

 池田恒興から紹介されるという事は彼に認められた証拠だ。その小一郎を侮るのは恒興にもケンカを売る行為になる。武士は面子商売。自分が認めた男が舐められたら、恒興は恐ろしく不愉快に感じる。その結果がどうなるかは推して知るべし。だから小一郎を侮る者が激減するという絡繰だ。

 池田恒興から嫁を紹介される事は、何処からも文句の出ようのないものだ。しかも小一郎にとっても侍の身分と恒興の後ろ盾を得られる良い事尽くし。半兵衛から太鼓判を押された小一郎は早速、恒興に紹介の要請をするのだった。


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【あとがき】


 ここから小一郎さんの話が2話、秀吉さんの話が1話?と続く予定ですニャー。次は養徳院さんの圧迫面接になるかも?

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