永楽銭は突然に 前編

【まえがき】

 長いので分割ニャー。でも同日完成なので同時投稿ですニャー。


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 池田家政務所。

 池田恒興は今日も今日とて判子押しに従事する。これは本当に自分がしなければならないのか、と疑問を抱く。判子を押すなど誰でもいいだろとか不謹慎な事を考える。

 決裁は池田家の財産を使う許可となるので、当たり前だが池田家当主の仕事だ。だが、大規模な大名になると他の者が決済を代行する役職がある。それを『家宰』という。

 織田家で例えよう。織田信長が織田家の内政に全て決裁をしていると思うだろうか。そんな事をしていれば、信長は忙し過ぎて京の都の屋敷から一歩も出られない破目になる。幾つもの商業都市を織田家は抱えているからだ。織田家が特に治めているのは濃尾勢と南近江だ。他は戦地だったり、大名豪族などの領主が大半を統べる。なので織田信長が直接決裁をしているのは、南近江だけだったりする。自分の新たな財源とするべく、直接指揮を採っている。そして濃尾勢の指揮を採っているのが家老の林佐渡守である。そう、彼女が織田家の家宰の立場に居る。林佐渡守は濃尾勢の決裁を一々、信長の所に持って行かず、自分で決裁している。

 分かるだろうか、家宰とはかなりの権勢を持っている。だから織田信長は林佐渡守を頼ると同時に見張らなければならない。その意味もあり、周りに池田恒興、滝川一益、森可成が配置されていると言える。

 家宰として有名なのは足利将軍家の政所執事・伊勢貞親だ。この男の巨大な権勢を崩し失脚させる為に山名宗全と細川勝元が手を組んだ。これが『応仁の乱』の発端となった。

 他には関東足利公方の家宰が上杉家だ。関東戦国時代の発端となったし、全盛期は越後国と関東の半分を管理していたくらいだ。

 だから家宰を置くのは良いが、手放しにするのは厳禁である。つまり織田信長にとって林佐渡守の見張りは義弟の池田恒興だという事だ。

 しかし池田家の内政もかなり煩雑となってきた。だから恒興も家宰を置きたい。候補は土居宗珊と思うかも知れないが、彼は厳禁。土居宗珊は既に派閥の長として池田家内にかなりな権勢を持つ為、これ以上に権勢を強めるのは後に騒乱の種になりかねない。暴走した場合、彼を止められなくなる。彼自身にその気は無くとも、だ。周りが放置しない。

 ならば他の候補は一門衆筆頭の山内一豊だが、彼は現在、自分で精一杯だ。将来的には可能かも知れないが、それでも恒興レベルの能力は必要とされる。

 他は加藤政盛だ。彼は恒興が犬山城主になったばかりの時に、共に決裁をしていたので実績はある。権勢自体も無いに等しいので、一番相応しいかも知れない。悪い言い方だが、権力を持って暴走したところであっさり殺せる。

 仕事が一段落した頃、恒興は小西弥九郎や加藤弥次郎兵衛を休憩に行かせて自分も部屋で休む。すると、そこにひょこっと土屋長安が現れる。


「殿さん、ちょっといいッスか?」


「お、長安か。長盛の様子はどうだニャ?」


「いやー、彼はいいッスねー。俺も楽出来る様になったッスよ」


「そりゃ良かった。ニャーも紹介した甲斐があるニャ。お前は一人で働き過ぎだったし」


 この土屋長安は家臣が少ない。池田家重臣の中で一番少ない。何しろ地縁がまったく無いからだ。彼の家臣として主な者は伊奈忠家と伊奈忠次の親子だ。彼らが縁のある三河者を連れてきて、何とかしている感じだ。しかし、土屋長安は池田家政の商工業で、かなり重要な部分を担当している。だから長安はかなりの過労だった。

 それを心配した恒興が増田長盛を紹介したという事だ。長安は増田長盛が優秀であると既に認めている様で、彼の負担はかなり減ったようだ。恒興も良かったと感じた。


「お陰様で睡眠時間が一刻から三刻に増えたッスよ」


「足りてねーーギャァァァ!!?」


「いやいや、三倍ッスよ」


「そもそも足りてねーんだニャー!」


「殿さんが油を安くしてくれたんで、夜の灯りに困らないッスから」


「無駄使いしてんじゃねーギャ!」


 ……まだ、足りていなかった。しかも土屋長安は夜も働いていて、灯りに油を使いまくっているらしい。恒興は誰か良さげな者を見付けたら長安の所に送り込む事を決意した。


「それで用事はニャんだ、長安?」


「実は前々からッスけど、市場から『永楽銭』が欠乏してるんスよ」


「ニャーも耳にはしたが、そんなにマズイのか?」


「京の都に近いと貨幣が必要になるッスから。犬山は『宋銭』が主流ッスが、それでも影響が出てるッスよ」


 土屋長安が問題としているのが『永楽銭不足』である。これがかなり顕在化してきている。通貨不足は売買に影響する為、経済活動が悪くなっているという。まるで真綿で首を締められている感じで、徐々に効いている。この対応には織田信長も頭を悩ませている。何しろ、永楽銭は(宋銭もだが)外国産で輸入しない限り増えないからだ。

 濃尾勢では宋銭が主流ではあるが、それでも影響は出ている。つまり全体的に貨幣不足が出ている。しかし新しい永楽銭は良貨とされ古い宋銭は悪貨となるのは変わらない。宋銭は使い古されて、摩耗しているのが多いからだ。その為に永楽銭が不足すると価値が上がり、相対的に宋銭の価値は落ちる。これが宋銭が永楽銭の代わりにならない理由でもある。

 では貨幣不足をどの様に補っているのか?


「大丈夫ニャのか?風土古都とか貨幣が必要だろ?」


「『池田家札』を作って津島会合衆を中心に買って貰ってるッス。これで貨幣を調達してるッスね」


「池田家札か。あれは所謂、借金ニャんだよな。あまり好きじゃないニャ」


「殿さん個人の信用で資金調達してるッスからね。利子を払わないとならないッスが。それ程は売ってないので、落ち着いたら回収するッス」


「なら、そこまで問題ではニャいな」


 貨幣不足を補う為に池田家では『池田家札』を作って商人に買って貰い、貨幣を確保している。商人は滞留貨幣、つまり余力の範囲で『池田家札』を買い、権利として利子を受け取っている。しかし『家札』は発行した家が滅ぶと紙切れと化すのでリスク自体はある。この『池田家札』を買って貰うには池田恒興本人の信用が必要となる。ここで調達した貨幣を民間に流して経済活動を支えている。

 因みに資金調達の為に出される『家札』にはいろいろな形がある。米を担保にする『米札』、寺社が発行する『寺社札』、公家が発行する『宮家札』などだ。歌舞伎踊りで有名になる出雲阿国は出雲大社の札を売り歩いていたという。これも『寺社札』だ。出雲大社が買い取ってくれるのかは知らないが。

 これらは資金調達の為の借金と同義であり、江戸時代に出される『藩札』とは違う。『藩札』は通貨不足に対して通貨の代わりを狙った物だからだ。


「問題は京の都ッス。かなりの永楽銭不足になっていて信長様と公方様が喧嘩状態らしいッス」


「は?ニャんで?」


「公方様が織田家の永楽銭を市場に流せって命令して、信長様が無いって言い返している状況らしいッスよ。少し前からッスけど、今はバチバチやってるらしいッス」


「ニャる程。そうか」


 足利幕府将軍の足利義昭は永楽銭不足に対して、織田信長に永楽銭の供出を命令した。永楽銭が不足しているなら織田信長が出せば解決だと単純に考えているからだ。元僧侶で実務を知らない彼らしい考えだ。事はそんな簡単ではなく、信長だって所有永楽銭が少ないのだ。足利義昭と織田信長の間で「出せ」「ねーよ」の言い合いになっている。この辺りが彼等のケンカの発端と言ってよい。


(信長様も覚悟を決めてやりあっておられるんだニャ。ニャーも援護したいが。しかし永楽銭がこれ程、急に欠乏していくニャんて)


 信長は覚悟を決めて幕府と対峙しようとしている。恒興もこれを支援していく方針だ。しかし問題は永楽銭だ。こればかりは恒興でも難しい。


「……殿さん、永楽銭欠乏について考えてるッスか?俺の予想を聞くッスか?」


「そうだニャ、聞かせてくれ」


「永楽銭欠乏の要因の一つは本願寺の米売却ッス。あれで本願寺はかなりの永楽銭を抱え込んで放出はあまりしてないッス。まあ、いずれ使うとは思われるッスが」


「だろうニャ。それは理解る。長盛も言ってたしニャー」


 永楽銭不足の要因の一つは本願寺の大量米売却だ。増田長盛の証言もあるので間違いない。しかし本願寺が永楽銭を貯め込んで放出しないのは、長くは続かないだろう。何れは少しづつでも放出していく事になる。寺が貨幣を貯めていても仕方がないからだ。いずれ寺の為に使うだろう。時間の問題でしかない。

 しかし長安はもう一つが問題だと指摘する。


「もう一つは近江商人ッス。アイツラは前々から永楽銭を出し渋る様になってたッス。それに、あの米をかなり上手く売り抜けたらしいッスよ。その代わり、越前国や若狭国がヤバいッスが」


「アイツラか!やってくれるじゃニャいか、クソが!」


「近江商人ッスからね。商売じゃ一癖も二癖もあるッス」


 もう一つは近江商人だ。彼等は前々から永楽銭を出し渋る様になっていたという。その米を素早く越前国や若狭国、濃尾勢に持ち込んだようだ。濃尾勢は恒興や津島会合衆が直ぐに動いたので軽傷で済んだが、越前国と若狭国は酷い事になっているらしい。そして永楽銭を中心に回収したらしい。永楽銭不足はより酷くなっている。

 という事は、増田長盛は近江商人から永楽銭を出させた事になる。彼が余程上手く交渉したのか、近江商人は最初から本願寺の目論見を知っていたのか。恒興は少し疑念を抱く。そして近江商人はいい加減にしろ、となかなか倒せない事に恒興は苛立つ。


「でも、これで朝倉家は動けなくなったかニャー」


「逆ッスよ。食料はあって金が無いんス。それでいて軍勢は揃ってるなら?」


「武家は略奪に動くニャ。何なら京の都を直撃か」


「気を付けるべきッス」


 しかし越前国が酷いという事は朝倉家はその対応で動けなくなっただろうと恒興は考える。しかし長安は逆だと言う。朝倉家は大量の食料を抱えて金が無いのだ。ならば武家は何をするのか?

 朝倉家の立地を考えれば近江国を襲撃する。しかし近江国は近江商人が居るので手が出しにくい。ならば京の都を直撃して織田信長を追い払い、幕府を擁していろいろな利権を信長から奪う。これが彼等のベストとなる。誰かが要請したくらいで軍勢が動くほど、朝倉家は暇ではない。彼等が動くだけの都合と状況が必要なのだ。


「分かったニャ」


(ま、加賀国が隣にある朝倉家が動ける訳ないか。……あれ?動いたよニャ、前世で。警戒はしよ)


 恒興は朝倉家は北に加賀国があるので動けないと思う。何しろ朝倉家は毎年の様に一向一揆に襲われているからだ。しかも最近は一揆勢に圧されている。

 しかし恒興の前世では朝倉家は動いた。京の都を直撃する為に。織田家は甚大な被害を出しながらも何とか彼等を追い払った。

 恒興は警戒はしなければならないと気を引き締めた。


「しかし問題の根本は永楽銭不足だニャ。こればっかはどうにもならん」


「国産貨幣じゃないッスからね。大内家が滅亡して日明貿易も無くなっちまったッス。もう永楽銭は増えないんスよね」


 問題の根本は永楽銭不足である。こればかりは恒興でもどうにも出来ない。何しろ永楽銭は国産ではない。だから輸入しないと永楽銭は増えないが、その輸入方法である日明貿易が既に無くなっているのだ。密貿易で少し増える程度で、大勢に影響は無い。


「ああ〜、永楽銭が降ってこねーかニャー」


「殿さんでもそういう事言うんスね」


「うるせーニャー」


 恒興は天井を仰いで永楽銭よ降って来いと祈る。言うまでもなく、そんな事は起こらない。長安は恒興でもそんな絵空事を言うんだなと呆れた。


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 熊野の海。

 関船の船団が熊野神宮の湊に向かって進む。先頭の船には織田家から発行された船標ふなじるしという旗を掲げている。この船団は蜜柑の買い付けに来た大橋清兵衛の物だ。今回は最初という事もあり、大橋清兵衛本人が率いている。熊野は貨幣の価値が無いので、蜜柑を買い取り品物を渡す必要がある。なので船団には熊野の民衆が欲しい品物が満載されている。

 海で漁をしていた熊野の漁師は、進んでくる船団を見付ける。


「あの船標。あれが織田家から推薦された大橋清兵衛の船か」


「結構な数の船団だな。前の大安宅船じゃないのか」


「バーカ。あれは親王殿下だからだろ。一介の商人が動かせるもんか」


「そりゃそうか」


 熊野の漁師は前に見た大安宅船は来ないのかと若干、落胆した。もう一人が親王だから大安宅船を動かせたのであって、商人が動かせる訳がないと主張する。この説明に彼も納得した。


「よし、湊に戻って皆に報せるべ」


「おお!」


 二人は商人の到着を報せるべく、神宮の湊に戻っていった。

 大橋清兵衛は神宮の湊に着くとまずは熊野別当の堀内氏虎の息子 堀内氏善に挨拶をした。14歳の彼が商人の市場を仕切る様だ。熊野の民衆に安心して貰う為の処置だろう。

 市場として指定された場所に大橋清兵衛は品物を並べさせる。その入口に買取所を設置して蜜柑や海産物などを買い取る形にする。熊野の民衆はお金を持っていないので、売りたい品物を貨幣価値に換算する。その際に永楽銭を利用する。貨幣によって、あらゆる品物取引をスムーズにする為だ。


「大橋さん、うちらの蜜柑はどれくらいになるだ?」


「ええ、鑑定が終わりましたよ。こちらです」


「……?何だべ?この鉄屑は?」


 熊野の女性は蜜柑の代金を大橋清兵衛から受け取る。彼女はザルの上に載せられた銅貨を怪訝な顔で見詰めた。そして彼女は永楽銭を見て鉄屑と評した。


「お金ですよ」


「お金?いや、うちらは鉄屑は要らんがや。あっちに並んでる品物が欲しいだ」


「ええ。ですから、そのお金であちらの商品と交換出来るんです」


「??」


 女性はいまいち理解出来ない。熊野に貨幣経済が無いので、お金の意味が分からないのだ。彼女は蜜柑の分だけ品物が貰えると思っていた。そこにお金を介在させる意味が理解出来ない。

 そこに彼女の夫らしい男性が近付いて来る。


「どしたい?」


「ちょっと、アンタ、聞いてよ。うちらが育てた蜜柑が鉄屑になっちまったよ」


「は?鉄屑?……んん?」


 蜜柑が鉄屑になったと聞いて、夫の顔は険しくなった。しかし彼女が持つ鉄屑を見て、夫は何かを考え込む感じになる。


「まあまあ、まずは欲しい商品を言ってみて下さい」


「……じゃあ、その干し肉が欲しいだ」


「では永楽銭を2枚頂きます。どうぞお受け取り下さい」


 清兵衛は女性が欲しい物を言って欲しいと提案する。女性はまず、近くにあった干し肉が欲しいと言う。清兵衛は干し肉を彼女に渡し、代金として永楽銭を2枚貰う。これが『売買』だと彼女に教える。


「え?2枚?まだ100枚くらいあるがや。じ、じゃあ、この米俵は?」


「10枚で御座います」


 ちょっとづつだが、女性は『売買』を理解し始めた。永楽銭の枚数で貰える品物を自由に選べるのだと。要領が理解出来ると女性は楽しくなってきた。


「はあ〜、まだ余るんか。も、もしかして、あの絹の着物は貰える?」


「あれは流石にお高いですぞ。100枚必要です」


「むー、絹は無理か。他にも欲しい物あるし。……て、アンタも何か言うてよ」


 流石に絹の着物は高い。清兵衛が持ってきた絹の着物は犬山織なので比較的安いが。だが、女性は手が届かないと悔やむ。絹の着物は欲しいが、手元の永楽銭を全て費やす訳にはいかない。彼女にはまだまだ欲しい品物があるのだから。未だに考え込んで喋らない夫に文句を言う。


「いや、オラよ。その鉄屑、どっかで見た気がするだ」


「そう言われてみると、うちも何処かで見たべ。何処だ?」


 夫は永楽銭を他の何処かで見たと言う。それを指摘されると妻もそういえば、と考え出す。二人はうーんと考え込むが、夫はハッと気付く。


「あ、思い出したーっ!じいちゃんの蔵だ!」


「ああ、それ!」


「ちょっと蔵に行ってくる。待っとれ!」


 夫は突然、手を打って思い出したと叫ぶ。何と彼等の祖父の蔵で見たというのだ。夫は見てくると言って走り出した。


「……永楽銭、お持ちなんですか?」


「そんな気がするだけだべ。間違いかも知れん」


 清兵衛は永楽銭が熊野にあるのかと怪訝な顔をする。女性も確証は無いらしい。勘違いかも知れないと。しかし、このやり取りを見ていた他の民衆も騒ぎ出す。


「そういえば、俺も見た気がする」「ウチも爺さんの蔵で見たかも」「オラはひい爺ちゃんの蔵だ!」「ちょっくら見て来る!」「アタシも!」


 買取所の前で待っていた人々は口々に「永楽銭を見た」と言って散り散りになって行った。その騒動を見た堀内氏善は大橋清兵衛の所に来た。


「どうした、大橋?騒ぎか?」


「これは氏善様。そうではないのですが、熊野の方々が永楽銭を自宅で見たとの事で」


「永楽銭?」


「こちらです。貨幣の一種なんですが」


 清兵衛は氏善に永楽銭を1枚手渡す。氏善も永楽銭を知らない様だが、永楽銭を見て何かを考え込む。


「ふむ。……んんん?これは何処かで……そうだ、おもちゃだ!」


「は?おもちゃ、ですか?」


「ああ、私が幼い頃に転がして遊んでいた平たくて丸い鉄屑。よく転がるので気に入っていたのだ。あれは父上から貰った物だ!」


 彼は永楽銭を知らないが、同じ物を幼少期におもちゃにしていたと言う。そのおもちゃを氏善は父親である堀内氏虎から貰ったらしい。


「は、はあ……。一応、銅なんですけど」


「銅なのか。まあ、いい。父上の所に行ってくる。後でお前を呼ぶかも知れんが、今は熊野の民衆の対応を頼む」


「はあ、分かりました」


 清兵衛は永楽銭は鉄貨ではなくて銅貨だと教えるが、氏善は大して興味は無い様だ。鉄と銅の違いは分からないのだろう。彼は清兵衛に熊野の民衆の対応を頼むと、堀内氏虎の所に向かった。

 その後、遠くから箱を抱えて走って来る者がいた。女性の夫だ。


「おーい」


「あ、アンタ、どうだった?」


「これじゃねえだか?」


 夫は清兵衛の前に箱を置いて中身を見せる。そこには永楽銭が乱雑に詰められていた。その数、5、600枚程。


「た、たしかに永楽銭です……」


「うわ、100枚や200枚じゃきかねえべ!5、600枚はあるんでねえか?」


「オマエが欲しい絹の着物だって楽に手に入るべ!やったな!」


「絹!絹ーっ!」


 清兵衛が確かに永楽銭だと認定すると彼等は喜びを爆発させた。これがあれば絹の着物も楽に手に入ると。女性はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。

 そして清兵衛の買取所には熊野の民衆が箱に入った永楽銭を持って殺到した。


「俺んちにもあったーっ!」「アタシも!じい様の蔵にあったー!」「大橋さん、これはどれくらいだ?」「たくさん品物貰えるんか?」


 それぞれ箱には乱雑に永楽銭が入っていた。一つの箱には500枚から1貫分の永楽銭があった。この箱が複数ある家庭もあるらしい。


「あわわわわ。何故、熊野に永楽銭がこんなに。どうなっているんですかーっ!?」


 大橋清兵衛は理由が理解出来ない。何故、貨幣経済が無い熊野に永楽銭が大量にあるのか。熊野の民衆が持って来た永楽銭の量に対して品物の方が足りず、市場はあっという間に品物が消えた。大橋清兵衛は熊野の民衆にまた直ぐに品物を持って来ると約束した。熊野の民衆は品物が足りないと不満だったが、仕方がないと次回に期待する事にした。

 そして、疲労困憊となった大橋清兵衛は堀内家から呼び出されるのであった。


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【あとがき】


 何故、熊野に永楽銭があるのか?それは後編で解説しますニャー。伏線は前々から仕掛けてあった訳ですが。

 永楽銭1枚の価値はテキトーですニャー。品物の価値もね。(笑)

 あ、フィクションですニャー。(重要)

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