虎よ、高く翔べ

 近江国浅井家領。

 ここは浅井家に仕える大豪族 阿閉貞征あつじさだゆきの領地である。この阿閉家に早くも武士として奉公を始めた少年がいる。幼名を与吉、元服して藤堂与右衛門高虎と名乗る8歳である。元服がかなり早くなったが、それは家の事情というものだ。最近に浅井家は織田家に下された為、御家事情がかなり悪くなっている。その為、浅井家重臣により小豪族潰しとも取れる行いが出ていた。

 藤堂家では昨年に当主で父親の藤堂虎高が病にて死去。兄で長男の藤堂高則が家督相続する事になった。しかし浅井家からは未だに相続の認可が下りていないのである。更に藤堂家の領地を30石から10石への減俸を受け入れれば、浅井長政に取りなすという浅井家臣が現れる始末。これを高虎は藤堂家潰しの動きだと見て、早めの元服と奉公を決心した。藤堂家が有用なところを見せて相続を認めさせなければならない、と思ったのだ。だから藤堂高虎は功績を欲した。


「そう言われてもな、高虎くん。あの堰を管理しているのは我々、久田家なのだ」


「久田家当主としての格と徳を示す場面だとは考えられませんか?こちらも全ての水を取ろうという訳ではありません」


「ううむ」


 藤堂高虎が訪れたのは小豪族の久田家。ここは阿閉家と領地が接している。そして久田家は山側にある為、山から流れてくる小川に堰を造っていた。これが前々から問題だった。この小川の水は阿閉家の領地にも流れているからだ。つまり、阿閉家は久田家が水を独占したら領地の一部が壊滅する可能性が出ている。故に両家は一触即発までいった事もしばしば。浅井家の取り成しで、今は平静を保っている。

 これを解決しようと阿閉貞征は話し合ったが、会談は平行線で終わった。阿閉家は大豪族という態度を全面に出した貞征を、久田家当主が呆れてしまったというのが真相だ。


「それにこの件は浅井家御当主もお気に為さっているとの事。このままでは介入を招く事になりますよ」


「ぬぬっ!?」


「当然でしょう。あのお方が民草の暮らしに心を砕かない訳がありません」


 交渉とは虚実をい交ぜにして行うもの。ある程度の真実にある程度の嘘を混ぜる。この場合、浅井長政が積極介入は嘘、しかして両家が衝突寸前なら長政は仕方なく出てくるだろう、こちらが真実。

 交渉とはこの様に、相手に利と不利を天秤にかけさせるのが定石だ。


「うう……」


「ここらへんが落とし所と思われませんか?」


「……そうだな。長政様のお手を煩わす訳にはいかないな。こちらに不備が出ない範囲で認めよう」


「はっ、有難う御座います」


 久田家が堰の管理をするが、阿閉家の意見も入れて貰う。この辺りが交渉の落とし所となった。

 流石に阿閉家はこの件を武力衝突にしたくない。だが、大豪族たる阿閉家から頭を下げる訳にはいかない。なので久田家から提案して貰う事で落ち着いた。あとはこれを阿閉貞征に報せるだけだ。一時的だとしても、この問題が落ち着くなら彼は喜ぶだろう。

 あとは主君の体面を考えて、高虎から交渉したのではなく、久田家から内々に話を持ち掛けられた事にする。藤堂家は久田家と関係があったという事で。これで阿閉貞征は納得するだろう。


「よし、これはかなりの功績になる筈だ。あの久田家との交渉には貞征様も頭を痛めていたのだから。ん?」


 浮かれた軽い足取りで高虎は阿閉家政務所に向かう。そこに主君の貞征が居るはずだ。しかしその途中で三人の若者が彼の道を塞ぐ。


「よう、高虎」


「……これは万五郎様。私ごときに何かご用でしょうか?」


 阿閉万五郎 10歳。阿閉貞征の長男で阿閉家嫡男である。つまり主君の息子だ。彼がお伴を二人連れて現れたのだ。


「高虎、久田家との交渉は上手くいったみたいだな」


「お耳の早い事で、ぐっ!?」


 頭を下げつつ答える高虎。しかし彼は伴の少年に殴られる。突然の痛みを高虎は堪える。


「な、何を為さるか!?」


「為さるか?じゃねえだろ、高虎」


「がっ、げふっ!」


 伴の少年は再び拳を振り上げて高虎を殴り飛ばす。更にもう一人の伴も加わり、高虎の腹部に蹴りを入れる。二人掛かりの暴力に高虎は堪え切れず膝を付いた。


「おい、高虎。どの方に向かって生意気な口をきいてるんだよ、テメエ!」


「万五郎様に対してか?何たる不忠者か!」


「ぐっ、がはっ!……うう」


 這い蹲る形になった高虎に二人は更に暴力を加える。高虎はひたすら耐えるしかない。相手は主君である阿閉貞征の息子とそのお付だ。抵抗しても悪い方向にしか行かない。このお付の二人だって藤堂家よりは大きい家の子息なのだから。


「まあまあ、皆、抑えろ。話が出来ん」


「はい、万五郎様」


 万五郎が二人を制止し、ようやく暴力が止む。彼は高虎の前に蹲り、同じ目線の高さに来る。いや、若干だが彼の方が高い。


「なあ、高虎。私は最初に言った筈だ。功績になりそうなものは私に報告しろと。お前は何処に行くつもりだ?この先は政務所、父上が居る場所だ。何故、私の家に来ない?」


「万五郎様に答えろよ、高虎ぁーっ!」


「頭が高いだろ、土下座しろや!」


「ぐっ、くうぅ」


 お付の少年に顔を踏み付けられる。彼はジッと堪え続けた。高虎は8歳にしては体格が良い。年上とはいえ、お付の少年達の暴力など大した事はない。だが、自分が情けなくて涙が出そうだ。


「もう、よせ。高虎も十分理解しただろう。今回の仕置きはこれで仕舞いだ。行くぞ」


「「ははっ」」


 万五郎は再び二人を制止すると立ち上がる。彼に思い知らせる事が出来たと判断したのだ。


「小豪族の足掻きってヤツですか?見苦しい事この上ないですな、万五郎様」


「地虫はああやって這いつくばって土でも食べてるのがお似合いですよ、ギャハハハ」


「そう言ってやるな。高虎、私の役に立つなら可愛がってやらん事もないぞ」


「……」


 万五郎は自分に従うなら普通の扱いをしてやる、と言っている。阿閉家の後継者として家臣は大切にしなければという考えは一応ある。ただ自分に絶対服従でなければならない。その為の、これは『指導』の一環なのだ。だからやり過ぎる気はない。理解させたなら、それでいい。


「久田家の件は私から父上に報告しておく。お前は何も喋るな。分かったな」


「……はい」


 高虎は堪えた。短く返事するだけで精一杯だった。そして彼等の姿が見えなくなるとスッと立ち上がり埃を払う。そうしていると彼の所に一人の少年が駆け寄る。


「大丈夫か、高虎」


「見てたのか、安治」


 脇坂甚内安治 10歳。高虎の幼馴染みで一緒に阿閉家で働いている。


「スマン、高虎。助けられなかった」


「構わないさ。お前が来たって、諸共殴られるだけだ」


 高虎にも理解っている。安治が来ても何にもならない事は。来たところで諸共殴られて、安治も痛い目を見せられるだけだ。ならば自分一人で済んで僥倖とすべきだ。


「何でこうなってしまったんだろうな。俺達が仕えたかった浅井家の中がこんな感じだったとは」


 並んで体育座りする二人。高虎はふと溢す。理想を見ていた昔の自分。現実を知った今の自分。この差は何なんだと問いたくなる。まるで天地がひっくり返ったかの様だ。


「小豪族潰しは激しくなっているな。脇坂家も対象になっている様だ。……私の『3石』の領地がぁ〜!」


「お前の家、ホントに雑兵だよな」


 脇坂安治の家も相続が認められていない。彼の『3石・・』の領地が。高虎は微妙な顔をして、率直な意見を言ってしまう。お前んち、雑兵だろと。


「うるさい!もう何年も前から相続の申し出をしているのに認可が下りないんだよ」


「何年も前から、か。織田家に負けたからって訳じゃないのか」


「織田家との戦いで拍車が掛かったのは間違いないんじゃないのか」


 浅井家内で小豪族潰しが激しくなっているのは織田家のせい。それは間違いない。しかし浅井長政が前々から集権を進めているのも事実である。その為にどうでもいい役立たず豪族から潰しているのだ。

 浅井長政が特別なのではない。戦国時代の大名は多かれ少なかれ、そういう行為をしている。だから小豪族は大派閥に属している必要がある。

 この辺りも彼等の家を追い詰める要因になった。領地が堀家に近く、堀家の浅井家離脱で寄る辺を失ったのだ。つまり彼等の家は堀派閥だった。

 なので新しい寄る辺として阿閉家で働いているが上手くいっていない。


「まあ、そうだろう。『織田家』か」


「織田家がどうかしたか?」


「安治、2年前にウチに来た織田家のニャー侍を覚えているか?」


 高虎は織田家の名前が出て昔を思い出した。2年程前に来たニャーニャー言ってる織田家の侍の事を。それを安治に尋ねる。


「忘れた」


「そ、そうか。お前も居たんだかな」


「それがどうした?」


 しかし安治はその事をすっかり忘れている。あの場に居て飴を貰ったというのに。高虎は構わず話を進める。


「そのニャー侍はこう名乗った。『池田恒興』だと」


「池田恒興!?何処かで聞いた事があるぞ!」


「犬山城主で前の戦いの織田軍総大将だ!知っとけよ、それくらい!」


 何と、安治は池田恒興の名前を聞いた事があるという。高虎は頭を抱えたい思いだ。浅井家を直接追い詰めた織田家重臣くらい覚えろと。


「そうだったか。で、その池田恒興がどうした?」


「本当に覚えてないんだな。あの時、池田恒興は俺達に織田家の侍にならないかと誘ってきたんだ。無論、断ったが」


「そうか。惜しい事をした、のか?」


 あの時、恒興は前世の記憶から脇坂安治を『賤ヶ岳七本槍』の一人だと認識した。なので彼等を池田家にスカウトしたのだ。当時の彼等は即座に断ったが。


「だが、彼はこうも言った。『選択肢の一つとして覚えておけ』と」


「ふむ」


「ならば俺達は織田家に仕官出来るかも知れない」


 恒興は断られてもあっさり諦めた訳ではない。将来の選択肢に入れておけと言った。今は頑なでも、成長すれば考えも変わると期待しての事だ。

 そして現実を知った高虎は考えが変わってきている。


「浅井家を裏切るつもりか?」


「俺達は浅井家の何なんだ?潰される憐れな小豪族程度でしかない。自分の価値を上げようと奉公に出てみたが、現状を打破する道筋が見当たらない。俺もお前も、何年もこうしては居られないんだぞ。ならば外に活路を見い出すしかないだろ」


 現在の彼等は浅井家にとっては何者でもない。浅井長政は彼等の存在すら知らないだろう。知っていたところで小者としか思わない。

 つまり現在の彼等に価値は無い。ならば価値を高める必要があるが、その道が見えてこない。そして彼等の実家には大した時間も無い。この状況で織田家に仕官出来るかも知れないという、降って湧いた話がある。高虎の考えはおかしいだろうか?

 高虎と安治は池田家当主から直接誘われたのだ。たとえ、それが2年前で恒興が犬山城主でなかった時だとしても、約束は約束だ。


「池田恒興は覚えているのか?だな。私ですら忘れた事を」


「いや、お前を引き合いに出されても。とにかく確かめたいんだ。安治、一緒に行こう」


 あの約束が有効なのか、高虎は確かめたかった。八方塞がりなこの状況を変えられるなら、その可能性に賭けてみたい。高虎は安治も誘って犬山に行く覚悟を固めた。


「ど、どうやって職場を辞めるんだ?」


「要らないよ。自宅に『暇乞い状』を置いて休暇を取るんだ。犬山まではそう遠くない。3日もあれば往復出来る」


「夜通し歩く気か!?」


「それくらいはやるって。犬山でダメなら帰って来て元の生活だ。暇乞い状は破り捨てればいい」


 とはいえ、退路は残しておきたい。高虎は面と向かって辞めるとか出奔するとかはしない。休暇を取って、自宅に『暇乞い状』という辞職願いを置いて旅に出る。こうすれば犬山で上手くいった場合、帰って来ない高虎宅で暇乞い状が見付かり無事に辞めれる。上手くいかなかった場合は高虎が帰って来て暇乞い状を破り捨てればいいのだ。状況は変わらないが、全てを失うよりはマシだ。


「そうだな。ダメもとだ、やってみるか」


「よし、早速、準備しよう」


「おう」


 こうして二人は休暇を取って犬山への旅に出た。犬山までの道は難しくない。街道を東に進んで関ヶ原を抜け、木曽三川に到達すれば舟で行ける。彼等はあまり路銀も無いので舟を使うのは最低限にして木曽川沿いを歩いた。そして鵜沼の船着場から犬山へ入る。


「ここが……犬山?なんて人の数だ」


「言いたい事は理解るぞ、安治。俺もここが噂に聞く京の都ではないのかと疑う程だ」


 驚いた。舟から見える犬山の町も凄かったが、中に入れば更に驚かされる。ここは噂に聞く京の都なのではないかと疑う程の町並みと賑わいだった。


「何と言うか、想像と全然違う。小谷城下でも比べ物にならない」


「本当にな。これだけ人が居るなら、誰かに道を尋ねよう。しかし物凄く美味しそうな匂いがする」


「我慢しろよ、高虎。金は無いんだ」


「分かってるよ」


 彼等は城門から入って大通りを真っ直ぐ歩いてきた。そして辿り着いた場所は風土古都。飯時なのか、人、人、人でごった返している。魅惑的な香りが二人の鼻腔をくすぐり続けている。

 前方遠くに見える小高い山の上に天守、いや物見櫓程度の物が建っている。たぶん、アレが犬山城本丸だ。戦国時代ならあの程度が本丸でもおかしくはない。ただ、眼前に広がる「ここは都か?」と見紛うばかりの繁栄振りからすると完全にミスマッチしていた。


「城下町がこれ程までに発展しているのに何故、本丸は掘っ立て小屋なんだ?」


「流石に小谷城の方が立派だな」


 これ程に繁栄している城下町を持つ城の本丸が何故あんなにも粗末な掘っ立て小屋なのか?それは城主の池田恒興が本丸建て替えの優先順位を限りなく下にしているからだ。しかし放置され過ぎて流石に悪目立ちしている。天守とは権威の象徴だ。これでは当主の権威をキズ付けかねないと心配になる程だった。

 二人は風土古都に居る適当な他人に話を聞き、犬山城主が何処に居るのか調べた。その結果、池田恒興は犬山城本丸がある山の麓の小高い場所に邸宅を構えている事を突き止める。というか、ほぼ全員知っていたので大した労力もなかったが。

 まあ、珍しい話ではない。地元の支配者が何処に居るか、地元民なら当たり前の様に知っている。

 そして二人は池田邸があるという道を進む。


「この先に池田邸があるらしい」


「よし、行くか」


 彼等が勇んで進もうとすると腕に刺青がある男に道を塞がれる。どうやら警備の番兵の様だ。


「待て、お前ら。何処に行く気だ」


「私達は池田恒興様に会いたいのだが」


「許可は有るのか?」


「いや、それは……」


「じゃあ、ダメだ」


 池田恒興に会う許可があるのかと尋ねられるが、彼等にそんなものは無い。2年前の約束とか言っても通用しないだろう。証拠も無い。


「そんな!池田様に会う為にはるばる近江国から来たのに」


「どうしてもと言うなら番所で申請しろ」


「あまり時間も無いんだ。どれくらい掛かる?」


「知らんな。とにかく許可の無い者は通せん」


「そんな……」


 許可が無いなら番所で申請しろと男は言う。そして向こうにある建物を指差す。あれが番所なのだろう。しかし申請して受理されるのにどれくらい掛かるのか。高虎と安治に残された時間はあまり無いのだから。

 その時に町から帰って来た二人の女性が居た。


「浮浪児でしょうか、お藤様」


「いや、ちゃうやろ。身綺麗やで。あれ?あの子達は……」


 池田恒興の側室である藤とお付の女中である。彼女らは加藤図書助に池田邸で必要な物を注文した帰りだ。そんなものは普通、商人を呼び付ければ済む話だが、藤が気晴らしに出掛けたかったのだ。

 藤は二人の少年を見ると、何かを思い出した様に歩き寄って行った。そして二人に声を掛ける。


「久し振りやなぁ。与吉くんと甚平くんやないか」


「え?誰?」


「バカ、池田様の奥方様だ。お久し振りです」


 安治は藤を忘れていたが、高虎はしっかり覚えていた。彼は安治の頭を掴んで下げさせ、自身も一礼した。


「どしたんや、こんな所に来て。あ、分かったで。ウチの人に仕えるんやな?」


「あ、はい、その通りで」


 藤は高虎と安治が池田家に仕官に来たと直ぐに気付いた。近江国の子供がはるばるやって来て池田邸に行こうとしているのだ。余程の用事に違いない。そして彼女は続けて昔の仕官話を思い出したのだ。


「そか。じゃあ入り。ウチの人なら今、池田邸に居るでな」


「お待ち下さい、お藤様。この様な怪しい者達を通すなど……」


「うちがええ言うとんのやけど、何か文句でもあるんか?」


「ひいい、スミマセン、何でもありません!」


 二人を入れようとする藤を番兵が制止する。しかし藤に一睨みされ横に退く。番兵は『刺青隊』の者だ。彼は侍ではなく元小作人。藤の不興を買えば、自分の立場も隊長の渡辺教忠の立場も無くなると恐れたのだ。


「職務ご苦労さんや。ほれ、こっちやで」


「「は、はい」」


 藤は二人を連れて池田邸に戻った。そして庭に居る恒興を見付けて声を掛ける。


「旦那様、ええか?」


「おう。ん?後ろの二人は?いや、何処かで会った様ニャ……」


 恒興は藤が見知らぬ少年を連れているのが、直ぐに気になった。しかし、恒興も何処かで見た少年だと気付く。


「この子達はアレや。うちらが堺に行った時に泊めてもろた藤堂家の」


「あー、思い出したニャー。あの時の藤堂家の息子と脇坂家の息子だ。凛々しくなったニャー」


「はっ、御無沙汰しております」(ニャー侍はしっかり覚えていた!?)


「お久し振りで御座います」(私ですら忘れてしまったというのに!?)


 藤が藤堂家の名前を出したので恒興は完全に思い出した。彼等は藤堂家の息子と脇坂家の息子だと。恒興は藤と堺に行く途中で二人と知り合ったのだ。あの時、恒興は脇坂安治を連れて帰りたいとすら思っていたのだ。藤堂高虎はおまけ程度に見ていたが。


「ほれ、旦那様はこの子達を家臣に誘っとったやろ」


「そうだニャ。もしかして、それで来たのか?」


「はっ、既に元服し藤堂与右衛門高虎と名乗っております。宜しくお願い致します」


「脇坂甚内安治です。どうかお願いします」


 種は撒いておくものだ、と恒興は感じる。前世の記憶で彼等は一端の武将になっていたのだから、将来性は過分にある。それが自らの意志で仕官しに来たのだから、恒興としても申し分ない。彼等は気合いを入れて働いてくれるだろう。


「いいぞ、いいぞ。よく決断した。しかし二人共、まだ若いニャー」


「俺は8歳で安治は10歳です」


 ただ、働いて貰うにはまだ幼い。もう5、6年後なら言う事は無かったが。なので、恒興は二人に働いて貰うより学んで貰う方を考える。


「むう、少し早いニャー。まずは侍見習いという事で学ぶ必要があるニャ」


「侍、見習いですか」


 侍見習い、と聞いて二人は若干残念そうな顔をする。当然だが侍見習いは侍より価値が低い。つまり給料が安い、いや無給かも知れない。大豪族である阿閉家でも1石2石程度で当たり前なのだ。

 だが、恒興は二人に驚愕の待遇を言う。


「ああ、侍見習いだからあまり給料は出せんニャ。二人共、それぞれ30石ってとこだ。いいかニャ?」


(俺の実家と同等ーっ!?)

(私の実家の10倍ーっ!?)


「もうちょっと出したりよ。未来への投資や」


「じゃあ、50石ニャ」


((上がったーっ!!?))


 池田家の侍見習いの給料は高虎の実家と同等、安治の実家の10倍だった。雀の涙程度の阿閉家はいったい何なんだと叫びたくなる程だ。

 しかも藤がちょっと横から言っただけで20石増えた。もう高虎も実家超えの給料になってしまった。これで日々の仕事をせずに学べというのだ。浅井家と織田家との差を感じずにはいられなかった。

 これは恒興の期待値込みという訳だ。何しろ恒興は彼等を武将として育てたいのだから。そこらへんの木っ端侍にする気はない。


「これでどうだニャ?」


「「是非、お受け致したく!」」


「よし、決まりだニャ。じゃあ、学び舎というか家老の屋敷に行くぞ。付いて来い」


「「はっ!」」


「行ってきやー。励むんやでー」


 もう池田家に飛び込むしかない、二人は決意を固めた。浅井家にはもう戻らない。暇乞い状はそのまま発見されるだろう。藤の声援を背中に高虎と安治は恒興に付いて行った。

 恒興は二人を連れて家老の土居宗珊の屋敷に赴く。そして宗珊に二人を紹介する。


「ほう、この子達を某に預けると」


「ああ、見込みのある子供達だから、よろしく頼むニャー」


「引き受け申す。お任せくだされ」


「そうか。じゃあ、二人共励めニャー」


「「ははっ」」


 土居宗珊は何も聞かず引き受けた。恒興が期待しているのだから、しっかり育てなければと思うのみだ。恒興が去った後、宗珊は二人をジッと見詰める。やはり多少緊張している様だ。


(緊張する。この人が家老の土居宗珊か)

(品定めされているのだろうか)


「そう緊張する事はない。しかし思い切った様だな。元の職場で何かあったらのかね?」


 宗珊は二人の緊張を解す様に柔らかい口調で話す。まずは世間話程度に、ここに来た経緯からでいいだろう。


「はあ、いろいろと。俺達は阿閉貞征殿に仕えていました」


「ほう、北近江の大豪族だな」


「内部も然ることながら、元主君の貞征殿はあまり忠義働きに熱心ではなく」


「私達も仕え甲斐の無い方でした」


「それは問題だな」(成る程な。それは長政から心が離れているという事だ、狙い目かも知れん)


 職場でいろいろあった。まあ、そうだろう。不満な事が無ければ、ここに来ていない。それに高虎に生傷が見える。暴力的な何かが8歳の少年にあったのだと推察出来る。それを殊更に挙げない高虎は我慢強い少年だと見える。

 彼等からは北近江の大豪族である阿閉貞征の名前が出る。二人の前の仕官先だ。そして敬称が『様』から『殿』に変わっている。阿閉貞征は主君ではなく他人になっている。戻る気は無い証拠だ。

 更に阿閉貞征は忠義に問題がある様だ。これは宗珊にとっても聞き逃がせない一言だ。つまり彼は調略対象になり得る。


「お前達が来た理由はだいたい理解した。しかし家族は大丈夫なのか?」


「う、それは……」


「マズいかも……」


「もし危険なら直ぐに連れて来る事だ。在地豪族が父祖伝来の領地を捨てるのは辛いだろうが、生きてさえいれば奪還も可能だ。もし連れて来たなら某に言いなさい。某から殿に上申して侍として取り立てて貰う故にな」


「はい、有り難う御座います」


「早速、家族に手紙を出します」


(これで更に詳しく浅井家の内情が手に入るな)


 宗珊は二人の家族の心配をする。彼等が家族を犬山に連れて来れば、宗珊は恒興に取り成すと約束する。上手く行けば、浅井家の内情が詳しく手に入るだろう。恒興も家臣が増えて喜ぶはずだ。犬山の人手不足は解消に向かっているが、池田家の家臣不足は続いている。風土古都で侍が増えたりはしないからだ。


「ところで二人共、犬山に来るのは初めてだろう。犬山の町を見てどう思ったかね?」


「素晴らしく発展していて、京の都かと思いました」


「人がいっぱいで活気が凄いと思います」


「ふむ」


 二人は犬山の感想を聞かれて、その発展具合を口々に褒める。まあ、そうだろう。犬山ほど発展した町など早々にない。普通の感想だな、と宗珊は思う。しかし二人は何かを思い出して口籠もる。


「あ、でも……」


「アレ、な」


「何かね、ハッキリと言いなさい」


「その、あの、犬山城の本丸が……」


「えーと、何処からでも見えていますので……」


「ハッハッハ。よく見ているものだ」


 高虎と安治が気になっていたのは、町の外からでも見えるあの犬山城本丸だ。何しろ犬山で一番高い場所にあるので、あの掘っ立て小屋が否応なく悪目立ちしている。

 これを聞いた宗珊は愉快そうに笑った。


「某も言ってはいるが、殿の本丸建て替えの優先順位が低くてな。とても良い意見だ。初めて来た者でも気になっていると伝えれば、殿も動くかも知れん」


「「はあ」」


「他の生徒とは後日、引き合わせよう。まずは住む場所を決めなくてはな」


「「ははっ」」


 宗珊は二人の住む場所を決めようと立ち上がる。二人も続いて立ち上がるが、その時に高虎の腹がぐぎゅうぅぅと大きな音を立てる。


「す、すみません」


「ハッハッハ。まずは腹ごしらえが必要だったか。ならば風土古都に行こうか。仕官記念だ。某が支払うから好きなだけ食べなさい」


「風土古都……。あの美味しそうな匂いがしていた」


「い、いいのですか?」


「特に『天麩羅蕎麦』は絶品だ。食べてみるとよい。行くぞ」


「「は、はい!」」


 風土古都は彼等も通って来た。そこら中から美味しそうな良い匂いがしていた。しかし路銀も少ない二人は食事を我慢してここまで来たのだ。好きなだけ食べてよいと言われ、高虎と安治は天にも昇る気持ちになってしまう。宗珊の一押しは天麩羅蕎麦らしい。これは絶対に食べなければと二人は決意を固めた。


(なかなかどうして、よく見えている。これは期待出来る子供達だ)


 土居宗珊は二人には素質が有ると感じた。恒興がわざわざ連れて来るだけある。宗珊に預けるというのは武将として指揮官として育てろという意味だからだ。これからが楽しみだと、宗珊は薄く笑った。


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【あとがき】


 べ「ウイポ、飽きちゃった」

 恒「お前というヤツは。あれだけDLC買ったのに。だから最近の執筆速度が上がったんだニャ」

 べ「いいのさ。ソシャゲと違って完全購入なんだから気が向いたらやるよ」

 恒「そうだニャ。お前は飽きっぽいから毎日やらないといけないソシャゲは向いてないしニャー」


 恒興くんに必須となる築城名人さん確保ー。この後で、土居宗珊さんが子供達を連れて犬山城本丸周辺の縄張りを考えさせる予定。野戦築城は武将の必須能力ですからニャー。野戦築城は織田家が注目されがちですが、ほぼ全戦国武将が出来ます。上手いか下手かの違いですニャー。

 恒興くんのせいで幼年から働き始めた高虎くん。彼が15、6くらいなら同僚を斬り殺して逃走してますニャー。命拾いしたのは、実はお付の二人だったりします。

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