美食の町計画

【まえがき】

「本願寺単独で畿内の米相場を暴落させる程の備蓄があるのだろうか?」という質問がべくのすけに来ましたニャー。これに「あ、そうか!」と気付かされました。べくのすけは調べたので知っています。しかし大半の人は現代のお寺さんのイメージを持っていて、戦国時代のお寺さんが何なのかを知らないという事です。まあ、教科書には書いてありませんからニャー。

 ハッキリ言いますニャー。『戦国時代の寺』と書いて『超巨大財閥工場武装組織』と読むんです。比叡山延暦寺さんがその最大手となりますニャー。戦国時代までのお寺さんは遣唐使などで得た技術を秘匿して、作った製品で暴利を貪っています。お寺さん以外では作れないので正に殿様商売です。この技術が織田信長さんによって民間に流出した。その事件を『比叡山焼き討ち』といいます。これ以降、お寺さんが独占販売していた物は町衆で作られる様になり、価格競争が起きて値段は暴落。お寺さんは衰退し、その反面、町衆は『町人文化』を隆興させていく。この辺りが戦国時代末期から江戸時代初期という訳ですニャー。

 戦国時代の本願寺さんは技術こそ少ないのですが『通行料金』を取っています。円弧状三角州に拠点を構える程の建築技術と土木技術もあります。そして戦国時代最大の民間布教型仏教でもあります。それによる寄付(強制的)も莫大でしょうニャ。だから米相場を崩す事は可能だったという訳ですニャー。……というか、実際にやりましたからニャー、本願寺さん。


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 ここは池田邸の向かい側にある順慶屋敷。その厨房で蕎麦を茹で、天麩羅を揚げる男が居る。男の名前は助六。先日、この屋敷の主・筒井順慶に弟子入りしたばかりだ。今は順慶の昼ご飯に天麩羅蕎麦をだそうというところだ。何しろ順慶の食材には高級品まである為、助六が店で出せない食材まで天麩羅に出来る。それらと蕎麦の相性を確かめて貰い、採算が取れる様であれば取り入れたい。そういう実験的な意味もある。蕎麦と天麩羅だけではない。刻みネギやほうれん草などで彩りを整えてある。


「先生、お願いしやす!」


 蕎麦を完成させた助六が奥に呼び掛ける。先生というのは順慶の事なので、彼の昼食が出来たという事だ。


「どうれ」


 暖簾をくぐりながら威厳のある感じで現れる順慶。そう、今の彼は至高の料理人……の真似をしている。その為にわざわざ髪型をオールバックにしてきて、しかめっ面まで作っている。


「今回は椎茸の天麩羅を入れてみやした。蕎麦との親和性を確認してくだせえ」


 椎茸は日の本各地に自生している。この椎茸を干物にして出汁を取る事も遣唐使が学んで来ており、これを民間に伝えたのはこれまた弘法大師だという伝説がある。

 しかし、日の本では乾しいたけは中華王朝への輸出品になっていて、あまり民間には出回らなかった様だ。椎茸という名前が出たのも室町時代中期の『蜷川にながわ新右衛門親元日記』からであるという。そう、この日記の作者こそ、アニメ『一休さん』でお馴染みの『新右衛門しんえもんさん』……の息子である。蜷川家は代々『新右衛門尉』を名乗る。アニメの新右衛門さんは蜷川親当ちかまさという名前だ。

 とはいえ、現在の日の本は明朝と交易していない為、乾しいたけは民間に出回る様になってきた。しかし、まだまだ高級品の部類に入る。

 助六としてはいろいろな素材で天麩羅を試している。椎茸は蕎麦屋で出すには高級品過ぎるが、順慶用の食事として出した。他には山菜なども天麩羅にしている。

 順慶は相変わらず厳しい顔付きで蕎麦に箸をつける。終始無言、蕎麦と天麩羅を味わう事に全神経を集中させている様だ。


「先生の裁定は?」


 助六の傍に居る男が蕎麦を食す順慶を見守る。彼は今回、助六の補助をしていた。そして助六と助手の男は固唾を呑んで順慶の評価を待つ。その順慶が一言。


「うまうまう~!」


 順慶は訳の分からない言葉を発した。その語感から『美味い』と言っているのだとは思う。しかし助六と助手の男はその言葉を知っていて二人共に飛び上がって喜んだ。


「出たー!順慶先生の『うまうま宣言』!これは合格だな、すけさん!」


「ああ、ありがとう、かくさん!しかし椎茸はまだ高いからなあ」


 合格だと喜ぶ二人。しかし椎茸はまだまだ高級品に入る。助六の蕎麦屋で出すには少し辛いが、少しづつ安くはなっているので将来的には有りになるかも知れない。乾しいたけで出汁を取る事も出来るが、濃尾勢だと『昆布出汁』が一般的である。堺方面だと『鰹出汁』になる。なのでまだ椎茸の出番は無さそうではある。


「二人共、高みに登りつつあるな。フッフッフ。来るがいい、この至高の場所まで」


 腕を組み、目を閉じて何か偉そうに語る順慶。(順慶的には)威厳を出しつつ、二人の弟子の成長を静かに喜んでいた。

 その背後に猫耳みたいな特徴的な髪型をした男が拳を振りかぶっていた。


「何を悦に入っとんだニャ、テメエは!目を覚ませーっ!」


「痛いっ!?」


 そして容赦無く拳骨を落とす。突然の襲撃に順慶は悲鳴を挙げた。


「何すんだよ、恒興くん!」


「いや、頭でもおかしくなったかニャーって」


「なってないよ!何しに来たのさ!」


 順慶は襲撃を非難するも、恒興は彼の頭がおかしくなったのかと思って拳骨を落としたという。TVが壊れたら殴る、現代人でもやる事だ。おかしくなったら殴って解決するは、遥か昔からの伝統だったりする。今回に関しては変な真似をしている順慶が悪い。


「お前の屋敷に変な人間が出入りしてるって、警備から聞いて来たんだニャー。誰だニャ、コイツラは?」


 恒興が来たのは順慶の屋敷に見知らぬ人間が出入りしていると警備の親衛隊から報告が来たからだ。池田邸もある治安上、追い返したいが順慶から許可が出ているので出来ないという訳だ。だから恒興が直接来た。大和国大名である筒井順慶に何か言えるのは恒興しかいないからだ。親衛隊でも順慶に物申して不興を買いたくないという心理が働いているのだ。緊急時なら別だが。


「えーと、助さんと角さん」


「犬山のお殿様!?お、お初にお目に掛りやす。あっしは助六、順慶先生の弟子で犬山城下にて蕎麦屋を営んでおりやす!」


 一人は『助さん』こと蕎麦職人の助六、21歳。尾張国津島の出身で両親も蕎麦屋。津島の商人向けに蕎麦を提供している為、独立を機として犬山に来た。犬山は津島ほど商人が居る訳ではないので大衆向けに店を開いている。


「ほう、蕎麦屋かニャ。そっちのお前は?」


「へい、オラは角吉つのきちって言います。遠江国の村の出身です」


 もう一人は『かくさん』こと角吉つのきち、20歳である。遠江国の出身で何かの料理人という訳ではない。とりあえず恒興は名前とあだ名が違うんじゃないかと指摘する。


「……角吉つのきちじゃねーか。ニャんでかくさんなんだよ?」


「助さん角さんの方が語呂が良いじゃん」


「語呂って……。そんなんで他人の名前を勝手に変えてやるニャよ」


 語呂が良いから他人の名前を変える。恒興はコイツの感性はどうなっているんだ、と問いたくなる。


「いえ、せっかく順慶先生に付けて頂いたんで、角吉かくきちで行こうかと。で、実家を追い出されたんで犬山で働いてました」


「ニャるほど、流民か」


「へい、堀工事や城壁工事で働いて、それなりに金が貯まったんですよ。昔から料理するとか好きだったから、皆が腹いっぱい食える店をやりてえなって。何をやるのか、まだ全然決まってないんですが、そんな時に順慶先生の天麩羅に出会った訳でして」


 角吉は遠江国から来た流民である。おそらく農家の次男以下で、長男の結婚が決まったか何かで実家を追い出されたのだろう。戦国時代の農家の相続は長男の総取りである。なので父親が死ぬと長男が農地と家屋を継ぐ事になる。母親と姉妹は長男が面倒を見る。弟達は全て追い出される。それが決まりだ。

 その為、角吉は犬山に流れ着き、犬山の拡大工事に従事していた。昔から料理が好きだった彼は、働いている仲間達に腹いっぱい食える店をやりたいと願う様になった。金はそれなりに貯まったが、店の出し方も仕入れのやり方も知らない角吉は動けずにいた。そんな時に順慶の天麩羅と出会い、助六の次に弟子入りしたのであった。


「ふーん。助さんは天麩羅と蕎麦を組み合わせているんだよニャー」


「はい、お陰様で好評です。とはいえ、あっしと嫁の二人だけじゃ限界ですが」


「それなら人雇えニャー」


「そんな簡単に言わんで下さい。人材は何処も取り合いでやすよ。朝飯時と昼飯時の営業ではあるんで、合間に順慶先生の所に来てやす」


 恒興は助六に向き直る。順慶を見習って、恒興も既に助さん角さん呼びになっている。

 助六の蕎麦屋では既に天麩羅を蕎麦に組み合わせており、大変な好評だという。ただ、客が多過ぎる為、助六と嫁さんだけでは限界だという。嬉しい悲鳴どころか、ただの悲鳴である。

 それに対して恒興は人を雇えと言うが、犬山は慢性的な人手不足であり、人材は取り合いである。現に小牧山城大掃除の際に捕まえた浮浪者達も全て就職済だ。助六には打つ手が無いのだ。営業が朝飯時と昼飯時だけなのが救いと言えば救いだ。


「それだ!」


「順慶先生、どうしたんです?」


 それを聞いて順慶が鋭く反応する。何か良い案があるのかと全員が順慶に注目する。


「何で朝飯と昼飯はあって晩飯が無いの?朝と昼の飯時も遅いしさ」


 案、ではなかった。順慶は何故、朝飯と昼飯はあって晩飯が無いのかという疑問だった。

 戦国時代は一日二食である。朝飯と昼飯だけであり、晩飯は存在しない。これにはちゃんと理由がある。


「晩飯って……。晩に飯を食って何をするんでやすか?」


「お大名様は一日三食なんですかい。すげえ」


「いや、そんなのは順慶だけだからニャ。日が落ちてから飯を食う奴はいない。無意味だろうが、さっさと寝ろ」


「しゅーん」


 晩飯が無い理由。それは日没したら全ての人は寝るからだ。基本的に夜に活動しないから晩飯は無いのである。夜に活動する者、それは夜盗か夜這いだけだ。

 戦国時代の人々は基本的に夜明けの明け六つ(午前6時頃)に起きて、朝飯(午前9時頃)と昼飯(午後2時頃)を食べて逢魔ヶ刻の夕方(午後5時頃)に帰り、日没(午後6時頃)には寝る。

 これは大名でも同じだ。だから夜襲は決まると効果が絶大になる。明かりの無い世界で夜道が見えればの話だが。

 そんな世の中で、順慶は犬山に来てから三食をしっかり食べている模様。凹む順慶を無視して、恒興は話を進めていく。


「ニャるほどねー。蕎麦に天麩羅入れて流行ったのはいいが、今度は人手不足か。助さんにしか出来ない作業はあるのか?」


「あっしにですかい。そりゃ、蕎麦打ちでやす。力が要るんで。でも嫁も出汁作りとか蕎麦茹でとかやるんで」


「手が足りないのはどの辺なんだニャ?」


「やっぱり勘定とかですかね。勘定はお客が置いてくに任せてますし。片付けや皿洗い、注文伺いに配膳とか。あと天麩羅の具材を市場に買い出しってのも。雑務ちゃあ雑務なんですが」


 恒興に聞かれるままに答える助六。彼も何で犬山城主である池田恒興がこんな事を聞いてくるのかと疑問に思う。しかし問われて答えない訳にはいかない。

 助六は主に蕎麦打ちだが、最近は天麩羅も作る様になった。助六の補助をしているのは嫁さんなのだが、こちらは出汁作りと蕎麦茹でをしている。その上で注文、配膳、皿洗い、片付け、掃除、買出しと最早、猫の手も借りたいくらいだ。その為、勘定は客が席に置いていく方式になっている。

 そんな現状を語る助六だが、解決策が無い。聞いている恒興はかなり厳しい表情になっている。特に『勘定は客が置いていくに任せている』という部分で。そんなもの窃盗と食い逃げの問題が出るに決まっている。

 恒興は性善説も性悪説も支持しない。ただ人間は道があったら辿ってしまうのだ。そこに『窃盗と食い逃げの道』があったら入ってしまう。それを目撃した者の目の前に『窃盗と食い逃げの道』があれば、その者も真似をして道に入るだろう。道に入った者は仲間を求める。「自分だけが悪いんじゃない」と。こうして善人も悪人も誰もが道に入り『悪』へと染まり、感覚は麻痺して、悪徳の町が出来上がるのである。だから『窃盗と食い逃げの道』を最初から潰しておくのが大切なのだ。

 恒興は人間の本性が『善』とか『悪』とかではないと思っている。道を辿った結果が『善』や『悪』で判定されるだけだ。その人の前にどんな道が現れるのか、どんな選択をするのか、それとも選択肢は無いのか。その結果が『善悪』という事だ。だから為政者はなるべく『善』の道を示さなければならない。それが出来ないのであれば、為政者の資格は無い。そう、恒興は自覚している。

 つまり現在、助六の蕎麦屋を営業しているのは『悪徳』に他ならない。まだ始めたばかりなのは幸いだ。直ぐに潰すに限ると、恒興は考える。


「何か良い案はないもんかなー、恒興くん?」


「よし、助さん。お前、女の子を雇えニャ」


「?女の子、ですかい?」


「おう、まだ10歳未満の子供ばかりだが、4、5人でいいだろ。その子達に配膳や皿洗い、勘定などもやって貰えニャー」


 要は人手不足が問題なのだ。料理の根幹は助六と嫁がやって誰でも出来る事は少女達にやらせる。注文、配膳、皿洗い、片付け、掃除、買出しは10歳未満の少女でも出来る筈だ。


「勘定は難しいんじゃ……」


「その子達の中には文字の読み書きが出来て、計算も出来る子がいるから問題ないニャー」


 問題は勘定だろう。何しろお金の勘定は当たり前だが『計算能力』と『文字の読み書き』が必須となる。だが、子供達の中にはこの二つの能力を有した少女が存在する。


「なんですかい、その高い才能持ちな女の子は……」


「ニャーの母上が教えてるからニャ。ちょっと事情の有る子達で尼寺に居るんだ。このままだと嫁にも行けず尼さん道まっしぐらだから、世の中で生きるってのを教えてやりたいんだニャ」


「そりゃこっちも助かります!」


 助六が『高い才能』と驚く程の少女は、尼寺に預けられた子供の中でもかなり優秀な子供だ。もちろん、それを教えたのは恒興の母親である養徳院桂昌だ。そんな才能の有る少女でも引き取り手は無いのだ。いや、戦国時代だと寧ろ女性に学など必要ないと主張する武家が圧倒的に多い。夫より頭が良い妻など要らない、夫として妻にいつまでもマウントを取っていたいという願望だ。そういう身勝手な武家の欲望が女性には価値が無いと押し付け、少女達の引き取り手を消していると言える。

 それが戦国時代の男尊女卑だ。養徳院はそれに抗いたいのだ。以前なら織田家の女性達に学問を教えているのみだった。しかし、自分の息子である恒興が才能を開花させ大きく出世したので、その権力が幾らか使える様になった。なので彼女は活動の幅を拡げようとしている。尼寺の少女達に教えているのも、その一環だ。

 とりあえず助六の直近の問題は解決した。ついでに恒興の問題も少し解決したので良しとする。少女達は働きながら世の中と知識を学び、それなりの年齢になれば自分の道を見付けるだろう。そう期待する。次に恒興は角吉に向き直る。


「さて、次は角さんかニャー」


「オラ、ですかい?」


「あー、まだ何の店をやるのかも決まってないからねー」


「せっかくですし、天麩羅は絡めたいでやすね。蕎麦はあっしなんで、うどん、とか?」


「流石に小麦粉は高級品だニャ。それよりニャーは思ったんだ。順慶のあの『味噌ダレ』、あれは白飯に合うって」


 角吉はまだ何の料理で店を出すのかも決まっていない。本人も未だに悩んでおり、助六の助手として蕎麦作りを手伝う程度だ。なので助六は蕎麦ではなくうどんの店はどうか、と提案する。蕎麦とうどんは製法が似ているので教える事は多いと考えたからだ。

 しかし小麦粉はかなりの高級品だ。小麦は遥か昔からあり、米と共に麦、粟、稗、豆の五穀を育てる様にと大和朝廷から通達が出ていた程だ。しかし米が通貨の役割を持った為、誰も彼もが稲作に走ったのが原因だろう。稲作の片手間にしか栽培されていない。その為、小麦は高騰し、公家や僧侶だけが点心(唐朝由来のおやつ)として独占していた。この辺りの技術は足利義満の時代に『茶の湯』と共に流出。現在では商人が愉しむ様になっている。しかし高価なのは相変わらずだ。

 それより恒興には思うところがある。恒興が天麩羅を食べる時に順慶から渡された『味噌ダレ』だ。アレを付けて天麩羅を食べた時に恒興は無性にご飯が欲しくなった。だから思う、天麩羅と味噌ダレと白飯、これは合うのだと。

 それを聞いて順慶も思い当たる。そう、それは現代にもあるのだから。


「そうか!そういう事だね、恒興くん!つまり角さんは『天どぅーん』の店をやる訳だ!」


「天どぅーん?そう言うのかニャ。まあ、いいや」


 順慶は言う、それは『天どぅーん』という料理であると。恒興はそんな名前なのか?と首を捻るが、順慶が言うのだから仕方ない。


「ここに天どぅーん計画の発動を宣言するニャー!」


「「おお、天どぅーん!!」」


 恒興は右手の拳を天に突き上げて宣言する。それに釣られて助さんと角さんも右手の拳を突き上げて叫ぶ。二人は何の計画なのか分かってはいないが。


「いや、君達、天どぅーんじゃなくて『天丼』だからね」


「お前が言ったんだろうが!天どぅーんってニャー!!」


「スミマセンでしたー!ちょっと言ってみたかっただけなんですー!」


 そう、『天どぅーん』は順慶がふざけて言っただけで、本来は『天丼』である。『天丼』の名前を聞いて恒興もそりゃそーだと納得した。天麩羅丼ぶりを略したと簡単に理解出来るからだ。


「まあいいニャ。天どぅーん改め『天丼計画』を進めて行く。この計画は天丼と銘打ってはいるが、天丼に限らず、広く大衆向け飲食店の支援を指す。まず角さんは助さんの店の近くで店舗を構えるんだニャー」


「え?それって、客の奪い合いになりませんかね?」


「人間ってのは贅沢なモンでニャ、同じ物を食べ続けると飽きるんだ。美味い物でも美味く感じなくなる。助さんの蕎麦に飽きたら、なかなか戻って来ないぞ。そんな時に近くに丼物屋があったら?そっち行くだろ。今日は蕎麦、明日は丼、次は蕎麦って感じで、客を逃がさない事が大切だ。もう1、2種類の店を作って回すのが理想だけどニャー」


 順慶は放っておいて、恒興は『天丼計画』について解説する。計画と大層な雰囲気を出しているが、確実に即興である。何せ、ここに来るまで恒興は助六と角吉の事を知らなかったのだから。

 この『天丼計画』は大衆向け飲食店に対する恒興からの支援を指す。その為にまず角吉の店は助六の蕎麦屋の近くに建てる。客の奪い合いになると心配する二人に恒興はそうならないと否定する。

 人間とはどんなに美味しい物でも食べ続けると美味しいと感じなくなる生き物だ。だから、今は天麩羅珍しさに助六の蕎麦屋が流行っていても、直ぐに飽きられる。そこに第二の候補として天丼屋があれば、人はそこから立ち去らない。蕎麦屋と天丼屋を行き来するだろう。恒興としてはもう2種類以上の店を作って客を囲い続けるのが理想ではある。

 話は理解したが、角吉は無理だという感じで悄気しょげげている。それは単純で仕入れの事だ。


「しかし、天丼は難しいんじゃ……。米を仕入れるってのは、オラに出来るかどうか」


「それは心配すんニャ。米はニャーが直接卸してやるよ」


「本当ですかい!?」


「ああ、諸事情があって、ニャーは米を買い込んだんだ。ソイツを卸してやる。小売から買うより、ずっと安い筈だニャー」


 天丼でネックとなるのが『米の仕入れ』だ。普通であれば雑穀飯にすべきだろう。しかし、それでは天丼の魅力が半減する。

 そこで恒興が直接、白米を天丼屋に卸す。思い出すのも嫌になる様な事情により、池田家は大量の米を買い込んだ。なので白米は唸る程あったりする。


「ついでだ、助さんの仕入れもニャーが手伝ってやる。蕎麦の仕入れとか、天麩羅素材の仕入れとかニャ」


「有り難え話ですが、何でお殿様がそこまでしてくれるんでやすか?」


 更に恒興は蕎麦に関わる食材の仕入れにも協力する。恒興が仕入れに関われば、助六と角吉が商人からぼったくられる可能性が0に近い程に減る。商人のちょっとした小遣い稼ぎで恒興が出て来るとか、商人にとっては恐怖でしかない。

 助六は何故、恒興がそこまでしてくれるのかが分からない。今日、今さっき会ったばかりなのに。


「ニャーも順慶と一緒で思う所はあるんだ。犬山は今一つ、活気がニャい。なかなか人が集まらないし、疲れた顔して働いて、そのうち消えているヤツがいる。仕事もあるし給料も払ってるし、何が不満なんだよ。そう、ニャーは思ってた」


 恒興にも思う所はある。特に順慶が言った「働いて不味い物食べて働いて、これでは保たない」という発言。犬山に居る余所者の大半が疲れた顔をしている。疲れた顔をして働いて稼いで、そのうちに居なくなる。犬山に来る流民はこんな感じの者が多いのだ。犬山に人が集まらない訳ではなく、集まった同数近くが出て行ったという事なのだ。結局、犬山に元々居る者や故郷に帰れない者は残り、故郷がある流民は稼いで帰るなり、他の地域に行くなりしているという事だ。仕事も稼ぎもあるのに何故定着しないのか、恒興はずっと頭を悩ませていた。


「結局、角さんみたいに働いて未来を夢見れるヤツは問題ないんだろニャ。でも皆が皆、遠い夢を見れる訳じゃない。そういうヤツラは何を活力にしたらいいのか。せっかく稼いでいるのに、金の使い所が分からずに貯めて、何処か行ってしまう」


 角吉はちゃんと金を貯めた先を夢見ていた。だから彼は頑張って働き続けていた。そういう者はいい。恒興が何も示さなくても勝手に進んでいく。しかし、大半の人間はそうではない。夢が見付からないまま、犬山の仕事にしがみ付いた者もいるだろう。そういう者達は働いて稼いで、その先に何があるのだろうか。何も無いのに、働いて不味い物食べて稼いで。そして余裕が出来た頃に、自分の『何か』を探しに犬山を出て行くのだ。『何か』とは稼いでいる意味、生きている意味に似た物なのだろう。人間は誰しも『何か』の為に生きたいのだ。『何か』の内容は人それぞれであり、犬山で見付けられない人が多いという話なのだ。他所なら見付かるという話でもないが、人はその可能性を追うのだろう。


「だったらよ、分かり易い金の使い所をニャーが示してやるニャー。それが『美食の町・犬山』計画だニャー!」


 だから恒興は考えたのだ。それなら分かり易い目的を作ってやると。それが『美食の町・犬山』計画である。もちろん、即興で考えた計画である。しかし的を外していないと確信している。美味い物を食う為に稼ぐというのは、織田信長や池田恒興、商人達も共通している事だからだ。人々が求める『何か』に美食という選択肢を当て嵌めようという事だ。


「美食の町かー。いいね、ソレ!」


「だろう。犬山で働いて稼いで美味いもん食って活力にして、また働いて稼いでってニャー。遠くの未来が見えないヤツは身近な目標を糧にすりゃあいい。働けば美味いもんが食える、白米が食えるって噂が広まれば、きっと人もたくさん集まる」


 『美食の町・犬山』計画。順慶も賛同する。彼としては美味しい料理が食べれそうなら、それで良い。

 更に恒興は犬山で美食が食べれる事を宣伝して、流民を呼び込む事も考えている。特に白米飯が食べれるのは、かなりのインパクトがある筈だ。武士でも雑穀飯が多いのに、犬山で働いて稼げば誰でも白米飯が食える。これに心惹かれない者などいようか。いや、いない。(反語)


(そうだよ、これだ!買い込んだ米はもう『価値が無い』。売るのに年単位の時間が掛かるなら、売る時には古米を越えちまう。二束三文になっちまうんだニャー。だったら、だったらよ、もう食ってしまえばいいんだ。犬山の皆で食って、活力にして、働いて、稼いで、また食って。あの米を換金するより、犬山の収益を上げた方が建設的ってもんだニャー)


 米には新しさを示す呼び方がある。今年穫れた米は『新米』、その前年の米を『古米』、更に前年になると『古古米』になる。つまり経過年数で『古』が増えていく。米は他の食材に比べれば圧倒的な保存が可能ではあるが、戦国時代では2年以内が目安だ。大半の大名は穫れた『新米』を商人に売り、安くなった去年の『古米』を買って生活する。『新米』と『古米』の売買益で金銭を得ている。それくらい『新米』と『古米』には価格の差がある。

 それを踏まえると、今回の件で恒興が買い込んだ米は、売れるようになった時には『古古米』になっている可能性が高い。ここまで来ると、価格は二束三文でもおかしくないのだ。

 だから恒興は買い込んだ米を犬山の皆で食べてしまおうと考えた。働いて稼いで米食って、活力にして働いて、こうやって犬山での稼ぎを犬山の中で回して犬山の収益を上げるのだ。その様は車輪の如く回転する経済。そこに犬山の美食に惹かれた流民が流入すれば、車輪は大きく更に力強く回る事だろう。これが恒興の対抗策だ。本願寺の米売却騒動に対するこれ以上ない対抗策になる。これが上手く行けば、織田信長が買い込んだ米も、傘下大名や豪族が買い込んだ米もそのまま恒興が買い取れる。だからこそ、その根幹となる飲食店には手厚い支援をせねばならない。犬山の為、織田家の為、そして信長の為に。


「これも『縁』だニャ。順慶の弟子にニャーが投資する。別におかしい話じゃねえだろ」


「それじゃ、オラの所にも女の子の派遣を……」


「却下だニャ、バカヤロウ」


「えっ!?何でですかい?」


 角吉は自分の店にも少女達の派遣を願い出る。流石に天丼屋の構想が夢物語ではない以上、まず働き手を揃える必要がある。

 しかし、その角吉の提案を恒興は即座に却下した。


「何が悲しくて独身男の家に10歳未満の女の子を送らにゃならんのニャー!!なんかあって見ろ!ニャーが母上にぶち殺されるニャー!」


 独身の20歳男の家に10歳未満の少女が行く。……現代なら直ぐに警察がやってくる案件である。親子親戚でもない限りは。

 そして何か間違いでも起これば、シバキ倒されるのは恒興である。誰によってかは、想像にお任せする。


「そんなー!オラ一人じゃ過労死確定じゃないっすか!」


「ふーむ、角さんが結婚してないのが問題なんでやすね、お殿様?」


「そうだニャ」


 要は角吉が結婚してないのが問題なのだ。助六にしても、来た少女達への教育や指示出しは嫁さんに任せるつもりである。男性である助六では少女達が萎縮してしまうだろう。それは角吉でも同じだ。

 恒興に確認を取った助六は角吉の肩に手を置く。そして、とても良い笑顔でこう言った。


「よし、角さん、結婚しよう」


「キマシタワー!?いや、違う!助さん、オラにそういう趣味は……」


 その瞬間、角吉は凍った。理解が出来ない。とりあえず即座にお断りを入れる。理由など語るまでもない筈だ。

 角吉の言葉を聞いた助六は勘違いされているとゲンナリした。


「いや、変な勘違いすんなよ。気持ち悪い。そうじゃなくて、あっしの紹介する娘と見合いしようって話だ」


「え?助さんが紹介してくれんのか?」


「ああ、あっしの妻の妹なんだが、17だってのに良い人の一人も居やしねえ。義両親からも誰か居ないかって言われてたんだ」


 助六は角吉に見合い話をしたかっただけだ。娘は17歳で助六の嫁さんの妹である。彼氏が居らず、助六の義両親からも誰かいないかと相談されていたのだ。


「義実家は津島の料亭で、義妹も料理の腕は確かだ。どうだい、角さん?」


「何でそんな娘さんの貰い手が無いんだ?」


「見てくれは悪くない筈だ。ま、性格なんかね。アイツは商売人気質があって、稼ぎと将来性のある男を探してる感じでな。しかし角さんは大丈夫だろ。何しろ、犬山のお殿様が付いてるんだしよ」


「おう、任せろ。ニャーが関わる以上、失敗なんかさせんニャー」


 助六の義妹は男性の稼ぎや将来性を重視する典型的な商人気質だという。だから大抵の男性が最初からお断りという高望みタイプ。しかし自らも料理の腕で稼ぐつもりであり、共働き希望だ。

 助六は角吉には頼りになる嫁さんが必要だと思うし、料理の助手をやって貰って、角吉が良い男だとも分かっている。そして何より、池田恒興の支援がある。話を聞く限り、恒興は本気だ。白米を卸すなんて尋常な覚悟では済まされない。

 これを聞かせれば、義妹も喜んで見合いを受けるだろう。


「恒興くん、まだ問題はあるよ」


「ニャんだ、順慶?」


「助さんの店はお客さんが10人くらいしか入れないんだよ」


「まあ、そうでやすが。お客には早く食って帰れって感じでやるしかないですよ」


「それじゃあ美味しい物を味わう時間ってものが無いよ!魅力半減だよ!」


 順慶はまだ問題があると主張する。それは助六の店が狭い事だ。現状で10人で客席は満員である。とりあえず助六は素早く食って帰れ的に客を捌いているらしい。

 順慶は慟哭する様に、魅力が半減していると訴える。とはいえ、助六の店はどうにもならない気がする。店そのものを移すしかないだろう。


「ワガママな奴だニャー。どうしろってんだ」


「つまり角さんの店を用意するついでに、食べる為の場所も確保するって事さ!その場所はみんなで使えばいいんだよ」


「ニャる程な。厨房は個別で客席を広く共同にする訳だニャー」


「それなら将来的に他の店舗が出来ても厨房だけで済みやすね」


 そこで順慶はとっておきの案を出す。助六と角吉の店は厨房として扱い、外に広い客席を用意するという『露店スタイル』である。順慶は現代のフードコートの様な物を想像しているのだ。それなら他の店が増えた時でも、厨房だけでいい。客席は最初からあるのだから、出店がスムーズになる。

 恒興も想像してみて、問題点を探す。野外客席となると雨風砂埃が問題となるだろう。これを解決するには客席自体は室内である必要がある。砂埃は石畳を敷いて抑える。


「助さん、周りに使ってない建物ってあるかニャ?」


「そういえば、商家の大きな倉庫があるんでやすが、あまり使われてない感じで。たしか加藤図書助っていう商人の物でして」


「おっ、加藤図書助殿か。ならニャーが交渉してくる」


 恒興が助六に聞いたところ、近くに熱田商人である加藤図書助の倉庫があるらしい。助六の感覚ではあまり使ってない模様。それなら恒興が交渉すれば譲って貰える算段がつく。


「おし、角さんはさっさと見合いしてこいニャー」


「へい、行ってきます」


「段取りはあっしがやりますんで」


 だいたいの計画が固まったので、恒興は角吉に見合いに行けと命じる。見合いをする角吉は段取りをする助六と一緒に出発した。


「それじゃ、ニャーも図書助殿の店に行くか」


「行ってらー」


 恒興も加藤図書助の店に行かなければならない。『鉄は熱いうちに打て』だ、速攻で動く。順慶は笑顔でそれを見送る。戦国フードコートの完成が待ち遠しいのだ。


「そうだ、順慶。一つ聞きたいんだがニャ」


「何を?」


「天麩羅以外の揚げ物料理ってあるのかニャ?新しい店の主役になるくらいのは」


「あるよ!まだまだあるよ!」


「それを聞いて安心した。店はまだ増やす方向で考えるからニャー」


 恒興は最後に大事な事を順慶に聞いた。それは蕎麦屋、天丼屋の他に店を出せるネタがあるのかという事だ。暫くは蕎麦と天丼で客を回すしかないが、それだけだと飽きられる。だから目処が立てば次々に出店したいのだ。助六と角吉以外の料理人の確保も問題だが、何より店を出せる程の主力料理が無ければならない。

 それに対する順慶の答えは『まだまだある』だった。恒興はその答えに微笑んだ。


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 加藤図書助の店に来た恒興は直ぐに倉庫の譲渡を申し出る。恒興の意外な提案に図書助は首を捻る。


「ほう、あちらの倉庫を御所望で?何をするんです?」


「実は近くの蕎麦屋の客席にしようと思うんですニャー」


「蕎麦屋?まさか、あの天麩羅を扱う店の?」


 図書助も蕎麦屋が扱う天麩羅を知っていた。彼も天麩羅に興味がある様だ。


「それですニャー。更に天丼屋も新規で開く予定で客席の確保が急務なんですよ」


「ふむ」


「ダメですかニャ?」


「いえ、そうではなく。その話、ワシも噛ませてくれませんかな?」


「お、図書助殿も興味がお有りですかニャ?」


 図書助は悩む、しかし断ろうという事ではない。どうやら図書助も天麩羅の店を経営したい様だ。なので倉庫を譲って自分も参加しようという話を出してきた。それは恒興も歓迎したいところだ。


「あの天麩羅は既に広く噂になっておりましてな。津島や熱田にも出店出来ないものかと考えておったのですよ。ワシが紹介する若い料理人に筒井様の技を伝授して頂きたいのです。それで池田様の紹介をと」


「それは丁度良い話ですニャー。実は筒井殿には興福寺で研究していた揚げ物料理がまだあるらしく、それを伝授する料理人を探しているのですニャ」


 図書助には知っている料理人の中に独立出来てない若い料理人が結構いる。彼等に天麩羅を伝授してもらい、津島や熱田、清須辺りで店を出したいのだ。それは恒興にとっても都合の良い話だ。順慶の知識の中には天麩羅以外の揚げ物や料理がまだある。図書助に料理人を紹介して貰って、犬山の店も増やせるというものだ。


「何と!寺で研究された成果を開示して下さると!?」


「そういう訳で口外しないで欲しいのですニャー。寺の技術が流出したとなれば興福寺が怒り狂いますので」


(ま、アレは興福寺の技術じゃないけどニャー。順慶が何でそんな事を知っているのか、その誤魔化しにはなる。こう言っときゃ、興福寺に問い合わせる奴もいないだろ。ただの藪蛇にしかならニャいし)


 一応、恒興は図書助に口止めを依頼する。順慶から興福寺の技術が流出したと知られると、興福寺が怒り出すからだ。まあ、ただの建前である。順慶の知識は前世からの物で興福寺由来ではない。なので興福寺が聞いても、何それ?で終わる。要は順慶の不思議な知識が何処から来ているのかの理由付けに興福寺を利用しようという訳だ。流石に前世の知識とか言えない。


「勿論ですとも。料理人達には固く、固く、固く口外しないよう申し伝えましょうぞ。しかし寺の技術を伝授して下さるとは、筒井様はかの弘法大師の再来の様なお方ですなあ。いや、生まれ変わりやも!」


(ニャー、あんな食欲に塗れた弘法大師は嫌だニャー)


 恒興の要請に図書助は繰り返し強調して口止めすると約束した。順慶に迷惑を掛けてはいけないと考えてくれている様だ。寺を怒らせるのは非常に厄介な事だというのは、常識と言っても過言ではない。何しろ寺というのは技術を秘匿して製品を売る事で荒稼ぎしているからだ。現代風に言えば、スーパーの品物がだいたい寺製品、みたいな感じだ。最早、工場である。

 加藤図書助は順慶が寺の知識を開放してくれる事に感激している。その姿勢に図書助は『弘法大師の生まれ変わり』と評した。それを聞いた恒興は『それは無いわー』と心の中で呟いた。


「あの倉庫は早速にも片付けましょうぞ。犬山の中心に近いので、あまり使えなくなっていたので丁度良かった」


「よろしくお願いしますニャー」


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 後日、遠江国の村。旅支度を終えた男は友達の男に別れを告げていた。彼等は隣同士で育ち、農作業でも助け合っていた。だからちゃんと別れを告げたかったのだ。


「出て行くのか?」


「ああ、だい兄ちゃんが結婚したし、出て行かなきゃならねえ」


 農家の相続は跡取りの総取り。だいたいは長男となる。彼の家も長男が結婚し嫁を迎えるので、弟は全員出て行かなければならない。


「行く当てはあんのか?」


「少し前にちい兄ちゃんが嫁さん連れて帰って来たんだ」


「お前の小兄ちゃんって、もっと前に村を出た角吉さんか?」


 彼には2番目の兄が居た。名前を角吉といい、どうせ家を追い出されるならと数年前に村を出ていた。最近になって嫁さんと帰郷していた。忙しいからと、直ぐに帰ってしまったが。


「うん、小兄ちゃんが言うには犬山じゃ働けば誰でも白米飯が食えるんだってさ」


「え?ウソじゃん、そんなの」


 その角吉が言った。犬山では働けば誰でも白米飯が食える、と。友達が即座にウソだと言うくらい、有り得ない事だ。


「何だよ、オラの小兄ちゃんがウソつきだって言いたいのかよ。連れて来た嫁さんだって綺麗で育ちの良さそうな人だったぞ」


「いや、そうじゃねえけどさ。でも、そんなのよ……」


「小兄ちゃんは犬山のお殿様に気に入られて料理屋を任されたんだってさ。手が足りねえからオラにも来いって」


「おいおい、話が有り得なくなってきたぞ」


 角吉の嫁さんは商家の出身で、美人で教養があったという。更に角吉に至っては犬山城主の池田恒興に気に入られ、彼から店を任せられていると言っていた。

 友達は話が出来過ぎて有り得ないと言う。それも仕方がない。この戦国時代で白米を気軽に食えるのは公家、上級僧侶、上級武士、上級商人くらいだ。彼等は特権階級であり、その特権を大衆に開放するなど有り得ないのだ。自分の領地に人を集めたい、人を居付かせたいと目論む『元』小武家の猫男でもない限りは。


「だから行って確かめる。妹も行きたいって言ってるから連れてくわ」


「そ、そうか。達者でな」


「ああ、じゃあな。お前も気が向いたら来いよ」


 だから角吉の弟は犬山に行って確かめる事にした。更に妹も行きたいと言うので連れていく事になった。どうも、角吉の嫁さんを見て憧れを抱いた様だ。

 こんな感じで犬山の噂は着実に広がっていった。


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【あとがき】


 おまけ

 順「揚げ物代表と言えばフライドポテト!さあ、じゃがいもをプリーズ!」

 恒「じゃがいも?知らんニャ」

 順「え?じゃがいも、無いの?サツマイモは?」

 恒「薩摩の芋?知らんニャー」

 順「……。もしかして日本に芋って無いの?」

 恒「あるに決まってるニャー。山芋に里芋とか」

 順「山芋はとろろか。とろろ蕎麦は美味しいよね」

 助「とろろ蕎麦!そういうのもあるんでやすか……」

 恒「ニャんか助さんの品書きが増えそうだニャー。しかし白飯と蕎麦じゃ差が歴然だ」

 助「そこは仕方ないでやすが」

 恒「助さんや、蕎麦に白飯を付けろ。ニャーが白米を卸してやるニャー」

 助「蕎麦と白飯?何故?」

 恒「何故って、蕎麦食って残った汁に飯をぶっ込みたいからだニャー」

 助「汁ぶっ込み飯!そういうのもあるんでやすか……」

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