みんなだって美味しい物が食べたいはずなんだ

【まえがき】

 戦国時代に麺蕎麦はありませんが、こちらの小説時空では「なんやかんやしたら出来た」みたいに普及しているとお考え下さいニャー。なんやかんやはなんやかんやですニャー。ファンタジーですからー。(言い訳)

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 犬山城下の蕎麦屋である『助六蕎麦』。客席数は10人くらいで限界という小さ目の店だ。その小さ目の店でも客席は埋まってはいない。その大して客もいない蕎麦屋に大柄な男が二人、小柄な少年が一人、並んで蕎麦をすする。現在の客は彼等だけだ。


「これはなかなかの蕎麦ですね、順慶様。犬山一の蕎麦屋とは偽り無しといったところかと」


「右近、蕎麦屋は犬山に一軒しかないんだから当たり前だろ。まあ、美味うまいのは間違いないが」


 大柄な男二人は島左近と松倉右近。小柄な少年を挟む様に座り蕎麦をすする。彼等がその様に座っているのは小柄な少年を護衛する為である。その少年、筒井順慶は若干つまらなそうにしている。


「うん、美味しいよ。美味しいけど……」


「「けど?」」


「何で『蕎麦』と『つゆ』しか入ってないんだ?もっと、こう、いろいろ入っているべきじゃないの!?」


 順慶は出された蕎麦が『蕎麦と汁だけ』なのが気に入らないらしい。野菜やお肉など彩りを添えるものではないのか、と主張している。


「何言ってんだ、アンタ。蕎麦屋に来て蕎麦以外の何を食うつもりなんだ?」


 その順慶の意見を聞き捨てならないと厨房から一人の男が顔を見せる。店主の助六である。厨房からといっても、順慶のいるカウンター席から厨房は直ぐ真向かいなので順慶の愚痴が聞こえてきただけだが。


「店主か。無礼な口の利き方は止めて貰おうか。こちらにおわすお方は大和国大名・筒井順慶様なるぞ」


「……何でお大名様がウチみたいな蕎麦屋に来るんですかい。もっと良い物を食べればいいでしょうに」


「……順慶様が蕎麦食べたいと申されたからだ」


「だったら文句言わんで下さい」


 島左近は順慶の身分を明かして、店主の無礼な態度を咎める。店主の助六もまさか客が大名なんて思ってないので、多少驚く。しかし、蕎麦というのは誕生の経緯からしても最初から『庶民食』である。うどんが高級過ぎて、代替品として生まれたのが蕎麦なのである。だから蕎麦は腹を満たせれば、それでいいのだ。助六は大名ならもっと高級な食事をしてくれと苦情を言う。


「まあ、俺は順慶様の気持ち、少し理解るな」


「何か知っているのか、右近!?」


「俺が昔に奈良の町で食べた蕎麦にはな、何とぉっ!」


「何とぉっ!?」


 松倉右近は以前に奈良の町の蕎麦屋に行った事があり、順慶の気持ちも理解るという。奈良の町には料理人が比較的多い。というか、ほぼ全員が僧侶ドロップアウト組である。厳しい戒律に耐えかねて還俗した僧侶が料理店を経営しているのだ。

 日の本は遣唐使から始まり、唐朝や宋朝の文化をたくさん持ち帰っている。その中には料理の技法もあり、うどんの技法も弘法大師が持ち帰ったとする伝説がある。なので寺には様々な料理技法が保存されている。その為、奈良には料理を研究する僧侶は割りと多い。特に美味しくない精進料理を如何に美味しくするかとか、如何にして野菜で肉料理の味を再現するかとか。非常に欲塗れで悟りは開けそうにない僧侶や、もう少し能力の使い道を考えた方がいい僧侶はたくさん居る。だが、そういう僧侶が居たからこそ、現代にまで続く料理技法が生まれたとも言える。


「『蒲鉾かまぼこ』が入っていたのさ!いやあ、美味かったな」


「蒲鉾だとぉ!?羨ましい!正月以外で食べた事ないのに!」


「結構、高級な店だったしな」


「くそっ、お坊ちゃんめ!」


 蕎麦に蒲鉾が入っていたらしい。現代人からすれば「へー」で終わってしまう事だが、島左近は悔しいほど羨ましいらしい。

 その話を聞いた店主の助六は難しい顔をした。


「それはウチも蒲鉾入れろって話なんですかい?」


「いや、蒲鉾に限定する訳じゃないけど……」


「あのねぇ。蕎麦に余計な物を入れれば、余計な費用が掛かるんですよ。そしたら蕎麦の価格を上げなきゃならねぇ。そんなもん、客が離れるだけでしょうよ」


「う……、そっか」


「あっしは商人ともあまり付き合いがねぇですから、仕入れも足下見られるでしょう。値段ばっか上がって客に敬遠されて、ウチは経営出来るんですかい?仕入れたもんが捌けなかったら、食材を腐らす事になる。そうしろってんですかい?」


 助六は蕎麦に他の食材を入れれば、それだけ価格を上げなければならない。当たり前の話だ。助六としては腹を満たすだけの蕎麦に余計な物を入れたくないのだ。そうでなくとも、この蕎麦屋の客足は少ない。値段など上がろうものなら閑古鳥が鳴く事だろう。そして保存技術も未熟な戦国時代では食材を腐らせる事になる。


「うう……」


「もういいでしょう、順慶様。『餅は餅屋』という様に、蕎麦屋には蕎麦屋のやり方がありますよ。我々が口出す事じゃありません」


「うん、そうだね。帰ろうか」


「うし、店主!お代は置いとくぞ」


「へい、毎度あり!」


 島左近は『餅は餅屋』だと言い順慶を宥める。これについては順慶も納得せざるを得ない。そして松倉右近が三人分の支払いを置いて、順慶達は帰った。

 自宅に戻った順慶は蕎麦屋の事を使用人の乃恵と乃々に話した。現在、二人の両親である源二郎とヨネは順慶の遣いで出掛けている。順慶の注文の品を興福寺の末寺に取りに行ったのだ。


「はあ、蕎麦屋に行って蕎麦と汁だけだった事が不満なんですか?」


「うん、まあ、端的に言えばそうかな」


「そんなにおかしい話には聞こえませんが」


 乃恵の反応は薄い。蕎麦なら蕎麦と汁だけで普通だと思っているのだ。


「乃恵さんは他の蕎麦屋を知ってたりする?」


「いえ、そうではないです。村に店なんてありませんし」


「村では年に一回、皆でお蕎麦を作るんだよ」


「そうなんだ、乃々ちゃんも作った?」


「うん。村には石臼があったから回したの」


 乃恵達の村では石臼があり、年に一度はお祝いで蕎麦を村人達で作って食べていた様だ。蕎麦を麺状にはしない感じで塊を鍋で煮るらしい。

 というのも、いにしえの日の本では『ハレの日』にはうどんなどの特別な食事をするという習慣がある。『ハレ (晴れ)の日』というのは『特別な日、お祭り、非日常』を表す言葉である。対義語は『日常』を表す『ケ (褻)の日』である。


「二人共、美味しい物を食べたくないのか?」


「そういう訳じゃないんですが」


「そこは重要じゃないよ、順慶様」


「どゆこと?」


「食べるのは『生きる為』だよ。味は二の次、なの」


「乃々の言う通りですね。そもそも食べれるだけでも有り難いですし、それすら手に入らない事も……。美味しい物なんて贅沢が過ぎるかと」


(これが戦国の常識なのか?何でこんなに違うんだ……)


 順慶は二人の認識に愕然となった。二人共、食べるという行為は『生きる為』であり、『愉しむ為』ではないとハッキリ認識しているのだ。それ故に美味しい物を食べる事自体が贅沢に過ぎる行為であり、忌避すらしている様子がある。

 筒井順慶は現代日本からの転生者である。物心がついた頃から、既に認識していた。だから彼は現代日本の知識や考え方を披露しては気狂い扱いを受けた。また、筒井家では父親の筒井順昭が早逝した事情もあり、順慶は大切にはされた。しかし大切にされたとは言っても箱に押し込めた様なものであり、興福寺以外では外に出る事もままならなかった。その為に重臣達は木阿弥という父親の影武者を立てて、順慶を表に出さなかった。重臣達は順慶が気狂いだと世間に知られる事を恐れていたからだ。かと言って、順慶には生きていて貰う必要はある。気狂いだからと居なくなって貰っては困る。無能だからと追放も出来ない。順慶は箱庭の中で生きているだけの状態だと認識していた。

 特に感じたのは食事だ。順慶の食事は何度も毒見役を経由していた。何処に松永久秀からの刺客が潜んでいるか判らないし、気を遣って悪い話ではないからだ。しかし何度も毒見役を挟む為、順慶の所に食事が来た時には料理が完全に冷めていた。しかも出てくる料理は精進料理の様な物が多く、順慶の好みでもない。結局、順慶は一人孤独な部屋で好きでもない冷めた料理を食べていた。これも順慶が犬山に行きたがった理由の一つとなった。温かくて美味しいご飯が食べたかったのだ。

 だから順慶は割りと興福寺が好きだった。堅い考え方の僧侶も多いが、精進料理を出来る限り美味しくしようと工夫を凝らす僧侶や、昔食べた美味しい料理を精進料理の材料で再現出来ないか努力する僧侶など面白い人も多かったからだ。

 だからこそ順慶は思う。皆、痩せ我慢してるだけじゃないのか、と。その証拠だって順慶は知っているのだ。


「みんなだって『ご飯美味しい美味しい』って言ってたじゃないか」


「そ、それは、えーと……」


「美味しいのは当然なの。だって私達のご飯は『順慶様の残り物』で作られてるんだから。順慶様に美味しくない物を出す訳にはいかないの」


 指摘されて乃恵は瞳が左右に泳ぐ。美味しい物など贅沢に過ぎると言いながら、犬山に来てからご飯が美味しくて堪らないのだ。答えられない姉に代わり、妹の乃々が説明する。自分達のご飯は『順慶の残り物』で出来ている、と。順慶が食べる食材なのだから、美味しくない物がある訳がないのだ。


「そ、そういう事なんです。順慶様お一人分だけ買うというのも難しく、けど放置すれば腐るだけですので。あ、ちゃんと池田のお殿様の許可は貰いましたよ!」


「いや、俺はそういう事が言いたいんじゃなくて。みんなだって美味しい物を食べれば美味しいって感じるだろ?また食べたいって思うだろ?」


「それはそうですが……」「うん……」


「そうだよ、みんなだって美味しい物が食べたいんだ。そのはずなんだ。よし、やって見っか!乃恵さん、乃々ちゃん、手伝ってくれ」


 順慶は二人の答えに確信する。皆は美味しい物が食べたくないのではなくて、食べたいけど痩せ我慢しているんだと。この戦国の常識が皆に粗食を強要している。ならば簡単に作れて美味しい物があればいいのだ。そんな簡単で美味しい物があると分かれば、そこから工夫が生まれるものだ。そう、興福寺の僧侶達の様に。

 順慶は二人に手伝いを頼むと厨房に入る。


「小麦粉ってある?流石に無いかな?」


「ありますよ」


「あったんだ、小麦粉……。じゃあ、『パン』も作れるかな?」


「ぱん?何です、それ?」


 順慶は戦国時代に小麦粉は無いかも知れないと思った。昔の日本は米、米ばかりで、他の穀物が在るイメージが無いからだ。というのも、米が通貨としての価値があった為、農民が皆、米ばかり作るのが原因なのだろう。

 しかし小麦も小麦粉もちゃんと有る。うどんが有るのだから当たり前だ。小麦粉の製法も遣唐使が持ち帰り済みだ。それを伝授したのも、またまた弘法大師という伝説な訳だ。ただ、小麦を作る農家が少ない為、高価ではある。順慶の屋敷だから常備されているだけで普通は無いだろう。

 順慶はパンも作れるかなと考える。しかしパンの製法まで知っている訳ではない。小麦粉と水を混ぜて焼いたらパンになるんじゃね?くらいにしか思ってない。それで出来るのはナンに似た何かだが。


「何でもない。あと卵はある?」


「市場に買いに行かないと無いよ」


「じゃあ、買いに行くとして。生魚も市場にあるかな?」


「まあ、あるでしょうね」


「じゃあ、それも。種類は適当に美味しそうなヤツで」


「分かりましたなの。行ってきまーす」


 卵と魚、これは生物なので買い置きなどは無い。なので市場で買う必要がある。乃々は順慶の要望を聞いて走り出す。


「気を付けてねー、乃々ちゃん。で、乃恵さん、油ってある?」


「清油ですね。こちらにあります」


「よし、材料は揃った。家庭科成績3の実力を見せてやるぜ!」


(順慶様って不思議な言葉を使う人だよね)


 最後は清油。こちらは最近に価格がぐっと下がったので常備している。一般には明かりとしての『灯し油』に使われるが、料理への利用も始まっているという。まだ鍋へのこびり付きを防止する程度ではあるが。

 順慶は鍋に油をなみなみと注いで、釜戸に火を点ける。順慶は火打ち石の扱いが下手くそなので乃恵がやった。準備している間に乃々が帰還した。


「買って来たよー」


「ありがとう、乃々ちゃん。……って、切り身じゃなくてそのまま!?」


「魚は切り身で売ってないの」


「マジですかー」


 乃々が買って来た魚は体長15cm程の川魚と思われる。とりあえず順慶には魚の名前は分からない。しかし、切り身ではなく頭から尻尾まであるのが数匹だ。


「じゃあ、魚は私が捌きます」


「よろしく。じゃあ、油を入れた鍋を火にかける」


「火を見るね」


 魚の方は乃恵が捌いてくれる様だ。彼女は慣れた手付きで包丁を構える。乃々は火を管理してくれる。油を扱うのだから、火が大きくなり過ぎると事故の元だ。


「乃々ちゃんに任せた。さて魚の切り身を洗って小麦粉を塗す。次に卵と小麦粉と水を溶いて切り身を入れる。これを油にくぐらせる」


 順慶は乃恵から魚の切り身を貰うと、洗ってから小麦粉を塗す。それを卵と小麦粉と水を溶いた物に浸す。その後、油が煮えた鍋に魚の切り身をそっと入れる。すると「じゅわっ」と小気味よい音が厨房に広がり、次第に香ばしい香りが上がる。


「すごく良い香りがします!」


「いい匂いなのー」


 その香りに二人も目を輝かせる。こんな香りがして美味しくないはないと思えたからだ。


「よし!こんなものだろ。……で、この魚は何?」


「鮒《ふな》なの」


「そっかー、鮒かー。鮒寿司しか知らねー。ま、イケるだろ」


 乃々が買って来た魚はどうやら鮒である模様。順慶は鮒を揚げた事はないので分からないが、まあ美味しいんじゃね?と予想している。普通の食材なのだし不味いはないと思う。

 カラッと揚がった鮒を順慶は一口。


「身がふっくらしてて美味い!」


 美味しかった。自分が思っていた通り、身はふっくら外はカリッと。そして旨味はジュワッと。順慶は長らく食べていなかった『揚げ物』の味に感動する。ここに鶏肉があったら唐揚げも作りたいくらいだ。


「「ごくり」」


「よし!美味いと分かれば皆にも食べて貰わないと」


「いいのですか?そんな、私達は、その」


「乃々、食べたい……」


 とても美味しそうに食べる順慶を見て、二人も物欲しそうになる。乃恵は理性が働くのか遠慮がちではある。


「遠慮しないでよ、食べた感想が欲しいんだ。ほら、次が揚がったよ」


「で、では、頂きます」「頂きまーす」


 そんな二人に順慶は揚がったばかりの鮒を差し出す。乃恵も乃々も目を輝かせてソレを受け取り、そして口に運ぶ。


「何これっ!?何これ!?何て言えばいいんですかー!?」


「すごく美味しいのー!?」


「ははは、乃々ちゃんが正解。『美味しい』でいいんだってば」


 揚げ物を口にした二人は吃驚して、感動を伝えようにもありきたりの言葉しか出ない。しかし、順慶は乃々の美味しいでいいんだと言う。


「順慶様、凄いです!こんなに美味しい物が作れるなんて!」


「源さんやヨネさんが帰ってきたら食べて貰おう。……ん?」


 次は二人の両親が帰って来たら試食してもらおうと考える。だがその時、順慶は真後ろに誰かの気配を感じる。


「何しとんニャー!テメエ!」


「痛い!何すんだよー!」


 その真後ろの誰かは開口一番、拳骨を順慶の頭に落としてきた。大和国大名筒井家当主に拳骨を落とせる人物、その特徴的な語尾。そう、池田恒興である。


「それはコッチの台詞だニャー!コレ、『清油』じゃニャいか!無駄使いすんじゃねー、いくらすると思ってんだ!」


 恒興は鍋になみなみと入っている清油を見て怒っているらしい。まあ、油に限らず無駄使いは良くないが。とりわけ、清油はたいへん高価なので料理に使うなど考えられない。だから戦国時代に揚げ物など作れないのだ。しかし恒興は一つ失念している。


「あ、あの、お殿様。油は最近、すごく安くなりましたよ?」


「そうなの。だからお料理に使う人も増えたし」


「……そうだったニャー。ニャーが安くした張本人だったわ。ニャっはっは」


「え?何?俺、殴られ損?」


 清油は最近に物凄く価格が下がった。下げた張本人が池田恒興という事なんだが。

 なので油を料理に使おうという人も増えているらしい。まだまだ油を使う料理自体が無いのではあるが。


「無駄使いはしてくれるなって事だ。ちょっと池田家は緊縮財政なっててニャー。それを言いに来たんだが、それにしてもいい匂いがするニャー」


「恒興くんも食べてみてよ、コレ」


「ん?」(ニャんだ、コレ?……いや、どっかで見た事嗅いだ事ある感じ。何処だっけ?)


 恒興は池田家が緊縮財政に入ったので、順慶にも伝えに来たのだ。そしたら、いきなり油の無駄使いをしていたので拳骨を落とした訳だ。

 それにしても美味しそうな良い匂いに恒興も気付く。順慶は恒興にも揚げ物を勧めてみる。受け取った恒興はその色と匂いに覚えがあった。しかし最近ではなく、思い出せない。頭を悩ませつつ、恒興は揚げ物を口にする。その途端にサクッとした小気味良い歯応えと魚と油の旨味が口に拡がった。


「美味えっ!何という香ばしさだニャー!」


「フッ、これが『天麩羅てんぷら』さ!」


 そう、この揚げ物は『天麩羅』である。現代ではとてもメジャーな食べ物ではあるが、作り方は至ってシンプル。小学校中学校あたりの家庭科授業では定番料理でもある為、順慶は作り方を知っていたのだ。


「天麩羅……そうだ!コレ、天麩羅じゃねーギャ!思い出したニャー!」


「え!?恒興くん、知ってたの?」


「当り前だろ、安土の高級料理で出たニャー」


 この天麩羅だが、実は戦国時代から存在している。その為、織田信長は安土城に諸大名や重臣を呼んでは高級料理を振る舞っている。その中に『天麩羅』もあって、恒興は食べた事があったのだ。


「あわわ……、お殿様が『高級料理』というくらいの物を口にしてしまいました。も、申し訳ありません!」


「いや、ニャーはそんな事を咎める気はない。そうか、順慶が作ったのか」


「うん、でも天麩羅って既にあったんだね」


「あったつーか、何つーか、えーと。高級料理だからほんの一握りの人間しか知らないんだニャー。一般庶民にはまったく認知されてないっつーか、何つーか」


(順慶、理解わかれ!この娘達が居る前で前世がどうとか言えニャいんだ!そうだよ、『安土の高級料理』は20年くらい先の話だニャー。日の本の何処かには在ると思うけど)


 天麩羅とはポルトガル人から伝来した食べ物である。いや本来は食べ物の名前ではない。ポルトガル人達にはキリスト教の斎日に肉料理ではない美味しい物を食べようという習慣があったのだ。そこで揚げ物を作り食べているのを日本人が見て、「これは何か?」と尋ねた。ポルトガル人は「temporasテンポーラの食べ物です」と答えた為、日本人はこれはテンプラという食べ物だと思ったのが始まりとされる。テンポーラは斎日という意味だ。

 だから天麩羅がポルトガルから伝来したと言っても、ポルトガル人には何の事やらさっぱり分からない料理となっている。何しろ、天麩羅という名前自体が聞き間違いと勘違いで成立しているのだから。

 そして、この天麩羅を恒興が口にしたのは安土城での会食の時だ。現在、安土城は建設中であって完成はしていない。そう、恒興が天麩羅を食べたのは『前世』という事だ。流石に乃恵や乃々が居る場所で前世がどうとか言えない。


「もうちょい味が欲しいニャ。塩でも振るか」


「あ、味噌を薄めた物があるよ」


「お、いいニャー。それ貰おうか」


 それはそうと、恒興は天麩羅をより味わう為に塩を探す。彼のみならず、この辺りの人間は割りと濃い味付けが好みである。そこで順慶は味噌ダレを恒興に渡す。これを付けて天麩羅を食べると程良い辛味が加わり、今度は他の物も欲しくなる。おかずが美味しいと欲しくなるのは、やはりご飯であろう。


「おお、こうなると白飯が欲しいニャ。なんでこんな付けタレまで作ってんだ?」


「いや、何とか『ソース』を作れないか、試行錯誤しててさ。その成果、かな?」


 この味噌ダレは味噌に酒や甘酒などを加えてマイルドにした物らしい。本当は『ソース』を作りたかったと話す順慶。生憎と彼はソースが何で出来ているのかは知らなかった。

 恒興は味噌田楽など味噌を直接塗る食べ物が好物なので、味噌ダレは性に合っていた。


「この天麩羅を犬山のみんなに食べて貰おうと思うんだけど、いいかな?」


「ん?何のためにかニャ?」


「俺、思うんだよね。みんな美味しい物が食べたいのに、やせ我慢してるって。だから不味い物でも不味いまま納得して食べてる」


 順慶は突然、突飛な提案をしてくる。何と、この天麩羅を犬山の住民にも食べて貰うというのだ。その意図が解らない恒興は首を傾げる。

 順慶が言うには、戦国時代の人々は痩せ我慢をしているのだとの事。不味い物も不味いまま、何の工夫も無く当たり前として食べている。本当は美味しい物を食べたい筈なのに、それは贅沢だと自分を押し殺しているんだと順慶は話す。


「ニャるほど、言いたい事は理解る。たしかに、それが美徳として定着しているとは思うニャ。しかし節制は大切だぞ」


「やり過ぎに思うんだよね。その節制が行き過ぎて『不味い物を我慢して食べる事が正義』って感じに考えてないかって。ちょっとの工夫で美味しい物を食べられるって気付いて欲しいんだ」


(まあ、それを民衆に植え付けたのは支配者側だろうニャ。節制を徹底しているのは、いつ飢饉が来るか分からないからだが)


 確かに恒興も思う。不味くても文句言わずに味噌付けて食べろ。そういう風潮は昔からある。しかし、それは節制の一環だ。いつ何時、飢饉が来るか分からない世の中だから、なるべく節制を心掛けているのだ。

 順慶に言わせれば、それが『やり過ぎ』の域に達していると言う。まるで不味い物を不味いままにするのが正義、不味い物を食べる事が正義という風になっていないかと言うのだ。だから天麩羅の様にちょっとの工夫で食べ物は美味しくなるという事を、皆に気付いて欲しいと力説する。


「俺から見ると、犬山の人達って何だか元気が無いんだよ。働いて不味い物食べて働いて、これじゃあ保たないって。だから少しは皆に美味しい物を食べて貰おう。美味しい物を求める様になって欲しいなーって思ったんだよ」


「……『民は食を以て天と為す』、か。そう言いたいんだニャ、お前は」


『民以食為天』漢書に記載されている孟子の言葉である。これは政治を進める上で、食を疎かにする事は許されない。という意味である。民は食べれないと知れば、簡単に蜂起するという意味でもある。

 この言葉は現代にも通用する。当時、指しているのは食料の確保なのだろう。飢餓を念頭に置いての発言と思われる。現代日本に飢餓は考えにくいが、『食品価格』は当て嵌まる。あらゆる物が値上げされて、我々が一番気になるのはやはり『食品価格』であろう。『食品価格』の高騰は社会不安を引き起こすと言ってもよいのではなかろうか。

 上手く政治をしたければ、まず食に気を配れという事だ。「食べれればいいってもんじゃない、味だって重要なんだ」と順慶は言いたいのだと恒興は理解した。ただ、順慶はその言葉は知らない様で首を傾げた。


「?何それ?」


「ま、まさか見ただけでそこに辿り着いたのか、お前。マジかニャ……」


 恒興は順慶が見ただけで孟子の域に辿り着いたのかと驚愕する。そう、現代から転生した順慶は孟子の思想に辿り着いている……訳が無い。ある訳ない。

 順慶はただ美味しい物が食べたいだけだ。それこそデパートのフードコートの様に。たくさん、いろいろな物を。それにはたくさんの人々が美食を求めるという需要がなければ成立しない。順慶一人だけが求めてもフードコートは採算が取れないのだ。それではフードコートの様なものは出来る筈もない。

 だから順慶は皆に美食を求める様になって欲しい。不味い食事で納得しないで欲しいのだ。この戦国時代には美食を一人で愉しむ者か、それは贅沢だと我慢する者の二種類しかいない。その中で美食を求め、他人にも意識を促そうという順慶は異質というしかない。現代人なら当たり前くらいの考え方だが、戦国時代には異質中の異質なのである。順慶はある種、人々の思想改革のムーヴメントと起こそうというのだ。


「うーん、ま、分かったニャー。好きにしろ」


「よっしゃ!」


「でも、お殿様。先程、緊縮財政とか言ってませんでしたか?」


「ああ、それは順慶が購入している『絵の具』を控えてくれって話だニャー。あれはマジで高価だから」


 恒興は少し悩んだが許可を出した。緊縮財政の事を乃恵に指摘されたが、油が安くなった以上は天麩羅も高価とは言えない。本当に高価なのは順慶が趣味で使っている襖絵の絵の具だ。実は源二郎とヨネはその絵の具を興福寺末寺へ取りに行ったのではあるが。


「でも、そうなると恒興くんから依頼されてる襖絵『竹林図』の完成が遅れるよ」


「ニャーが依頼してるのは32枚だぞ。今、何枚出来てるんだニャー?」


「……3枚、かなー」


「だろう。何年単位で時間掛かるなら、多少遅れても誤差ってもんだ。緊縮財政だからって何でも我慢しろとまでは言わニャい。けど、町に下りるなら護衛は連れて行けニャー」


 恒興は順慶に過度な我慢を強いるつもりはない。そんな事をして、彼の不興を買い大和国に帰ると言われたら、恒興は大損なのだ。順慶は決して強制的な人質ではないのだから。当たり前だが、織田信長も大激怒となる。だからこそ、恒興は順慶に気楽な旅人の様で居て欲しいのだ。


 順慶は恒興の許可を得て、乃恵と乃々を伴い犬山城下町に下りた。順慶の護衛に来た池田家親衛隊に簡易的な屋台風釜戸を作ってもらい、油鍋を火に掛ける。乃恵が材料を下拵えし、順慶が天麩羅を揚げていく。そこから漂う香ばしい美味しそうな匂いに、周りは少しづつ騒ぎ出す。その匂いに釣られて周りに人集りが出来てくる。


「何だ何だ?」「いったい何が始まるんだ?」


 周囲の人々は皆、立ち止まる。何が始まるのかは分からないが、無視出来ない良い匂いがしてくる。その目の前では順慶が天麩羅を揚げていた。


「よし、揚がってきた!乃々ちゃん、よろしく」


「はーい。みんな、一個づつどーぞ」


 順慶が揚げた天麩羅を皿に受け取った乃々は、集まった野次馬達に天麩羅を渡していく。渡された人々は最初、見慣れぬ物体を訝しんだ。しかし、やはり良い匂いがしてくる。食欲をそそる様な匂いが。そして堪らず口へと運ぶ。


「何だ、この美味えのはーっ!?」「何て言えばいいんだ!?訳が分かんねーっ!?」「美味い!たまんねえ〜!」


 天麩羅を口にした人々から歓声が挙がる。美味しいが未知の味わいに感想が出て来ない感じだ。この美味しさに堪らなくなった男は乃々からもっと天麩羅を貰おうと迫る。


「嬢ちゃん、もう一個くれ!」


「ダメ。一人一個なの」


「いいじゃねえかよ!ケチケチすんない!」


 男は手を伸ばして乃々から天麩羅を奪おうとする。子供である乃々は逆らう事は出来ないだろう。誰もがそう思ったが、乃々の前にある男が立ちはだかる。


「おう、テメェ。何しようとしてんだ?」


「え?アンタ、たしか親衛隊の……」


「可児才蔵だ。あの娘は順慶様の従者だ。手を出すってんなら、容赦はしねえぞ?」


「ヒィィ、お助けー!」


 池田家親衛隊の隊長である可児才蔵が男を遮った。そして順慶の従者である乃々に手を出せば容赦はしないと、闘気と共に脅す。池田家親衛隊の隊長に睨まれた男は震え上がり悲鳴を挙げて逃げて行った。


「才蔵様、ありがとうなの」


「ありがとう、才蔵さん。護衛して貰って悪いね」


「いいんですよ、順慶様。こんなに美味い物が食えて役得ですよ」


「俺はこれが当たり前に食べれる世の中になって欲しいんだ」


「そりゃあ、良い世の中ですな」


 才蔵は順慶の理想を聞いて『良い世の中』だと言う。戦場を知る才蔵は夢物語だと感じるが、否定まではしない。ただ感じただけだ。『良い世の中』を創るのは最強の英雄でも最高の指導者でもない。もしかしたら順慶の様な謎の行動力を持つ人物かも知れないと。

 順慶達が犬山の民衆に天麩羅を振る舞っていると、騒ぎを聞きつけて一人の男がやってくる。


「アンタ、順慶様じゃないですか。こんな所で何やってんでやすか?」


「あ、蕎麦屋の助六さん。この天麩羅、食べて見てよ」


「天麩羅?」


 やって来たのは、この近くで蕎麦屋を営んでいる蕎麦職人の助六である。人がここに吸い込まれる様に集まっているので、気になって見に来たのだ。そして天麩羅を振る舞う筒井順慶を見付けた訳だ。

 助六は順慶から天麩羅を受け取ると口に運ぶ。その瞬間、目を見開いて叫ぶ。


「何という旨味の宝庫!!正に味の山水長巻さんすいちょうかんやーっ!!!?」


「さんすい……何?」


『山水長巻』とは室町時代の画家・雪舟の水墨画である。雄大で繊細な風景水墨画であると評判だ。大内氏の発展を祝うために、雪舟が献上した作品と言われている。それを何故、助六が知っているのかは謎である。まあ、それくらい感動する味だったという事だろう。

 助六の反応を見た順慶は提案をする。


「どうかな、助六さん?この天麩羅を蕎麦に入れるっていうのはさ。手間もそんなに掛からないし、お客さんも喜ぶと思うよ」


 現代でも天麩羅蕎麦は定番中の定番だ。必ず合う自信が順慶にはある。その提案を聞いた助六は驚愕に慄いて後退る。


「この美味い天麩羅を蕎麦に?あ、アンタ、天才か……?」


「え?」


 思いもよらない提案に助六は呆然とする。普通、こんな美味しい物を知っていたら秘密にして誰にも教えない。文化を独占する公家、技術を独占する寺、彼等は武士、商人、町人にそれ等をもたらす事を酷く嫌がった。遣唐使の頃からずっとそうだ。その文化と技術が流出を始めたのは、ごく最近の話なのだ。それまでは様々な技法を民衆に伝えた弘法大師や、宇治の漁民に茶の栽培方法を教えた明恵上人など、数える程の人物くらいしか大唐で学んだ技術を民衆に渡さなかった。なのに順慶は自分にも天麩羅を作らせて蕎麦と合わせろと言うのだ。無私の心、助六には順慶がそんな境地に到った人物に見えたのだ。

 助六は自分を恥じた。順慶は自分の事を思って助言をしてくれていたのだ。それを無下にした自分に、天麩羅という素晴らしい素材を示してくれた。全てを理解した助六は跪いて両手を地面につけて頭を下げる。


「順慶様、御見逸れしました。どうか、どうか、この助六を弟子にしておくんなせえ!!」


『御見逸れしました』とは、相手に気付かず失礼をしたという意味である。もう一つ意味を持っていて、こちらが一般的に使われるであろう。それが『相手の能力を見抜けず、自分の間違いを詫びる』事である。助六の言葉は後者で、順慶の能力を思い知ったという事だ。


「何でそーなるのー!?」


 順慶はただ「天麩羅蕎麦が食べたいなー」という気持ちで発言しただけだった。土下座して懇願する助六を見て、順慶は何でそういう結論になるのか、ただ困惑するだけだった。


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【あとがき】


『へうげもの』という漫画があります。かなり面白いのでオススメですニャー。その中で安土城に招待された徳川家康さん一行。出て来た料理に家康さんの家臣 (たぶん本多忠勝さん)がこう言ったのです。『舌がおかしくなりそうだ』『食物など味噌が利いて腹にたまればいいものを……』と。これが戦国時代の人々のスタンダードな考え方となります。これに当て嵌まらない人はだいたい『公家』『商人』くらいですニャー。だから京都、大阪辺りは味噌をあまり利かせない薄味が主流です。現在はあまり言わなくなった感じですが、『(うどんやそばの)汁は京都薄く東京真っ黒』と醤油の濃さを揶揄したものです。つまり味噌や醤油以外の味を楽しんでいたのは公家か商人くらいだったという事ですニャー。

 武士でも味噌か醤油を利かせて食べるのが普通です。織田信長さんは上洛した後に、京都で一番という料理人に『最高の料理』を作ってもらいました。しかし出された料理は味がしませんでした。信長さんが料理人を呼び出して苦情を言うと、料理人は「アンタは旨い物が食いたかったのか。先にそう言え」と言い放ち新しい料理を作りました。新しい料理に信長さんは大感動、至福の味を堪能したそうです。その後、信長さんは再び料理人を呼び出して、二つの料理は何だったのかを尋ねました。料理人は「最初は『最高の料理』を所望との事で『お公家様向けの薄味料理』出した。アンタは旨い物が食いたいと言うので『田舎者向けの濃い味料理』を出したんだ」と答えました。つまり「お前の舌は田舎者だ」とハッキリ言われた訳ですニャー。

 都人のプライドと面倒くささが垣間見える話ですニャー。


『文化を独占する公家、技術を独占する寺、彼等は武士、商人、町人にそれ等をもたらす事を酷く嫌がった』これもこの小説では重い意味がありますニャー。織田信長さんが比叡山延暦寺を、石山御坊をボッコボコしたからこそ、悪僧が寺から逃げ出し町衆に紛れ、寺が秘匿していた技術が流出し町人文化が発展したのです。寺でしか作れない清酒『僧房酒』などその典型例ですニャー。これも豊臣政権の慶長年間には流出してます。

 だから戦国時代の町と江戸時代の町は驚く程、町人文化の発展度合いが違うのですニャー。信長さんが政権を築いてから30年くらいで様変わりしている事にべくのすけは着目し、その過程で油の価格と油場銭と悪僧の関係性を知りましたニャー。なので油の話を出した時点で今回の話の骨子を書いていたのですが、まさか戦国時代にまだ蕎麦は無かったとは。話を変えるのが難しいので、もうファンタジーで押し通す事にしましたニャー。(笑)

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