外伝 軍師の半兵衛くんですら困ってしまう 後編

 此隅山城を占領した羽柴秀吉だったが、まったく動けなくなった。逃げ出した山名家当主の山名祐豊の行方が掴めなかったからだ。もしかしたら六角家における甲賀衆の様な存在が居て、周辺の山に居るのかも知れない。領地である因幡国に行った可能性もある。とにかく山名祐豊の居場所を特定しないと動けなかった。

 数日、そうこうしてる内に山名家臣を数名捕まえる事に成功した。彼等は一度は主君と共に逃げていたが、置き去りにされた家族が心配になって戻ってきたのだ。これで山名祐豊が因幡国に行った事が判明した。そして更に調べを進めると、当時の山名祐豊の状況が明らかになってきた。

 幕府からの懲罰通達を受け取った山名祐豊は気にする風もなかったという。


「懲罰ねー。歓待して青田刈りして終わりだよね。とりあえず準備だけしといて」


「分かりました」


 こんな感じで青田刈りの準備と秀吉の歓待準備をしていたという。懲罰など形だけ、他愛のない場所を青田刈りさせて体裁を整え、秀吉を饗せば終わり。たったこれだけの話だと。

 これまでの幕臣達もこうだったのだ。誰も真面目に懲罰などしない。疲れるし面倒だし、自分が饗されればそれで満足。あとはお土産に金子でも有れば尚良し。幕府の懲罰など、ずっとこういうものだったからだ。本気で消えて欲しい相手以外に真面目にはやらないのだ。しかし彼の思惑は直ぐに破壊された。


「殿、急報です!」


「なあにー?僕、忙しいんだけど」


「竹田城陥落!織田軍、速度を緩めず途上に有る城砦を攻略しながら此隅山城に迫っております!」


 報告は羽柴秀吉の本気の進軍だった。何の警戒も戦の準備もしていない山名家の城砦は次々に陥落していた。そして秀吉は恐ろしい勢いで山名家本拠地である此隅山城に迫っていた。

 この報告を聞いて山名祐豊は飛び上がって驚いた。


「え?な、何で?」


「さ、さあ?それは織田軍の将に聞いてみないと。ただ、理解るのは相手が本気中の本気というくらいしか」


「い、今から徴兵してどれくらい集まる?」


「農繁期ですし1000も集まれば良い方かと」


 山名祐豊は本当に何の準備もしていなかった。今から徴兵しても1000人未満だと言われ顔面蒼白になる。勝てる訳がない。そもそも此隅山城の最低防御人数は2000人なので籠城しても大して保たない。


「何でこんな事に……。ただの懲罰でしょ?」


「織田家って新興大名ですよね?懲罰のやり方知らないんじゃないですか?織田信長なんて賄賂が効かなくて、近江商人ですらぶっ叩かれてる最中ですよ」


「近江商人を相手に出来る大名がいるのか……」


 ただの懲罰なのに何故と嘆く祐豊。家臣は織田信長が新興大名で懲罰のやり方すら知らないのでは?と答える。あの幕臣達と賄賂で繋がっていた近江商人ですら、織田信長からは攻勢を受けている。信長が過去の慣習など一顧だにしないし、賄賂も受け付けないからだ。特別扱いしてやるから出せ、とは言う。堺会合衆への2万貫要求はそういうものだ。つまり織田信長は清廉潔白の人だから賄賂が効かないのではなく、都合の悪いヤツからの賄賂はそもそも要らんというだけである。


「織田家重臣の池田恒興など甲賀地域の人間まるごと餓え殺そうとしたとか。甲賀衆が織田家に付く事で難を逃れたという話ですが。織田家は慮外者の集まりですぞ」


 そして家臣は池田恒興の噂話も出す。まあ、傍から見れば間違ってはいない。塩止めなど死刑宣告に等しいからだ。家臣は織田家は主君も家臣も慮外者だらけだと確信して宣言する。現状を認識した祐豊は叫び散らして走り出す。


「い、いぃやあぁぁぁ!死にたくないぃー!」


「殿、何方へ!?」


「逃げるんだよおぉぉー!家財を集めて因幡国に行くんだよ!」


 こうして山名祐豊は財産を持てるだけ持って因幡国に行ったという。しかし本拠地がある但馬国と違い、因幡国は祐豊にとっては政情不安定な場所であった。


「因幡国に来たのはいいけど行く先はあるかなー?」


「あると思います?鳥取城の武田高信なんて喜び勇んで首刈りに来ると思いますけど」


「だよねー」


 特に鳥取城主の武田高信は家臣の振りをした敵である。過去に何度も謀叛を起こしている。そもそも鳥取城もその時に山名家から奪われた物だ。今は家臣として帰参しているものの、祐豊の状況を知れば即座に襲い掛かってくるはずだ。どう考えても因幡国に祐豊の安全はない。


「山に逃げても山賊の餌食ですし。領内に居たら、それこそ織田軍が来る訳で」


「なら国外の大名を頼るしかないかなー」


「たぶん財宝は没収されますよ」


 山に逃げても山賊に襲われるだけだ。山名家に甲賀衆の様な存在は居なかった。かといって、他国の大名を頼るのも危険だ。歓迎はされるだろうが、持ってきた財産の類いは守賃として没収の憂き目を見る可能性が高い。

 祐豊の命と財産を守ってくれる都合の良い存在はいないものかと、彼は思考をめぐらせる。そして天啓を受けたかの様に閃く。


「ああ、どうしたらいいんだ、僕は……。そうだ、あの人を頼ろう!」


「あの人?」


「彼なら織田家も手が出せないはず。よし、そうと決まればれっつらごー!」


 こうして山名祐豊は領外に出て行ったという。捕えた山名家臣が知っているのはここまでで、領外まで付き合う気はなかったらしい。領地を捨てて逃げる主君を情けないと感じたとか何とか。

 一連の聴取を終えた秀吉は隣にいる竹中半兵衛重治に話掛ける。


「……という事情らしいが、半兵衛く〜ん」(笑)


「流石に想定外というか、参りましたね」


「軍師ってさ、強いヤツや優秀なヤツの事は読めるけど、アホは読めないよな」


「返す言葉も御座いません」


 流石の半兵衛にも返す言葉が見当たらない。ある程度の人の思考を読む自信はあるのだが、アホは本当に読めない。かの大軍師・諸葛孔明だって弟子のアホな行動に何でやねんってなったに違いない。読んでいたのなら司令官になどしていないはずだ。


「兄者、鳥取城主の武田高信殿が来てるぞ。何でも戦勝祝いとかで」


「そうか、通せ」


 そこで羽柴小一郎長秀が報告に来る。先程、名前が出た鳥取城主の武田高信が戦勝祝いに来たという。


「羽柴殿。お初にお目に掛かる、鳥取城主の武田高信と申す」


「羽柴藤吉郎秀吉だ」


「いやー、お強い。流石は織田軍。この武田高信、公方様の臣として心強く思いますぞ」


 この武田高信はその姓が示す通り、甲斐武田家の縁者である。正確に言うと甲斐武田家の分家である安芸武田家の分家である若狭武田家の分家である因幡武田当主という事になる。この他にも羽後国浅利家や下総国真里谷家も元は武田家である。意外と各地に武田家の縁者が居る。


「(いつの間に幕臣になったんだ、コイツ)……それで武田殿、山名祐豊は何処に行ったんだ?」


「それが領外に出た様で追い切れませなんだな。何処に行ったのやら」


「そうか」(主君に容赦なく追い討ちか。後でどうなるか理解ってんのかね。山名祐豊は最終的に帰ってくる・・・・・んだぞ)


 秀吉は山名祐豊の行方について尋ねるが、武田高信も領地外までは追えなかった様だ。お察しの通り、武田高信は祐豊に対して追撃を行ったらしい。

 彼の未来について考える秀吉だが、自業自得だなと思う。今回は懲罰であり占領ではない。秀吉も直ぐに長浜城に帰る。つまり山名祐豊は足利義昭に頭を下げて謝罪すれば領地に帰れるのだ。

 そんな事は露知らず、高信は下卑た顔で秀吉に提案する。


「それより宴と行きませぬか?良い女子おなごを取り揃えましたので」


「お、いーねー。皆で行くか」


『良い女子』という所に秀吉は即座に反応を示す。同じ様に下卑た顔になった秀吉は陣中に居る家臣も誘う。


「殿、俺には息子がいるんだぜ。嫡男産んでくれた嫁に悪いから止めとくわ」


「義兄上、僕は新婚なので遠慮します」


「後継者を得る為以外の繁殖活動に興味はありません」


 しかし蜂須賀正勝、浅野長吉、竹中半兵衛と素っ気なく断わられる。彼等の非常に冷たい視線を浴びて、秀吉はつまらなそうに不貞腐れる。なら独身の弟・小一郎ならいいだろうと彼に話を振る。


「ノリ悪いなー、お前ら。小一郎は行くよな」


「いや、止めとく。ていうか、兄者はいい加減にしろよ。寧々さんに申し訳ないと思わないのか。こんな事を続けてたら、今に怒髪天状態の池田様がやって来るぞ」


「けっ、何だよ何だよ、皆して。だったら俺一人で愉しんじゃうもんねー。じゃあなー」


 小一郎も即座に拒否する。もっと寧々の事を考えろ、池田恒興が怒ってやってくるぞ、と諭すも秀吉は聞く耳を持たなかった。全員から拒否された秀吉は完全に不貞腐れてしまい、武田高信と行ってしまう。


「山名家の姫とかも捕まえましたのでお愉しみ頂けるかと。うひょひょ」


「お、分かってるねー、高信殿。うひょひょ」


 武田高信は山名祐豊を追撃した際に何人かを捕えたらしい。その中には山名分家の娘が居た様で、彼女を姫だと言っている様だ。身分の高い女性と聞いて秀吉の顔は更に下卑たものに見えた。


「ダメだな、ありゃ。しかし半兵衛殿、山名祐豊が居なくなったのはそんなにマズイのか?」


「ええ。我々は山名家と開戦しました。開戦したからには終戦させねばなりません。和議を結ぶなり降伏させるなり。それが出来る人物が行方不明なんですよ」


 戦争は始めたのなら終わらせなければならない。でないと、戦争状態がずっと続くからだ。相手が不倶戴天の敵であるというのなら構わない。しかし、織田家と山名家はそんな関係ではない。織田信長も幕府からの命令に従っただけで、山名家に何の感情もない。それに今回は懲罰であり占領は出来ない。山名家を消し去ったところで、統治しないので但馬国や因幡国が混乱するだけだ。百害あって一利なしである。

 現状では山名家に対する懲罰は大失敗。信長は激怒する事態である。下手を打つと長浜城取り上げも有り得る。


「そりゃ、マズイな。今回は懲罰で攻略じゃねえし。戦の落とし所が無い訳か。領内に居ないのなら他国の大名家を頼ったか?」


「それはないかと。財宝を持って逃げた以上、他家を頼れば守賃という名の追い剥ぎに遭いますから」


 蜂須賀正勝は山名祐豊が何処に行ったか考える。領地外に出たのなら他大名を頼るのが一番有り得る。しかし、その場合は財宝を失う事になると半兵衛は言う。山名祐豊は自分と財宝を守れる所に居る筈だと。


「なら、何処だ?」


「十中八九、あの場所ですね。権兵衛、馬には慣れましたか?」


「勿論です!侍の基本ですから!」


 半兵衛には心当たりがある様だ。確率は高く、確信さえしている。

 突然、半兵衛は話題を変えて仙石権兵衛に馬に慣れたかを問う。権兵衛は山名祐豊に書状を届けるんだろうと予想して元気良く返事した。


「そうですか。では犬山まで書状を運んで下さい」


「え……。但馬国から尾張国まで行くんですか?」


「上野殿への書状を書いてきますので、支度しなさい」


「は、はい……」(この人、何気に無茶言うよね)


 行き先は長浜より更に遠い犬山だった。池田上野介恒興に書状を届けるらしい。

 権兵衛は半兵衛も秀吉と一緒で無茶をさらりと言う人だなと思った。


「蜂須賀殿、一軍を編成して下さい」


「何をするんだ?」


「我々が信長様に叱られない為、ですよ。生野銀山を押さえて下さい」


「成る程、了解した!」


 更に半兵衛は蜂須賀正勝に一軍を率いる様に伝える。目標は山名家重要財源である『生野銀山』。領地を奪うのは無理でも銀山は『物』なので獲得可能である。兵士を入れてしまえば勝ちである。このままでは信長の大目玉確実なので銀山を成果として差し出そうという事だ。あとは池田恒興が山名祐豊を見付けてくれれば丸く収まる算段だ。


 後日、連絡を受けた池田恒興は堺会合衆内を探した。そして豪商・今井宗久が山名祐豊を匿っている事を突き止めた。どうやら今井宗久にとって山名祐豊は銀の取引がある重要顧客だった様だ。恒興は使者を派遣して、足利義昭に頭を下げれば懲罰は終わりだと伝えた。山名祐豊は即日に足利義昭と会見して謝罪したという。

 これで領地に帰れる事になった山名祐豊は織田信長から領地安堵状を貰った。しかしその中には生野銀山の名前が消えていたのである。そう、どさくさに紛れて押領されたのだ。

 山名祐豊は激しく嘆いた。彼はその怒りを裏切り者である武田高信に激しくぶつける事になる。


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【あとがき】


 後編はもう少し時間が掛かるかニャー?と思っていたら1日で書き終わった。書ける時に書きまくるのが一番いいんですニャー。


『怒髪天状態の池田様』。ええ、やって来ますニャー。怒髪天状態の池田家女性陣、その最上位である養徳院さんに命令された阿修羅猫の化身と化した恒興くんが、ね。

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