外伝 関東戦国 其の五

 北条家本陣。

 北条氏康が居るこの場所は関宿城から西側にある。関宿城の西側は利根川が横たわる為に攻める事が出来ない。その代わりに敵も攻撃出来ない場所である。北条家はここに約2万人もの北条兵を集めた。それとは別に関宿城南側に約1万人の兵士を送っている。

 何故、戦闘が起きない西側に2万人いて、激戦地となる南側が1万人なのか?それは西側に居るのは北条家の兵士で南側に居るのは北条家の兵士ではないからだ。南側に居るのは最近、北条家に加わった上野国の大名や豪族と太田氏資が率いる岩槻衆、つまり降将軍団で構成されている。北条家にとっては新参であり信用ならないし功績も無い。だから纏めて前線に放り込んで、北条家の兵士は温存しているのである。これがいつもの北条家の戦い方であり、前線の大名を疲弊させて乗っ取るプランまで入っている。

 北条氏康は自分の農民を大事に思う為、北条兵の損害を嫌う。その割を食うのが信用の無い降将軍団という訳だ。北条兵は数で虚仮威こけおどす為に居て、戦闘は予定されていない。北条家の弱兵化の一因でもある。

 その北条本陣で北条氏康は頭を抱えていた。計画では楽に制圧出来ると踏んでいた関宿城の戦いが大規模になってしまったからだ。もう春は目の前、農繁期がやって来る。農民兵主体の北条家は短期決戦で終わらせなければならない。なのに小田家は全力で関宿城支援に動いたのだ。この上手く行かない愚痴を氏康は隣に控える松田憲秀に溢す。


「ううむ。小田家と佐竹家を食い合わす『二虎競食の計』は失敗したか」


「虎の餌となる大掾貞国を動かしたまでは順調でしたが、まさか小田氏治があんな温情措置を採るとは予想外でした」


『二虎競食の計』

 これは古代中国の計略で二頭の虎が一つの餌を奪い合う様を表している。それを国家に当て嵌め、二つの大国に一つの小国を奪い合わせて疲弊させる、又は時間稼ぎをする時に使われる。

 今回の二頭の虎は小田家と佐竹家で一つの餌は大掾家という訳だ。大掾家に小田家を攻撃させて、反撃で小田家が大掾家を制圧する。それにより大掾家の商路を塞がれた佐竹家は小田家と戦う。こういう算段であり、北条氏康にとって大掾家などどうでも良かった。寧ろ、居なくなってくれた方が清々する、まである。

 しかし事態は最悪の方へ転がる。小田氏治はかなりの温情措置を採り、大掾家は裁量権も外交権も保持したまま傘下入り。独自の外交権を持っている為に佐竹家の商路は塞がれず、結果として常陸国は平穏無事という訳だ。二頭の虎を疲弊させる事は完全に失敗している。


「仕方があるまいか。昔からだが、どうも相手が小田家だと上手くいかないな」


「以前に何かあったのですか、父上?」


 小田家に苦手意識があると言う北条氏康。息子で嫡子でもある新しい関東管領・北条氏政は少し首を傾げた。小田家って強いイメージが無いんだけど、と。


「小田氏治が家督相続した直後に結城家が攻勢に出た。その援軍として与力したのだが、大勝ちして小田城を陥落したのだ」


「良い事ではないですか。何故『だが』なんです?」


「問題はその後だ。結城軍は菅谷政貞に逆襲され、小田領民の一斉蜂起もあり、我々は這々の体で逃げる破目になった」


「うげっ」


 小田家と結城家は以前から仲が悪く、小田家先代の小田政治が死去すると、若い小田氏治の家督相続を狙って攻勢に出た。この頃の古河公方は北条家が擁立していた足利義氏であり、結城家も北条家側であったので、北条氏康も援軍として参戦。結果は結城家&北条家がビックリするくらいの圧勝。小田城は陥落した。

 しかし小田氏治は小田城を脱出して土浦城まで逃げ切った。そして土浦城主であった菅谷政貞の逆襲が始まる。同時に小田家領民の一斉蜂起も起こり、結城家は散々に打ちのめされ、巻き添えになりたくない北条氏康は必死で逃げる破目になった。


「それ以来、苦手意識が有るのかも知れぬ」


「小田家というよりは菅谷政貞かも知れないですね」


「そうだな。菅谷政貞が健在な内は相対したくなかったが、致し方あるまい。憲秀」


「はっ」


「不足無く軍勢を進めよ。風魔衆も動員して、出来る限りの情報を集めよ」


「ははっ!」


 北条氏康は腹を括って松田憲秀に命令を下す。今回の大計略で北条氏康もかなりの額の資金を消費している。上杉家、里見家、小田家、佐竹家を麻痺させ、その間に上野国、古河公方、関宿城、岩槻城を手中に収めようという計略だった。一矢で何兎も狙い過ぎたせいか、関宿城だけ上手くはいかなかった。ここまで来たら力押ししかない、北条氏康は覚悟を決めるも降将軍団以外の被害は最小限に止めたいという気持ちは捨てられずにいた。


 命令を受けた風魔衆は各地に忍を放った。その一つ、南側の戦場を偵察する二人が居た。若い男女の二人組。少し小高い丘から小田軍を見ていた。


「南側に太田資正率いる小田軍本隊。北側に真壁氏幹が率いる真壁衆か」


「太田資正が小田軍総大将って思い切っているわね。雪辱を果たせって感じかしら」


 男の名前は風魔小太郎。風魔衆頭領の息子で若くして将来を嘱望されている事から風魔衆頭領が代々名乗る『小太郎』を許されている。

 女の名前は風魔小次郎。風魔衆頭領の娘で小太郎の妹。本来は小太郎に何かあった場合の予備として、忍の訓練を受けたが殊の外、才能があった為にそのまま忍を続けている。

 二人は小田軍総大将が太田資正である事に驚いていた。他家の大名である太田資正を総大将に据えるなど思い切りもいいところだ。


「まあ、小田氏治は無いからな。だが、それなら菅谷政貞は何処だ?副将にでもなっているのか?」


 総大将に小田氏治は無い。本気で勝ちたいならアレは無い。その事は二人もよく知っていた。ならば小田軍総大将に相応しいのは家老の菅谷政貞になるはずだ。その姿が確認出来ない事に風魔小太郎は疑念を抱いた。


「北側の部隊かも知れないけど、菅谷政貞がそんなに気になるの?」


「御本城様がな。過去にしてやられたらしく、警戒しておられる。ヤツが居なければ小田家などとっくに滅んでいるさ」


「御本城様が警戒する程の武将、菅谷政貞。北側に真壁衆が配置されているみたいだけど、調べてみる?」


「そうだな。南側は他の者に任せよう」


 小太郎は北条氏康が菅谷政貞を警戒している事を知っていた。だからではあるが、彼は菅谷政貞の居場所を確定させて氏康を安心させたかった。南側に菅谷政貞が確認出来ないので小次郎は北側の真壁衆を調べる提案をする。小太郎はその提案に乗り、二人は関宿城北側に向かった。

 北側に向かった二人は程無くして真壁衆を発見する。総勢で2千人程、半ば森の中に隠れる様に展開していた。これはかなりおかしい布陣で、二人も訝しんだ。真壁衆の動向など理解っているのだから、今更隠れて何になるという事だ。しかし警戒は厳重でそこかしこに見張りが居る。これは何かがあるなと思わせるには十分であった。


「そこら中に見張りが居る。手練の乱波者か。警戒が厳しいな」


「……嫌な匂いがするわ。微かだけど」


 茂みに隠れて探っていた二人だったが、小次郎が異臭に気付く。彼女は感覚が常人より優れていて、そのために兄の小太郎も妹を頼りにしている。小次郎は異臭の正体を思い出す。以前に嗅いだ事のある特別な匂いだったからだ。


「匂い?」


「以前に何処かで……もしかしたら火薬かも知れない」


 小次郎は匂いの正体を火薬ではないかと推測した。最近では北条家でも鉄砲が増え始めているため、僅かでも鉄砲に接する機会が小次郎にあった事が幸いした。硫黄の独特な匂いを覚えていたのだ。


「……鉄砲、か。調べてみる価値はあるな」


「小太郎兄ぃ、急ごう。綱成様の玉縄衆がそろそろ来るし」


「ああ、行くぞ、小次郎」


 二人はより詳しく真壁衆を調べる事にした。やり方は単純だ、より詳しく調べるなら内部に入り込んで調べる。油断している適当な兵士を茂みに引き込んで小次郎の薬で眠らせる。そして装備を奪って潜入するのだ。

 二人は巡回の兵士を装って真壁衆の陣を調べる。その時に小太郎はある人物に気付く。


「待て、小次郎。……アイツだ」


「アイツ?」


「菅谷政貞だ。やはりコチラに居たのか」


 小太郎は菅谷政貞の顔を知っていた。政貞は小田家では目立つ存在であるので何度も調査の対象になっているからだ。北条家の調略対象にもなっていたが、一切靡いた事が無い。


「何処かに行くのかしら」


「巡回の振りをして慎重に後をつけるぞ」


「ええ」


 菅谷政貞は散歩をする様な足取りで陣の奥に歩いていく。それを二人は巡回の振りをしながら付いて行く。気付かれている様子は無く、政貞は悠々と歩いている。そして一人の大男と合流し、片手を挙げて挨拶した。


「やあやあ、真壁君。調子はどうかな」


「アンタ、ホントにやるなぁ。マジで間者を引き付けて来るとか」


 半ば、感心する様に大男・真壁氏幹は受け答える。氏幹が『間者』と言ったので二人は嵌められた事に気付いた。


「何!?」


「しまった!?囲まれている!」


「君達、そんなホイホイと俺の後なんてつけちゃあダメだね。悪いが死んで貰うよ」


 遅かった。二人の周りは十人くらいの真壁兵に囲まれていた。茂みに伏せていたのだ。

 菅谷政貞は最初から気付いていた。陣に北条家の間者が紛れている事を。だから彼はわざと・・・無防備に歩いて、この罠に誘ったのである。


「つー訳だ。観念しやがれ」


「後ろの道を開け。あの大男は何とかする!」


「了解!気をつけて」


 二人はお互いの名前を伏せて、声を掛け合う。万が一にも捕まった場合に身バレを防ぐ為だ。

 小太郎は金砕棒を持って近付いてくる真壁氏幹と相対する。小次郎は退路を塞いでいる数人の兵士の方へ向かう。


「よし、一人だ。捕えるぞ!」


「「「おお!」」」


「間抜け共め!手加減して勝てる相手だと思わない事ね!」


 小次郎は懐から手のひら程の長さがある五寸釘の様な物を取り出す。手裏剣の亜種で『飛針』という忍び道具だ。木に突き刺しては足場となり、近接武器としても使える便利な道具。彼女は飛針を数本取り出しては兵士に投げ付けた。飛針は正確なコントロールで兵士の鎧の隙間に突き刺さる。

 とはいえ、飛針は手裏剣よりも威力が無い。刺さったから何だと言うのか?兵士達は急所さえ避ければどうでもいいと言わんばかりに突進してくる。だが彼等の身体には直ぐに異変が生じた。


「ッつ!?」「な、何だ?」「身体が、し、痺れ、れ」


 兵士達は次々に地面に倒れた。身体が言う事を利かなくなっていたのだ。飛針に威力が無い事など小次郎自身がよく知っている。だから彼女は飛針に麻痺毒を塗っているのだ。それを太もも辺りに刺してやれば直ぐに麻痺が始まりまともに歩けなくなる。その程度は計算済である。


「道は開いたわ!……はっ!?」


「く、ぐあっ!」


「やるじゃねえか。しかし俺の相手じゃねえな」


 退路を開いた小次郎が後ろを振り返ると、小太郎が吹き飛ばされていた。金砕棒の一撃を受けてしまい、獲物の小太刀は曲がり血を流していた。小太郎にとって誤算だったのは真壁氏幹が武将として優れるだけでなく、武芸者としても優れていた事だ。忍の技による奇襲がほぼ通用しなかった。


「兄さん!」


「お、お前だけでも離脱しろ。使命を果たせ……」


「そんな!?」


 小次郎は怪我をした兄に駆け寄る。相当な深手だ、今直ぐ離脱しなければならない。小太郎は自分を置いて行けと言うが、彼女は承服出来なかった。


「……んだぁ?テメェ、その声色は女なのか?」


「くっ!」


「クソっ、何てこった!女首めくびは恥だってのによ!はあ、しゃーねえか、一思いに殺してやるよ」


 真壁氏幹は小次郎の声色で相手が女であると気付いた。その事で彼は酷く落胆する。戦場において女性は手柄にならないどころか恥にすらなる。だから女性はどんな身分であっても打ち首にはされない。どうしても殺さねばならない時は自害を勧めるものだ。

 だが目の前の女は自害しそうにない。氏幹も逃がす訳にはいかない。一思いに殺す以外に道はない。彼は覚悟を決めて金砕棒を振り上げた。


「でくの坊が。私を侮った事を後悔させてやるわ。風魔忍法『胡蝶乱舞の術』!」


 だが、それは油断となった。女性であると思って、氏幹は相手を侮ってしまった。小次郎は懐から巾着袋を取り出すと中身を空中にばら撒いて、自分の袖を利用して拡散させた。拡散されたソレは空中をキラキラと舞い、さながら蝶のはためきの様であった。


「?何だ?光る蝶、いや粉か?……ぐっ!?」


 一瞬、光る蝶に見惚れた氏幹だったが、その正体には直ぐに気付いた。強烈な目の痛みと共に。


「テメェ!毒使いか!クソっ、目が!」


「兄さん、急いで!」


「すまん」


 そう、小次郎は風魔衆でも指折りの『毒使い』なのである。風魔衆でも貴重な才能を持つが故に、彼女は忍であり名前も男物なのだ。

 目を封じられた氏幹は金砕棒を振り回すが当たりはしない。小次郎は兄を連れて、自らで開けた退路をひた走った。兵士達が後を追うも、やはり毒を撒かれて追跡不能となった。


「クソっ、クソっ、何処だ!チクショウが!」


「氏幹君、もう逃げられたよ。速いねえ」


 未だに暴れる氏幹に菅谷政貞が声を掛ける。その声に氏幹も落ち着きを取り戻しつつあった。


「落ち着いている場合かよ。鉄砲の存在を知られたかも知れないんだぞ」


「正確な数は知られてない筈さ。時間的にもどうかなって感じだから、もういいよ。それよりも目は大丈夫かい?」


「ああ、問題は無い。あの女郎が毒使いだったとはな。油断したぜ」


「念の為、目を洗っておいた方がいいよ」


「そうするぜ」


 菅谷政貞は焦りはしなかった。鉄砲の存在は知られたかも知れない。だがその数が1500丁もある事は予想出来ないはずだ。北条家でも鉄砲の保有量は100~200丁前後なのだから。政貞だって佐竹家が900丁もの鉄砲を保有していた事に驚愕しているくらいなのだ。

 真壁兵の追跡を振り切った小次郎は兄の手当をしていた。毒使いである彼女は多数の薬を所持している。毒と薬は表裏一体であり、優秀な毒使いは優秀な薬使いでもある。毒がどの様に人体に作用するか知らない様では解毒もままならない。毒と薬、両方熟知していないと毒の影響を自分も受けてしまう。


「奴らを撒いたか。小次郎、もういい。私を置いて御本城様に報告するんだ」


「そんな!?まだ血止めをしただけなのに!」


 小太郎は相当な深手であった。おそらく骨の2、3本は折れている。そんな怪我をしている兄を置いては行けなかった。


「鉄砲の存在を伝えなければならん。数まで調べられなかったのは残念だが。お前はどう見た?」


「火薬の匂いの濃さからも100や200じゃない。もっと有ると思う」


「ならば脅威だ。直ぐに御本城様へ報せるんだ」


 小太郎は任務を優先しろと諭す。小田家が北条家以上に鉄砲を保有している、この情報を報告せよと。


「でも!」


「私の鴉を飛ばした。じきに仲間が来る筈だ。心配するな」


「うん、分かった。行ってくる」


「ああ」


 離れる事を渋った小次郎だったが、任務の重要性を思い出して従う事にした。後ろ髪を引かれる様に何度か振り返り、小次郎は北条軍の本陣へ駆け出した。

 小次郎は利根川を渡り、程なくして関宿城西に陣取る北条軍本陣に到着した。直ぐに本陣兵に報告し、小次郎は北条氏康と面会した。氏康は数名の家臣と軍議の最中だったようだ。小次郎は全員の注目を浴びながら跪き報告する。


「はあ、はあ、御本城様にご報告を」 


「小次郎か?何があった?」


「北側の小田家部隊に大量の鉄砲が配備されている模様です。ご注意を!」


「何!?鉄砲だと!」


 小田軍に大量の鉄砲がある。この報告に氏康をはじめ家臣達もざわめいた。北条家でも少数ながら鉄砲を導入し始めている。その効能も少しづつ認知されてきているのだ。連射は弓に劣るが、初撃は格段に速い。価格が高価に過ぎるので手に入れにくいが、大量にあるなら脅威であるくらいは理解している。


「風魔よ、して何丁の鉄砲があるのだ!?」


「そ、それは敵の警戒厳しく……」


「それを調べるのがお前達の役目だろうが!」


「も、申し訳ありません!」


 側近の松田憲秀は鉄砲の数を尋ねるが、小次郎は答えられなかった。調べようと潜入したが菅谷政貞に邪魔をされてしまったからだ。それを憲秀は失態であると責め立てる。


「止めよ、憲秀。風魔の者達はよくやってくれている。それに北側に進軍しているのは綱成の玉縄衆、早々に遅れは取るまい」


「で、御座いましたな。申し訳ありません、御本城様、取り乱しました」


 小次郎を責める憲秀を氏康は窘める。関宿城の北側を攻めるのは北条家が誇る精鋭である北条綱成率いる玉縄衆。多少の鉄砲があっても問題ではない、氏康はそれ程に信頼している。

 そこに伝令兵が飛び込んでくる。


「急報に御座います!」


「今度は何だ?」


「北条綱成様、敵の銃弾により負傷!ご子息の北条康成様が玉縄衆の指揮を採っておられるとの事!」


「バカな!?綱成が負傷だと!?」


 今度の報告は氏康にとってとびきりの凶報であった。問題ないと思っていた北条綱成が負傷したというのだ。


「綱成殿は狙撃でもされたのか!?」


「いえ、康成様の報告では小田家には佐竹家の援軍が合流しており、鉄砲の総数は一千丁を超えていると。その一斉射撃により綱成様は肩を撃たれたとの事。この為に玉縄衆は士気が崩れており、後退を余儀なくされている模様!」


 報告に本陣に居る家臣達が驚く。なんと北側の小田軍には佐竹軍が合流していて、更に鉄砲の数がざっと見でも一千丁を超えているという。大大名である北条家でも鉄砲の保有数は200丁前後なのに、敵はその5倍以上を揃えているというのだ。その分厚い銃弾の嵐の奇襲を受けて、まぐれの一発が北条綱成に当たってしまった。現在の玉縄衆は綱成の息子である北条康成が指揮を採り、遮二無二突撃してくる真壁衆に対し後退戦闘を強いられているという。

 北条氏康は顔面蒼白になって狼狽する。このままでは北条家の支柱が無くなってしまう事さえ危惧されるからだ。


「あ、ああ……。て、撤退だ!憲秀、全軍撤退せよ!」


「御本城様、落ち着いてくだされ!」


「綱成を関宿城ごときと引き換えに出来るものか!!」


 憲秀が氏康に落ち着くようにと進言するが、氏康は綱成を失ってまで関宿城に価値は無いと吐き捨てた。そう、彼にとって関宿城など『おまけ』でしかないのだ。今回の計略の目的は古河公方の入れ替えにあって、それはもう果たした。二兎を狙った結果、北条綱成を失うなど彼には受け入れられないのだ。

 そして新たに伝令兵が飛び込んでくる。


「ご報告!」


「今度は何だ!?」


 更なる凶報かと氏康は身構えた。


「南側の戦線が崩されつつあります!」


「早いな。もう少し保つかと思ったが」


「仕方がありません。降伏者達の軍団など士気が上がりませんから」


「そうだな、仕切り直すか。前線の部隊も後退させよ」


 今度は南側の戦況報告であった。南側の戦線が崩されていると聞いた氏康は冷静さを取り戻した。どうでもいい上に、南側の戦線の士気の低さなど最初から知っていたからだ。結局、南側の部隊は北条軍ではないし、ある程度の時間稼ぎと敵の引き付けになれば、それで良いのだ。北条綱成の負傷に比べれば、然して慌てる話ではない。だが報告は終わっていなかった。


「それが……小田軍の猛攻を受けた岩槻衆が崩壊!岩槻城主の太田氏資殿が敵に捕縛されたとの事!」


「何だと!?いかん、憲秀、直ぐに岩槻城に兵を送れ!反乱を起こされる危険がある!」


「はっ、直ちに!」


 伝令兵からは更に良くない報告がされる。戦功に焦っていた岩槻城主・太田氏資が突出し過ぎた為に小田軍の猛攻を受けて敗北。父親である太田資正に捕えられたというのだ。これには北条氏康も焦る。岩槻城太田家は親北条家になったのであって、北条家の物になったのではない。急いで岩槻城を占拠しなければ太田資正が取り戻す事になりかねない。太田氏資捕縛が知られる前に兵士を送る必要がある。氏康は松田憲秀に兵士を送る様に命令を出す。


「何故、対小田戦はこうも上手く行かぬのだ」


「御本城様、後の事はお任せ下され」


「すまんがそうさせて貰う。撤収を頼むぞ」


「ははっ」


 北条氏康は後の事を憲秀に託し、頭を抱えて本陣奥へと下がった。その項垂れた後ろ姿に小次郎は胸が締め付けられた。自分がもっと早くに報告していればと。あそこで菅谷政貞の罠に引っ掛からなければと。


「御本城様……」


「風魔、役立たずが」


「っ!?」


「フン」


『役立たず』と吐き捨てて松田憲秀は立ち去った。それは北条家から風魔衆への信頼が損なわれた事を意味している。自分は失敗したのだ。小次郎は茫然とした。忍の世界はシビアだ、過程や努力など一切考慮されない究極の結果至上主義だ。

 自分は何処で間違えた?兄を庇い介抱した事か?真壁氏幹と戦った事か?それは菅谷政貞が仕掛けた罠ではないか。思い起こせば、国府台の戦いの時に上杉景虎の偽装を行ったのも菅谷政貞であるという。あの男は何故にこうまで北条家を、私達を苦しめる?あの男さえいなければ。

 風魔小次郎の瞳に暗い炎が宿っていた。


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【あとがき】


 ナイスネイチャが天国へ逝ってしまいましたニャー。悲しい。ご冥福をお祈りしますニャー。

 こうなればウイポ10でナイスネイチャ系を世界系統にしなければ!(錯乱)


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