外伝 関東戦国 其の三

 菅谷政貞は単身で常陸佐竹氏の本拠地である常陸国太田城に来ていた。まだ状況は分からないが、大名が名指しで呼び出している以上、行かないと相手の顔を潰す事になる。そうなれば小田家と佐竹家は戦争となる。なので菅谷政貞は単身で来たのだ。自分一人なら何とかなるとか自惚れてはいない。ただ犠牲者は少ないに限ると思うだけだ。しかし英主と名高い佐竹義昭がそんな卑怯な真似をして、自分の名声を地に落とす事はないとは予想している。

 菅谷政貞は太田城の侍に案内されて、広間ではない部屋に着く。どうやら佐竹義昭の私室の様だ。おそらく公式な会見ではないので広間ではないらしい。


「さて、佐竹殿はと」


 部屋に入った政貞は奥に一人の美しい妙齢の女性が居る事に気付く。あれ?佐竹家の奥方の部屋なのか?と面食らった。女性はフッと笑って名乗った。


「お初かしら。私が佐竹右京大夫義昭よ」


「……あれ?佐竹殿は女性だったっけ?」


「ご冗談を。佐竹家は代々由緒正しき『男の娘おとこのこ』よ。知らなかったの?」


 目の前の美しい女性、改め『男の娘』は佐竹家当主・佐竹右京大夫義昭だと名乗った。あまりの事実に菅谷政貞は目が点になった。たしかに政貞は佐竹義昭とは初対面だ。小田城勤めをする前はずっと土浦城主として外交はしていなかったからだ。たぶん、小田氏治は何回か会っていると思うが。聞いていないとはいえ、男の娘は予想の斜め上から急降下してマリアナ海溝にダイブしたくらいの衝撃だ。


「……それはつまり大掾や江戸みたいな」


「あんな汚らしいオカマ共と一緒しないでちょうだい!」


「あ、はい」


 それはつまりオカマでは?と指摘する政貞に、義昭は激昂して拒絶する。どうやら男の娘とオカマは違うらしい。政貞に男の娘とオカマの違いは判らないが、佐竹義昭と大掾貞国では圧倒的に違う事は理解出来る。


「だいたい、アンタの主も男の娘でしょうが」


「いや、氏治ちゃんは純然たる女の子なんだけど」


「うそぉ、マジで?知らんかったわー。てっきり男の娘は常陸国の伝統だとばかり」


(そんな伝統、あるんだろうか?無いと言い切る自信がないなぁ)


 佐竹義昭は小田氏治も男の娘だと指摘する。会った事があるので知っていると。

 しかし政貞は氏治の性別は間違いなく女性だと断言する。氏治も男の娘だと信じていた義昭は素で吃驚していた。どうやら男の娘は常陸国の伝統だと思っているらしい。小田氏治、佐竹義昭、大掾貞国、江戸通政と常陸国の大名クラスが女装しているのは事実なので、そんな伝統は無いと政貞は言い切れずにいた。


「まあ、いいわ。大掾貞国の件、助かったわ。下手な事になったらウチは小田家に攻め込まなきゃいけないところだったし」


「それが氏康くんの狙いだろうね。そんな策に乗る程お人好しじゃないんでね、俺」


 これが菅谷政貞が小田氏治に「大掾家を攻略したら、おやつが無くなる」と言った意味だ。府中城を落城させたりしたら佐竹家の商路が潰れてしまうからだ。佐竹家は港を所有していない。なので領地の財を売る為には江戸家か大掾家を使う必要がある。その為に江戸通政を従属させたのだが、未だに反抗的で商路としてはあまり使えない。それで佐竹義昭が懇意にしていたのが大掾貞国だったのだ。

 小田家が大掾家を攻略した場合、佐竹家は商路を回復させる為に戦争をする必要があった。だから北条氏康は小田家と佐竹家を争わせる為だけに大掾貞国を魅力的な口約束で動かした訳だ。小田家と佐竹家を二頭の虎に見立てて、大掾家を食い合わせる。所謂、『二虎競食の計』である。菅谷政貞はこれを看破したから軍勢を引き返させたのである。


「ホント下らない小細工が好きなヤツよね。でもさ、何かおかしくない?最近の北条家さ」


「おや?義昭殿もそう思う?」


 最近の北条家の動きはおかしいと佐竹義昭は感じていた。それは菅谷政貞も感じている事だ。


「つい最近、小山家と結城家が兄弟喧嘩したでしょ」


「ウチは関わらんかったけどねー」


「それで上杉殿から小山家の援軍に行けって命令が来てさー。全く、何様のつもりよ。関東管領ごときが何で佐竹家に命令出来るのよって思ってさ。ま、行ってあげたけど」


「上杉殿は関東管領が何なのか、あまり理解はしてない様だね。まあ、ウチは動けない理由を作ってテキトーに誤魔化したけど」


『関東管領』とは関東足利公方家の執事であって、関東を差配する権利などは無い。上杉家に関東諸侯への命令権などは全く無いのである。だいたい擁立した足利藤氏を古河御所に置いて、越後国に帰国している時点でツッコミ所しかない。

 足利藤氏を主君だと認識しているのか?関東管領という執事の意味を理解してるのか?関東足利家の領地を経営する必要があるのだが御存知か?

 上杉景虎が関東に残した物といえば、上野国に拠点を確保した。これだけだ。あとは命令権の無い武家に勝手に命令してくるくらいか。


「私もそうすれば良かったわ。義理で行ったんだけどさ、帰ってきたら家臣からの反発があってね。そのゴタゴタしている隙きに江戸家が勝手に動いたのよ」


「いろいろあったんだねぇ。でも江戸通政を退かせたのは義昭殿でしょ。助かっちゃったよ」


「あら、気付いてたんだ。そうよ、通政のヤツに『水戸城ガラ空きなら貰うわよ?』って手紙してやったら、空飛ぶ勢いで帰ってきたわ。傑作だったわね」


 小田家vs大掾家の戦いでは江戸通政の援軍が来る筈だった。しかし彼は突然、水戸城へ帰って行った。大掾貞国が負けそうだからというだけではなかった。そこには佐竹義昭からの脅しの手紙が来ていたからだ。

 菅谷政貞は江戸通政を退かせたのは、たぶん佐竹義昭だろうと予想していた。だから彼は単身で来る気にもなった。


「話が脱線したから戻すけど、戦の方は結城家が撤退して終了したわ。……いつもなら結城家側で北条家がいくらか出て来るはずなんだけど、誰も来なかったのよね。おかしくない?」


「まあ、ここ最近ずっとこうだしね。国府台の戦いくらいか、本気だったのは」


 最近の北条家の動きはとてもが付く程に消極的なのである。伊豆の片田舎の小さな領地から始まった北条家は3代で勢力を急拡大させた。その勢いは留まるところを知らず、関東制覇も見えてきている。当代の北条氏康も勢いを増して……いた筈なのに、ここに来て急ブレーキを掛けている感じだ。

 問題は何故、そうせねばならないのか?だろう。菅谷政貞は心当たりを口にする。


「氏康くんの考えはおそらく……」


「おそらく?」


「『漁夫の利』かな。切実な意味で」


 菅谷政貞の答えは『漁夫の利』である。『漁夫の利』とは他者が争っている、又は争わせて利益を得る事である。今回の小田家への謀略はこれに当て嵌まる。つまり小田家と佐竹家を争わせて、両者の弱体化を謀った訳だ。


「漁夫の利は解るけど切実っていうのは何?」


「北条家の力の源泉は領民だ。その支持を得る為の低税率な訳だが。領民も北条家が居なくなったら税率が跳ね上がるから力を尽くす。これが北条家の強さに繋がっていた。だが、北条家自体が大きくなって限界が見え始めた」


「限界って?」


「北条家が大きくなった事で戦の起きない安全地帯が出来た。その地域の兵士の弱体化が著しいのさ。戦い続けた方が兵士は強い、皮肉な事だけどね」


 北条家の切実な問題。それは領地を拡大し過ぎた事で戦が起きない安全地帯が出来てしまい、その地域における兵士の弱体化が深刻になっている事だ。言ってしまえば、北条家は兵士数は多いが弱兵ばかりになってきているのだ。

 人間は安穏とした平和の中で過ごしていれば弱くなる。戦場と隣り合わせ、敵と隣り合わせの方が人間は強くなるものだ。生と死の狭間に生きる強い人間が平和と安定を求めて戦い、手に入れれば弱くなる。なかなか皮肉めいた話である。


「そういう事なのね。それで周りを喰い合わせて弱体化を狙っていると」


「そして兵士が弱いという事は戦をすれば被害が大きくなる。被害が大きくなれば低税率故に収入も激減する。だから楽勝になるまで戦いたくない。出来れば兵力差で相手が戦う前に降伏してくれる状況まで持っていくのが理想じゃないかな」


 だから最近の北条家は戦争よりも謀略に力を入れているのだろう。他勢力同士で潰し合ってくれれば、北条家は兵士の損害が出ないし、兵力差だけで相手が降伏、或いは従属してくれれば儲けものという目論見なのだ。


こすい男ね、本当に。ま、切実なのは分からないでもないけど。とりあえずウチらはウチらで隙きを見せない様に仲良くやりましょ。大掾家だってただの傘下なんだからウチが使っても構わないでしょ?」


「そっちは大掾家と話し合って決めてくれればいいさ。小田家は不干渉という事で。真壁家に関しても不干渉さ」


「あら、そうなの?じゃあ桜川水運も使えるって事ね。これは便利だわ」


 この辺りが佐竹義昭の本音だ。大掾家の商路が問題なく使えれば小田家と争う必要は無いのだ。北側に敵を抱える佐竹家にとっては、小田家まで敵に回したくない。

 一応、佐竹義昭は小田氏治と戦争をして圧勝した事がある。しかし小田城を占拠した後に逆襲され、這々の体で撤退した事がある。そう、逆襲してくれたのは義昭の目の前に居る菅谷政貞だ。この男の健在も分かったので、余計に小田家を敵に回す気は無い。

 それに彼には余裕もない。


「……コホッコホッ」


「大丈夫かい、義昭殿。顔色が悪いみたいだけど」


「心配無いわ。最近忙しくて疲れただけよ」


「そうかい。ならいいんだけど、休める時に休んだ方がいいよ」


 菅谷政貞が見たところ、あまり体調は優れない様子だ。もう休んで貰った方が良さそうだと感じるくらいに。


「そうね。申し訳ないけど、これでお暇させて貰うわ。代わりという訳じゃないけど、ウチの嫡子に会っていってちょうだい」


「嫡子殿に?」


「ええ、佐竹義重。実は貴方を呼んだのはあのコなのよ。ちょっと直情的なところがあって心配なんだけど」


「了解したよ。お大事にね」


 佐竹義昭の嫡子・佐竹次郎義重 15歳。

 菅谷政貞を呼んだのは義重の方だという。佐竹家の嫡子が小田家の家老に何の話があるのか分からないが、義昭の顔を立てる意味でも会う事にした。

 再び、太田城の侍に案内されて私室に通される。そして既視感を覚える。部屋の奥に14、5歳の美少女が居る。いや、男の娘が居るのか。違う点は義昭は余裕の笑みだったのに対し、義重はキツイ面持ちだという事だ。


「来たわね、菅谷政貞。私が佐竹義重よ」


「……あ、うん」(で、やっぱり男の娘と)


 女装といっても十二単衣を着ている訳ではない。女性物の柄着物の上に外套を羽織っている程度だ。動き易さを重視しているのだろう。


「何よ、この格好が気になる訳?」


「まあ、ね。なかなか馴れないなと」


「はっ!幼い頃から着せられてれば仕方ないでしょ。だいたいアンタの主君も男の娘でしょうが」


 見た目は少女の義重だが、語気はかなり強めの様だ。彼も義昭と同じく、氏治も男の娘だろうと指摘してくるので、訂正はせねばなるまい。


「いや、だから、氏治ちゃんは女の子な訳で」


「マジで!?どうなってんのよ、小田家は」


(それは佐竹家の人に言われたくないなぁ)


 氏治が女の子だと知ると、義重は驚愕の表情になる。言わんとしている事は理解る、女の子が家督を継ぐとかどうなっているんだ?という事だろう。だが、どうなっている?は佐竹家に言われたくないと政貞は思う。というか、佐竹家こそどうなってそうなった?と聞きたい。

 気を取り直した佐竹義重は咳払いをしてから質問を始める。


「コホン。それで、どのくらい持ってんの?アンタ達」


「何がかな?」


「はぐらかさないで答えなさい。返答次第では今すぐ攻め込むわよ」


「剣呑だねぇ」


 非常にストレートに質問する義重だが、まだ何を持っている話なのか分からない。しかし返答次第では戦争を起こすとまで宣言してくる。政貞はたしかに直情的だな、と感じる。


「いいから答えなさいよ。『何丁持ってるの、鉄砲を?』島崎から買った事くらいは知ってるわ」


(義昭殿の言う通り、直球なコだね。交渉向きじゃない。ただ、これは脅しじゃないな、誤魔化せば本気でやる気か)


 佐竹義重が聞きたいのは小田家の鉄砲保有量だ。つい最近に菅谷政貞は島崎安定から鉄砲を大量購入していた。いずれ来るであろう、対北条戦の為に。それを佐竹義重は察知して菅谷政貞を呼び出した。彼は鉄砲の持つ威力と可能性を高く評価していたからだ。


「分かった、白状するよ。小田家の鉄砲保有量は600丁だ」


「600!ほんとに!?ならウチの900丁と合わせれば1500丁!これならいろいろ出来る。楽しくなりそう!」


 これは誤魔化せないかと観念した政貞は正直に鉄砲保有量を白状する。すると義重は目を輝かせて喜びを爆発させた。彼の話によると佐竹家でも鉄砲を900丁も保有しているらしい。

 桜川水運を握る小田家でさえ鉄砲600丁はかなりの無理をした。水運を持たない佐竹家だと顔面蒼白になって「明日からおかずは煮干し一つです」というくらいに追い詰められている筈だ。そりゃ、大掾家の商路が潰れたら戦争以外の選択肢は無いなと感じる。

 そして最高に意味が理解らないのは、小田家の鉄砲が勝手に佐竹家に吸収されている事だ。


「あのー、何でウチの鉄砲が合わさるのかな?」


「そんなもの、佐竹家と小田家で『攻守同盟』を組むからよ!」


「……いつの間にそんな話が出たんだろうか……」


「今決めた、私が決めた。それとも断る?なら戦争よ」


「直裁だねぇ」(イカンイカン、気圧されそうだ)


 小田家の鉄砲が佐竹家の鉄砲と合計される理由は『両家で攻守同盟を組む』かららしい。何処からそんな話が出たのかと政貞が呆気にとられていると、どうやら佐竹義重が『今』思い付いた様だ。断れば戦争らしい。


「そんなに鉄砲を保有してる隣国なんて危険極まりないでしょうが。だいたいね、その鉄砲隊600、何処で訓練するのよ?指導員は居る訳?ウチは紀伊国根来ねごろから鉄砲達人を招いているの。場所は『八溝金山』よ。知ってるわね」


「『八溝金山』か……。最近、警備が厳重になっているって聞いたなぁ」


「当然でしょ。鉄砲の存在を極力隠したいの。どんなに優れた力も、有るのが分かれば対策は出来るものよ」


『八溝金山』は佐竹家が保有している金鉱山である。産出量はそこまで多くはないが、佐竹家にとっては重要な財源で警備は厳重である。この近辺が最近に警備が更に厳重になっていると噂で聞いていた。その理由が鉄砲隊の訓練をする為らしい。

 佐竹家は紀伊国根来から鉄砲達人を招いて訓練しているという。ここで小田家の鉄砲隊も鍛えると義重は宣言する。たしかに小田家は鉄砲600丁を購入したが、まだ購入しただけで訓練はこれからだ。渡りに船と言った申し出である。それに義重が場所の情報を開示したという事は、断ればどうなるか。想像に難くない。

 政貞としては有益な話なので受ける事は容易い。しかし、彼の思想は確認せねばならない。共に手を取り合える仲間になり得るのか。


「道理だけど問題は誰に向けて使うのか、かな」


「共通の敵がいるでしょ。とても強いのが。佐竹家としては北条家のやり様を認める訳にはいかないわ」


 義重が警戒しているのは、やはり北条家だ。遙か昔から関東に根を張る名家として、北条家の急進的な動きは認められないらしい。

 こういうのは人間のサガと言うべきか、後世イギリスの政治家グラッドストンも「拡大し続ける力が何であっても抵抗しなければならない」と言っている。意味は「必ず暴走するから、早いうちに止めろ」だ。因みにこれは第一次世界大戦前のドイツ帝国を指して言っている。


「なるほどね。しかし俺達は共に上杉殿の連合に属している。小田家と佐竹家が独自に同盟を組む事をどう思うか」


「上杉家にウチ等の事をとやかく言える権利なんかある訳ないでしょ。そこのところ、あの女は何か勘違いしてるのよね。ま、対北条とか言っておけば済む話よ。関東に居ないヤツなんか当てにもならないわ。アンタだってそう思うでしょ」


「まあ正直、期待から外れているなぁ、とは感じているよ」


 小田家も佐竹家も上杉家が盟主となる反北条家連合に属している。しかし上杉家の動きが乏しい事、上杉景虎自身が関東に居ない事が諸侯の不満となっていた。その上で、まるで主君の様に命令だけはしてくる。不満があるという点については政貞も同意だ。


「ウチとしては北に厄介なのが居るから正直、北条家にばかり気をとられたくないのが本音。でも財政面を考えると放置は出来ない。だから味方は欲しいのよ」


「那須家と白河家の事かな?」


「よく分かってるじゃない」


 那須家は下野国の大名で源平合戦で有名になった那須与一資隆の実家である。平安時代から延々と同じ領地を治めている。佐竹家と同盟関係にある宇都宮家と激しく争っており、義重も神経を尖らせている。

 白河家は陸奥国南部の大名で本来は『白河結城氏』の事である。関東結城氏から鎌倉時代に分かれた分家なのだが、区別する為に白河家と呼んでいる。こちらは佐竹義昭が攻略を進めており、戦いは優勢なれど予断を許さない状況である。


「それに……父上の様子は見た?」


「ん?体調が優れない様だったけど」


「そう」


「まさか、もっと悪いのかい?」


 義重は父親である義昭の様子を政貞に尋ねる。赤の他人である政貞から見ても、義昭の様子は優れないものだと判定した。それを聞いた義重は小さく返事をして項垂れた。


「佐竹家は父上を含め、4代続けて英主を輩出したと周りから言われてるわ。なら何で佐竹家は一切発展しないの?」


「英主が皆、早世したからかな。さあこれからという時に当主交代だもん」


「そうよ」


 佐竹家当主は英主揃い。これは度々話題に挙がるくらいには有名な話だ。佐竹家に暗君無しとまで言われる程なのだが、それなのに佐竹家は一切発展しないのである。

 その理由が君主の早世である。若い佐竹家当主が成果を出して英主と讃えられ、さあ佐竹家発展だという場面で逝去してしまう。そして子供当主に代わると反乱が相次いで衰退。それを子供から成長した若き当主が平定し成果を出して英主と讃えられ、さあ佐竹家発展だという場面で逝去してしまう。これを佐竹家は繰り返しているからだ。


「まさか義昭殿も?」


「私は可能性が高いと見てる。だからこそ父上には早く隠居してほしいのよ。その為には私が出来るところを見せて安心して貰わないと」


「……」


「その為にも実績が欲しい。だからアンタを呼んだ。お願いだから同盟を承諾して、上杉家より佐竹家を選択してよ。私達は裏切らないわ、そっちが裏切らない限りは」


 佐竹義重の強行な態度。性格もあるのだろうが、一番は成果が欲しいという事だ。成果を出して父親に佐竹当主に相応しいと認められたい。そして義昭には悠々と隠居して欲しいのだ。

 その成果が欲しくて義重は菅谷政貞を呼んだのだ。政貞は真っ直ぐ過ぎて交渉向きではないなと感じた。しかし、不思議と悪い気分にはならない。


「君は本当に交渉向きのコじゃないなぁ。他家との外交で自分の不利を曝すべきじゃないよ」


「う、悪かったわね」


「いいよ。氏治ちゃんは俺が説得する。それじゃ鉄砲隊の方はよろしく」


「もちろんよ、任せなさい」


 政貞は佐竹家との攻守同盟を承諾する。北条家と事を構えている以上、後背である佐竹家が味方なのは好ましい。それに鉄砲を運用するにも数は多ければ多い程に有用になる。対北条戦の切り札になると考えている。鉄砲を有効に運用する訓練も佐竹家でやってくれるのだから、有り難い話だ。


「味方ついでだ、献策もさせて貰おうかな」


「何の?」


「実績作りの」


「聞かせて」


 政貞は同盟ついでに義重に献策する。彼がスムーズに家督を継げる様に実績を積ませようという事だ。同盟を組んだ以上は、佐竹義昭の早世は他人事ではない。


「まずは江戸通政を懲罰する事。佐竹家に断り無く軍事行動に及んだ罪、佐竹家の盟友である小田家に攻撃を仕掛けた罪でね」


「無理矢理ね。でも2つ有れば十分な理由になるわ」


「それに義昭殿にもしもがあれば江戸家はまた反旗を翻す。今の内に教育しておくべきだと思うね」


「たしかに。私に逆らえばどうなるか教えてあげるわ」


 まずは江戸通政に対する懲罰。実はこの江戸家こそ佐竹家当主が早世する度に反乱を起こしては独立、後で佐竹家新当主に叩かれるを繰り返しているヤツなのだ。佐竹義昭が早世した場合、真っ先に反乱を起こすだろう。なので、今のうちに佐竹義重が懲罰する事で教育しておく。反乱を起こしたらどうなるか理解っているよな?と。


「もう一つ、こちらは奸計の類いだけど」


「何?」


「白河家にね。誰か信頼出来る優秀な家臣を選んで」


「ふむふむ」


「その家臣の家族を処刑する。罪状はでっち上げでいい」


「!?ちょ、ちょっと待ちなさい!?」


 菅谷政貞は最初に『奸計』であると断ってから話す。そして罪状をでっち上げて家臣の家族を殺せと宣う。とんでもない事を言い出した政貞を義重は止めようとする。


「その家臣は白河家に行かせて……」


「待ちなさいって言ってるでしょ!家族を処刑って正気なの!」


 平然と話を続ける政貞に義重は正気を問う。しかし政貞は特に表情も変えずに答える。


「正気だよ。その家族は処刑する……振りをして密かにウチに送ればいい。隠して匿うよ」


「はい?」


「白河家だってその家臣を匿う前に佐竹家を調べるだろうが、小田家までは調べないよ」


「な、なるほどね。そうやって『埋伏の毒』にしろって事」


「あとは合戦に及ぶ際に寝返らせる」


「たしかに奸計の類いね。考えておくわ」


 政貞は家臣の家族を処刑した振りをして小田家に送れという。そうする事で佐竹家をこの上なく憎む振りをしている家臣を作り出せと言う話なのだ。

 白河家も直接敵対している佐竹家の内情は喉から手が出る程に欲しい。そこに家族一族を佐竹家の暴虐によって喪った元佐竹家臣が亡命してきたらどうだろうか。佐竹家の内情をこの上なく知り尽くし、この上なく佐竹家を憎む者。白河家にとってはこの上ない人材であろう。

 その後は亡命家臣の言う事が正しいかの様に佐竹義重が振る舞い、亡命家臣が白河家から信頼される様に仕向けていく。そして最高のタイミングで裏切らせる『埋伏の毒』にするのである。説明に納得した義重は信用出来る家臣を選ばなければと思う。おそらく口の上手さも重要だろう。

 義重と政貞が会談していると、外から佐竹家臣が報告に来た。


「義重様、失礼致します」


「何?今、会談中よ」


「それが小田家の菅谷政頼様が火急との事で参っておられます」


「頼が?何かあったのか?」


「通して」


「はっ」


 報告は小田家から菅谷政貞に対して、息子の菅谷政頼が会いに来たというものだった。流石に小田家で何かが起きたのでは、と思い直ぐに面会する事にした。


「すいやせん、親父」


「頼、何があったんだ?」


「太田家の岩槻城が北条の手に落ちやした!太田資正殿が脱出し、小田城に来ておりやす」


「はあ?北条が動いたなんて聞いてないわよ!落ちるのが早過ぎるでしょ!」


 政頼の報告は何と、武蔵国岩槻城が北条家により陥落したという話だった。そして岩槻城主の太田資正が脱出して小田城に来ているとの事だ。

 これには菅谷政貞も驚いて目を丸くした。北条家は岩槻城方面で軍事行動を起こしていないはずだ。兵士を集めている兆候があれば直ぐに理解る。現在、北条家精鋭が集まっているのは武蔵国河越城で上野国の上杉家対策と見られている。

 佐竹義重も予想外の報告に慌てている。そう、落城が速過ぎるのだ。河越城の精鋭が南下したにしても、難攻不落の城である岩槻城が落ちるにはあまりにも速い。


「スマン、義重殿。小田城に戻るわ」


「私も行く。状況を詳しく知りたいから」


「え?佐竹家の嫡子がそんなほいほいと他家に来るのはちょっとなぁ」


「攻守同盟を組んだでしょうが!情報が早く欲しいのよ!」


「はいはい」


 菅谷政貞は直ぐに戻る決断をした。息子の政頼を伴い小田城に戻る政貞に佐竹義重は付いて行くと申し出る。情報が早く欲しい義重は同盟したんだから問題無いという謎理論で無理矢理付いて来た。……基本的に嫡子・・が他家に行くのは危険極まりないと理解って欲しいなぁ、と政貞は一人思う。


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【あとがき】


 ファンタジイイイィィィーーーっですニャアアアァァァーーー!!!!!?(ノシ´・ω・)ノシ

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