法力
人柱騒動を終えた恒興は犬山に帰還した。行く時は恒興に筒井順慶と加藤政盛、親衛隊員5人だった。帰りはこれに加えてのえの家族が増えた。父親の源二郎が38歳、母親のよねが35歳、姉のえが13歳、妹ののが7歳である。彼等は犬山の順慶屋敷に住み込みで働く事になる。
彼等は恒興の予想通りの『田分け者』だった。一家の父親である源二郎は次男で兄夫婦がいる。彼等の亡き父親が『田分け』を行ったのだ。その者が源二郎を可愛がって追い出せず、兄弟で分割相続させたのだ。一家は比較的裕福な農家だったが、田畑を分割した事で裕福さは消えた。兄夫婦は比較的良い農地を相続したが余裕は無い感じで、弟の源二郎はギリギリで少しの凶作でも困窮した。こうなるから『田分け』は『大馬鹿』の意味を持つ。亡き父親は心を鬼にしてでも源二郎を追い出すべきだったのだ。
源二郎は男の子が産まれたら育てて一緒に新田開発をしようと思っていたのだろう。だが、こういう時に限って神は嘲笑う。産まれた子供二人は女の子だった。彼等の新田開発は遅々として進まずに追い詰められる。そして追い討ちの凶作だ。こうして人柱騒動に繋がるわけだが、この一家を恒興が雇う事で解決した。
源二郎は自分の田畑家屋を全て兄夫婦に渡して村を出る。持って行く物は思い出のある品くらいだ。生活用品は全て恒興が用意する。順慶が興福寺経由で勝手に仕入れた襖絵の絵の具の値段に比べればゾウとミジンコくらいの差がある。
犬山の順慶屋敷に着いた一家は早速、仕事を開始した。部屋の片付け掃除担当はのえなので、順慶は彼女を部屋に案内する。そこには雑然と散らかされた部屋が6つも広がっていたという。のえは唖然とした。池田恒興から順慶は掃除洗濯炊事が出来ないとは聞いている。だが、その予想を遙かに上回る散らかしっ振りである。もうゴミ屋敷一歩手前だ。
「順慶様、こんなに散らかっていたら、お布団も敷けませんよ」
「大丈夫さ、もう敷いてあるから!」
「万年床になってるじゃないですか!?あああああ、こんな高級そうなお布団がー!?」
「やっぱダメ?」
「ダメです!カビが生えますよ!」
のえは布団も敷けないと注意するが、順慶は恒興にも見せた通り既に敷いてある布団を見せる。そしてのえも恒興と同じ反応をした。
「とりあえず掃除しますから順慶様は部屋を出て下さい。埃が立ちますし」
「掃除、手伝おうか?」
「いえ、いいです。順慶様は屋敷の主なんですから」(時間が余計に掛かりそうだし)
のえは掃除をするから、順慶に外に出る様に促す。埃が舞い上がって空気が悪くなるからだ。順慶は手伝いを申し出るも、のえはやんわり断る。心中は順慶が居ても足手まといにしかならないという感じだが。
順慶が外に出ると井戸から水を汲み上げた少女と出会う。のえの妹であるののだ。
「よいしょ、よいしょ」
「ののちゃん、が、頑張ってるね〜。大丈夫?」
「大丈夫ですよ、順慶様。出来る事はやらないとダメですからね」
「そ、そうだね。偉いなー……」
小さな身体で頑張るののは『出来る事はやらないとダメ』だと言う。この言葉は何故か順慶の胸を深く抉るダメージがあった。
井戸から水を汲み上げて手桶に移して、ののは水を運んでいく。目的地は近く、台所の外に居る母親のヨネの所だ。
「お母さーん、水ー」
「ありがとうよ、のの。あ、順慶様。少しよろしいですかね?」
母親のヨネは水を持って来たののを労う。その後ろに順慶がいる事を確認すると声を掛けた。
「お、ヨネさん。何かあった?」
「いえ、食器を洗うのはええのですが、カビは取れねえかも知れねえです。食器は木ですから」
「あー、そっかー。恒興くんが来たら、どうするか聞いた方がよさそうだね」
「とりあえず洗ってみますんで」
「ヨネさん、手伝おうか?」
「いえ、ええです。順慶様はそこで座っていて貰えれば十分ですから」
ヨネは台所の外で食器を洗おうとしていた。順慶が台所に山積みにしていた池田邸の食器だ。放置し過ぎてカビが生えている物もある。ヨネは洗ってみるとは言うものの、食器は木製なのでカビは完全に落ちない可能性が高い。木の繊維にカビが染みているからだ。
順慶は食器を洗うヨネに手伝いを申し出るが、ヨネは座っていて下さいとやんわり断った。断られた順慶はののを手伝おうと閃く。
「そっかー。あ!ののちゃんを手伝おうか?」
「順慶様のお仕事はそこに座る事です 」(キッパリ)
「そ、そっかー」
手伝いを申し出られたののは即座に座る様に促す。7歳の女の子にすら断られた順慶は少し凹んだ。そこに中年の男性が顔を出す。父親の源二郎だ。
「あんのぅ、順慶様。ちと、ええですかい?」
「源さん、どした?」
「いえね、風呂の釜戸に丸太が突っ込まれとるんですが、ありゃ何です?」
「ああ、前に風呂入ろうと思って薪にしようかなと」
「あんなもんに火を点けたら、お屋敷が燃えちまいますよ!!」
源二郎は風呂釜に突っ込まれた丸太について聞きに来たのだ。その丸太は順慶が風呂に入る為に買って来て貰った物だ。順慶が燃やすつもりだったと聞いて、源二郎は慌てて火事になると注意した。
「やっぱダメ?薪の代わりにしたかったんだけど。ほら、大は小を兼ねるって言うじゃん」
「薪の大は丸太じゃねぇです。分かりやした、あっしが細かく割っておきやす」
順慶は松倉右近と同じく『大は小を兼ねる』と言い訳するが、源二郎は即座に島左近と同じく『薪の大は丸太じゃない』と言った。事情を理解した源二郎は薪になる様に細かくすると言い、村から持って来た使い慣れたナタを取り出す。
「あ、手伝おうか?」
「いや、ええです。あっしは慣れとりますから。順慶様では怪我してまいますよ」
「そっかぁ」
順慶は手伝いを申し出るも、やはりやんわりと断られた。怪我をするとまで言われたので、積極的にやる気は無いが。そこに屋敷の門をくぐって池田恒興が笑顔でやって来る。
「やっとるニャー。進んどるかニャ?」
「あ、恒興くん」
「おお、台所が見えるじゃねーギャ。ちゃんとあったんだニャー、台所」
「そりゃ、有るよ。当たり前じゃん」
「お前のせいで見えなかったんだけどニャー」
恒興は片付けが進む台所に感動する。あの積み上げった食器に遮られて見えなかった台所。腐った異臭を放ち、近付く事も躊躇われた台所。恒興は遺跡を発見した冒険者の様な感覚にさえ襲われた。台所を遺跡にしてくれた張本人があるに決まっているなどと宣って来たので、睨み付けておく事も忘れない。
「あ、お殿様。少しええですか?」
「ニャんだ?」
「実は食器を洗ってはみたんですが」
「あちゃー、カビが染みてるニャー。これは使い物にならんか」
ヨネが恒興に食器を見せて指示を仰ぐ。恒興が手に取った食器の底の部分は黒く変色していた。カビが木の繊維にまで侵入しているのだ。ダメだな、と恒興は諦めた。
「そうなんですよ。どうしましょうか?」
「どうにもならんニャ。割って薪にでもしてくれ。ニャーは新しい食器を買うわ。そろそろ瀬戸焼を買おうと考えてたし」
「はい、ではその様に」
恒興はこれを機に食器を瀬戸焼に変える事にする。瀬戸焼は織田信長が力を入れている焼き物事業で、職人も育ってきているので価格も手頃になってきた。まだまだ庶民には高級だが、恒興ならばと言ったところか。恒興としては瀬戸焼職人の支援にもなると考える。
「で、恒興くんは様子を見に来たの?」
「まあニャ。上手くやってるかの確認と、コレだ」
恒興は手に持っていた包みを順慶に渡す。順慶は包みの手触りから饅頭ではないかなと予想した。
「何コレ?饅頭?」
「ああ、差し入れだニャー」
「ありがとう!みんなで貰うよ!」
「そうするといい。じゃ、また来るニャー」
恒興はまた来ると言い残し、その場を立ち去る。そもそも恒興が見たかった様子というのは、順慶がのえの一家と上手くやっているかどうかだけだ。問題は無さそうなので恒興は安堵した。
「みんな、恒興くんから饅頭だってさ!」
「そんな!?順慶様への贈り物を私達が頂く訳にはいきませんよ!」
「俺一人で食べ切れないよ。丁度5個あるんだしさ」
「でも……」
順慶は恒興の土産を皆に振る舞おうとした。しかし、のえは激しく遠慮している。源二郎やヨネも遠慮している様子だったが、ののだけは遠慮されて悲しそうな順慶から饅頭を貰って頬張る。そして、ののは満面の笑顔で応える。
「順慶様、美味しいです!」
「だろー。ほら、のえさん。ヨネさんと源さんも」
ののが美味しいと喜ぶと、順慶は残りの三人にも勧める。ののが食べてしまったので、遠慮する理由も消えてしまった様だ。
「もう、ののったら」
「それじゃ、あっしらも」
「お言葉に甘えて」
三人も饅頭を頬張り幸せそうな顔をする。それを見届けた順慶も饅頭を食べようとさしたが、ふと地面に落ちている鎌に気付く。刃物が落ちているのは危ないと思ったのだ。
「ん?あれ?その鎌は誰の?」
「ああ、あっしですよ。村から持ってきたヤツでして」
「ふーん。ちゃんと名前を書いといた方が良くない?」
「あ、いえ、順慶様。あっしらは字を書けませんで」
一家は農民であり、文字を書けない。彼等は自分の名前の『文字』は知らず、『音』しか知らない。それに気付いた順慶は襖絵がある部屋に行く。直ぐに戻った順慶の手には墨が入った硯と筆、紙が数枚握られていた。そして順慶は紙を一枚広げて文字を書き込む。
「源さんなら多分こうだよ『源二郎』」
「ほー、あっしはこんな名前なんですかい。すげぇー」
自分の名前を初めて見た源二郎は紙の文字に見入った。それを見たののは自分もと手を挙げる。
「順慶様、私は?私は?」
「ののちゃんはこうだろ『乃々』」
「これが私なんだー」
のの、改め『乃々』は自分の名前が書かれた紙を宝物の様に抱き締める。自分の名前が形となって見える事が嬉しい様だ。
「あ、あのー、私もあるんでしょうか?」
「のえさんはこうかな『乃恵』」
「はー」
のえ、改め『乃恵』も自分だという文字をまじまじと見つめる。
「で、ヨネさんはこう『米』」
「私まで、順慶様ありがとうございます」
順慶は全員の名前を漢字にして表す。漢字は勝手に決めてもいいだろう。彼等は名前の音しか知らないのだから。転生前の順慶は小学校時代に『習字』に通っていたので、この程度ならお手の物である。興福寺でも小坊主の中で書の腕前は割と上の方だった。自分の名前の文字を知った乃恵達は喜んでいた。
「ふう、世話の焼けるヤツだニャー」
通りまで出た恒興は遠くで順慶が楽しそうな声を挙げているのを聞いて、上手くいったなと安心した。せっかく犬山で暮らすのだから、鬱屈とした人質より爽楽な旅人で居ればいい。恒興はそう思う。
その恒興の前に加藤政盛がやって来て頭を下げた。
「お見事で御座います、殿」
「ん?政盛か」
「順慶君に豊かな生活環境と世の中の現状認識を備えさせる為に、敢えてあの様に厳しく接し為されたので御座いますな。この加藤弥三郎政盛、殿の御慧眼に感服するばかりで御座います!」
政盛は恒興の行いに賛辞を述べる。くどい程の言い回しで褒める政盛を恒興は訝しげに見る。そうそう、この男には言わなければならない事があったと、恒興は思い出した。
「……ニャに誤魔化してんだ、政盛ぃ?」
「ギクッ!?」
「ニャー言ったよな、お前に。犬山城主になった時に。『人柱は禁止』だと。お前に徹底させろと言ったよニャー」
「……」(汗)
「何で堂々と人柱やってんだニャ〜ん?」
「申し訳ありません!私の監督不行き届きでありましたーっ!」
実は犬山では人柱は法令で禁止している。池田恒興が犬山城主になって直ぐに決めた事で、当時は人手も少なかった事から加藤政盛が担当していたのだ。その事に気付いた政盛は必死になってゴマを擦りに来たのだが、生憎と恒興は忘れてなどいない。
「ま、今回はしゃーねえかニャ。ニャーの失策でもある」
「失策、ですか?」
恐ろしい顔の主君に政盛はどんな罰が下るやらと戦々恐々だったが、恒興は直ぐに怒りを解いた。今回は自分の失策だとあっさり認めたのだ。
「ああ、昔からやってきた事を明日から禁止しますで、言う事を聞かないヤツもいるって事だ。だからと言って、罰則ばかり強めても反感しか生まねーギャ。今回は良い事例になった」
人柱とはいえ、これは戦国の日常だ。明日から禁止します、だけでは従わない人間もいる筈だ。今回はそれが現れたのだ。あの村人達は恒興が人柱を禁止している事など知らぬかの様子だった。おそらく気にも止めていない。
だからといって、処罰をしても「昔からやっているのに何故だ!?」と反発されるだろう。では人柱を止めさせる為にはどうするか?今回はその答えになったと恒興は言う。
「石碑で代用する事ですか。よく、
その答えが『石碑を建てる』である。これが人柱の何百倍も効果があるとして、人柱など時代遅れだと宣伝する。そうする事で石碑を人柱の上位互換として扱い、人柱の儀式を無くしていく訳だ。
過去にこれと似た事をした人物が居たから、恒興もやってみようと思った。
「ニャーが一から考えた事じゃないんだ。前例のある話でニャ。平清盛だ」
「あの相国入道ですか」
「ああ、平清盛が福原港を造った時に同じ様な事案があってニャ。清盛はお経を書いた岩を代わりにして海に沈めたってヤツだ」
「成る程」
平清盛は日宋貿易を行う拠点として福原港を造った。しかし大工達が福原港の完成を祈願して人柱を立てるという。それを聞き付けた平清盛は福原港に行って、人柱を止める様に説得した。しかし大工達は一切言う事を聞かず、人柱を埋めると強硬に主張した。困り果てた平清盛は一計を案じ、岩にお経を書いて海に沈めたのである。これが人柱の代わりになると言って、大工達を宥めたという話だ。
平清盛の良い人エピソードの一つではあるのだが、おかしいと思う方も多数いる事だろう。それは『何故、平清盛の命令を大工は聞かないのか?』だと思う。いや、『太政大臣という実務権力の頂点に居る平清盛が大工に言う事を聞かせられないのか?』かも知れない。
それは大工という者達は遙か昔から非常に誇り高く、非常に面倒くさいからである。平清盛という権力者であっても、彼等の誇りをキズ付ける真似は出来ないのだ。どんな権力者も『家』に住む。『家』は大工が建てるものだ。では権力者が大工の誇りを蔑ろにしたら?一年後には潰れる細工が素人目には分からない様に施されるかも知れない。平清盛が大工達の誇りをキズ付けたら、福原港は機能しないくらいの欠陥を施されるかも知れない訳だ。だから平清盛という権力者であっても、大工には気を遣わなければならなかったのだ。
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この大工の誇り高さがよく表れたエピソードが後年の『方広寺鐘銘事件』である。この事件は徳川家康が豊臣家に対して難癖を付けた事で知られている。だが、その前段階として方広寺を建てた大工達が騒ぎ出したのだ。方広寺は広いのでたくさんの大工チームが仕事に従事したのが災いした。大工は自分が建てた建物を『芸術作品』だと思っている。その建物に自分の名前が入った高札が掛けられる事を誇りに感じていた訳だ。そこで「字が間違っている」「名前が違う」「私の札がアイツより下とか納得出来ん」などなど、苦情が噴出したのだ。そして彼等は五大老筆頭の徳川家康に激しく訴えたのだ。『どうする、家康?』という訳で悩んだ家康は「豊臣家と相談するからちょっと待って!」と日和った回答をした。
この『方広寺鐘銘事件』でもう一人、騒ぎ出した人物が居る。その人、曰く。
「天台宗より真言宗の方が上座ってどういう事なんですか?比叡山、舐めてるんですか?ちょっと責任者を呼んで貰えますぅ!!」
比叡山延暦寺 (天台宗)代表・南光坊天海僧正である。彼が方広寺落成式典の席順を巡ってバチクソに吼えていた。そして彼も五大老筆頭の徳川家康に激しく訴えたのだ。『どうする、家康?』という訳で悩んだ家康は「豊臣家と相談するからちょっと待って!頼むから!」と日和った回答をした。
だが、この僧侶の愚痴は止まらない。比叡山延暦寺がバカにされていると激しく怒っていたからだ。
「だいたいねー、この鐘銘、誰が考えたんですか?私は相談されてないんですよ。そういうところが、比叡山に対する敬意が足りてないんですよ、
そして鐘銘の意味 (難癖ポイント)に気付いてしまったという。
しかしこの『方広寺鐘銘事件』で徳川家康を悩ませた訴訟人達は全て『徳川家』の人々である。徳川家康なら『黙れ』の一言で終わらせると思えるだろうが、そうはいかない。平清盛と一緒で大工には気を遣わなければいけないし、宗教の面倒くささを今更解説しなくてもお理解りだろう。結局、関ヶ原の戦いに勝利して日の本最大の権力者となった徳川家康でも『どうする?』は続いて行くのである。
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こういう人柱は大工だけという訳ではない。海人でも航海中に海が荒れると海神に人を捧げる事があるらしい。昔の話ではあるが、これで海に捨てられた高句麗の使者がいるそうな。因みに後でバレて帝から罰せられた模様。
つまりは遙か昔から日の本には生贄文化が有り、それが今も人柱として続いているという事だ。
「信長様もニャーも人柱を立てろなんて言った事が無い。人柱をやりたがるのはいつも現場の人間なんだ。何故だか理解るか?」
「現場の者が人柱を立てたがる理由ですか?ううむ」
昔からあまり変わらないのだが、一番上の人間は人柱など望まない。平清盛は止める側であるし、帝もその行為に罰を与える。織田信長も命令した事は無いし、恒興だって無い。しかし現実に人柱は行われる。そう、人柱を行うのはいつも現場の判断なのである。その理由も恒興は知っている、迷信とかいう話だけではない事も。
「答えは『保証』だ。自分達は頑張ったという『保証』ニャんだよ。『自分達は人柱を立てる程に頑張った。だから造った物が壊れても自分達は悪くない、自分達を責めるな』っていうクソみたいな言い訳の為にやってんだ」
人柱とは『保証』である。品物の出来が悪くて壊れても制作者が怒られない為の『保証』なのだ。だから大工は人柱を立てたがる。彼等の相手はだいたい自然だからだ。人間の力が自然の力に勝つなど現代でもなかなか出来ない。だが、彼等は建造物が自然災害で破壊される事に言い訳を求めた。それが人柱なのである。
「世の中、誰かから責められるのを酷く嫌う人間が多数いる。そういうヤツラは責任を誰かのせいにして被害者になりたがるんだ。自分は悪くない、自分のせいじゃない、ってニャー。その被害者になれる『保証』が人柱だ。造った物が壊れたのは人柱が守らなかったんだ、人柱がダメだったんだ。ふん、正に『死人に口無し』だニャー」
「最悪ですね」
「人間は心弱い。何かに縋りたい生き物だ。だから工事人夫達は大工事になると人柱に縋りついている訳だ。それをこれからは別の物に縋らせる訳だニャー」
人は他人から責められる事には非常にストレスを感じる。事が大きければ大きい程、そのストレスは巨大になる。大きな建造物を造ればその巨大過ぎるストレスを受ける事になる。だからストレスから逃げる為に、人柱に縋り付いている状態なのである。
人柱には神が必ず関わる。今回なら『川の神』が橋を壊さない様にという建前だ。これは殺人を神に押し付けている訳だ。工事人夫達は殺人罪を神に押し付け、建造物の安否を人柱に押し付ける。
これが人柱の意味だ。工事人夫達が責められない為の『保証』なのである。恒興はこれ程、無意味な物はないとまで思う。だが、人は心弱い。人々は何かの『保証』に縋り付こうとする。だから恒興は人柱ではないものを用意して縋らせる事を考えたのだ。
「それが石碑、いえ『仏教』という訳ですね」
「そういう事だニャ。既に日の本の民の心の拠り所になってるんだ。ついでに人柱も背負って貰おうって魂胆だニャー。造った物が壊れても『法力の効果が切れた』で済むし、坊さんや石工にとっても良い仕事になる」
「たしかに新しい仕事も創出してますね。良いお考えかと」
仏教は既に日の本の隅々まで広がっていて、人々の心の支えにもなっている。だから強い勢力がある訳だが。ならば人柱の分まで支えになって貰おう、という事だ。例え、建造物が壊れても僧侶や石工を責める者など皆無だろう。それこそ「法力の効果が切れた」とでも方便を使えばいいのだ。
更には僧侶の新しい仕事になる。比叡山以外は大ダメージではないだろうが、油場銭の関係で被害があった寺の補填措置にもなる。また、石工にも新しい仕事になる。石工も大工の一部なので、儲ける為にも人柱から石碑に切り替えてくれるだろう。
「よし、政盛。信長様に報告するニャー。許可が出たら織田家中に触れて廻れ」
「はっ、直ちに」
「もう一つ、山岡殿に使者を。甲賀衆に依頼を出して噂をばら撒かせる。法令と噂話の両方で世情を動かすんだニャ。人柱なんざこの世から駆逐してやるニャー」
「はい、頑張りましょう、殿!」
恒興はこの石碑計画を織田信長に報告して認可を貰う様に指示する。信長も人柱が嫌いなので賛同して貰えるだろう。
そして人柱より石碑の方が優れていると広く人々に認知して貰う必要がある。法令だけだと恒興がやった様に無視されたり知らなかったりする訳だ。なので噂という形で甲賀衆に流言を実行して貰う。これで各地に石碑の優位性を認知させるのだ。その上で法令となれば、織田信長も新技術を取り入れたと納得される見込みとなる。
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池田恒興からの依頼を受けた瀬田城主の山岡景隆は甲賀の多羅尾光俊の屋敷に来ていた。彼は恒興からの依頼が面白い物だったので、光俊にも見せようと急いで来たのだ。山岡景隆から依頼の書面を見た多羅尾光俊は思わず笑いが溢れる。
「ふふふ、これは面白い」
「でしょう、多羅尾殿。池田殿は我々に『法力』を見せてくださるそうですよ」
「『法力』か。エセ坊主共の言う摩訶不思議な『法力』など、この世に無い事くらいは理解っている。なのに僧侶ならぬ上野殿が『本物の法力』を見せてくれるというのか。しかも世の中を変えてしまう程の。面白くて堪らないな」
多羅尾光俊も山岡景隆も物臭な僧侶達がよく口にする『法力』は存在しない事くらいは知っている。だいたい彼等は『法力』が何を表しているかも知らず、さも天変地異の様な摩訶不思議な力の様に言うのだ。これで信心深い人々を脅す訳だ。
法力とは『仏法の力』、仏法で世の人々を救う力と定義すべきものだ。この定義において池田恒興の行いは正に『法力』となる。
「甲賀衆が得意とする『流言飛語』をこの様な形で使うとは。池田殿は甲賀衆の価値をよくご存知の様ですね」
「まったくだ。これでこそ織田家に付いた甲斐があるというものだ。里の者達も張り切って噂を流すだろう。世の中の常識を変える程の人助けになって、更に仕事の報酬が得られるのだからな。早速、取り掛かろう」
『流言飛語』は甲賀衆の十八番である。何しろ、周辺各地に甲賀衆は出稼ぎついでに潜んでおり、様々な組織に甲賀衆が居る。甲賀衆が経営する商家も最近に楽市楽座へ出店したくらいだ。こういう者達が仕事の合間の世間話で噂を拡散させるのである。
多羅尾光俊は甲賀衆の者達も喜んでやるだろうと予測する。人助けになって報酬が貰えるのだから、こんなに良い仕事はなかなかにないものだ。早速、取り掛かると光俊は依頼を引き受けた。
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近江国長浜。
現在、急ピッチで長浜城造成が進んでいる。その様子を木下秀吉改め『羽柴藤吉郎秀吉』は義弟の浅野長吉と共に監督していた。そこに実弟の木下長秀改め『羽柴小一郎長秀』が報告に来る。
「おーい、兄者。池田様からお触れが廻ってきたぞ」
「どんな内容なんだ?」
「人柱の禁止と、それに代わって石碑を建立を推奨の事。だってよ。信長様の承認付きだ」
池田恒興から廻ってきた連絡は人柱の禁止と、それに代わって石碑を建立を推奨するものだった。これには織田信長が既に承認しており、織田家の各所に報せられている最中だ。
「ふーん」
「興味無さそうだな、兄者」
「人柱なんて無意味なもん、やりたがるヤツの気が知れんと思うだけさ」
それを聞いても羽柴秀吉はあまり興味を示さなかった。彼にしてみれば、人柱など何の為にやっているのか理解すら出来ない。しかし、農村で人柱の儀式の邪魔をすると最悪、殺される事くらいは知っている。だから彼は極力関わらない様にしていた。
「そういえば義兄上、築城大工達が工事祈願に『長浜一の美女』を人柱にするとか言ってましたよ。そろそろ到着するかも」
「なぁにぃ!?直ぐに止めさせろ!」
浅野長吉が築城大工達から聞いた話を秀吉に伝える。長浜城の大工達も今まさに人柱の儀式をやろうとしていたのだ。それを聞いた秀吉は怒った顔で儀式の中止を宣言した。
「おお、兄者も池田様と同じ考えに至ったのか!」
「流石です、義兄上!」
秀吉が人柱の儀式に怒りを示した事で、小一郎と長吉は秀吉が池田恒興と同じ思考をしていると喜んだ。自分達の兄は池田恒興の域に達したのだと。しかし秀吉の口から出て来た言葉は彼等の予想外のものだった。
「俺はまだ長浜一の美女に会ってないんだぞ!俺の心臓がズゥキュゥゥゥンとくる様な美人だったらどうしてくれるんだよ!勿体無いだろ!」
「……何故だ!?兄者と池田様は同じ結論なのに、次元が違う気がする!圧倒的に!」
「本当に何故なんでしょうね……」
結論は同じなのに方向性はかなり違う事に二人はゲンナリしてしまった。
その後の顛末を少し。秀吉は人柱の儀式を止めて、人柱として選ばれた『おかね』という女性と面会した。たしかに彼女は美人ではあったが身分高い女性が好みの秀吉にはズゥキュゥゥゥンとは来なかった様だ。しかし彼女は人柱になるに際して金銭が支払われており、既に帰る場所は無かった。困った秀吉は小一郎に相談したところ、「家の女房衆 (正妻・寧々の部下)として雇えばいい」と提案されたので受け入れた。
恒興の前世において、長浜城北側にあった『おかね堀』は今世では消滅する事になった。
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【あとがき】
順慶くんの使用人一家
父・源二郎 38歳 性格・優しい スキル・日曜大工が得意
母・ヨネ (米) 35歳 性格・優しい スキル・家事全般をマスター
娘・のえ (乃恵) 13歳 性格・やや引っ込み思案で言い出せない時もあるが覚悟を決めたらスゴイ スキル・家事全般をそれなりに
娘2・のの (乃々) 7歳 性格・キッパリしていて要らない物を要るとか言わない。押し売りは秒で追い返すタイプ スキル・行動力
のえさんとののちゃんはこの話以降は乃恵さんと乃々ちゃんで行きます。平仮名は読みにくいので。
次回より外伝の関東戦国を書きますが、一回の投稿で終わらせる予定ですニャー。まだ7、8話くらいの量になりそうで震えてますニャー。
何故、一回の投稿かと言うと、恒興くんが一切登場しないからです。べくのすけはユーチューブで漫画小説批評動画をよく見てますニャー。その一つにかなり辛口批評する動画があるのです。でも言ってる事は的確で好みです。その方は吐き過ぎて心配になる感じの動画主さんですニャー。その動画である面白いweb漫画が打ち切りになった理由を語っていました。その中に『一ヶ月に渡り、モブキャラの外伝をやっていた』がありました。動画主さんは外伝も面白かったが、主人公が出ていないという事は話が1mmも進んでない事になる。一ヶ月も話が停滞した事でweb閲覧数が伸びなくなったのではないか、と分析されてましたニャー。
これにべくのすけは成る程と思いました。この小説における関東戦国も該当していると感じたのですニャー。しかし始めた以上、終わらせなければなりません。なので一回の投稿で終わりまで書きたいと思いますニャー。
そしてウイポ10。9の22定番の草刈場だった香港まで勝ち辛い状況。欧州などもっと勝てない。かと思いきやオーストラリアは何故か弱い、行けば勝てるくらいに。べくのすけは新たな草刈場オーストラリアでG1を稼ぐのであった。
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