人柱は突然に

 池田邸 池田恒興の部屋。

 恒興は出掛ける支度をしていた。とはいっても、服装を整えて、刀を腰に差しておくくらいだ。殿様らしく見えればいいのだ。

 そこに池田家正室の美代と側室の藤が恒興の部屋に来る。特に呼んではいないのに何の用事だろう、と恒興は思う。


「旦那様に話があるんや」


「順慶さんの事なんですけど」


「順慶の事って、ニャんだ?」


 二人の用事は犬山で保護している筒井順慶の事らしい。そういえば恒興が帰ってからも忙しくて、顔を合わせてなかったな、と恒興は思い出した。


「ウチら、順慶はんの食事を作っとるんやけどな」


「実はお皿やお盆が返って来なくて困っているんですよ」


 二人の訴えはこうだ。筒井順慶は池田邸の近くに滞在している。だが彼は料理が出来ない (と思われる)為、毎日の食事は池田邸から持って行っている。それは恒興の指示通りでもあるので問題は無い。二人が言う問題は『順慶が持って行ったお皿やお盆が帰って来ない』である。


「そんなの言ったらいいじゃニャいか」


「ほほう、ウチらに男性の家を訪ねさせて、あまつさえお大名様に何か言うてこい、と?出来ると思うとるんか?」


「出来ると思うのなら、豆腐ぶつけて頭を冷やして差し上げますけど?」


「はい、ニャーが言って来ます」


 そんなの言えばいいじゃん、と思う恒興だが、順慶はれっきとした大名なので憚られる様だ。結局、この件は恒興が行くしかない。あと美代は怒ると物を投げる癖があるので止めて欲しいと願う恒興だった。

 恒興は出掛けるまでに少し時間があるので順慶に会いに行く事にした。とはいえ、順慶宅は殆ど真向かいだから大した距離ではない。恒興は池田邸から出て順慶宅に向かうと、直ぐに見知った男に出会う。大和国筒井家から池田家に出向という形で家臣入りした島左近丞さこんのじょう清興である。もう一人、松倉右近丞うこんのじょう重信という男もいる。


「おお、左近。久し振りだニャー。何処か行くのか?」


「いえ、帰ってきたとこです。右近の奴と順慶様の身の回りの品物を調達してきたんですよ」


「大変だニャー、お前達も。何を買ってきたんだ?」


「私は調味料を。味噌とか醤油、塩などをいろいろと。右近は薪の調達に行きました」


 島左近と松倉右近は筒井順慶の身の回りの品々を調達しているらしい。二人は順慶の雑用として度々、使われている様だ。恒興は「順慶に使用人を付けるの忘れてたニャー」と反省した。しかし左近は大して気にする様子もない。順慶も主君には違いないからだろう。


「ニャるほど。じゃあ、ニャーも順慶の所に行くか」


「何かご用事で?」


「ああ、ちょっとニャ」


 恒興は丁度良いので左近と一緒に順慶宅に向かった。塀で仕切られた屋敷の門をくぐって中に入る。すると屋敷の壁に丸太を押し付ける二人の男が見える。一人は島左近の同僚、松倉右近である。もう一人は件の筒井順慶、その人だ。


「おい、アレはニャんだ?」


「私に言われましても、えーと」


 謎の儀式でもやっているのか?という場面だが、どうやら屋敷の外壁にある風呂の釜戸に丸太を入れようとしているらしい。何れにせよ、謎の行動だが。

 戦国時代の風呂は蒸風呂が主流である。なので現代の様に肩まで浸かる様な風呂は無かったとまで言われており、大名家の居城であってもサウナの様な蒸風呂しかなかったという。なので武士同士の裸の付き合いと言えば、一緒にサウナに入って談笑する事である。一応、湯船もあるのたが、これは汗を流す為の掛け湯用となっている。

 しかし現代人からの転生である筒井順慶は蒸風呂は好かず、肩まで浸かれる風呂を大谷休伯に要求。結果、出来上がったのが外焚き式の『釜風呂』である。


「おい!右近、何をやっている!?」


「おお、左近、帰ったか。ちょっと手伝ってくれー!」


「何を手伝えと言うんだ、コレか?コレなのか?」


「いやー、薪が重くてさ。なかなか釜戸に入らなくて」


 この釜風呂に薪を入れるべく、筒井順慶と松倉右近は奮闘しているのだ。右近は順慶を気持ち良く風呂に入って貰おうと頑張っているのだ。どこもおかしな行動は無い筈なのに、島左近の表情は非常に冷たい。


「私には『薪』じゃなくて『丸太』にしか見えんのだが?私はお前に『薪』を買ってこいって言ったよな」


 島左近も行動の理由は理解っている。問題は釜戸に入れようとしているのが『薪』というサイズではなく『丸太』と呼ぶべきサイズだからだ。島左近は松倉右近に『薪』を買ってくるようにと言った。それが何故『丸太』になっているんだと問いたいのだ。


「だから大き目の薪を。大は小を兼ねるって言うだろ?」


「薪の大は丸太じゃない!お前は薪を買った事がないのか!?」


「えー、だってー、そんなの使用人がやってたしー。丸太で買った方がお得っぽかったしー」


「くそっ!お坊っちゃんめ!」


 松倉右近の実家は大和国で5000石を数える程の大豪族で、筒井家の中でも重臣格てある。その為か、松倉右近自身は結構なお坊っちゃんであり、買い物など使用人に任せ切りだった。だから『薪』を『丸太』で買えば早いくらいの考えしかない。『丸太』を『薪』にするまで切り分けるのに、どれくらいの労力が必要か理解していないのだ。

 実家が100石程度しかない小豪族出身の島左近は「お坊っちゃん」と吐き捨てた。


「順慶、お前まで何をしてんだニャー」


「いやあ、お風呂に入りたいんだけど薪が無くてさ。右近に買ってきて貰ったから」


「アホかっ!!こんなもん燃やしたら屋敷ごと燃えるニャー!!」


 どうやら順慶はこの丸太を燃やす気だったらしい。釜戸に入らない丸太を燃やされたら、屋敷ごと燃える可能性が高い。こんな場所で火災を起こされては堪らんと言わんばかりに恒興は怒声を挙げる。


「殿、順慶様に何か用事があったのでは?」


「そうだった。順慶、ニャーの家の皿を返せ。池田家女性連合の怒りがニャーに向かってくるから」


「それなら台所にあるよ」


 島左近に促されて、恒興は用事を思い出す。池田家女性陣からお皿を返して貰うように要請されていたのだ。

 順慶は事も無げに台所にあると言う。恒興は台所に仕舞ってあるのかと思い、屋敷の引戸を開ける。屋敷の構造的にここが台所の筈だ。しかし、そこで恒興が見た物は想像を超える物だった。


「台所ってここか?……ニャんだ、これ」


 そこには所狭しと物が置いて、いや台所を埋め尽くしている。お盆にお椀とお皿が乗って、その上にお盆とお椀とお皿が乗って、その上にお盆とお椀とお皿が乗って、その上にお盆とお椀とお皿が乗って、……以下、延々と続く。つまり順慶は食事を頂いて、そのまま食器をお盆ごと重ねていったのだ。しかも洗ってない。腐った臭いが充満し、虫がブンブンと飛び回り、カビがチラホラ見える。


「この皿、全部洗ってねーじゃんよ。カビが生えてるニャー」


「いやあ、水が無いから洗えなくて」


「水くらい井戸から汲んでこいニャー」


 戦国時代に水道などという利器は存在しない。台所横には井戸がだいたいあるので、ここから水を汲み上げるのだ。なので朝の仕事に『一日に使う水を瓶に貯める』というものが存在する。もちろん池田家でもやっている。


「あれ、大変だよね。疲れるから、なるべくしない様にしてるんだ」


「はっ倒すぞ、テメエ。はっ、部屋はどうやってんだニャー!?」


 水汲みも面倒くさがる順慶を殴りたい恒興だったが何とか堪えた。とりあえず台所の引戸は閉めておいた。虫がブンブンと五月蝿いから。

 恒興は部屋もこんな状態になっているのかと、襖戸を開けて部屋に上がり込む。


「お?おおお、何だこりゃ!?これは『襖絵ふすまえ』かニャ!」


「興福寺で学んだからさ。勉強より絵画の方が面白くて。竹林の絵だけどどうかな?」


「いいニャー、竹の青々しさが眩しいくらいだ」


 そこにあったのは一枚の襖絵。竹林の風景を襖戸に描いた物だった。筒井順慶は勉強よりも絵画の方が好きだった様で、犬山での暇を利用して襖絵を描いていたのだ。

 リアルに写実された竹の青さは、恒興ですら惹き込まれるものがあった。


「出来たら恒興くんにあげるよ」


「おお、それは楽しみだニャー。ま、それはそうと部屋が散らかり過ぎだニャー。片付けろよ」


「いや、何が何処にあるかは把握してるから」


「そういう事言ってんじゃねーギャ。この有様じゃ布団も敷けないだろって事だニャー」


「大丈夫、もう敷いてあるから」


「万年床になってるじゃねーか!ふざけんニャー!」


 襖絵を制作しているからか、順慶の部屋はかなり物が散乱していた。これでは布団も敷けないという恒興に、順慶は襖戸を開けて隣の部屋を見せる。その部屋も物が散乱しているのだが、中央に人が入っていた形跡の残る布団が敷かれていた。誰がどー見ても布団を使ってそのままにした『万年床』の状態だ。人間は睡眠中でも発汗しているので、床と接地していると水分が溜まってしまう。そのため、布団は床から離さないとカビが繁殖する恐れがある訳だ。


「殿、そろそろ出ませんと」


「おお、政盛か。もうそんな時間だったかニャ」


 恒興が怒っていると加藤政盛が現れた。どうやら出掛ける時間が来た様だ。


「あれ?恒興くん、どっか行くの?」


「ああ、村の視察だ。川に橋を掛けたって事で検分も兼ねてニャ。ま、接待されに行くんだ」


 恒興は川に橋を掛けたと申し出た村に検分を名目に行く事にした。その村は比較的新しく池田家の領地となった村で、恒興の歓心を買う為に橋を掛けた様だ。まあ、恒興としても物流促進政策を採っているので、橋を掛けたのなら優遇措置を取ってやろうと考えている。


「接待……俺も行きたい!」


「は?ニャんで?」


「美味しいものが出るんでしょ!」


「いや、大したものは出ないニャ」


「楽しみだなー。ま、気分転換もしたいしねー」


「既にニャーの話を聞いちゃいねーな」


「いつも通りの順慶様かと」


 接待と聞いて順慶は同行を申し出る。一ヶ月くらい犬山の屋敷に引き籠もっているので、他の場所に行って気分転換したいらしい。

 恒興にとっては民政の一環で、支配者としての顔見せも兼ねている。比較的新しく領地となった村なので何れは視察に行こうと思っていた。橋が出来たというのは良い名目となった訳だ。

 恒興は加藤政盛、筒井順慶と親衛隊員5名を伴い、村に出発した。何事もなく村の前まで辿り着く。そこでは年老いた村長と数人の村人が出迎えた。まずは出来上がった橋を見てもらおうと案内される。村長の説明やら橋の検分やらで時間が掛かっていた。


「ふむ、なかなか頑丈に造ってある様だニャー」


 村の前に幅2〜3m程の川があり、この川が村と犬山への道を塞いでいた。そのため川に橋を掛けて、犬山との道を拓いたのである。恒興もざっと見たが、しっかりと造られているし、川の水量もそこまで多くないので長持ちしそうだと見た。

 時間は夕暮れ時に入りそうだったので、恒興一行は村長の家に行く事にした。そこで接待されて一泊してから帰る予定である。しかし時間を掛け過ぎたせいか順慶が居なくなっているのに気付いた。恒興は加藤政盛に順慶の行方を聞く。


「そういえば政盛、順慶は何処に行ったんだニャー?」


「周辺の景色を見てくると仰せでした。何でも絵画の参考にするのだとか」


「勝手に動き回るなって、帰ってきたら言わなきゃニャー。お前もあまり気を抜くニャよ」


 恒興は仕方のないヤツだと思いつつ、加藤政盛にも気を抜くなと警告する。どうも池田家中全員が筒井順慶に対して気を抜いている感じがする。本人の性格もあるんだろうが。


「え?気ですか?」


「お前、順慶が大名だって忘れてニャいか?アレがケガでもしたら、お前らの首が全部吹っ飛ぶぞ」


「き、気を付けます」


 そう、筒井順慶はれっきとした大名である。犬山滞在中に大怪我でもしようものなら、恒興は土下座、家臣は斬首、これが有り得るのだ。大袈裟には言っているが、恒興は気を抜くなと言いたいのだ。加藤政盛は顔を青くして返事した。


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 一方の大自然を満喫中の順慶。彼は誰に話し掛けているのか、演説をしているかの様に喋っていた。


「手付かずの自然、雄大な景色、アスファルトも金属製品も無い世界。現代社会が失ってしまった美しさがここに在ると言っても過言ではない。そう、ここは大自然の真っ只中なのだよ、諸君!」


 両手を広げ、空を仰ぎ、大自然を見渡すかの様に順慶は喋る。さながら、大聴衆を前にして演説する政治家の様に。


「どうだ?羨ましいかね?現代人がなかなかお目に掛かれない大自然がここにあるのだ!空も!川も!森の木々も!大地も!人の手が一切入っていないという、この贅沢!」


 誰も居ない筈の空間に向かって問い掛ける順慶。人の手付かずの大自然がここにあると居ない筈の聴衆に自慢する。彼は気がふれた訳ではない。


「そう、人の手が一切入っていない!だからこそ!ここに底無し沼がある事も自然なのだ!……って言うか、誰か助けてー!もう腰の辺りまで沈んでるんだよー!恒興くーん、政盛さーん、親衛隊の皆さーん!」


 実は大自然のトラップ、『底無し沼』に嵌っていた。先程までの演説は自分を落ち着かせる為に、自分は聴衆 (妄想)より良い場所にいるのだと納得させたかったのだ。まあ、それで事態が好転する訳ではない。いよいよ腰の辺りまで沈んだ順慶は叫び散らして助けを呼んだ。


「じー」


「あ、そこの彼女!お暇ですか!?ちょっと助けてくれませんか!」


 順慶はちょうど木陰からこちらをじっと見ている少女を発見した。年の頃は13、4くらいか。順慶は藁にも縋る思いで少女に助けを求めるが、少女は見ているだけで微動だにしない。


「誰ですか、貴方?」


「いや、誰って。ただの、善良な、通りすがりの、底なし沼に嵌まった、筒井順慶くんですー!」


「知らない人ですね。さよなら」


 少女が動かない理由など簡単だ。村外の余所者を助けようとは思わないだけだ。これも村社会の弊害というヤツで、少女も「余所者を助けるな」と親や大人から教育されているからだ。


「いや、そりゃそーだよ!恒興くんとか池田家の皆さんと一緒に来たばかりだからー!」


「え?池田のお殿様の関係者なんですか?何でそれを早く言わないんですか!ちょっと待ってて下さい!」


 少女も池田恒興が今日、村に視察に来る事は知っていた。村の未来を左右する大人物の来訪だ。村人達は村長から粗相の無い様にと言われていた。

 少女は順慶が池田恒興の関係者だと知ると、急いで森の中に消えた。きっと助けを呼びに行ってくれたのかな、と思ったら割と早く戻って来た。


「これに掴まって下さい」


 少女はロープの様な物を投げ入れた。順慶はそのロープを掴むと正体を理解した。日の本の雑草の代表格『くず』である。その根は生薬となり、その蔓は葛衣という繊維になれる程に頑健。葛の蔓を三本も投げ入れれば人間一人くらい引き上げれるだろう。

 少女は順慶が蔓を掴んで腕に巻き付けるのを確認すると、蔓を木の幹に巻き付けた。それが終わると、杖になりそうな木の折れた枝に蔓を巻き付ける。そして枝を思い切り回し始める。


「こんのおおぉぉぉ!」


「おおお!?めっちゃ引っ張られてる!?」


 少女は木の枝に器用に蔓を巻き付けていた。『巻き上げ』の要領である。程なくして、身体が堅い地面まで引っ張られた順慶は匍匐前進で底無し沼から脱出した。


「ふい〜。ありがとう〜。死ぬかと思った〜」


「はあはあ。土地勘の無い人がこんな所に来ちゃダメですよ。戻って下さい」


「命の恩人に、じゃあサヨナラとはいかないよ」


「いえ、お構いなく。私は山菜を採りに来ただけですから」


 少女は山菜を採りに来て、順慶を発見したようだ。戻れと言う少女だが、順慶は受けた恩は少しでも返さねばと思うのだ。順慶は早速、周りを見渡すと茶色のキノコが群生しているのを発見する。


「山菜かー。おっ、このキノコはどう?結構、生えてるけど」


「それ、ワライタケです。最悪の場合、死にますよ」


「うげっ」


 日の本の毒キノコ代表格といえばコイツ、オオワライタケである。見た目は食べれそうなので、騙される被害者は多数である。順慶は毒キノコと聞いて後ずさる。しかし、今度は赤い野菜の様な植物を見付ける。


「こ、こっちのはどうかな?赤くて自己主張激しいけど」


「それはカエンタケです。確実に死にますよ」


「うえっ……」


 日の本の毒キノコ最強格と言えばカエンタケである。赤い植物の芽の様に生えている毒キノコで、ベニナギナタタケと間違われて食べられる事があるらしい。江戸時代のキノコ図鑑に『大毒』と書かれる程で致死量は僅か3gという。


「もういいですから、邪魔はしないで下さい。あと、そこに底無し沼がありますよ」


「何でこんなに底無し沼が!?」


「人の手が入ってない場所なんて、そんなものですよ。土地勘が無いのに道から外れるなんて、自殺行為です。私の後ろを付いてきて下さい」


 開発されていない土地はこんな物である。日の本は温暖湿潤気候で雨が多い。しかし水捌けの悪い土地が多く、過度に水を溜め込む土地がたくさん存在する。それが勝手に底無し沼化するのである。少女は完全に土地勘がある様で、底無し沼の場所も把握していた。


「あ、そういえば名前を聞いてなかったっけ。俺は筒井順慶。君は?」


「『のえ』です。この村の農民です」


「のえさんかー。それで、どんな山菜が採れるんだい?」


「ここに有りますよ。これが『ゼンマイ』」


 のえと名乗った少女はしゃがみ込んで、地面に生えている草を一摘みで刈り取る。その手にはくるくると丸く巻いた芽をしている草があった。

 山菜としては現代でも好まれているのが『ゼンマイ』。その姿がゼンマイ鋼に似ているから、この名前になったという。しかし語源は『千巻き』『銭巻き』にあるらしく、いつから『ゼンマイ』なのか判っていない。


「あとは『ツクシ』ですね。『ウド』や『タラの芽』があれば良かったんですが」


 春と言えば『土筆つくし』だろう。何処にでも生えてくる。

 あとは山菜の王様として名前が挙がるのがウドの苗木とタラの新芽である。こちらは昔から人気が高いので残っていない様だ。


「よーし、ツクシなら任しといて!」


「だから動き回らないで下さい!そっちに底無し沼が有りますから!」


「またぁ!?」


 順慶も土筆ならいくらでも見た事がある。張り切って採るぞと意気込んだが、またしても底無し沼が有ると注意を受ける。とりあえず順慶は安全と理解っている場所で土筆、ゼンマイ苅りに勤しんだ。

 そして陽は暮れて黄昏時となってきた。


「順慶さん、そろそろ帰らないと池田のお殿様が心配しますよ」


「そりゃそうか。えーと、行く場所はアレ?」


「ええ、あそこに見える大きな家が村長の家です。池田のお殿様もそこに泊まる筈です」


 順慶は村の中で一際大きい家を指差す。正解だった様で、のえも頷いて村長の家だと答える。


「そっかぁ。みんな、あの家に居るのか。じゃ、俺も帰るよ。のえさん、ありがとう」


「いえ、この程度でよろしければ」


「もし、良かったらさ、明日も案内してくれないかな?」


「それは……出来ません」


 順慶は明日の案内をのえに頼むが、彼女は一瞬の逡巡の後に断った。一応、初対面な訳でしょうがないかと順慶は照れ隠しに後ろ頭を掻く。


「あー、用事があった?」


「いえ、そういう意味ではなく。……あっ」


 その時、一人の男が二人の所に来た。順慶はまったく知らないが、のえの方は知っている様な反応だ。なら村の人かと順慶は思った。


「のえ、ここに居たのか。ん?誰だ、ソイツは?」


「池田のお殿様のお連れ様ですよ」


「そうか。のえ、覚悟は出来たか?」


「はい。コレを両親に渡して下さい。今日採れた山菜です」


「分かった。必ず渡す」


 やはり男は村人でのえを迎えに来た様だ。しかし話から男は親ではないし、家に帰らせに来た訳ではない様だ。なら、のえはこの男と何処かに行くのだろうか?順慶は猛烈に嫌な予感がしてきた。


「ごめんなさい、順慶さん」


「え?」


「私、今夜、『人柱』になるんです」


「……え?」


 のえは言う。私は今から『人柱』になるのだと。その顔には何の表情もない。ただ、これが運命であると受け入れた人の清々しい顔であった。その表情は『諦めの境地』にあり、順慶を呆然とさせた。


「だから明日の案内は他の人に頼んで下さい」


「行くぞ、のえ」


「はい」


「……えー……」


 順慶は現代人の転生であり、転生前は中学二年生だった。そんな彼でも『人柱』の意味は知っている。TVの特番で見た事があるのだ。「徹底調査!大正や昭和のダムに人柱は埋められたのか!?」という感じの眉唾ものの番組を。ダム工事で死んだ人をセメントに混ぜてダムに埋めて死体遺棄したのでは?みたいな番組だ。そんな事をしたら人の遺体は白骨化してダムに空洞が出来るぞとか、それは人柱とは言わんとか、ツッコミどころが満載だが。

 なので順慶は『人柱』の意味は理解っていた。これから、のえは、埋められる、のだと。


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【あとがき】


三話構成の一話目ですニャー。

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