池田家親衛隊の激闘

 よく晴れた暖かい日。川魚が入った2つの桶を天秤棒で担ぐ男はいつもの場所で魚を売ろうと禁裏に向かった。男は川魚を獲ってはいろいろな場所で商う商人未満の魚売りだ。魚が売れる場所をローテーションして回っており、禁裏外周に来るのは一週間ぶりくらいか。禁裏外周は割と人が居て魚もよく売れるのだ。今日はどれくらい売れるかな?とウキウキして禁裏外周に行った魚売りだが、その場所の風景は一変していた。見渡す限り黒、黒、黒。何もかも黒い鎧を身に着けた侍ばかりが居るのだ。流石に魚売りも「魚を買いに来た客じゃねえ」って事は理解した。


「な、何だ、アンタらは」


「ここは帝がおわす禁裏の外周である。何用だ?」


「オラはいつもここで魚を商ってるんだ。週一くらいで」


「禁裏外周で魚を売るな。出ていけ」


 黒い鎧の侍の一人が魚売りに気付いて声を掛ける。そして魚を売りに来たと話す男に退出を命じる。


「お、横暴だぞ!何様のつもりなんだ!」


「現在、帝の命令により許可の無い者は禁裏外周に入る事は出来ん。魚なら別の場所で売れ」


「アンタら、織田家の兵士だろ。こんな横暴でいいのか!?オラが番所に訴えればどうなるか……」


 魚売りはこの侍達が織田家の兵士だと気付いた。なので脅しを掛ける。何しろ織田家の兵士は京の都で暴虐を働けば死罪であると広く周知されている。だから自分が訴えたらアンタらは死罪だぞ、と脅してみたのだ。

 しかし侍からの返答は殺気のみだった。彼等にはその布告は通用しないものなのだ。


「我々は織田家の親衛部隊で、現在は帝の特命を受けた織田信長様により命じられ動いている。一度の警告の後、従わぬ者は斬り捨てて良いと言われている」


「ひぃっ!?」


「警告しているうちに立ち去れ。次は『無い』」


「ひえぇ、お助けぇ〜」


 この黒い鎧の侍達の正体は『池田家親衛隊』。池田恒興自慢の武力偏重集団で、全員が日々武芸を磨いている。侍としての仕事は一切しておらず、武芸以外に使えるものは無い。織田信長が創設した当初からそうなのだが、恒興が引き継いでからも親衛隊のやり方を全く変えなかった。そんな武芸ばかり日夜磨いている侍の殺気を当てられて、一般人の魚売りが耐えられる訳がない。天秤棒を担いだ魚売りは踵を返すと一目散に逃げて行った。

 侍がやれやれと思いながら振り返ると、今度は顔を白塗りしてお歯黒もしている公家らしき男性が居た。


「あれれ~。魚売りが行ってしまったでおじゃる」


 公家の男はどうやら魚を買いに来たらしい。親衛隊の侍は努めて丁寧に、しかし語気は少し強目に注意する。


「申し訳御座いませんが、魚は別の場所で買って頂けますか!?ここは禁裏外周・・・・ですので!」


「ひぃっ!?わ、理解っているでおじゃるよ〜。おー、くわばらくわばら」


 少し殺気も漏れてしまった様で、公家の男は恐縮する。そして、その場をそそくさと後にした。

『くわばらくわばら』とはまじないの言葉だ。意味は自分に不幸が来ません様にと、つまり厄除けだ。私は厄なのか!と侍は言いたかったが我慢した。公家相手に騒ぎを起こしても主である恒興や信長の迷惑にしかならない。

 その様子を心配したこの部隊の長、可児六郎左衛門秀行が部下である侍に声を掛ける。


「何かあったのか」


「副隊長、何事もありません。魚売りを追い返したところです。昨日は草鞋わらじ売り、一昨日はみの屋にかつら屋に笠売りと。禁裏外周は市場か何かですか」


「禁裏外周を取り締まる警備兵は朝廷が財政難になり給料未払いで逃げたそうだ。応仁の乱あたりの話らしいがな」


「つまり100年近く、この体たらくと。度し難いですな」


「だが気を抜くなよ。ここからが本番だからな」


「柘植衆から報告のあった悪僧の一団ですな。お任せくだされ」


 既に比叡山の悪僧達が京の都に向かっている事は池田家諜報部隊である柘植衆により報されていた。池田家親衛隊の侍達はここからが本番だと気合を入れ直した。


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 京の都に白頭巾と武者鎧を着用し、薙刀や砕棒を持った武装集団が現れた。その集団は総勢2000人程にもなる。彼等は別れて3方向から京の都に入る。その先頭には神輿を担いだ厳つい僧兵達が周りの人々を脅しながら突き進む。


「退け退けえーい!神輿の邪魔をするな!踏み潰すぞっ!!」


 京の都の人々はたちまち大混乱する。人々は僧兵達に轢き殺されない様に道の隅に避けるので精一杯だ。神輿の進行方向にいれば、僧兵達は「仏罰だ」と言いながら容赦無く人を踏み潰すし、神輿を止めれば死ぬまで袋叩きにされる。都人は道の隅に逃げて通り過ぎるのを待つしかない。

 神輿を担ぎ威勢良く周りを脅す僧兵達の後を大勢の僧兵達が追う。この僧兵の一団の先頭は神輿なのである。神を祭る神輿は彼等の大義名分であり、進路を決める目印でもある。つまり神輿を担いでいる僧兵達が強訴の『首魁』であると言える。悪僧達のリーダー格である。


「この先が禁裏だ。乗り込むぞっ!」


「「「おう!」」」


 僧兵達は京の都を突き進み、ついに禁裏外周まで躍り出る。しかし神輿を担いだ先頭集団が見た光景はそれまでの京の都と全く違うものだった。何しろ、そこに居たのは都人ではなく、真っ黒な鎧具足を身に着けた完全武装の侍集団であった。


「な、なんじゃあ、コイツラ」


 既に抜刀している漆黒の侍が一人、神輿を担いだ僧兵に近付く。そして刀の切っ先を向けて宣言する。


「ここは帝がおわす禁裏外周である。許可の無い者が立ち入る事、まかりならん。出ていけ」


「何だとぅ!?我々を叡山の僧兵と知っての狼藉か!?」


「知らぬ。だが何人であろうが許可の無い者は立ち去れ」


 黒い鎧の侍の言葉には取り付く島もない。しかし、これで退いていては比叡山僧兵の名折れである。彼等の中でも一際、身体の大きな僧兵が前に進み出て大声を挙げる。


「うぬぅ、仏をも恐れぬ不信徳者めっ!そこになおれ!この孝楸院岩巍坊が打ち据えてくれ……あれ?」


「やかましい」


 孝楸院岩巍坊と名乗る僧兵が脅かす様に薙刀を見せ付ける。だが、そんな脅しを意に介す事無く、侍は刀を恐ろしい速さで振り下ろす。孝楸院岩巍坊とやらは何も感じなかったが、薙刀の持ち手の部分がカラーンと地面に落ちたのは理解る。自分の手には薙刀の刃の部分しか残っていない。


「あ、あれー?ワシの薙刀が真っ二つなんだけどー?あれー?」


 孝楸院岩巍坊とか言っていた僧兵は困惑する。何しろ彼が持っていた薙刀の持ち手は樫の木で出来ていた。それを両断してしまう侍の技量とはどれくらいなのか。

 誤解覚悟で言うが、『日本刀の刃は斬れない』。何かの物が勝手に斬れた、みたいな逸話はよくある。特別に誂えた名刀ならそういう事もあるかも知れない。しかし基本的に日本刀とは『刃』で斬るものではなく『技』で斬るものだからだ。人の技量次第で斬れる物が変わるのだ。

 だから素人が刀を振り回しても人を両断するなど不可能だ。ケガはするが。それと同じ様に素人では藁束を斬る事も出来ない。打撃を加えるしか出来ない訳だ。

 だから織田家の傭兵募集の時には藁束を斬らせる試験がある。大抵の者はここで選別される。刀は使えるのか、筋力はあるのか。どんなに武芸自慢をする者でもこの試験で化けの皮が剥がれる。武芸を正式に学んでいないと藁束をホームランするだけで終わるからだ。

 武田勝頼と真田昌幸が織田家の傭兵になって、直ぐに部隊長になっていた理由でもある。武田家で正式な武芸を学んでいた二人は藁束を斬れと言われて、事も無げに両断して見せたからだ。その時は傭兵部隊で「本物の逸材が現れた」と大評判だったらしい。

 その藁束ですら斬るのが難しい日本刀で樫の木を両断する。いったい、どんな技量の持ち主が目の前にいるのかと、孝楸院岩巍坊というらしい僧兵は青ざめた。


「一度の警告の後、従わぬ者は斬り捨てる。次は首を飛ばす」


「ひぃぃぃっ!?コイツラ、木っ端侍じゃねえーっ!」


「誰が木っ端か!」


「わ、ワシを斬ったら、仏罰、仏罰が下るぞぉーっ!い、いいのかーっ!?」


 孝楸院岩巍坊らしい者は尻餅をついて『仏罰』と叫び散らす。本物の武士の殺気を当てられて、腰を抜かしてしまったのだ。


「とっとと出ていけと言ってるんだ!次は無い!」


「ひぇー、お助けー!」


 孝楸院岩巍坊っぽい人は這々の体で禁裏外周から出ていく。さながら百足むかでを想起させる様だったが、侍は「百足に失礼だ」と思い直した。百足は決して後退しないので、武士の中にはあやかりたいと思う者は多いのだ。

 孝楸院岩巍坊とか言ってた人が逃げた後は、神輿を担いでいた僧兵達も同じ目に遭う。


「俺の砕棒が三分割にーっ!?」「鎧の組み紐だけ斬るとか、どんな腕前してんだよーっ!?」「ワシの袴紐が斬られたーっ、イヤ~ン!?」「コイツラ、ヤベーよぉ!?」「た、助けてくれ〜!」


 自慢の砕棒が三分割されたり、僧兵の身体を斬り付ける事無く鎧を繋いでいる紐だけ斬られたりと、池田家親衛隊は武威を見せ付ける。中には袴の紐を斬られて、ふんどし一丁で逃げていく僧兵もいたとか。そして禁裏外周には池田家親衛隊と僧兵が担いで来た神輿だけとなった。


「副隊長、ヤツラが持って来た神輿はどうしますか?」


「燃やせ。火事になったら大変だから広場まで移動させろ」


「はっ」


 可児六郎は即座に神輿を燃やす様に指示した。ただし、火の粉が燃え移ったりすると危険なので、広く周囲に何も無い禁裏門前の広場まで移動させる事にした。


「き、貴様らぁ、神輿を燃やすなど何と罰当たりな!」


「「「何か用か?」」」


「な、何でもありましぇーん!」


 孝楸院岩巍坊 (笑)が威勢を取り戻して抗議するも、可児六郎ら親衛隊に一睨みされるとまた逃げて行った。あとは神輿を燃やして終了だ。

 この集団はまだ2000人近いの僧兵が後ろに控えているのだが、彼等が出てくる事は無い。神輿を担いで先頭にいた僧兵達が情け無く逃げて来るのを見て、意気消沈してしまったのだ。何しろ神輿を担いでいた先頭集団の僧兵は彼等のリーダー格の者達だからだ。指揮官を失った兵士が動けなくなる様に、彼等もまた動けなくなってしまったのだ。

 そして神輿が燃やされた事で彼等の大義名分も消滅。後ろ盾であった神仏を失ってしまったのだ。彼等、比叡山僧兵はもう帰るしかなかった。また新しい神輿を造り上げて再起するのだと、胸に誓って。


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 こちらも良く晴れた犬山。遠征日和のこの日に池田恒興は軍団の参集を命じていた。とは言っても、農繁期が始まっているので兵士を集めるのは基本的に禁止だ。なので、恒興の自由に出来る兵士、池田家親衛隊を犬山郊外に集めていた。


「殿、親衛隊100名、参集しましたよ」


「おう、才蔵。ご苦労だニャー」


「これで小牧山城に行くんですか?負けはしませんが」


 目標は小牧山城。ここにたむろしている浮浪者の一斉検挙&犬山の事業の人材確保を目的としていた。池田家諜報部隊である柘植衆から浮浪者は200人程にも達すると報告を受けた。まあ、200人と言っても浮浪者なので池田家親衛隊100人が負ける訳はない。

 報告を受けた恒興は200人も居て、よく山賊化しなかったなと思った。この小牧山城に居る浮浪者達は周辺で日雇い仕事などをしながら食い繋いでいるという。まだ織田家の尾張国開発の仕事が幾らかあるからだ。しかし恒興の犬山以外は開発が終わろうとしている場所も多い。浮浪者達が仕事にありつけなくなったら山賊化すると思われる。恒興はタイミング的にギリギリだったなと安堵した。

 しかし、いくら池田家親衛隊が強いと言っても100人で200人を逃さず捕えるのは困難だ。なので応援部隊も合流する手筈だ。


「今回は捕り物だから人数を掛けるニャ。お、来た来た」


「飯尾衆精鋭200、参着!殿、お待たせ致しました」


「刺青隊精鋭200、連れて来ましたよ」


 応援部隊は飯尾敏宗率いる精鋭200人、この者達は飯尾家騎馬隊の精鋭や徒士隊の精鋭から成る部隊で飯尾家の侍達が主体である。飯尾敏宗が治安維持の為に使っている山賊討伐のエキスパートでもある。もう一つの応援部隊は渡辺教忠が率いる刺青隊200人である。こちらも渡辺教忠が刺青隊から選りすぐった手練ばかりである。


「敏宗、教忠、ご苦労。政盛ーっ!まだニャのかーっ!」


「すいません、今行きます!」


 最後に加藤政盛率いる池田家従者、雑色、小者などの寄せ集めが200人。こちらは実戦部隊ではなく、雑用&掃除の為に来ている。

 小牧山城攻略?部隊総勢700人が揃い、恒興は全員の前に出て訓示を行う。


「よし、揃ったニャ。全員、聞け!これより小牧山城に進軍する。今回は小牧山城を不法占拠する浮浪者共の掃除だニャー。ただし、討伐じゃねぇ、捕り物だ。なるべくケガをさせるんじゃない。だが、手向かう者は打ち据えろ。分かったニャ!」


「「「ははっ!」」」


「全員、槍を棒に持ち替えろ!一人足りとも逃がすんじゃないぞ!進撃だニャー!」


「「「おおーっ!」」」


 恒興の訓示の後、軍勢は小牧山城に向かって進軍。軍勢が来ると予想も出来ない浮浪者達は大混乱した。池田家親衛隊を先頭に浮浪者達は次々に取り押さえられていく。

 恒興は小牧山城の城門付近に陣幕を張り、浮浪者が連れて来られるのを待つ。浮浪者の事情や状態を見て、ザックリと行き先を決めてしまおうという算段だ。こんな所で浮浪者をやっている人間など優柔不断に決まっているから、とりあえず仕事に放り込んでしまおうという事だ。仕事に合う合わないは、その後に自分で考えればいいのだ。その頃には犬山で他の仕事が見付かるだろう。

 早速、親衛隊員が男一人、男の子と女の子を一人づつ連れてくる。


「殿、この男は子供を二人連れております」


「ニャんだとぅ!」


 恒興は親衛隊員の報告に即激昂する。子連れという部分がかなり気に入らない様子だ。それを感じた男は土下座して平謝りする。


「すいやせん、見逃してくだせえ!」


「父ちゃん」「おっとう」


「テメェっ!!ニャーを舐めてんのかっ!?」


「ひぃぃ、すいやせん、すいやせん」


 男は謝り続けるが恒興の怒りは収まらない。恒興は男の胸ぐらを掴んで無理矢理引き上げる。そして一喝。


「子供が居るなら働けやーっ!飢えさせるなんざ言語道断だニャーっ!」


 子供が居るなら、こんな所で浮浪者をやっているんじゃない。恒興はそう言いたいのだ。子供は決して親の『アクセサリー』ではない。だが子供は親しか頼れる者がいない。だから親となった者は子供を飢えさせない、ありとあらゆる方策を取るべきなのだ。こんな浮浪者の巣窟で諦めてるんじゃないと恒興は叱っているのである。


「ひぃぃ、そっちですかい!?でもオラみたいな流れ者にマトモな仕事なんて……」


「政盛ーっ!コイツを犬山の職業斡旋所に放り込めニャァァァーっ!」


「はっ。引き立てぃ!」


「ひぃぃ、お助け〜」


 マトモな職業に就ける訳がないと嘆く男に、恒興は即座に加藤政盛を呼ぶ。そして犬山の職業斡旋所に放り込めと命令する。職業斡旋所というのは、犬山の事業に対する求人を一手に集めている場所である。今までは人材が来ても、合いそうな仕事を探してあっちこっち行く事が多く、時間を浪費していた。その手間を嫌った恒興が求人を集めておく場所を作った。それが職業斡旋所だ。恒興の「はよ働け」という流民政策の一部である。

 恒興の命令を受け取った政盛は池田家従者達に命じて男を連行する。


「父ちゃん!」「おっとう!」


「ほれ、お前達も一緒に行って、父ちゃんがしっかり働くか見張れニャ。この饅頭をやるから」


「わーい」「ありがとー」


「手を洗ってから食えよ。……ようし、次だニャー!」


 連れて行かれる父親を男の子と女の子は追う。その二人に恒興は饅頭を授けて、付いて行く様に指示する。父親がちゃんと働くか見張る様にも指示しておく。

 親子の判決が終わると、親衛隊員は新しい男を連れてくる。今度は刀を握り締めた若い男だ。


「殿、コイツは刀を所持しております」


「ニャんだとぅ?その刀で何人斬った?正直に言ってみろ?」


 恒興は今直ぐ斬首刑を言い渡しそうな顔で、何人斬ったか尋ねる。「手討ちにしてくれるわ」と言いたげな程の殺気まで振り撒いている。それに気付いた男は慌てて言い訳を始める。


「ち、違うんです。これは戦場の拾いもんで、持ってれば襲われないかなーって思って」


「あ?ちょっと寄こせニャー」


 恒興は男が持つ刀を奪い取る。そして刀を鞘から引き抜くが、刀はザリザリと音を立てながら抜ける。その鞘から出て来た刀身は刃は欠けてのこぎりの如く、更に赤茶色に錆び付いてとても実用には向かない状態だ。ここまでくると斬れないどころか直ぐに折れるだろう。折れないだけ棍棒の方が実用的だと思える。


「ニャんだ、コレ?刃が欠け過ぎな上に錆び付いてるぞ。これじゃ人は斬れんニャ」


「で、でしょ!持ってれば傭兵にもなりやすいかなー、なんて思ったりもして、ハハ」


 若い男は刀を持っていれば襲われないというだけではなく、傭兵にもなれるかなという意味でも持っていたとうそぶく。まあ、リップサービスだろう。傭兵なら刀が有ろうが無かろうがなれるからだ。刀を持っていれば、山賊化した時に優位に立てると見込んでいるだろうし、こういうヤツが率先して山賊化する。それを見破った恒興は若い男を真っ当な道に強制的に放り込む事にした。


「ほう、傭兵にニャー。そりゃ良い心掛けだニャ。……教忠ーっ!」


 恒興は刺青隊の指揮官である渡辺教忠を呼ぶ。すると、陣幕を突き破る勢いで筋骨隆々な武士が入ってくる。


「何でしょうか、殿?」


「刺青隊の新入りだニャ。使ってみろ」


「はっ、お任せください!」


 若い男が振り返ると、そこには筋肉を強調しながら自分の肩に手を掛ける男が居た。その力は非常に強く、肩から手が剥がせない。


「何この筋肉達磨な人ーっ!?」


「おいおい、細いぞ、新入り君。これからしっかり食べてモリモリ筋肉を付けるんだ。さあ、行くぞぅ」


「ちょ、ま、助けて〜」


 若い男はそのまま持ち上げられて陣幕から出ていく。刺青隊で鍛えられれば、何処の傭兵部隊にも入れるだろう。まあ、織田家の傭兵以外は紹介しないが。


「はい、終わり。次を連れて来いニャー!」


 こんな感じで恒興は次々に浮浪者を犬山に放り込んだ。その数、250人を超えていたという。親に捨てられた子供だけという場合もあった。恒興は頭に来たが冷静に働き先を紹介する。商人は幼い子供を丁稚にして長年を掛けて教育するので、子供の住み込み働き先もいろいろ確保してあるのだ。こういう子供を減らしていかないといけないな、と恒興は思う。ただ、これは『男の子』限定の話だ。商家はなかなか『女の子』を引き取ってくれない。

 それで恒興は思い出す。母親の養徳院桂昌が「お金に余裕があるなら尼寺の支援をしてほしい」と言っていた事を。何で尼寺を?と思った恒興だったが、女の子を引き取って養育する場所が尼寺なのだ。

 戦国時代の寺という場所は『教育機関』を兼ねている。一応、僧侶になる為の教育を施されるのだが、僧侶という職業は現代でいうところの『教師』くらいの能力がある。当然、他の仕事でも活躍出来る。だいたい文字の読み書きが出来るだけでも重宝される時代だ。だから寺の優秀な子供を引き取る武家もいる。優秀な子供が大名家で活躍すれば武家に恩恵があるし、簡単に養子に出来るという利点もある。しかしやはり『男の子』だけだ。だいたいの寺が女人禁制なので当たり前だが。

 だから養徳院桂昌は尼寺を支援しろというのだ。『男の子』は救って『女の子』は見捨てるのかという話だ。恒興もそれは間違っていると思うので、尼寺への支援は厚くしようと決めた。

 全ての浮浪者を捌き切ると、既に夕陽が傾いていた。疲れ切った顔をした恒興は傍に控える加藤政盛に話しかける。


「はー、少しは人手不足を解消出来たかニャー。しかし毎回毎回人手不足って、人材確保はちゃんとやってるのかねー、加藤政盛くぅーん」


 出て来た言葉は『嫌味』である。「お前、ちゃんと仕事してんの?」という様な。


「やってますよ。人材確保出来たと思ったら、いきなり新事業を始めて急拡大させる人が犬山に一人居るんですよね。いや、参りましたよー」


 恒興の嫌味に対して加藤政盛も嫌味で返す。自分が頑張っても仕事を倍増しにして持ってくる上司がいるのだと。しかもその上司は思い付きで事業を急拡大させては、現場は阿鼻叫喚で参っていると。


「……言うようになったニャー、政盛」


「殿の教育の賜物かと」


 恒興は政盛も言う様になったな、と感じる。木曽川で出会った頃は彼も飯尾敏宗もオロオロしている事が多かったのにと。人の成長を感じ、それに頼もしさを感じると共に少し寂しさも感じる恒興であった。


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【あとがき】


 前回のあとがきへのコメント、誠にありがとうございますニャー。べくのすけと致しましては「自分の文章だけ書いてますので、好き勝手させて貰います」程度の話ですニャー。深く考えなくなった、というのも成長であると思う次第ですニャー。


しかしウイポ10の海外遠征デバフは強烈ですニャー。ディープインパクト3歳に凱旋門賞を勝たせるのに日本からG1馬を余分に出走させて、欧州からもG1馬を参戦させてシロッコやアザムールの騎手を奪い取り5時間粘って漸く勝利。人間はもっと時間を有効に使うべきじゃないのかニャーと感じました。

海外遠征デバフがキツイのでエルコンドルパサーの息子であるダート馬ヴァーミリアンをアメリカ所属にしたらアメリカ2冠、トラヴァース、BCクラシック、サウジ、ドバイと圧勝する名馬になってしまったニャー。プリークネスを粘っておけばと思うと共に海外遠征デバフのキツさを思い知るべくのすけでしたニャー。

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