姉川会戦 後始末
浅井軍は池田軍左翼を突き崩して離脱した。浅井長政はその後、軍勢を北上させ姉川を一気に渡った。姉川の北にある宮部城にある程度の防衛兵を置いて小谷城まで戻った。
何故、浅井長政がここまで思い切りよく兵を退くのか?それは敗戦により士気が低下し疲労困憊で使い物にならないからだ。なので浅井長政としては大半の兵士を回復させるまで、宮部城で時間を稼ぐという事を考えている。
浅井長政は形振りを構わずに撤退した。なので戦場には怪我人が多数残された。彼等に関しては捕虜となる。名のある武士なら寝返りを打診したり、浅井方への使者に使ったりする。戦争が終わり講和が成れば、だいたい帰れるだろう。
死者に関しては少し分かれる。雑兵に関しては装備が剥がされた後で纏めて埋葬され無縁塚が作られる。荼毘に付すのは大変なのだ。因みにちゃんと埋葬する方が稀である模様。だいたいは野晒し放置である。
武士らしい者は首を獲られて主君に差し出される。この首を『兜首』と呼び、その実況検分を『首実検』という。これは一兵卒でも褒賞が発生するので、全員張り切って首狩りをする模様。鎌倉時代はこの首狩りで味方同士の刃傷沙汰が多発した。
戦の喧騒が止んだ戦場で、沼地に山積みになった死体の山がモゾモゾと動き一人の男が出てきた。
「敗けたか」
男は小さく呟くと織田家の陣へ歩き出す。その男は良い鎧兜を身に着けて、堂々と歩いている。その様子に目撃した者は皆、織田家の名のある武士に違いないと思った。
「私がやる事は既に一つのみ。おさらばで御座います、長政様」
その男、遠藤直経は主君への別れの言葉を口にした。彼にはまだやらねばならぬ事がある。その為に、あの沼地で味方の身体を盾にしてまで生き残ったのだ。
彼は適当な茂みで織田家の雑兵を殺害する。その雑兵の身包みを剥いで、自分が身に着ける。
「スマンが首を貰うぞ。これでお前は名の有る武士、遠藤直経だ」
直経は雑兵の首を切り取り、自分の立派な兜を被せる。顔は全く似ていないので、多少汚してカモフラージュする。これを遠藤直経の首だと言って首実検へ持ち込むのだ。全ては池田恒興に近付く為に。兜は紛れもない本物なので通用するだろう。彼は首実検が執り行われる池田恒興の本陣に向かった。
池田恒興の本陣には呼んでもいない客が来ていた。浅井長政の背後を襲った事で、恒興をこの上なくブチギレさせた竹中半兵衛重治である。彼が弟の竹中久作重矩を伴い、池田恒興に挨拶に来ていた。
「竹中半兵衛ェェ、ご苦労様だったニャァァァー!しかしニャーはお前が来るとは聞いていないんだけどニャァァァー!!」
恒興は大絶賛、ブチギレ中である。竹中半兵衛を見た瞬間に顔を物凄く歪めて出迎える。そして間髪入れずにイヤミを吐く。
(だから報せを出そうって言ったのにー。池田様、やっぱり怒ってるよー)
竹中久作は自分が言われている訳では無かったが、顔面蒼白だった。兄が報せを出していれば、こんな事にはならなかったと後悔した。独断で出すべきだったとさえ思う。
「申し訳ありません。報せは出したのですが、敵方に狩られてしまった様です」
(平然とウソついたー!)
竹中半兵衛は顔色一つ変えずに平然と嘘を吐く。それが真っ赤な嘘である事を知っている久作は驚愕する。この兄はいったいどんなメンタルをしているんだと。
「……チっ、分かったニャ。次から気を付ける様に」
「肝に命じましょう」
(これ以上の追求は無理か。利敵行為を働いた訳じゃないからニャー。クソっ、もう二度と木下軍団とは組まんぞ。コイツが何するか分かったもんじゃねーギャ)
確かに竹中半兵衛は恒興の命令外の事をした。しかし、これを罪に問う事は出来ない。何故なら上役である軍団長の木下秀吉は許可を出しているからだ。流石に秀吉の許可すら取らなかった、は無いはずだ。なら恒興の文句の先は木下秀吉であり、命令に従っただけの竹中半兵衛を責めるのはお門違いなのである。
そして、竹中半兵衛は敵を攻撃しただけで、味方を援護したのだ。利敵行為を働いた訳ではなく、抜け駆けをしたに過ぎない。だから竹中半兵衛には問える罪がそもそも存在しないのである。
追求を止めた恒興はもう二度と木下軍団とは組まないと誓った。何を仕出かすか分からない味方など御免だからだ。
追求を止めた恒興の下に美濃衆の武将が来た。報告に来たのだろうが、何故に彼が来たのかは分からなかった。
「失礼致します、池田様」
「うん?肥田
来たのは肥田玄蕃の家老であり伯父でもある肥田兵内だった。美濃衆の報告に来たのは分かるが、それは稲葉彦の役目である。既に犬山衆の指揮官である飯尾敏宗は報告し終わっている。まあ、加藤教明の件で質問責めにされたのではあるが。
では何故、肥田兵内が来たのか?
「お察し頂けると思っておりますが」
肥田兵内はニッコリ笑って察してくれと言う。実は恒興にも心当たりはある。
「……やっぱり美濃衆の皆、怒ってるかニャー?」
「それはもう。不可解な後退で獲物に逃げられましたから。稲葉彦殿など人を喰い殺さん勢いでキレております」
そう、犬山衆の不可解な後退である。これにより稼ぐべき手柄が逃げてしまったのだ。美濃衆の当主達は全員が怒っていた。特に全ての情報が渡されていると思っていた稲葉彦はまだ隠し事があるのかとキレているらしい。だから肥田兵内が代理で報告に来たのだ。
今度は恒興が顔面蒼白になる。
「……どうしよう。兵内、ニャーはどうしたらいい?」
「そうですな。では他の手柄を頂きましょうか」
「他の?」
肥田兵内はそれならばと他の手柄を要求する。要は手柄が逃げてしまったから美濃衆全員が怒っている訳だ。ならば埋め合わせる手柄があれば良い。
「今浜城、攻略して構わんでしょう?良い憂さ晴らしになるかと」
「ニャるほど、それはいい。あとお慶もついでに連れて行ってくれ。たぶん今頃、教明にギャンギャン吠えてるから」
「承知仕りました。お任せ下さい」
恒興は肥田兵内の意見を容れて、改めて今浜城攻略を美濃衆に命じる。指揮官は稲葉彦、とりあえず憂さを晴らしてこいと願う。ついでに犬山衆でギャンギャン吠えているであろう前田慶も連れて行く様に命じる。うるさいから厄介払いである。
そして前田慶は恒興の予想通りに加藤教明に絡んでいた。
「アンタねぇ、どういうつもりよ!
「……」
「お慶、加藤殿をそんなに責めるもんじゃない。彼が失態を犯したなら、もう殿に怒られているはずだろう」
「うるさいわね。そう言えば金森衆もさっさと後退してたでしょ!こっちは敵中に取り残されかけたんだから!」
「君が突出し過ぎてたんじゃないか」
責められる加藤教明は言葉を発しない。言われるだろうとは覚悟していたのだ。反論は無意味である。
その教明を金森長近は庇う。すると慶は長近にも絡む。前田衆は敵中で囲まれかけたのだと。それも長近からしたら慶が部隊連携を無視して突出した結果だとチクリと言う。
顔を紅潮させて怒る慶に長近も教明もウンザリしてきた。しかし助け舟はちゃんとやって来た。
「お慶!何をしておる!」
「あ、姉貴。姉貴からも言ってよ!あの時、犬山三河衆が……」
「そんな暇は無いわ。今から今浜城を攻略するのじゃ。前田衆にも出陣の下知が下っておる。行くぞ!」
「マジで!?いよっしゃぁ、暴れてやるわ!」
助け舟は稲葉彦だった。彼女は文句を言う慶を相手にせず、今浜城攻略の出陣だと伝えた。予想外の稼ぎ所を得た前田慶は喜んで部隊に戻った。
稲葉彦と前田慶という台風が通り過ぎた後、教明は長近に礼を言う。
「済まないな、金森殿」
「なぁに、どうせ殿の命令だったのだろう。手柄が欲しい三河衆があっさり後退なんて、
「む、そうで御座ったか」
長近には分かっていた。あの後退は恒興の指示であると。犬山三河衆も他国衆、手柄は誰よりも欲しているはずだ。
長近は教明を誘って首実検が行われる本陣へと向かった。
首実検の会場は池田恒興の本陣である。美濃衆が出陣した為、持ち込みは半数になってしまった。攻略対象の今浜城にも兵士は殆ど居ない上に、敗戦により士気も最低に落ちたと見られる。怒り心頭の美濃衆の攻撃にはとてもではないが耐えられないだろう。明日には美濃衆も首実検が出来ると思われる。
恒興は生首を丹念に眺める。この時に生首の良し悪しを測る基準がある。
まず兜の良し悪し。身分の高い武士ほど立派な兜を被っているものだ。なので兜は褒賞を決める最大のポイントとなる。
次に顔だ。ここは肥え方を見る。武士はしっかり食べているから農民の様に痩せこけてはいない。
そして気品。髪型はちゃんと
一般的に名前が知られている様な武士の兜首が首実検に来る事は少ない。なので兜首に対する褒賞の多少は見た目重視である。だからこそ皆、生首を綺麗に洗って持ってくる。少しでも兜首の価値を高めたいからだ。戦場が近場であれば、一度生首を家に持って帰って、女性陣に化粧をさせてから持ってくる強者もいる。
「ふむふむ、なかなかの兜首だニャー」
「某も名の有る武士とお見受けしますな」
犬山衆の武将達が居並ぶ中、池田恒興と土居宗珊が生首評論している。この様に人間の生首を見て談笑出来ない人は、戦国時代の武将に転生する事はオススメ出来ないので気を付けよう。この首実検は加藤政盛が兜首持ち込みを仕切っている。その武将達の列に竹中半兵衛と竹中久作も居た。そのうちに木下秀吉もここに来るので暇潰しがてら参加していた。だが平然としている半兵衛に対して久作は心此処に在らずといった心境だった。
(ヤバいー、兄上が池田様に早馬を出さなかった事がバレたりしたら……)
久作の心配を余所に、首実検は着々と進む。何人かの首実検を終えたが、まだ陣外には持ち込み者が並んでいる。陣の入口で加藤政盛が軽く聴取をしてから持ち込み者を入れている。その加藤政盛が慌てた様子で恒興に報告する。
「殿、大手柄者が参っております!」
『大手柄者』という事は浅井家臣の中でも有名な人物の首を持って来たという意味だ。
「ニャに、大手柄だと!?誰を討ち取った?」
「はい、何と浅井家武将の遠藤直経との事!」
「おおおー、マジで大手柄じゃねーか。その者をここへ」
「はっ」
討ち取った首は浅井家臣の遠藤直経との事。浅井長政に直接仕える部将である遠藤直経の首の価値は褒賞だけでは済まない。それなりの地位の武士に取り立ててやらねばと恒興は思う。そうでなければ、大手柄首の価値を下げてしまうからだ。恒興は興奮気味でその大手柄者を呼ぶ様に促す。
(何か、何か、池田様の役に立っておかねば。竹中家の将来がぁ〜)
そんな大手柄首に周りが沸いている中でも、竹中久作は自分の家の将来に思い悩んでいた。
そして例の雑兵が遠藤直経の首を持って現れる。
「コレが遠藤直経かニャ。確かに立派な兜だがニャー」
「顔立ちとしては、うーむ。泥で汚れ過ぎておりますな」
「あの沼地に嵌まったのかニャ。運の無いヤツだ」
兜も顔も泥で汚れている。という事は、あの本陣前の沼地に嵌まった可能性がある。兜の方は汚れていても、立派な物だと判る。後は顔だが、もう少しよく見ないといけない。
「もう少し、よく見せなさい」
「へいっ」
雑兵は土居宗珊に促されて兜首を持ち上げる。その時に恒興の脇に控える可児才蔵は全身に力を入れる。あの雑兵は何かおかしいと直感したのだ。雑兵にしては身体が大きい。恰幅が良いと言うべきか。だが身体の大きさは個人差があるので有り得ない訳ではない。問題は目だ。雑兵が立ち上がった時に見た目は農民の物ではない。『武士』の鋭い目だ。下級武士の可能性もあるが、それなら何故雑兵の格好をしているのか。コイツは何かがおかしい。才蔵は恒興に注意を促す事にした。
「殿」
「ニャんだ、才蔵……」
恒興は横に立つ才蔵から声を掛けられた。なので返事をして彼を見ると、才蔵は臨戦態勢に入っていた。直立不動ではあるが身体に力が入っているのが理解る。いつでも動ける態勢を取り、才蔵は目の前に歩いて来る雑兵を凝視していた。
そこで恒興も気付いた。
(才蔵、コイツは刺客って事か?そう言えば何故コイツは兜首を洗ってニャいんだ?遠藤直経ほどの大手柄首を!)
恒興は意識的に腰を少し浮かした。いつでも後ろに転がれる様に。後はどのタイミングで雑兵を押さえるか、だ。
(何だ、あの首?あんなの、遠藤直経じゃないぞ。はあ、雑兵が褒美欲しさに拾った兜で騙っているだけか。コイツのウソを暴けば手柄に、って無理か……ん?)
不穏な空気の中、竹中久作は保身の算段から我に返る。そして雑兵が持つ遠藤直経の首を見て偽物だと直ぐに見破る。何しろ、彼は遠藤直経の顔を知っているのだから。何故かと言えば、兄である竹中半兵衛の命令で浅井家を偵察していた事があるからだ。彼は雑兵が手柄欲しさに騙っていると思った。これを暴けば手柄にならないかなとか思うが、さもしい考えだと却下した。しかし雑兵の薄汚れた顔を見て、彼は即座に前へ出た。
「そこの雑兵、止まれ」
「な、何でありやしょう?あっしはただ……」
「……お前、『遠藤直経』だな」
「な、何を仰る!?」
「我が名は竹中久作重矩。浅井家を偵察した時にお前の顔は確認済みだ」
竹中久作はこの雑兵こそ『遠藤直経』であると暴露した。浅井家を偵察した時に顔をしっかり確認したとも付け加える。それを聞いた池田家臣は一斉に刀に手を掛ける。
「……くそっ、ならば!」
遠藤直経は最早此れ迄と首を捨て、刀を抜きつつ恒興に向かって走り出す。だが、即座に恒興からの号令が飛ぶ。
「才蔵!捕らえるんだニャー!」
「承知!おりゃああぁっ!!」
恒興が号令を出すやいなや、才蔵は猛禽類を思わせる程の飛び出しを見せる。一足飛びに間合いを詰めた才蔵は十文字鎌槍の穂先とは逆の石突きで直経の肩を打ち据える。
「ぐふぅ、……くそぅ、無念だ!」
普段であれば、その程度で倒れる直経ではない。だが彼は現在、自分の鎧ではなく腹回り以外の防御力は皆無な雑兵の腹巻きしか着けていない。これが災いした。予想外の衝撃と才蔵の的確な一撃で地面に倒れ伏せる破目になった。だが肩の骨は折れていない。その実感は直経にもあった。
才蔵はそのまま石突きを直経の首の付け根辺りに押し付ける。ここを抑えられると人間は立ち上がれないからだ。
「久作、才蔵、よくやったニャー」
「ははっ、恐縮に御座います」(よしっ!少しは挽回出来たか)
久作は兄・半兵衛の失態を返上し、恒興の信頼を少しは挽回出来たかなと安堵する。まあ、当の半兵衛は興味無さげに眺めていただけだが。誰の為にやっていると思っているのか!と心の底から言いたい竹中久作であった。
「殺せっ!我が命運は尽きたが、長政様の理想は必ずお前達に勝つであろう!」
「理想だ?浅井長政の理想ってのは、どんな物ニャんだよ?」
「約束されし近江国を築く!強く何人にも侵されない真なる独立した国を!近江人の全ての安寧の為に!」
浅井長政の理想と聞いて、恒興は眉を顰める。この男は長政の理想を信じて、恒興の前までやって来たのだ。となると、浅井長政を『英雄』かも知れないと言った土居宗珊は正しい訳だ。いや、まだ『英雄未満』ではある。
その理想は近江国に関する事ばかりだ。成る程と恒興は思う。前世でも今世でも、浅井長政は近江国に関する事でなければ行動を起こさない。他国への侵略を一切していないのだ。彼の視線はいつも近江国に向けられていた。浅井長政が外征を考えるなら、それは近江国を統一した後なのだろう。上洛戦で南近江を制した織田信長とぶつかるなど当たり前でしかなかったのだ。それこそ、近江国から完全に引き上げた朝倉家と仲良く出来た理由になるかも知れない。何しろ彼等は北近江の領地を六角家に渡す事なく、浅井家に返還したのだから。朝倉家としては六角家が強大になり過ぎるのを避けただけだが、浅井家は好意を持った可能性がある。それに小谷城を制圧した朝倉家の軍神・朝倉宗滴は小谷城を更に堅固な城に改修したり、浅井家の武将や兵士に薫陶を与えて鍛えたりしていたらしい。小谷城の金吾丸はこの時に造られた物だ。何故、この人は浅井家を強化しているのだろうか。確定ではないが、長政の祖父・浅井亮政は朝倉家に対して『家臣になります』と書状を送っていたとか。近江国に来ないのなら、体の良い後ろ盾にしていた可能性もある。
「矛盾してるぞ。近江国の民を安寧に導く為に、近江国の民を死地へ導くのか?まあ、ニャーも似た様な矛盾を抱えているがニャ。日の本の民を豊かにする為に、日の本の民を殺さにゃならんのだから。平和が欲しいから戦争する、人間はこの矛盾を解決出来ニャいんだなって思うよ」
恒興は長政の理想を矛盾だと指摘する。ただ、この矛盾は人類が未だに抱えていて、全く解決出来ていない。21世紀に入っても欠片も解決してない。当然ではあるが恒興も織田信長も同じ物を抱えている。しかし矛盾しているから止める、という訳にもいかない。結局、抱え続けて行くしかない。
自分達の理想を矛盾だと指摘されて、遠藤直経は激昂する。お前達と一緒にするな、と。
「き、詭弁を
「ああ、詭弁だニャ。だがお前の言ってる事も詭弁だろ。この戦いの発端はニャんだ?お前らが佐和山城寄こせと言ったんだろうが。お前らが奪おうとしたんじゃねーかよ」
「佐和山城は元々、浅井家の物で……」
「だったら、浅井家の領地を全て京極家に返せよニャー」
「う、うぐっ……」
この織田家と浅井家の戦いの発端は、浅井長政が織田家制圧下の佐和山城を返せと言った事だ。更に離反した堀家の領地も含まれている。浅井長政としては浅井家の領域を取り戻したいのだろうが、佐和山城は六角家から奪取した物で浅井家は関係無い。堀家に到っては形式上、京極家の勢力となっている。自分の主家に物を申してこい、という訳だ。その要求を撥ね退けた上で、幕府の命令として京極小法師及び朽木家の人質の返還を織田信長が要求したので戦争となっている。
元々は浅井家の領地だから返せという理論が通用するなら、浅井家の領地全てを京極家に返せが通用してしまうのである。これには遠藤直経も閉口した。
「戻せって、何処まで戻ればいいんだ?京極家の時代か?佐々木家の時代か?平家の時代か?それとも手掴みで飯食ってた頃まで戻るのか?戻れないだろ。ニャー達は昔に戻る訳にはいかニャいんだ。だから納得が出来ない場合は『武士の掟』に従え。勝者に従え。強者に従え」
この『戻せ』は現代に到っても大問題となっている。大抵の国は『歴史的最大領土』を自国の領土だとしているからだ。その為、どの国も奪った領土は『最大領土』になるので返さないし、他国の領土は『歴史的』にウチの物だから寄こせと言ってくる。『今は平和な』日本国も例外ではない。結局、領土の変遷を起こしたければ、『武力行使』となってしまう。現在、東欧で起こっている戦争はそれが起因であるし、この戦国時代も同じなのである。もし国際協調を目指す組織があるならば、まず『歴史的最大領土』について議論すべきだが話し合われた事は無い。何故なら、この話は大国ほど都合が悪いからだ。
この論理で行けば、戦争など収まる事はない。だからこそ、勝者に従う、強者に従う、という『武士の掟』が暗黙のルールとして存在しているのだ。これは戦争に区切りをつける為に存在している。
「お前のやるべき事は分かっているだろニャー。浅井長政を説得して講和の席に着けろ。浅井家を後世に残す事がお前の取るべき忠義だろうが」
「くっ……」
「帰れ。お前の首などに興味はニャい。その代わり、浅井長政をここに連れて来い。戦はもう終わりだ。分かったニャ」
「……」
恒興は遠藤直経に浅井長政を連れて来いと言う。意味としては、「戦争は終わりだから、講和条約の席に浅井長政が来い」となる。それを聞いた遠藤直経は黙って恒興の陣から出て行った。
(遠藤直経、偏屈そうなヤツだニャー。少しは揺さぶれたかもだが、寝返りはしないだろうニャ。なら浅井長政への使者として使うまでだ)
遠藤直経は如何に説得しても寝返りはしない。恒興はそう思ったので、彼を浅井長政への使者として使う事にした。
とりあえず講和の話は浅井長政に伝わるだろう。彼が来るまで恒興は首実検をして過ごすつもりである。タイムリミットは3日。これを過ぎたら小谷城に進軍せねばと恒興は考えていた。
---------------------------------------------------------------------
【あとがき】
大河ドラマの感想
信長さんの上洛が一瞬で終わりましたニャー。まあ、それでいいと思いますが。ただ信長さんの娘である五徳姫の輿入れもすっ飛ばされてしまいましたニャー。
ドラマ冒頭は1566年、曳馬城陥落は1568年12月。一話で3年近く進んでおりますニャー。なかなかの速さです。やっぱり家康さんは晩年が面白いと期待するべくのすけですニャー。
女性城主はこれが怖いんですよニャー。純真過ぎて決して降伏しないんですよ。男性は家の存続を何とか考えますが、女性は想いだけで戦い続ける人が多い印象です。あの黒田官兵衛さん(関ヶ原の戦いの時なので名前は『如水』)も戦場で吉弘統幸さんを討ち取ったが為に、吉弘夫人が籠城し徹底抗戦。官兵衛さんの再三の説得も完全無視し、命果てるまで戦い続けました。加藤清正さんが立花誾千代さんを避けたのも、こういう経緯ですニャー。一度、戦闘を始めると命果てるまで止めないからです。必ず殲滅戦になるので、女城主=危険 と考えた方がいいですニャー。
武士の首の価値
首実検に持ち込まれるのは武士の首だけですニャー。農民や雑兵の首は持って来てもお値段つきません。この頃の概念として人の魂は頭にあると考えられていました。なので首実検した後の首は弔うのが一般的でした。反乱者や怨敵だと晒し首になる時がありますが、まあ、人によります。信長さんも浅井長政さんや朝倉義景さんの首 (髑髏)を厚く弔っています。二人の髑髏を上座に据えて宴会をしたのです。この頃は神を祭る時も神前で宴会する訳ですニャー。それと同義であり、浅井長政さんと朝倉義景さんの武将的な才能を我々に下さーい、という儀式な訳です。これが後年、『信長さんの髑髏酒』の元になったのかニャーと思いますニャー。源頼朝さんもお父さんの髑髏でお祭りをしてますので、武士の常識なのだと思いますニャー。
次に武士の首の価値はちゃんと付けなければなりません。でないと、兵士の皆さんが張り切って戦ってくれなくなりますからニャー。なので、武士の方でも首の価値を高める様に動きます。これには好例がおりますニャー。後にこの小説の重要人物として出演する池田輝政くんです。
彼が天下人となった秀吉さんの命令で徳川家康さんの次女である督姫さんを娶る事になりました。しかし徳川家康さんは彼の父親である池田恒興くんと兄である池田元助くんを長久手の戦いで討ち取っています。なので徳川家康さんは戦々恐々となりました。もしも輝政くんが不快感を示し破談にでもなれば秀吉さんの顔を潰してしまうからですニャー。
家康さんと面会した輝政くんは父親を直に討ち取った永井直勝さんを呼ぶ様に要請しました。永井さんはこの時にいつ切腹を申し付けられてもいい様に、正装の下に白装束を着込んでいたといいますニャー。
直「申し訳御座いません。私が永井直勝です」
輝「何が申し訳ないのか、よく分からんのだかね。それより親父の最期を聞かせてくれ」
直勝さんは輝政くんに促され、池田恒興さんの最期を語りました。輝政くんは黙って聞いたそうです。直勝さんは語り終えると意を決します。
直「この上は切腹でも何でもお申し付けを」
輝「何でそんな話になるんだ。ところで永井殿、アンタは禄をどれくらい貰ってるんだ?」
直「はあ、私は家康様より5000石を頂いておりますが」
輝「はあ!?5000石?5000石だって!?」
直「え?あのぅ、何かありましたか?」
輝「何か?じゃねーよ。摂津や美濃で十万石以上を治めた大名を討ち取った武士が万石以下って、どんな冗談だ!」
直「そ、そう言われましても」
家「違うんじゃ、輝政!実は直勝には1万石を渡すはずだったのじゃが、調整の遅れで来年になってしもうたんじゃ!」
輝「本当か、永井殿?」
家「わし、そういう話したよな、直勝!」
直「は、はい!その話を失念しておりました!申し訳御座いません!」
輝「1万石か……ならば良し!」
輝政くんは父親の首の価値を上げ、仇とも言える永井直勝さんを出世させるという行動をしました。これにより池田家と徳川家の間には何の遺恨も無いと示したのですニャー。この采配で池田輝政くんは徳川家臣団からも一目置かれる様になったとか。
恒「輝政もなかなかやるニャー。武士ってのは戦場での事をいつまでも恨みに思ってちゃいけないからニャ」
べ「話のままなら綺麗なんだけどね。残念ながら、この話は逸話の域を出ないんだよ」
恒「え?どゆことニャー?」
べ「作り話の可能性があってね。そもそも永井直勝さんは加増されてないんだ。関ヶ原の戦いの後で7000石。大阪夏の陣の後で1万7000石。最終的には7万2000石の大名にはなる」
恒「つまり関ヶ原の戦いの前までずっと5000石な訳か。ちょっとショックだニャー」
べ「こういう逸話はみんな好きだからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます