鬼の覚醒
東濃の山中。
獣の毛皮を羽織った男達が居た。一見してマタギに見える彼等は洞穴の前で焚き火を囲んでいた。だが、猟師ではない。猟師は腰に刀を差していないからだ。
ならば彼等の正体は何か?それは山賊である、それも武士崩れの。戦争や内乱等で寄る辺を失い、流浪の果てに山賊に身を
彼等三人もそうして山賊になった。少し状況が特殊ではあるが、彼等は織田家が来た為に山賊に身を落とす破目になった。彼等はそう考えている。
きっかけとなったのは森可成による東濃制圧だった。彼等の主人は斎藤家への忠義を貫いて森可成を迎え討つ覚悟であった。いや、東濃全体がそのつもりだったはずだ。しかし斎藤龍興は動かず、遠山景任を筆頭とする東濃最大勢力『遠山七頭』が織田家へ寝返った。この時点で東濃は織田家の領地となった。彼等の主人も織田家に寝返りをしようとしたのだが認めて貰えなかった。いや、認める認めない以前に遠山七頭が即座に襲い掛かってきたからだ。遠山七頭の者達は織田家への寝返り手土産欲しさに周辺の親斎藤家勢力を攻撃し、奪った領地を森可成に献上したのである。これで遠山七頭は領地も地位も維持したまま、織田家に鞍替えしたのだ。そして遠山景任は織田信長から重要人物扱いされて、信長の叔母を娶る事になった程だ。
こうして主家を失った彼等は森可成を激しく恨んだ。勝手知ったる庭である森家領地内で山賊団を結成し、森可成が留守の内に周辺で大暴れした。そして突然帰ってきた森可成の軍団に討伐され、生き残ったのは彼等三人という訳だ。
「親分、これからどうします?」
「潮時だな。東濃を離れて飛騨か信州に移るしかないか。だがそれは憎き森可成に一矢報いてからだ」
「あの小娘ッスね」
三人は洞穴の中で気を失っている少女を見る。未だに起きる気配はない。上等な服を着ていて、見るからに身分が高そうな少女であった。
「まさか逃げた先の村に森可成の娘が来ていたとはな。神仏は俺達を見放していないって訳だ」
「これで森可成に復讐できますね」
「でも復讐って何をするッスか?」
彼等は山賊団が討伐された後は知古が居る農村に隠れた。そこで諦めて帰農しようかと考えていた矢先、森可成が娘を連れて村の視察に来たのである。これを絶好の機会と思った彼等だったが、森可成に襲撃出来そうな隙は無かった。その代わりとして、何故か寝ていた娘の方を拐ったのである。
「そうだな~。う〜ん、まずは身代金か?」
「俺達の居場所がバレるんじゃないですかね」
「麓の村の奴等にやらせればいいんだよ」
「それが良さそうッスね」
幼い娘を拐って、どう復讐をするのか悩む。殺すくらいなら何時でも出来る。あんな幼い子供を殺すのは容易いはずだ。だからこそ頭を悩ませてもとりあえずの身代金要求くらいしか思い付かない。
「よしんば身代金が取れなくてもいいんだ。そんときゃ、その小娘を磔にして森可成に見せ付けてやるさ。滅ぼされた主家の恨みを少しでも味わってもらう。それより場所を移すぞ」
「そうですね。近くに森家の侍共が居るでしょうし。おい、あの小娘を担いで来い」
「俺ッスかー?面倒くせえなー」
三人の中で一番下っ端らしい男は面倒くさそうに腰を上げて洞穴内に入っていく。そしてぐったりと横たわる娘を見て呆れる。
「まったく、いつまで寝てるんスかね。暢気なヤツ……ん?グギェ!?」
娘を抱えようとした瞬間、訳の分からない痛みに襲われて叫び声を挙げた。しかし、それ以降は声を上手く出せずに何が起こったのかも分からないまま意識は暗闇に墜ちて行った。
「何だ!?」
「おい、どうした!?」
洞穴の外に居た二人にも叫び声は聞こえた。当然だ。洞穴の出口は唯一、彼等のいる場所だけだからだ。音の出口もここになる。
「もしかして洞穴の中に何か居たのか?」
「獣でしょうか?熊かも知れません」
この洞穴は臨時の隠れ家として使っていただけで、細部まで調べてはいなかった。なので洞穴内に肉食獣が居た場合、拐ってきた娘と手下の男が犠牲となる。そんな予測を彼等はしていた。しかし洞穴内から姿を表したのは赤い着物、娘が着ていた服だ。それを見たもう一人の手下が娘だと思って近付く。
「ん?あの娘?何をして……」
「おい、止めろ!近づくな!」
「え?……ガボォッ!?」
赤い着物を着た『何か』は突如走り出し、油断していた手下の男の喉に長細い物を突き刺した。それと同時に大量の血飛沫も飛ぶ。男は膝から崩れ落ちる。恐らくは失血が多過ぎて即死状態なのだろう。
「くっ!?ものの怪か!?」
親分の男は刀を抜き放つ。仲間の喉を刺し貫いたものの怪は刀を抜けていない。このまま斬り殺してやる、男は足を一歩踏み出した。だがものの怪は身体を反転させると棒の様な物で男の手を殴打した。刀は抜けていないのに何で?男は棒の様な物を見た。それは鞘だった。ものの怪は刀を抜くのに手間取っていたのではない、刀を基点として遠心力を乗せた鞘を打ち下ろしたのだ。まるで槍の石突の一撃のように。
刀を落としてしまった男は
その少女は紛れもなく男達が拐ってきた森家の姫君だった。ほぼ無表情であるが、その目は冷淡な光を宿して見下ろしている。男は家畜を殺す屠殺者の目だと感じた。
少女はかなり前から起きていた。父親の森可成の村巡察に同行したのはいいが、暇過ぎて眠ってしまった。そこを男達に拐われてしまった。運ばれている途中で目を覚ましたが、現状の把握と縄抜けに手間取ったので寝たふりを続けた。その後、洞穴内で尖った石を発見、足の指に挟み込む。そして不用意に近付いてきた男の喉に石付きの蹴りを叩き込む。声が出せなくなってのたうち回る男から刀を奪いトドメを刺す。鞘も持ち出して刀の柄に繋げて槍の様な持ち手にして、近い男の喉に突きをお見舞いした。そして鞘を外して石突打ちの要領で三人目の男を無力化した。それが現在である。
「まっ、待ってくれ!俺達が悪かった、許してくれ!この後は心を入れ替えて真面目になる!森家にも迷惑は掛けないから!」
男は懇願する。相手がものの怪ではなく人間なら命乞いも効果があると思ったのだ。
「仮に」
少女が僅かに口を開く。
「仮にお前が恵まれない者に施しを与え、弱者を助く心優しき者だとして」
「え?えーと」
男には少女が何の例えを出しているのか、判別はつかなかった。そんな善人である訳はないが、そうだと追従すればいいのだろうか?だが男の返答を待たずに少女は回答を言う。
「それが何だと言うのだ?死ね」
「グギャァァァ、……ゴゲッ!」
手加減の無い刀突きが男の首を襲う。刀は頸動脈を傷付けた様で血飛沫が噴水の如く吹き出す。男は首を押さえて地面にのたうつが、その首に刺さった刀の背を目掛けて少女の足が全力で打ち下ろされた。刀と足の力で首は折れて、男は絶命した。
「お前が敵である事に変わりはない」
彼女は相手が善人であれ悪人であれ聖者であれ賢者であれ英雄であれ神仏であれ、敵ならば躊躇無く殺す。そう決めているだけだ。
森可成は常々言っていた。領民を襲う山賊共は『人でなし』だと。槍の師匠は言っていた。自分の敵は人ではない、容赦するなと。彼女はそれを実践しているだけだ。
そもそも『
夜刀神は蛇神でたくさんの眷属と平野に住んでいた。そこに人間がやって来て夜刀神と衝突した。
夜刀神「ここは我々の住処だ。人間は去れ」
武士「ここは皆が生きる為の田畑になるんだ。それを邪魔しようとはふてぇ神様だ。ぶっ殺す!」
武士と夜刀神の戦争は痛み分けとなり、和解案が出された。
武士「谷地に社を造った。そちらに移り静まり給え」
夜刀神「仕方ないな。移ろう」
元の住処を追われ谷地に移った夜刀神。その後、谷地にも人間が侵入し夜刀神と衝突した。
夜刀神「ここはお前達が我々の住処と認めただろうが」
武士(別)「ここには皆の田畑を潤す為の堰を作るんだ。それを邪魔しようとはふてぇ神様だ。ぶっ殺す!」
こうして夜刀神は殲滅された。めでたしめでたし。
この様に『
「風呂に入りたい。帰るか」
少女は死んだ者達を一顧だにせず歩き去る。程無くして、少女は森家の侍に保護された。そして血塗れの娘を見て、森可成は絶叫してしまうのだった。
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【あとがき】
サッカーワールドカップで日本代表が大活躍。その後、クラブでも大活躍するスターが現れましたニャー。しばらくサッカー熱が下がりませんでした。(笑)
光武帝の性格がよくわかる逸話。
新滅亡後、河北を制し皇帝となった劉秀と蜀を制して皇帝となった公孫述の間で対決姿勢が顕となった。隴西から涼州辺りに勢力を築いた
隗囂「劉秀と公孫述、どっちに付けばいいんだ?負け組にはなりたくない」
部下「もう独立して皇帝を名乗ったらどおっスか?」
隗囂「嫌だ!そんなの劉秀と公孫述が殺しにくるじゃないか!」
部下「いやいやいや」「そんな余裕ありませんって」
隗囂「そうだ。人望が有り、人物眼も有る馬援に二人を見に行ってもらおう」
という訳で馬援はまず旧友でもある公孫述を訪ねた。公孫述は隗囂からの使者が来た事に喜び、多数の儀仗兵を配し皇帝の威厳をもって馬援と会見した。そして隗囂と馬援には高位の職を与えると約束し歓待した。馬援はその後、公孫述を『井の底の蛙』と評して隗囂に報告している。どうやら友を見下すとは何事かと怒ったらしい。
次に馬援は劉秀を訪ねる。屋敷に兵士が居なかったので、馬援も護衛を連れずに一人で屋敷に入った。すると庭で居眠りをしている青年に会う。馬援は青年を召使いだと思い、起こす事にした。
馬援「君、そんな所で寝ていると仕事をクビになるぞ」
青年「クビは嫌だねぇ」
馬援「そうだろう。さ、私を屋敷の主の所に案内してくれ」
青年「それならもう終わった」
馬援「は?」
青年「俺が劉秀だから」
なんと、昼寝をしていた青年こそ光武帝劉秀であった。まさか光武帝劉秀が着飾らず普通の格好で、更に庭で昼寝しているとか予測出来なかったのだ。それを認識した馬援はあまりの出来事に顔を紅潮させて叫んだ。
馬援「こんな所で寝ているとか、私が刺客だったらどうするんだ!!」
劉秀「アンタは『刺客』には見えない。精々、『説客』だろ」
馬援「……」
劉秀「今のは『刺客』と『説客』を掛けたダジャレなんだけど、面白くない?」
この時代は『刺』と『説』が同じ音だった様で、光武帝がダジャレを言ったと史書に記録されている。因みに劉秀の妻である陰麗華は劉秀のダジャレを『センス最悪』と酷評している。そんな事まで史書に書かなくてもいいでしょうに。
馬援「皇帝がこんな無防備に昼寝とは嘆かわしい。私以外の誰かだったら、もう君の命は無いんだぞ。分かっているのか!」
劉秀「だからアンタが俺を助けてくれるんだろ。そう思って俺を起こしたんじゃないのか?俺がどうなってもいいなら放っておいただろう」
たしかに馬援は召使いの青年の今後を心配して起こしたのだ。つまり劉秀を助けるために起こした事に変わりはない。馬援は呆れ果てて二の句が継げなくなったという。
その後、馬援は普通に歓待された。だが二人共自分を晒してしまった為か気安い関係となり、馬援は1年くらい劉秀の伴をしていた。そして「付くなら劉秀」と隗囂に激推ししていた。
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