閑話 戦国の食事情1

 恒興が京の都に入洛した頃、筒井順慶は犬山の町に到着した。伴として来た島左近や松倉右近は家臣用の長屋を仮住居とし、順慶は恒興が用意した小さめの屋敷を準備する事になっている。

 途中で島左近や松倉右近と別れた順慶は犬山留守居役の大谷休伯に案内されて大きな屋敷に来る。


「順慶様のお住いは直ぐに整えますので、今日はこちらの邸宅にお泊り下さい」


「大きいなぁ。これ、誰の家?」


「はい、池田恒興様、殿のお屋敷となります」


「成程ねぇ、恒興くんの家か。道理でデカい」


 順慶の目の前にある大きい屋敷は『池田邸』。犬山城の支配者に相応しく、犬山最大級の敷地面積と大きさを誇る。……恒興が金が掛かるのを嫌がって犬山城に天守閣を建造してないからではあるが。


「明日までには準備致しますので御容赦を」


「まあ、いいけど。俺の家は何処?」


「向かい側のアレになります」


 順慶が視線を送るとそこそこ大きい家が見える。位置的には池田邸の真向かい。現在はたくさんの人が箒片手に忙しく動いているのが見える。つまり大掃除中だ。

 順慶の住居は新しく建てられた物ではない。だが順慶の居場所は警戒を厳重にする必要がある。それならば池田邸の近くが相応しい。毎日、警戒は厳重だからだ。しかし池田邸の近くに空き地など存在せず、全て開発済だった。

 そこで池田邸の向かい側にある物置きの建物を急遽、人が住める様に改装したのだ。ただ順慶が来たタイミングが少しだけ早かった。


「申し訳ありません。順慶様の到着日時が分からなかったので、清掃が終わっておらず」


「いや、気にしてないって」


「有り難う御座います。では、本日は池田邸にてお過ごし下さい」


「おっ邪魔しまーす」


 意気揚々と池田邸に入る順慶。玄関先で何人かの女中に迎えられ、大谷休伯の案内である部屋に入る。


「この部屋は?」


「殿の私室になります。殿は出陣中で空いておりますので、今日は此方でお休みを」


「恒興くんの部屋かー。……想像以上に何もない」


「殿はあまり物を置きませんからなぁ」


 恒興の部屋を見た順慶は『何もない』と評する。何しろ小さめの机、灯し台、壁に掛け軸一つしかない。想像以上に殺風景だった。

 それもそのはずで、恒興が普段から居る場所は仕事場である『政務所』の方である。なので恒興を政務所に大きな部屋があり、そちらに私物がたくさん置いてある。政務所は池田邸の隣にあり、池田家親衛隊の駐屯所も兼ねている。


「あ、そうそう。この池田邸ではあまり歩き回らない様にお願いします。下手な場所に侵入してしまいますと、最悪の場合、命の危険が御座いますので」


「何そのホラーハウス!?おバカなカップルが殺られるテキサスなヤツ!?それともホッケーマスクに斧のヤツ!?」


 命の危険と聞いてホラーハウスか!と驚く順慶。で、ホラーハウスと言えばという映画を思い出す。大谷休伯は首を傾げるだけだったが。


「はい?」


「あ、いえ、こっちの話でーす」


「まあ、ともかく何か御用がありましたらお呼び下さい。女中が参りますので」


「りょうかーい」


「では私はこれにて。掃除の監督をして参ります」


 そう言い残し、大谷休伯は部屋を後にする。とはいえ、やる事も無い順慶は暇を持て余した。ゴロンと寝転がり、時間が経過する事を待つ。そして動物には必ずある生理現象が訪れる。


「何かちょっとトイレ行きたくなったな」


 むくりと起き上がって、トイレが無いかなと周りを見る。まあ、部屋には無いなと分かっているが。


「人を呼べって言われたけど。たしか女中さんが来るんだっけか。え、俺、見ず知らずの女性にトイレを聞かなきゃならんの?何だかなー、それ」


 何となく人見知りを発動させる順慶。見ず知らずの女性にトイレの場所は聞きにくいなあ、と順慶は思い悩む。


「まあ、いいや。トイレくらい直ぐに見付かるだろ。『出物腫れ物ドンドコドーン』て言うし。仕方ないよな」


 その思考の果てに、直ぐに見付かるだろという楽観的希望を抱き、順慶は部屋の外に出る。しかし池田邸は想像以上に広く、順慶は直ぐに迷う破目に陥る。


「やべー、想像以上に見付からない。誰かに聞いた方が良さ気かな。お、人がいる、聞いてみるか」


 タイムリミットも迫ってきた順慶は見付けた人に聞いてみる事にした。駆け寄ると、その人物は10歳に満たない少女だと気付く。それでも順慶には時間が無いので声を掛ける決意をした。


「あの〜、つかぬことをお伺いしますが……」


「!!!???」


「あ、ちょ、逃げないで……って!?」


 順慶に声を掛けられた少女は一目散に逃げた。正に脱兎の如く。

 少女が逃げた先は開けた庭であった。追い駆けた順慶がそこで見たものは目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目。20人以上は居るであろう十代前半から10歳以下の少女達の視線である。それが一斉に順慶へと向けられているのだ。

 部外者に対する敵意すらある容赦のない視線は順慶を怯ませるには十分であった。


「姉様、変な人が」


「申し訳ありませんが、何方様ですか?ここは男子禁制です。入る事は許されておりません」


 順慶から逃げた少女は一番年長の少女にしがみつく。十代前半と見られる少女は一歩前に踏み出て順慶に警告する。


「す、すいません。俺、迷っちゃって。え、えーと、俺は筒井順慶という者で」


「筒井様、ですか」


「どないしたんや?」


 しどろもどろに説明をする順慶。そこに騒ぎを聞き付けた大人の女性が現れる。順慶でも聞き慣れた関西弁で。


「お藤様、筒井様というお方が迷われている様子で」


「筒井様?もしかして筒井順慶様なんか?」


「あ、はい、そうです」


 顔を出したのは池田恒興の側室の藤。堺の豪商・天王寺屋の娘である。


「お藤様がご存知の方ですか?」


「せや、旦那様のお客様や」


「お義父様の!?これはご無礼を働きました!」


「いや、大丈夫だから。気にしないでいいよ〜」


 筒井順慶が池田恒興の客と聞いて年長の少女は跪く。彼女だけではない、敵意すらある視線を送っていた少女達も同じ様に跪いていた。


「ここはマズいから、移動しますで。うちが案内しますわ」


「あ、よろしくお願いします」


 ここに居るのは良くないと感じた順慶はそそくさと藤に付いて行く。その途中で藤はあの場所と娘達の説明をする。


「あそこは男子禁制やねん。嫁入り前の娘達ばかりですよって、まだ人前には出られへんのです。うちは藤、商家出身で池田恒興の側室です」


「あ、俺は筒井順慶って言います。まだ坊さんになる前だけど。えーと、その、えーと」


 自己紹介しながらモジモジする順慶。そろそろタイムリミットが近いのだが、藤に言い出せずにいた。


「どないしたんです?あー、もしかして厠です?」


「そ、そうなんですよ。ちょっとヤバくて」


「仕方ないですわ。『出物腫れ物所嫌わず』ですよって。こっちやで……です」


 順慶のモジモジした様子に藤は一発で看破した。お客の様子をいつも見てきた彼女なら、その程度は直ぐに判る。

 あれ?ドンドコドーンじゃなかったっけ?と順慶はどうでもいい事を思い出す。あと、藤がなんだか喋りにくそうにしているのも気になった。


「あ、敬語、要らないよ。俺もあまり気を使われたくないし」


「へえ、旦那様の手紙にあった通り、変わったお人なんやね。なら遠慮なく。実はまだ慣れへんねん、敬語」


「そんなに変わってるんかな、俺」


「商家の出身や言うた途端に、お武家はんは見下してくる人が多いよってな。厠はここや」


「あ、ありがと!」


 厠に着いた順慶は直ぐ様に飛び込む。何とか漏らさずに事を済ます。終わった後に手洗い場に案内される。


「せや、今のうちに好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞いといてもええか?」


「好物を?」


「順慶はんのご飯はこの家の厨房で作るよって。自前で作れるなら話は別やけど」


「お願いしゃーす!」


 丁度良い機会なので、藤は順慶の好物などを聞いておく事にした。犬山滞在中の順慶の食事は池田邸で作る事になっているからだ。流石に自分で作るつもりは無い順慶は言葉と共に身体を90°に曲げて礼をする。


「なら美代も交えて聞くわ。紹介するでな」


「美代さん?」


「池田家の正室や。ここの厨房を仕切るのはうちか美代やさかいにな」


 池田恒興の正室である美代を紹介すると言う藤。順慶を伴いある部屋まで来て中の人物に声を掛ける。


「美代、今ええか?」


「お藤、どうかしましたか?……?そちらの方は?」


「件の順慶はんや。ほら、旦那様の手紙にあった」


「ああ、これは失礼致しました。池田恒興の妻で美代と申します」


「どもー、筒井順慶です。お世話になります」


「立ち話も何ですのでどうぞ中へ」


 美代に促され部屋に入る順慶。そこは色とりどりの小物類があって色彩豊かだった。恒興の部屋とは大違いであった。特に目を引いたのは大衣桁おおいこうに架けられた絹製の着物だ。赤い花弁はなびらと緑の松を背景に無数の白い鶴が舞うという見事な染付けであった。

 絵柄も見事な上に染め物の色艶も素晴らしく高級品だと一目で判る逸品で順慶も刮目して見る芸術品であった。


「おお、凄い」


「西陣織ですよ」


「まるで色彩画の様な綺麗さだ」


「綺麗過ぎて着られへんのが問題やけどな」


「だって、傷付いたらと思うと怖くて」


 美代自慢の芸術品であるが故に、傷付く事を恐れて着れない。西陣織とは着物としては機能しない程に芸術品化していた。目下、美代の西陣織は飾られているだけで、本人が羽織った回数は一回しかないという。


「それで何の話なんです?」


「アレや、順慶はんのご飯の話やな。好物や嫌いな物とかな」


「嫌いな物に関しては悪いけど勝手に避けるから大丈夫っす。俺はとりあえず『肉』が食いたい!です!」


 順慶はストレートに要望を言う。そう、彼は肉が食べたいから、犬山に来たと言ってもいい。

 戦国時代、いや、もっと昔から日の本の民は肉食をしないという認識が拡がっているが、そんな事はない。普通に肉食に対して忌避感まではない。そもそも肉食をしないというのは仏教の影響から来ているので、効果範囲が朝廷がある京の都や仏閣の集まる奈良の周辺に留まる。その辺りから離れれば、割と肉食はしている。ただし、牧場を作って畜産している訳ではないので、お肉の供給量がまったく足りていないだけである。

 という訳で、順慶の要望を聞いた二人は『まず、何の肉なのか?』を突き止めるところから始める。


「お肉?何のお肉ですか?」


「川魚ならそれなりやな」


「いや魚肉じゃなくて。ぎゅ、牛肉とかはある?」


「牛と馬は食べたらダメですよ」


「色んな人から怒られるだけや」


 牛肉と馬肉は基本的に食べてはいけない常識がある。これは天武天皇の勅令からなのでかなり古い。どこまで効いているかは判らないが、牛肉や馬肉を食している地域は見当たらない。因みに馬肉食の始まりは『加藤清正』らしい。戦地で飢えて軍馬を食べたら美味しかったからだという。


「ダメか〜。じゃあ豚はどうかな?」


「別にええけど、豚なんか何処かにおったか?」


「さあ?関東の方に居るって聞いた事ありますけど」


「豚は居ないのか〜」


 豚は別に食用禁止されていないが、お肉が一番売れるはずの都で食肉忌避が広まった為、売れなくなったらしい。そのため食用畜産されていた豚は意味を無くし消えた。関東に僅かに残っているらしい。


「他は鳥肉とかはどうですか?」


「鳥肉、それだ!」(チキンキィタァ―!)


「スズメや、時々市に並ぶで」


「あ、あのぅ、えぇ、スズメなんだ……に、ニワトリとかは?」


「ニワトリですか?居ない訳ではありませんが、あまり市では見かけませんね」


 鳥肉と聞いてチキンを期待する順慶。しかし、鶏も飼育している農家は少ない。

 これも肉食忌避の影響だろうが、鶏には豚に無い利点があるため、飼育している人が少ない程度で済んだ。手に入る程には流通していないが。

 それに比べれば、雀はお米に惹かれてホイホイやってくるので、割とポピュラーな鳥肉となる。

 ただ、順慶は鳥肉が雀と聞いて少し嫌な顔をする。雀を食べる習慣が無かったからだ。


「他のお肉はあるかな~?」


「他やったら、猪、鹿、兎やな。豚やスズメより簡単に手に入るわ」


「おお、それは楽しみだー!」


 猪、鹿、兎と聞いて順慶のテンションは爆上がりする。猪と言えばボタン鍋、鹿はジビエ (狩猟肉)の代表格、兎はちょっと可哀想だけど美味しそうと期待に震えた。この中で最もポピュラーなのは兎である。何せ反撃の心配がなく、子供でも技量が有れば狩れる小動物だ。

 兎を数える時は『羽』と言う。これは「兎は鳥なんだ!」と言い張る事で食肉忌避から逃れようとした涙ぐましい努力の結果らしい。因みに兎を数える時は『匹』でも良いので拘る必要はない。何故なら現代では兎は獲物ではなくペットだからだ。犬の売買でも話したが、お金でやり取りされる犬に『匹』という単位で売買したのが始まりだ。つまりお金でやり取りするペットは『匹』が正しいという理屈である。


「そ、そうですか。なら今日のご飯にはどれか取り寄せましょう」


「猪、鹿、兎のお肉は俗やでな、お大名様に出すのはどうかと思うたんやけどええんか?」


「そりゃもう、バッチ来ーいで御座いますよ!」


 猪、鹿、兎の肉は貴人に出すには相応しくないとされる。兎はポピュラーな狩りの獲物で、鹿と猪は畑を荒らす害獣なので見付け次第狩る獲物である。なので庶民でも食べるため良い食材とは認識されず、通俗的な食材との認識がある。


「やっぱり、お肉は結構あるんだ。これは外食食べ歩きが楽しみになってきた」


「外食?」


「食べ歩き?」


 いろいろなお肉が犬山にはある事を知った順慶は犬山の飲食店巡りに期待する。しかし美代と藤は首を傾げる。


「え?俺、何か変な事言った?」


「外食言うても犬山には団子屋と蕎麦屋が一軒づつしかないで。他にあったか?」


「無いと思いますけど。あ、大橋屋さんの傘下の饅頭屋さんが犬山に支店を出したとか。今度、行きましょう」


「お、ええな、それ」


 美代と藤が首を傾げた理由。それは犬山に食べ歩きが出来る程の飲食店が無いからである。彼女らでも団子屋と蕎麦屋と新しく出来た饅頭屋しか知らない。そしてドサマギで饅頭屋に行く約束を取り付ける美代であった。


「……何でそれだけしか無いのーっ!?」


「そんな事言われても普通だと思いますよ」


「まー、うちは順慶はんの気持ちは分かるけどな」


「そうなんですか?」


 美代は奥美濃遠藤家の出身だ。奥美濃には城下町自体が発達していないため、飲食店など皆無だ。酒屋はあっても酒場は無い、そんな感じだ。だから飲食店がある犬山は珍しいと思うし、無いのが普通だと思っている。

 しかし、商業都市・堺出身である藤の意見は違う。


「ほら、順慶はんは大和国のお大名様やろ。大和国と言えば古都・奈良の町や。あの町には食べ物屋は多いんや。他に食べ物屋が多いのは都周辺とか堺、博多辺りやな」


「そうなんだ。犬山は発展してるって聞いたから期待してたんだけどな〜」


「そら無理やで。食べ物屋が多い場所はな、お公家様の活動範囲やからや。お公家様はとにかく美食を求めるもんやで、それが高じて食べ物屋が増えた訳や」


「はあ、お公家様は『文化の伝導者』とよく言われますが、そういう意味なんですね」


 飲食店とは『美食』を提供して金銭報酬を受け取る職業だ。当然、求められるのは『自宅では出来ない食べ物』となる。自分で出来るならわざわざ店には行かない、というのがこの時代のスタンダードだ。

 文化的な美食を求める、金銭を支払うとなれば公家なのである。そして公家は治安の悪い地域には行かないので、必然的に飲食店が発展する都市は限られるのである。その中に大和国奈良の町が含まれる。

 何故、武家を含まず公家限定なのか?それには日の本を代表するあるソウルフードの存在がある。


「うちもなあ、嫁いて来た当初は困惑したんやで。この辺の人達は皆、『食事は腹を満たす行為』としか考えとらんのよ。味は二の次で何でもかんでも味噌塗って食べるんや」


「うわぁ……」


 武家や庶民のスタンダードな考え方『味噌付ければ何でも食える』が飲食店の発展を阻んでいるのだ。全てが味噌味なので食事を愉しむ嗜好など存在せず、食事は腹を満たすだけの生命維持活動と化している。

 何となく、味噌をバカにしている様に聞こえた美代は苛立って反論する。


「普通だと思いますけど、私は。味噌の無い生活なんて考えられませんよ!」


「全部を味噌味にするな言うてんねん!あれもこれも味噌どばーって、辛うてうちは食べれへんのや!こんなんやから『舌が貧しい』言われるんや!」


「味噌いいじゃないですか!何が悪いんですか!ケンカ売ってるんですか!味噌玉ぶつけますよ!」


「全てを味噌で解決すな言うてんのや!」


 味噌とは万能調味料だ。ただ、万能過ぎたのだ。塩分を含み、保存がきき、ある程度の殺菌効果を持ち、素材の味を上書きする程の旨味を誇る。どんなにマズいクサイ食材でも、味噌をたっぷり塗れば美味しく食べれるのだ。味噌と一緒に煮れば焼けば、たいていの物が食べれる。飽食ではない時代に味噌は人々の生命線だ。だから美代は味噌をバカにするなと怒るのだ。

 だが、藤も負けてはいない。何でもかんでも味噌に頼るなと彼女は言いたいのだ。現代でも田舎者を形容する時に『味噌臭い』と言うが、それは田舎者が味噌だけで何でも食べる様を表している。そして味噌の辛みばかり味わう様を『舌が貧しい』と言っているのだ。


「まあまあ、二人共落ち着いて」


「「ふうー、ふうー」」


(大丈夫かなー、この二人)


「あ、別に仲が悪い訳じゃないので気にしないで下さいね」


「せやせや、お互い『食』に譲れんもんがあるっちゅう話やから」


 一気にヒートアップした二人だったが、客である順慶が居る事に気付いて、元の笑顔に戻る。二人は仲が悪い訳じゃないと言うが、この分では池田家の厨房は戦争だろうなと順慶は思う。


「ま、そんな訳やから外食はしてもしょうもないで」


「この家で作る食事の方が豪華ですよ」


「マジか〜」


 と、その時に部屋の外の廊下を歩いてくる足音がする。部屋の障子戸は開けていたので、一人の女性が中を窺い入ってくる。


「美代、お藤、帰りましたよ」


「「お義母様」」


 入って来たのは恒興の母親である養徳院桂昌。その両手には二人の赤ん坊が抱えられている。彼女は見慣れない男性である順慶を見て驚く。何しろ、この池田邸に男性は二人しか存在しない。その内の一人は彼女に抱えられている訳で。


「?こちらの男性は?」


「あの人からの手紙にあった筒井順慶様です」


「これはこれは、失礼致しました。池田恒興の母親で養徳院桂昌と申します。赤ん坊を抱えておりますので伏礼は御容赦の程を」


 彼女らにも恒興から報告が来ていた。大和国大名の筒井順慶を保護する事になったと。犬山で暮らすので世話を頼むと。

 知らなかったとはいえ大名家当主に失礼をしてしまったと、養徳院は直ぐに座り挨拶する。ただ赤ん坊を抱えているので頭までは下げなかった。順慶も笑顔で気にしてない様だったので安堵した。


「あ、そんな、気にしないで下さい、ホント。可愛い赤ちゃんですね。誰の赤ちゃんで?」


「うちらや。つまり池田恒興の息子と娘やで」


「おお、恒興くんの子供か〜」


「抱いてみますか?幸鶴は寝てしまいましたのでそのまま寝かせますが、せんはまだ寝てないので相手をしてあげて下さい」


 養徳院が抱えている赤ん坊は幸鶴丸とせん。彼女は二人を連れて犬山の町を散策していたのだ。二人に日向ぼっこさせながら。もちろん、池田家女中20人、刺青隊精鋭50人が護衛に付いていたが。


「おー、どれどれ。せんちゃん、初めまして、俺は筒井順慶……ゴフゥ!?」


「あう、あうあー!」


「ちょ、何で首締めるの!?『巨人発見、駆逐する!』って事!?そりゃ、せんちゃんから見たら俺は巨人かも知れんけどっ!?」


 順慶に抱えられたせんは親の仇でも見つけたかの如く、順慶の首を両手で掴む。まだ歯が生えていないので何を喋っているのかは解らない。なので順慶はせんが言ってそうな事を勝手に想像した。


「せんって有り余る程の元気があんねんな。誰に似たんや」


「お藤じゃないなら、あの人しかいませんよ」


「ウフフ、せんはおてんば娘ですね」


「ちょっとーっ!談笑してないで助けてーっ!この子、力強いんですけどーっ!?」


「あうあーっ!!」


 この日、大和国大名 筒井家当主 筒井藤政、後の陽舜房順慶は0歳の赤ん坊であるせんに敗北した。


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【あとがき】


この話に一つ儲け話がありますニャー。『食肉畜産牧場が存在しない』です。もちろん、順慶くんは牧場が何かくらいは知ってます。これも戦国人と現代人の思考の差という訳ですニャー。食肉畜産牧場をそのまま造ると朝廷から怒られるので別方向で造らねばなりませんが。

順慶くんは順慶くんで自分が満足するための行動を現代人視点で行っていく。こういう行動方針ですニャー。

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