犬山忍軍結成

 恒興は付城の解体を進めた。解体により出てきた木材の中で再利用出来る物に関しては観音寺城へ運んだ。現在、観音寺城は使用されていないので都合が良かった。主君である信長が後で使用するだろうと見越しての行動である。

 恒興が作業の進み具合を検分していると加藤政盛が報告にやってくる。


「殿、来客です」


「もう来たのか。直ぐに行くニャー」


 今日は来客の予定が最初からあったので、恒興も直ぐに用意する。織田家にとって、恒興にとっても重要な客なので失礼のない様に整えて面会に臨む。恒興が到着した時には、相手は既に来ていた。40代後半くらいで精悍な印象の男であった。


「お初にお目に掛かる。甲賀53家が一つ、多羅尾家当主の多羅尾四郎兵衛光俊と申す」


 客の正体は甲賀豪族の多羅尾光俊だった。先日、面会を申し込まれたので受け入れた。


「織田家臣、犬山城主の池田勝三郎恒興だニャ。かの高名な多羅尾殿に会えて嬉しく思う。それで御用の向きは何方どちらで?」


「今回の訪問は私用に近いので、どうぞお気に為さらず。まずは貴殿に礼を申し上げたい」


「礼?和睦の件ならこちらにも都合あっての事だニャー」


「いえ、その件ではなく。貴殿から貰い受けた清み酒は大変美味しゅう御座った」


「おお、あの酒は多羅尾殿に届いたのか。ニャーも奮発して贈った甲斐があったというものだニャー」


 戦時中に恒興の寝所近くまで甲賀衆は侵入した。主犯が鵜飼勘佐衛門だった訳だが前田慶によって捕縛された。そして恒興は勘佐衛門たちに清み酒を渡したのである。甲賀領主の誰かに届くと期待して。


「そして私の息子を2人、信長様の下に預けようと思いまして。その便宜を図って頂きたく願います」


 多羅尾光俊は自分の息子である久右衛門10歳と久八郎7歳を織田家への人質として出すという。その申し出に恒興は首を捻る。人質の意味は分かる。恒興の推薦で彼等を織田信長の近習にして歓心を買おうという意味だ。だが、それを多羅尾光俊が単独で行うとは思わなかった。最低でも2、3人と連帯してくると思っていた。単独というのは甲賀豪族の均衡を大きく乱す行為だからだ。


「ん、人質を?多羅尾殿は甲賀の均衡を大切にするとニャーは思っていたんだが?」


「これでも合議にかけた結果なのですよ。織田家から仕事を得るには信用が必要。信用を素早く得るなら人質は必須と唱えて賛同は得ました。ですが自分は出したくないという者ばかりで参ってしまいますよ。最終的に発案者の私から出すべきだ、などと言われましてね」


「ニャるほど、未だに織田家と六角家を天秤にかけて静観したい者が多いと」


「あまり気を悪くしないで頂きたい」


「ま、退路を残したいのは世の常だニャー。それで多羅尾殿は信長様に賭けると?」


「この賭けを外せば、息子達には死んで貰います」


 多羅尾光俊の目が僅かにけわしくなる。そこには甲賀の為なら息子でも犠牲にするという覚悟が滲み出ている。表情は平静だが腹の中が平静な訳がない。男児の夭折が多い戦国時代において七五三を越えた子供は跡継ぎ候補になる。それを差し出そうというのだから、苦悩しない訳がない。甲賀合議とはそうまで自分を犠牲にしないといけないのかと、恒興は合議だから全員が納得出来るというものではないんだなと感じた。


「……そりゃ、ニャーも責任重大だ。今は口約束しか出来ないが、『損はさせない』と約束する」


「信じましょう。何しろ貴殿はこの私をたばかり切った謀略家ですから。ここまで来て漸く池田殿の策謀が理解出来ましたよ」


「ふむ?」


「貴殿にとって甲賀は路傍の石に過ぎない。真の目的はかの者達、『近江商人』のはずだ」


「おやおや、見破られてしまったかニャー」


「気付くのが遅過ぎましたよ。もう始まっているのですから。ああ、ご心配無く。私も奴等は嫌いなので邪魔などしません」


「それなら安心だニャ」


 多羅尾光俊としても息子を人質に出すのは断腸の思いであろう。合議とはいえ、流石に人質強制までは出来ない。そんな事が出来たら大問題だ。

 それでも光俊が引き受けたのは恒興の存在があったから。自分を謀り切った恒興なら上手く計らってくれるだろうと期待して。

 謀り切ったとはいえ、恒興の標的が誰なのかは理解している。甲賀も彼等の鎖を断ち切ったばかりではあるが、まだ気になる点はある。


「しかし懸念点もあります。津島会合衆が近江商人の様にならないかという事ですが」


「それなら即座に手切れすればいいニャ。今回の津島会合衆の甲賀進出は甲賀領主と津島会合衆の間で成立した協商関係だ。織田家は関係が無いし、甲賀で津島会合衆しか商ってはならないなんて言ってない。一方が協商関係を逸脱するなら見直すだけの話だニャ。そしてその判断は甲賀領主に権利がある」


「成程、織田家としては押し付けはしない、と?」


「支持される商家は放っておいても支持されるもんだニャ。大名に認められた商人だけが儲かる世の中じゃ何時までも変わらない。民衆から支持される商人が乱立し、百錬成鋼、繁栄衰退、栄達淘汰を繰り返して発展し進み続ける。これが自由経済ってもんだからニャー。驕れる者がいつまでも高みを占拠していると停滞しかない。近江商人然り、津島会合衆然り、堺会合衆然り。安泰の玉座はやらない、切磋琢磨せよってところか。信長様の理想だニャ」


「信長様はその様なお考えをお持ちですか。これは会える日が楽しみになりました」


 織田信長の理想は一部の商家だけが儲けるのではなく、たくさんの商家がライバルとして切磋琢磨し合う世の中にするという事だ。

 一部の商家だけが儲ける世の中はこれまでの武家の在り方でもある。一部の商家に許可を与えて、領民から暴利を貪らせる。そして税収と上納金で武家が潤い、暴利を貪って商家は潤い、民衆は貧困の底を這いずる。こんな競争の無い現状で発展などある訳がないと信長は考えた。だから楽市楽座にも拘っている訳だ。

 しかし、それがただの理想でしかない事は織田信長自身も分かっている。彼も堺会合衆や津島会合衆を重視しているのだから。世の中、理想だけでは回らない事も分かっている。


「と、そうだ。ニャーも多羅尾殿に頼みたい事があったんだ。甲賀への依頼は山岡殿にと思ったが、多羅尾殿が来たので丁度良いニャー」


「ほう、何でしょう?」


「忍の派遣をお願いしたいんだニャー」


「成る程。派遣出来る忍の紹介ですか」


「ニャーもそろそろ諜報に力を入れたいと思ってニャ。それで多羅尾殿に紹介してもらおうと」


 恒興は前々から独自の諜報機関を編成したかった。恒興に前世の記憶があるといっても全てを記憶している訳ではないし、知らない事も違う事も起こっている。だからこそ広く情報を集めると共に集中して情報を集められる集団が必要なのだ。

 単発の仕事ではなく、長期専属の仕事。これはもう『仕官』と言っても良い。おそらくは集団の長は池田家臣として召し抱えられるであろう。

 甲賀衆にとっても、何処の豪族が引き受けるかで揉めるくらいの案件だ。時期さえ良ければの話だが。


「……当方といたしましても紹介したいのは山々ですが……」


「ニャにか問題が?」


「実は甲賀の織田家反対派が根強く、懐柔に時間が掛かりそうでして。今はあまり反対派に口実を与えたくないのですよ。ただでさえ、織田家と六角家を天秤に掛けている者達ばかりで」


「ニャる程。それは難しい問題だニャー。今回は諦めるしかないか」


 甲賀は降されたばかりなので、まだまだ織田家に対して敵意を持っている豪族も多いし、織田家と六角家を天秤にかけている者も多数。多羅尾光俊としても現段階では胸を張って紹介出来る甲賀忍者はいなかった。恒興としても、これは仕方ないと思える事情だった。


「しかしながら私個人としましては池田殿との縁は大切にしたい。ですので『伊賀者』を紹介しようと思うのですがよろしいですかな」


「ニャーは構わないが、甲賀と伊賀は好敵手の関係とよく聞くんだけど大丈夫なのかニャ」


「別に争っている訳ではありませんよ。そもそもそんな余力は甲賀にも伊賀にも有りません。ただ主義の違いで別れているだけです。つまりしがない噂というものです」


 多羅尾光俊は甲賀で仕事を受けるなら合議が必要になり、確実に信用出来る忍の派遣は難しいと見ている。そのため、恒興には『伊賀者』の紹介を申し出る。

 恒興は甲賀と伊賀はライバル関係ではないのかと問うが、光俊には一笑される。甲賀と伊賀は場所が近い為、世間的には商売敵の様に思われている。江戸時代には甲賀と伊賀の争い話が盛んに書かれたくらいだ。だが、実際は両者にそんな無駄な事をしている余裕は無い。甲賀で受けられない仕事は伊賀に、伊賀で受けられない仕事は甲賀に、という感じで譲り合う様な仲である。


「甲賀は何事も合議で決めておりましてな。合議が纏まれば一つの目標に全員が合力します。半面、合議が纏まらないと動けません。しかし伊賀は個人主義で報酬さえ払えばどこの大名にも力を貸します。ですので伊賀者の手練れを紹介させて頂きます」


「分かった。ニャーも役に立つなら出自は問わない方針だニャ。楽しみに待たせてもらおう」


 甲賀は合議を最重要視しているが、毎回すんなりと結果が出る訳ではない。議論が紛糾し過ぎて次回に持ち越す事も多い。今回の様に仕事の引受人選抜とか一番紛糾する。そして纏まらない限りは動けないという欠点がある。

 しかし伊賀は豪族毎の個別主義で誰が何処の仕事をしようが関知しない。伊賀の敵でなければだが。

 多羅尾光俊が『手練れ』とまで推す者なのだから、信用も実力も出来る者に違いない。恒興はこの件を光俊に任せる事にした。


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 後日、一人の若者が多羅尾光俊の紹介状を持って恒興を訪ねた。


「多羅尾殿より紹介にあずかりました、伊賀の柘植三之丞清広で御座る。これよりは誠心誠意お仕えいたす所存。どうかよろしくお願いいたします」


 若者の名前は柘植三之丞清広。伊賀国柘植出身で柘植衆頭目の家系に連なる忍である。あの多羅尾光俊が『手練れ』とまで評価する忍者だ。もしかすると忍者特有の技を持っているかもと期待する。


「三之丞は忍術というものは使えるのかニャー?」


「はっ、使えまする」


「おお、使えるのニャ!」


 恒興は興味本意で忍術が使えるか聞いてみた。そして使えると返答され、少しワクワクしてしまう。


「我が術は『爆破忍術』で御座います!」


「ん?爆破って、もしかして火薬でかニャ?」


「はいっ!」


(爆破って……それ、忍術って呼べるのかニャー)


 その忍術は火薬を使った爆破だと聞かされ、恒興のワクワク感は一気にトーンダウンしていった。火薬が爆発するなど当たり前だろうと。


「実はこの忍術は大変、資金が掛かるのですが……」


「そりゃそうだニャー。火薬は高いし」


「それで困っていたところに多羅尾殿からお話しを頂きまして」


 火薬による爆破をまだ忍術と言い張る三之丞は自分語りを始める。恒興は胡散臭げに三之丞が見えてきたが、多羅尾光俊の顔を立てるためには雇わねばならない。とりあえず適当に付き合う事にした。


「何処の仕事を請け負っても、火薬の代金は中々経費で払って貰えず。前には経費で出すと約束してくれたのに、あまりの金額に踏み倒されたり。しかも城壁を爆破した後に……」


(……あれ?何で私はこんな愚痴みたいな話をしているんだ。こんな話をしても情けないと思われるだけなのに)


 柘植衆は火薬爆破の他にも鉄砲傭兵としても働く。戦国時代において、かなり役に立つ者達だと思える。その反面、依頼料金が非常に高いのが難点であった。火薬も鉄砲も驚く程に高価だ。そのため三之丞達は仕事をこなしても料金を踏み倒されるという目に合っていた。しかも城壁を爆破してくるとかいう難易度最上級の任務をこなした後でもだ。

 途中で三之丞自身も気付く。こんな愚痴みたいな自分語りをしても評価が落ちるだけだと。だが恒興の三之丞評価は急上昇した。


(……マジか、コイツ!火薬ニャんて危険物、易々と敵地に運んで、更に一番警戒の強い城壁を吹っ飛ばして生還するだと!?なんつー隠密スキルだニャー!こんな人材がまだ落ちてたニャんて!)


 恒興は驚愕した。城壁をそんな簡単に吹っ飛ばせたら城など攻略し放題ではないかと。しかもそんな大事をしておいて、この男はちゃんと生還している。まだこれ程の人物がフリーで残っている事に恒興は驚いた。流石は多羅尾光俊の紹介だとも思った。


「三之丞、ニャーの元で働けばそんな心配はする必要も無いニャー。何なら訓練用の火薬もニャーが払ってやるニャ」


「ま、真に御座いますか!?」


「ああ、ニャーは池田家独自の諜報機関を設立したいからな。短期依頼じゃなくて専属ニャんだから池田家で面倒を見るのが筋だ。それで伊賀から手練れを連れてこれるかニャ?」


「如何程、必要ですか?」


「100人くらいは欲しいニャ。……もしかして無理?」


「可能な人数ではありますが、その規模だと流石に頭目の許可が要ります。あ、あのたぶん大丈夫です。柘植衆頭目は叔父の柘植幻柳斎なので説得して参ります」


「そうか。じゃあ、結果報告を待つニャー」


 恒興は三之丞に柘植衆全体での契約を望んでいる事を伝えた。恒興は池田家直属の諜報機関が欲しいのだから。

 三之丞は自分を含めて柘植衆の数人で任務に当たる事を想定していたが、規模が違い過ぎているので頭目の許可が必要と言う。ただ、現在の柘植衆頭目は三之丞の叔父の柘植幻柳斎なので説得は問題ないと答え、彼は報告に戻る事になった。


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 柘植の郷に戻った三之丞は早速、柘植衆頭目である叔父の柘植幻柳斎に報告した。三之丞の報告を聞いた白髪の老人は激昂したかの様に立ち上がる。


「何ぃ!池田家で専属の仕事じゃとぉ!?」


「叔父上、あ、あの、郷の者達を少し連れて行きたいんですが。あ、いや、たくさんかな」


「何じゃとぉっ!」


「あの、叔父上。……もしかして怒ってます?勝手に依頼を取ってきたから」


 いつも冷静な叔父が感情的になっている。この事で三之丞は何か失敗してしまったのかと考えてしまう。いや、叔父の気に入らない事をしたのかもとも考える。三之丞個人の仕事だと思ったら柘植衆全体だったで御座る、な訳で柘植衆としての仕事には事前に頭目の許可が必要だ。それを叔父は怒っているのかもと三之丞は思う。

 しかし叔父の幻柳斎はそうではなかった。


「違う、違うんじゃ、清広!わしゃ嬉しい!お前がこれ程の仕事を取ってくるとは」


 幻柳斎は涙を流しそうな勢いで感極まっていた。三之丞が恒興に語った依頼料踏み倒しの現実は柘植衆全体で起こっている事だからだ。


「思えばわしの兄で前頭目であったお前の父・宗家の代で我等は伊賀衆内で先駆けて鉄砲や火薬に着目した。それは復活しては度々侵攻してくる仁木家や合力する者達に勝つ為でもあった」


 柘植衆は前柘植衆頭目で三之丞の父親の柘植宗家の代で鉄砲や火薬を取り入れた。伊賀国で先駆けて鉄砲を取り入れた柘植衆はかなり強くなり、復活しては度々攻めてくる(元)伊賀国守護の仁木家やそれに合力する細川家、木沢家、三好家などを撃退する程だった。


「しかし鉄砲も火薬も驚く程に高い。ならばそれを活かして仕事をすればよいと考えたが、結果はお前も知っているじゃろう」


「何回、報酬を踏み倒されたか分かりませんね」


「故に柘植の郷はいつも困窮状態。甲賀は包囲されて追い詰められたが、わし等など包囲されんでも追い詰められておる始末じゃ」


「情けなくて涙が出そうです」


 しかし鉄砲も火薬もとても高価である。織田信長が鉄砲を量産運用する前なのだから、相当な高値であっただろう。当たり前だが、それは柘植の郷の経済状態を破綻寸前に追い込んだ。そして鉄砲や火薬を駆使して仕事を行う柘植衆は、その高い実力と高過ぎる料金で敬遠され、更に困窮していく。結局、個人が鉄砲傭兵をして食い繋いでいる現状だ。


「じゃが、それも終わりじゃ。お前が大きな仕事を取ってきたからのぅ。この仕事は柘植衆全体で受けるもの、犬山池田家はかなり裕福じゃから郷も潤うというもの」


「ですね、叔父上。では、池田の殿には承諾の返事をしてもよろしいですか?」


「その前にやる事がある」


「何でしょう?」


「清広、お前の柘植家当主就任式じゃ。わしは引退する」


「え?いきなりどうしたんです!?」


 幻柳斎は三之丞を柘植家当主に就任させると宣言する。確かに三之丞は前の当主の嫡男であった。そのため資格は有るのだが、現当主の幻柳斎を引退させてまで22歳の自分に当主が務まるかというと自信がない。


「いきなりではない。わしは元々、兄・宗家の代わり。兄上が亡くなった時、お前が幼かったから代行したに過ぎん。だが、お前は成長し柘植衆全体を救う仕事を持ってくる程になった」


「何もいきなり引退しなくても」


「当主頭目から引退はするが現役までは辞めんぞ。これからは当主後見役として副頭目に退くだけじゃ」


 幻柳斎は元々、代打的な当主就任だと割り切っていた。それは前の当主であった柘植宗家が亡くなった時に三之丞がまだ幼子だったからだ。困窮した柘植衆を幼子に背負わせるなど酷でしかない。だから三之丞が立派に育ち柘植衆を背負える様になるまで代行すると決めていた。幻柳斎はその時が来たのだと確信した。

 だからと言って現役までは辞められない。何しろ三之丞はまだ初心者当主なのだ。教え導く後見役は必要だ。


「兄上!草葉の陰から見ておるか!清広は柘植衆頭目に相応しく育ったぞ!」


「叔父上……」


「清広よ、これからはお前が柘植衆を率いるのだ。柘植衆が専属で仕事をするのだ、率いるお前が頭目でないのは池田の殿様に面目が立つまい」


「はい、叔父上。この三之丞清広、更に励みます!宜しく御指導御鞭撻の程を」


「そう肩肘張るな。これからは後見役としてお前を鍛えてやるからな。ともあれ柘植幻柳斎、柘植家当主を支えますぞ」


 こうして柘植三之丞清広は柘植家当主、柘植衆頭目に就任した。叔父の柘植幻柳斎は当主後見役、柘植衆副頭目となり若い三之丞を支える事を誓った。


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 再度、恒興と面会した三之丞は数人の伴回りを連れてやってきた。そして彼の肩書が変わり、立ち居振る舞いも心なしか大人びたものになっていた。


「殿、お待たせ致しました。柘植衆頭目・柘植三之丞清広、柘植衆100名を引き連れ麾下に加わります」


「帰って来たら頭目になっていたとか、ニャんかいろいろあったみたいだニャー」


「まあ、いろいろ御座いました」


 三之丞は柘植家当主就任式と柘植衆頭目就任式でかなり忙しかった。更には伊賀国各所に挨拶回りもしていた。特に欠かしてはならないのが『伊賀上忍三家』への挨拶だ。現在の伊賀上忍三家当主は百地丹波、服部摂津守 (姓は千賀地とも)、藤林長門守の三人である。柘植家当主は伊賀国において中忍に当たるとの事。伊賀国としての方針はだいたいこの三人で決めている。伊賀全体で動く時だけではあるが。因みに徳川家の服部半蔵は服部摂津守の縁者である。


「そう言えば他に指揮官は居るのか?三之丞だけだと手が足りないんじゃニャいか?」


「いえ、副頭目に叔父上がいますから。柘植幻柳斎という伊賀でも名うての忍びで『掛軸渡りの幻柳斎』と有名なんです」


「掛軸渡り?ニャんだ、ソレ?」


「何でも叔父上は掛軸の後ろから出て来る事が多いとかで、そんなあだ名なんですよ」


「ハハ、掛軸ってニャーの後ろにあるコレか?そんなバカ……な……!???」


 笑いながら振り返った恒興は信じられないものを見た。入り込む事など出来ないはずの床の間に、正座した白髪の老人が掛軸の脇に居たのだから。

 恒興は背中に冷たい汗が流れるのを感じる。何しろ、自分は背後を取られていた事になるのだから。


「ご紹介に預かりました。副頭目の柘植幻柳斎で御座います」


「い、何時から居たんだニャー?」


「『いろいろ御座いました』の辺りで御座います。因みに天井から参りました。いけませんぞ、殿、天井警備を疎かにしては。もちろん、天井警備も柘植衆にお任せを」


「そ、そう。出来れば普通に正面から来てほしいニャー」(やべえよ、コイツがその気ならニャーの暗殺まで容易いって事か。とんでもない手練れだニャー)


「そうですよ、叔父上。無礼ですよ」


 恒興が居る小堤城の城主館は別に手薄ではない。常識的な造りをしているし、恒興も要所にちゃんと警備兵を置いている。それでもこの柘植幻柳斎は易々と入ってきて恒興の背後を取った。そういえば甲賀衆も入って来たなと思い出し、柘植衆による警備強化を考えるのだった。


「実はある情報が入ったので急ぎお知らせに参った次第で御座います。六角承禎及び六角義治が甲賀の郷を出た模様。尚、方角から行先はおそらく……」


「「比叡山」」


「……読んでおられましたかな」


「消去法だニャ。六角承禎が頼れる相手は多くない。近江国に影響力があって織田家に怯む事無く力を貸してくれる相手。三好家は四国に撤退中、朝倉家は動くか分からないし、浅井家には死んでも頭は下げられん。なら、後は比叡山くらいだニャ」


「よく報せてくれたニャ。これからも頼りにするぞ」


「「ははっ」」


 柘植幻柳斎が急ぎ持ってきた報告は、甲賀に逃げ込んでいた六角承禎及び六角義治が移動を開始したという事だった。そして行先はおそらく比叡山延暦寺。この行動は恒興にとって読み通りだ。

 六角親子はお家再興を諦めない。だから動けなくなった甲賀から移動する。もう甲賀は彼等の望みを果たせる場所ではないからだ。しかし近江周辺で織田家と戦える戦力は少ない。三好家は絶賛四国へ撤退中で、足利義昭の要請でも一切動かない朝倉家が六角親子の要請に応えるとは考えにくい。そして浅井長政に頭を下げるなど死んでも出来ない。故に消去法で比叡山延暦寺が割り出されるのである。

 当然というのか、恒興は比叡山周辺に網を張っている。付城を解体する作業をしながら精鋭は比叡山周辺に配置して獲物が掛かるのを待っていた。

 そして恒興は自らの親衛隊と共に報告のあった場所へ出撃した。


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【あとがき】


 恒「ちょ、近江商人(旧型)が反撃してきたんだけど。どうなってるニャー」

 べ「当然だよ。相手は今までの『謀略一発、手も足も出ません』な木っ端じゃないんだから。商人世界ではほぼ最強の相手だよ」

 恒「チクショー、信長様の撰銭令を逆手に取るニャんて、絶対に許さねーギャ!」

 べ「撰銭令のタイミングを狙われたのはそうだけど、逆手には取ってないよ」

 恒「え?」

 べ「だって、『良貨』を貯め込むのは何時でも出来る話なんだから。経済に打撃は商家にとっても痛いからやらないだけの話なんだよ。何故こんな事が出来るのかは分かるよね?」

 恒「ああ、通貨が『国産』じゃないからだニャー。根本の解決には国産通貨の製造が必要なのか」

 べ「そういう事だね。だからこの章のテーマを『金』としたんだけど……辿り着ける気がしないなぁ(遠い目)」

 恒「いつも通り無計画だニャー。で、この良貨貯め込み効果はどれくらいで影響が出るんだニャ?」

 べ「大々的に集めると撰銭令の罰則に引っ掛かるからゆっくりにはなるね。ただ商人は早い目に気付くから恒興くんが一度、犬山に戻ったタイミングで発覚する予定」

 恒「そうか。まあ、ニャーも第二第三第四の矢まで用意しているから、一気にやってやるニャー」


 柘植三之丞清広 22歳

 火薬の扱いだけではなく、鉄砲の腕前も達人級。因みに柘植衆は鉄砲隊としても運用可能というハイスペック忍者。べくのすけも太閤立志伝5で大変お世話になっておりますニャー。城門爆破を持っているので統率の低さはまるで問題にならないニャ。

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