困惑混迷興福寺
恒興が鞍屋央顕の茶屋でくつろいでいる頃、筒井順慶は興福寺別当職を持つ一乗院主と面会していた。齢60前後の老齢の僧侶で順慶にとっては学問の師に当たる。
順慶は事の顛末を老僧侶に語る。筒井家はボロ負けして筒井城も占拠された事、保護大名の措置を受けるために順慶自身が犬山で暮らす事など。老僧侶は少し困った顔をしながら順慶の話を静かに聞いていた。
「そういう事情な訳でして」
「順慶君や、別に無理をする必要はないんじゃよ。興福寺は何時でも君を匿える。何なら今直ぐにでも」
「え?いやいや、無理なんかしてないですよ。犬山行きは俺から言った事ですし」
老僧侶が困った顔をしていたのは順慶の態度が原因である。彼は順慶を心配して匿う準備までしていた。そのために順慶と恒興を引き離す様に指示をしていたのだから。
それなのに順慶は嬉しそうに顛末を語る。自分の家がボロ負けしたと嬉々として話す彼に正気を確かめたくなるくらいだった。この子は本当に武家の当主かと。
「何故、そこまで犬山に?何か拘りがあるのかね?」
「犬山って結構発展してるって聞いたんですよ」
「まあ、噂は聞いておるのう」
「俺、やっぱり『シティボーイ』なんで都会で暮らしたいんですよ」
「ほう、『しちーぼーい』のう……」
老僧侶は『しちーぼーい』について知っている事はない。だが話の流れから彼自身が犬山で暮らしたいという希望は読み取れた。こんな風に読み取ってあげないと、彼とはなかなか話が通じない。
(また出たのう、順慶君の意味不明語が。この子は地頭は悪くないはずなんじゃが、こういった妙な言葉や考え方が周りとの壁になっておる節があるな)
順慶の意味不明語。彼はこんな感じで意味の通じない言葉を何気なく発するため、周囲から全く理解されず壁になっていると老僧侶は感じていた。
話が上手い方向に行かないと老僧侶が悩んでいると目の前の順慶が神妙な顔をしていた。
「それに、……ここに居るとまた松永弾正が狙ってくるかもって順政叔父さんが」
「たしかに。かの御仁は目的が叶うなら手段は選ばぬ質じゃからのう。しかし池田恒興殿が君を守ってくれるのじゃろうか?」
「そこは大丈夫ですよ!俺と恒興君はもう親友みたいなもんなんで!」
「いや、会ったばかりじゃろう!?」
「会った瞬間にこう、ビビっと来たというか」
「そんな一目惚れみたいに言われてものう」
老僧侶は順慶の話が理解しがたいが、彼が脅されて言ってる訳ではない事だけは分かる。ただ、その程度しか理解出来ないので老僧侶は眉を顰めて思い悩む。とはいえ順慶を興福寺で匿う話は破綻した事だけは確定した。
「だ、ダメですかね」
「ダメという訳ではないがのう。あくまで君が辛い立ち位置にいるのならと思うてな。要らぬ心配であったようじゃ」
老僧侶は順慶を気遣う言葉で会見を締め括る。順慶は勉学の師であり、興福寺別当でもある先生を説得出来たと安堵した。これで犬山行きの障害は何もないと。
そんな順慶とは裏腹に興福寺別当である老僧侶は頭を悩ませていた。他の院主達が何と言うのだろうかと。彼は興福寺を代表する別当職にはあるものの絶対権力者という訳ではない。歴史の長い興福寺には多数の院が存在しており、派閥も多数存在している。一乗院や大乗院はその中で有力というだけだ。
実は興福寺では事前に順慶を匿う事で意見を統一していたのだ。いざとなれば僧兵を繰り出して、無理やりにでも連れ去る事も計画していた。それに関しては順慶が自ら興福寺に来たので計画自体が無くなった。それはいいのだが、順慶自身が犬山に行くと言っている状況はどうしたものか、と頭を悩ます。
興福寺が順慶を匿って織田家に反抗する。現時点で興福寺がその方針を決めていたのは、順慶は匿って欲しいと予想していた事と、信長の通告に反感を抱いていた事に起因している。そう、既に興福寺は反織田家で固まりつつあった。
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興福寺別当の老僧侶は主な院主を集めて、順慶と話し合った結果を伝える。主な派閥の長とも言える十数人が集まり、結果を聞いて全員頭を悩ます。筒井順慶を匿い筒井家と共に織田家に反抗する。この計画が最初の一歩目で破綻したのだから仕方ないだろう。誰もが悩んで答えを出せない中、大乗院の院主である壮年の僧侶が老僧侶に訊ねる。
「如何致しますかな、別当殿?当初の予定では、順慶君は脅されているだけだから興福寺で匿う、という手筈でしたが」
「うむ、しかし順慶君が自ら否定しているのではのう」
「何故に順慶君はそんな事を」
「……まあ、順慶君じゃからのう」
「そうですな。順慶君でしたな」
理由を解説するのに困った老僧侶は『順慶だから』とだけ言った。その一言で大乗院主も他の院主達も頷いて納得する。どの僧侶にとっても筒井順慶は思考は謎でしかなかった。
「こうなれば興福寺の都合だけで織田家と交渉する他あるまい。それで六方衆の件はどうじゃ?」
「そちらは不味いですな。既に6割近い六方衆が織田家支持を通告してくる事態になっております」
「なんと!?それだけの者達が既に!?」
「別当殿、これは不味い事態ですぞ。六方衆が再び纏まるなど悪しき前兆やも知れん!」
「これでは織田家に反抗するという話も……」
大乗院主の報告に他の院主達も色めき立つ。織田家が六方衆を懐柔しつつある事も驚愕ではあるが、事件を起こして分裂状態だった六方衆が再び纏まる事に多数の僧侶が危機感を示した。
「まあ皆、落ち着きなさい。順慶君の意思が決まっている以上、興福寺が進んで敵対する必要はない。
「あれは……困りますな。織田信長も何を考えているのやら」
「織田信長は我等を軽く見ているのではあるまいか?」
集まった僧侶達は口々に織田信長への不快感を露わにする。この時、興福寺には織田信長からある通告が来ていた。それが興福寺を反織田家へと導いていた。
「今、そこまで邪推しても仕方がないじゃろう。池田恒興という織田家重臣が直接来ているのは都合が良い」
「ならばその問題も含めて、池田恒興と交渉するという訳ですかな?」
「そういう事になるのう。この方針で交渉となるが皆、よろしいかな?」
「ふむ、それなら別当殿にお任せしよう」
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程なくしてやってきた恒興を興福寺別当である老僧侶が出迎える。彼が自ら出迎える事で「興福寺は織田家の方を蔑ろにはしませんよ」という意志を示し、後の外交を有利にする外交戦術である。
その後、老僧侶の案内で宿房の傍にある部屋に入る。恐らくは外来客用の部屋で茶室としても使える様だ。茶釜を置く囲炉裏もある。そこで恒興と老僧侶は交渉に入る。
「ようこそ興福寺へ、池田殿。歓迎致しますぞ」
「痛み入りますニャー。それで興福寺の対応は如何ですかな?大和国に対する織田家の仕儀はご連絡差し上げた通りですが」
「ええ、拝見致しましたとも。筒井家に対する配慮、寺領に対する配慮など有り難いお話で、当寺の者達も安堵しております。ですがのう……」
「筒井順慶殿の事で何か御座いましたかニャ?」
「いえ、そちらは順慶君の希望という事で、当寺からは何も。彼の事を宜しくお願い致します」
(誰も反対してくれないとか何故なんだろうニャー)
恒興はあらゆる人が反対してくれない現状をおかしく思う。普通、大名家の当主が連れて行かれるとか、どう考えても大きく波立つ話だ。しかもコレについて恒興自身は何もしていない自覚がある。もしかして自分は誰かの策謀に掛けられていないか、とさえ疑ってしまいそうになる。
そんな恒興の思いを老僧侶は知らずか、神妙な顔付きで話を進める。現在、興福寺の僧侶を悩ませ、反織田家に向かわせている
「実は先頃、織田信長様より書状が届きましてな。その内容は『興福寺から2千貫を納める様に』というものだったのですじゃ」
「……」
興福寺を悩ませている問題とは織田信長からの通告。それが2千貫文の矢銭要求である。矢銭というのは簡潔に言えば『賄賂』の事だ。
この矢銭要求は全ての大きな寺社に対して行われた。まあ、金持ってそうな辺りに狙いをつけたといった感じか。当然だが殆どの寺社がこの無礼極まる通告を無視し、得たものといえば織田家への反感だけだった。
この時の信長は正に追い詰められていたから、この様な通告を出したのだ。何があったかと言えば、京の都の建て直しで素寒貧寸前になっていた。京の都建て直しには信長の想定を遥かに超える金銭が必要で、信長は直ぐに破産の危機を迎えた。端的に「誰でもいいから金をくれー!」という状態だった。
結局、この状況はある寺社が支払いに応じた事と、林佐渡に怒られながらも濃尾勢から徴収する事で乗り切った。
(あ、忘れとったニャー。そういえば信長様は寺社に対して矢銭要求してたっけ。前世では京の都建て直しに金が掛かり過ぎて資金調達の一環としてやったと思ってたけど、足りててもやるんだ。……て事は、堺にも2万貫の要求が行ってる訳で。ニャー、こんな所にいる場合じゃねーギャ)
この話を聞いて恒興は目が点になった。何故なら今の織田家は前世の織田家とは違う。特に経済規模が全く違い、現状で前世の織田家に追い付きそうな規模がある。そうなる様に恒興自身も頑張って商業育成に励んだ。だから京の都の建て直し費用が足りないなんて絶対にない。
なのに信長は前世と同じ様に通告を出した。恒興がよく知る信長は無意味な事はしない。という事は信長には『金銭』以外の目的があるという事になる。
そしてこの通告は堺会合衆にも報せられているはずだ。金額は2万貫文。恒興は義祖父の天王寺屋宗達がどんな顔で待ってるかを想像して少し身震いがした。
「この様な情け無い事を貴殿に言うのも何ですがのう。興福寺はそこまで裕福ではないのですじゃ。2千貫、出そうと思えば不可能ではありません。しかしそれを支払えば小坊主達が何人も餓えて死ぬ破目になりましょう。それでも信長様は払えと仰るのでしょうか?生きる事すら許されないと思うと、ううう、あの子供達が不憫で不憫で涙が止まりません」
(ウソくせぇ。そしてウソ泣きだろ、ソレ。とはいえ、これはマズいニャー。たぶん矢銭要求されてるのは興福寺だけじゃない。大きい所は全部だろうニャー。石山や比叡山はどーーーでもいいけど、織田家と協調態勢にある寺は止めてもらわないと要らない敵を作りかねん。これはニャーが信長様に直接言わないとダメだニャ)
さめざめと泣き落としに掛かる老僧侶にウソ臭さしか感じない恒興ではあったが、この通告は取り消さないといけないと思う。そうでなければ恒興はいつまでも大和国に釘付けになるだろう。
恒興にはどうしても打倒したい敵が居る。その上で宗教勢力まで敵に回していられない。何をやっても敵に回りそうな組織は仕方がないが、仲良く出来そうならケンカを売る気は無い。
恒興が打倒したい敵『かの者達』は既に信長に接触した頃だろう。そして彼等の身の程知らずな要求を突き付けられた信長は憤慨しているかも知れない。だが信長は彼等を侮る、武力無き者達がどれ程と。それが危険なのだ、それが故に前世で信長は2人の弟と森三左という寵臣を失う破目になった。あの出来事が信長の性格を一番歪めたと傍に居た恒興は感じていた。
恒興は一刻も早く戻り、甲賀攻略にケリを着けて京の都に行かなければと思う。時が来つつある、信長にかの者達の危険性を伝え、攻勢を開始するべきだと。恒興はそのための大戦略を練り、策謀という名の積み木をずっと積み上げ続けてきたのだから。
「興福寺の事情はよく理解致しましたニャー。2千貫の件につきましてはニャーが信長様に報告して免除を取り付けてまいります。どうか、興福寺の皆様にはご安心頂けます様」
恒興としては矢銭要求の全取り消しくらいを考えてはいるが、ここは個別免除と言っておく。恒興の回答を聞いて老僧侶はほっとした表情になる。
「おお、それは有り難い。ならば興福寺は織田家の方針を尊重致しますぞ」
「ええ、良しなに願いますニャー」
(やべぇニャー。さっさと終わらせて戻らんと)
恒興が大和国に居る間にも時は流れ、様々な事が起こる。様々な人々がそれぞれの考えで動いているのだから当然だ。問題は京の都に滞在している信長だ。彼の周りではそれまでなかった事が起こり続けているだろう。それ故に恒興の考えとの乖離が進んでいる様に思う。
早く信長の元に行きたい、これからの事を話してお互いの考えをすり合わせておきたい。もう恒興の頭は早く帰る事でいっぱいになっていた。
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恒興が速足で筒井城に戻ると来客が来ていた。その者は鞍屋央顕の息子で鞍屋の現当主だという。おそらく鞍屋央顕は恒興の接待を終わらせた後、直ぐに息子の所に行ったのだろう。まあ、興福寺と奈良の町はかなり近いので歩いても一時間程度だ。寧ろ筒井城の方がかなり遠い。
たぶん馬を急がせて来てくれたのだろうと思い、恒興は直ぐに会う事にした。鞍屋央顕の息子を使う事は彼との約束でもある。恒興が上座に着席すると痛々しく右の頬を腫らした30代くらいの男が頭を下げた。
「お初にお目通り致します。鞍屋央顕が子、鞍屋八兵衛で御座います」
「おう、ニャーが池田勝三郎恒興だ……って、どしたニャー、その右頬は」
「は、はあ。これは私が甲賀に商隊を送り出そうとしましたところ、親父が走り込んできて膝蹴りを、うう……」
彼の話では恒興と鞍屋央顕が会っている頃には甲賀への商隊が準備完了となっていた。物資不足の甲賀で一儲けしようと大和国の商人が挙って参加していた。その中心となっていたのがこの男、鞍屋八兵衛であった。そして商隊を出発させようとした時、鞍屋央顕が走り込んできて問答無用の膝蹴りを息子の右頬に叩き込んだという経緯だと八兵衛は語った。
恒興は成程と思った。普通に口で問答していてはその間に商隊が出発してしまう。商隊が一度出発してしまうと恒興が即座に潰しに来る可能性がある。恒興との約束も反故になる。だから鞍屋央顕は強引な手段に訴えたのだと。主催者を蹴り飛ばして、そのインパクトで全員を足止めしてから事情説明したのだ。主催者が自分の息子だったから出来た事だな、と恒興は思う。
「央顕、意外とやるニャー。だがそれは『親の愛』だ、甘んじて受け入れろ」
「そ、そういうものですか……?」
「うっかり八兵衛君よ。甲賀への商隊を央顕が止めなかったら、お前さん今頃どうなってたと思ってるんだニャ?」
「えーと、池田様から抗議される、とか?」
「それで済むかーっ!!即刻、刀ブン回して出撃しとるわっ!!」
「ひ、ひぃ!?すみません、もうしません!」
八兵衛がイマイチ父親の想いを分かっていない様なので、恒興は現実を教えてやる事にした。即ち、商隊が出発したら何が起こるか。当然の様に恒興は出撃し全員捕縛、抵抗があるなら少なくない血が流れただろう。いや、既に筒井軍が道を封鎖していたのでそちらに捕まったかも知れない。少なくとも恒興は鞍屋及び協力した商家に何かしらの制裁を加える事になる。
それを鞍屋央顕はたった一人で止めて見せたのだ。多少強引なやり方かも知れないが、事が悪い方向に行っていれば鞍屋八兵衛は命の危険すらあった。
「だからその右頬だけで済んで良かったなって話だニャー。鬱陶しく感じられるかも知れんが、自分を叱ってくれる存在は貴重だぞ。立場が上になればなるほど叱ってくれる存在は減るしニャ」
「……」
『王者は孤独』とよく言われるのは、頂点に近い人間ほど叱ってくれる人が居なくなるという事だろう。恒興は膝蹴りをしてでも八兵衛の愚かさを教えた央顕に感謝すべきだと思っている。父親と息子はこんな感じなんだろうなと、早くに父親を亡くした恒興は八兵衛を羨ましくも思う。
「人間は自分が曲がってる事を自分じゃ判らん生き物だ。だからその曲がり具合を他人の尺度に求めるのは悪い事じゃないニャー。その尺度を正義や理想といったものに求めるヤツは……」
「求めるヤツは、何です?」
「あ、いや、ニャんでもない」
恒興は途中で話を切る。彼は欲より正義や理想に傾倒する者は殺すと断言している。だが、それを鞍屋八兵衛に言って何になると気付き会話を終わらせた。
人間は自分が曲がってる事を自分では判らない生き物というのは結果論である。過去の独裁者達を見ればより解るだろう。彼等は自分が曲がっている事に気付けないが故に、叱ってくれる人間が存在しないが故に虐殺や恐怖政治を正しいと信じて行う『確信犯』となった。この『確信犯』とは犯罪だと理解して行う人という意味ではない、自分が絶対に正しいと確信してどんなことでもやる人の事だ。自分が正しいと信じているので罪悪感が全く無いのが一番の特徴と言える。
だから恒興は叱られない権力者は危険だとも認識している。恒興自身もかなり地位が高いので気を付けねばと思う。それに関しては土居宗珊という物怖じしない家老がいるし、如何にしても恒興が勝てない養徳院桂昌という母親もいる。そして恒興は母親の顔を思い浮かべて「あの人はニャーよりも長生きだったニャー」と前世の記憶を思い出した。
「……コホン、お前さんを呼び出したのは他でもない。伊勢国の商路の話だニャ」
「それですよ~、もう野盗が増え過ぎて
「ああ、分かった、分かったニャー。脅して悪かったよ。央顕が止めた以上、もうそんな事する気はニャいから安心しろ。で、話を戻すぞ」
伊勢国の話をすると八兵衛は泣き出しそうな勢いで愚痴り出す。どうも鞍屋八兵衛ら大和商人はかなり追い詰められていた様だ。西側は堺会合衆の縄張りだし、北に行けば必ず『かの者達』が居る。だからこそ大和商人にとって伊勢国は儲け所であり、途中にある伊賀国の豪族達ともかなり仲良くしている。何せ伊勢国の商人は湊に集住している海運商人が多いため、山路は大和商人の独壇場だったのだ。
それが数年前から野盗山賊被害が増えて、対応するべき筒井家と松永家が戦争で忙しく放置したため、商路自体が使えなくなっていった。護衛を増やして対応していたが費用が嵩む。そして、大勢雇っても山賊達は断続的に襲い続けてくるため、最近では護衛すら雇えなくなってきていた。護衛だって死にたくはないのだから。
そんな追い詰められていた時期に降ってきた『甲賀への物資補給』という儲け話。これに皆が飛び付かない訳がなかったのだ。ただそこに野盗山賊など話にならない程危険な『池田恒興』という虎の尾があっただけだ。
やる事為す事、裏目に出ている八兵衛はどんな厄に憑かれているのかと嘆く。
「商路の話ですよね」
「ああ。まず筒井家と松永家は停戦となる手筈だニャ。それに伴い筒井家では大規模な領地直しに掛かる。同時に逃散した農民を連れ戻すそうだ。野盗の大半が食うに困った逃散農民だってのは知ってるだろ」
「そりゃ、まあ。という事は、直ぐに通れる様になると?」
「なる訳ねえニャー。暫くの時間は掛かる。そこで興福寺の僧兵『六方衆』と話が付いたから、彼等を護衛として雇え」
「それは心強いですね。大和国で彼等を敵に回そうなんてアホはほぼ居ませんし」
「護衛料は『御布施』として納める事。僧兵は行脚修行を名目としているが大和国からは出ない。注意点はそれくらいかニャ。ああ、護衛料は一人頭計算で定額となっている。後で料金表を渡すから、お前が仕切って大和商人に仲介しろ」
恒興は筒井家と松永家が停戦すると伝える。これは筒井家が織田家の保護大名となった事で両家が親織田家勢力となるためだ。そして筒井家では大規模な領地直しを行うと既に決め、順慶の叔父である筒井順政が張り切って準備している。
野盗働きしている大半は食えぬが故に賊と化した大和国の逃散農民だ。野盗山賊が断続的に襲ってくるのは、彼等が死に物狂いで襲ってくるからだ。この者達を説得するのに筒井軍も出るが、護衛として雇われる僧兵にも説得してもらう。流石に興福寺僧兵『六方衆』を敵に回そうという大和国の民は少ないだろうし、僧兵は地元民に信頼もあるから話も聞いてもらえるだろう。本物の野盗山賊なら六方衆を見ただけで一目散に逃げ出すと思われる。それだけ大和国の僧兵は強いと思われている。
そして僧兵達を商人に仲介するのが、この鞍屋八兵衛という事だ。彼にとっては儲けにもなるし、大和国商人の第一人者という地位も確立出来る権利になる。これが恒興が央顕と約束した見返りという訳だ。
普通なら商人として儲かる事に満面の笑みになる所だが、八兵衛は少しつまらなそうな顔をして言う。
「はあ、『御布施』ですかぁ。何だか欺瞞めいてますなぁ。形ばかりに拘る、まさに……」
「はい、その口閉じろニャ。そういう誰得にもならん事を口から出すな。僧兵の誇りを傷付けても困るのはお前だぞ。わかったか、うっかり八兵衛君よ?」
「あ、はい!すんませんでした。黙って仕事します!」
(ホントに大丈夫かニャー、コイツ)
僧兵の欺瞞に少し不満の言葉を出す八兵衛に、恒興は即座に釘を打つ。昔に僧兵と何かがあったのかも知れないが、それを口に出す意味は全くない。それどころか、それを聞いた僧兵達を怒らせたら整えた計画が潰れる危険すらある。
一抹の不安を感じながらも恒興は運用を鞍屋八兵衛に任せるのだった。
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【あとがき】
順慶くんに困惑させられ信長さんの行いに混迷させられる興福寺の皆様でした。たぶん再登場しないので名前は出さない方針ですニャー。別当職に就いた僧侶は名前が残ってますので調べれば判りますが。登場人物を増やしたくないとか、後で登場人物まとめ作るのめんどいとかじゃないよ、ほんとほんと。
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