伏兵来たりてwith飯尾敏宗の想い
稲葉彦と島左近がぶつかっていた頃、池田恒興率いる本隊は街道を南下して多聞山城を目指していた。判り易く街道を歩いている理由は何処かに伏せているであろう筒井軍伏兵に出て来てもらうためだ。
1000人を超える兵士が伏せれる場所などそう多くない。恒興はあの辺りかニャーと林をちらりと見ていた。案の定、そこから筒井軍が姿を現し突撃してきた。
「殿、右手の森から伏兵です!」
「やっと出て来たか、待ちくたびれたニャ。……清良、撃て」
やっとか、と息をついた恒興は即座に命令を下す。本隊の右側に細い列を作って歩く部隊。その部隊長の池田家鉄砲大将・土居清良に。
「はっ、鉄砲隊構えっ!」
清良も待ってましたとばかりに号令を掛ける。既に列を作って並んでいた鉄砲兵はその場にしゃがみ、走ってくる敵の先頭に狙いを付ける。
「撃てーっ!!」
清良の射撃号令で鉄砲200丁が一斉に火を吹く。恐ろしい轟音が鳴り、敵兵がバタバタと倒れていく。
「全隊、下がれーっ!」
それを見届けた清良は即座に部隊を下げる。今回は第二射はしない。その前に味方が突撃する予定だからだ。鉄砲隊の役目は被害の視覚効果と轟音で敵兵の足を止める事、つまり「進むと餌食になるぞ」と、鉄砲の恐怖を刻み込む事にある。どれくらい敵を倒したかはあまり重視されない。
鉄砲隊が下がったのを確認して、恒興は次の命令を出す。
「次だニャ。敏宗、先駆け衆突撃せよ。犬山最強を教えてやれニャ」
恒興の号令である集団が前に進み出る。軍装を親衛隊と同じく『黒』で統一した騎馬武者が100騎、その先頭に同じく黒一色の鎧を身に着けた飯尾敏宗がいる。黒い騎馬武者というだけでも目を引くが、最大の特徴は馬にまで黒い装甲を身に着けている点だ。
この馬の装甲は恒興が犬山の鉄鋼職人に特注で作らせた物だ。戦場において馬を殺傷する武器は弓矢か槍が主となる。槍で最も多いのが『槍衾』という前方からの槍攻撃だ。恒興はこれをなるべく防ぐ為に馬の前面に特注の装甲を作らせた。馬の胸には少し流線形になった装甲を。これは槍の穂先が当たった時に滑らせて防ぐ物だ。馬の首には鎖帷子と鱗状の鉄板を取り付けた。西洋の『
それらの馬防具を黒で塗らせて飯尾敏宗の騎馬隊に配備したのである。弓矢に関してもある程度の防御効果を期待している。恒興がここまで揃えた理由は馬に死んでほしくないから。馬は高価な生き物なのだから。ただ、これらの防具は前面の防御のみで横や後ろにはない。理由は重くなり過ぎると馬が走れないと思ったからだ。
「応!我等、犬山最強飯尾衆、その力を見よやぁぁ!全軍、我に続けーっ!!」
飯尾敏宗は気合の咆哮上げて先頭を駆る。その胸に去来した気持ちを抑えきれなかった。
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飯尾敏宗は飯尾家の次男として産まれた。そして産まれた時から彼には役割が与えられた。それは『嫡子である兄の予備』である。その為、敏宗は部屋住み次男坊としての生活を余儀なくされる。結婚も出来ず、ただ淡々と過ごす事になった敏宗は武芸に打ち込む。武芸を磨く事は武士として美徳であるし、刀を振っていれば悩み事もツライ事も忘れる事が出来た。因みに結婚出来ない理由は、兄に何かがあって廃嫡となった場合、兄の嫁をそのまま引き継ぐからだ。
そんな彼が部屋住みから開放されたのは、兄の信宗に待望の嫡子(後の飯尾茂助)が産まれたからだ。これで兄の予備である部屋住み次男坊をお役御免となり、犬山城の侍として働き始める。真面目で武芸の腕も立つ敏宗は同僚から信頼され、上司であった武士から嫁も貰えた。全て順風満帆と言いたいが、主君である織田信清からはいまいち評価されていなかった。その証拠が『美濃斎藤家への密使』だ。名誉からは程遠く後ろ暗い仕事を与えられたという事は、信清は敏宗を使い捨てにしても惜しくないと思っていた証拠でもある。
敏宗は腐らずに密使の仕事を完遂しようとした。この時に敏宗は加藤政盛と顔を合わせた。同僚ではあったのだが、部署も役割も違うので特に親しい事は無いし、それまで接点も無かった。聞けば、この加藤政盛も優秀な兄達に才能が敵わず、別の道として侍を志したという。兄というのは弟にとって大きな壁だなと敏宗は共感した。この時に彼等は後の人生を大きく変える出会いに遭遇した。織田信清の身辺を洗っていた池田恒興に。
恒興と随伴していた前田利家に捕らえられた二人に、恒興は家族を連れて脱出しろという。織田信清はもう終わりだと。敏宗は政盛と話し合い、それぞれの妻を連れて脱出した。その後は恒興に匿われた後、池田家臣となる。
自分達が脱出して犬山城に残った親族や同僚は大丈夫だろうかと心配になったが必要無かった。池田恒興及び織田信長が速攻で動き、織田信清は裏切り者探しどころではなくなったからだ。……心配していた親族(嫁の家族)や同僚達まで脱出してきた。
ここからは雪原を転がる雪玉の如く、恒興の爆発的な出世が始まる。恒興の功が大きいのは理解出来るものの、いきなり城主は出世し過ぎには思える。そこはやはり『織田信長の義弟』だからなのだろう。信長の乳母である養徳院への配慮も入っているのは間違いない。
その恒興の出世に巻き込まれる様に敏宗も有り得ないほど出世していく。敏宗は主に犬山の武官を纏める様になり、その過程で自分の家である犬山飯尾家を建てた。部屋住み次男坊が自分の家を建てるまでになったのだから、念願を叶えたと言うべきなのだが敏宗の心は晴れてはいなかった。それは何故か?恒興が犬山城主になった時から敏宗の活躍の場がほぼ無くなっていったからだ。
恒興が犬山城主になると中濃豪族や奥美濃衆といった者達が傘下に加わる。彼等は手柄に飢えている為、積極的に前に出ようとする。織田家にとっては新参である彼等が手柄を欲するのは仕方ない。問題は主君である恒興だ。彼は謀略を多用する為、戦場に来たと思ったら勝敗が決している事が多い。そして数少ない活躍の場も美濃衆が持っていくばかりだ。
立身出世から飯尾本家の当主にまでなったが、最近の敏宗は少々、鬱屈した日々を送っていた。同じ様に池田家臣となった加藤政盛は毎日の様に走り回り忙しそうだ。敏宗と政盛では役目が違うので仕方がないが羨ましかった。敏宗は十全に活躍出来ていない自分が嫌だった。周りから「運だけで成り上がった」「主君に恵まれた」などとは言われたくない。だからといって前田慶の様に思い切りが良すぎる自由にもなれない。敏宗は池田恒興に
本来、飯尾衆は小堤山城の留守居であった。総勢で2000を数える飯尾衆は規模が大きく、引き抜くと小堤山城防衛に支障が出るからである。敏宗はまたかと落胆した。だがこの時の彼は前田慶ほどにはなれないが、少しだけ我儘を言う事にしたのだ。
「私も殿の下で戦いとう御座います」
「おいおい、待つニャー。流石に飯尾衆は規模が大きい。今回はスマンが留守居を頼むニャ」
やはり変わらなかった。敏宗はこれも役目だ、仕方ないと自分を納得させようとした。これ以上、我儘を言って主君を困らせるべきではないと。だが助け舟は意外な方向から来た。
「いいじゃないか、殿。代わりに私が残るよ」
助け舟を出したのは出陣予定だった金森長近だ。
「よろしいのですか、長近殿?」
「構わないよ。私はもう大功を稼いだからね。ただ、飯尾衆は半分置いて行ってくれ」
「承知致した。兄の信宗に半数を預け、長近殿の旗下に入れます。かたじけない!」
金森長近は南近江調略において既にかなりの功績を稼いでいる。主導したのは恒興ではあるが、後藤高治調略及び佐和山城獲得、南近江の諸豪族への橋渡しなど今回の対六角戦における戦功の半分に匹敵すると言われる程の大功だ。おそらく城主の座は約束されているだろう。
「これでいいだろ、殿?」
「まあ、長近がそれでいいなら、ニャーにも異論は無い。それじゃ敏宗、今回はガチでやるから精鋭選んで連れてくるニャー」
「ははっ!」
こうして敏宗は大和攻略戦に加わる事が出来た。
だからこそ敏宗は猛った。ココこそが自分が望んだ功名の場だと。
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一方の筒井軍は完全に浮足立っていた。自分達が奇襲したはずなのに、何故か鉄砲隊が並んでいて一斉射撃を受けた。前衛にいた者達はバタバタと倒れ、部隊は足が止まってしまった。そこに真っ黒な騎馬武者が突撃して来る。その馬の頭には大きな角が生えている化け物の集団が。筒井軍前衛は向かって来る黒い化け物集団に恐怖した。
「
恐慌をきたす筒井軍に構わず、敏宗は突撃する。逃げ遅れた敵を跳ね飛ばしながら自ら槍を振るい戦果を拡げる。他の騎馬武者も次々に突撃し、筒井軍前衛は完全に崩壊した。
ただ、敵を巻き込めば巻き込む程に馬は進めなくなる。騎馬も足が止まると歩兵の餌食となる。態勢を立て直した筒井軍の兵士は騎馬に対して反撃を試みる。馬は前面に装甲を着せているが横側には無い。それを狙って槍を突き出そうとした。
「く、くそぉ!よくもやりやがったな!槍の餌食にしたるわい……って、うげぇ!?」
反撃に出ようとした筒井軍兵士に襲い掛かる者達がいた。騎馬武者ではない。突然、多勢の歩兵が突っ込んできたのだ。
「させると思うか!飯尾家
「おおおぉーっ!!」
飯尾家徒士隊は足の止まった騎馬隊の横をすり抜けて敵に襲い掛かる。彼等は騎馬隊の後ろをずっと走ってきたのだ。飯尾家の騎馬隊は1騎につき5〜10人の徒士が付く。現代で言うところの『機械化歩兵』の様なものだ。騎馬武者は止まるとどうしても隙が大きくなる為、守る徒士が必要になる。これは日の本の騎馬運用の基本とも言える。
「凄いですね。敏宗のヤツ、かなり気合い入ってますよ」
「ふふん、ニャーも飯尾衆に投資した甲斐があったってもんだニャー」
加藤政盛は飯尾衆の本気の突撃は初めて見る。凄いとしか感想が出ない程の迫力だった。恒興も筒井軍前衛を大いに崩した飯尾敏宗の働きに満足気であった。
そして恒興は慢心はせず、即座に次の命令を下す。
「機だ。教明、敵に横撃を掛けるニャ!」
「はっ!犬山三河衆、出るぞ!飯尾衆に遅れを取るな!!」
恒興の命令を受けて加藤教明率いる犬山三河衆が筒井軍左翼を目掛けて突撃する。筒井軍前衛が止まった為に左翼である彼等も足が止まってしまった。そこに白兵戦強者揃いの三河者達が突撃して暴れる。
筒井軍が崩壊し掛かっている事は森志摩守にも理解出来た。というか、鉄砲の音がなってから、あっという間にこの状況に追い込まれてしまった。状況の変化が予定外な方向に速過ぎた為、森志摩守は対応がかなり遅れていた。
「い、いかん!敵がこれ程とは!?一旦右翼に軍を纏めて押し返すのですぞーっ!」
「志摩守様、大変です!」
「今度は何ですぞ!?」
「池田軍の本陣が……」
「それがどうしたのですぞ!?」
「我が軍の右翼方向に回り込んでいますーっ!!」
「で、ですぞーーーんっ!!?」
そう、遅過ぎた。恒興は本陣を移動させ続けており、筒井軍右翼に突撃出来る位置に居た。敵軍襲来を鉄砲一斉射で足止め、次いで飯尾衆騎馬隊による突撃からの徒士隊突撃、更に敵軍左翼に犬山三河衆の横撃。そして敵軍右翼目掛けて池田恒興の本陣たる親衛隊が突撃する。それ即ち。
「これが『三方包囲』の正しいやり方だニャー!分かったか、アホンダラぁ!!本陣総突撃、ニャーに続けぇぇぇーっ!!!」
恒興は愛馬・影月に跨がり、腰に差した名刀・松倉江を抜き放ち総突撃を宣言する。
そして池田軍団本陣を形成する池田家親衛隊から大喚声が……挙がらなかった。というか皆、一様に「え?殿が先頭!?そんなバカな!!?」という驚きしかなかった。
たしかに恒興は元親衛隊長ではあった。だが犬山城主になってからは親衛隊の指揮も採らなくなった。その為に親衛隊長がいるのだから。これは当たり前の事で総大将がそんな簡単に自分の身を危険に晒してはいけないからだ。まあ、好んで先頭を走る大名がいない訳ではないが、総大将ではないのでまだマシである。当たり前だが傍にいた加藤政盛が影月のハミを繋いでいる辺りの手綱を取って止めに掛かる。
「ちょっとーっ!?殿、貴方は『総大将』!忘れてませんかーっ!!」
「離せニャーっ!!どいつもこいつも(主にお慶が)勝手ばっかしやがってぇぇぇ!全員、ぶっ倒してやるニャァァァ!!!」
あまりの剣幕に可児六郎も加勢して影月を止める。そして可児才蔵の方を見て叫ぶ。
「才蔵!ここは私に任せて先に行けーっ!」
「六郎、お前……」
「なに、後から必ず行くさ」
「ああ、待ってるぜ。……じゃ、しっかり殿止めとけよ。全軍!俺に続けーっ!!」
「「「おおーっ!!」」」
こうして池田恒興が誇る最精鋭『侍500名から成る池田家親衛隊』が筒井軍右翼へと突撃を開始した。叫び散らす恒興を置いて。
池田家親衛隊は全て侍である。彼等は他の兵士と違い、日常において農作業はしていない。では何をしているのか?それは毎日、道場で己を鍛えている。他にしている事は警備任務、治安任務、主の護衛となる。つまり常日頃から戦闘鍛錬に励んでいるだけの集団である。
この親衛隊は織田信長が創設した救済措置の一つで母衣衆と同質のものだ。前田利家や佐々成政を見ても分かる通り、母衣衆に選ばれるにはある程度の家格も必要なのだ。ある程度の家の余った子息を引き取る事で、その家を手懐ける意図がある。
ではある程度の勢力も無い家の子息はどうするのか?その答えが『親衛隊』であった。更に母衣衆選抜で前田利家によってボコボコにされて落ち込んでいた義弟を慰める形で隊長にしてやろうという信長の意図もあったとかなかったとか。
だが、恒興を犬山城主に抜擢した事で信長は親衛隊をそのまま彼に付けた。既に信長は織田家当主となっていたので新たに小姓衆や馬廻り衆などを編成していた。その為、恒興の親衛隊が余ってしまったのだ。厄介払いという訳ではないが、多くなった親衛隊の一部を恒興に渡したという感じなのだ。
そんな武力に偏重した集団が500人。先頭を行くは宝蔵院流槍術の達人である可児才蔵。更に装備も恒興から良品を支給されている。この恐ろしい集団に突撃された筒井軍右翼の農民兵はあっという間に蹂躪されて逃げ惑う事になった。
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余談ではあるが、日の本には総大将が敵に突撃した例が存在する。1538年の『第一次国府台合戦』である。
これは小田原を拠点に勢力を伸ばしていた北条家2代目当主・北条氏綱とそれを危険視した小弓公方・足利義明率いる東関東連合の戦いだ。氏綱としては小弓公方を敗走させて勢力拡大を狙っていたのだろう。捕縛出来たなら最高で傀儡に出来る。その様に考えていたと思われる。
だが合戦が始まり少し経過すると足利義明討死の報が氏綱にもたらされる。何と小弓公方・足利義明は自ら北条軍に突撃していたのだ。当たり前だがあっさりと弓の餌食になっていた。
氏綱は信じたくなかっただろうし、呆然となっただろう。殺してしまうと利用出来ない上に公方殺しの悪名だけが残る。正に最悪の結果だった。
この戦いにはまだ豪族程度だった里見義堯も公方側で参加している。だが足利義明の「私が戦場に出れば北条家の兵士も公方の威光に畏れ慄いて矢の一本も放つ事は出来ない」発言を聞いて呆れた。里見義堯は「ダメだ、コイツ。早く逃げないと」と部隊を下げ、討死が分かると撤退した。そして空白地帯となった足利家の領地を奪取して大名へと躍進したのだ。
これを北条氏綱の失敗に加えるかは悩み所だ。相手の愚かさまで計算に入れろとか無理難題なのだから。
恒興の行いはこの小弓公方の二の舞いに為りかねない危険なものだという事だ。
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親衛隊が敵を蹂躪している頃、影月は迷っていた。自分の背中に乗る主は『進め進めニャー』と頻りに腹を蹴ってくる。だが、よく近くに居る人間が二人、自分に進むなと止めている。はて、どうすべきだろうか。前で自分を止める二人の顔はかなり必死な様子だ。少し顔を動かして後ろを見れば主が暴れているのだが、その顔はどう見ても正気ではない。
少し考えて影月は決めた。主が落ち着くまでテコでも動かないと。彼は頭が良かった。
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勝敗は既に確定した。それは誰の目から見ても明らかで筒井軍の兵士達も認識した。前方に両側方から攻勢を受けて押され続けている。筒井軍は自然と空いている後方へと移動していた。そして堰を切ったように筒井軍は後方から崩壊した。
「こんなに強えなんて聞いてねえよー」「もうダメだー、こりゃ負けだぞ」「ヤベぇヤベぇ、はよ逃げなアカン」「命あっての物種じゃあ。逃げろーっ!」
逃げる人の流れは奔流の如く、次々に兵士が加わり止める事も出来ない。こうなるとどれ程の名将であろうとも止められない。
兵士達が次々に逃げていく状況に、森志摩守は何を何処で間違えたのだと自問自答していた。
「こんな……こんなバカなですぞぉぉぉーっ!池田恒興は小細工ばかりで戦を嫌がる弱将ではなかったのかー!」
森志摩守の叫びは慟哭の如く、戦場に虚しく響いた。
普通、戦場の喧騒に消されるはずの叫びを、恒興は特殊条件発動型地獄耳でキャッチしていた。特殊条件は『自分の悪口に対して』である。
「なんか今、ニャーの悪口が聞こえて来たんだけど。ニャーは戦を嫌がってんじゃねーギャ。人死にが増えるのが嫌ニャんだよ。犬山の人手不足に拍車をかけてたまるか」
「おや、殿、落ち着きましたかい?」
「ああ、落ち着いた。ごめんニャー」
「気を付けてくださいよ。総大将がケガしただけで全軍崩壊とか、ザラにあるんですから」
「分かってるニャー。頭に血が昇り過ぎたニャ」
既に敵陣を大きく抉り、敵が逃げ出している為、可児才蔵は親衛隊を一度纏めていた。その安全圏に落ち着いた恒興と加藤政盛、可児六郎がやって来ていた。
恒興が何故、自ら親衛隊を率いて突撃しようとしたか。それは本来、敵右翼に突撃するはずの『前田慶率いる前田衆』が居なかったからだ。前田衆だけだと数が足りないので親衛隊の一部も突撃予定だったが、肝心の前田衆が丸ごと居ない為、親衛隊全軍突撃に変更した。そこに恒興の怒りが絡んで足利義明の二の舞いになるところだった。
「しかし、そんな言葉が聞こえてくるって事は敵将が近くに居るんですかね。……一丁、俺が捕まえてきましょうか?」
「おう、行って来い。親衛隊半分連れてけニャー。ただし殺すニャよ、ニャーが直々に説教してやる」
「了解!親衛隊、突入するぞ。付いて来い!」
可児才蔵は親衛隊の半数を伴い「ですぞ、ですぞ」と言いながら呆然としている男を捕らえたという。
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戦いは池田恒興の圧勝に終わる。そして斥候からの報告で多聞山城は包囲されていない事、更に筒井家に残存兵数がほぼ無い事を知る。筒井家に残存兵数が無いというのは、本拠である筒井城に殆ど兵士がいないからだ。筒井城には100人程度しかいないと報告が上がってきた。
これを受けて恒興は多聞山城へは向かわず筒井城に転進する。その前に恒興は飯尾敏宗を呼び出す。
「敏宗、ちょっと行って欲しい所があるニャー」
「はっ、何処でしょうか」
「筒井城と興福寺の間だニャー。……筒井順慶が興福寺に逃げ出すかも知れない。あの場所に逃げ込まれるのは厄介だからニャー」
「承知。騎馬のみで先行致します」
飯尾敏宗は恒興の命令を受け、即座に飯尾家騎馬隊と出撃した。
「これでよしか。さてニャーは筒井城に進軍しながら……説教の時間だニャー」
敏宗を見送った恒興はアルティメット説教タイムを始める為に本陣に戻った。内容は主に「誰が弱将だニャー、コノヤロー」である。
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【あとがき】
べ「次回は順慶くん初登場。彼は重要人物だから今後も登場し続ける」
恒「意外な方向に行くニャー」
べ「彼から未来の技術を取り入れる」
恒「おお、ニャるほど」
べ「という事はほぼ無い」
恒「ニャんでやねーん!」
べ「出来る訳ないさ。知識は高校生レベルで歴史の知識を殆ど抜いたべくのすけを参考にするからね」
恒「それは『役立たず』って言うんだニャー」
べ「やかましいよ!」
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