閑話 戦いの暇(いとま)

南近江竜王城。

ここには木下軍団が主に在城している。彼等は恒興の大和攻略に際し留守番を命じられた為、全軍が駐屯している。

だが、甲賀に動き無く、また森可成軍団も到着した為、盤石な態勢が整っている。つまり『暇』だった。

あまりに暇過ぎるため軍団長である木下秀吉は机に寝そべり遠くの空を眺める。その机は本来、諸将を集めて作戦図などを広げる為にあるもので、決して寝台などではない。秀吉に侍る弟の木下小一郎長秀も苦々しく自分の兄の醜態を見ていた。


「暇だー。暇だでよー、小一郎ー」


「少しはシャキっとしてくれよ、兄者。他のヤツラに示しがつかないじゃないか」


「そんな事言ったってよー。敵なんて来ねーがや。何かやる事はないもんかなー、半兵衛」


弟の苦言に秀吉は半身を起こして答える。その態度に呆れ顔をする小一郎を放って、秀吉は竹中半兵衛重治にも聞いてみる。


「そうですね。では、この竜王城の改善案を練ってみるというのはどうでしょう。突貫工事でしたのでアラが目立ちますよ」


「そんな事言ったって今更改修出来ねーし。俺じゃあ城の縄張りは分からんし」


「情けない泣き言にしか聞こえんぞ、兄者」


「そんなに難しくはありませんよ。敵の兵士になった気で城門から歩けばいいのです。何処に何があったら嫌か考えるだけですよ」


「なるほどなー。で?それをやって何になるんじゃ?暇潰ししてこいってか?」


「殿が領地を貰った時に自分の城を建てるかも知れません。その練習になるのではと思いますが」


「自分の城……俺の城かー。そいつはええなぁ~。お、何かやる気出て来た!」


「それは重畳」


「兄者は現金だな、本当に」


半兵衛に言われて秀吉は自分の城を思い浮かべる。墨俣城など比べ物にならない豪華で立派な城を。その最上階から下を見下ろして笑う未来の自分を連想していた。

そこまで妄想してやる気を出した秀吉を半兵衛は笑顔で、小一郎は呆れ顔で見ていた。


「しょうがねぇだろ。経済封鎖は面白くないんだよ」


「何言ってんだ、兄者。すげぇ事じゃないか」


「何つーかなー。伊勢でもやってたから目新しさが無いというか。そうは思わねーか、半兵衛?」


「私は思いませんね。寧ろ、面白い。この先の展開が楽しみでなりません。なので私は黙って見ているつもりです」


秀吉は2度目の経済封鎖作戦に目新しい所が無いと愚痴をこぼす。だからつまらないのだと。それに対して半兵衛は面白いと評価する。故に彼は甲賀攻略戦では積極的に動かず、恒興の作戦の邪魔にならない様にしているのだと。


「ま、まさか半兵衛、甲賀の民衆が苦しむ様を見て楽しんどるんか!?」


「……違いますよ。私にそんな趣味は有りません。『楽しみ』だと言ったのは相手がどうなるかですよ」


「ん?甲賀がどうかなるんか?」


「いえ、相手とは甲賀の事ではありません。そもそもこの『付城戦術』は甲賀攻略の為に建てられた物ではありませんから」


「何を言ってるんだ、半兵衛殿。この戦いは甲賀攻略のための……」


「甲賀を降すだけなら付城など要らないでしょう。挑発し続ければそのうち出て来ます。彼等はあくまでも横並びの豪族連合。団結力はあっても統率力はありませんよ」


「堪え切れんヤツが出て来るって事か」


「ええ。1、2戦勝てば和議という話も出るでしょう。時間的には付城の方が掛かります」


「じゃあ、甲賀攻略は他の敵と戦う為に造られたと?」


「そうです。甲賀はですね。池田殿の真の敵は他に居るんです」


「分かったーっ!!それはろっか……」


「六角親子でもありません」


「えー……。じゃあ、誰を相手にしとるんじゃ、池田殿は」


相手は甲賀ではないと半兵衛が言うので、秀吉は六角家だと推測した。だが秀吉が言い終わる前に半兵衛は六角家説を否定した。悩む秀吉と小一郎に半兵衛は一言。


「それは結果を御覧ごろうじなされ。……私はこれが理解出来た時、興奮してしまいましたよ。これを甲賀攻略前から企画していたとは、やはり池田殿は……」


「池田殿は?」


「いえ、何でもありません。まあ、先が楽しみだという事です」


(そう、先が楽しみです。彼はであるはず。これを全て成功させたならばですが、フフフ)


半兵衛は遥か未来を想像して少し笑う。半兵衛が如何に優れていても相手がいなければ示し様が無い。彼はその様に考えていた。

ただ、所属している勢力が一緒である為、思案しなければならないが。まあ、焦らずに進めようと半兵衛は考えている。


(おおう、半兵衛が少し笑っとる。そんなに結果が楽しみなんかー)


そんな半兵衛を見て、秀吉は暢気な感想を持った。

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