恒興 キレる

甲賀にて。

一人の男が家路を急ぐ。この男は以前に小堤山城に潜入して恒興の暗殺を実行した者。名前を鵜飼勘佐衛門うかいかんざえもんという。

現状、池田恒興の軍団が完全に停滞している為、甲賀側も前線での警戒に人数を減らしている。それで勘佐衛門も久々に自宅に帰れる事になった。とは言っても、甲賀には別の問題が発生しているので、彼はその対応に移らねばならないが。

彼が自分の家まで帰ってくると、家前で二人の子供が遊んでいるのが見えてくる。


「あ、父ちゃんだ」


「お父ちゃん、おかえり」


「おお、志乃、太助。元気だったか?」


勘佐衛門に気付いて二人は駆け寄る。この二人は彼の娘と息子である。女の子は志乃8歳、男の子は太助5歳だ。

勘佐衛門は二人を抱き抱え、家に向かう。その時、初老の女性が家から出て来て勘佐衛門を出迎える。


「勘佐衛門、戻ったか」


「ああ、母ちゃん。でも直ぐに出ないとな」


「敵に捕まったらしいな、このバカ者が」


「う……」


勘佐衛門の母親は息子を鋭く睨む。


「生きて戻れたからよいものを。弟の孫六ならそんなヘマはせんぞ。まったく、アヤツは何処をほっつき歩いとるのか」


「いや、孫六叔父さんは伊賀の服部さんに誘われて三河で出稼ぎしてるはずだけど」


勘佐衛門には叔父に鵜飼孫六という忍者がいる。城潜入のエキスパートで桶狭間の戦い後くらいに松平家で任務に就いている。


「父ちゃん、捕まったの?」


「でも、ちゃんと脱出出来たんでしょ。怪我もしてないみたいだし」


「ま、まあな。父ちゃんに掛かればあの程度、どうと言う事もないぞ。ハッハッハ」


「ウソつくな。お前は子供の頃からウソをつくと頬が引き攣る。直ぐ分かるわ。今のお前を嫁が見たらどれ程嘆くか」


「そうだよ、お母ちゃんに報せないと」


志乃は勘佐衛門の帰宅を母親に伝える為に家の中に入る。そして暫くして母親らしき女性を連れて出てくる。


「あんた!無事だったんだね!」


「おう、お葉。今帰ったぞ」


「あんた!」


「お葉!」


そして夫婦は無事の再会を喜び抱擁する……かに見せ掛けて母親の方は勘佐衛門の腕を取り身体を絡めて絞め上げた。


「何、敵に捕まっとんじゃい!あんたはー!!」


「イデデデっ!?スンマセン、スンマセン!」


「スゲー、母ちゃんの毒蛇捻りコブラツイストだー」


「太助、何処でそんな言葉覚えたの?」


感動の再会を経て、鵜飼一家は久々に一堂に会して晩飯を共にした。


「「いただきまーす」」


「勘佐衛門や、戦は終わったのか?」


「いや、まだだ。相手が動かないだけで続いてる」


「そうか。では当分はこの食事か」


「ん?何かあったのか?」


「味噌汁を飲んでみなさいって」


「……何だ、これは。薄過ぎるぞ。まさか……」


言われて勘佐衛門は味噌汁を口に含む。その味は美味しい不味いではなくだった。その事から勘佐衛門は何が甲賀から足りなくなっているのか悟った。


「もう味噌の追加が無いのよ。市に行っても置いてないし。それどころか商人が来ないんだって。だから薄めて節約しないと」


「甲賀の里は生活品を平地の商人に頼っとるからのぅ」


勘佐衛門は言われて気付いた。恒興があの場所から動かない意味を。甲賀の物資補給ルートを遮断しているのだと。


「そうか!だから池田軍はあの場所に居座っているのか……。まさか里の物資がここまでなくなっているとは」


「かつてこの甲賀には幕府の大軍が攻め寄せた事もある。それでも甲賀は勇敢に戦い、侵攻を撥ね退けた。ワシとて里内を逃げ惑う雑兵共の首を畑仕事のついでに掻き切ってやったものじゃ」


「お婆ちゃん、怖いよ」


「バカ者。志乃や、甲賀の女ならそれくらい出来んでどうする。敵兵など放置しても害にしかならん。……じゃが、こんな戦いは初めてじゃ」


甲賀は忍衆としては特殊で女性忍者と言える『くノ一』が存在しない。忍働きに女性を使わないのだ。だからと言って戦えない訳ではない。戦ともなれば敗残の兵士は付近で狼藉を働く事が多い。襲撃を受ける、略奪を受ける地元民は多数だ。そのため甲賀では女性でも戦闘訓練はしている。あくまで自衛のためと言う訳だ。


「まあ、母ちゃん。まだ志乃には早いって。それより里の物資はまだ保つのか?みんなは大丈夫か?」


「あんまり大丈夫じゃないかな。隣の奥さんとはす向かいの旦那さんが喧嘩してたし。みんな、ギスギスしてるわ」


「そうか。これは気合い入れんとな」


「何かするの、父ちゃん?」


「今から伊勢に行って物資を集めてくる」


勘佐衛門は既に別の任務を帯びていた。その任務は少人数で伊勢国に行って物資を確保するもの。やり方は任せられている。

交渉して揃えられるなら良し、無理であれば忍働きの出番となる。


「伊勢って、あんた。織田家の勢力圏でしょ」


「敵なら尚の事、容赦しねえよ」


「……ヘマして捕まるでないぞ」


「しねえよ!」


勘佐衛門は薄い味噌汁を一気に飲み干すと支度を整えて家を出た。そして仲間達と合流し伊勢国を目指す。その途中で織田軍の配置なども観察するが、やはり大まかな街道筋は抑えられていた。


「ちっ、織田家の警戒がキツイな。そこら中で網張ってやがる」


「これでも近江の平地に行くよりマシだ。あっちはアリ一匹も逃さんくらいらしい」


「まあな。だが、こんな獣道みたいな場所までは押さえられてないか。ここから伊勢に行くぞ」


街道が抑えられているので勘佐衛門達は裏道、普段は使わない獣道の様な細道で伊勢国を目指す。ここは知られていないのか織田軍の姿はなかった。まあ、山道で険しい細道を知ってる方がおかしいかも知れない。

だが、こんな知られていない様な細道を登ってくる一団がいた。


「おい、勘佐衛門。この先に誰か居るぞ」


「織田軍か?」


「い、いや、商隊の様に見えるんだが……」


「こんな道を使う商隊?伊賀者だろうか?」


「伊賀者にしても変だぞ。道を外れ過ぎだ」


「……議論しててもしょうがないか。よし、俺が接触してみる」


「気を付けろよ、勘佐衛門」


「ああ、襲う時は合図を出す」


ここで相談していても仕方がない。勘佐衛門は意を決して一団に接触する事にする。万が一に備え、他の者達は隠れて待機させる事にした。


「止まれ!そこの者!」


「ひぃ!?まさか織田軍!?」


「……いや、違うが。お前達は何者だ?何処に向かっている?」


「あなたはもしかして甲賀の方ですか?」


「だったら何だ?」


「これは丁度良かった。私は伊勢大湊角屋の番頭の平助で御座います。私共は甲賀に向かっているのです」


商隊を率いていた男の正体は伊勢大湊角屋の番頭の平助であった。彼はこの商隊を率いて甲賀に行くという。

勘佐衛門は驚いたが、これで甲賀は助かると喜んだ。


「な、何だと!本当か?それは助かる。しかし人足だけで来たのか?」


「はい、街道は全て織田軍に抑えられた為、こんな険しい細道しか使えないのです。ここでは荷駄が使えませんので」


「そうか。それは苦労を掛けたな。おい!みんな出てこい!俺達も手伝うぞ」


「お手数を掛けます」


「何の、この程度。早く甲賀に来て欲しいからな。ここからは俺達が護衛と先導をする」


勘佐衛門の呼び掛けで伏せていた甲賀者達も手伝いに来る。彼等の家族も物資不足で苦境にあるのだから、一刻も早く甲賀に来て欲しい。全員、我先にと手伝いを申し出て、織田軍に悟られない様に甲賀路を急いだ。


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甲賀多羅尾屋敷は少々騒がしかった。屋敷の主である多羅尾光俊は疲れてきていた。領内で揉め事が起こりその仲裁で手一杯になりつつある。一日に領民同士の喧嘩が何件も起こり、それは日を追う毎に増えていた。今回も領民の女房とその斜向かいに住む男が喧嘩になったという。


「アンタが買い占めたんじゃない!あたし、見たんだから!」


「買い占めなんかしてねえ!たまたま俺が最後だっただけだって!」


どうも女房が買いたかった物を男が先に買って、それが最後だったのが原因らしい。光俊は頭が痛かった。普段ならその程度で喧嘩になどならない。次を待てばいいだけだし、緊急性があるのなら男だって譲っただろう。

これは恒興による物流制限の結果、次が何時になるか分からないという不安に押し潰され喧嘩に発展したのだ。彼等も普段は別に仲が悪い訳ではない。経済封鎖からこんな事ばかり起こって光俊も疲れていた。この状況は甲賀中で起こっており、どの豪族も対応に苦慮していた。


「止めぬか、お前達」


「お頭、俺は買い占めなんかしてませんよぉ。あれは家族の分で……」


「分かっている。だが今は皆が苦しいのだ。済まぬが出してくれ」


揉め事を何とか収めた光俊は苛立った様子で上座に腰を下ろす。


「くっ、これで何件目だ!」


「甲賀各地で同じ様な諍いが起きている様です」


「……これが池田恒興の真の狙いか。まさか物流を止めてくるとは。特にマズイのは味噌だ。工房は何と言っている?」


「味噌の工房は『塩や種麹の追加が無ければ備蓄を出し切る事は出来ない』と」


味噌を作る為には塩の他に種麹も必要となる。現状では種麹も手に入りにくいため、甲賀の味噌工房は在庫を無くす事は出来ないと回答していた。つまり塩と種麹を補充して欲しいという事だ。

どちらも甲賀から出て買付けなければならないため、光俊は里の者を派遣出来る先を家臣に聞いてみる。


「そうか。里の外に出ている者達は戻れそうか?」


「近江と都には多数の者が居りますが、池田恒興の妨害により戻れない様です。既に幾人かが捕らえられたと」


「そうか……。何人か犠牲になってしまったか」


既に近江国や山城国に出稼ぎに出ていた者達の何人かは物資を持って甲賀に戻ろうとした。だが、それを見逃すほど池田恒興は甘くはなかった。彼等は恒興の布いた包囲網の網に掛かり、あえなく捕縛された。そして甲賀に行こうとした近江の商人も追い返されている。恒興の所には近江の商人から抗議が来ているが、彼は戦争中だと言って耳を貸さなかった。


「あ、ただ、捕えられた者達は荷物だけ取られて放逐されている様です」


「何だ、それは。ヤツはいったい何を考えているのか……」


「さ、さあ?」


(池田恒興は徹底的に甲賀の者達を殺す気が無いと見るべきか。我々にとっては有り難い話ではあるが)


あえなく捕縛された甲賀者達だが、荷物だけ取られて放逐されていた。光俊は少し拍子抜けになったが、同時に有り難いとも思ってしまう。彼にとって甲賀の民はただの被支配層ではない。言ってしまえば同志に近く、死んでも何も思わないという訳ではない。無事なら無事の方がいい。

ただ、これで恒興が甲賀者を殺す事を厭うているのは確信した。普通、この場合は殺した方が面倒が無い。つまり恒興は徹底的に甲賀者を殺す気が無いという事になる。

光俊は恒興の狙いはやはり交渉なのかと思い始めた。その実、光俊は迷っていた。

このまま経済封鎖が続くなら領民の連帯感はズタボロになる。そうなる前に領民に覚悟を促し、甲賀一丸となって織田軍と決戦する。ただ、これは甲賀の被害を思えば最後の手段だと考えている。現に決戦論を唱える豪族も居るが。

だが恒興の行動を考えれば、交渉の線も有りなのではないかとも思う。今の現状では織田家との交渉は甲賀合議衆の支持は得られない。特に問題になるのが六角親子の身柄だろう。彼等を見捨てる行為は甲賀の誇りを著しく損なう。

故に光俊は悩む。決戦に及べば取り返しがつかない、交渉は現状において支持が得られない。この手詰まり感がどうにもならないのだ。

今はまだ情勢の変化を待つしかなく、何とか甲賀を延命させねばと思う。


「あと、大和と伊勢からは数人戻りましたが量は……」


「伊賀は何と?」


「伊賀の里はなるべく物資を回すと。ただ伊賀も山里なので備蓄はそこまで無く」


甲賀と伊賀。この二者はよくライバル関係で描かれる事が多いが、特にライバル意識は無い。お互い山里なので助け合っているし、仕事も分け合う関係である。鵜飼勘佐衛門の叔父である鵜飼孫六が松平家で仕事をしているのも伊賀出身の服部家から誘われたからだし、光俊自身にも親しい伊賀者がいる。甲賀で受けられない仕事は伊賀に回す事があるし、逆も然り。協同で行う時もある。甲賀と伊賀は組織ではなく豪族単位で付き合う関係である。


「フム、ならば大和国に人を派遣して買い付けるしかないな。伊勢国は織田家の勢力圏、大して買い付けられないだろう」


「分かりました。大和国に大人数を派遣します」


現状を鑑みて、光俊は大和国に大人数を派遣する様に指示する。近江、山城方面が絶望的である以上、行き先は伊勢や大和しかない。だが伊勢国は織田家の支配地域である為、物資獲得は難しいと予測される。

ならば松永家と筒井家が争っている大和国が最適となる。親織田家である松永家の妨害も予想されるが、松永家と筒井家は勢力が拮抗している。伊勢国よりは可能性がある訳だ。家臣は命令を受けると準備のため退室した。

それと入れ替わる様に鵜飼勘佐衛門が姿を現し、光俊の前に出る。かなり急いでいるのか、彼は少し肩で息をしていた。


「お頭、只今戻りました!」


「勘佐衛門か、ご苦労だ。しかし早いな」


「はい、実はお頭に会っていただきたい者がおります」


「誰だ?」


「伊勢大湊角屋の番頭、平助殿です。商隊を率いて来てくれました」


「何!?直ぐに会おう」


「はい、呼んで参ります!」


光俊は思ってもみなかった人物の来訪に驚く。流石に織田家と懇意にある津島会合衆の商家が来るとは予想出来なかった。

程無くして、勘佐衛門に連れられて平助がやってくる。


「多羅尾様、毎度ご贔屓に。大湊角屋の番頭、平助で御座います」


「よく来てくれた、平助」


「こちらが今回の商品目録であります。お納めを」


平助から受け取った目録に俊光はざっと目を通す。塩や種麹等も有り品物的には欲しい物ばかりだ。気になる価格だが、いつもより安かった。ここには少し不信感を抱く。甲賀の窮状から足元を見られて価格を釣り上げられると思っていたからだ。その点について光俊は一応探りを入れようと思った。


「フム、価格はいつもより安いな。流石に量は無いか」


「申し訳御座いません。織田家に見張られておりまして、荷駄が使えず人足にて隠れて運ぶしかないのです」


「当然か。荷駄を使えば流石に捕捉されるな。では価格が安いのは何故だ?」


「甲賀の苦境を聞き及び、大旦那様や津島会合衆の者達も足元を見る様な真似はしてはならぬと仰せですので」


平助は価格が安いのは津島会合衆の意思であるという。彼等は全体の意思として苦境にある甲賀を支援すると決めた。そのため平助達は織田軍に見付からない様な危険な細道を登ってきたのだ。

しかし光俊は疑念に思う。何しろ津島会合衆は織田家の傘下のはずなのだから。そこまで深い付き合いをしていない津島会合衆が甲賀の為に動いてくれる理由がいまいち理解出来ない。寧ろ、足元を見て価格を釣り上げた方が自然だと思うのだ。まあ、物資は必要なので買うには買うが。


「……津島会合衆は織田家の傘下の筈だ。織田家の方針に逆らって大丈夫なのか?」


「多羅尾様、今回の件、私共と致しましては憤懣ふんまん遣る方無いのです。戦国の世なれば、武人が戦場で死すは致し方ないと存じますが、民百姓まで巻き込むのは道理に反しております。それに津島会合衆は織田家の傘下ではありますが、支配下ではありません。自由意志を持った組織なのです。ただ商売がありますので表立って織田家に逆らう事は出来ませんが、密輸という形で抗議としよう。そういう事なのです」


「成る程な。津島会合衆の義侠心に感謝する」


そう言って多羅尾光俊は頭を下げる。そして光俊は自分の疑り深さを少し恥じた。津島会合衆は甲賀の為に危険な細道を通り、価格まで抑えてくれている。ここまでしてくれている相手に対し、疑いばかり持つ自分が嫌になる。この件で彼等は得をしていない、寧ろ苦労が多いだろうに。

これで最低限の物資は確保出来るだろう。領民の不安もある程度、解消出来そうだ。あとは大和国から大量に買付けられれば、と光俊は願った。


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津島会合衆が甲賀への密輸を行っている。この事実を知った長野信包は恒興へと連絡した。この報せを受けた加藤政盛は血相を変えて主君である恒興の所に行った。

この事実は彼にとっても冗談ではない。自分の実家もまた津島会合衆の一員なのだから。父親である加藤図書助順盛が関わっているとは思えないが、累が及ぶ可能性は否定出来ない。政盛は急ぎ手を打たねばと思った。


「殿、大変です!長野信包様からの報告によりますと、伊勢大湊の商人が甲賀への密売に動いているとの事。また、木造家や田丸家が商人を見逃している可能性があると」


「そうニャんだ」


「これは由々しき事態です!これでは甲賀への塩止めが骨抜きにされてしまいます。早速、津島会合衆に連絡して首謀者を突き止め捕縛、尋問致しましょう」


血相を変えて報告する政盛に対し、恒興は「へー」くらいの淡白な反応しか見せなかった。今は軍議の最中で諸将が居並んでいるのだが、全員、恒興と政盛の温度差は何なんだろうかと首を傾げる。政盛など軍議を中座して出ていったと思えば、突然顔色を変えて帰ってきたのだからびっくりしたくらいだが。もっとおかしいのは恒興で、まるで予想済みだと言わんばかりの対応だ。誰が考えても政盛の報告は一大事なのだ。

気合いを入れて息巻く政盛に恒興が一言。


「ふーん。それ、ニャーが津島会合衆に依頼してやらせてるんだけどニャー」


「なんとぅー!?殿が首謀者ですとぅ!?早速にも捕縛して尋……え?殿なんですか?」


「ニャーを捕縛して尋問すんのかニャ?」


「……いえ、しません。でも理由は知りたいんですが」


勢いそのままに捲し立てていた政盛は恒興の一言で我に返った。何せ、この一大事は最初から『恒興の仕込み』だと言われたのだから。

一応、政盛は事情説明を求める。


「いやさ、『塩』なんて完全に止めたら甲賀の民衆が生きられねーじゃん。ニャー、伊勢の経済封鎖の時もやってたじゃんよ」


「そういえばそうでしたね」


「塩を完全に止めたら甲賀の民衆は老若男女問わず死兵になって、ニャー達に襲い掛かってくるぞ。明日生きられねーなら、今日生きてる意味は無いからニャー。甲賀はそれが怖いんだ。領主領民の結び付きが半端じゃねー。伊勢なら放っておいても領主が領民に括られるだけだが、甲賀はそうならない。領主と共に死兵となるだろうニャ」


「う、それはマズイですね」


甲賀の特殊性。それは甲賀領主と甲賀領民の連帯はちょっとやそっとで崩れるものではないという事だ。それこそが恒興が最も恐れている事、即ち『追い詰め過ぎると全員が死兵と化す』である。

もし、甲賀の民衆が死兵となれば織田軍にも大損害が出るだろうし、甲賀の打撃も想像を絶する。人の居なくなった甲賀は寒村しか残らず、戦力も利益も得られなくなる上に、激しい怨みを長年に渡り買い続ける。そんな面従腹背の荒野を手に入れて何が嬉しいのだろうか。

だからこそ恒興は裏から手を回し、物流をコントロールしているのである。


「だがニャー、品物が少しでも流通してれば人間は死兵にはなれないんだ。量が少なくても明日生きていけるからニャー。だが物が不足する、生活は苦しい、こうなると不安が蔓延するニャ。必ず買い占めに走るアホが出るし、必要な物が手に入らなかったヤツは激しい不満と不安に囚われる」


「……」


段々とジト目になる政盛。この主君がやる事なので強烈なのだろうと予測していたが、思った以上に強烈で言葉も無かった。この主君は追い詰め過ぎない様に、されど生活苦になる様に甲賀をてのひらの上で踊らせているのだ。


「この生活苦の不満は何処へ向かう?ニャー達じゃねーよ、甲賀の領主達だ。『お頭ー、生活が苦しいですー』ってな。甲賀の領主達はこれを無視する事が出来ない。何故ならヤツラの力の源泉は『領民』だからだ。今頃、頭抱えてんじゃねーかニャー。ニャー達は高みの見物だけどな、ニャハハ」


「流石は殿、もうえげつないを極めに掛かってますね」


「やかましいんだニャー!マジで張っ倒すぞ!」


政盛は半ば呆れながら『えげつない』と言い放つ。そうは言いつつも政盛は思う、最初からこういう人だったなと。だが、この作戦はたしかに苦しむ人は多いが死人は出ない。最終的には最も良い結果をもたらすのも説明されれば理解出来る。だからといって、沢山の人を苦しめて良いという話ではない。普通なら己の良心が咎めるものだ。

しかし恒興はその程度では既に動じない。だから彼は『謀略家』なのである。結果の為に非道な手段を用いても咎めるものが無い。政盛は真似出来ないな、と感じた。

だが、それを聞いていた武将の中から異議を唱える者が居た。年の頃は15、6。真紅の鎧を纏う女武者、稲葉彦だった。


「なるほどのぅ、そういう計画か。で?妾達はいったい何時になったら武功を稼げるのじゃ?」


彼女のみならず、ここに居並ぶ武将全員が恒興の思惑を初めて知った。恒興は諸将に作戦の概要は伝えても、作戦の意味までは伝えていなかった。だから彦は今更だが気付いた。この先、戦が起こるのかと。

それを聞いた恒興は意外そうな顔をして淡白に答える。


「何言ってんの、お前。そんなもんある訳ねーじゃん、もう終わったニャー」


「どういう事じゃ!?そんな話は聞いておらぬ!」


「お前だって甲賀に入りたくないって言ってたじゃねーギャ!」


「ならば敵を誘き寄せるなりすればよかろう!この内容を知っておったら、手は貸さんわ!」


「そうよ、どうしてくれんのよ!」


猛反論する彦に、更に前田慶まで加勢してくる。この二人は池田軍団の中でも特に武功に飢えている。だから恒興は作戦の意味までは言わなかったのだ。絶対、噛み付いてくるから。


「うるせぇニャー!我儘放題言いやがって。あと、お慶!面倒くせーから入ってくんな!」


「あんですってー!」


諸将も恒興に一言二言と言いたかろうが、彦と慶の剣幕に当てられた様で黙って見ていた。それは恒興にとって助かったのだが、次第に二人を相手にするのが面倒になってきた。

そこに政盛が陣の入口で書状を受け取って戻ってくる。


「……あの殿」


「政盛、お前もこの我儘娘共に言ってやれニャー!」


「いえ、遠慮します。それより信長様から書状が届きましたよ」


その書状は京の都に居る織田信長からの命令書だった。恒興は彦と慶を放置出来るチャンスと見て、直ぐに書状を受け取る。


「ん?信長様から?直ぐ読むニャー。彦、お慶、お前等の相手は後だ、後」


「何じゃと!?」「ちょっと待ちなさいよ!」


「えー、どれどれー。『コレ、お前が処理しろ』。ん?こんだけかニャ?いや、もう一通あるニャー。……あぁ?」


織田信長からの命令書は簡潔過ぎてよく解らない物だったが、恒興はもう一通の書状が同封されている事に気付く。そしてもう一通の書状を開いて恒興はこの上なく驚愕した。


(はあ!?松永弾正が負けそう?多聞山城に300人しかいない?なにこれ?マジで?このまま筒井順慶が勝ったら甲賀の包囲網に穴が空くじゃん。野戦挑んで大負けするとかバカなの?死ぬの?ふざけんじゃねーギャ!ニャーがこの作戦を行う為にどんだけ苦労したと思ってるニャー!ふざけんじゃねー、ふざけんじゃねーギャー。なんで、ニャーにばかり、こんな、あってはならない……事が……)


その書状には松永久秀が敗戦し、援軍を請う旨が記されていた。更に多聞山城には300人の兵士しか居らず、攻撃側の筒井軍は5000人ほど居るという。どう考えても落城寸前の状況だ。

恒興は自身の会心の計画がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。もし筒井軍が勝てば、彼等は共に織田家に反抗する者として甲賀に協力的になるのは間違いない。甲賀が頑張れば自分達が楽になるからだ。

そうなれば恒興がコントロールしている物流も回復し、甲賀は頑強に抵抗してくるだろう。そうなれば戦争の長期化は避けられないし、下手を打つと総力戦も有り得る。

恒興が絶対に避けたい未来予想図が目の前に迫っていた。

そして恒興の精神はショートした。


(…………ああ、ときが見えるニャー……凄いAHOアホを感じる……もうニャんかどうでもよくなってきた……だって、ニャーがすごく努力しても周りが崩してくるんだもん……おお、仏陀ブッダよ、これが諦めの境地という悟りですか?ニャーはこのまま俗事を捨て悟りの道を邁進……

……

……

……

……する前に今回の件に関わったヤツは全員ぶっ飛ばす!ニャー舐めたらどうなるか、嫌と言う程教えてやる!もうニャーね、キレちゃったよ!!)


ショートした恒興は一瞬、悟りを開きかけたが直ぐに俗世に戻ってきた。とりあえず全員ぶっ飛ばすと決めた。覚悟を決めた恒興はわなわなと身体を震わせながら彦と慶に声を掛ける。


「……おい、彦、お慶、お前等そんなに暴れたいかニャー?」


「当たり前じゃ」「何の為に来たと思ってんのよ」


「ああ、そうかい。……じゃあ暴れさせてやるニャー!」


何もかも吹っ切れた恒興は高らかに宣言する。


「『大和攻め』ニャー!!暴れたいヤツは付いてこいニャァァァー!」


「「「おおーっ!」」」


半ばヤケクソになった恒興と活躍の場が来たと喜ぶ諸将は右拳を空へ突上げ雄叫びを挙げた。


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【あとがき】

べ「最近、ウマゲーにハマっておりますニャー」

恒「お、今流行りの『ウマ娘』かニャ?」

べ「残念、『ウイニングポスト9 2021』です」

恒「コ○エー信者め。ソレ、スゴイ時間ドロボーだニャー」

べ「お陰様でGWは一歩も外には出なかったよ。今もシンボリルドルフ系、トウカイテイオー系を確立すべく頑張ってる」

恒「その皇帝−帝王ラインに夢見てた人は多いよニャー」



甲賀忍者の鵜飼さんと言えば鵜飼孫六さんが大変有名ですが、この人は桶狭間の戦いあたりで既に家康さんに仕えていますニャー。という事で鵜飼勘佐衛門さんにしました。この人は島原の乱の時、老齢ながら島原城に潜入した5人の内の一人ですニャー。


よりぬき鎌倉史

源頼朝は非常に魅力的な人物である。政治力抜群、謀略抜群、その剛力は十人張りの弓を軽々と引くという。そして超が付く『戦下手』である。彼の凄いところは、それを自身でキッチリ認識していた事だ。故に頼朝が指揮を採った戦いは『石橋山の戦い』しかない。他は全て他人に指揮を委ねている。だからこそ頼朝は家臣からの忠誠には特に拘っていた。

二条晴良が言った「だが『弾正忠』に任官しているのだから主上の臣である」という言葉。戦国期においてはただの建前でしかない。だが平安末期ではちゃんと意味を持っていた。頼朝の許可を得ない任官は即ち『鎌倉からの離反』を意味している。だからこそ頼朝は弟・源義経の勝手な任官が許せなかったのだ。

とはいえ、この時点では頼朝も弟を殺す気はなく、ただ怒っただけであった。しかし身内だからと義経に甘い処置をしてしまったのが頼朝の失敗と言える。問題はその後、平家滅亡後に起こった。

義経の任官を羨ましく思っていた関東御家人達が挙って勝手に任官したのだ。「義経が許されるなら、ボク達もいいよね~」てな感じで。義経は関東御家人からは尊敬されていない、尊敬する頼朝の弟の一人だ。その程度の者で勝手な任官が許されるのなら、自分達も許される筈と見られたのだ。

そして頼朝の政敵たる後白河法皇も鎌倉を崩す好機と見て気前良く官位をばら撒いた。そしてこの日の本一根に持つ男、源頼朝がブチ切れた。彼がどれほどブチ切れたのか、『吾妻鏡』から見てみよう。勝手に任官した者達一人一人に対する手紙も一緒にしておこう。これらはWebサイトでいつでも見られるので興味のある方は見てみると面白いと思う。


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【下 東國侍内任官輩中

  可令停止下向本國各在京勤仕陣直公役事

   副下 公名注文一通

 右任官之習。或以上日之勞賜御給。或以私物償朝家之御大事。各浴 朝恩事也。而東國輩。徒抑留庄薗年貢。掠取國衙進官物。不募成功。自由拝任。官途之陵遲已在斯。偏令停止任官者。無成功之便者歟。不云先官當職。於任官輩者。永停城外之思。在京可令勤仕陣役。已厠朝烈。何令篭居哉。若違令下向墨俣以東者。且各改召本領。且又可令申行斬罪之状如件。】

〔命令する 関東の侍のうち、任官した連中へ

 関東の本の領地の国へ京都から下ってくることを止めるので、それぞれ京都に住んで、貰った官職の任務に勤めること

 同封する名簿の手紙を一通

 右のように任官するような行為は、京都に勤務していて給料を貰ったり、自らの私費で朝廷に代わって事業をして、その見返りに今日と朝廷から官職を貰うことである。それなのに関東の侍供が、わざと荘園の年貢を忘れたふりをして納めなかったり、國衙へ治めるべき物も略奪し、成功(じょうごう、金品で官職を買う行為)もせずに、勝手に任官を受けている。これでは、官職の意味が衰えてきている事は明白である。この任官を止めなければ、成功の意味もなくなってしまう。先の官位であろうと、今度の職位であろうと、任官を受けた連中は、永遠に地方への哀愁を断ち切り、京都に住んで官職に勤務すればよいのだ。すでに朝廷の家来として列に連なるのだから、なにも地方へ閉じ篭る必要はないだろう。もし、云うことを聞かずに墨俣川(現在の長良川)から東へ下ろうものならば、一つは本領を取上げて、一つは首切りの刑に命じるから。手紙はこの通りだ。〕


【兵衛尉忠信 秀衡之郎等令拝任衛府事。自往昔未有。計涯分。被坐ヨカシ。其氣ニテヤラン。是ハ鼬ニヲツル】

佐藤兵衛尉忠信 〔源氏の家来の藤原秀衡の家来の又物が、なんで官位を拝領できるんだよ!昔っから有りゃしない。陪臣の身分を良く考えて居ろよ。その気になっているんじゃない。最後っ屁の鼬よりも落ちる奴だ〕佐藤忠信は奥州から義経に付いてきた家臣。


【兵衛尉重經 御勘當ハ粗被免ニキ。然者可令歸付本領之處。今ハ本領ニハ不被付申シ】

師岡兵衛尉重経〔石橋山合戦での勘当が、やっとこさ許された。それなので、本領を返してあげようと思っていた矢先だ。今となっては本領を返すわけには行かない〕


【澁谷馬允 父在國也。而付平家令經廻之間。木曾以大勢攻入之時付木曾留。又判官殿御入京之時又前參。度々合戰ニ心ハ甲ニテ有ハ。免前々御勘當可被召仕之處。衛府シテ被斬頚ズルハ。イカニ能用意ノ語于加治テ。頚玉ニ厚ク頚ニ可巻金也】

渋谷馬允重助 〔お父さんの渋谷庄司重国は地元の国にずうっと居た。それなのに平家に付いて一緒にあちこち戦い歩いたが、木曽義仲が大軍で京都へ攻め入った時には、さっさと義仲軍に従って京都に残った。又、源義経が義仲をやっつけて、京都へ入ってきた時はすぐに義経の見方に駆けつけ、その後一緒の度々の合戦に勇気を奮ったので、平家への分と義仲への分の勘当を許して仕えさせてあげたのに、勝手に任官して首を切られることになるので、どんなにか上手に用意をしてくれる鍛冶屋へ言いつけて首っ玉に厚く金具を巻いておくんだな〕


【小河馬允 少々御勘當免テ。可有御糸惜之由思食之處。色樣不吉。何料任官ヤラン】

小河馬允 〔やっと勘当を許してやり、まあ仕方のない奴だなぁと思い始めたのに、身分にあっていない。何のために任官して役に立つんだ〕


【兵衛尉基淸 目ハ鼠眼ニテ只可候之處。任官希有也】

後藤新兵衛尉基清 〔目はねずみに似ていて、ただおとなしく仕えていればいいものを。勝手の任官なんてとんでもない事だ〕


【馬允有經 少々奴。木曾殿有御勘當之處。少々令免給タラハ。只可候ニ。五位ノ補馬允。未曾有事也】

波多野右馬允有経 〔小者のくせに。木曽義仲を滅ぼしたので、仕方なく許してあげたので、おとなしく従って居ればよいものを、五位の馬允の任命を受けるなんて、在り得ない事だ〕相模波多野氏当主。小者扱いされた。


【刑部丞友景 音樣シワカレテ。後鬢サマテ刑部カラナシ】

梶原刑部烝朝景 〔声はガラガラ声で、髪は薄くやっと髷を結ってるのに刑部のガラじゃないよ〕


【同男兵衛尉景貞 合戰之時心甲ニテ有由聞食。仍可有御糸惜之由思食之處。任官希有也】

梶原兵衛尉景貞 〔合戦の時に勇気を奮ったと聞いている。それなのでいいやつだなぁと思っていた所、勝手の任官なんてとんでもない事だ〕


【兵衛尉景高 悪氣色シテ本自白者ト御覽セシニ。任官誠ニ見苦シ】

梶原兵衛尉景高 〔人相が悪くて、元々おかしな奴と見ていたのに、任官など凡そにつかわないので見苦しい〕梶原景時の次男。兄の景季も一緒に任官したがこちらには怒りの手紙は来なかった。放置という罰だろうか?


【馬允時經 大虚言計ヲ能トシテ。エシラヌ官好シテ。揖斐庄云不知アハレ水驛ノ人哉。悪馬細工シテ有カシ】

中村馬允時経 〔おおぼら吹きが大好きで、につかわない官職好みで、揖斐庄の云われも知らないくせに、つくづく立ち寄る程度の仕事しかできない人なので、悪い馬を育てるのがせいぜいじゃないの〕


【兵衛尉季綱 御勘當スコシ免シテ有ヘキ處。無由任官哉】

海老名兵衛尉季綱 〔勘当を多少許して上げたのに、無意味な任官だ〕


【豊田兵衛尉 色ハ白ラカニシテ。顏ハ不覺氣ナルモノ、只可候ニ。任官希有也。父ハ於下総。度々有召ニ不參シテ。東國平ラレテ後參。不覺歟】

豊田兵衛尉義幹 〔色は真っ白で、顔はしまりがない奴なので、おとなしく仕えていれば良いものを、勝手の任官なんてとんでもない事だ。お父さんは下総の国で、何度か呼びつけたが、参上せず、関東を平定してから来た。親子そろって不覚物だ〕


【兵衛尉忠綱 本領少々可返給之處。任官シテ。今ハ不可相叶。嗚呼人哉】

兵衛尉忠綱 〔本々の領地を少し返してあげるのに、勝手に任官しやがって、今となっては叶わない事になった。馬鹿な奴だ〕


【右衛門尉季重 久日源三郎。顔ハフワヽトシテ。希有之任官哉】

平山右衛門尉季重 〔久日源三郎。顔はふわふわとしていて、とんでもない勝手の任官だ〕


【宮内丞舒國 於大井渡。聲樣誠臆病氣ニテ。任官見苦事歟】

宮内丞舒國 〔大井の渡しに来た時には、(私頼朝の怒りに)声を出すのも臆病だったくせに、それが任官だなんて似つかわしくないので見苦しいことこの上ない〕


【刑部丞經俊 官好無其要用事歟。アワレ無益事哉】

刑部丞山内首藤瀧口三郎経俊 〔官職好みの奴め、その使い道なんかないだろうに、つくづく無益なことよ〕山内経俊は石橋山の戦いで頼朝の鎧の矢を撃ち込んだ張本人。本来処刑されるところを母が頼朝の乳母だったため助命されて御家人となった。山内一豊はこの後裔を称している。


【右衛門尉友家 兵衛尉朝政 件兩人下向鎭西之時。於京令拝任事。如駘馬之道草喰。同以不可下向之状如件。】

〔八田右衛門尉知家。小山兵衛尉朝政。この二人が、九州へ下った際に、京都で官職を任官するなんて事は、どんくさい鈍い馬が道草を食っているのとそっくりだ。前の連中と同様に関東へ帰ってくることを許さないのはこのとおりだ。〕小山朝政は小山党の当主。八田知家は頼朝の乳母の兄で小山党。


そしてこの直後、頼朝はこう命令した。


【梶原平三景時使者還于鎭西云々。仍被付御書。被勘發廷尉訖。於今者不可從彼下知。但平氏生虜等已入洛云々。是當時重事也。罪名治定之程。景時已下御家人等皆一心而可令守護。各任意不可令歸參之由云々。】

〔梶原平三景時の伝令が九州へ戻るんだそうだ。そこで頼朝様はお手紙を持たせて、廷尉義経を勘当したので、もう既に彼の命令に従ってはいけない。但し、平氏の生け捕り達はもう京都へ入っているんだそうなので、今一番の大事な仕事である。刑が決まり次第、景時を始めとした御家人は皆一緒に警護をするように。自分勝手に気ままに鎌倉へ帰って来たりしない様にと言ったそうな。〕


廷尉義経を勘当。この時に源義経は解任され、関東武士団には義経の命令に従うなと厳命された。義経が腰越状を書いている辺りである。

因みにこの件は義経が殺される理由としては一端でしかない事は追記しておこう。

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