勝三と藤吉と小一郎と

 観音寺城を攻略していないけど占領した信長は先んじて瀬田城へと進んだ。瀬田城は既に先行した柴田勝家によって制圧されたため、その後詰と都入りの準備をするためである。

 瀬田城は瀬田川の東岸に在り、京の都方面に対する防衛拠点である。そのため観音寺城側からの侵攻を考えられておらず、城主の山岡景隆は城を捨てて甲賀へと落ち延びた。柴田勝家の速過ぎる瀬田城攻略はこのためである。

 そして佐久間出羽は瀬田川を渡って山城国南部へ進軍。また明智光秀も坂本へと進軍した。恒興も甲賀攻略に動くべく、木下秀吉との合流を急いでいた。


「おーい、勝三殿。兵を纏めて来たぞー」


「来たか、藤吉。……ニャんだ、そのヤル気の無い顔は?」


 気怠そうな面持ちでやってきたのは木下藤吉郎秀吉だった。今回は上洛戦と言う事で新調した金色こんじきの鎧に身を包み、何処ぞの大名というくらい派手な様相だった。他には伴として弟の木下小一郎長秀と義弟の浅野弥兵衛長吉を連れてきている。この二人は特に派手という事もなく、一般的な兵装である。


「だってさー。皆は京の都に行くんだよ。俺は勝三殿と近江に居残りなんてさー」


 秀吉のヤル気の無さはやはり入京出来ない事であった。その金色の鎧はおそらく上洛のお披露目用にオーダーメイドした物なのだろう。というか金色という色は黄色から黄土色に近い訳だが、珍しい色になる。

 池田家では黒鎧が好まれるが、実際は親衛隊以外は統一出来ていない。基本的に武具は個人の持ち物だからだ。一兵卒になると持っていない事もあるので支給はしている。

 日本の鎧は黒、黒茶色あたりが基本で、他には深青なども主流だ。赤もあるがまだ珍しい部類である。このへんは戦場で目立ちにくい色が重宝されている結果だ。赤は目立つので強者専用といったところか。

 源平合戦の頃なら大将格は色鮮やかな赤糸や緑糸を使用し、見るからに派手であった。それに比べれば、戦国時代の鎧は実戦的に変化したと言える。

 となれば、普段から使わない色は価格が高くなりがちになる。恒興は秀吉の鎧兜を見て、相当な金を掛けたなと思った。


「別に居残りはニャー達だけじゃねーよ。佐久間殿と滝川殿はそのまま摂津に進撃だし、柴田衆、明智衆、丹羽衆は南近江の各地を転戦しとるニャ。だいたいお前は京の都に絶対入れないから気にするな」


 現在、織田信長は京の都に向かってはいるが、都入りする数は2000〜3000と限られていた。京の都の人達に見せ付けるなら、この程度で十分だからだ。それこそ何万もの大軍で入ったところで渋滞が起きるだけだし、泊まる場所も無い。


「何でさ!?」


「ニャんでか言わないと分からねーのか、お前!?」


「分からねんですけど!?」


 京の都に絶対入れないと言われて、秀吉は恒興に問い質す。恒興は言うまでもないだろうと返すが、やはり秀吉には理解出来ない様だ。恒興は面倒くさいなと思いながら深い溜め息をつく。


「はぁ〜、ったく。じゃあまずお前の兵士を見ろニャ」


「……見たよ」


「次にニャーの親衛隊を見ろ」


「黒一色はカッコええなあ」


 恒興は秀吉に自分の兵士達を見る様に指示する。次に装備を整えて信長の元に向かう池田家親衛隊を見る様にと指示する。つまり見比べろと言ったのだが、秀吉は直球な感想以外は持たなかった。


「分かったかニャ?」


「何が?」


「……もう一度、お前の兵士を見ろニャ」


 まだ理解してない秀吉にもう一度、自分の兵士を見る様に指示する。その言葉通りにもう一度見る秀吉だが、今度は印象が違った。


「あれ?……何かさ、俺の部隊って……山賊みたいな?」


「山賊にしか見えねーんだよ!ヤツラが京入りした日にゃ、都人が山賊が来たーって逃げ出すニャー!!」


 木下秀吉が京の都に入れない理由、それは兵士のみならず将ですらボロボロの兵装をしていて、何処からどう見ても『山賊』にしか見えない事だ。秀吉の兵士は大半が元川並衆、つまりは野武士で『川賊』と呼ぶべき者達。整った装備など持っていないし、使い古しばかりだった。整った鎧兜を持っているのは秀吉やその近親や子飼いの武将、生駒家や竹中家となる。


「えー、そんなー……」


「それもこれも、お前が部下の装備を整えてやらニャいからだろ」


 そう、武器防具を整えるのも上司の責任である。いざ戦となった時に丸腰で行けなどと言える訳がない。供出するのか安価で下げ渡すのかは人によるだろう。池田家では持っていない者には渡し、その他は壊れた武具と交換するスタイルを取っている。こうする事である程度、兵士達の兵装の色も整えている。


「いや、俺、そんなに金無いし」


「ウソつくニャ」


「いや、ホントだって!」


 そう反論する秀吉を尻目に、恒興は秀吉と一緒に来た木下小一郎長秀と浅野弥兵衛長吉を見る。特に小一郎の方を。

 前世の恒興はこの木下長秀を毛嫌いしていた。能力は認めるところだが気に入らなかったのだ。何故なら、この木下長秀という人間は法スレスレのやり方で荒稼ぎし、私腹を肥やしていたからだ。武人然を信条としていた前世恒興はあこぎな金稼ぎに精を出す小一郎を下種げすとすら蔑んだ。

 だが転生してからの恒興は同じ様に金稼ぎに精を出している。犬山での経済政策や産業育成は多大な利益を産み、それに伴い多数の人間を必要とした。流民、逃亡小作人、他国移住者など多数を取り込んだ事で犬山は更なる発展を遂げた。経済発展は雇用を産み、雇用が増えれば経済は更に上がる。金が稼げればそれだけ多くの人間が雇え、多くの人間がその仕事を糧に暮らしを営む。この繰り返しにより犬山は堅実に確実に大きくなって、今では尾張最大規模の街へと変わった。その原動力が金と人なのだと恒興は理解していた。

 だから恒興は小一郎が何故、あこぎな金稼ぎに精をだすのかも解った。金の動きを追えば一目瞭然だった。

 いや、恒興は出来れば解りたくなかった答えだったのだが。……しょーもない上に答えが目の前でを着て居るからだ。


「藤吉〜?お前はニャーを舐めてんのか?お前が弟を使って荒稼ぎしてんのは知ってんだよ」


「そ、それは、小一郎が勝手に〜」


「その割には弟は派手な生活してねーじゃねーかよ。派手なのはお前だニャー、藤吉。ニャんだ?その金ピカの鎧は?」


「これは、その〜上洛用にと〜」


 大金を稼いでいるはずの小一郎の生活は慎ましいものだった。稼いだのなら使うはずである。恒興は小一郎の行動を不審に思い調べた事がある。主に金の動きを調べて判明した。

 小一郎が荒稼ぎしている理由、それは秀吉の贅沢の為にやらされているからだ。小一郎は兄である秀吉の権限を使い兄の代理として行っていた。そして稼いだ金は秀吉が自由に使っていたのである。秀吉が自分でやらず弟にやらせる理由は所得隠しだろう。誰に対する所得隠しなのかは、間違い無く正室の『寧々』という事になる。寧々に管理されるのを秀吉が嫌がって、別の場所に隠しているのである。まあ、寧々は気付いていると恒興は思うが。

 つまり大量のへそくりを作らせている訳だ。恒興は金の流れからそれが解った。そして恒興の『小一郎は下種』という評価は消えた。


「て言うか、川並衆の統括者が儲からない訳ニャいだろ。濃尾勢の経済規模が大きくなればなるほどに、物流を担う川並衆の利益も大きくなるんだからニャー」


(小一郎さん、義兄上の所業、全部バレてますよ)


(池田様相手にバレない訳ないよな。だって、池田様の領地は木曽川を跨いでいるから、川並衆とも密接な関係だし。もバレてるのかな?)


(可能性はありますね)


 小一郎と弥兵衛は小声で話し合う。金稼ぎの事も、秀吉の贅沢の事も知られている。もしかしたらもバレているのではないかと戦々恐々となった。


「藤吉、誤解があるようだが、ニャーはお前が法の範疇で荒稼ぎしようがどうでもいいニャー。信長様さえ裏切ってなきゃ詰問する気もニャい」


「あ、そうなんだ。良かった〜」


「ニャーが言いたいのは、稼いでいるんだったら部下の装備くらい整えろって言ってんだニャー!!」


「はいー!スンマセンでしたー!」


 秀吉に釘を刺した恒興だが、もう一本の釘も刺しておこうと思った。放置し過ぎると、また恒興が面倒な事になりかねないからだ。


「あとお前、『浮気』を再開しとるらしいニャ。川並衆から報告が上がっとるぞ。金の使い道はお前の贅沢と交際費か、ああん!?」


「か、川並衆に裏切り者が!?この川並衆統括の木下秀吉様に逆らうとはいい度胸だな。必ず探し出して……」


「情報源は河田党の『河田源十郎』だニャ。ああ、手ぇ出せると思うかニャ〜?アイツの縄張りは犬山周辺の木曽川、つまりニャーの領地だ。ニャーを敵に回したきゃやってみろや」


 三川川並衆・河田党頭目・河田源十郎。

 河田党は元々犬山で仕事をしていた川並衆である。犬山城主が織田信清の頃の犬山は寒村に等しく国境防衛の最前線でしかなかった。その頃は河田党も規模は小さく、川並衆内の立場も低かった。

 だが池田恒興が犬山城主に就任すると、犬山の経済はみるみる間に伸びていった。それに伴い、犬山を拠点とする河田党も儲かった。いや、儲かり過ぎて人手不足に陥ったくらいだ。

 そんな河田源十郎が恒興に取り入るのは自然の摂理だろう。かなり早い段階から着実に取り入っている。三川川並衆が秀吉の部下になる前から、犬山の仕事は引き受けている。仕事を引き受ける事自体は川並衆が織田家傘下になる前から、何処の川並衆も受けているのでおかしくはないが。

 だが河田源十郎は恒興に積極的に協力していた。川並衆の情報も差し障りの無い事なら渡したし、渡辺教忠が刺青隊を創設する時も積極的に元小作人を紹介した。

 また河田党が人手不足に陥ると流民や元小作人などを雇う。更に恒興の意向を受けて、現在、仕事が激減している長島川並衆から人を引き抜いている。

 結果として、三川川並衆の中で2大勢力であった蜂須賀党や前野党と肩を並べ、3大勢力の一角にまで成長した。その原動力が犬山での仕事なのである。

 そんな理由もあり河田源十郎は池田家臣に近い性格を持った川並衆である。そして川並衆内でも彼の意見を無視出来る者はいない程の権勢を得ている。河田源十郎にとって恒興は稼がせてくれる主君であり、恒興にとって河田源十郎はそうなる様にと目を掛けて育ててきた者なのだ。恒興は河田源十郎の嫡男に養女を嫁がせる事も約束している。つまり河田源十郎の後ろ盾は既に秀吉ではなく恒興になっているという事だ。

 秀吉が遊んでいる間に、河田党は手出し出来ないものになっていた。


「あふん、……降参しまっすー」


「母上に知られると厄介だから、とっとと止めろニャ!」


「はいー……」


((やっぱりバレてた))


 地面に突っ伏して白旗を揚げる秀吉に、恒興は浮気を止める様に勧告する。そう、恒興が気にしているのは、この件が母親である養徳院の耳に入る事だけだった。絶対に面倒くさい事になるから。まあ、寧々は気付いていると恒興は思うが、彼女の堪忍袋の緒が切れないうちに言おうと思っていたのだ。

 そして小一郎と弥兵衛は恒興が完全に調べ上げていた事に戦々恐々となる。どう考えても彼等は共犯者なのだから。特に小一郎が。


「大変だニャ、お前も」


「あ、いえ、大丈夫ですから」


 地面に突っ伏した秀吉を置いて、その場を去る恒興は小一郎に声を掛ける。兄に使われ続ける弟を、恒興は哀れに思い提案する。


「ニャんだったら、ニャーが嫁御を紹介してやろうか?」


「え!?」


「まあ、その気にニャったら何時でも言え」


 小一郎の肩にポンと手を置いて、恒興は嫁の紹介を申し出る。恒興は前世での小一郎の事を思い出した。この男は結婚していなかったと。

 秀吉が農民出身なら小一郎も農民出身である。この時点で嫁のなり手は少なくなるだろう。そしてなり手がいなかったのかどうかは分からないが、確実に秀吉は弟の嫁を探していない。普通、主君である秀吉が紹介するものなのだ。恒興は秀吉が浮気相手ばかり探しているんじゃなかろうかとさえ邪推した。

 因みに前世における小一郎が結婚したのは恒興の死後なので、彼は知らない。

 恒興はそれだけ伝えると池田軍団の陣に入っていった。


「嫁さんか〜、うへへ」


「小一郎さん、凄いです。あの池田様に気に入られてますよ」


「そんな覚え、全然ないんだけどな〜」


「池田様が気に入ったからこその提案ですよ」


 恒興から嫁を紹介してもらえると言われ、小一郎は少しではなく浮かれた。弥兵衛の言う通り、恒興が小一郎を気に入ったから言ったのだ。前世の自分が抱いていた印象が無ければ、小一郎は能力も人柄も申し分ないと評価していた。


---------------------------------------------------------------

【あとがき】

恒「小一郎ってそんなに私腹を肥やしていたのかニャー」

べ「肥やしてたよ。秀吉さんに仕え始めた頃からだから、ほぼ最初から。有名なのは『千利休』さんと組んで茶器販売でボロ儲けしてた。手法は豊臣家が利休さんに茶名人としての認可を与える。利休さんが安い茶器にお墨付きを与えて高額で販売するというスタイルだね」

恒「その利鞘で儲けていた訳かニャ」

べ「この頃で稼ぐならやはり『三川川並衆』の利権だろうね。詳細は分からないけど。あとは商人から武器を高めに購入して利鞘で稼いでいたらしいね」

恒「それ、現代でもある『架空計上』の手法だニャー」

べ「でもさ、小一郎さんは全然、派手な生活してないんだよね。家臣への褒美も常識の範囲だし。じゃあ稼いだお金は何処に消えたのかな?」

恒「その答えの筆頭が『秀吉』な訳か」

べ「まあ、秀吉さんの権限を使っているんだから当然だったのかもね。でもこれって秀吉さんが有能だったから良かったものの、無能だったら信長さんに糾弾されてる話だね。その時に責任を被せられるのは小一郎さんになる」

恒「そう考えると兄に使われ、晩年まで結婚できず、何かあれば生贄にされる立場かニャー。秀吉の立身出世が続かなければ可哀想な事になっていたかもだニャー」

べ「まあ、想像でしかないけどね」

恒「この小説自体がファンタジーですからニャー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る