信長と狸、義昭と狐
織田信長は足利義昭を連れて、京の都へと迫る。瀬田川を渡る前に軍勢を整えて、3000人程の規模で都入りする予定だ。
既に山岡家瀬田城は柴田勝家により攻略され、佐久間出羽も山城国南部へと侵攻を開始している。京の都周辺に敵対勢力は居らず、信長は都入りのためにしっかりと全軍の軍装、及び行軍の順番を確認していた。
織田家の兵士達を見て回っている時に、雲水姿の男が数人を連れて信長の前にやってくる。その雲水は恒興の囲碁教師である白井入道浄三であった。彼は膝を付き、信長の前で礼を取る。
「おう、お前が白井浄三か。話は恒興から聞いてるぜ」
「信長様、お疲れ様ですなぁ」
「で、後ろにいるヤツは?」
「ええ、こちらが大和国の……」
「松永弾正久秀と申す。お初にお目に掛かりますぞ」
紹介が終わる前に自らズイッと一歩踏み込んで自己紹介する。ニンマリ笑顔の迫力に信長の方が少し気圧される。
「お、おう、ご苦労」
「随分とお早いお着きでしたな。この松永久秀、観音寺城まで出向こうかと思いましたのに、老骨故足が遅う御座いましてな、はーっはっは」
「そ、そうか」
「ああ、三好義継殿なら後で来るはずですぞ。何しろ、織田殿に早く会いたくて置いてきてしまいましてな。一緒にとも思うたのですが、堪えきれずに来てしまいましたわい。あ、こちらは戦勝の引き出物に御座います。名物『九十九髪茄子』と申しましてな、ふふふ」
「お、おう」(何だ、コイツ?)
信長に有無を言わせぬ速さで名物茶器の桐箱を握らせる松永久秀。彼の速攻と迫力で信長は言葉を上手く挿む事が出来ず、茶器を受け取ってしまう。
『九十九髪茄子』とは茄子形の茶入で現存している。ただ何回も焼かれているので修復した姿ではあるが。この『九十九髪』という名前は『付喪神』の当て字とされる。『付喪神』は伊勢物語に『百年に一年足らぬつくもがみ我を恋ふらし面影に見ゆ』からきていて、完全な形を意味する百に対して石間が欠点で「百」至らぬ「九十九」と名付けられた説がある。また茶人として有名な村田珠光が九十九貫で購入したからという説もある。
そんな名物茶器を受け取った信長だが、顔は厳しいままだった。信長には久秀に問い質さねばならない事があるのだ。足利義輝暗殺事件『永禄の変』の事だ。
「松永久秀、一つだけ答えろ」
「何で御座いましょうや?」
「前公方・足利義輝様を殺したのはお前か?」
「はて?身に覚えが御座いませんな」
「惚ける気かよ」
「そう言われましても、わしはあの時、大和国に居りましたからなぁ。いやはや、吃驚して呆然としましたわい。いったい、誰があの様な真似をと。まあ、三好三人衆で間違いないと、わしは確信しておりますが」
「テメエの息子も居たって聞いたぞ」
「久通も巻き込まれた様でして。それはもう気落ちしておりましてな。あの凶行を止められなかった事を悔やんでおりましたわい。しかし久通の兵力は少なかったので、どちらにせよ止められなかったかと」
永禄の変の当時、松永久秀は大和国に居た。現場に居たのは三好義継、松永久通、三好三人衆らである。この事から実行犯は三好三人衆であると久秀は主張する。
また、自分の息子の久通に関しても『巻き込まれた』だけと強調した。
「あくまでやってねぇと言い張るか」
「やってない事をやったと言う訳には参りませんな。それで、大和国の支配はお任せ頂けますかな?」
「……分かった、好きにしろ」
「ははぁ、有り難き幸せに御座います。では、公方様にも謁見して参ろうか。失礼致しますぞ」
「……」
今回の上洛戦協力の条件となっていた領地の安堵とともに大和国の支配権も確認した久秀は満足そうに信長の陣を退出した。信長は最後まで警戒の眼差しを止めず、久秀を見送った。
久秀が完全にいなくなると、信長は疲れたと言わんばかりに大きな溜め息を付く。
「お疲れ様ですな、信長様」
「ああ、一気に疲れたぜ。ったく、あんな狸親父と付き合わなきゃいかんのかよ。頭いてーわ」
「強者に対しては、いつもああですからなぁ。弱みを見せると噛み付いてきますのでお気を付けてくだされ」
「そういえばよ、松永の後ろに居たのは誰なんだ、浄三?」
「それがですなぁ、ワシも紹介して貰えなんだのですわ。何処かで見た気はするのですが」
「そっか。なーんかコッチを睨んでいた気がするんだよな」
信長は松永久秀の後ろに居た人間が気になっていた。白塗りの顔にお歯黒、烏帽子に整った様相はまるで公家の様だった。久秀と同じ様に跪く事はなかったので、余計に公家かと思って何も言わなかった。だが紹介されるでもなく退出して行ったので気になった。
しかし白井浄三もその公家については知っている事はなく、久秀から紹介されていなかった。会うのも今日が初めてだった。ただ白井浄三は何処かで見た気がしていた。
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しばらくして足利義昭が滞在している寺に報告が入る。松永久秀が面会に訪れたというのだ。義昭はとうとう来たかと覚悟を決める。今回の上洛戦に松永久秀が協力している事は事前に知っていた。その点においては、彼は味方と言える。だが、それと義昭の兄である足利義輝を殺した件は別であると、彼は考えていた。
「公方様、松永久秀が接見に参っております」
「兄の仇である松永久秀、とうとう来たのか。藤孝、いざという時は頼む」
「はっ、公方様。お任せください」
義昭は威厳を保ち、横に侍る細川藤孝に声を掛ける。兄である足利義輝を殺したと目される男がやってきたのだ。義昭は万が一は藤孝と共に兄の仇を討つ事すら考えていた。しかしその決意は予期せぬ
「くぅぅぶぉぉぅぅぅさぶぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」
「な、何!?」
「麿、只・今・参・上!!管領・細川京兆家当主・細川右京大夫晴元でおじゃぁぁぁりまするぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「「……え?」」
突然、飛び込む様に走り込んできて奇怪なポーズを決めた後、スライディング土下座をかました男は『元』管領・細川京兆家『元』当主・細川『元』右京大夫晴元、その人であった。白塗りの顔にお歯黒をし、まるで公家の様な言葉遣いをする男だが、彼はれっきとした武家である。足利家御連枝である細川京兆家に連なる者だ。
「おいたわしや、公方様。麿が傍に居らなんだが故に御兄君が亡くなり、さぞや心細かった事でおじゃりましょう!麿が来たからにはもう安心でおじゃりますぞぉぉぉぉ!!」
義昭の頭の中は?マークで一杯だった。松永久秀を迎えようと思っていたら、とんでもないのが現れたからだ。流石に義昭もこの男の事は知っていた。
三好長慶の父親である三好元長を利用して勢力を拡大、彼が邪魔になると本願寺に依頼し一向一揆に殺させた。その一向一揆が制御不能になり畿内を荒らし回ると、法華宗に依頼し退治させた。その法華宗が邪魔になると比叡山延暦寺に依頼し、京の都中にある『洛中法華二十一ヵ山』を焼き討ちさせ、京の都は『応仁の乱』以上の灰塵と帰した。所謂、『天文の乱』である。細川晴元とはこの一連の事件を引き起こし操作していた男である。
「おい、藤孝。コイツはアレだよね?」(小声)
「はい、公方様。アレで御座います」(小声)
義昭は藤孝に問う。藤孝は即座に返答する。
「アレなんだよねー!?」(大声)
「アレで御座いますー!?」(大声)
もはや、威厳は何処へやら。義昭は威厳を出すための作られた喋り方ではなく、歳相応の元々の口調が出てしまう。それぐらい驚いたからだ。
一方で細川藤孝も驚く。努めて冷静に「アレで御座います」とか言っていたのだが、それは反射的に応えただけで、実は理解が追い付いていなかった。義昭に二回も問われて、やっと理解が追い付き、一緒に吃驚していた。何でここにいるんだ!?と。
「はて?アレとは何でおじゃるか?」
「あ、いや、何でもない。何でもないよ」
動揺が隠し切れない義昭は冷静になろうと深呼吸する。そして傍に居る藤孝に小声で耳打ちする。
「何故、アレがここに居るんだ?」(小声)
「済みませぬ、私にも皆目、見当が着きませぬ」(小声)
「ほほほ、麿はそこの松永久秀殿に匿われていたのでおじゃりますよ」
義昭の囁きは聞こえてしまった様で、晴元は後ろに控える松永久秀に匿われていたと説明する。松永久秀はいつの間にか、部屋の中に居て、義昭に対して座礼をとっていた。
「これは公方様。松永弾正久秀に御座います」
「松永久秀!貴様、兄上を殺しておいて、よくもおめおめと我が前に現れたな!」
久秀の姿を認めた義昭は刀を取って立ち上がる。今にも刀を抜きそうな義昭に対し、久秀はまったく動じなかった。
「公方様、それは三好三人衆による濡れ衣でおじゃるよ。ヤツラが松永殿を陥れるために放った流言飛語でおじゃる。その件については、この管領・細川京兆家当主・細川右京大夫晴元が保証するでおじゃる」
(いや、アレに保証されてもなー)
そこに晴元が待ったを掛ける。松永久秀に掛けられている疑惑は三好三人衆が計ったのだと主張する。足利義昭は松永久秀について何かの証拠を掴んでいる訳ではない。状況と噂からそう判断したに過ぎないので、手を引かざるを得なかった。
「と、いう訳で御座いますので」
「藤孝ー(泣)」(小声)
「公方様、今はお堪えくだされ」(小声)
「公方様、この管領・細川京兆家当主・細川右京大夫晴元、公方様の手となり足となり尽力致しますでおじゃるよ。この松永とかいう下賤などよりお役に立つでおじゃりますぞぉぉぉ!!」
「……」(兄上の家臣だとは聞いているが、胡散臭いなぁ)
畿内を灰塵へと導いた細川晴元。
天文の乱の後は四国で勢力を立て直した三好長慶に敗北、足利義輝の居る近江へと落ち延びる。近江には晴元の最大の支援者でもあった六角定頼がいたからだ。晴元は足利義輝と共に六角定頼の支援の元で態勢を整えようとした。だが、運悪く六角定頼は病死してしまう。この後、晴元の計画は大きく狂い出す。
六角定頼の跡を継いだ六角義賢(現在は六角承禎)は持ち前の外交力を発揮。足利義輝と三好長慶の和議を仲介する。これで足利義輝は京の都に帰れる事になった。
一方で梯子を外されたのは細川晴元だった。足利家、三好家、六角家が和議を結んでしまったため、彼は態勢を立て直すどころではなかった。その後も三好長慶に戦いを挑むも兵は大して集まらず敗北。彼は幽閉されるに到る。
(見ておるでおじゃるか、義輝?そなたの弟は麿が立派な『
晴元は和議に参加していなかった。いや、報されてすらいなかった。そう、彼は足利義輝に見捨てられたのである。その事を晴元は忘れた日はなかった。
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松永久秀と細川晴元は足利義昭との接見を終わらせ、自分の陣へ帰る。その途上で久秀は晴元の無礼を咎める。晴元が信長に礼を取らず、一言も発しなかった件だ。幸い、信長が気にもしていなかった様なので、久秀も晴元を紹介する事もなく接見を終わらせた。
「まったく、お主ときたら織田殿の前では口を利かず、無礼な真似をしおって。ヒヤヒヤしたわい」
「何故、名家の出身である麿があんな下賤の産まれと口を利かねばならんのでおじゃるか?そうさなぁ、口を利いて欲しいならば、あの信長とやらは自らの手で両目を潰し背面土下座で割腹して出迎えたら考えてやらんでもないでおじゃるよ」
「そこまでしたら死んどるだろ!しかも考えるだけか!?」
細川晴元には強烈な『名族意識』が存在した。名家出身者こそが日の本の中枢にいるべきとする考え方である。その彼にとっては織田家など下賤の成り上がりの下剋上大名に位置する。それこそ同じ御連枝大名である斯波家を倒した憎き男という認識だ。
……織田信長は斯波家から下剋上した訳ではないし、斯波家と戦ってもいない。現当主を追放はしたのだが。
斯波家に対して下剋上をしたのは織田大和守家であり、その織田大和守家に対して下剋上したのが織田信長である。
事の次第は、傀儡と化していた斯波家当主・斯波義統を
「そなたはあんな『越前の神官』風情に媚びて恥ずかしくないのでおじゃるか?」
「フン、織田家は素晴らしい。10万を超える兵力、それを支え切る財力、統制の取れた家臣団、肥沃な領地。どれも魅力的よ」
「『信長が』とは言わないのでおじゃるかな?」
「……いずれはわしのモノにしたいのぅ。さてさて、どう駒を進めるか」
松永久秀は足利義昭よりも織田信長を重視してはいるが、それは決して忠誠などではない。如何に己の勢力を高め、且つ、如何に織田家の中で存在感を示すか。それのみを考えていた。その為なら頭を下げる事も、媚びる事も、忠臣面する事も簡単だと久秀は思っている。
そして最終的には全てを己のモノとする野望を抱いていた。
「そなたも存外、邪悪な狸でおじゃるなぁ。三好家を手中に収めたのに、失敗したのを忘れたでおじゃるか?」
「失敗は成功の元じゃ。覚えておけ、極悪狐」
そんな野望を抱いている久秀だが、三好家でも野望は半ば達成されていた。三好長慶にとって松永久秀は忠臣であり有能であり、頼りにしていた存在だった。ただ彼の死後に馬脚を現しただけである。用意周到に進めて三好家の全権を掌握したはずだったのだが、それ以降の失敗により三好三人衆に全て奪われている。
この松永久秀という男は大名クラスの才能の持ち主ではあるものの、大大名の器ではなかった。治世の能臣だが、乱世の奸雄にはなれない。王左の才は抜群なのに、持ち前の野望が台無しにしている。それが松永久秀という男だった。
因みに本人は自覚していない。
「下賤の足掻きは醜いでおじゃ。まぁ、麿ほどの名家の産まれでなければ、さもありなんでおじゃるか」
「名家、名家とくだらんな。そんなだから御連枝は衰退するんじゃ」
「名家は滅びぬ、何度でも蘇るさ、でおじゃる。それはもう不死鳥の如くでおじゃるよ」
「そのまま燃え尽きてしまえ」
「まったく、これだから
「いい加減に黙れぃっ!」
「ま、ここでお別れでおじゃるな。精々、下賤に尻尾を振っておるがよいでおじゃるぞ、タヌキジジイ殿」
「お主こそ名族意識に溺れ死ね、キツネジジイめ」
松永久秀の陣に到着する前に二人は別れた。それぞれの目的が違う以上、これからの共闘は無意味だからだ。彼等はお互いの野望を果たすべく、本格的な行動を開始した。
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【あとがき】
晴「やぁぁぁっと麿の出番でおじゃぁぁぁ!!!!小説100話目にして、戦国一のトリックスター麿☆参☆上!!」
恒「…………誰ニャ?」
べ「…………誰だろ?」
晴「そなたらぁぁぁぁぁーーー!!!!それはあんまりではおじゃらんかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
べ「普通のファンタジーなら魔王さんの目的は『ビジョンは一切無いけど、とりあえず世界征服』でいいんだけど、晴元さんはどうしようかな?」
晴「べくのすけよ、麿には明確な『日の本の統治ビジョン』があるでおじゃるよ」
恒「一応、聞いておくかニャ」
べ「そうだね」
晴「フフフ、耳をかっぽじってよく聞くがよいでおじゃ。麿の目的、それは……『名族の、名族による、名族のための日の本統治』でおじゃる!!」
恒「聞く価値は無かったニャ」
べ「そだね」
晴「まあ、聞くでおじゃるよ。この日の本は武士の発生より戦乱となった。それを収めて武家政権を樹立したのが鎌倉幕府初代将軍・源頼朝でおじゃる。その後はある名族の武家により日の本は統治され今日に到るでおじゃる。つまり日の本は平安末期からその名族による統治でずっと歴史を刻んできたのでおじゃるよ。その名族を『河☆内☆源☆氏』というのでおじゃぁぁぁぁ!!」
恒「おい、北条得宗家はどうしたニャ」
晴「誰でおじゃるかのぅ?河☆内☆源☆氏にそんなヤツはおらんでおじゃるよ。はっ、封印されし黒歴史というヤツでおじゃるな」
べ「☆使わないでくれるかな?変換めんどいから」
晴「河☆内☆源☆氏は特別な名族でおじゃるから、仕方がないでおじゃるよ。つまりはその事実が指し示す事は一つ『朝廷にしがみつく人々は劣った存在であり、関東に進出し新たな次元に到達しようとしている源氏、その中でも河☆内☆源☆氏によって日の本は支配管理されるべきである』という事でおじゃる」
べ「盛大なパクリをありがとう」
晴「フフフ、河☆内☆源☆氏に非ずんば人に非ず、でおじゃる。まあ、他の源氏も河☆内☆源☆氏よりは三十四段劣るがマシな部類でおじゃるな」
恒「……ムカっとくるヤツだニャー」(←摂津源氏)
具「……斬るか」(←村上源氏)
承「……弓の的にしてやろう」(←宇多源氏)
晴「これ、そなたら、止め……ホギャァァァァァ!?」
べ「何かいろいろきたー」
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