外伝 軍師の半兵衛くんが無双すぎて困ってしまう 後編

 箕作山城に到着した織田軍は包囲もそこそこに攻勢に出た。朝遅くに始まり、彼らは大手門と搦手門に大挙して押し寄せた。

 大手門攻め手大将は佐久間出羽守信盛。信長直属の家臣を預かり大部隊となっている。

 搦手門攻め手大将は丹羽五郎左衛門長秀。こちらにも信長から家臣を貸し出されている。明智十兵衛光秀もこちらに居る。

 つまり信長の家臣の中で戦に役立つ者は全て佐久間出羽に付けられたという事だ。従って信長の周りには文官的な家臣と大群と化した荷駄隊しか残っていない。

 織田軍の攻勢は即座に箕作山城守将の山中吉内為俊に伝えられる。


「為俊様、織田軍が攻勢を開始しました!」


「そうか、予定通りに迎撃せよ」


「は、……ただ敵は大手門と搦め手門のみを攻撃しておりますが」


 その報告を聞いた山中為俊は眉を顰める。普通であれば山城の門だけ攻撃するのはおかしいのである。

 山城というのは門への道も相当狭い。道だけを使っていては軍勢が大渋滞を起こす事は明白なのだ。故に道など使わず山の斜面を登り四方八方から攻めるのが常道となる。


「どういう事だ?ヤツラは遊んでいるのか?」


「いえ、分かりませんが……。ただ門の守備隊からは増援要請が来ております」


「フム、山の斜面から敵が来る様子はないのか?」


「は、未だ敵影は見えずと」


 山中為俊は織田軍が四方八方から攻めてくる事を期待していた。その為、山の斜面には木々に隠された罠が無数に張ってある。この辺りの山城なら『甲賀式』の罠をよく使う。山中為俊は甲賀出身なのだから甲賀式の罠は誰よりも使える。

 罠は敵の足を鈍らせるためのもので、威力は然程無く隠密性を重視する。その為、威力など無くとも死に至る毒物が塗られる事もよくある。要は『この先にも罠があるぞ』と警告する事で足軽達を怖じ気させるのが一番の目的と言える。

 山中為俊は敵に損害を与え、その士気を挫くために罠を仕掛けた。それが空振りになっているのは残念に思った。とは言え、相手が山の斜面を登って来ない事だけは分かる。登って来ているのなら山の斜面に敵の悲鳴が木霊しているはずなのだから。


「ならば城壁の兵を門へ回せ。ただし警戒は怠るな」


「ははっ」


(織田軍は何を考えている?)


 ただ山中為俊は織田軍の動きを不審には感じていた。一度、山の斜面から攻勢を掛けて罠に嵌って懲りるなら分かる。一度も来ないで門のみを攻めるのは道理に合わないと。

 そう考えた山中為俊だったが、直ぐに思い直した。時間が稼げるなら我々にとって都合の良い展開だと。


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 織田軍の佐久間出羽は大手門の攻勢に出ていた。今回は信長直属の家臣達も手柄を立てようと大手門に猛攻を加えている。……様に見える、別に手を抜いている訳ではないが。というのも、大手門までの道がとても狭い上に大手門まで小さいので、軍団が展開出来ず大渋滞なのだ。搦手門などもっと狭い、人二人並んで歩けるかどうかだ。

 大手門であっても五人が並べるかどうかなので、攻撃面積は狭く有効打は難しい。ならば破城縋の出番なのだが、坂道で運搬に梃子ずっている。その上、城兵から弓矢で狙われるので更に困難だった。

 よって破城縋を近付けまいとする城兵とそうはさせまいと応射する織田軍の撃ち合いに終始していた。

 そんな現状を佐々内蔵助成政はつまらなそうに本陣から眺めていた。


「なんだよ内蔵助、その『納得いかねー、けど手柄はもらえるし、けど納得いかねー、けど一度は引き受けちまったし、けど納得いかねー』って顔は」


「説明長いよ!百面相か、私は!?」


 そんな成政に声を掛けたのは前田又左衛門利家である。彼もこの激戦の中、本陣に居た。つまり二人仲良く前線から外されていた。


「いや、そんな顔してたからよ。行きたいのか?」


「そりゃ行きたいさ。大手門攻めなんてウチの領分だろ。大河内城で証明したじゃないか」


 成政の言う通り、鉄砲隊で城壁の上にいる兵士を抑え込めば大手門攻略は早まるだろう。その事は大河内城攻略の結果を見れば明らかだ。

 ただこの箕作山城は道が狭く鉄砲隊が展開出来ないという事と、周りの木々が邪魔で鉄砲隊の射線が取り辛いという2点を除けばだが。


「そうだな。ま、行きたくても、もう無理だがな。大手門も搦め手門も大渋滞だし。割って入る事も出来ねー。出羽のオッサン、張り切り過ぎだ」


「出羽殿は大部隊だからな」


 二人は大きく溜め息をつく。今から攻勢に参加したところで味方が邪魔で進めないのだ。佐久間衆も丹羽衆も1割も戦えているんだろうかという状況だ。

 こんな体たらくで本当に一日で城が落ちるのだろうかと、二人は竹中半兵衛の作戦に疑問を抱いていた。


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 朝に攻勢が始まり、西日が赤く差し始めると織田軍は一斉に軍勢を引き上げた。夜というのは常識的に非交戦時間であり、休まなければ明日は動けなくなるからだ。朝から夕方まで延々と攻め続けたのだから尚更である。


「為俊様、敵が引き上げていきます!」


「もう夕刻か。朝から延々と攻め続けおって。城壁を登ってくる敵はいなかったのか?」


「はっ、城壁には敵影は無く」


 織田軍の長時間に渡る攻勢に悪態をつく為俊。その間、陣頭指揮を採っていた彼も大分疲れていた。

 結局、城壁には織田軍は現れず、城門を攻め続け有効打も与えられないまま退いただけになる。


「そうか、見張りを除いて皆にはよく休むように伝えよ」


「はっ」


(朝から夕方まで延々と攻めてきおって。流石に眠いな……)


 為俊は見張りを除いて休息を取る様に指示を出す。疲れているのは織田軍だけではない。防戦一方の彼らもかなり疲れていた。城壁城門という防衛施設があり有利だといっても苦労する事には変わりなく、それが長時間に及べば仕方がないだろう。

 明日に備えて、為俊も一眠りしようと思った。


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 夜になり、織田軍の諸将は集まり軍議を開いた。出席者は大将である佐久間出羽。他には丹羽長秀、明智光秀、前田利家、佐々成政、木下秀吉、他の織田家臣も臨席している。そして今回の作戦を立案した竹中半兵衛もいる。

 搦手門を担当した丹羽長秀が渋い顔で報告をする。


「門に関しては未だ大した打撃は与えられませんでした」


 道狭く門小さく、更に堅牢な造りとなれば一日で破るのは無理な話である。そもそも山城砦とは山の地形を利用して敵の攻撃を制限する造りになっている。つまり小勢でも大軍を相手に出来る様に造られているのだ。

 その状況は大手門を担当した佐久間出羽も同じだった。


「ふむ、そうか。こちらも似た様なものだがな。それで竹中、お前の言う通り、大手門と搦手門のみを攻めたぞ。ここからどうするのだ?」


「問題はありません。次の一手は『大手門と搦手門の総攻撃』となります」


「明日もやるのか?一日で終わる話はどうなったのだ?」


「いいえ、今からです。なので夜襲という事になります」


 竹中半兵衛は攻略に掛かる日数を一日と諸将に言っていた。それ故に皆の顔が暗かったのである。門に大した打撃を入れられなかったので作戦は失敗したのではないかと。

 そんな心配はどこ吹く風という感じで竹中半兵衛は次の攻勢を提案する。即ち『夜襲』である。彼は現在でも一日で攻略は終わる、予定通りであるという態度を崩してはいなかった。


「なるほどな、そのために俺達を待機させた訳か」


「佐々殿の鉄砲隊も出ていただきます。よろしいですね?」


「……分かってる。手は抜かないさ」


「結構です」


 前田利家と佐々成政が本陣で暇そうにしていたのも、実は予定通りなのである。昼間の攻勢に参加出来た者は全体の3割程度。大軍が足枷になるのなら最初から小分けにして攻めれば昼夜を問わず攻撃出来るという、正に力押しという訳だ。

 実際、攻城側が夜襲する事は稀だ。理由としては攻城側は圧倒的有利にあって篭城側を追い詰めているので、危険の伴う夜襲はしないという事。

 もう一つは攻城側は大軍で寄せ集めである事が多い事だ。足並みが揃わないのだ。寄せ集めという事は戦で手柄を立てたい豪族も居れば、参戦はしたけど損害は出したくない豪族も居る。手柄は欲しいけど損害は出したくない豪族は特に多い。こういうのが寄り集まって大軍になっても夜襲一回で簡単に撃退される事がある。織田信長も夜襲一回で10倍近い戦力差を跳ね返した人物だが、九州には100倍近い戦力差を跳ね返した武将すらいる。

 だが今回の佐久間軍団は12000もの大軍ではあるが、全員織田家臣という違いがある。つまり今までの大軍とは統率力が違うのである。竹中半兵衛はそこを計算に入れていた。


「しかしそうなると本命は夜襲か。昼間攻めたヤツは貧乏くじだな、ハハハ」


「え!?」


「そ、そんな!?」


 竹中半兵衛の意図を知って佐久間出羽は破顔する。その言葉に丹羽長秀や明智光秀などの昼間攻勢に出ていた家臣達が焦る。自分達の功績は数えられないのかと。それに気付いた佐久間出羽は慌てて訂正する。


「あ、いや、間違えた。今回は全員で協力しての作戦行動なのだから、功績は平等だ。そうだよな、な」


(おお、珍しく出羽のオッサンが空気読んだぞ)


(そりゃ、出羽殿も昼攻めしてたしな。自分まで対象になってるのに気付いたんだろ)


「まあ、ワシは引き続き大手門。搦手門担当は利家だな」


「応よ。やっと出番か」


「又左、他の連中もいるんだから出過ぎるなよ」


「分かってるよ、内蔵助。お前こそ出過ぎるなよ。鉄砲隊なんだから」


「ああ、佐久間殿の後ろ配置だから問題無い」


 今回の夜襲で大手門側の大将は同じく佐久間出羽。ただし本人は眠いので一門衆の側近に任せる模様。佐々成政の鉄砲隊も大手門で攻勢に出る。

 搦手門側の大将は前田利家。他にも昼間待機していた織田家臣も加わる。

 しかしその中に木下秀吉の名前は無かった。


「あれ?半兵衛、俺らはどうすんだ?」


「木下隊は別の任務がありますので。では始めて下さい」


 首を傾げる秀吉に半兵衛は別の事をすると答えた。


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 夕飯を済ませ、そろそろ寝ようかという夜更けに突然、喚声が挙がる。けたたましい鉄砲の射撃音が鳴り響き、山中為俊も飛び起きた。間髪入れずに部下が報告にくる。


「為俊様!織田家が夜襲を仕掛けてきました!」


「バカな!?昼間、あれだけの攻勢を仕掛けて夜襲だと!?……そうか、そういう事か」


「如何なさいましたか?」


「ヤツラが大手門と搦手門に集中させたのはこのためだ。軍勢を半分に分けたのだ。その上で昼も夜も攻め寄せて、我らを寝かさぬつもりなのだ」


「何と!?このままでは……」


「数日も保たぬだろうな。圧倒的な兵力差があるから出来るやり方よ。とにかく今は防衛に努めよ!」


「はっ!」


 為俊は織田軍の意図に気付いた。しかし時は既に遅い。昼夜問わず攻め寄せられれば、城兵は休む事も出来ない。こんな事が続けば幾日も保たない。

 とはいえ、大軍に包囲されている現状では打開策も見当たらない。隙を見て夜襲という案も使えない。何故なら相手は夜も臨戦態勢だからだ。

 為俊は自分が既に難しい局面にあると認識した。


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 大手門と搦手門で喚声が挙がる中、山の中腹、箕作山城本丸の直下辺りに一軍が潜んでいた。木下隊である。彼等は『忍び道』を使い、本丸に直接乗り込める場所まで登ってきていた。


「さて、門への攻勢が始まりました。今回は佐々殿の鉄砲隊も出て撃ち鳴らしておりますので、全員起きた事でしょう。殿、準備はよろしいですか?」


「もちろんだ、半兵衛。しかし、昼の攻勢も夜襲も囮とは恐れ入った」


「昼間の長時間に及ぶ攻勢で城兵はかなり疲れている筈です。そこに寝る間も許さず夜襲。彼等の疲労はピークを通り越し、最早、正常な判断も難しいでしょう。コレこそが我々の待ち望んでいた隙なのです」


「なるほどなー。コレなら城の堅さなんぞ問題にはならんな。攻めるべきは『城』ではなく『人』か」


 竹中半兵衛の軍略の真骨頂とも言えるのは、人が思いもよらない場所を攻める事にある。彼は精神状態を読み取る術に長けており、即ち『人の心を攻める軍師』なのである。


「ええ、如何に趣向を凝らせて築城しようと、運用するのは『人』ですからね。稲葉山城も同じ事が言えます」


「稲葉山城を出されると含蓄が有り過ぎるな。半兵衛殿、準備が出来たぞ」


 木下軍団の準備が整った事を蜂須賀彦左衛門正勝が報せにくる。以前は蜂須賀小六と名乗っていたが、『小六』は川並衆棟梁が代々名乗る名前なので改名している。


「正勝殿、『城壁』の様子は?」


「警戒が薄い。コチラもまだ見付かってない様だ」


「では一息に行きましょうか。作戦開始です」


「おおよ!」


 こうして箕作山城攻略戦最終局面が始まった。


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 昼間同様、大手門の守備に出ていた為俊の元に凶報が届く。


「た、為俊様、一大事です!!」


「何があった?」


「本丸に敵が侵入!塀を乗り越えて雪崩込んできました!」


「な、何だと!?……やられた、奴らは兵の大半が門に釘付けになるのを待っていたのか……、クソッ!」


 ここでようやく為俊も織田軍の真意に気付く。彼等の目的は昼夜問わずの攻勢ではなく、それによって兵力を釘付けにし少数で侵入、破壊工作をする事なのだと。恐らくは兵糧庫や武器庫を襲って、継戦能力を失くす事だろう。


「為俊様、どうすれば……」


「うろたえるな!本丸に侵入した敵は少数の筈だ。ならば大手門は捨て、二の丸門で迎え討つ。主力は本丸に戻せ!」


「はっ!」


「……念の為、『道』を開いておけ。忘れるな、この城に『援軍は無い』のだからな」


「ははっ」


 為俊は部下に『道』を開いておくように指示する。それは最終手段とも言えるものだった。

 大手門から本丸に駆け付けた為俊は信じられない光景を目にしていた。彼は本丸に侵入したのは隠密能力に長けた乱波者で数は多くても100人程度だと思っていた。しかし目の前で戦っている織田軍は少なくとも1000人はいる。いや、もっと多い。


(おかしい。何故これ程の軍勢が本丸に?罠はどうなったというのだ?)


 彼が気になるのはどうやって織田軍は城兵に気付かれずに山を登ってきたのか。そして道中、無数に仕掛けた罠をどうしたのかだ。

 罠を虱潰しに解除するには一週間は掛かる。中には音を出して城兵に報せる罠もある。

『忍び道』を理解し、『甲賀式の罠』を解除するにも時間が早過ぎるのだ。罠を構わず突破したのであれば城兵が気付かないはずはないのだ。

 唖然とする彼の前に答えとなる人物が姿を現す。


「や、お邪魔しますよ」


「お、お前は……瀧家の孫平次か!?」


「へえ、私の事、覚えてたんですね。1、2回しか会ってない筈ですが」


 木下秀吉がスカウトした家臣・中村一氏。昔の名前を瀧孫平次という。甲賀五十三家の瀧家(多喜家とも)の出身である。

 彼が本丸に到る『忍び道』を見付け、その道にある全ての罠を解除していた。甲賀で育った一氏には何処にどういう罠が仕掛けられているかは一目で分かった。それの解除に掛かる時間も半日で済んでいた。


「そうか、お前なら甲賀式の忍び道や罠を知っていて当然か。道理で見事な奇襲が出来る筈だ。まさか甲賀から裏切り者が出ようとはな」


「甲賀は何でも合議合議。合議ばかりを重んじて人一人には見向きもしない。それに潰されかけたアンタなら解るでしょう」


「……」


 甲賀とは特殊な統治形態をしている。甲賀五十三家を中心とする『甲賀郡中惣』と呼ばれる合議によって甲賀内の方針を決めていた。この合議に従わない者は甲賀では生きてはいけない程の強制力を持つ。

『惣』という文字があるので分かると思うが、これは『一揆』である。農民一揆ではない、地侍の『土一揆』である。過去に山城の地侍が徳政令を求めて土一揆を起こした事がある。これらと同質のものであり、合議が甲賀内の方針を決めているのであれば、彼らは独立した存在と言える。

 一概に立ち位置の説明は難しいが、甲賀は完全に六角家臣ではなく、傘下に居るだけの状態となる。六角家としては一家一家丁寧に対応して家臣に取り込みたいと頑張っている最中だろう。

 一揆とは大名に対する反体制派の集まりと言えるので、六角家と甲賀の協力関係は非常に珍しい例だ。それだけ歴代の六角家当主が甲賀との外交に精を出していた証拠でもある。

 以前に最上義光が語った『最上八楯』も一揆であり、最上家とは敵対とまではいかなくとも制御出来ない一揆だ。しかも盟主が最上一族の天童家なのだから更に質が悪い。

 この様に一揆は自分達の事は自分達で決める自治権を持ってはいるが、単体では潰されるので『合議』という形で団結している。そして領地内で合議に逆らう者は許さないのである。


「私は甲賀での上がり目は無かった。一生、下っ端だ。だから織田家に行ったんですよ。私自身の立身出世の為に」


「解らんでもない。だからこそ私は甲賀よりも六角家の為に戦い、お前は甲賀よりも織田家の為に戦う訳か。お互い退けないか」


「そういう事です。では、殺り合いますか」


 中村一氏は殺気を込めて刀を握り直す。だが刀を向けられた為俊はフッと薄く笑って応えた。


「御免被る」


「は?」


「お前を討ち取って、私に何があるのだ?甲賀の事など、もうどうでもよい。私は六角承禎様の為に動くのみよ」


 山中為俊にとって一氏が甲賀を裏切っている事など、既にどうでもよい事だった。自分を切り捨てようとした甲賀に何の未練も無く、自分を救ってくれた六角家にのみこの命を使おうと決めていたのだ。


「じゃあ、どうするんです?」


「ふ、退却する。サラバだ」


「え?ちょ!?」


「はーはっはー、精々出世しろよー、孫平次!」


「チクショー、相変わらず足が速い」


 退却すると言った瞬間に為俊は走り出した。部下に開けさせた『道』に向かって。彼が開ける様に指示した『道』とは脱出路なのである。既に城は落ちると見越していたのだ。

 呆気に取られた一氏は彼を見逃すしかなかった。何しろ彼は甲賀でも指折りに足が速いのだから。


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「義兄上、敵方が退却を始めましたよ!」


 敵方の動きを察知した浅野長吉が秀吉に伝える。先に蜂須賀や前野ら精鋭を送り込み、秀吉達は今しがた、本丸に到着したばかりである。


「ようし!箕作山城、貰いだな、半兵衛!」


「え、ええ……」


「何だよ、端切れの悪い。こういう時は笑えばええんじゃ」


(早過ぎる、私の想定よりも。……彼等には箕作山城を守ろうという意志が感じられませんね。という事は箕作山城は最初から捨てるつもりだった。何の為に?考えるまでもなく観音寺城の為、六角家当主の為でしょう。そういう事ですか)


 山中為俊の退却は想定よりもかなり早かった。本丸ではもっと抵抗があると思っていたのだ。

 だから竹中半兵衛は即座に思考を巡らせた。早過ぎる退却、それが示す観音寺城の状態を。


「殿、今すぐ観音寺城に向かいましょう。手遅れになる前に」


「は?いやいや、それはアカンだろ。観音寺城は信長様が来んと」


 秀吉の言う通りで、六角家本拠地である観音寺城攻略は信長の領分となる。相手が大名なのだから、それを倒すのも大名でなければという面子の問題だ。後年に武田家や毛利家を潰すために信長が出陣したのも同様の理由だ。毛利家の場合はそのまま本能寺の変に繋がってしまったが。

 ただ、この問題は織田家の規模が大きくなるにつれ無視される様にはなる。小粒な大名征伐には信長は行かなくなる。


「しかし……」


「何をそんなに焦っとるんだ。心配する事ないだろ、大勝利じゃねーか、な」


(まあ、仕方ありませんか。山中為俊が退いたという事は、既に手遅れかも知れませんし)


 竹中半兵衛は気を取り直す。既に手遅れである可能性も多分にあるのだから。

 手遅れであった場合、秀吉が信長から致命的な叱責を受ける事は明白だし、間に合ったとしても叱責となる可能性すらある。抜け駆けも考えてやらなければならない。

 そこに息苦しさを少し感じる竹中半兵衛であった。


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 翌日、箕作山城落城の報せが届く。と同時に鯰江城の結果も届き、家臣から信長に報告される。


「信長様、箕作山城攻略が終わったとの事です」


「1日で落ちたか。出羽もやるな」


「もう一つ、鯰江城も落ちたとの事。こちらが詳細となります」


「鯰江城もか。なら前進に問題はねえな、一鉄」


「はっ、その通りかと」


 信長は傍に控える稲葉一鉄に声を掛ける。稲葉一鉄は今回、嫡子の彦に稲葉家の全権を渡しているので留守居をするつもりだった。

 それを知った信長が相談役にして連れて来たのだ。いざという時は優秀な指揮官にもなるので一石二鳥だと思っていた。

 信長は渡された報告書を読み進める。


「箕作山城は協同作戦なので全員の功績は等しくか。鯰江城は……第一功績に稲葉彦、第二功績に前田慶か。稲葉彦は一鉄の後継者だろ?流石はと言ったところだな」


「は、ははっ、お誉めに預かり恐悦至極」(何をしおったのか、アヤツは……)


 第一功績に稲葉彦の名前があって一鉄は少し驚く。稲葉家の面目が立ったのは喜ばしいが、どんな無茶をやらかしたのかも心配になった。


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【あとがき】

 次回は『激戦!!天下一の巨大城郭山城・観音寺城』ですニャー

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