進軍経路

 恒興が佐和山城に到着してから一週間。ようやく織田信長が林佐渡と佐久間出羽を伴い到着した。この到着が織田軍の最後の部隊となっており、佐和山城に集結した兵数はおよそ6万に達していた。


「信長様、長旅お疲れ様ですニャー。……って、ニギャアアアー!?」


「恒興~、お前、オレがどんだけ苦労したか分かるか?」


「いえ……いきなり……そう言われ……ましても……ニャー……ギブ、ギブ」


 着いて早々、不機嫌な信長は恒興の両こめかみに握り拳を当ててグリグリと回す。更にチョークスリーパーに変化して恒興を締め上げる。信長の不機嫌は全開であった。


「信長様も佐渡も公方様に振り回されっぱなしだったのだ」


「お前は何もしてないでしょが、出羽。アタシはもう疲れたよ」


「そう言う訳だ、恒興。それもこれもお前が京極殿を動かしたせいだろ、なあ?」


「冤罪ですニャー!?」


 そう、恒興の罪は京極高吉を鎌刃城に動かした事。北近江坂田郡の大豪族・堀家を寝返らせるために必要だったとはいえ、そのせいで足利義昭の対応役がいなくなった。

 代わりの対応は信長や林佐渡がやっていたのだが、いろいろな我儘を言われる破目になり到着が遅れたのだ。結局のところ、足利義昭は鎌刃城に置いてきたらしい。佐和山城は最前線で危ないと理由を付けて。


 -----------------------------------------------------------------------


 織田信長、池田恒興、林佐渡、佐久間出羽と部隊を率いる将が揃ったので、恒興は城の一室を借りて状況説明を始める。家臣全員が集まる評定のスタイルではなく、部隊長のみに作戦を伝えて、部隊長から家臣に伝えるスタイルを取る。今回の進軍に関しては軍団が幾つかに分かれているからだ。

 まず、総大将は織田信長、これは当然である。今回はその直下に軍大将が配置されているのだ。その軍大将が4人、長野信包、林佐渡、佐久間出羽、そして池田恒興となる。この計5軍団は大目標は同じでも攻略目標が違うので広く家臣に周知させても意味が薄い。

 評定やるなら軍団単位でやるという事なので、軍団を率いる人間だけが集まった。因みに伊勢亀山城に集結中の長野信包は不参加となる。


愛知川えちがわより東、佐和山に到るまで敵となる者はおりませんニャ」


「味方……、って訳じゃないよね、恒興」


「ええ、敵じゃないだけですニャ。『桶狭間の戦い』と一緒です。日和見してるんですニャー」


 状況は『桶狭間の戦い』における尾張豪族の動きと同じだと恒興は言う。あの時は今川軍3〜4万という大軍に尾張豪族は信長を見捨てて日和見していた。おそらく信長が敗北したら今川家に臣従するつもりだったのだろう。信長が敗北していないと寝返りがただの裏切りになってしまうので日和見して待ってた訳だ。まったく思い通りには行かなかったが。

 そして今回は織田軍6万に対し、六角家本拠・観音寺城付近を流れる愛知川より北東方面の豪族はほぼ日和見していると思われる。この状況が『桶狭間の戦い』に酷似している。

 まあ、日和見豪族視点で言えば、6万の軍勢相手に手持ちの数百〜千程度の戦力で何が出来るのか?集まりたくても観音寺騒動で六角家そのものに結束力が無い。更に池田恒興から織田家に来ませんかニャー?と誘われている。今すぐ寝返ると裏切り者と謗られるのでジッとしている。織田家優勢なら恒興のススメに従い寝返る、六角家が勝つようなら出撃して勝馬に乗るのである。つまり現状では織田家、六角家どちらにも付ける様にしている。

 これが戦国の小豪族ライフというものだ。本人達はちっとも面白くないだろうが。


「ふん、成程な、豪族ってヤツはいつもこうだ。だから信用できねぇ」


「まあ、無用な戦いは避けるべきでしょうな。時間を掛ける事自体許されませんし」


「言われるまでもねぇよ」


「出羽殿の言う通りです。それに日和見している木っ端豪族共はどうでもいいですニャー。むしろ敵対している豪族の方が後々信長様の力になるでしょうニャ」


「ほう、それほどのヤツがいるのか」


「そこら辺も含めて、現状とこれからをご説明致しますニャー」


 そう言って恒興は周辺の地図を広げる。描いてあるのは南近江の街道や城、山や湖といった地形でザックリとしたものである。この時代には精巧な地図は存在していないので大まかな地図しかない。その地図に自分達で調べた事柄を書き込む事になる。

 これに色を塗った木製の駒などを置いて戦略図にするのが一般的だ。何故かと言えば、地図を再利用したいからだろう。地図はかなりの貴重品といえる。

 恒興は敵を表す赤い駒を観音寺城に、味方を表す青い駒を佐和山城と伊勢国の伊勢亀山城に置く。


「まず我等、織田軍ですが二手に分かれております。信長様率いる本隊が6万、南近江東の佐和山城に集結しておりますニャー。そして伊勢国から長野信包様率いる軍団が2万、伊勢亀山城に集結中との事です」


 現状は信長率いる織田軍本隊6万が佐和山城に集結。分隊となるのが伊勢方面軍でこちらは信長の弟である長野信包が率いる。現在、伊勢亀山城に集結中で2万程の予定。


「信包か。大丈夫なのか、アイツ」


「戦に関しては一益と勝家が付いているので大丈夫でしょう。各豪族が主体なので無茶は出来んでしょうが」


 伊勢方面軍の編成は長野信包が主体となり、織田家からは滝川一益と柴田勝家が補佐に付いている。ここに傘下大名豪族である北畠家、木造家、田丸家、神戸家、関家などが参集している。


「問題なく無茶などしませんニャー。ある城を囲んで粘り強く説得してもらいますから」


「ある城?何処だ?」


「蒲生定秀の本拠・日野城ですニャ。信包様にはこの城が降伏するまで包囲してもらいます。時間は掛かると思いますが」


 信長に問われた恒興は赤い駒を南近江の南端の辺りに置く。そこは伊勢国との国境線に近い場所、南近江日野城である。南近江の大豪族である蒲生定秀の本拠地でもある。


「蒲生家は南近江でもその家ありと言われる声望の高い家ですニャ。南近江支配に役立ちますから、信長様の直轄とすべきですニャー。蒲生家当主・蒲生定秀、嫡男の賢秀も忠義に厚く、中々の好人物との事」


「それを説得するのは骨が折れそうだね」


「突破口はありますので問題ありませんニャ」


 忠義に厚い好人物がそんなに簡単には降らないのは当然ではある。だが彼等が武家である以上は、必ず武家の至上命題を考えなければならない。即ち、『武家の存続』だ。

 そして突破口も既に確保している。『親族の説得』という突破口を。あとは時間を掛けて説得するだけなので、長野信包が激戦に放り込まれる事はない。


「それなら城包囲が完成したら一益と勝家はコッチで使うか。で、本隊の経路はどうなってる?」


「そのまま進んで愛知川まで進出しますニャ」


「途中の日和見豪族が襲って来んだろうな?」


「出羽殿、その心配は皆無ですニャ。既に鼻薬嗅がせてありますから」


「鼻薬?薬なんぞ差し入れて何になるんじゃ?」


「え?あの、そのままの意味じゃなくてですニャー……」


 何故か『鼻薬』という単語に反応する佐久間出羽。ツッコミどころがソコ?という感じで恒興は虚を突かれてしまった。恒興としてもあらゆる質問に対する答えを用意している訳だが、まさか『鼻薬』の説明がいるとは予想出来ていなかった。


「賄賂の隠語だよ。それくらい理解しな、筋肉ダルマ」


「そうか、賄賂か。……で、何で日和見共が攻めてこない事になる?」


「一々話の腰を折らないでよ。賄賂受け取ったからに決まってるじゃないか」


「話は簡単だ。賄賂を受け取ったその時から交渉は始まっている。その交渉中にオレと六角家の戦が起きた。この時点ではどちらにも付けるから日和見ってこった。まあ、オレらが不利に傾いた途端に襲ってくるがな」


 信長が佐久間出羽に説明する。南近江の豪族は六角家の支配下である。そこに織田家からの交渉が来ているという事。豪族としては支配者が誰であれ、自分は損をしたくない。大軍の織田家と幕府軍を撃退した実績を持つ六角家とを天秤にかけているのだ。今は静観し、天秤が傾く頃にどちらに付くかを決める。

 だから日和見豪族は味方ではないものの、まだ攻撃はしてこないと予測出来る。一応、後方にも防衛の兵力が残してあるので対応は出来る。


「な、なるほど……?」


「オレはそんなに難しい事言ってねぇんだがな」


「要は保身しか考えてない木っ端だって事。襲ってきたら叩き潰す程度だね」


「ふむ、そうか」


(((絶対、分かってないな(ニャー)、コイツ)))


 佐久間出羽は理解出来ていなさそうだが、話を先に進める事にした。どうせ彼は先陣に立つので後ろの日和見豪族は気にする必要はない。根っからの武人である佐久間出羽の行き先は敵中と相場が決まっている。


「まあ、という訳で愛知川までは何事もなく進めますニャー。愛知川を渡れば観音寺城は直ぐそこです」


「となると、アタシらの攻める拠点は?」


「六角家本拠・観音寺城の支城である『和田山城』と『箕作山城』ですニャー。ここを落とせば観音寺城に攻勢を掛けれます。主要となるのは和田山城で、こちらは北側を琵琶湖が抑えていますので支援路が細く、六角家としても大きめに兵力を配置しなければなりませんニャ。対して箕作山城は支援路広く、日野、水口、及び甲賀からの援軍を期待出来ます。現在までに分かっているだけで和田山城に5000、箕作山城は3000の兵力との事」


 今回の目標となるのが『和田山城』と『箕作山城』の二つの城である。和田山城は観音寺城の北東に位置し、箕作山城は観音寺城の南東に位置する。つまりこの二つの支城が観音寺城の南北東を塞いでいる要衝なのだ。ここのどちらかを落とさない限り、織田軍は観音寺城に攻め込めないという事だ。

 それは六角家側も分かっているため、かなりの兵力をこの支城に割いている。万が一、支城が落とされても兵力は観音寺城に逃げ込めるので多目に出しても構わない。


「支城に8000も?観音寺城はどうなのさ?」


「およそ3000との事ですニャー。六角家にとってこの二つの支城が如何に大切かという事です」


「ならば和田山城に攻め掛かる振りを見せつつ、箕作山城を本命にするのが上策だな。恒興、お前はどっちに攻めるんだ?」


「いえ、信長様。ニャーはちょっと厄介な豪族が居るので、そちらに回りますニャー」


「厄介な、か。誰だ?」


「鯰江城主・鯰江貞景ですニャー。鼻薬が効いてない上に放置すると箕作山城に援軍を差し向けてくる可能性があります。援軍だけならまだしも、箕作山城攻略中に背後とか取られたらたまりませんニャ。それに鯰江城を抑えておけば甲賀方面からの援軍も抑えられますニャー」


 恒興は支城攻略に行かず、鯰江城に行く事にしていた。今回の配置からも箕作山城が主戦場になる事は見て取れる。そのため箕作山城の南に位置する鯰江城は非常に邪魔な拠点と言える。しかも鯰江城は愛知川の東側にあり、渡河の必要なく織田軍の背後に回る事も可能である。

 更に言えば、甲賀方面から援軍が出た場合、この鯰江城周辺を通る事になる。だからこそ恒興は真っ先に抑えておこうと決めた。


「道理だな。なら和田山城は佐渡が担当だ。氏家と安藤を連れていけ。無理に落とさなくていいぞ。相手を拘束する程度にとどめろ」


「あいよ」


「本命は箕作山城、担当は出羽だ。丹羽長秀、木下秀吉、明智光秀、前田利家、佐々成政らを連れていけ。こちらは速攻で落とせ」


「はっ!」


 和田山城の担当は林佐渡率いる西濃独立豪族達で総勢11000。箕作山城の担当は佐久間出羽が織田家主要家臣を率いて総勢12000となる。恒興率いる犬山中濃奥美濃連合軍(一部西濃)は鯰江城に向かう。総勢13000となっている。


「で、恒興は件の鯰江城だ。必要な物はあるか?」


「特に何も。最低限の目標も敵の拘束ですからニャー。まあ、落としますが」


「で、あるか。あとはオレの本隊だが、和田山城に行く振りをしながら観音寺城に行く。分かってると思うが本隊は荷駄が多い。箕作山城が落ちない限り前には出られないからな。出羽は急げよ」


 総勢6万のうち36000が配分されている。なので残りの25000程の兵士は織田信長本隊となる。断言してもいいがこの本隊は戦えない。まず、荷駄隊が多数いる事が一つ。大半が傭兵だという事が二つ。極めつけに使える将は佐久間出羽に付けるので、率いる将すら不足する。結局、数で虚仮威こけおどす以外は出来ない軍団となっている。

 信長もその辺はキッチリと認識している。


「お任せあれ、では早速編成に入ります」


「アタシも行ってくるわ」


「応、恒興は残れ」


「はっ、何か御座いましたでしょうかニャ」


 それぞれ担当が決まったので、早速軍団編成にかかる。恒興も行こうとしたのだが、信長に呼び止められたので引き返した。


「武田勝頼の件だ。……武田家の名跡はどう思う?オレの息子を入れて乗っ取るべきか否かだが」


「悪くニャいとは思います。ですが相手が甲斐国だというのが問題ですニャ。現状、上杉家の制圧下で遠く離れています。養子を入れてまで乗っ取る価値があるのかが難しいですニャー」


「武田家ほどの名家を逃すのはもったいねえと思ったんだがな」


「いずれにしても甲斐国を保持していない現状では次期尚早かと。今やると武田旧臣が反発して、勝頼を当主とは認めないと言い出すでしょうニャ」


 信長の要件は武田勝頼の事。簡潔に言うと上手い事やって武田家の名跡を奪えないかという事だ。

 恒興はその件に関しては渋い顔をする。たしかに源氏の名門たる甲斐武田家の名跡を得たいと信長が考えるのは普通だ。だが今回はあまりにも条件が整っていない。

 何せ、織田家が甲斐国自体を押さえていない。名跡だけ貰っても支配する事は出来ない。官位だけでは支配出来ない事と同じなのだ。そして一番の問題が武田旧臣を押さえていないという点になる。これが最大の問題と言ってもいい。


「それに武田家は戦で降した訳ではありませんので、養子を入れる理由が薄弱ですニャ。そこは京極家も同じです。そして戦で降したと言っても多数派工作は必須ですニャ。北畠家の時は木造家と田丸家の支持を取り付けました。六角家簒奪の件でも幾つかの家を味方に付ける予定ですニャ」


 最大の問題、それは武田家内に織田家支持層が皆無な事だ。どんな家の名跡を簒奪するにしても家臣に支持層が無ければ話にならない。そのままだと家臣が別の当主候補を連れて来て、現在の当主を引退させてしまう。

 これと近い事になったのが六角家と浅井家の関係だ。六角家は浅井家を家臣にしようとしたが、浅井家臣に根回しをしなかった。そのため当主交代劇が起きて浅井長政を担がれる結果になっている。

 信長が養子を押し込めば、これと同じ事が起きるだろうと恒興は指摘する。最悪の場合は暗殺もあり得る。


「甲斐に工作してる暇はないか」


「はっ、まずは勝頼に嫁を出すのが定石かと思いますニャー」


「嫁か、それも少し問題だ。オレの娘は全員3歳以下なんだよなー。輿入れまでにかなりの年数が掛かっちまう」


「問題ありませんニャ。勝頼が他人と結婚する事は止められませんが、輿入れの段になってから正室交換させればいいのですニャー。もしくは婚約だけ先に済ませておくでもよろしいかと」


「ふむ、その方が無難か。分かった、考えておく」


 よって、今行える最善は勝頼に織田家の姫を嫁入りさせる事になる。とは言っても、信長の姫は長女・冬姫と次女・徳姫で共に3歳である。他はそれ以下の年齢となる。婚約自体は可能だが、それだと勝頼が少々可哀想な事になる。

 婚約すると結婚まで他の女性を娶れなくなるからだ。正室と結婚するまで側室を娶れない恒興と同じ事になる。恒興の場合は1年で済んだが、勝頼の場合だと10年近くに及ぶだろう。

 流石に不憫に感じるので、後で正室の立場交換をする方向がいいとは思う。


「そういえば恒興、オレの力にすべき豪族ってのは日野城の蒲生定秀のみか?」


「いえ、まだおりますニャー。後々になりますが甲賀豪族の大半がそうですし、あと瀬田城主・山岡景隆も味方にすべき人物です。甲賀のまとめ役に使えますニャー。山岡家は甲賀二十一家の内の柏木三家の一つ、伴家を祖とする甲賀豪族ですからニャ」


 瀬田城主・山岡景隆は甲賀豪族を祖とする豪族ではあるが、性質的には六角家臣に近いだろう。おそらくは六角家が山岡家を引き立てて独立させたのではないかと予測される。理由としては甲賀との繋ぎであろう。または甲賀豪族を徐々に六角家の被官にするためでもあると思われる。

 例えばの話だが、後世に山岡家と縁がある甲賀豪族の後継が絶えてしまった場合、山岡家から養子を送って被官化が出来るという事になる。掛かる年月は不明だがそういう効果も狙って取り立てるのだと思われる。


「甲賀豪族で有名なのは三雲、山中、多羅尾、望月あたりだろ?まとめ役ならソイツらの方がいいんじゃねぇのか?」


 同じ様に現在の六角家に引き立てられている甲賀豪族もいる。三雲家や山中家あたりがそれに該当する。主家に取り立てられているのだから、当然その勢力は大きくなる。

 あとは『まがりの陣』で有名な多羅尾家や甲賀五十三家筆頭と言われる望月家が信長でも知る甲賀豪族の様だ。彼等の方が甲賀のまとめ役に適任だと信長は言うが、恒興は即座に否定する。


「うーん、三雲、山中は降るかどうかが難しいところですニャー。それに甲賀を完全に纏めれる様な家は避けた方が無難です。裏切る裏切らない以前に危険ですニャ」


「ふん、甲賀の一族だが甲賀から離れている山岡家は適任か。なるほどな」


「はい、彼ならある程度は纏めますが、纏め切るのは無理ですニャー。こちらの意志を伝えるスピーカー役にもってこいです。なので観音寺城を抜いたら次は瀬田城を落として頂きたいですニャ」


 瀬田城は瀬田川の東岸に位置している。その役目は言うまでもなく、京の都側からの侵攻を防ぐためにある。そのため観音寺城側からの侵攻には完全に対応出来ない。信長にとっては京の都に行く道にある無防備な城でしかない。


「瀬田か、どうせ通り道だな。段取りは付けておけよ」


「ご心配なく。内部に潜入してるヤツが居るんで利用しますニャー」


「おーおー、悪い顔してやがるな」


「当然で御座いますニャー。仏の顔で乱世を渡れる程の悟りは開けておりませんので。利用出来るものは何でも利用しますニャ」


 恒興は最初からから山内一豊が何処に行くのか知っていた。それは前世の記憶というモノだ。だが恒興としては、彼が山岡家に行こうが行くまいが関係無いとも言える。それは山内一豊が山岡家に行かなくても上手くやる自信あるという事だ。ただ都合がより良くなっただけの話なのだ。

 まあ、利用出来るものは何でも利用するが恒興の信念であるので、もちろん山内一豊の事も利用する。信長のために。

 そして一豊と義妹の千代のためでもある。このままだと何年掛かっても迎えには来ないだろう。さすがにそれはマズイ事態になるので、そろそろケリを着けたいと恒興は思う。という訳で信長に聞いておかねばならない事がある。


「それに付随して一つお聞きしたいのですが、いいですかニャ?」


「なんだ?」


「もし、ニャーが織田伊勢守家の者を召し抱えたら怒りますかニャ?」


 これが最大のネックとなる。かつて信長に逆らって怒りを買った織田伊勢守家の者を雇ってもいいのかである。信長の『浮野の戦い』の時の怒りは凄まじく、織田伊勢守家の侍全員を放逐したのだ。普通なら内政も考えて結構召し抱えるものなのだが、信長は一切合切を召し抱えなかった。このため織田弾正忠家では織田伊勢守家の者を召し抱えてはいけないという暗黙のルールが生まれた。

 もしもここでダメだと言われたら、恒興と言えども山内一豊の事は諦めなければならない。

 ただ信長は気不味そうにそっぽを向いて一言。


「……好きにしたらいいじゃねーか」


「あの、伊勢守家の者を召し抱えないお約束はどうニャったので?」


「オレが何時そんな事言ったんだよ」


「いえ、全員召し抱えずに放逐したので、みんなそう認識してたんですニャ」


「だ、だからそれはお前らが勝手に……」


「ニャるほど。だ・か・ら・秀吉があんなに召し抱えた時も何も言わなかったと」


「うっ……」


 恒興にもだいたい分かってきた。そもそも織田伊勢守家の者達なら木下秀吉が大量に根こそぎと言わんばかりに召し抱えた。出自の理由で侍がなかなか部下に出来ない秀吉は急速な出世による人手不足を織田伊勢守家の者達で解消したのだ。この時、全織田家臣が秀吉の事を命知らずかと驚愕した。きっと信長からキツイ仕置きが下されると。

 しかし当の信長本人は気にしてない風であったし、秀吉にも罰などなかった。恒興も変だとは思っていた。


「じーーーーーー」


「あー、そうだよ。失敗だって思ってたんだよ。そりゃ、最初は怒ってたさ、伊勢守家の裏切りに。でもあの後、冷静になってマズったかなーとか思ったり、侍不足に陥るわで大変だったからよ。秀吉の件は丁度良かったんだ。これで満足か!」


「まあ、そんな事じゃないかなーとニャーも薄々感づいてましたけど」


 恒興が理解したのは信長の悪癖の事だった。信長はやると決めたら行動は迅速だし大胆でもある。しかし時折、それが裏目に出る時もある。

 今回などその典型的な例で、怒りの勢いに任せてやり過ぎたのだ。で、冷静になって後から後悔するパターンだ。

 しかも織田家臣が誤解してしまった後であり、撤回も出来なくなっていた。いや、そもそも言ってもいないのだから撤回のしようもない。改めて織田伊勢守家の家臣を召し抱えるのも体面的にカッコ悪い。

 それで何も出来ないまま過ごしていたら、木下秀吉が勝手に召し抱えていた。これなら放置するだけで解決すると信長は踏んだのである。


「だったら何も言わねーでフォローしろや、クソ生意気な恒興め」


「ニギャアアア、八つ当たりですニャー!?」


 気恥ずかさを隠すため、信長は恒興の両こめかみに握り拳を当ててグリグリと回す。恒興は義兄の失敗をつつき過ぎたと後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る