閑話 恒興の信念 with 千種城顛末

 それは恒興が千種城から戻った翌日の事だった。

 池田邸に住まう少女達(恒興の養女)は養徳院の手習いを終えて、いつもの様に庭で遊ぼうとしていた。よく学びよく遊べが養徳院の基本方針でもある。

 だがその庭に程近い道場から大の大人の怒鳴り声が鳴り響き、少女達は怯えて遊びどころではなかった。稽古の掛け声などではない、確実に誰かが争っている声だった。

 怯えた少女達は堪らなくなって、恒興の妹である栄に相談する。栄は共に養徳院の手習いを受けている仲であるし、池田家の大姫(長女)でもある。歳が近い事もあり、少女達の頼れる上役と言える。というか栄は池田家当主である兄の恒興にさえ物申せる人物なのだから、頼れる事この上ないだろう。

 栄にとっても恒興の養女達は姉妹に等しいので即座に動くことにした。……騒がしいのが嫌なのは栄も一緒なのだから。

 苦情を受けた栄はまず事の次第を確かめようと、道場の外にいる親衛隊員に声を掛ける。


「何だ、騒がしい」


「こ、これは栄姫様!」


 栄の姿を確認した隊員達は直ぐに膝をついて礼をする。


「実は隊長と副隊長のケンカでして……」


「止めぬか、バカ者」


「そ、それが我々では吹き飛ばされかねませんので……」


 親衛隊長である可児才蔵と副隊長の可児六郎は共に槍の達人。お互い槍を模した稽古用の棒で打ち合っているとはいっても、その勢いは凄まじいものがあった。

 それ故、隊員達も見ているしか出来なかった。


「何をしている、兄は?」


「殿は好きにさせろと」


「はあ、私が呼んでくる」


「も、申し訳ありませぬ」


 隊員達で止められないなら主君である恒興に報告するべきだろうと栄は考えたが、既に報告済みらしい。しかも放置という決断だった。

 このままでは皆が怯え続けるし、栄も騒がしい中で過ごさねばならない。栄は深くため息をついて恒興の部屋に向かった。


「おい、兄」


「栄、何時になったらニャーの部屋に入る前に声を掛ける様になるんだニャー」


「どうでもいい、そんな事。それより道場が騒がしくて皆が怯えている、何とかしろ」


「才蔵と六郎だろ。あの二人だって、たまにはケンカくらいするニャー。放っとけって」


「い・い・か・ら・何とかしろ、今すぐに」


「……はい、何とかしますニャー……」


 語気を荒げる栄の要請に面倒だなと思いながらも恒興は折れた。というより、この次に起こるであろう展開が読めるので無駄な抵抗は止めたのだ。

 策略家という者は常に先々の事を考えて行動する。相手の行動の先を読まなければ策士としては三流なのだ。相手の思考を読み、相手の行動を先読みする事で策に嵌める。これが出来なければ策士とは呼べない。

 即ち、恒興は栄の行動を読んだのだ。恒興がこの後も頑なに断った場合、彼女が誰の元へ行くのかを。

 次はおそらく最強の母親が登場するだろう。無駄な抵抗をするほど、策士・池田恒興は愚かではない。……ないのだ。


「六郎!テメエ、あの時はよくもやってくれたな!」


「お前が悪いんだろ!キッチリ避けといて文句言うな!」


「はいはい、どうしたニャー?何があった?」


 栄に連れて来られた恒興は仕方なく二人の仲裁を始める。だが才蔵は恒興の姿を認めると、己の主君にも抗議の声を挙げる。


「何があったじゃねーですよ、殿もじゃないですか」


「あん?ニャーが何だって?」


「どうやら千種城での事らしいです」


「あー、アレかニャ」


 六郎に促され、恒興はあの千種城攻略時を思い出した。


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 渡辺教忠の脱出計画が始まる前、このあたりから恒興率いる池田家親衛隊は山中に潜伏していた。ここから斥候を出して千種城を監視、そして地形を細かに調べあげていた。

 千種城は山城ではあるがそう大きくはない。城というより山塞や砦と言った方がいい。山の斜面に建てられ、木の塀で四方を囲まれている典型的な砦だ。中の構造物は四方に見張り台がそれぞれ。中央に城主館、あとはうまやや蔵などがある程度だ。

 そして千種忠正出陣の報告を受けた才蔵と六郎が恒興に報告する。


「殿、千種次郎大夫の出陣を確認したぜ」


「千種城に残っているのは見張りと警備が少数、あとは家人のみかと」


「よし、計画通りにやるニャー。逃がすなよ。開始だニャ!」


 作戦は単純である。まずは少人数で山の斜面を登って塀に取り付く。そして一人か二人が台となって隊員が中へ潜入。四方の見張り台を押さえる。見張り台には必ず異常を報せる鐘があるので鳴らさせない為だ。

 これは難なく成功。敵襲警戒すらしていない居残り兵は油断していた。見張り台に登ってきた隊員を交代かと勘違いする者までいる始末だった。黒一色の甲冑武者が登ってきて交代と思ったは油断し過ぎだが、居残り兵というのは普段はただの小者(下働きの召し使い)で臨時で居るだけなのだ。城主の千種忠正が使える侍を全員連れて行ってしまったからだ。

 四方の見張り台を制圧した後は城門を制圧。ここから恒興の本隊が一気呵成に制圧を開始する。

 突然の襲撃で千種城に残っていた者達はまったく対応出来なかった。時は既に夜、そろそろ寝ようかという感じだったため、殆どの者が武装していない。それに城に残っている者は女中や小者が大半で戦える者は数人という有り様だった。とてもではないが、完全武装の池田家親衛隊という精鋭を相手に出来る者など存在しなかった。

 城内に居た者は次々に打ち据えられて捕らえられていく。異変を察知した壮年の女中は急いで忠正の妻の元へと駆け出した。


「お、奥方様!敵襲でございます!」


「そんな!?いったい何処のれ者ですか!?」


「判らないんです!ですが、もう城門は破られて敵が次々に。急いで勝手口から脱出しましょう!」


「そ、そうね。太郎、起きて」


「むー」


 まだ起ききれてない太郎をしっかりと抱え女中と共に勝手口へ急ぐ。彼女等が向かう勝手口の近くに小屋があり、そこに緊急用の脱出通路がある。城門が陥落しているのなら落城は必至。ならばそこから外に出て、夫である千種忠正と合流しようという事だ。

 だがその後ろから黒い甲冑の武者が彼女等を見付け追い掛けてくる。


「待て!逃がさんぞ!」


「あ、追っ手が!?」


「奥方様、お逃げを!わあああぁぁーー!」


 このままでは追い付かれると思った女中は両手を広げ、姿勢を低くして武者の腰に掴み掛かる。

 その女中は夫婦で千種城に働きに来ている。長年勤めていて忠正からもその妻からも信頼がある。そして夫婦共々、先代当主の頃から千種家で世話になってきた。だからこそ自分の命も惜しまず、千種家のために使うと彼女は決めていたのだ。何としても千種家の希望を逃がそうと。

 その決死の覚悟のタックルに隊員は足止めされてしまう。


「くっ!?離せ、離さんか!」


「奥方様!私に構わず早う!」


「ご、ごめんなさい。太郎、早く!」


「ははうえー」


 忠正の妻は短く謝り、勝手口への道をひた走る。女中はその後ろ姿に満足し、目の前の甲冑武者の腰帯を決して放そうとはしなかった。

 普段であれば向かってくる者など槍で突き殺せばよい。彼等の槍は1~1.5mほどの取り回しやすい『手槍』で統一されている。中近距離戦用で、刀ほどでないにしても近距離戦闘も出来る。

 なので普段であれば対処は難しくない、。この時、黒甲冑に身を包む彼等にはそれが出来ない理由が存在していたのだ。

 それ故に腰帯を掴まれてしまった。これほどの近接戦になると槍は邪魔でしかなかった。黒甲冑の武者は槍を捨て、頭の上で両手を組み女中の背中に振り下ろす。所謂、ハンマーブローである。


「ええい、どけっ!」


「ギャアッ!?」


 大の大人、それも武者として鍛えている男のハンマーブローをまともに受けて、女中は意識を無くし倒れた。

 忠正の妻は太郎を連れて勝手口を目指す。女中が身を挺して稼いでくれた時間を無駄にする訳にはいかない。何としても城から脱出し、夫である千種忠正と合流しなければと。


「はぁはぁ、あっ!」


 そしてやっとの思いで勝手口から出た彼女が見たものは……絶望であった。

 脱出口がある小屋の前には槍を持つ黒甲冑の武者が十数人も待ち構えていた。更に奥には部隊の大将らしい人物までいた。

 何故、大将だと判るのかと言えば、他の武者達とは甲冑の形が明らかに違うからだ。大きな烏帽子えぼしに猫耳が付いた様な兜を被っているし、黒甲冑の光沢や装飾も他の者よりも良かった。何故か左目の上辺りが欠けているが。そして胴具足の真ん中には大きく『揚羽蝶紋』まで入っている。

 その黒甲冑の男の名は池田恒興。織田家犬山城主でこの部隊の総大将である。

 その恒興の傍らに立つ武者が槍を片手に彼女の前に進み出る。その武者は池田家親衛隊長の可児才蔵吉長だった。


「スマンが逃がす訳にはいかねぇ」


「お願いします……この子だけでも。私はどうなっても構いませんから……」


「悪いな、殿の命令なんだ」


「そんな……」


 逃げられないと悟った彼女は才蔵に懇願する。だが才蔵からの返事はまったく取り付く島も無いものだった。


「ははうえをいじめるなー」


「坊主……。いい目だ、成長したらいい武将になったかもな。……スマン」


 目の前で踞る母親を庇わんと両手を広げる幼児。その目にある光は怯えではなく勇気。才蔵は幼児が立派な武人になるだろうと予感しながらも、ここでやらなければならない事に悲しみを感じた。

 才蔵は静かに槍を構える、そして……。


「止めろニャぁぁぁー!!」


 後ろから突然、恒興が才蔵に斬り掛かる。ジャンピングダッシュ松倉江(鞘付き)で。


「才蔵ぉぉぉー!!」


 更に横から六郎も才蔵に打ち掛かる。槍を返して石突きの一撃を脇腹に叩き込む。

 だが危険を察知した才蔵は右足を半歩下げて体を横にずらして恒興の上段唐竹割りを避け、槍を地面に刺して六郎の横薙ぎの盾とし完全回避してみせた。


「っ……あっぶねぇ。何すんだ、六郎!殿もあぶねぇでしょうが!」


「何すんだじゃねーギャ!何しようとしてんだ、テメエは!」


 そう、今回の作戦は恒興から厳命が出ている。即ち、『誰も殺すな』だ。

 何しろ、この後で帰ってきた千種忠正を説得しなければならないからだ。もし、その家族でも殺していたら、彼が説得に応じる可能性が消えてしまう。そうなるとこれまでの苦労も水の泡。皆殺しという選択肢を選ばなければならなくなるのだ。

 たとえ殺すつもりまでは無かったとしても才蔵が武器を使う必要があるだろうか?相手はか弱そうな女性と3歳の幼児なのだ。人数もいるのだし、取り押さえるのに大した苦労もないはずだ。

 取り押さえるにしても無傷なら無傷の方がいい。その事で後から恨まれてもいい事はない。


「あ、あなたは?」


「織田家犬山城主・池田恒興だニャ!今は何もする気はねーから、大人しく蔵に入ってろ!分かったか!!」


「ひぃぃ……」


 恒興に一喝された忠正の妻は怯えきり、その後、親衛隊員の誘導で息子と共に蔵へ入ったのだった。

 蔵の中には沢山の人達が入れられていた。全て千種家で働いている者達ばかりである。その中の一人が入ってきた忠正の妻と息子の太郎に駆け寄る。


「奥方様!?」


「ああ、貴女も無事だったんですね。良かった」


「背中を殴られただけで、あいたたた……」


 駆け寄って来たのは親衛隊員にタックルして時間を稼いだ女中だった。彼女は隊員から一撃を受けて昏倒したが、直ぐに目を覚ました様だ。


「おお、お前も無事だったか」


「ちょっと、あんたまで捕まったんかい」


 次に駆け寄って来たのは女中の夫で、千種家で小者を勤めている者である。彼は兵の代わりで見張り台に居たため襲撃当初でこの蔵に入れられていた。


「いやー、見張り台に黒い甲冑の武者が登ってきてなぁ。オラぁ、てっきり交代の人かと思って油断しちまったい」


「バカ言ってるでねぇ!あんな真っ黒な鎧、千種家で見た事ないよ」


「だよなぁ。兜から胴や籠手、脛当てに至るまで黒だもんなぁ。ありゃあ、金掛かっとるぞー。絶対、戦場の拾いもんなんかじゃねぇ」


「アイツら、全員真っ黒やったよ。いったい何処の金持ちかねぇ?」


「そこら辺の豪族じゃねぇな」


 彼等が見た襲撃者は軍装を全て『黒』一色で統一されていた。違いと言えば『頬当ほおあて』という顔面を守る防具を付けているかどうかくらいだった。

 この戦国時代に軍装を統一できるのは、流石に大名でもかなり国力がある所だけだ。資金が掛かるので豪族や野武士では到底無理である。彼等の場合はだいたいが戦場で拾ってきた物を直して使っているだけで、色も形もまちまちになっている。千種家でも鎧兜が買えるのは当主の忠正を含め、上級の家臣数人のみである。

 それを一兵卒に至るまで黒で形も統一しているとなると、とてもではないが豪族より遥かに上の財力が必要になる。

 有名な所で言えば武田家の赤であろうか。だがこれは別に武田家が軍色を赤で統一している訳ではない。ある一部の部隊の軍色が赤であり、この部隊が強かったため有名になってしまった。その名を『赤備あかぞなえ』という。武田の赤備えと名高いが、実際には最大でも千人程度の部隊だ。ただし実力は超エース級が千人なのでとんでもなく強いが。


「織田家の軍隊ですよ。烏帽子えぼしの様な兜を着けていた人は犬山城主・池田恒興だと名乗りましたから」


「犬山城主!?あの『犬山の猫』とあだ名される!?」


「……猫?」


「きっと性格が猫みたいなんですよ、奥方様」


「ええと、性格が猫と言われても……」


「言われてみると、いまいちピンと来ねぇですなぁ」


「「「う~ん」」」


 猫と聞いて忠正の妻が思い浮かべたのは、塀の上で日向ぼっこをしながら暢気に欠伸をしている猫の姿だ。さすがに自分に一喝してきた怖い男とイメージが違った。


「それはともかく、奥方様とご嫡子様だけでも逃がせられないもんかね」


「この蔵、出口一つだからなぁ。……やってみっか」


「何をだい?」


「ヤツラ、何でか知らんがオラ達を殺さねぇ。それなら次に扉が開いたら全員で飛び掛かって暴れてやるんだ。幸い、蔵から城門はそう離れてねぇ。その隙に奥方様は太郎様と城門から脱出ってぇ訳よ」


「で、でも危険ですよ」


「心配はいりません、奥方様。一度は捨てた命ですから。太郎様は千種家の希望、何としてもお逃げいただかないと」


「よし!オラが先頭で出る。付いてくるもんはいるかぁ!」


「オラも行くだ!」「俺もだ」「ヤツラに一泡ふかしたる!」


 忠正の妻の心配を余所に男達が次々に名乗り出る。とりあえず扉が開いたら全員で外の飛び出し、黒甲冑の武者に飛び付いて暴れて、その隙に忠正の妻と息子の太郎を逃がす事で決まった。


「よーし、次に扉が開いたら、せーので行くぞ!お前ら!」


「「「おうよ!」」」


「扉が開くぞ、せーの!!」


 扉が開く音と共に男達は一斉に駆け出す。最早、後先など考えない突撃であった。

 ただ彼等にとっての唯一の誤算は、扉を開いた人物であった。


「皆、無事か!……って、あーー!?」


「あれ、殿!?押すな、押すな!あーー!?」


 扉を開いたのは彼等の主君、千種次郎大夫忠正その人であった。恒興との話が終わり、家族や家人を迎えに来たのだ。

 勢いが付き過ぎ、後ろからも押されるため止まれない彼等は、自分達の主君を巻き込んで盛大にこけてしまう。その様は人間ピラミッドが崩れた様な感じだ。


「すいやせん、殿……」


「いや、無事で何より……ぐふぅ」


「殿!」


「ちちうえー」


「おお、妻よ、息子よ。無事で良かった!」


 崩れた人間ピラミッドから脱出した忠正は妻と息子の無事を確かめ再会を喜んだ。

 その向こうでは恒興率いる池田家親衛隊が帰り支度をしていた。


「はい、撤収。はい、撤収だニャー。隊列組めー。まだ気を抜くニャよ、帰るまでが戦だからニャー」


「「ははっ!」」


「次郎大夫、お前の旗と数人を貸してもらうニャ」


「む?何故だ?」


「外に居るお前の兵はニャー達が味方だと知らんだろ。襲ってきたら反撃で潰すぞ。それでもいいかニャー?」


「わ、分かった」


 千種忠正との話は終わったものの、千種城周辺には滝川軍に追い散らされた家臣や兵がいる。彼等は恒興と忠正の話は知らないので、帰路で襲われる可能性がある。そこで千種家の旗を立てて敵ではない事を示す。これでも襲ってくる者がいれば千種家の人間で説得させるという事である。


「あと、これは助言だがニャ。小作人を使うのは止めろ。だいたい隠田村なんぞ、千種家には無意味だろうが」


「ん?……言われてみればそうだな。何故、私はその程度に気が付かなかったのか……」


「思考が硬直しとる証拠だニャー。先代の、先々代のやってた事を真似しとるだけだからだ。ま、それでも小作人を使うというなら無理にとは言わんニャ。ただ、知らんがニャー」


(な、何をする気なのか……。恐ろしい男だ)


 千種家は惣を形成している中核豪族である。つまりは独立豪族であり、何処にも税金など納めていない。なので隠田村による脱税は意味が無いのである。

 忠正は恒興に言われて初めて気付いた。自分は父親の遺した物を意味も考えずに維持していただけだったと。そもそも隠田村はその特性上、山奥に作られていて不便だし収穫も大したことが無い。これなら未開の平地に新しい村を作った方が建設的なのだ。

 そして恒興の最後の言葉に忠正はイヤな予感しかしないので、小作人はもう買わない様にしようと心に決めるのであった。


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 これが千種城で起こった顛末である。

 そこで問題になってくるのが才蔵が忠正の妻、及び嫡子を殺していたかも知れない点だ。


「いやー、あれは殿が『逃がすな』って言ったから……」


「誰も殺すなと言っといただろニャー」


「俺だって殺す気まではなかったぜ。ちょっと峰打ちをと……」


「やっぱりバカなんだな、才蔵。お前の力であんな幼児に峰打ちなんかしたら、首の骨が折れるだろ」


「えーと……」


「ニャんにも考えてなかったニャ、才蔵」


「イヤイヤ、ソンナコトハナイデスヨー」


 誤魔化したなと恒興、六郎、親衛隊員全てが思った。


「とはいえ殿もお優しい事で。結局、誰も殺さずに収めちまったし」


「……何言ってんだニャー、お前は。千種城は本気で根斬りにする可能性があった。だから、親衛隊のみで行ったんだニャー。女子供を皆殺しても忠誠が揺らがない自信はあるからニャ」


「え?」


 根斬りとは皆殺しを意味する言葉である。

 その言葉を聞いて才蔵と六郎は少し驚く。彼等も武人である以上は戦う者を切り伏せる事に躊躇いはない。だが既に降伏した者や老若男女問わずとなれば無駄な血を流すのは躊躇われるのだ。

 その様子に構う事無く、恒興は言葉を続ける。


「あの時、次郎大夫が己の家や家族より先祖の本懐を優先させていたら……ニャーは迷う事無く皆殺したニャ」


「「……」」


「いいか、よく覚えとけニャー。自分の欲望より信念、正義、理想を優先させるヤツは殺さねばならん。そういうヤツは必ず裏切る、自分の考え一つで、周りの迷惑も考えずにだ」


 自分の欲望より信念、正義、理想を優先させる者は人を裏切るのか、は状況によるとしか言えない。だが恒興が言っているのは信長に対してという事になる。

 現代で例にしてみよう。会社で働くというのは普通であれば日々の仕事をこなし、その対価として給料を貰う事になる。そこに給料などどうでもいいと考える社員がいたとしよう。その者は会社をこうしていきたい、こんな仕事をしたいというような理想を持っていた。それ自体は悪とは呼べない、むしろ熱意を持っていると言える。

 だが会社である以上、利益は必要だ。時には非情と言える決断を社長がしなければならない時もある。

 そうなるとその者にとっての信念、正義、理想から会社が外れていくのだ。大抵の人はそれを己の欲望によって無理矢理踏み止まらせるものだ。給料はいいから、待遇がいい、養う家族がいるしと、その理由は様々だろう。

 これらの欲望が薄く、信念、正義、理想のどれかが強い者はあっさり辞めてしまうのだ。その時にどんな地位に居ても、どんな重要な仕事を任せられていてもだ。簡潔に言ってしまえば、どんなに優秀でも給料や待遇にうるさくない者ほど育てるのはオススメしない。実にあっさり辞めるからだ、しかも仕事が出来る様になってから。

 むしろ給料や待遇を餌に頑張らせるのが正しい会社経営だと言える。

 しかし恒興が居る現在は戦国時代だ。理想と違うので辞めます、なんてとても言えない。立場が上になればなるほど放逐など出来ない。他家に情報が流れてしまうし、家にとっても大打撃だ。

 例えば恒興が織田家辞めますなんて口にすれば、信長が討伐に来る事は間違いないだろう。

 なら辞められない会社を辞めるにはどうすればいいのか。

 戦国時代の究極的な答えは3つ。自殺するか、独立するか、それとも理想を違えた主君を刺すかになる。

 恒興が一番警戒しているのが3つ目である。その主君に該当するのが恒興の義兄・織田信長になるからだ。


「次郎大夫はまず息子の安否を気遣ったニャー。自分の子供を愛しているという事もあるが、やはり跡取り嫡男という理由もあるからだ。つまりアイツは家の繁栄と存続を大事にしているんだニャ。家の存続という欲が先祖の本懐という理想よりまさっていたんだ」


 恒興はあの会話の中で千種忠正を確かめていた。欲望を優先する者なのか、それとも理想を追い求める者なのか。

 結果として忠正は家族を選んだ形になったが、恒興はそれだけでは無い事も分かっている。それこそが今回の作戦における恒興の勝算でもあった。


「これが千種忠顕の子か孫だったら、何としても父、祖父の本懐をとなったかも知れんニャー。だが既に何代も離れているから、先祖の本懐は後継の誰かが果たすだろう。そのためにも家は存続させねば、という思考になっていくんだニャ。ニャーはそう踏んだから今回の様な作戦にしたんだ」


 その人が大人物であればあるほど、子や孫の尊敬や羨望は強くなる。父の様に、祖父の様に立派になりたいと願うものだ。直に会っていれば、その思いは尚、強いかも知れない。

 だがこれらの思いも代を経る毎に薄れていく。それこそ老人が子供に語って聞かせる昔話程度になっていく。

 千種忠正は先祖の本懐を大切には思いながらも、それだけで家族や家を犠牲には出来なかった。既に自分でなくとも子や孫、その子孫の誰かが果たすだろうと思える様になっているのだ。そのために必要な物は『先祖の本懐や誇り』ではなく『家の存続と繁栄』に置き換わってしまうのだ。

 恒興はそう考えたからこそ『上洛のために邪魔だから皆殺し』という最終手段から『本音を語って説得』にした。ただ千種忠正の選択如何によっては最終手段が有り得たという話なのだ。


「ま、もう心配は要らんニャ。一度受け入れたら、先祖の本懐だ何だは出ないだろうし。……その前に『利益』で雁字搦がんじがらめにしてやるニャー」


「おお、怖っ」


 既に千種忠正からは領内の河川工事について打診が来ている。これについても恒興の予想通りである。

 だいたい水の国・日の本において何処の領地でも河川の氾濫は頭の痛い問題だ。そして織田家領内では今年殆どの地域で水害が起こらなかったので、その堤防を欲しいと思うのは当然だろう。例外としては墨俣城があるが。

 この要請を焦らしたりして働かせる……訳ではない。都合が着き次第、技術者と傭兵を派遣して取り掛かるだろう。

 これは『利益』の先渡しで忠誠を誓わせるという意味でもない。ここから始まるのである、恒興の言う『利益』の雁字搦めは。

 堤防を造れば当然、水害が減る。という事は農作物の収穫高は増える。これが『利益』に相当するのだが、それは堤防あっての賜物である事くらいは誰でも理解する。

 だが堤防とは造って終わりではない。毎年の修繕が必要だし、放置すれば流石に決壊する。堤防の力は次第に削られていくのに対して、水の力は永続的無限だからだ。

 そして織田家では大谷休伯がもたらした堤防造成技術及び、堤防修繕技術を秘匿しているのである。この辺の技術を持つ者は大谷休伯とその息子、そして信長から送られた弟子達のみである。

 つまり織田家から離れれば堤防はそのうち決壊する事になり、せっかく得た『利益』も文字通り水に流されてしまうのだ。『利益』のために堤防を維持したければ、織田家の傘下に居なければならない事は直ぐに理解するだろう。

 人は利益から目を背けられないという事だ。……だが信念、正義、理想が強い人間はそんな利益も無視して我を貫く。この類の人間を恒興は信長に近づけたくないのである。


「自分の欲望より信念、正義、理想を優先させる者は殺さねばならない、ですか……」


「げっ、じゃあ俺は殿に殺されるんですか!?」


「ニャんでそうなる」


 これを聞いて才蔵は途端に青い顔になる。自分は恒興に殺されると。

 恒興には意味が分からないが、とりあえず聞いてみる事にする。


「だって俺は『武士の信念』に生きる男だから」


「ニャんだ、その『武士の信念』って?」


「そりゃあ、戦場で華々しい武功を挙げる事さ」


「ニャんのために武功を挙げるんだ?」


「え?そりゃ、皆が『才蔵スゲエ』と思うだろうし、褒美も良くなるし……」


「……立派に欲を優先させとるじゃニャいか!」


「あれー!?」


 才蔵の言う『武士の信念』を聞いて恒興は呆れる。そもそも武士自体が欲望から生まれたモノなのに何を言っているのかと。

 余談ではあるが清貧、高潔、忠誠を美徳とする武士像は江戸時代に創られた物である。何故かと言えば、大名が給料をあまり払いたくないからだ。江戸時代は殆ど戦が無いため、戦争で稼ぐことが出来ない。富を奪う事がそもそも出来ないのだ。だから給料が少なくても忠誠を尽くせよ、という風潮を作り上げた訳だ。

 タチの悪い事にこの風潮は現代社会にもまだ残っている。


「私は可児家の栄達ですから欲望です」


「それでいいニャー。無欲なヤツほど信用出来ん」


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 二人の仲裁を終わらせ、恒興は栄を伴って自分の部屋に戻ろうとした。栄を一緒に連れてきたのは、嫁入り前の妹をあまり男の居る場所に出入りさせたくなかったからだ。

 9歳の妹が間違いを犯すというのは有り得ないとは思うが、良い事ではない。というか、確実に母親の養徳院は怒るだろう。そしてその時に怒られるのは恒興になるからだ。

 まあ、主君・信長の妹で池田家の大姫でもある栄に手を出そうという命知らずは居ないとは思っているが。

 二人で廊下を歩いていると、ふと栄が先程の話を口にした。


「偉そうに語っていたが、あの話だと兄自身も相当危うい」


「ん?ニャーが何だって?」


「自分自身の欲で動いていないだろう、兄も」


「ニャーはいいんだよ、信長様のために生きればいいんだニャ。欲望は全て、信長様が決めてくれる」


「じゃあ兄上がいなくなったらどうする?兄上とて永遠の存在ではない。その時、兄の信念、正義、理想が行き場を失って暴走するのではないか」


「……栄、二度とそれを口にするニャ。たとえお前でも容赦はせんぞ」


 恒興は信長の死に相当する言葉を口にした栄を睨み付ける。だが栄はその視線を受けても平然と返してくる。


「くだらぬ。男共が夢みたいな理想ばかり口にするから、女子おなごは現実を見なければならんのだろうが。それとも兄は先に死ぬのか、兄上を置いて」


 男女には昔からよく言われる特徴がある。現代においては女性蔑視だとも言われかねないが。

『男性は外で働き、女性は家を守る』である。最近はこの風潮は廃れつつあるものの、まだ根強いだろう。何しろこれは旧石器時代からの積み重ねなのだから、そう簡単には変わらない。何万年単位の話なのだ。

 その頃は男性は狩りに行き、女性が集落で家を守っていた訳だ。

 父親は『明日こそ大物を狩ってやる』と理想を語る。獲物が獲れないと皆が飢えて死ぬ。だからこそ理想を語って家族を安心させただろう。

 その一方で母親は家の食糧事情を計算し、先々まで家族が生きて行ける様に現実を見なければならなかった。女性まで理想を信じた場合、一家は飢え死にしただろう。『明日こそ大物を狩ってやる』を信じて、食糧配分を間違えれば。

 だからこそ男性は遥か先の理想を語る様になり、女性は一歩先の現実をよく見る様になる。

 この場合、恒興は義兄・信長の天下統一を理想に邁進し、栄は人はいずれ死ぬ定めだと現実を言っている。恒興とて分かってはいるが、そんな未来は考えてたくもない。


「……くっ」


 恒興は言い返す事も出来ずに歯噛みする。彼女が言っているのは当たり前の現実だからだ。

 その他にも男女には考え方に差がある。男性は即物的で、女性は親和的である点だ。これがよく夫婦喧嘩の元にもなる。

 妻が夫に悩み事を打ち明けたとする。これに対して夫は「そんなのはこうすればいいじゃないか」と答えて喧嘩に発展するというもの。

 男性は悩みに対して直ぐに解決策を講じている訳だが、女性の方は解答が聞きたい訳ではない。実は女性は悩みに対して「辛かったね、分かるよ」と賛同して欲しいだけなのだ。だからこれでよく喧嘩になる、夫が解ってくれないと。

 この特徴も旧石器時代からの積み重ねと言える。

 男性は狩りに行って、時には自分よりも圧倒的に身体能力がある獲物と闘わねばならない。現代の様に武器が発達していないので、人間が強者という事はない。なので危機に際して瞬時に解決策を講じなければ生き残れないのだ。このため問題に対して直ぐに答えを出そうとする。

 それに対して女性は集落に居る。当然だが他の女性達も居る訳で皆と仲良くしていかなければいけない。でなければイジメにあったり、除け者にされたりと生活していく事もままならない。故に女性は周りとの親和性が磨かれていく事になる。

 女性が歳を取っても友達が沢山いるのもこの親和性の賜物なのだろう。対して男性は仕事の都合で変わりやすい。

 個人の性格もあるので一概にこうだとは言えないが多いとは予想される。男児は父親を見て、女児は母親を見て育つのが一般的なのだから。


「いつか来る未来だろうに、それが分からぬ程愚かか?」


(ぬぐぐ、ずけずけと物言いやがって。嫌な事を思い出させるニャー、全く)


 恒興が思い出したのは信長の死、前世における『本能寺の変』だ。

 そしてそれに付随してある人物の事も思い出す。


(そういえばアイツも……明智光秀も理想が強い性格があったニャー。そういう事ニャのか?)


「それはそうと、兄。私の嫁ぎ先は何処だ?忘れてたとかは言わさんぞ」


 それを聞いて恒興はサーっと血の気が引いていくのを感じる。


「……」


 実は栄の嫁ぎ先は恒興が決めなくてはならなかった。栄は信長の妹でもあるのだから、本来は信長が決めるものなのだ。それを信長から恒興へぶん投げられていた。

 というのも栄の嫁ぎ先を決めるのが格段に難しくなっていた。以前であれば信長の都合だけでよかったので、味方にしておきたい武家で問題はなかった。ただ前に決めていた嫁ぎ先の織田藤左衛門家は失脚し、破談となった。それは仕方ない。

 しかし破談となってから恒興の急速な立身が始まり、今では10万石を超える大名となっている。これでは生半可な家では釣り合いが取れなくなったのだ。

 つまり信長は自分の都合だけではなく池田家との釣り合いまで考えなくてはならなくなり、面倒くさいので恒興に押し付けていたのだ。栄自身も犬山に居るので押し付ける格好の理由となった。そっちにいるんだからお前が面倒を見ろと。今度は恒興が信長の意向と織田家の勢力規模と池田家の都合を考えなくてはならなかった。

 故に恒興はダッシュで逃げた。お前の嫁ぎ先など、そう簡単に見つかるかと。


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【あとがき】

べ「前回で尊氏さんを紹介したけど、あくまで『皇室』側の視点である事はご承知くださいニャー。歴史は一面だけで測れるものではありませんので」

恒「どうしたニャー、いきなり」

べ「一応、尊氏さんのフォローくらいはしとこうかと」

恒「というと?」

べ「実は尊氏さんは後醍醐天皇に逆らうつもりはなかったんだ」

恒「どゆことだニャー」

べ「尊氏さんは建武の新政を失敗させないために関東で恩賞事務を仕切った。だけど建武の新政は公家優先の恩賞事務が基本だから尊氏さんの武家優先は公家達の反感を買った。だけどこうしなければ武家の反乱によって建武の新政自体が破壊されかねなかった」

恒「フム」

べ「そして公家達は自分に利益を寄越さない尊氏さんを憎み、後醍醐天皇に告げ口する訳だ。これに対して尊氏さんは『君側に奸臣が居る』とお手紙する」

恒「そこは仲の悪い新田義貞じゃないのかニャ?」

べ「さあね。板東武者が直接意見出来るものかな。それはさておき、返って来た答えは『尊氏さん討伐命令』だった。というより尊氏さんのお手紙なんて天皇に届く訳ない。べくのすけが公家なら握り潰すよ」

恒「ま、ニャーが公家でもそうするわニャ」

べ「でも尊氏さんは最初、戦おうとしなかった。天皇に逆らうなんてとんでもないとね。しかしそれでも天皇方は攻めてくる。次第に追い詰められていく御連枝達を見捨てる事は出来ず戦う決意をする。それから紆余曲折を経て京都に北朝、吉野に南朝という形になった」

恒「そこから観応の擾乱が始まるんだニャ」

べ「ここで重要なのは何故派閥が分かれたのか、何故尊氏さんは高師直さんの肩を持っていたのかだよ。おかしいだろう、弟の直義さんが御連枝の大半の支持を受けているんだ。普通なら尊氏さんは直義さんを是とするはずだ」

恒「フム、たしかに。直義を味方にして師直を抑えた方が家中は纏まるニャー。少し考えれば誰でも分かるぞ」

べ「派閥が分かれた原因は言うまでもなく吉野(南朝)の扱いだ。直義さん派閥は『天皇など脅して言う事を聞かせればいい。それでも聞かないなら殺してしまえ』という意見。師直さん派閥は『そんな事しちゃいかんでしょ!交渉で何とかすべき』という意見。尊氏さんが師直さんの肩を持った理由は分かるかな?」

恒「おい、御連枝。ニャんでこんなに過激ニャんだ」

べ「御連枝って何処の武者さ?」

恒「そんなもん、足利家が関東ニャんだから『板東武者』に決まって……あー!?」

べ「そう、中央、都、天皇が大キライな板東武者だよ。未だに平将門公を信奉しているヤツが多い板東武者なんだよ。大体、直義さんに至っては後醍醐天皇の息子(大塔宮・護良親王の事)を暗殺した疑いがあるくらいだ(ほぼ確実)」

恒「やべえ奴等だったニャ、この頃の御連枝大名。ニャーは貴族気取りの情けない姿しか知らないけど」

べ「尊氏さんはこの頃でも南朝方との和平を望んでいた。だから直義さん達の過激な意見を退けたかった。尊氏さんは京都務めもしてたから板東流にあまり染まらなかったんだよ。高師直さんも足利家の執事として尊氏さんの傍で補佐をしてたし。つまり尊氏さんは後醍醐天皇と戦うつもりは無く、あくまで『君側の奸臣』と戦っていただけなんだ。後醍醐天皇崩御の際はお悔やみのお手紙を送っている。南朝に降伏して北朝の帝を上皇にしたのだってそういう事さ。元々何処かで仲直りしたかったんだ!だから尊氏さんは本当は反逆なんてするつもりは無かったんだよ!」

恒「……べくのすけ、一つだけいいかニャー?」

べ「何だい?」

恒「尊氏は北朝の帝を立てるために比叡山に逃げた後醍醐天皇を脅して『三種の神器(偽物と後で宣言される)』を取り上げた。これはどう説明するんだニャー」

べ「……」

恒「……」

べ「よ、酔った勢いでつい?」

恒「そんニャ言い訳、通用するわきゃねーギャ!!」



恒「正義、信念、理想を追い求める者は殺さねばニャらんか。これまた強烈な事を言うニャー」

べ「あくまで『欲望より』が条件となるけどね」

恒「正義、信念、理想は誰でも持っているものだしニャー。悪い事ではないはずだ」

べ「過ぎたるは及ばざるが如し。何事も過ぎるのは良くないのさ。例えば『十字軍』がアラビアで何をしたか。現地民を皆殺しにし、その血の海の中で悦びに咽び泣いたという。行き過ぎた正義の果てだね」

恒「正義ニャのか、アレ」

べ「兵士や騎士にとってはね。その上にいる僧侶、領主、商人は欲望に塗れてるけど」

恒「アラビア人は災難だニャー」

べ「……一応だけど、アラビア側が一方的に被害者ではないよ。第一次十字軍の少し前にキリスト教徒の巡礼者を何十万人と皆殺しにしたから」

恒「えー……」

べ「まあ、『何十万人の巡礼者』も問題しかなかったけどね。ヒントは『食料』」

恒「それ、何千キロの旅だろ。足りる訳ねーギャ。絶対、途中で略奪したニャ」

べ「そゆこと。現地の人達にとっては巡礼者じゃない、ただの略奪者の群れさ。でもこれが口実になる。十字軍の名目は巡礼者のために聖地奪回する、つまりは『ウチの信徒に手ぇ出しやがったな!37564だ、エイィィィィメエェェェェン!!』だったりする。いつか詳しく説明出来るといいね」(笑)

恒「笑い事じゃねーギャ!」

べ「べくのすけが考える行き過ぎた理想は『フランス革命』かなー。こちらは時代が下るので説明する機会はなさそうだね」

恒「という事は行き過ぎた理想は成功したのかニャー。フランスは民主化に成功して存在してる訳だし」

べ「成功……ねえ。革命を為した人達は殆どギロチン台に逝ったけどねえ……」

恒「えー……」

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